18. タイダルウェイブ
改めて、ブラスさんはすごい。
そして、普見教団の選手たちもすごい。
きっと私では、この局面で『迷い』が出てしまっただろう。
まず『アイズ・アビス』でビロウ選手が無力化された瞬間。
あそこで『反撃』でも『逃走』でもなく、『足止め』を選択できたのがすごい。
前者はどちらを選んでもビロウ選手が足枷になるし、ヒューマンちゃんがいる限り復帰も望めない。最悪キンドルフ選手も無力化されていただろう。
ベルナッド選手は最高戦力だ。非戦闘員のヒューマンちゃんが正面切って倒せる相手じゃない。
その上、真っ向から『アイズ・アビス』の見せる『悲劇』を打ち破っている。精神力も最高戦力なのだろう。
彼が足止めとして残った以上、ヒューマンちゃんはほぼ詰み状態だ。
そして、そこからの戦略も、私には迷ってしまうものばかりだった。
『シルキー選手! ヒューマン選手との合流を回避しました!
真っすぐにウィンディーネ選手の元へと向かいます!』
その決断も、私には難しい。
理屈はわかる。
シルキーちゃんが合流してもベルナッド選手は倒し切れないだろう。
だから合流を避けてウィンディーネさんの方へ向かっただけ。
それでも、私なら迷う。
ヒューマンちゃんが他二人に相性有利なのはわかっているのだから、私ならきっと『ヒューマンちゃんとシルキーちゃんのバトンタッチ』を目指してしまう。
シルキーちゃんがベルナッド選手に敵うわけではないけど、でも成功すれば逆転が一気に近付くから。
でももちろんベルナッド選手はそれを許さないだろう。
合流しバトンタッチを試みれば、ベルナッド選手は『必要悪』として二人を叩き潰してしまうかも知れない。
ペナルティはもちろんある。しかし足止めに徹するベルナッド選手からしてみれば、自身の退場と引き換えに選手二人を道連れに出来るのならメリットの方が大きいはずだ。
積極的には狙わないにしても、必ずその『犠牲』は選択肢に入ってくるだろう。
そしてそれが成されれば、局面は2対1。
より最悪で決定的なものとなる。
そもそもその選択肢を残すためにベルナッド選手が足止めに徹しているのかも知れない。
ヒューマンちゃんに突っ込んでいくのはリスクかもしれないが、その分短期決着すればリターンが大きいはずなんだから、そうしないのにはより強い理由があるはずなのだ。
と、リスクの計算が出来たのは、ついさっき。
審査員の解説を聞きながらようやくだ。
よくブラスさんと普見神チームはこんな土壇場で瞬時に計算・判断できるものだと感嘆してしまう。
そりゃ「すごい」なんてちょっとバカっぽい言葉しか出なくもなる。
『ベルナッド選手とヒューマン選手は睨み合いで硬直中!
ビロウ選手はようやく復帰しましたが、ここでウィンディーネ選手とシルキー選手がスパートをかけるッ!』
三等分されたモニターの一つには、キンドルフ選手の肩を借りるのをやめ、一人で走れるまでに回復したビロウ選手が映る。
もう一つには、薄手の布の上を滑るように移動するシルキーちゃん。
最後の一つには、魔道具による放水の勢いで空を飛ぶウィンディーネさん。
四人が向かうのはもちろん『宝物』が落ちている場所だ。
『真鍮脳チームは何としてでも先行したいはずです!
例の『フレアグラス・フレグランス』で昏倒したとはいえ、あの場の三人はまだ拘束されておらず、復帰の可能性があるからです!』
『普見神チームが先行した場合、『宝物』の確保だけでなく、三人を叩き起こす事でも戦況を一気に優位に変えられます!
どちらかだけでも欲しい普見神チームに対し、両方手にしなければ先がかなり厳しくなる真鍮脳チーム!
激突は必至と言って良いでしょう!』
審査員の解説で、観客席が声を上げて盛り上がる。
しかしこれまでとはどこか違う。
ベルナッド選手の覚悟を聞いたからだろうか。観客たちも、試合を見守る瞳に真剣さが滲んでいた。
「こちらもスパートだ! 行くよ!」
キンドルフ選手が声を張り上げ、ビロウ選手の背を叩く。
その二人の足元から『鉄の壁』がせり上がり、二人は迷路の壁の上へと飛び移った。
神秘の乱用は神性の軽視。
ベルナッド選手が『巨躯』を長時間維持できないのと同じで、キンドルフ選手の『鉄壁』も無尽蔵には使えないはず。
それでも『スパート』と称してキンドルフ選手が『鉄壁』を使い続けた。
壁の上を走り、壁が途切れたら『鉄壁』を足場に使う。
そうして最短距離を駆け抜けていく二人。
最短距離を行くのは、ウィンディーネさんも同じだ。
大きな二枚貝や巻貝に似せた『放水の魔道具』は、ウィンディーネさんの『水流操作』により細く引き絞られて、ウィンディーネさんを打ち上げるほどの威力を発揮している。
飛行ではなく大跳躍に近いが、それでも最短距離を突っ切る移動法である。
唯一壁を無視できずにいるのは、シルキーちゃんだ。
何かしらの布を靴に巻き付け、滑るように移動している。
走るよりは明らかに速いものの、壁を飛び越えていけるものではない。
あと布の消耗も激しいみたいで、スピードが落ちてくるとすぐに新しい布に巻きなおしている。
『シルキー選手の使う布は『魔法の絹』ですね。
布版魔道具と言い換えても良い代物で、様々な魔法を付与できます』
『刺繍や飾り、細かな部品と組み合わせることで衣装型魔道具へと発展させられますが、まだまだ発展途上の技術。
今はまだ防具としてしか使われない技術ですが、こと芸術分野では注目されていますね』
『おそらく今シルキー選手が用いているのも芸術的価値を持たせるための魔法でしょう!
