第101話「試射」
「航海の概念って!そんな大げさな!」
マルコさんが、頭を左右にふりながらため息をついている。えっ、そんなに!?
「いいか、ルカ。航海ってのはな、沿岸部をたどりながら目的地にたどりつくもんだ」
「あ・・・」
「しかし、おまえさんは、陸地がまったく見えない場所でも平然としているし、躊躇せずにここまで来た」
「そ、それは…」
「わかってる。羅針盤と六分儀と海図だろう?」
「ええ、海の民も一緒なんじゃ…」
「確かに我々も持っている。でも、それはな、ご先祖様の遺産でしかないんだ」
「え!?」
「海図は複製して大量にある。なかには出来の悪いのもあるがな」
マルコさんの言葉を聞いて、ランさんが苦笑している。そんなのもあるんだ。
「だが、羅針盤と六分儀は別だ。確かに我々は持っている。しかし、数が少ないうえに、使いこなしているわけではないんだ」
「まさか…」
「ご先祖様の遺産だと言ったろ?今の我々が作ったものではないんだよ。作り方も伝わってはいない。原理もわからないまま、経験則で、それっぽく使っているだけだ」
「そうなの!?…じゃあ…」
「ルカのように、自分で作って活用しているものはいない。…あ、いや、カイだけは別か」
「カイさん?」
マルコさんが思案気な表情をしている。なにか言いにくいことなのかな。
「…まぁ、いい機会か。海の民の「番衆」について、簡単に説明しておこう。その前に、船の方向を北に向けてくれ。確か…」
マルコさんが海図を見ながら指を置いた。
「このあたりに、的にするにはちょうどいい岩礁があったはずだ」
「…はい。アディ、マスト降下。帆も半分降ろして」
「うん…」
アディに指示を出しながら、僕は舵輪を回した。グラウクス・ファルクスがゆっくりと回頭する。
「さて、以前、少しだけ話したが、一番衆が喧嘩担当、三番衆が船大工などの物づくり担当だって話はしたな」
「はい」
あの時だ。家にマルコさんが来て、打ち合わせした時。確かにそんなこと言ってた。
「そして、二番衆は、歴史考察や遺跡調査担当」
歴史!遺跡!僕の大好きな分野だ!
「なんでい、目を輝かせやがって」
「大好きなもので…セレニアの図書館にも、それ目当てで何度も行ってました」
「おまえの家に、ディオドロス・シクロスの著書『歴史叢書』が全巻そろってた時点で察しはついたがな」
バレてた!たぶん、歴史・遺跡の話をしたら話が終わらなくなる自信ある。二番衆の人たちに会ってみたいな。
「おれも嫌いじゃないがな…その話は後だ。次。四番衆が沈没船担当だ」
「沈没船?」
「ああ。懇意にしている商人や国の依頼で、嵐などで難破しちまった船から荷物などを引き揚げている。潜水魔法の達者がたくさんいる番衆だ」
潜水魔法!僕が知らないだけで、世の中にはいろんな魔法を使っている人たちがいるんだろうなあ。
「五番衆は、内海…いや、セレニア風に言えば「イル・マーレ(地中海のこと)」の交易担当だ」
「内海…」
「やっぱりな。おまえさん、外海のことを知ってるな?」
「はい…知識だけですが…」
「なら、話が早い。カイが率いる六番衆が『ヘラクレスの柱』の向こう側、外海担当だ」
ヘラクレスの柱…ジブラルタル海峡のことだ。
エピステミア神話を初めて読んだ時、おかしいと思ったんだ。
