第3話「存続」
2026/8/19 改訂
港へ戻ると、船団ではもう出航の支度が進んでいた。船員たちが帆や綱を確かめる中、カイさんは桟橋へ大きな麻袋を置いた。
「船で言っていたな。鉱物や、貝殻や珊瑚を加工すれば、今までにない素材が作れる、と」
あ、そういえば確かに言った。今までにやったことはないけど…できるはず!
「海から上げたもののうち、我々には使い道のないものを集めさせた。一ヶ月後、またこの港へ来る。それまでに、この中身を金貨百枚以上の価値に変えてみろ」
袋の中で硬いものがごろりと動いた。まだ紐すら解いていないのに金貨百枚と言われれば不安はある。それでも、正体の分からない材料が目の前にあると思うと、手放す気にはなれなかった。
「やります!一ヶ月後、成果を期待してください!」
「よし。それまでの間、アディはお前に預ける」
「お父さん!?私も一緒に行くんじゃないの!?」
「これは契約だ。ルカが本当にあの袋の中身へ価値をつけられるのか、お前が見届けろ。それに陸の暮らしを知るのも大切だ。お前の旦那になる男が、どんな了見で生きているのかも見てこい。…外交任務だぞ、アドリアーナ」
「外交任務…!わかった!ちゃんと見てくる!」
胸を張ったアディの横で、僕はこれから、この子を婚約者として家へ連れ帰るのだと遅れて実感した。
朝は魚を買いに出ただけだったのに、どう説明すればお父様への衝撃が少なくなるのだろう。
「それとな、ルカ。広場には私の部下もいた。お前が動かなければ、あの連中は力ずくで排除していたところだ」
「えっ?」
「お前のおかげで余計な血を見ずに済んだ。何も知らずに飛び出した度胸も含めて覚えておく。アディを頼んだぞ」
あの時の僕に立派な判断をしたつもりはなかった。ただ、格子を握るアディの指先を見て放っておけなかっただけだ。それでも、カイさんが何を見て僕を信用してくれたのかは分かったので、きちんと頷いた。
やがて船団が静かに桟橋を離れた。大きく手を振るアディの横で、僕は魚の包みと麻袋を抱え直す。
「…アディ。とりあえず僕の家に行こうか。ちゃんと説明するから」
「うん!私、陸の家って初めて入るから楽しみ!」
僕の心配をよそに、アディの足取りは軽かった。
◆◇◆◇◆
屋敷へ着く頃には、麻袋を抱えていた腕がすっかり疲れていた。色の褪せた壁や古びた窓枠を見上げたアディは、傷みなど気にせず目を輝かせる。
「ここがルカの家?大きいね!」
「た、ただいま…」
両手が塞がったまま扉を押し開けると、階段を駆け下りてきたお父様が僕の髪をぐしゃぐしゃに撫でた。
「ルカ!無事だったか!帰りが遅いから心配したぞ。広場で騒ぎがあったとも聞いて…ん?」
手が止まり、僕の後ろにいたアディへ視線が移る。
「そのお嬢さんは…?」
広場で助けたことから順に話し、海の民の六の長カイさんの娘だと説明した。そこまではよかったが、その先は何度考えても言いにくい。
「それで、その…僕、アディと婚約することになりました」
「なんとォォォォォッ!?まだ十二歳だぞ!?父さんですら母さんと出会ったのは二十歳の時だったのに!さすがは我が息子だ!」
「あなた、ご近所まで聞こえますよ」
奥から出てきたお母様はお父様をたしなめると、まず僕に怪我がないことを確かめ、それからアディへ向き直った。
「初めまして。ルカの母、イザベッラです」
「アドリアーナです!アディって呼んでください!」
事情を聞き、一ヶ月ここで暮らすことを遠慮がちに頼むアディへ、お母様は微笑んだ。
「迷惑だなんてとんでもないわ。ようこそ、マルチェッロ家へ。ゆっくりしていってちょうだい」
アディの肩から力が抜けたのを見て、僕もようやく息をついた。
◆◇◆◇◆