あの移動法を見るに、シルクの肌触りを最大化するための『滑らかなる魔法』と見ました!』
滑らかなる魔法。
……そんな魔法もあるんだ。
たしかにシルキーちゃんは滑らかに移動している。マナシルクって絶対あんな使い方するものじゃないんだろうなぁ。
『しかしここまでさしたる活躍の無いシルキー選手。
マナシルクによる光学迷彩などの隠匿術は、パノプテック相手には一切通じませんからね』
『そうですねー!
色々と仕込みはしていましたが、結局ここまで有効だったものはありません!
シルクよりも『放水の魔道具』の方が活躍しそうです!』
審査員の言葉と共に、モニターにはシルキーちゃんの仕込みの一例が表示されていた。
ドワーフくんもやっていたが、パノプテックへの工作が主。
ここでようやく二人がカメラの死角で何をしていたのかが説明された。
ドワーフくんは箱詰め。いざという時にカメラをそっぽ向けようというもの。
でもこれは壊すのと大差なく、普見神チーム的には織り込み済みっぽい。
シルキーちゃんはマナシルクの巻き付けだ。
例の箱の他、色んな布でカメラを覆ったみたいだけれど、今のところそれでパノプテックの妨害が出来ているという様子はない。
シルキーちゃんが活躍していない、というのは確かだけど、それが真鍮脳にとって失敗なのか作戦なのかはまだわからない。
「……キンドルフ、壁の準備を」
静かに、ビロウ選手が告げた。
頷くキンドルフ選手。それまでの『最短ルートづくり』をやめ、二人は壁に沿って走る。
それを、横から『水』が撃ち抜いた。
直前で『鉄壁』が張られていなければ二人纏めて吹き飛ばしていたであろう高圧水流。
それを放ったのは当然ウィンディーネさんだ。
移動だけでなく、攻撃にも転用する。これまでも散々見せ付けてきたマキニスさんたちの応用力だ。
『出ましたね、『超高圧水噴射』!
水だけで超硬物質を加工できる『超高圧水式加工機』に用いられている技術です!
本来は専用の魔道具が必要なはずですので、『放水』と『水流操作』のみで放った今のは『超高圧水鉄砲』です!』
『二年前の夏祭りで初披露された技ですね!
酔って暴れた国民を吹っ飛ばして制圧したほか、ベイベロニアを跨ぐ大きな虹を掛けて見せたことでも有名です!』
空気と同じで、水も圧力を掛けるとすごい勢いで噴射される。
それは全物質共通の『大前提』なのだろうけれど、極めると『水』を『加工機』に変えてしまえるらしい。
……いや、絶対隣界由来の技術でしょう、それ。
「きゅっきゅっきゅい♪」
「得意げに笑っているが、そんなものでは止まらんぞ!」
甲高い声で独特な笑い声をあげるウィンディーネさんに、ビロウ選手が宣告する。
おそらく『慧眼』で見破っているのだろう、易々と第二射、第三射を防いでいた。
生半可な盾や魔法では弾き飛ばしていたであろう『ウォーターガン』も、流石に『鉄壁の神秘』は破れない。
その上、キンドルフ選手は『鉄の壁』を斜めに配して水弾を後方に逸らしていた。
ただ防がれただけなら『水流操作』で二の矢へと繋げられたのだろうけれど、ああして弾かれてしまっては水流もマナリンクも千切れてしまい、操れなくなってしまう。
上手い捌き方だ。と、審査員も絶賛していた。
『予想通り、両者『宝物』へ到達する前にぶつかりました!
先制はウィンディーネ選手! しかしこれは『慧眼』と『鉄壁』にいなされます!』
『さすがに『大波』ではなく、『鉄砲』で攻撃しましたね。
大量の水が必要になるウィンディーネ選手にとって、無駄撃ちは避けたいところ。ここは定石通り、足止めのための牽制と言ったところでしょうか』
『そうでしょうね!
ビロウ選手が『慧眼』で攻撃を感知すれば、必然的にキンドルフ選手は『鉄壁』を出し渋ります!