固有名詞だけは、前世の記憶とほぼ一緒。エピステミア神話にでてくる神様の名前もギリシャ神話と同じだし、歴史家ディオドロス・シクロスもそう。不思議という言葉だけで片付けちゃいけないような気がしてくる。…でも、今の優先事項はそれじゃない。
「じゃあ、カイさんが」
「そうだ。海の民で、一番うまく羅針盤と六分儀を使いこなしている。その二つを最も多く保有しているのも六番衆だな」
あれ?アディとランさんも驚きながら聞いている。
「アディ?ランさん?もしかして初耳?」
「…うん。だって、連れてってもらったことないもん」
「おれは…家を飛び出したみたいなもんだから…」
いろいろ納得。それじゃ仕方ないよね。
「そして、ここからが重要だ」
僕たち三人がマルコさんを見つめる。
「外海担当で、羅針盤と六分儀を使いこなしていると言った、カイたち六番衆ですら、この海、セレニア湾の真ん中を突っ切るなんてことはしねぇ」
「そんな…」
「たぶん、おまえさんにとっちゃ不思議なんだろうな。羅針盤と六分儀と海図があれば、どこだっていけると」
僕は大きくうなづいた。だって、その三つで確認しながら進めば、なにも問題なくいけるよ…。
「おれたちには、ルカが作ったような正確な時計がない」
「…あっ!そっか!経度!」
「そう、それだ。緯度と経度。古代エピステミアの学者プトレマイオスが、その著書『地理学』で、『丸い形をした、私たちの住むこの世界を三百六十度に分け、緯線と経線で場所を特定する』と提唱してから、知識層の誰しもが概念は理解している。しかし、その時間を正確に測るすべがないんだ」
マルコさんたち海の民もそうだけど、セレニアの人々も、僕が知っている他国の人たちも、大地が丸いことを知っている。アルカディア教関係者だってそうだ。
僕も勘違いしていたけど、「地球の形(丸いか平らか)」と「宇宙の仕組み(何が回っているか)」は、まったく異なる話なんだ。聖書に「地の四隅」といった表現はあるけど、それは「平面」という意味ではなく、単なる比喩だと教えてくれたのはアルカディア教の司祭様だもん。
前世もそうだったし、今もそう。セレニア周辺や東方の学問は、アルカディア教とアリストテレス哲学が融合している。アリストテレスが「地球は丸い」と証明していたから、教会もそれを前提に世界を理解している。
じゃあ、なぜ前世では「地球が平ら」なんていう話が蔓延していたのか。
おぼろげな記憶だけど、確か十九世紀あたりのなんとかいう科学者が、宗教関係者との対立の中で「昔の教会は無知で、地球を平らだと言い張っていた」という物語を広めたからなんだよね。
バカな話だよ。だって、ここには「天球儀」だってあるし、修道院や大学では、丸い地球を中心とした宇宙について教えているんだもん。
「マルコさん…ようやく理解したよ。今、ここに…外洋のど真ん中にいることの異常性を…」
「そうだな。おれたち海の民の航海術は、他の国の船乗りたちよりも優れている。それは間違いない。しかし、その海の民の中でも、危険な外海を航海しているカイたち六番衆ですら、沿岸部を進むだけだ。つまりだ…セレニア湾のこの位置にいる船というのは、一般常識に照らし合わせれば「難破船」以外にありえんのだ」
「…難破船」
「ルカ。この船の装備は他人に見せてはならない。どのような航海ができるか、その能力を知らせてもいけない」
「…」
