19. レディメイド
巨大な肉体と、巨大な水壁。
正面からぶつかり合う両者。
あまりの衝撃と水飛沫で、望遠カメラ以外が全部水に飲まれる事態となった。
モニターには望遠カメラからの映像。
試合エリアを数百メートル離れた位置から観測するものの視点だ。
距離が有るからか、津波と怪獣の衝突からだいぶ遅れて激突音が轟き始めていた。
「これが光速と音速の差……」
思わず試合とは関係のないことを呟く。
音も光もどちらも一瞬だと感じてしまうが、こうして見れば差は歴然。
生身では体感しにくい『スピード界二大巨塔の格差』をしっかりと記憶に刻んだ。
なんてことをやっている内に砕けた水壁が崩れ落ち、衝撃と水飛沫も落ち着き始めた。
そこでようやく現場カメラの映像がモニターに映り、シルキーちゃんが驚いているのが見えた。
ベルナッド選手は、笑っていた。
無傷。
しかも、一歩も引かずに突撃を続けている。
そしてその眼前には、今まさに消えていく最中の『巨大な鉄の壁』があった。
あれは、キンドルフ選手の『鉄壁』だ。
パノプテックの透視能力で事態を把握し、拘束されたままで『神秘』を使ったのだろう。
つまりキンドルフ選手の意識が戻っているということ。
当然また非致死性電気ショックで昏倒させられたが、これは手痛いミスだ。
拘束しても『神秘』や『魔法』は使える場合がある。あれほどの遠距離かつ大規模な『鉄壁』が使えるとは思わなかったけど、しかし警戒は出来た。意識の有無は最低限確認しておくべきだったのだ。
審査員が我先にと解説している通り、『拘束布』と『防水布』で包み込んだのも悪手だった。これにより意識の有無がより確認しにくくなってしまったのだから。
反応が遅れたのも少し痛いか。
あれは現場のカメラが全部水で塞がれたせいで、大海嘯を防がれたのがわからなかったというのが原因だ。
モニターに写されていた望遠カメラの映像からは『鉄壁』が見えていたが、しかし遠望カメラは試合会場の外の物。
ルール上『試合開始時、試合エリアに存在したもの』しか使えないので、ブラスさんは望遠カメラの映像をシルキーちゃんに共有しなかったのだろう。
ミスが重なる。
とはいえ、シルキーちゃんもただでは終わらない。
すぐに砕けた水壁の流れを操り、二度目の『大海嘯』を形成し始めた。
「最初から、一撃で沈むとは思っていません……ッ!」
シルキーちゃんの凛とした咆哮に合わせ、大きな波が放たれた。
大海嘯。
それは魔法ではない。
私はまだ見たことのない、驚異的な自然現象のことだ。
満潮時などに海水が川へと逆流する現象のことを海嘯という。
大海嘯とは、その中でも特に強大なもの。
順流を飲み込む逆流は、抗うもの全てを粉砕するがごとく。故に『大海嘯』とは、時にただただ荒ぶる大津波を指す。
しかし、シルキーちゃんの生み出した『タイダルウェイブ』は、ただの津波なんかじゃなかった。
「ぬ――ッ!」
限界まで巨大化したベルナッド選手が、バランスを崩して転びかける。
咄嗟に手をついた壁が半分ほど木っ端微塵になったが、それでも何とか立て直していた。
巨大化は無敵じゃない。
特に迷宮なんて入り組んだ場所で使えば、足元がごちゃついて歩きにくいのも当然だ。
だけど、ベルナッド選手がそんな当たり前のことを対策していないわけもない。
今足を取られ、転びかけた原因は、迷宮じゃない。
足元を流れる『流水』だ。
『あれは――?』
審査員が一瞬首を傾げた。
別におかしなところは無い。その水は、さっき砕けて飛び散った『第一波』の残骸だ。
それを『第二波』を形成するために引き寄せているだけのこと。
強いておかしいところがあるとすれば、それは、『わざとベルナッド選手の足を掬うようにして流れている』ということだろう。
崩壊した水壁は、試合会場全域にまで広がった。
当然ベルナッド選手の後ろにも広がっている。
それを、わざと一度ベルナッド選手にぶつけてから回収しているのだ。
効果は覿面。
巨大化により表面積が爆増したベルナッド選手は、水流に圧されるだけで体勢を崩したのだ。
