第73話「巨人の揺りかご」
「…いいな、その案もらった。ドージェにねだってみよう」
ロレンツォ兄さんの言葉で、工場の立地はウルカニア島に決まった。
「北側に港と工場を作るなら」
僕は身を乗り出し、地図上のウルカニア島の北端を指さした。
「ここ張り出す形で、潮汐水車か波力水車を作って動力にすることができるかもしれません…」
高炉の送風機や、鉱石の粉砕機、鉄筋の製作機を動かすには、安定して継続した強力なパワーが必要だ。
そして、この無人島には、北西の川、大陸から流れ込んでる大きな川の流れと、周囲の海という無限のエネルギーがある。
「お!そこまで考えていたか。いい子だ」
マルコさんがニヤリと笑い、バシッと僕の背中を叩いた。痛いけど、嬉しい。
「よし、じゃあ、帰り際に視察してきて、何台かリゾーラから潮汐水車と波力水車をもってこよう。そして、滑車と歯車も各種もってきてやる」
「ありがとうございます!…正直、どこまでやれるか不安だったので心強いです」
思わず本音が漏れた。
技術的な理論はあっても、それを形にするための資材や道具が圧倒的に足りない。それが僕の抱える一番の不安だったから。
すると、マルコさんは少し照れくさそうに鼻の下を擦った。
「…ルカ、おまえさんはアディと結婚する身だ。つまり、もうな、我ら『海の民』の身内なんだよ」
その言葉は、驚くほど温かく響いた。
「遠慮なんかするな!頼るだけ頼れ!助けられるところは助けてやるから!」
「あ、ありがとうございます」
胸が熱くなる。
アディが繋いでくれた縁が、こうして僕を助けてくれている。
「で?工場の思案はあるのか?」
マルコさんが職人の顔に戻って尋ねてきた。
僕は大きく頷き、頭の中で組み立てていたプラントの構成を一気にまくし立てた。
「はい!高炉と精錬炉を置き、一階では鉄筋を作ります」
まずは基礎となるエリアだ。
「そして二階は、高炉の排熱を使って、亜鉛メッキ用の溶液プールと乾燥場所に使います」
「排熱利用か、無駄がねぇな」
「さらに三階には、同じく高炉の熱を利用した蒸留浄水装置を作ります。海水を濾過してから煮沸し、蒸留水を作るんです。そうすれば、塩も副産物としてたくさんできますし、やり方次第では、お湯だって使いたい放題です」
僕は指を上へと向けた。
「三階という高所で水を作れば、重力を利用して、パイプだけで工場内の必要な箇所に水やお湯を巡らせることもできるかな、と…」
マルコさんが、目を見開いて唸った。
「なるほど!それは良いアイディアだ!熱も水も、重力さえも使い尽くすってわけか…」
彼は楽しそうに地図を指で叩いた。
「気に入った!それの設計はおれの方でやろう。高炉と精錬炉の資材も任せておけ。お前さんの頭の中にあるもんを、形にしてやるよ」
「お願いします!」
「幸い、この島の場所は汽水域だ。他でやるよりも塩の害が少ない。いっそ…水車で屋上まで揚水して、そこから調節した水を随時流すことで、各所で水車を動かして動力にするか。そうすりゃ、調節次第で潮の干満関係なく、ずっと動かせる…よし、細かいとこと運用面はまかせておきな。うまい具合に作ってやるよ」
「はい!ありがとうございます!」
最強の現場監督を得た気分だ。これで工場の建設はなんとかなる。
だが、まだ最後の、そして最大のピースが埋まっていない。
「あとな、船の建造場所はどうするつもりだった?」
マルコさんの指摘に、僕は言葉に詰まった。
防波堤や灯台は公共事業だ。ウルカニア島の工場も、資材を作る場所としてドージェを納得させられる。
でも、あの新型帆船は違う。
「…それも実は問題で…防波堤や灯台と違って、帆船を作るのは、完全に僕の趣味です。なので、国とは別に考えたくて…」
国の予算で作れば、それは国の船になる。軍事転用されたり、技術を囲い込まれたりするリスクがある。
あくまでマルチェッロ商会の、僕たちの船として作りたい。
「でも、それだと場所が…」
セレニアには、個人が三十メートル級の船を建造できるようなドックはない。
工場予定地のウルカニア島も、部品は作れても、船体を組み上げるドック設備までは作るのは難しい。
僕が頭を抱えかけていると、マルコさんが事も無げに言った。
「じゃあ、おれの船で作ればいい」
「…船?…ですか?」
僕はポカンとして聞き返した。
船を作るのに、船で作る?どういうこと!?