「この船の能力を知れば、おまえさんを殺してでも手に入れたいと思うヤツはいくらでもいるだろう。下手したら、セレニアのドージェですらそう思うかもしれない。例えば、そうだな…こいつは好奇心で聞くんだが、この船でセレニアからリブラリアまで、航海日数はどのくらいかかる?」
マルコさんの指が、イル・マーレの端っこ、ナイル川の近くに位置する交易都市リブラリアに置かれた。
「おまえさんのことだ。ある程度の計算はすんでいるんだろう?」
確かに計算済み。知恵の泉・リブラリア。すぐにだって行ってみたいもん。
「…警戒しながら進んだとしても、三十六時間から四十時間で着きます」
ランさんがのけぞるくらいに驚いている。マルコさんは予想していたのか、あきらめなのか、そこまで驚いているようには見えない。
「セレニアの交易船がな、リブラリアまで何日かかるか知っているか?」
「はい…アレッサンドロ兄さんから聞いてます。…約一ヶ月」
沿岸部を進めばどうしてもそのくらいの日数はかかる。しかも日数がかかれば、それだけ補給も必要になる。一ヶ月は妥当な数字だと思う。
「それを二日程度か。交易の常識が変わるな」
マルコさんが考え込んでいる。苦悩の表情が見え隠れする。真剣に考えてくれているのがわかる。マルコさん、良い人すぎるよ…。
「ルカ、せっかく作った船だ。手放す気はないのだろう?」
「はい!」
「…じゃあ、こうしよう。おれたちがいる間は、ウルカニア島の北、おれたちの停泊地の船の中にまぎれこませておけ。そこに置いてさえおけば、他のヤツには…どんな相手だろうと手出しはさせねぇ」
「はい」
「問題は、その後だ。おれたちがいなくなった後をどうするか。グラウクス・ファルクスを置いておける、安全な港はどこにもないと言っていい。…いっそ、リゾーラに置いておくか?」
「…それもいいかもしれません。ただ、もう少し考えさせてください」
「もっともだ!そうだな…今はここまでにしておこうか」
「はい、ありがとうございます」
「ルカ、おまえさんはもっと自覚しろ。おまえさんの存在自体が…おまえさんが持つ知識が、世の中のバランスを狂わせる可能性があることをな」
「…わかりました…」
「よし!スコルピオの試射をするか!ラン!そのためにおまえを連れてきたんだ!ここからは働けよ?」
「は、はい!」
◆◇◆◇◆
「周囲に船影ありません」
僕は目視と望遠鏡で周りを確認した。マルコさんから聞いたことから考えても、あまり見られたいものではないからね。
「ランさん、いけます」
「了解。ルカ、このスコルピオの射程は?」
ランさんが、巨大な弦の張力を見定めながら聞いてきた。
「えっと…初めて撃つので推定ですが、おそらく二キロ以上はあるかなぁと」
「…二キロ?おい、単位がまともじゃないぞ。弓の射程じゃない」
あ、やっぱり?ランさんの呆れたような視線が痛い。
「…それなら、目標をあの岩にする。ちょうど二キロくらいだ」
ランさんが右手前方にある岩を指差した。望遠鏡を覗くと、それは島の一部のような巨岩だった。海の民の視力、本当にどうなってるの?
「このレバーで仰角、こっちで左右か。そしてこのトリガーで発射…と」
「はい。発射後は自動で矢玉が再装填されます」
「なるほどな。…いくぞ」
ランさんは仰角をほとんどつけず、水平に近い角度で狙いを定めた。さすがにあの角度じゃ、二キロ先の岩に届く前に海面に落ちるはず。一射目だから初速と直進性の確認かな?――そう思った瞬間。
――パシィィィィィンッ!!