足を止めてはいませんが、結果的に『鉄壁』を利用した最短ルートは封じられました!』
仕掛けて、受けた。
傍から見れば地味な攻防。牽制と防御なんて面白くはない。
ただ、そこに込められた意味と結果は重要だ。
『これで、攻撃の間合いに入ったと示された。
ここからはよそ見する暇もありませんよ!』
審査員の言葉に、緩んだ観客の意識が引き戻された。
その瞬間、『大波』がモニターを埋め尽くした。
「な……ッ!?」
一瞬、何があったのかわからなかった。
けどすぐに理解する。あれは一斉放水だ。
ウィンディーネさんが持ち歩いていた『放水の魔道具』、その全てから大量の水を吐き出したのだ。
「あれは受けられないね! 飛ぶよ!」
キンドルフ選手が叫び、ビロウ選手の反応を待たずに『鉄壁』を展開した。
それは『壁』と呼ぶにはあまりにも細く、選手二人をただただ高くへと持ち上げる。
言うなれば『鉄柱』だ。
放水と水流操作で作られた大波は、二人の足元を押し流す。
一部の壁も水圧に耐え切れず、押し流されていく。
細くとも『神秘』である『鉄柱』は問題なく耐え切ったが、代わりに二人はその場で釘付けになった。
「きゅっきゅい!」
その隙を突き、大波に乗って壁を越えていったのは、『人魚モード』に変形したウィンディーネさん。
純白の大きく華やかなドレスの下から、滑らかで美しい大魚の尻尾が躍る。
「あれが人魚!」
『そう、あれが人魚です!』
思わず叫んだ私に乗っかって審査員が叫ぶ。
恥ずかしいから私のひとりごとをマイクで拾わないでほしい!
『ウィンディーネ選手には二つの形態があります!
一つはヒレ付きの両足を備えた水陸両用『魚人形態』!
そしてもう一つは下半身を魚の尾鰭に変えた水中活動用『人魚形態』!
モードチェンジしたということは、ここからは水中戦が始まりますよぉ!』
熱の入った解説に観客が盛り上がる。
いや、解説以上に、水流に乗って跳ねるウィンディーネさんの姿が観客を熱狂させていた。
在界の人類は多岐に渡るとはいえ、あそこまで大きく『人型』から離れた人類は存在しない。
存在するとすれば種族固有の魔法を備えた魔獣か魔物のみ。
なのに、そのどちらとも思えないほど、ウィンディーネさんの姿は美しかった。
『しかし、これは博打です!』
審査員が魅了されながらも解説を続ける。
『水中専用のあの姿は、大量の水があってこそ!
今は『放水の魔道具』の同時使用で成立させていますが、しかし水は有限!
しかも魔法で生み出したこの水は、やがて消えてなくなります!』
『大量に持ち込んだ『放水の魔道具』もフィールド各地に分散してしまい、結局は携帯分しか使えていない現状!
水が消えるまでに二人を倒せるか! 水が消えて打ち上げられた魚になるか! 二つに一つのタイムアタックです!』
実況が盛り上がる中、それ以上に『大波』が盛り上がっていた。
それが滝のように崩れ落ちて爆ぜるのを見て、やはり『水流操作』の脅威はブラスさんの演算能力あってこそだと知れる。
『水流操作』は、おそらく、水流を操作するだけの魔法だ。
新たに水流を生み出すことはほとんどできないのだろう。
それは『貯水の魔道具』ではなく『放水の魔道具』を使っていることからも推測できる。
だから『放水』が終われば水流もやがて途切れる。
それを少しでも先延ばしにするべく、ウィンディーネさんは『大波』全体の水流を互いに打ち消し合わないように統制していた。
水流を操り、水を加速させ、壁や重力、時には相手選手の防御さえ利用して、水流を維持している。
ウィンディーネさん自身も『大波』の中で泳ぎ回り、水流を生み出していた。
それだけじゃない。
周囲が『大波』に吞まれて初めて気づいたが、普見神チームは明らかに水を避けている。
鉄柱の上に留まったまま次の行動を考えているのがその証拠だ。
もう少し高度を下げて波に吞まれないギリギリで移動すれば良いのに、安全圏まで退避して固まってしまっている。
思えば水鉄砲対策に神秘を温存していたのも過度な対応だった。
来るのがわかっているのなら神秘じゃなくても回避や防御は出来たはずなのに。
その不自然さの理由を考えてみれば、思いつくのは二つ。
一つは単純に二人とも泳げないから。万が一にも水に落ちれば、それがそのまま決着に繋がってしまう。
あるいは、『慧眼』が水を決して触れてはいけないと見抜いているからか。
――いや、待てよ?
「もしかして――」
ふと、第三の理由が思いつく。
それは他二つよりもっと単純な理由。
そうだとすれば、水を避けるのも当然だ。
「――ハッ!」
視線を感じて顔を上げる。
すると、にっこり笑うブラスさんと目が合った。
また解説させられるんじゃないかと怯えた私はあわてて首を振るが、その大袈裟なリアクションのせいで、審査員たちに気付かれてしまった。
『おやぁ!? どうかしましたか魔女様!
