第4話「実験」
2026/8/19 改訂
翌日、朝食を終えた僕は、アディを連れて屋敷の裏手にある古い物置小屋、マルチェッロ研究所(仮)へ向かった。かつては農具入れだったらしいが、僕は以前から実験やちょっとした工作をする時にはここを使っている。
「よし…やるよ、アディ」
汚れてもいい作業着の袖をまくり、昨日カイさんから受け取った麻袋を作業台へ載せると、中で硬いものがぶつかって乾いた音を立てた。
「期限は一ヶ月。それまでに、この中身を金貨百枚以上の価値に変えなきゃいけない。失敗したら、家は差し押さえだし、君との婚約も白紙だ」
「大丈夫だよルカ!ルカならできるもん!」
アディは不安な顔一つ見せず、ニッと笑って袋の口を押さえてくれた。紐を解いて中身を広げると、白く風化した珊瑚、厚い貝殻、錆色の石、黒ずんだ岩塊まで、大きさも形もばらばらなものが作業台に転がった。
最初に手に取ったのは、表面の一部にまだ鮮やかな赤を残した珊瑚だった。断面には細かな孔が無数に空いていて、指先で触れると乾いたざらつきが伝わってくる。
「ありがとう、アディ。…よし、実験を始める前に、君には僕の理論を知っておいてほしい」
「うん!」
「アディ。この珊瑚を宝石に変えるには、どうすればいいと思う?」
「えっと…魔法でキラキラにする?」
「ブッブー!違うよ。答えは、隙間をなくすことだ」
目の前の珊瑚を指で示しながら話していると、前世の研究室で誰かに説明していた時の感覚が少し戻ってきて、自然と声が弾んだ。
「珊瑚は中に細かい穴がたくさんあるし、傷んだ部分や余計なものも混じってる。だから、まずは僕の粉砕スキルを使う」
金属皿へ欠片を置き、左手を添える。十まで数え終えるころには掌の下から硬い感触が消え、赤みを帯びた細かな粉が皿へさらさらと広がった。
「わあ、粉々!あ、そっか!私が捕まった時の鉄格子もこれ!?」
「そうそう!僕の左手で使えるのが、この粉砕スキル。左手を添えて十秒間念じると粉々にできるんだ。細かさもある程度コントロールできるよ」
「え!すごい!そんなことできるスキルってあるんだ!」
「神託の時も誰も知らなかったから、珍しいスキルなんだろうね」
アディが顔を近づけて息を漏らすと、それだけで粉の表面がふわりと動き、二人で慌てて顔を離した。
「この粉から、傷んだところや余計なものを取り除いて粒を揃える。でも、これじゃただの粉だよね?」
「うん。フッてしたら飛んでっちゃう」
「そこで右手のスキル、圧縮の出番だ!」
「あっしゅく?」
「そう!雪をギュッと握ると、固い雪玉になるでしょ?あれと同じ。もっとずっと細かい粒の隙間を潰して、ギュッとくっつけるんだ!」
「うん、よくわかんないけど、ギュッてすればいいのね!」
「まあ、そういうこと!」
昨夜ロレンツォ兄さんに、スキルをどこまで明かすかは考えろと言われたばかりだ。それでも、この先一ヶ月を一緒に過ごし、僕が何を作るのか見届けるアディに、実験のたびに隠すのも不自然だった。
赤い粉の上へ右手をかざし、ばらばらの粒が互いに近づいていくところを思い描く。最初から慎重にやるつもりだったのに、粉の山が目に見えて縮み始めると、もう少し、もう少しと力を加えたくなった。
「いけぇぇぇっ!くっつけえぇぇぇ!」
次の瞬間、乾いた破裂音とともに赤い粉が一気に噴き上がった。
「げほっ!ごほっ!?アディ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫…ルカ、顔が真っ赤!」
「アディだって!」
額から鼻の頭まで赤い粉を被った互いの顔を見ているうちに、咳より先に笑いがこみ上げた。
「ぷっ…あはははは!ルカ、顔すごいよ!茹でたカニみたい!」
「き、君だって真っ赤なタコみたいだよ!…うーん、失敗だ。急に圧力をかけすぎて、中の空気を逃がせなかったんだ」
窓と扉を開けて粉を外へ逃がし、顔を拭きながら作業台へ戻る。笑ってはいたけれど、目の前にはもう次の条件しか見えていなかった。
「ベクトル制御が甘かった。もっとゆっくり、空気を抜きながら均一に加圧しないと…。失敗はデータの蓄積だ。次はうまくいく!」
「そうこなくっちゃ!もう一回!」
新しい粉を集め始めると、アディはさっきより半歩遠いところから僕の右手を覗き込んだ。
「今度は、少しずつ圧力を上げてみるね」
「また爆発しない?」
「同じ失敗はしないようにするよ。違う失敗はするかもしれないけど」
「じゃあ、ちょっとだけ離れて見てるね」