鼓膜を直接針で刺されたような、鋭く高い破裂音が炸裂した。ムチを全力で振り抜いたような、空気が爆ぜる音。
「衝撃波!?そんな!」
パイプの先から飛び出した装弾筒が、猛烈な風圧を受けてパカッと左右に分かれた。剥離した装弾筒の破片は、僕たちの船のすぐ脇の海面に、凄まじい水柱を立てて叩きつけられる。
装弾筒から解き放たれた矢玉は、重力を無視したような一直線の光条となって、青い海原を切り裂く。
一秒…二秒…三秒
矢玉が岩に吸い込まれた。あれ?音が聞こえない。と思った瞬間、巨岩の背後が、まるで内側から爆発したかのように、唐突に、そして激しく粉砕され弾け飛んだ。
さらに一拍置いてから、空気を震わせる「ドォォォォォン…ッ!」という重苦しい着弾音が、遅れて海面を這うように追い付いてくる。
「…音が…後から来た」
呆然と立ち尽くす僕の横で、ランさんが手元のスコルピオをまじまじと見つめていた。
「ルカ。お前…これ、二キロどころじゃないぞ。弾道が、少しも垂れなかった」
「…でしたね」
「なんだ今のは!」
離れて見ていたマルコさんとアディが走ってくる。
「えーと…これがスコルピオの威力です!」
もう開き直るしかない。アディが目をキラキラさせているのは見なかったことにしよう。
「…ルカ、弓の射程って知ってるか?」
「三百メートルくらい?」
「狙いをつけずに、飛ばすだけで考えてもそれくらいだな。船に積載している大型のバリスタだって、仰角を最大限つけて五百メートルってとこだ。で?このスコルピオは?」
「二キロで、あの威力です」
マルコさんが苦笑いしながら頭を振っている。
「こりゃあ、海戦の常識ってやつも上書きされちまうな…ラン!まだ撃てるな?」
「はい、大丈夫です」
「よし。ルカ、残り何発だ?」
「あと四発あります」
「ならば、あと二発撃って性能を確認するとしよう。おまえさんが作ったものが、どれだけ非常識なものかしっかりこの目に焼き付けてやる」
「マルコさん…」
「勘違いするなよ?おれは別におまえさんを非難しているわけじゃあない。むしろ賞賛していると言っていい。とんでもねぇものを作りやがったなとな」
マルコさんが大笑いした。やけっぱちな笑い声にも聞こえるけど、気のせいということにしよう。
「ラン!射程を確認する!目算で四キロ程度の岩を狙え!届くかどうかの確認ができればいい!」
「わかりました!」
ランさんはそう応えながら、射角を少し変え、たて続けに二発撃った。一発目は外れたけど、二発目は命中。望遠鏡で確認すると、無惨に破壊された岩山が見えた。
ランさんがスコルピオの挙動を確認している。あの威力の矢玉を連続で撃ったんだ。どこかおかしくなっている可能性はある。
「ルカ、撃った時になにかが分離しているようだが、ありゃなんだ?」
マルコさんが海面を漂う装弾筒を示した。
「あれは装弾筒といいます。撃ち出す矢玉を保護するためと、潤滑に撃ち出すための覆いみたいなものです」
「拾う必要はないのか?」
「元が木なので拾わなくてもいいかなと思ってます」
「木だと?」
「ええ。工場の脇にハンノキの丸太がたくさんあったじゃないですか。あれを圧縮して作りました。なので、元の材料は、純粋に木だけです。僕のスキルで作った特殊な材質ではありません」
「…つまりなにか…直径二メートルくらいの丸太が、あんな小さなものになったってことなのか?」
「そういうことです。今回試してみてわかったのですが、僕のスキルで、木材をものすごく圧縮すると、それはそれで優秀な素材になるようです。応用の幅が広がりました」
「…もう何も言わん」
マルコさんが完全にあきらめた顔をしている。
「ルカ、本体に異常はない。問題ないな」
ランさんがスコルピオ全体を確認しながら報告してくれた。
「良かった…ありがとうございます」
「最低限の確認は終わったな。ラン、今の感覚を覚えておけよ」
マルコさんの言葉に、ランさんがうなづいている。
「ルカ、そろそろ帰るか」
「はい!」
僕は舵輪を握り、セレニアの方向に船首を向けた。
(第101話「試射」終わり)
◆◇◆次回予告◆◇◆
「ちょっとやりすぎた感もあるけど、危険なことの線引きができたから、結果的には良かった!もし、リゾーラに置いておくんだったら、そこまで行くための船を別に作らないとな。今度はもう少しおとなしいのを。あれ?そういや、リゾーラってどこにあるんだろ?イル・マーレを周遊してるとは聞いたけど。…うん!まだまだわからないことがいっぱいだ!」
「次回、『図書館』。アウトプットばかりではなく、たまにはインプットしないとね!」