我々の「この硬直状態はシルキー選手合流までの時間稼ぎだろう」という予測に否がありましたか!?』
「いいえ! そこに異論はないですッ!」
審査員の言葉にことさら大きく首を振る。
ウィンディーネさんが波に乗って離脱しない時点で時間稼ぎなのは予想できる。そこに異論は本当にない。
「そうではなくって――」
結局解説する羽目になった。
どうして普見神チームが水を避けるのか。
ベイベロニアは荒野にある国だ。
周辺にも水が豊かな土地は無く、川ですらちょっと遠い。
生活用水は魔法や魔道具、そして地下水で賄っており、必然的に『人が泳げる環境』が無い。
だから普見神チームが水を避けるのは泳げないからだと予想するのは自然なこと。
正直、私以外には誰も引っ掛かっていないようなことだ。
でも、引っ掛かった理由はちゃんとある。
例の『牽制』だ。
あれはハッキリ言って不必要だった。
足止めしたいなら最初から『大波』で良かったのだ。
なのに、わざわざ防がれること前提の『牽制』を挟んだ理由。
思い付いたのは、とってもシンプルな予想だ。
「もしかして、普見神チームの『宝物』は『水に弱い』のでは? ――なんて、考えたんです」
だとしたら、水は全力で避けなければならない。
『宝物』はどちらの物でも故意に破損させてはならない。
だから真鍮脳チームは初めに全ての『宝物』を箱に入れたし、普見神チームもその箱を開けずにそのまま持ち運んでいるのだ。
だから問題になるのは普見神チームの『宝物』だ。こちらは未だにカメラにも映っておらず、どんな状態で保護されているのかがわかっていない。
ゲーム開始時に提示された普見神チームの『宝物』は、『大教典』『パノプテックの設計図』『神器・百眼念珠』の三つ。
その内『百眼念珠』はアルゴセウスの百の目を模した『百の宝石を連ねた数珠』なので、衝撃に弱いが濡れたくらいでは破損しない。
しかし残り二つはインクが溶ける可能性が高く、特に設計図は近代に開発された紙製なのでまるごと水に溶けて破損すると思われる。
もしも剝き出しのまま持ち歩いているのならその時点で減点ものだが、何かしらに包んでいたとして、防水が甘ければ水を忌避するようにもなる。
だから、ウィンディーネさんは『牽制』した。
いや、あれは『警告』だったのだ。
「最初から『大波』で攻撃し、もしそれで『宝物』が破損した場合、攻守両方にペナルティが課されていたはず。
ですがあえて水鉄砲で『牽制』することで、『水没』は不慮の事故ではなく防げる事故になり、普見神チームの責任が一層重くなりました。
そこに『大波』で足元を水没させてしまえば、普見神チームは『宝物』を守るためにも動けなくなる、という感じです」
もし強引に移動しようとして水を浴びれば、それは普見神側の落ち度になる。
もちろん真鍮脳チームに過失が無いとは言い切れないが、しかしウィンディーネさんは有名なマキニスであり、その戦術はバレバレだったので、「防水してない方が悪い」と言える状況は作り出されていた。
ダメ押しで、ウィンディーネさんは今の硬直状態を作ってから、攻撃を仕掛けていないという事実がある。
ビロウ選手たちが『牽制』以降『水』に警戒しているように、ウィンディーネさんも相手を濡らさないように注意しているのだ。
互いに無理をしなければ『宝物』は破損しない。
逆に言えば、無理をした方がペナルティを負うという状況。
これは、ヒューマンちゃんのトラップと同じだ。
トラップが有ると見抜ける普見神チームは、それ故にトラップで『宝物』が破壊された時にペナルティを負うのだ。
本来なら攻撃対象を選べないトラップを『宝物』があるこのゲームに持ち込んだ時点で真鍮脳側の落ち度になるはずが、普見神が罠を見破ってしまうからこそ責任が転嫁されるという特殊な構造になっている。
双方守護者として立ち回るこのゲームだからこそ発生する、『ペナルティ』の押し付け合い。
貴重な水を浪費してまで牽制を仕掛けた理由がここにあると、私は睨んでいた。
『……かっ、かなり難解な読み合いが発生しているのはわかりました!
