表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金術?いいえ、材料工学です。授かったスキルで海洋国家の覇者になります!  作者: 秋澄しえる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/96

第71話「海の職人」

 一月も終わろうとする頃。


 外は冬の冷たい風が吹き荒れているが、マルチェッロ家の屋敷内は穏やかな空気に包まれていた。


 あれから、僕はアディと一緒に、スキル『調律』と『接合』について色々と試行錯誤を重ねていた。もちろん、アディの体調を一番に気にかけながら。


 その成果の一つが、手元にあるアディの短剣だ。


 かつて漆黒だったその刀身は今、見る角度によって鮮やかに色を変える「サファイアブルー」に輝いている。


 これは塗装じゃない。


 アディが「違う色がいい」と言い出したのがきっかけで、僕が理論を教え、彼女がスキルで表面のナノ構造を書き換えた「構造色」だ。


 モルフォ蝶の翅や真珠と同じ原理。特定の光の波長だけを反射させているわけだ。


 最初は「ムラのある灰色」にしかならなかったけど、何度も試すうちに、アディは美しい青色を定着させることに成功した。やっぱり、試行回数は裏切らない。


 ただ、変質したこの短剣は、あまりにも鋭すぎた。


 切れすぎて、対象に吸い付いてしまうのだ。原子レベルの平滑面同士が触れ合うと、ファンデルワールス力という分子間引力が働いて一体化してしまう。


 だから僕が、物理的な形状加工を施した。


 刃の断面を、鋭利なクサビ型から、緩やかな曲線を描く『蛤刃はまぐりば』へと変更したのだ。


 これで刃に厚みを持たせ、切断時に対象を押し広げる力が働くようにした。耐久性と刃離れの問題もこれで解決だ。



◆◇◆◇◆



 そんな実験の日々から少し経ったある日。


 一階の客間からは、時折「うぅ…活用が…」というアディの悲痛な呻き声が漏れ聞こえてくる。


 今日はチェチリア先生のラティーナ語の授業だ。


 頑張れアディ、僕も語学は苦手だから気持ちは痛いほどわかる。


 一方、居間の方からは、ロレンツォ兄さんとランさん、それにヴァレリアさんの話し声が聞こえる。どうやら売上の集計作業をしているらしい。


 最近、ヴァレリアさんも兄さんの手伝いをすることが多くなってきた。元々優秀な人だが、計算も早く、実務能力が極めて高いらしい。どの商品も順調に売り上げを伸ばしているから、兄さん一人では手が回らなくなってきているのだ。


 僕はというと、食堂で紅茶を飲みながら休憩中だった。


「ふふ、アディ様の声、食堂まで届きそうですね」


 給仕をしてくれているルーチェさんが、クスクスと笑いながらポットを傾ける。


 その時だった。


 チリン。


 玄関のベルが鳴った。


 すぐに、ニーナさんが移動していく気配がした。足音一つ立てない、滑るような歩法。あれは僕には真似できない職人芸だ。


 重厚な扉が開く音が、遠く聞こえる。


 と同時に、屋敷の壁をビリビリと震わせるような、野太い大声が響き渡った。


「おう!ニーナか!息災でなにより!」


「…え…マルコ様?」


 あの感情の乏しいニーナさんが、驚いたような声を上げているのが聞こえた。珍しい。いつもなら「いらっしゃいませ」と淡々と返すはずなのに。


「げっ、マジか…」


 目の前で、ルーチェさんが露骨に顔をしかめた。


 営業用の完璧な笑顔が崩れ落ち、「正月に一番嫌いな親戚のおじさんが来た時」みたいな嫌そうな顔になっている。


「えっ?ルーチェさん、知り合い?」


「あ、いえ!その…!」


 ルーチェさんが慌てて猫を被り直そうとするが、もう遅い。


 ドス、ドス、と重量感のある足音が廊下を進み、居間の方へと向かっていくのがわかった。ロレンツォ兄さんたちのところへ案内されたようだ。


 誰だろう?


