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錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


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第74話「政略」

 マルコさんが帰ってから三日後。


 僕とロレンツォ兄さんは、居間のテーブルを資料で埋め尽くしていた。


 紙の山。設計図の束。そして、それらに関するたくさんの計算書。


「…ふむ」


 ロレンツォ兄さんは、僕が用意した資料を一つ一つ確認しながら、何度も唸っている。


 その横顔は、いつもの気さくな兄の顔ではなく、冷徹な商人のそれだった。


「いいか、ルカ。交渉ってのは、相手に合意させる理由を積み上げることだ」


「理由?」


「ああ。人間は、自分に得がなきゃ動かねぇ。逆に言えば、得があれば喜んで動く」


 兄さんは指を一本立てた。


「ドージェに、この計画で『何が得られるか』を明確に示す。それが交渉の全てだ」


「経済効果の試算は作ったけど…」


「それだけじゃ弱い」


 兄さんはバッサリと切り捨てた。


「『将来的に税収が増えるかもしれません』なんて曖昧な話じゃ、ドージェは動かねぇ。もっと直接的で、確実で、今すぐ始められる利益が必要だ」


 兄さんは僕の書いた「コンクリートの製法」を手に取った。


「このコンクリートだが、材料は何だ?」


「火山灰と石灰と砕石、それに海水だよ」


「火山灰はどこで手に入る?」


「えっと…ナポリタニア王国から船で運んでくるしかないかな。セレニアには火山がないから」


「そうだろうな」


 兄さんの目が、獰猛に光った。


「つまり、コンクリートを作るには、必ずナポリタニア王国からの輸入が必要ってことだ」


「う、うん」


「そして、石灰はどこで採れる?」


「アストリア半島で上質なものが採掘できるって、ビアージョさんが言ってた」


「アストリア半島は、セレニアの領土だな」


「そうだね」


「砕石と、鉄筋用の鉄鉱石は?」


「北の鉱山で…」


「それもセレニア共和国内だ」


 兄さんはニヤリと笑った。


「つまりだ。コンクリートの材料のうち、火山灰だけが輸入品で、他は全部セレニア国内で調達できる」


「そうなるね」


「そしてな、ルカ。お前はこのコンクリートの製法を『公開する』と言った」


「うん。特許で保護しつつ、誰でも使えるようにしたいんだ」


「いい考えだ。だがな、製法を公開しコンクリートが広まったら、誰が一番儲かると思う?」


「え?」


 僕は一瞬考えて、ハッとした。


「…材料を供給する人?」


「大正解」


 兄さんは指を鳴らした。


「製法が広まれば広まるほど、火山灰も石灰も砕石も大量に必要になる。その供給を独占できる奴が一番儲かるんだよ」


「それって…」


「ドージェだ」


 兄さんは断言した。


「火山灰の輸入は、ドージェが独占する。ナポリタニア王国に太いパイプを持ってるのはドージェだけだからな。そして、それを国内の業者に卸す。利益を乗せてな」


「石灰と砕石も?」


「ああ。アストリア半島の石灰石採掘権も、北の鉱山の砕石も、全部ドージェ、ひいては評議会が管理する。そして卸す」


 兄さんは紙にサラサラと図を描いた。


火山灰:ナポリタニア → ドージェ → 業者

石灰:アストリア半島(評議会管理)→ 業者

砕石:北の鉱山(評議会管理)→ 業者

```


「評議会管理とは言っても、あのおっさんならうまいことするだろ。コンクリートが普及すればするほど、ドージェの懐に金が入る仕組みだ」


 僕は息を呑んだ。


「それって…ドージェにとっては、断る理由がないってこと?」


「そうだ。しかも、公開した製法で他国が真似しようとしても、火山灰の供給はナポリタニア王国経由。つまり、ドージェがナポリタニア王国に影響力を見せつけることもできる」


 兄さんは満足そうに頷いた。


「技術を公開することで、ドージェに永続的な利益を与える。これが、交渉の核だ」