しかしそうなると普見神チームは水が引くまで動けなくなってしまうのでしょうか!?』
「いえ、そうはならないはずです」
あれ? そんなに難解だった? と心の中で首を傾げつつ、審査員の言葉を否定する。
もうここまで来たら恥を捨てて解説しちゃおう。
間違ってたらすっごい恥ずかしい思いをするだろうけれど、それも経験。恐れず挑戦すべきだ。
「ウィンディーネさんが仕掛けず、水流をキープ。『鉄柱』を中心に渦を作り始めました。
この時点でビロウ選手たちも『宝物』の所持と防水してないことがバレてるとわかるはずです」
足止めだけなら確実に二人を落とそうとしていると読めるが、動けない二人を攻撃してこないのは時間稼ぎにしてもやりすぎだ。
あの二人なら、特に『慧眼』なら、企みを容易く看破できる。
そして、看破してなお黙って待つほど間抜けじゃない。
「バレているなら、隠す必要はありません。
なので、ここからは別方向での『無理』が利きます。
――さ、動きますよ!」
ビロウ選手がキンドルフ選手を見た。
アイコンタクト。
神秘は要らない。彼らは目と目で通じ合い、二人同時に『鉄柱』を蹴った。
二人は渦の中に落ちていきながら、布に巻かれた『宝物』を掲げた。
ビロウ選手が持つのは古書。キンドルフ選手が持つのは大量の紙束。
どちらも水に弱い『宝物』を、あえて保護布から晒して水へと落ちる。
その光景がモニターに映った。
つまりカメラが捉えた。
すなわち、ブラスさんが確認した、ということ。
これで『責任』はイーブン。
ウィンディーネさんは水流を操作し、直ちに『宝物』が濡れることを避けなければならない。
もちろんより責任が重いのはわざと飛び込んだ普見神チームだが、だからと言って無視は出来ない。
わかっていても守るための行動をとらなければならないのだ。
――そう。二人が『宝物』を濡らす気が無いと、わかっていたとしても。
「きゅ――ッ!」
ウィンディーネさんが即座に水を引かせた直後、まだ残っていた水を思い切り踏みつけて、ビロウ選手が駆け出した。
爆ぜる水飛沫。それはウィンディーネさんのコントロール下から外れ、ビロウ選手の頭に降り注ぐ。
彼女が掲げていた『宝物』は当然水を浴びるのだが、しかし、それは済んでのところで『鉄壁』に防がれていた。
『あれは、『鉄の壁』ならぬ『鉄の箱』ぉー!?』
審査員が思わず叫び、観客も歓声を上げていた。
ペナルティの押し付け合い。それによる行動の強制。
やられたことをやり返す。わかっていても応じなければならない最悪の出来レース。
審査員たちの言葉数と瞬きが減り、食い入るようにモニターを見つめている。
ペナルティの押し付け合いすら戦略に盛り込まれている今、審判でもある審査員は戦いの行方を左右する存在だ。
――誤審は決して許されない。
言葉が減った分、メモに筆を走らせる音が激増していた。
「どいてもらうぞ、人魚の花嫁ッ!」
「きゅっきゅい!」
会場の全員が見守る中、遂にウィンディーネさんとビロウ選手が肉薄する。
腰に提げた大小二刀を抜き放つビロウ選手と、その後ろで籠手に覆われた両手を広げるキンドルフ選手。
ウィンディーネさんは、大波を壁のように持ち上げつつ、その中に身を投じた。
「――ッ!」
水と刃が交差する刹那、ビロウ選手がいきなり手を止めた。
と同時に身体を横に傾け、その直後に『水鉄砲』がビロウ選手の脇を抜けていく。
水流は目に見えない。
波や気泡を追うのが精いっぱいだ。
それを躱せるビロウ選手は、おそらく『慧眼』をさっきより使いこなしている。
なんとなく理解できてきた。
あの『慧眼』は、私の『意思疎通の魔法』と同じなのだ。
相手の動きからさえ意思を読み取り、反応する。だから水流が見えていなくても攻撃が読めるのだ。
ヒューマンちゃん相手には読み過ぎて自滅したビロウ選手が、たった一二分でもう戦術を修正している。
まだ『信仰と現実』の折り合いはついていないだろうに、それでも目の前の問題に向き合っている。
「応援したくなっちゃうなぁ……!」
似た技を使う、というのもあって、親近感が凄い。
ついでに、盾役のキンドルフ選手よりビロウ選手が前に出る理由もわかった。
最前線で盾を構えるのがキンドルフ選手であり、その更に向こう側、敵陣へと先行するのがビロウ選手なのだ。
斥候の危うさと強さを、ビロウ選手は体現していた。
「ふ――ッ」
水弾を避けたビロウ選手。
私がその強さに見惚れている間にも、次の行動を起こす。
傾けた姿勢を戻す、こともなく、斜めに倒れ込むようにして『大波』に刃を入れた。
「ッきゅ!」
長剣がウィンディーネさんのドレスを貫き、手繰り寄せると同時に短剣が『ヒレ』の一枚を切り落とす。
歓声が上がる中、追撃を仕掛けるタイミングで、しかしビロウ選手は両刀を水から引き抜いていた。
一瞬、審査員の解説が詰まる。
なぜ追撃しないのか。捕えておいて離すのか。早すぎる判断に、理解が追い付かないのだろう。
が、すぐに冒険者の審査員が「たぶん」と語り始めた。
剣の刃は薄いが、刀身には側面がある。
やみくもに切り込んでも水流が刀身を押し、攻撃を逸らしてしまう。
ビロウ選手は、それを『慧眼』で見切り、流れに沿って刃を入れたのだ。
すぐに剣を引いたのも、水流に剣を圧し折られないためなのだろう。
『超高圧水』を作れるほどの水流操作ともなれば、『水で剣を折る』なんて与太話も笑えない。
本来『慧眼』とは優れた洞察力を指す言葉。
見た物からその先をも見通す『物事の真理を見通す知恵の目』である。
いわば目を用いた技巧の類いだ。
神秘すら宿す卓越した『眼技』と、それを生かし切る神速の『剣技』。
試合という形式でなければ、きっとビロウ選手はウィンディーネさんを瞬殺できたはず。
それだけの絶技を何でもないかのように披露しているのだ。
「詰めるぞ!」
ビロウ選手が短く吼える。
