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錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


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第78話「始動」

 いつものように研究所(仮)に籠ろうとした矢先、居間からロレンツォ兄さんの声がした。


「ルカ、ちょっといいか」


「うん、大丈夫だよ」


 声に従って居間へ行ってみると、ロレンツォ兄さんとランさんとヴァレリアさんが、すでにテーブルを囲んで座っていた。


 あれ?アディは?と思ったけど、今朝早くからニーナさんとヴィチェンツァに行ったんだった。


 最近、ヴィチェンツァでのラクリマ・エーテラ(柔軟剤)の売り上げがすごいらしい。


 自分で作っておいてなんだけど、あれは悪魔の売り物だからなあ。一度使ってしまうと、もう元に戻すのは無理だもん。我ながら罪作りなものを作ってしまった。


 そんな僕の思惑とはうらはらに、三人の表情は真剣だ。


 なにが始まるんだろう。


「ルカ、昨日な、ドージェと話をしてきた。コンクリートの件や防波堤などの件だ」


「う、うん」


「すべて評議会にかけたそうだ。そして、すべて評議会でも承認された。コンクリートの特許申請も特例で通したそうだ」


「え!?そんなにあっさり!?てっきり、そこで難航するものだとばかり…」


「おれもそう思っていたがな、特に反対意見もでなかったらしい」


「コンクリートは、石工ギルドあたりから反対されるかなあって思ってたんだけど」


「むしろ歓迎されたらしいぞ」


「意外…」


「テラフェルマ(大陸側の領土・固い土地の意味)から、セレニア本島に石材を運ぶのが大変だったそうだ。その点コンクリートなら、材料を集めてから好きな形にできる。化粧石と組み合わせるのが楽しみだとも言っていたと聞いた」


「あ、なるほど。それならわかるよ。別に、石の需要がすべてなくなるわけではないし、使い方次第ってことだね」


「そういうことだな」


「でも、防波堤と灯台はなんでだろう。有益なのはすぐ理解するだろうけど、大金が動くことだし」


「それは『海の民』のおかげだな」


「…あ!もしかして保証?」


「その通りだ。『海の民』が全面協力してくれるなら、間違いはないだろうって話だ。『海の民』に対する、伝説的なまでの信頼ってわけだな」


 ランさんとヴァレリアさんが、少し誇らしげに顔を見合わせた。


「ということでだ、ルカ。計画を本格的に始動するにあたって、今後は、ヴァレリアに、おれの護衛と手伝いを全面的にしてもらうことにする」


「ランさんを現場監督に据えるためだね」


「そうだ」


「リナ、エリシア、アリアは、ヴィルゴ・ロサルム(リンス)とラクリマ・エーテラの製作と指揮、販売を担ってもらい、ニーナとルーチェには御者と護衛と補助を担ってもらうことにする。それと、チェチリア先生を正式にマルチェッロ商会で雇い、補助をしてもらうことにした」


「え!チェチリア先生も!?」


「ああ、そうだ。試しに手伝ってもらったら、計算はできるし、事務仕事も正確だ。優秀な人だよ」


「うん、わかった。それなら、アディも安心じゃないかな。聞きたい時に聞ける人がいるのは重要なことだもん」


「そうだな。アディも喜んでいた」


 アディの笑顔が浮かんできた。ちょっとドキドキする。


「だとすると、護衛をお願いする時は、ニーナさんかルーチェさんにお願いすればいいんだね」


「そういうことだ。実は数日前から、ランには防波堤と灯台に関する勉強と、コンクリートの試作をやってもらっている。おまえから渡された三百枚にもおよぶ紙束を元にな」


 ランさんが苦笑いしながら頷いた。


「まだすべては読み切れていないが、やれそうなことから始めている。ここの裏手のカヴァーナ(舟置き場)の脇に、コンクリートブロックを積み上げてある。後で出来を確認してくれ」


「わかりました」


 マルチェッロ家の裏手には、カヴァーナが四つもある。一つには荷運び用の舟、あとはランさんの舟と、僕たちが移動用に使っている小舟。長い年月を感じさせる石造りの壁も、水際の苔も、この屋敷の昔の名残があちこちに残っている。