「すごい…」


「それだけじゃねぇ」


 兄さんは続けた。


「防波堤と灯台が完成した後、ウルカニア島の工場はどうする?」


「え?…そのまま鉄筋を作り続けるけど…」


「それを国有化する」


「え!?」


 僕は目を丸くした。


「国有化って、僕たちの手から離れちゃうってこと?」


「そうだ。防波堤と灯台は国家事業だ。その建設が終わったら、工場も国に献上する」


「で、でも…」


「安心しろ。高炉の技術はお前の頭の中にある。それなら、また別の場所に作ればいい。それも交渉材料に入れ込むことで可能なことだ。しかも、この高炉と同じものを、いくら現物があるとはいえ、おまえと同じように作れるやつがいるとは思えねぇな。断言してもいい」


 兄さんは僕の肩を叩いた。


「大事なのは、ドージェに『マルチェッロ家は私利私欲で動いてない』と思わせることだ。国のために技術を提供し、工場も献上する。そうすれば、ドージェは俺たちを信頼する」


「…なるほど」


「その代わり、特許料と帆船を作るための資材はしっかり確保する。特にアストリア半島の樫材だ」


「樫材?」


「ああ。お前の設計図を見たが、あの帆船の骨組みには大量の良質な樫が必要だろ?マルコのおっさんが持ってきてくれるとは言ったが、それだけでは足らなくなる可能性もある」


「うん」


「だからな、それもドージェに許可をもらう。アストリア半島での大量伐採許可だ。表向きは『防波堤の基礎用』ってことにして、余剰分を俺たちが使う」


 兄さんはニヤリと笑った。


「ここまでの提案だけでもドージェは喜んで許可するさ」


「だけでも…?」


「おいおい、自分で助力を依頼しておきながら肝心なことを忘れてないか?」


「肝心なこと?」


「今回の件に関する人手を一切手配してもらう必要がないってことをな」


「…あ!」


「セレニア共和国にとっては驚愕のことだろうよ。伝説とも言える『海の民』が全面的に協力し、人手もすべてだしてくれるなんて話はな」


「う、うん」


「ドージェには、金と資材と場所をすべてだしてもらう。あとは、おれたちのやりたい放題ってわけだ」


 僕は頭がクラクラしてきた。


 兄さんの戦略は、何重にも張り巡らされている。


「…整理させて」


 僕は深呼吸した。


「つまり、ドージェには、火山灰・石灰・砕石の独占販売権を渡す。工場も国有化する。樫材の伐採許可ももらう。その代わり、防波堤と灯台と、帆船用のお金と資材を確保する、ってこと?」


「そうだ。ドージェは永続的な利益を得る。俺たちは必要なものを全部手に入れる。お互いに得がある」


「でも…それって、いいのかな…」


「馬鹿言え」


 兄さんは笑った。


「お前が開発した技術は、歴史に残る。マルチェッロ家の名声は不動のものになる。それだけで十分すぎる利益だ。この名声や知名度ってやつはな、後から効いてくるんだ」


「…そっか」


「それに、な」


 兄さんは声を潜めた。


「工場を献上するのは『防波堤と灯台が完成した後』だ。それまでは俺たちの管理下にある。その間に、そこで帆船用の資材は全部作っちまう。ビアージョのおっさんにも必要だと思うものは全部作ってもらおう。これが『やりたい放題』ってわけだ」


「あ…」


「国のために働きながら、自分たちがやりたいことも全部する。一石二鳥ってやつだな」


 僕は思わず笑ってしまった。


 兄さん、本当に抜け目ない。


「さて、これで、ドージェへの利益供与は完璧だ」


 兄さんは新しい羊皮紙を取り出した。


「次は、提案の流れだ」


「え、兄さん、まさか…」


「ああ。明日の提案は、俺がやる」


 僕は驚いて兄さんを見た。


「で、でも、技術の説明は僕が…」


「技術の説明は、お前がする。だが、交渉は俺の仕事だ」


 兄さんは断言した。


「いいか、ルカ。お前は技術者だ。発明と開発はお前の領域だ。だが、政治と交渉は俺の領域だ。役割分担をはっきりさせる」


「…わかった」


 僕は頷いた。


 確かに、兄さんの方が交渉は上手い。


 僕は技術に集中すればいい。