裂帛の気迫に圧され、迎撃の水弾を放つウィンディーネさん。
それを『鉄壁』が完全に遮断した。
『宝物』を覆い隠したのと同じ、六方を『鉄壁』で閉じた『鉄の箱』だ。
あれなら一切攻撃を通さないが、それ以上に、視線も通さない。
神秘による遮断。
実際にどこまでの情報を遮るのかはわからない。
ただ、ウィンディーネさんは瞬時に『逃走』へと切り替えた。
傍から見れば予定通りの行動に見えるくらいスムーズな移行だった。
が、その退路を『鉄壁』が塞ぐ。
『こ、こっちにも『鉄箱』!?』
審査員の一人が思わず叫んでいた。
神秘の乱用は信仰心を損なう行為だ。
それでも、キンドルフ選手はここで勝負を決めに来た。
ビロウ選手を覆った『鉄箱』を解除し、代わりにウィンディーネさんを丸ごと『鉄箱』で閉じ込める。
そして、その箱の一面に、『鉄柱』を叩き込んだ。
大波ごと閉じ込められたウィンディーネさんを水圧で圧し潰すのかと思ったが、たぶんそれは無理だ。
水中活動用のマキニスであるウィンディーネさんが、生半可な水圧で破損するとは思えない。
ただし、『衝撃』は別だ。
「きゅ……」
箱が消え、水が溢れ出す。
解放された人魚は、水に浮いたままその場に倒れていた。
エルフちゃんもそうだが、精密機械であるマキニスさんたちは基本的に衝撃に弱い。
体内の細かな部品が歪んでしまうのだろう。その辺りは生物と違い、融通が利かないのだ。
ベイベロニア到着直後に聞いた、機械の、科学の『緻密さ故の弱点』を思い出す。
『これは、決着――ッ!』
『最後の脅威、ウィンディーネ選手を普見神チームが撃破ぁ!
ところ変わってヒューマン選手もベルナッド選手に捕縛されました!』
モニターには、倒れたウィンディーネさんとヒューマンちゃんが映し出されていた。
さすがに逃げることも勝つことも出来なかったヒューマンちゃんはベルナッド選手に手足を縛られて転がされている。
ウィンディーネさんの方も、両手と尾ヒレを紐で結ばれ、拘束されていた。
……強い。
いや、下馬評からして普見神チームの方が強いとは言われていたけれど、まともにやり合うとここまで一方的なのか。
しかも今回は『フレグランス』のような仕込みもない。
ビロウ選手は完全に復調してる。キンドルフ選手は神秘乱用で眩暈を起こしていたが、ビロウ選手がウィンディーネさんを拘束している間に休み、回復していた。
残っているのはあとシルキーちゃんだけ。
到着には幾らか余裕があり、その隙を突いて普見神チームは休みを取っていた。
フリーになったベルナッド選手も向かってきている。
ただでさえ追い付いても2対1なのに、ベルナッド選手が追いつけば3対1、それも挟撃の形になる。
『流石にこれは、敗北ですね』
と、ブラスさんが言った。
私はびっくりしてブラスさんを見て、周囲を見渡す。
ブラスさんは少し寂しげに笑っており、周囲はきょとんとしていた。
とんでもない爆弾発言。
けど、それは『隣界語』で呟いたらしく、周囲の誰も反応できていない。
ただ、私だけが大袈裟なくらいビックリしてしまっていた。
そんなリアクションを見て、くすくすと笑うブラスさん。
い、意地が悪い……っ!
やっぱり神様の子どもだ! そっくり!
そんなブラスさんと私の無言のやり取りに、審査員たちが注目していた。
私やブラスさんと同じように、「さすがにこれはもう決着ついただろ」という空気が会場に満ちている。
そんな中で、敗北濃厚のブラスさんはなんでか余所見してくすくす笑っている。
みんなが訝しげな顔をするのもわかる。私もしたい。
でも、ブラスさんは笑顔のまま私に問う。
『ここから逆転できる作戦なんてありますか?』
……やっぱり、意地が悪い。
品評試合で試されているのはブラスさんの能力だ。
しかし、ブラスさんはアームズから入手した情報をフル活用するのも能力の一つ。
ここで私が助言しても、印象が悪いだけで、ルール違反には当たらない。
だけど、そもそも答える必要がない。
私に思いつく程度の作戦なら、きっとブラスさんだって思いつくだろうから。
だから、返事はブラスさんじゃなくて、観客に向けて返す。
「あと二つ。
ブラスさんが『裏技』を使えば、勝てますよ」
断言した。
笑みを深めるブラスさん。
数泊遅れて、会場中が沸き立った。
『裏技』とは、作戦じゃない。
だから私でも思い付ける。
もちろん『裏魔法』にまつわることは明かせないので除外する。
それでも、試合開始時からずっと抱いてる疑念があった。
審査員たちの解説を聞いてもそうだ。
きっとブラスさんは明かしていない能力があるのだろう。
それを使わずにここまで粘ったのは『流石』としか言いようがないけれど、しかしこうなってしまえば『流石に』に変わる。
『やはり、『裏技』を使うしかありませんか』
フッ、笑って零すブラスさん。
私の断言で沸き上がった観客が、ブラスさんの肯定で飛び上がっていた。
跳ね上がり、踊り出す会場のボルテージ。
審査員たちが口々に叫ぶ中、ブラスさんは私に目配せをした。
その悪戯っぽい意思が、私の心に届く。
『ではクロエ様、折角なので『裏技』のネーミングをお願いします』
「……どうなっても知りませんよ?」
はぁ、と、恥ずかしさを誤魔化すように溜息を吐く。
きっと最初から名前なんてついてるだろうに。
それこそ、『ブレイズン・ブレインズ』の名が示すように。
それでも、ブラスさんが望むなら、それぐらいは応じよう。
試合には、声援がつきものだから。
いい加減私も覚悟を決めて、肩入れしなきゃ。
「――っシルキーちゃーん!」
声を張る。
そんな必要はない。
でも、モニターの向こうで走っていたシルキーちゃんが立ち止まった。
振り返って、カメラを見上げるシルキーちゃん。
排熱のために汗だくになり肩で息をする彼女。
私は、そんなシルキーちゃんに精いっぱいのエールを送る。
「『マキニスネットワーク』を!