ロレンツォ兄さんが帰宅すると、夕食の席でカイさんと交わした話まで説明した。交易を申し込んだと聞いたところで、それまで笑っていた兄さんの顔が変わった。
「六の長本人が、マルチェッロ家との取引を認めたのか?」
「うん。身内となら取引をするって」
「ルカ、お前、自分が何を持ち帰ってきたか分かってねぇな。海の民との交易を望んでいるのは商人だけじゃない。セレニアも周辺の国々も同じだ。それでも継続した取引関係を作れていない。まともに取引しているのは東方や南方の国々くらいだ」
「僕は、海の底にある材料が手に入ればと思っただけで…」
「お前ならそうだろうな」
ロレンツォ兄さんは苦笑したが、お父様は浮かれてはいけないと続けた。身内として取引すると言われても、まずは麻袋の中身に金貨百枚以上の価値をつけてみせなければ、その先へは進めない。
「それでルカ。六の長には、お前のスキルのことまで話したのか?」
「アディを助けた方法を聞かれたから、左手で触れたものを粉にできることは話したよ。それと、知識とスキルで新しい素材を作れるかもしれないって」
ロレンツォ兄さんは少し黙ってから、僕へ視線を戻した。
「俺がお前のスキルについて、今まで詳しく聞いたことがあるか?」
言われてみれば、一度もない。変わった力を持っていると気づいていたはずなのに、兄さんは僕から話さない限り踏み込まなかった。
「他人のスキルを聞くのは、手の内を見せろって言うのと同じだ。今回みたいに人前で使ったものを説明するのは仕方ねぇが、自分からどこまで話すかは考えろ。一度知られたものは取り戻せない」
「…うん。分かった」
兄さんはそれ以上聞かず、席を立って分厚い帳簿を持ってきた。
「で、ここからがうちの現実だ。銀行家から借りている金がある。来月までに最低でも利子分の金貨百枚を用意できなければ、この屋敷ごと差し押さえられることになった」
「金貨百枚!?」
港で聞いた数字と同じだった。期限まで一ヶ月。カイさんがうちの借金を知っているとは思えないから偶然なのだろうが、交易の入口と家を失う期限が同じ一ヶ月先に重なっている。
「十二歳のお前に家の借金まで心配させるつもりはなかった。ただ、今日の話はこの家のこれからに直接関わる。もう何も知らないままにはしておけん」
兄さんとお父様の言葉が頭に響く。帰ってきた時に見た色褪せた壁や古びた窓枠が、さっきまでとは違って思えた。
「勝算はあるのか、ルカ?」
麻袋はまだ開けてもいない。何が入っているのか分からないまま、百枚作れると言い切ることはできなかった。
「中身を見ないと、何を作れるかまでは言えないよ。まず何が入っているのかを調べて、その性質に合う加工方法を考える。でも、カイさんたちには使い道がないものでも、僕にとって価値がないとは限らない」
ロレンツォ兄さんは少し考えてから、口元を上げた。
「お前が作ったものに値段をつけて、欲しい奴に買わせるところから先は俺がやる。全力で売りさばいてやるよ」
「私も手伝うよ!お父さんから、ルカが何を作るか見届けろって言われたんだもん。それに、この家なくなっちゃうの嫌だし!」
アディまで身を乗り出したので、僕は床に置いた麻袋へ手を掛けた。布の中で硬いもの同士が触れ、乾いた音を立てる。まだ中身は分からないのに、その重みを掌に感じると、頭の中ではもう、どう調べるかを考え始めていた。
(第3話「存続」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「家を守るため、そしてアディとの婚約を守るため、僕はやるよ!裏庭の物置が今日から僕のラボだ!カイさんから貰った海底のゴミを、僕の『粉砕』と『圧縮』で最高級素材に変えてみせる!理論は完璧、あとは圧力制御だけ…って、うわあああっ!爆発したーっ!?」
「次回、『実験』。失敗は成功の母…だよね?」