 僕は首を傾げながら席を立った。この屋敷にあんな大声で入ってくる人物なんて、心当たりがない。


 食堂を出て、居間の開かれた扉から中を覗き込む。


 そこには、一人の巨漢が立っていた。


 熊のような男だ。


 潮風に晒された褐色の肌、丸太のような腕、そして古傷だらけの顔。威圧感が服を着て歩いているような迫力だが、その瞳はどこか愛嬌のある輝きを宿している。


「よう!お仕事中、邪魔するぜ!」


 爆音のような声に、ロレンツォ兄さんがペンを止めて顔をしかめるのが見えた。


 ヴァレリアさんが、呆れたように、しかしどこか親しみを込めて溜息をつく。


「…マルコ様。いきなり大声を出さないでください。屋敷が揺れます」


「ガハハハ!すまんすまん、ヴァレリアも元気そうで安心したぜ!」


 マルコと呼ばれた男は豪快に笑うと、部屋を見渡した。


 そばに控えていたニーナさんが、ロレンツォ兄さんに向かって恭しく紹介する。


「旦那様。『海の民』、三番衆を率いる三の長、マルコ様です」


「…『三の長』、だと?」


 兄さんの目の色が、一瞬で変わった。


 商人の顔から、一国の主と対峙するような緊張感を帯びるのがわかる。


 兄さんはアディの父であるカイさんが「六の長」であることを知っている。


 「長」という肩書きが持つ重みを、即座に理解したんだ。


「まさか、一角の長が自らお越しになるとは。…マルチェッロ商会代表、ロレンツォだ。丁寧な挨拶、痛み入る」


 兄さんが立ち上がり、最敬礼で迎える。


 ランさんも、席を立って深く頭を下げた。


「ご無沙汰しております、マルコ様」


「おう、ランか。息災か?」


「はい。おかげさまで」


「そりゃ重畳。カイの野郎に頼まれてな、お前の頼みの件でな」


 ランさんはアディの実兄であり、カイさんの長男だ。顔見知りなのは当然か。


 僕は呼吸を整え、部屋へと足を踏み入れた。


「兄さん、お客様?」


「ああ、ルカ。…『海の民』の長の方だ」


 兄さんの視線が「慎重にいけ」と語っている。僕は頷き、男に向かって頭を下げた。


 マルコさんはニヤリと笑い、僕を頭からつま先まで値踏みするように見た。猛獣に喉元を晒しているような気分だ。


「へぇ、こいつがお嬢の婿さんか。…優男やさおとこに見えるが、目は据わってやがる」


「初めまして、ルカです」


「俺はマルコ。三番衆の長をやってる」


「あの…三番衆というのは?」


 僕が尋ねると、マルコさんは大きな手を開いてみせた。


「俺たち『海の民』は、いくつかの『衆』に分かれててな。一番衆が喧嘩専門なら、俺たち三番衆は船造りや武器造り…ま、諸々の『ものづくり』を一手に引き受ける技術屋集団よ」


「なるほど…技術部門の統括責任者、ということですか」


 心臓が跳ねた。技術屋のトップ。それなら話が早いかもしれない。


「ま、そんなところだ。…カイの野郎から話は聞いてるぜ。『ルカって若造が、面白いことを企んでるから手を貸してやってくれ』ってな」


 カイさん――アディのお父さんで、「海の民」の六の長。今の話からすると、六番衆の長ということになるのかな。


 先日、僕がランさんを通じて手紙を送り、「防波堤、灯台、船作りに協力してほしい」と打診した件だ。まさか、技術トップ自らが来てくれるとは思わなかった。


「マルコおじさん!」


 その時、背後からバタバタと足音がして、アディが飛び込んできた。


 ルーチェさんから来客を聞いたのか、それとも大声を聞きつけたのか。勉強から逃げ出せる喜びも相まって、目がキラキラしている。


「マルコおじさん!久しぶり!」


「おうおう、お嬢!しばらく見ないうちに別嬪べっぴんになりやがって!」


 マルコさんはアディを軽々と抱き上げ、再会を喜んだ。まるで親戚の集まりだ。この人がアディにとって「身内」であることがよくわかる。


 一通り挨拶を済ませると、すぐにチェチリア先生が現れ、アディの首根っこを掴んで引きずっていった。「うぅ、あと少しだったのに…」という恨めしそうな声が遠ざかっていく。ドンマイ、アディ。