――『フルアームズ・マナリンク』を使ってぇ!!」
恥ずかしくて真っ赤になった私の叫びが、モニター越しにシルキーちゃんに届く。
シルキーちゃんは、優しく笑って、姿勢を正して、深々と一礼した。
「かしこまりました。
――只今より、『全武装魔力連結』を解禁いたします」
宣言と共に顔を上げたシルキーちゃん。
その端正な面立ちがモニター全面に大映しとなり、周囲に文字だけの情報が並ぶ。
シルキー・エンヴィー。
隣界人の亡霊モデル。
絹の肌を持つ、男装の令嬢。
数多のマナシルクを幾重にも重ねた礼装『燕尾服』を纏う彼女の最大の特徴は、その身体の全てが文字通りの『絹』――『マナシルク』だということ。
「時の神『ミケロ・デア・テイニス』ほどの『織り成す力』はございません。
ですが、絹糸の『紡ぎ繋げる力』をお見せします」
一礼の際に取り去ったシルクハットを、宙に放る。
シルク製のそれは解れ、絹糸へと回帰し、やがて音も無く天井の照明へと被さり、引っ掛かった。
それだけ。
たったそれだけのこと。
なのに。
「――キンドルフッ! 『全方位』だ!!」
それを遠方から見上げていたビロウ選手が、突然悲鳴を上げた。
いや、それは悲鳴じみた指示だった。
劈くような短くて必死な言葉は、キンドルフ選手を脊髄反射で突き動かす。
だから、間に合った。
『鉄壁』に上下四方を囲まれた二人は、突如降り注いだ大量の水からその身と『宝物』を守ることができた。
そして、そこで行き詰った。
「『マナリンク』――『放水装置』」
シルキーちゃんが歌うように紡ぐ。
それは別種の『放水の魔道具』。
天井に常設された、『貝型』とは似ても似つかない魔道具だ。
カメラやマイクと同じくエリア内に元から存在するアームズの一種。
それを、『絹糸』でマナリンクを繋げることで強制的に起動した。
だけではない。
「――『水流操作』」
更に紡がれる言葉。
それはウィンディーネさん固有の『魔道具』。
しかし、降り注いで床を流れる水は、うねり、動き出した。
天井から降り注ぐ雨は床に落ちて溜まり、流れる。
嵩を増し、勢いを増すごとに、シルキーちゃんの足元で渦巻く水流もまた力を増していく。
そこにシルキーちゃんは、自分の上着を脱ぎ去って乗せた。
何重にも重なった燕尾服が解けて水流に乗り、『鉄壁』に閉じ籠った二人を『鉄壁』ごと包み込む。
あれでは『鉄壁』を解いて逃げることも出来ない。
「覆った物を固めるギプス用の『拘束布』と、傘やレインコート用の『防水布』です。
これで『宝物』へのダメージは防げますので、いつ出て頂いても結構ですよ」
「――ッ!」
『鉄壁』の中からくぐもった声が聞こえた。
咄嗟のこととはいえ、雨を防いだのは間違いじゃない。
ただ、ウィンディーネさんが落ちたのに『水流操作』を使われるのが予想外で、結果的に封じ込めになっているだけ。
私はモニターの端を注視する。
マナシルクに圧し固められ、『神秘』の解除を待っている。その映像の隅っこに、まだ倒れて動かないウィンディ―ネさんが映っていた。
その美しい花嫁衣装は、天井から降り注ぐ雨により、水溜まりに浸っていた。
『――どっ』
『どうゆうことだぁーッ!?』
耐え切れなくなったのか、突如審査員たちが爆発した。
本来は解説する側なのに、現状が意味不明過ぎて大混乱だ。
こちらもこちらで悲鳴みたいな声を上げて騒いでいる。
『ただのマナリンクです』
事も無げに答えるのは、ブラスさんだ。
堂々と、そして真っすぐにモニターを見上げて、『裏技』の正体を明かす。
『私の『手足』は、私の魔力で動いています。それはマキニスたちも同じです。
だから全ての『武装』はマナリンクにより接続でき、全ての魔力は共有可能。
『放水の魔道具』で生み出した水に自身の魔力が含まれ、それ故にウィンディーネの『水流操作』が効果を発揮するというのなら……『絹糸』でマナリンクを結ぶのも、『放水』でマナリンクを結ぶのも、結ばれたマキニス同士が互いの固有魔法を使うのも、当然のことなのです』
言ってないだけ。
でも、考えてみれば当たり前のこと。
私は思い出していた。
神様が昔教えてくれた、『複数形』という言葉を。
『ブレイズン・ブレインズ』。
その名は示していた。
其は、『真鍮製』の『頭脳群』だと。
『の、『脳』と『手足』に同じ魔力が通うのは当然のこと……!