転びかけただけ、とはいえ、加速を付けて手が付けられなくなるのを阻止したのは大きい。
そしてベルナッド選手の足元を掬った『順流』は、シルキーちゃんの前で大いなる『逆流』と成る。
これが大海嘯。
『タイダルウェイブ』の名に恥じない、『裏技』によって組み上げられた『必殺技』だ。
「おおぉぉおおおぉおらぁ!!」
「――ッ!?」
ベルナッド選手の巨大な咆哮と共に、再びモニターは遠望に切り替わった。
二度目の激突。今度は『鉄壁』は現れない、文字通りの正面衝突だった。
ベルナッド選手が振り上げた拳は、遠方からでは随分とゆっくりに見えた。
それだけに恐ろしい。
天災そのものである『タイダルウェイブ』を真正面から殴り倒した。――その一部始終が、スローモーションでまざまざと見せつけられたのだから。
「防ぐべきは第二波だったか――」
静かに、崩れた波を踏みつぶしてベルナッド選手が息を吐く。
その全身には無数の打撲痕が残り、幾つかからは血さえ滲んでいる。
ただの水をぶつけられてもああはならない。
おそらく、第一波の余波で砕けた瓦礫を第二波に織り交ぜていたのだろう。
それでも大きなダメージが無いのは、今の巨躯なるベルナッド選手にとって、瓦礫片が砂粒程度の大きさだからだ。
巨大であること。
其れ即ち、強大であること。
彼は見せ付ける。己と己の神秘を通して、「我が神はこんなものではないぞ」と。
その威風堂々とした佇まいに対し、シルキーちゃんは、……息も絶え絶えだった。
『っえ。魔力切れ?』
審査員の誰かが呟いた。
しかしすぐに否定の声が飛ぶ。
全てのアームズとマナリンクできる以上、実質的に魔力は無尽蔵となる。少なくともこの程度で魔力切れは起こさないはずだ、と。
ただ、それはほどなくして否定された。
望遠カメラと同じだ。
今、試合に参加しているマキニスさんたちは、試合会場にあるアームズしか使えない。
つまり、その分の魔力しか使えないのだ。
加えて今は試合終盤。
各マキニスさんたちも各々で魔力を使っていた。
今となっては誰にも『魔力残量』の推測が出来なくなっていた。
息を整えて背を伸ばすシルキーちゃん。
上着を捨てて顕わになった白いブラウスが、汗で肌に張り付いていた。
「真鍮よ、私に力を……」
ふぅ、ふぅ、と息を吐きながら、目を瞑るシルキーちゃん。
それを見て警戒しながら歩を進めるベルナッド選手。
二人の距離は、もう100メートルも無い。
「無理をするなよ、シルキー・エンヴィー」
地響きを立てながら進むベルナッド選手が、シルキーちゃんに声を掛けた。
気遣ったわけではない。
それは、ともすれば挑発か、あるいは自嘲のように続ける。
「所詮、お前達『マキニス・デアエクス』は魔道具だ。
神造知能たる『真鍮脳』とは違う。ただの人工知能である『小型真鍮脳』では、あの演算能力は再現出来まい。
お前達が『真鍮脳』と接続したとて、所詮はただの部品に過ぎん。俺達がいかなる神秘を授かろうと人の身のままであるように、な」
言われ、シルキーちゃんは優しげに笑って頷いた。
それを見て、私は思い出していた。
真鍮脳と、マキニスさんたちの、複雑な関係を。
神様たちが造った『ブレイズン・ブレインズ』は紛うことなき『神造知能』である。
定義言えば『神秘宝』であり、『知恵』においては人知を超えている。
マキニス・デアエクスに搭載された『小型真鍮脳』は、神様が造ったものではない。
真鍮脳を元にしてベイベロニアの職人たちが造った魔道具である。
その能力は、マキニス・デアエクスに『個性』を与え、自律行動を可能とすること。
つまり、マキニスさんたちには、ブラスさんほどの演算能力は無い。
『それどころか、マキニスの演算能力や思考能力は人間にも大きく劣ります』
と、ブラスさんが解説していた。
気付けばモニターの端には図説が映され、より詳細に説明されている。
マキニスさんたちが驚異的な演算能力を見せたのは、ただブラスさんの指示を聞いていただけ。
