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錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


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第72話「ウルカニア島」

 防波堤と灯台の建設方針が決まり、場の空気は熱気を帯びていた。


 マルコさんの視線が、僕の手元にあるもう一枚の図面に注がれる。


 言葉はなくとも、その目は「次はどうする?」と問いかけていた。


 僕は頷き、用意していた帆船のイラストをテーブルの上に広げた。


「これが、僕の作りたい船です」


 そこには、前世の最新式セーリングヨットを模した、極限まで無駄を削ぎ落とした流線型の帆船が描かれていた。


 全長30メートル、全幅8メートル。マストの高さは50メートル。そして船底には、長さ10メートルの伸縮式キールを備えている。


 ずんぐりとしたコグ船とも、かいが並ぶガレー船とも違う、まるで風そのものになろうとするような形状。


「…なんだ、こりゃあ」


 マルコさんが身を乗り出し、図面に顔を近づけた。


「船…なのか?櫂がねぇ。甲板も平らだ。それに、この船底の形…」


「材質についてはまだ秘密ですが、お願いしたいのはこの船の『骨組み』です。乾燥させた良質なオークを使って、基本的なフレームを作ってほしいんです」


「骨組み、だと…?」


「はい。それさえあれば、そこから先は僕がスキル全開で作り上げてみせます」


「スキル全開、ねぇ…」


 マルコさんは胡乱うろんげな目を向けた。


 言葉で説明するより、見せた方が早いか。


「マルコさん。僕のスキルには『粉砕』や『圧縮』といった、物質の密度を変える力があります。まずはこれを見てください」


 僕はポケットから、掌に収まるほどの小さな金属の塊を取り出した。


 鈍い銀色に輝く、重厚な輝き。以前作っておいたタングステンの塊だ。


 マルコさんが怪訝そうに眉を寄せながら、無造作に手を差し出す。


 僕はその掌に、金属塊を落とした。


 ズシリ。


「っ!?」


 マルコさんの腕が、予想外の重さにガクリと沈んだ。


 慌てて持ち直し、目を丸くしてその塊を凝視する。指先で撫で、爪で弾き、その硬度を確かめる。


「鉛じゃねぇ…鉛よりもずっと重ぇ。それに、鉄よりも硬ぇぞ。…なんだこりゃあ」


「それは『タングステン』。鉄の2倍程度の重さと、ダイヤモンドに次ぐ硬度を持つ金属です」


「そんな金属、聞いたこともねぇぞ…これがスキルの成果ってわけか」


 マルコさんは金属塊を握りしめ、ニヤリと笑った。


「これを、キールの重りに使うつもりか、こりゃあ効くわ」


「その通り!さすがです!」


 一発で見抜かれた。


 船底に超重量の重りをつけることで重心を下げ、転覆を防ぐ。その意図を瞬時に理解したようだ。


 マルコさんの目が鋭くなった。


「骨組みだけでいいって言ったな?本当にそれだけで、あの図面の船が作れるのか?」


「大丈夫です!骨組みさえ作ってもらえれば、そこから先は僕が作っていきます!ただ、なにぶんにも船を作るのが初めてなので、助言してもらえれば助かります!」


「助言はいいだろう。形は違えど、船には違わねぇからな。…ってかな、ルカ」


 ふと、マルコさんの声のトーンが変わった。


 職人の顔から、得体の知れないものを見るような、探るような目つきに変わる。


「お前さん、こんな知識、どこから持ってきたんだ?コンクリートにタングステン、それにあの船の形…。おれは、そこが不思議でならねぇ」


 ギクリとした。


 心臓が早鐘を打つ。


 まさか「前世の知識です」なんて言えるわけがないし、適当な嘘で誤魔化せる相手でも…なさそう。


「あ、えっと、それは…」


 僕がしどろもどろになっていると、横からロレンツォ兄さんがすっと口を挟んだ。


「マルコさんよ。それは実の兄であるおれもたびたび気になってはいるが、最終的には気にしねぇことにしてるんだ」


「ロレンツォ…」


「これまでもルカはいろんなもんを作ってきた。理屈じゃあ説明できねぇことが大量よ。だからな、これは『神さんの賜り物』だと思うようにしてるのさ」


 兄さんは肩をすくめ、苦笑交じりに言った。


 マルコさんは僕と兄さんを交互に見て、フンと鼻を鳴らした。


「『神の賜り物』か…言い得て妙だな」


 彼は腕を組み、しばらく無言で考え込んでいた。


 部屋に緊張が走る。


 やがて、マルコさんは大きく息を吐き出した。


「…いいだろう。余計な口はきかねぇことにする。おれたち『海の民』にとっても、この計画は益のあることだ。みすみす見逃す手はねぇ」


「益?」


 僕が聞き返すと、マルコさんは笑った。


「ああ、このコンクリートの作り方一つを教えてもらうだけでも充分な益だ。これがこの先、どれだけ役にたつものになるか見当もつかねぇ。今後も使わせてもらうっていう認識でいいんだろう?」