「あと二ヵ月もすればマルコがやってくる。それまでにやれることはやっておかないとな」


「うん、そうだね。…あ!その前に、お父様たちも帰ってくるし、アレッサンドロ兄さんも帰ってくるかも!」


「アレッサンドロの兄貴にもいろいろ動いてもらいたいとこだ。たった一年のうちに様変わりしたマルチェッロ商会に、驚くかもしれんがな」


「そうだね!どんな顔するかなあ、ちょっと楽しみ!」


「今年の秋の終わり頃には、マッテオの兄貴も、北の軍事拠点での任期を終えて帰ってくるだろうしな」


「久しぶりの勢ぞろいだ!うわあ…」


 少し胸が熱くなった。屋敷が人でいっぱいになる。すごいな。


「さて、この話はこのくらいにして…」


「あれ?他にも?」


「ああ。なあ、ルカ。コンペの時にドージェが言っていた言葉を覚えているか?」


「コンペの時…?」


 なんだったかなあ。あ、たぶん、あのことかな。


「うちの技術指導の下、灯台網の整備および鉱山開発をコルナーロ家がおこなうことって言ってた話?」


「そうだ。今回の灯台建設は、灯台網の整備の一環であり、その試作という認識で間違いないかということを聞かれた」


「うーん…そこまでは考えてなかったけど、それでいいんじゃないかな」


「…つまりだ。ドージェが言いたいのは、今回の防波堤と灯台が完成した際には、今後も同様のものがコルナーロでも作れるよう、すべての工法と図面、詳細な『工事進捗報告書』と『施工計画書』が欲しいということだ」


「…ランさんが大変になっちゃうから、ランさんさえ良ければ僕はいいよ」


「おまえは本当にそれでいいのか?」


 ロレンツォ兄さんにしては、やけに念押ししてくるなあ。


「僕はそれでいいけど。兄さんは、なにか懸念していることがあるの?」


「…問題は、コルナーロがからむことだ。コルナーロは、実質的にジェンティーレ共和国と繋がっている。つまりだ、コルナーロに技術が渡れば、そのままジェンティーレへの技術流出になるんじゃないかと危惧している」


「…そういうことか。…あのね、兄さん、僕としては、ジェンティーレへも技術が渡ってくれればいいと思ってる」


「なっ、なんだと!?」


「だってさ、ジェンティーレも似たような灯台をバンバン作れば、それだけ近海が安全になるんだもの。できればナポリタニアでもたくさん作ってほしいとさえ思ってるよ」


 ロレンツォ兄さんが頭を抱えた。ランさんとヴァレリアさんも驚きの表情だ。え?僕、そんなに変なこと言ったかな?


「みんなが仲良くなればいいなんて思っていないよ?それでも今よりは、誰しもが安全に航海できるとしたら、素敵なことだと思うんだよね」


 僕は椅子に座り直した。


「まぁ、でもね、図面とか、いろんなものがジェンティーレに渡っても、同じものは絶対にできないよ?」


「…なぜだ?」


「だって、肝心の鉄筋は、例の工場でなければ作るのが不可能だもん。そして、その工場は、僕のスキルでないと作れない材料の占める割合が大きい。似たようなものを作ってもダメなんだよ。灯台だってそうだよ?仮に灯台だけ作れたとしても、反射鏡を含めた発光源は僕にしか作れない。だから、仮にジェンティーレに技術が流出したとしても、コンクリートの製法がわかるだけ。それなら特に問題にならないんじゃないかな」


「…わかった」


 ロレンツォ兄さんは天井をゆっくり見てから、こちらを向いた。


「…いいだろう。では、そこは考慮からはずす。次の話だ」


「ミョウバン鉱山の件?」


「そうだ。本格的な採掘は春になって雪が溶けてからだろうが、試掘はしたらしい。試掘の結果は良好で、予想通り、質の良いミョウバンがとれそうだという話だ」


「ん?それならなにが?」


「地盤が、想定よりも緩い可能性がでてきたそうだ。そこで、ドージェからの依頼だ。なにか鉱山開発に適した技術はないだろうか、とな」


「それこそ、コンクリートが使えるけどね」


「コンクリートをか?」


「えっとね」


 僕は手近なペンをとり、図面を描き始めた。


「まず、こういう半円形の木枠を作るんだ。船底をひっくり返したような形のね。たぶん、アルセナーレ(国営造船所)の船大工さんなら作れると思うよ。基本的な構造は一緒だしね。そして、その木枠を掘削した坑道に入れたら、底にクサビを入れておく。その後、木枠と岩肌の間にコンクリートを流し込んで、固まったらクサビを抜く。すると、固まったコンクリートのアーチ全体が、クサビの分だけわずかに沈んで、木枠との間に隙間ができるから、木枠をそのまま奥へスライドさせて、次の区画へ進んで同じことをする。床もコンクリートで固めて、一緒に排水溝代わりの溝を作っておけば、かなり安全に採掘できるんじゃないかな」