だからって、こんな『裏技』ッ! 誰が予想できたってんだぁー!!』
歓声か悲鳴かもわからない絶叫があちこちから響き渡る。
全ての武装が手足であり、全く同じ魔力を持つ。それがどういうことなのか、観客や審査員にも広がっていった。
冷静を保とうと苦戦しながら解説を続ける審査員の拙い言葉が、思考停止した観客にもゆっくりと驚愕を教え込んでいく。
そう。
この国の全てのアームズは、真鍮脳を介し、繋がっている。
それ即ち、国中が巨大な『魔力貯蔵庫』になっているのと同じこと。
実質『無尽蔵の魔力』を有する、無数の魔道具群。
それが、『ブレイズン・ブレインズ』の真価なのだ。
「まだだ! まだ――ッ」
キンドルフ選手の声が聞こえた。
マナシルクに包まれた『鉄箱』を、下から生えた『鉄柱』が弾き飛ばす。
水溜まりから脱した瞬間に『鉄箱』が消えたようだが、シルクが二人を圧し固めるより先に、ビロウ選手に剣が絹を引き裂いていた。
「奴は――」
ビロウ選手が、あえて肉眼でシルキーちゃんを見る。
二人とシルキーちゃんの位置はまだ遠い。水流を使っての拘束は遠方から仕掛けられていた。
拘束と回復を優先できるだけの『余裕』を齎した彼我の距離が、今は二人に反撃を封じる、シルキーちゃんにとっての『余裕』と成り代わっていた。
「逃げるぞ!」
踵を返す。
それしかない。
近付くのは自殺行為。こうなったら一刻も早く全ての『宝物』を納入するしかない。
やり合わずとも、逃げ切れば勝利なのだ。
キンドルフ選手も青ざめた顔で頷き、二人は同時に濡れた壁の上を蹴って跳ぶ。
が、そこで二人の動きが止まる。
何事かとよく見て見れば、ビロウ選手やキンドルフ選手の武装に紫電が走るのを見て取れた。
――あれは、電撃。
痺れさせて捕縛することを目的とした、非殺傷系のトラップ。ヒューマンちゃんがあちこちに設置していたものだ。
水と絹を介し、二人に無理矢理叩き込まれたのだろう。
文字通り雷に打たれたかのように、二人は硬直したまま落ちていく。
そんな二人を、水流に乗った『拘束布』と『防水布』が今度こそ包み込み、圧し固めて捕縛した。
もちろん落下ダメージも与えない。
墜落した先の水がぽよんと跳ねて二人を受け止めたのは、きっと『停滞の魔法』の効果だろう。
ああ――。
水と絹、そしてマキニスさんたち全員を通して、
本当に、全ての魔道具を同時に操っているのだ。
その凄まじさに実感が追いつき、思わず総毛立った背筋が震えた。
『こっここここれがッ!
これこそが真鍮脳の『全武装』!!』
『何でもアリかよ! ふざけんな!
どんな『御都合主義』だ真鍮脳ッ!』
『盤面をひっくり返すどころじゃない!
はじめっから全部てのひらの上じゃねーか!
むしろ、ここからどうやって勝てって言うんだぁ!?』
口汚い罵倒が審査員たちから飛び出していた。
なのに顔はニッコニコ。
間違いない。これはここまでの『品評会』でも見た、『どんな賞賛にも勝る罵倒』だ。
私もつい、頬が緩む。
私が神様たちの娘みたいなものなら、私にとってのブラスさんは妹と同じ。
自慢の妹の活躍に、我が事のように喜びが湧いてくる。
「さあ、ラストアタックです」
シルキーちゃんが振り返る。
その先には、怪獣が居た。
壁を踏み砕き、天井に頭を擦りながら直進してくる大怪獣、『巨躯』のベルナッド選手が。
普見神チームの最高戦力。
アルゴセウス神の武力の象徴。
『巨躯なる神秘』の使い手にして熟達の神官戦士。
『必要悪』を肯定する、『パノプティ』を語った彼は、間違いなく、シルキーちゃんを破壊するつもりでいた。
モニター越しでも伝わる殺意と覚悟。魔法無しでも肌を打つ気迫。
観客も一瞬息を呑み、直ぐに歓声を上げ始めた。
大きな大きな歓声が上がり続ける。
まるでその声に合わせるように、モニターからも歓声が上がった。
歓声のような、大きな波の音が、轟きだしていた。
「――『大海嘯』」
シルキーちゃんの背後で、天井に届くほどの『水の壁』が立ち上がる。
怪獣対津波。
その衝突はゆっくりと、しかしもう誰にも止められない勢いで――
――真正面から『激突』したのだった。