「ええ、そのつもりです。なんだったら、『海の民の秘伝』ということにしてもらったっていいですよ?」


「秘伝か…、いいなそれ。そうさせてもらうか」


 マルコさんは楽しげに頷いた。


「だが、おまえさんの方は今後どうするんだ?」


「コンクリートはドージェを通して、許諾性の産業にしていくつもりです。工法も難しくないし、材料の入手も容易。使わないという選択肢はないので」


「了解した。じゃあ、おれの方は、『海の民』から、コンクリートの作り方が他に流出しないように手をうっておく。他の国に知られちゃ困る技術でもあるだろうしな」


「助かります!」


 これで技術管理の面も安心だ。


 マルコさんが裏で目を光らせてくれるなら、これほど心強いことはない。


「…よし!じゃあ、もう少し細かい話をしようか」


 マルコさんが身を乗り出した。


「はい!」


「まず、亜鉛はおれのとこで準備しよう。リゾーラに在庫がたんまりあるからな。300トン程度なら楽勝だ。あとは船の建材用の乾燥させた樫や他の建材もある程度任せておけ。良いものを見繕ってもってこよう」


「ありがとうございます!」


 さすがリゾーラ、何でも揃っている。


「で、他はどうする?」


「…協力していただける目途がついたので、これからドージェに、防波堤と灯台の計画を提案し了承してもらいます。そうすれば、他の材料もすべて大丈夫でしょう」


「これから!?大丈夫なのか!?」


 マルコさんが目を剥いた。


 これだけの大事業を、許可も取らずに進めていたことに呆れているようだ。


「そこは、ロレンツォ兄さんに頑張ってもらいます!」


 僕が兄さんを見ると、兄さんはニカっと笑って胸を叩いた。


「おう、任せておきな。こういう時のために『貸し』も作ってある。そしてこれは共和国にとって、間違いなく良い提案だ。イヤとは言わせねぇぜ」


「そいつは頼もしいな。じゃあ、あとは鉄筋とやらの大量製造と、鉄筋への亜鉛メッキの方法だ。そいつはどうする?」


「…実はそこが問題でして」


 僕は表情を曇らせた。


「大量の鉄筋を作り、それにメッキを施すには、高炉と精錬炉が必須です。それも、かなり大規模な」


「ふむ」


「でも、セレニア本島は狭いし、煙や騒音の問題でそんな工場は建てられません。かといって、エスト島は軍事要塞の近くだから許可が下りない。内地の貴族領を借りれば、権利関係で揉めるのが目に見えています」


 技術はある。資材もなんとかなる。


 でも、それを作るための「場所」がない。


「…なにか良い案はないですか?」


「そうさな」


 マルコさんは太い腕を組み、天井を仰いで考え込んだ。


 重苦しい沈黙が流れる。


 やがて、彼はゆっくりと口を開いた。


「…おれはな、今回、三番衆から六百人ほどの人数と二十数隻の船を持ってこようと考えている」


「六百人!?」


「ああ。あの規模の工事をするには、それだけの人数がいた方がいい。だが、その停泊地が問題となる。停泊地さえあれば、食料や寝床は自分たちでも調達は可能だし、なんとかなる。そこも併せて考えたいが…」


 マルコさんは荷物の中から、一枚の地図を取り出した。


 紙に描かれたそれは、僕が研究所に貼ってあるものよりもずっと精巧で、水深や海流まで書き込まれている。


 マルコさんは、その地図の中のセレニア本島とエスト島を指でなぞった。


「今回の計画は、あまり外には知られたくねぇことが満載だ。だから、外洋から簡単に見えるとこは好ましくないな」


 そう言いながら、指でエスト島にバッテンをする。


 そのあと、迷うように指が地図の上を迷走する。ラグーナの中、島々の間…。


 そして、ある一点で指が止まった。


 それはセレニア本島から北東、エスト島から北西にある小さな島だった。


「…いっそ、ここに一大工場を作っちまうのはどうだ?」


 マルコさんが指さしたのは『ウルカニア島』という、全長2キロもないような小さな島だ。


「ウルカニア島…ですか?」


「ああ。確かここには人は住んでいない。ハンノキが群生しているだけだ。東側には点々と砂洲があるだけ。西側だって人も住んでいないような木々ばかり。大雨が降ったあとは、大陸からの川の流れで半分水没しちまうような島だ。しかもこの島の北は水深が深い。おれたちの船を停泊させるにはちょうどいい。北側の地形を考えれば、このあたりに港と、港に隣接する形で工場を作っちまえばいい」


 マルコさんの指が、島の北側の海岸線をなぞる。


「ハンノキをほどよく伐採して工場を作り、南側と東側の木を残しておけば、外洋への目隠しにもなる。工場から大量の煙が出ても、ここの風向きは、北西からと南東からだけだ。セレニア本島には影響がない。伐採したハンノキは、そのまま土台や資材として使える」


 僕とロレンツォ兄さんは顔を見合わせた。


 無人島。人目を遮る森。深い水深。そしてセレニア本島からもそう遠くない。


 二人は同時に地図を見つめ直した。


 そして、ここならいろんな条件に合致しそうな可能性を見出した。


「…いいな、その案もらった。ドージェにねだってみよう」


 兄さんがニヤリと笑った。



(第72話「ウルカニア島」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「アディです!工場の場所も決まって、あとは船をどこで作るかだけ!…って思ってたら、マルコおじさんが『おれの船で作ればいい』って言い出したの!船で船を作る!?どういうこと!?でもルカ、すっごく嬉しそう。一体どんな船なの?」


「次回、『巨人の揺りかご』。海に浮かぶ、夢の工房」

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