 嵐が去った後、僕たちは改めてテーブルを囲んだ。


「さて…ロレンツォと呼んでもいいか?」


 マルコさんが、居住まいを正して言った。


「構いません。こちらも、マルコ殿と?」


「マルコでいい。堅苦しいのはナシだ」


 マルコさんはニヤリと笑うと、少し声を落とした。


「本題の前に、俺たち三番衆の規模について話しておかねぇとな。…ロレンツォ、お前さん、『リゾーラ』は知ってるよな?」


「もちろんです。海流に乗って世界を巡る、『海の民』の本拠地たる巨大な船島。セレニアの商人で知らぬ者はおりません」


「まあ、外から見りゃただのデカい塊だが、中身はもっと凄ぇぞ。全長二十四キロメートル。人口はおよそ五万人。保有する船の数は千隻を超える」


「なっ…!?」


 ロレンツォ兄さんが絶句した。僕も耳を疑った。


 二十四キロメートル?セレニア本島の全長が四キロだよ?


 島じゃない。それはもう、移動する国家だ。


「俺たちはそこで生まれ、そこで死ぬ。そして、その巨大な船を維持管理し続けてきたのが、俺たち三番衆だ。…どうだ、少しは俺たちの『力』が想像できたか?」


「…想像以上だ。まさか、内部にそれほどの規模を抱えているとは」


 兄さんが額の汗を拭った。技術力も生産力も、こちらの想定を遥かに超えている。


 マルコさんは満足げに頷くと、ニッと笑って本題に入った。


「で、だ。カイからの手紙には『防波堤と灯台、それに船を作りたい』とあったが…具体的に、どこで何をさせたいんだ?」


 兄さんが目配せをしてくる。


 僕は頷き、用意していたエスト島周辺の拡大地図をテーブルに広げた。


「僕たちが防波堤と灯台を作りたいのは、ここです」


 僕は地図の一点、エスト島の北端を指差した。


「…ここか」


 マルコさんが地図を睨み、鼻を鳴らした。職人の目だ。


「悪いが、こりゃ骨が折れるぞ。あそこは外洋の荒波が直接叩きつける。熟練の地魔法使いや水魔法使いを何人連れてきても、石を積んだそばから崩される。今のセレニアの石積み技術じゃ、完成まで何年かかるかわからねぇ」