「そうか!コンクリートは、元が柔らかいから、どんな形にでもできるのか!」


 珍しくランさんが大声をあげた。最近、コンクリートブロックの試作をしていたらしいから、いろいろ思うところがあったのかもしれない。


「ルカ様…もしかして、街中の道も、このコンクリートで覆えば…」


 ヴァレリアさんが顎に手をあてながら、考え考え言ってきた。


「そうだね。そういう使い方もできるよ。防波堤や灯台といった大きい構造体なら、鉄筋で補強しないと強度が不安だけど、道ならば鉄筋なしでもいけるね」


「すごいですね。応用できるところがたくさんありそうです」


「あ、そうか!竈も作れるよ!むしろ、今のより丈夫で燃焼効率も良いのが!」


「それは素晴らしいですね!」


「今度作るね!」


「お願いします!」


 ヴァレリアさんが少し興奮してる。うちの竈、ボロいもんね。ごめんなさい。


「…なあ、ルカ」


「なあに?」


「例の火山灰な、うちにも何割か利益が回ってくるという話はしたか?」


「え、初耳…それじゃあ」


「そうだ。特許料だけではなく、コンクリートが使われれば使われるほど、マルチェッロ家も儲かるんだ」


「…うち…ものすごいお金持ちになっちゃうね」


「未来の話でしかないがな、利用用途を公開すればするだけ儲かりそうだ」


 兄さんが強かな商人の顔になってる。うん、そういうのは全部、兄さんに丸投げでいいや。


「これな、もっと詳しい図面と説明を書けるか?」


「大丈夫だよ。清書するから、ちょっと待ってね」


 メートル原器を元に作った三十センチ定規と分度器とコンパスを使って、なるべく正確な図面を描いた。説明もできるだけ詳細に。北の鉱山は遠いから行きたくないし!


「できたよ。これでどう?」


 そう言って兄さんに渡した。


「…いいな。では、これも特許申請してから、ドージェの技術官に渡すぞ」


「あ、そっか、そうだね。そうしよう」


 兄さんは図面をひとしきり眺めてから、ふと顔を上げた。


「ルカ」


「うん?」


「お前、ちゃんと食えてるか?最近、研究所に籠りっぱなしだろ」


「え、食べてるよ。ヴァレリアさんが持ってきてくれるから」


「ヴァレリアさんには感謝しろよ」


「もちろんしてるよ!」


 ヴァレリアさんが静かに笑っている。なんだろう、急に話が変わったと思ったら、ただの兄さんに戻っていた。


「…まあ、ともかく。ここからが本番だ」


 兄さんは拳を軽くテーブルに置いた。


「防波堤、灯台、鉱山、帆船。全部、同時に動き出す。お前は倒れるなよ」


「わかってるよ」


「わかってないから言ってる」


 ランさんがくっと喉の奥で笑った。


「ルカ様は、止まれない方ですので」


「そうだな」


 なんか二人に分かり合われてる気がする。


「でも、一人じゃないから大丈夫だよ。兄さんも、アディも、ランさんも、ヴァレリアさんも、みんないるんだし」


 しんと静かになった。


 ランさんとヴァレリアさんは顔を見合わせ、兄さんは小さく舌打ちしてから、ぐしゃぐしゃと僕の頭を撫でた。


「縁起でもないことは言うなよ、全く」


「だから大丈夫だって言ってるんじゃないか」


「…そうだな」


 兄さんは立ち上がり、窓の外の水路に目を向けた。


 朝の光が、水面にきらきらと反射している。


「さあ、始めるぞ」


「あ、待って!兄さん!空いているカヴァーナ(舟置き場)を貸して!」


「そりゃあ、かまわんが…なにをするつもりだ?」


「内緒!」



(第78話「始動」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「ヴァレリアです。ルカ様の新しい挑戦が、いよいよ本格的に動き出しました。工場、鉱山、帆船…やることは山積みです。でも、ルカ様はいつも『一人じゃないから大丈夫』と言います。…本当に、困った方ですね。でも、そういうところが…いえ、なんでもありません」


「次回、『視察』。その島に、全てが始まる」

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