そう言って窓際へ移ったアディに笑いながら、もう一度右手をかざした。
二度目は圧力が弱すぎて、持ち上げただけで崩れた。三度目は途中で亀裂が入り、四度目は形にはなったものの、まだ隙間が多い。失敗作を作業台の端へ置いていくと、アディが作った順に並べ始めた。
「こっちの方が、最初のより綺麗だね」
「うん。失敗したものも並べておくと、何を変えた時にどうなったか分かりやすいね」
前世の研究室でも、一度で狙った結果が出ることなどほとんどなかった。条件を変え、失敗した理由を探し、また試す。その繰り返しの先で少しずつ狙ったものへ近づいていく時間が、僕はやっぱり好きだった。
「次はどうするの?」
並んだ失敗作を指で触れていく。強すぎても弱すぎても駄目なら、次は全体を均一に締めながら、急がず少しずつ力を上げるのが良いかもしれない。
「よし…今度こそ」
五回目は、新しい珊瑚を粉砕して赤い粉を集め、最初から力を急がせずに右手をかざした。粉の山がゆっくり沈み、ばらばらだった粒の境目が見えなくなっていくのを確かめながら、亀裂が入らないぎりぎりのところまで圧力を上げていく。
「固まれ…固まれ…!」
額から流れた汗が眼鏡の縁へ触れた頃、指先に伝わる感触がそれまでとは変わった。右手を離すと、作業台の上には小指の先ほどの赤い球が残っている。
「…できた」
「今度は割れてないね」
持ち上げると、元の珊瑚にあった細かな穴はほとんど見当たらず、磨いてもいない表面には滑らかな艶があった。同じ大きさの珊瑚片より手応えも重く、窓からの光へかざすと、薄い縁から入り込んだ光が内部の赤を鮮やかに見せる。
「アディ、持ってみて」
掌へ載せると、アディは落とさないよう両手で受け取り、何度も向きを変えながら光へ透かした。
「綺麗…。これ、本当にさっきの珊瑚なの?」
「同じものだよ」
「それだけで、こんなに変わるんだ」
「材料は、何でできているかだけじゃなくて、中がどういう状態になっているかでも性質が変わるからね」
返してもらった球へ爪を立てても簡単には崩れず、作業台の端へ軽く当てると、乾いた珊瑚片とは違う硬質な音が返ってきた。少なくとも、元の珊瑚とは明らかに違う材料になっている。
前世なら、粉末を成形して粒同士を結びつけ、緻密な固体へ変えていく工程を焼結と呼ぶ。熱の代わりに圧縮のスキルを使っているのだから、名前をつけるならこれだろう。
「成功だ…!高密度焼結コラル!」
「こうみつど、しょうけつ、こらる?」
「ちょっと長いけどね」
「私は赤い宝石でいいと思う」
アディがもう一度光へ透かし、嬉しそうに笑った。
「やったねルカ!これなら売れるよ!絶対売れる!」
「うん!ロレンツォ兄さんにも見てもらおう!」
そう言ったところで小屋の外から靴音が近づき、扉が開いた。
「…おいおい!裏でドカンと音がしたと思ったら、なんだそのザマは!」
帳簿を小脇に抱えたロレンツォ兄さんは、顔や服に赤い粉を残した僕とアディを見比べ、眼鏡の奥で大げさに溜息をついた。
「アディちゃんまで巻き込みやがって…。母さんに見つかったら大目玉食らうぞ?」
「ロレンツォ兄さん!ちょうどよかった!これを見てよ!」
赤い球を差し出すと、兄さんは眉を寄せながら僕の掌を覗き込んだ。
「…なんだこりゃ」
「昨日の袋に入ってた珊瑚から作ったんだ」
「珊瑚?これが珊瑚なのか?」
どうやって作ったのかとは聞かず、兄さんは球を指先で摘み、窓辺の光へかざした。親指で表面をなぞり、作業台に残った風化した珊瑚と見比べるうちに、その手の動きがゆっくりになる。
「…マジかよ。珊瑚の穴がほとんど消えてやがる。それにこの硬さと艶…どう見ても宝石…ルビーじゃねぇか」
その言葉に胸の奥が一気に軽くなった。材料を作るところまでは成功した。あとは、それを商売の目で見た時にどれだけの値段がつくのかだ。
「ロレンツォ兄さん。これ、いくらくらいで売れると思う?」
兄さんは答えず、もう一度赤い球を光へ透かした。
(第4話「実験」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「ついに完成した『高密度焼結コラル』!これなら借金なんて一発で返せるはず!…と思ったのに、ロレンツォ兄さんが『売るな』って言うんだ。えっ、このまま売ったら誘拐される!?だったらどうするの?…なるほど、『お守り』として売るための『加工』が必要なんだね!狙うは偏屈な職人、マエストロ・ビアージョ!」
「次回、『秘策』。アディって、周りよく見えててすごい!」