「普通の石積みなら…ですよね?」


 僕はポケットから、ゴロリとした「灰色の塊」を取り出し、テーブルに置いた。


 以前、実験で作っておいた、小さい拳大のサンプルだ。


「なんだ、この石っころは?」


「触ってみてください。硬いですよ」


 マルコさんが手に取り、爪で弾いたり、テーブルに叩きつけたりする。


 カン、カン、と硬質な音が響く。


「…ただの石じゃねぇな。どうやって削り出した?」


「削ったんじゃないんです。…作ったんです」


「あ?作った?」


「はい。これは『コンクリート』。ラティーナ語で『具体的な』という意味を込めて、僕がそう呼ぶことにしました」


「コンクリート…?」


 兄さんが怪訝そうな顔をする。


「ルカ、前に言っていた『ピエトラ・リクイダ(液体の石)』とは違うのか?」


「モノは同じだよ兄さん。でも、姿形が変わりゆくこの石には、もっと新しい名前がふさわしい。これからは『コンクリート』で行こうと思う」


 僕はマルコさんに向き直った。


「最初はドロドロの泥みたいに柔らかくて、どんな形にも流し込めるんです。材料は、火山の灰、生石灰、砕石、そして海水です」


「海水だと?」


「はい。こいつの凄いところは、空気中よりも水中の方が、より強く、より早く固まるという性質です」


「なんだと!?」


 マルコさんの目の色が変わった。さすがは技術屋の長、その意味を一瞬で理解したようだ。


「水の中で固まる…?つまり、型枠さえ沈めれば、海の中で直接『岩』を作れるってことか!?」


「その通りです。だからこそ、あの荒れたエスト島の北端でも工事が可能なんです」


 僕は手元のメモを取り出し、具体的な計画を読み上げた。


「計画している防波堤の規模は、幅20メートル、高さ14メートル。そして長さは100メートルです」


「おいおい、山でも動かす気か?」


 マルコさんが呆れたように笑うが、目は真剣だ。


「工法としては、まず木枠にコンクリートを流し込んで、同じ形の巨大なブロックを大量に作ります」


「なるほど、おかで作っておくということか」


「はい。そして、そのブロックを海に沈めて組み合わせていき、防波堤の外枠を作ります。さらに、その中には補強用として『亜鉛メッキした鉄筋』を入れます」


「鉄筋…?石の中に鉄を入れるのか?」


「ええ。コンクリートは圧縮には強いけど、引っ張られる力には弱い。だから、中に鉄の棒を入れて、しなやかさを加えるんです。海水で錆びないように、亜鉛でメッキをしてね」


「石と鉄を一体化させる、か…。面白い」


「そして土台ですが、丸太を2万本ほど海底に打ち込みます」


「2万本!?」


 兄さんが素っ頓狂な声を上げた。


「はい。その丸太を覆うようにコンクリートを流し込めば、一日足らずで固まります。これなら波や潮汐の影響も最小限で済みます」


 僕は灯台の設計図を差し出した。


「そして、その防波堤の突端に、高さ50メートルの灯台を建てる。光源は僕が作ります」


 僕は机の上に、試算した資材リストをドンと置いた。


「必要な資材の概算です」


 マルコさんがリストを覗き込み、読み上げる。


「生石灰5000トン。火山灰1万5000トン。砕石3万トン…」


 読み進めるにつれ、マルコさんの声が疑うような響きになった。


「鉄鉱石1万トンに、亜鉛300トン…。丸太が2万1000本だと…?」


 マルコさんが顔を上げ、僕を見た。


 その表情は、呆れを通り越して清々しいほどだった。


「本気か?」


「だからこそ、『海の民』の力が必要なんです」


 僕は逃げずに視線を合わせた。


「この防波堤と灯台ができれば、夜や荒天時でも船の安全が確保されます。どんな時でも安心して船が出入りできる、セレニアの安全な玄関口になるんです。…協力してくれませんか?」


 重苦しい沈黙が流れる。


 マルコさんは腕を組み、目を閉じて考え込んでいたが、やがてカッと目を見開いた。


「ガハハハハハ!!」


 腹の底から響くような大笑いが、部屋を揺らした。


「最高だ!気に入ったぜルカ!こんな出鱈目な規模の喧嘩、三番衆が買わねぇわけにはいかねぇ!」


 彼はバン!とテーブルを叩いた。


「いいだろう!三番衆の威信にかけて協力してやる!火山灰の運搬でも、土木作業でもなんでもこいだ!」


「ありがとうございます!」


 交渉成立だ。ロレンツォ兄さんも、その途方もない規模に顔を青ざめさせながらも、安堵の表情を浮かべている。


 やった。これで防波堤と灯台建設の目処が立った。


「よし、これで建設の方は片付いたな」


 マルコさんは上機嫌で紅茶を飲み干すと、ニヤリと笑って僕を見た。


「お次は船か!おいおい!こりゃあワクワクしてきたぞ!」



(第71話「海の職人」終わり)



◆◇◆次回予告◆◇◆


「防波堤、灯台、そして帆船。マルコさんは僕の計画を聞いて、目を輝かせてくれた。でも、一番の問題は『場所』なんだ。高炉も精錬炉も船の建造場所も、セレニア本島には作れない。…そんな時、マルコさんが地図を広げて、ある島を指さした。『ここに、一大工場を作っちまえばいい』って…」


「次回、『ウルカニア島』。無人島が、希望の地になる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