混乱する僕に、それまで黙って聞いていたランさんが助け舟を出してくれた。
「ルカ、マルコおじさんの三番衆麾下にはな、巨大なドック船があるんだ」
「ドック船…?」
「ああ。全長百メートル超えの双胴船だ」
「ひゃ、百メートル!?」
素っ頓狂な声が出た。
百メートル。
この世界の標準的な船が十五メートルそこそこだと考えれば、それはもう動く要塞だ。リゾーラといい、海の民のスケール感はどうなっているんだ。
「ああ、そいつには五十メートルまでだったら建造・整備可能な乾式ドック(ドライドック)がある」
マルコさんが、ニカっと白い歯を見せて笑った。
「船体後部がパカっと開いてな、海水を招き入れたり吐き出したりできるんだよ。そこで作ればいい。洋上の密室だ、そこなら誰にも見られることないから、思う存分好き勝手できるぞ!」
「フローティング・ドック…!」
前世の記憶にある、浮きドックだ。まさかこの時代に、しかも自走式のものが存在するなんて。
古代遺産なのか、彼らの技術の結晶なのか。
「えええええ!?うれしすぎます!」
僕は椅子から立ち上がらんばかりに歓声を上げた。
場所の問題、機密保持の問題、設備の有無。全てが一発で解決だ。
「船の建造はおれも手伝ってやる。どんなものができるか楽しみだ!盗めるだけ、技術を盗んでやるがな!」
豪快な笑い声が、居間に響き渡った。
技術を盗むと公言して憚らないその姿勢が、むしろ清々しい。お互いに刺激し合える、最高のパートナーだ。
ひとしきり笑った後、マルコさんは不意に真剣な顔つきになった。
その視線が、僕の隣に座っていたランさんに向けられる。
「ラン!」
「…はい」
ランさんが背筋を伸ばした。
「ちょうどいい機会だ!おまえが六番衆を代表して、防波堤と灯台建設の指揮をとれ」
「えっ…」
ランさんが目を見開く。
「三番衆から補佐を何人かだしてやる。地魔法や水魔法、風魔法の熟練者もたくさん連れてくる。やれるだけやってみろ!カイの倅だろ、いつまでもフラフラしてんじゃねぇぞ」
それは、三の長からの、正式な現場指揮官への任命だった。
ランさんは、普段は僕たちと行動していて、組織の中での立ち位置は少し微妙なところがあったのかもしれない。
それを、マルコさんが引き上げようとしている。
ランさんは一瞬迷うように視線を伏せたが、すぐに顔を上げ、力強い瞳でマルコさんを見返した。
「…はい、わかりました。やってみます」
「良い返事だ!カイには、おれから言っておく」
マルコさんが満足げに頷いた。
これで、体制は盤石だ。
技術統括のマルコさん、現場指揮のランさん、そして全体の調整役のロレンツォ兄さん。ビアージョさんに高炉の話をするのが楽しみだ。
「だいたい、いつ頃に来れそうですか?」
僕が尋ねると、マルコさんは頭の中で暦を弾いた。
「そうさな、4月上旬といったところか。人集めと、資材の積み込みがあるからな」
4月。春の訪れとともに、巨人が動き出す。
マルコさんはロレンツォ兄さんに顔を向けた。
「それまでには、おまえさんたちの準備もしっかりな!ドージェへの根回し、工場の用地確保、やることは山積みだぞ」
「ああ、わかってる。任せておけ。商人の意地を見せてやるさ」
兄さんが不敵に笑った。
◆◇◆◇◆
本題は、そこで終わった。
あとは、マルコさんが持ってきた海産物の土産をつまみに、リゾーラでの生活の話や、昔のカイさんの武勇伝などの雑談に花が咲いた。
話の流れで、マルコさんはそのままマルチェッロ家に泊まっていくことになった。
夕食の時間になると、ようやくチェチリア先生の授業から解放されたアディが、食堂へ飛び込んできた。
「マルコおじさん!」
アディはマルコさんの隣に陣取り、目を輝かせて話し始めた。
僕と一緒に作った短剣のこと、美味しいお菓子のこと、陸での生活のこと。
マルコさんはそれを、本当に嬉しそうに、目を細めて聞いていた。
その顔は、豪快な海の男ではなく、ただの優しい親戚のおじさんそのものだった。
窓の外では冬の風が鳴っているけれど、食堂の中は、暖炉の火よりも温かい空気に満ちていた。
春になれば、かつてない大工事が始まる。
世界が変わる、その予感に胸を躍らせながら、僕は賑やかな食卓の風景を眺めていた。
(第73話「巨人の揺りかご」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「アディです!無事に、お父さんとマルコおじさんが協力してくれることになったよ!いろいろ目途がたったみたい。でも、本当に作れるかは、ドージェに提案した結果次第なんだって。ロレンツォ義兄さんが『交渉は俺に任せろ』って、すごく真剣な顔してる。ルカも緊張してるみたい。二人で何か作戦を練ってるけど…大丈夫かな?」
「次回、『政略』。兄弟の役割分担」