「じゃあ、流れを確認するぞ」


 兄さんは書き始めた。


『提案の流れ』


一、俺が口火を切る

 → 今日の提案の重要性

 → セレニアの未来を変える


二、ルカがコンクリートを説明

 → 特許申請書類の提出

 → 製法と材料

 → 実物のサンプル提示


三、俺が材料の流通を説明

 → 火山灰・石灰・砕石の独占権

 → ドージェへの利益供与


四、ルカが防波堤と灯台を説明

 → 設計図

 → 技術的な詳細


五、俺が経済効果と国有化を提案

 → 税収増加の試算

 → 工場の献上


六、俺が樫材伐採許可を依頼

 → アストリア半島

 → 防波堤基礎用


七、質疑応答


「…これで完璧だ」


 兄さんは満足そうに頷いた。


「お前は技術の説明だけに集中しろ。政治的な話は全部俺が引き受ける」


「わかった」


「じゃあ、練習するぞ」


 兄さんは立ち上がり、部屋の中央に立った。


「俺がドージェの前で話す。お前は横で見てろ。そして、俺が『ルカ、説明を』と言ったら、技術の話をする」


「うん」


 僕は椅子に座り、兄さんを見た。


 兄さんは一度咳払いをして、表情を引き締めた。


 そして、まるで本当にドージェの前にいるかのように、堂々と口を開いた。


「ドージェ閣下。本日、マルチェッロ商会として、セレニア共和国の未来を左右する重大な提案を携えて参りました」


 声が、普段よりも低い。


 いつもの兄さんとは別人のようだ。


「この提案が実現すれば、セレニアは世界で最も豊かな国となるでしょう。そして、閣下は、歴史に名を残す偉大な統治者となります」


 おだて方も完璧だ。


「まず、技術顧問であるルカより、特許申請に値する技術についてご説明申し上げます。ルカ、頼む」


 兄さんが僕を見た。


 僕は慌てて立ち上がる。


 コンクリートの製法、防波堤と灯台の設計。


 その都度、兄さんがダメ出しをする。


「専門用語を使うな。『水和反応』じゃなくて『水と反応して固まる』と言え」


「数字を言う時は、指で示せ。視覚的にわかりやすくなる」


「設計図を見せる時は、ドージェの方に向けろ。おれの方に向けてどうする」


 何度も何度も繰り返した。


 そして、兄さん自身も、自分のパートを何度も練習した。


「火山灰は、ナポリタニア王国からの輸入が不可欠です。この輸入を、閣下に独占していただきたい」


「石灰石はアストリア半島、砕石は北の鉱山。いずれも閣下の管理下で採掘し、業者に卸していただく」


「コンクリートが普及すればするほど、閣下の利益となります」


 その言い回し、間の取り方、全てが計算され尽くしている。


 気づけば、窓の外は真っ暗になっていた。


「…よし」


 兄さんは満足そうに頷いた。


「これなら大丈夫だ」


「本当?」


「ああ。お前も俺も完璧だ」


 兄さんは僕の頭を撫でた。


「明日、歴史が動く」


「うん」


 僕は拳を握った。


 不安はあるけれど、兄さんがいれば大丈夫な気がする。


「いいか、ルカ。お前は技術者だ。世界を変える発明をするのがお前の仕事だ」


「うん」


「だが、その技術を世に広めるのは、俺の仕事だ。人を動かし、金を動かし、国を動かす。それが商人ってもんだ」


 兄さんは僕の肩を叩いた。


「明日、お前の技術を、俺が世界に解き放つ」


「…兄さん」


「二人で、世界を変えような」


 僕たちは拳を合わせた。


 明日、セレニアが変わる。


 いや、僕たちの手で、変えてみせる。



(第74話「政略」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「準備万端!役割分担も明確!技術は僕が、交渉は兄さんが。二人で一つのチームとして、ドージェをねじ伏せる!兄さんの策略は完璧だよ。ドージェが断る理由なんて、どこにもない!…はず!さあ、歴史を動かす時が来た!」


「次回、『承認』。全てが、動き出す」

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