実際には人並みですらないマキニスさんたちは、あえて役割を固定し、能力の方向を固定することで、『その分野においては一人前』という位置にまで上り詰めたのだ。
国民の大半も勘違いしていた。
マキニス・デアエクスは、ブレイズン・ブレインズ直属の特別なアームズ。
つまり、その中身は『ちょっとキャラ付けしただけの、真鍮脳本人』だと。
『魔道具を操るのは、現場のマキニスたちです。
複雑で大量の指示を受け、それをその通りにこなすだけでも、あの子たちの脳にとっては大きな負担になってしまう。
そしてその負担が過負荷を起こし脳を焼き切ることになれば、それは、あの子たちにとっての『死』を意味します』
心臓が跳ねた。
ブラウニーさんがボディーの寿命を迎えた時に頭をよぎった『小脳の寿命』。
そして今明かされた『過労死』の存在。
マキニスは死ぬと、明言されてしまった。
途端にシルキーちゃんが心配になった。
あの汗。きっと冷却用だ。つまり今のシルキーちゃんはほとんど動いていないのに異常に発熱しているということ。
それは間違いなく、脳の使い過ぎによる『知恵熱』だ。機械的に言えばメモリ負荷による異常発熱――いや、言い方なんてどうでも良い。
要は、今、シルキーちゃんは寿命を削って戦っている。
思えば『大量の水』を操るのに、魔力だけ有れば良いってわけじゃないのは当然だ。
例の『順流』での体制崩し、『逆流』での攻撃。果ては崩壊した海嘯がダウン中の選手を傷付けないようケアするのも含めて、途轍もない数の演算を同時並行的に展開し続けないといけないはずだ。
それをブラスさんが出来たとして、シルキーちゃんが従えるかは別問題。
魔道具や魔法の操作はシルキーちゃんがやっている。それにも膨大な演算が必要になる。人工知能に『無意識で操作』とか『勝手に動く』なんて概念は無いんだから。
「真鍮脳よ。我が親愛なる母君よ。私に、貴女の神託を!」
叫ぶシルキーちゃん。
同時に、一気に汗が、涙が、流れ落ちるのが見えた。
会場から小さな悲鳴が上がる中、シルキーちゃんは水流に自らを飲み込み、強引な冷却を始めた。
「そこまでするか。
……まあ、そうだよな」
ベルナッド選手が呆れたように言って、しかし最後には困ったように笑って見せた。
察したのだろう。自分で言ったように、彼らと彼女らは同じなのだと。
普見教団の神官たちがアルゴセウス神を敬愛するように。
マキニス・デアエクスという『個性』は、それぞれがブレイズン・ブレインズを愛しているのだ。
だから願う。
きっと指示を出し渋っているブラスさんに、それを寄越せと希う。
「ブラスさん――」
モニターを見上げる胸像を見る。
その横顔から、いつもの笑みが消えていた。
「――参ります」
「来い、『見る目ある者』よ!」
三度、両雄が激突する。
更に大量の瓦礫を巻き上げた大海嘯。
全てを踏み砕く苛烈さで加速する大怪獣。
勝敗は、目に見えていた。
『小さい――ッ!』
審査員が絞り出すように叫ぶ。
小さいのは、波の方だ。
さすがに魔力が尽きたのか、大海嘯はベルナッド選手の胴程度の高さしかない。
それをベルナッド選手が上から叩き潰した。
加速を活かすまでもない。
瓦礫対策と転倒防止を兼ねた叩き潰しは、あっさりと高波を押し返す。
潰れて弾けた水流は、方々へと散って流れていった。
「くぅ……ッ!」
シルキーちゃんの端正な顔が歪む。
視点も定まっていない。
今、彼女の脳内で、膨大な指示を超高速で処理し続ける地獄が展開されている。
最も地味で、誰にも理解できない拷問。
命が燃え上がり、脳を焼き焦がしていく。
そんな恐怖の中で、シルキーちゃんは微笑んでいた。
「まだ、ま、だぁ……!」
途切れ途切れの呼吸の合間に呟くと、シルキーちゃんはなにかを天井に向かって投げた。
糸の付いたボタンだ。
糸は絹糸。つまりマナシルク。
再び天井とマナリンクを結び、試合会場のアームズを掌握する。
とはいえ、使える物などスプリンクラー程度だ。
いくら『水流操作』しているとはいえ、あれだけ派手にぶつけていれば回収できない水も出てくる。
それを補充するのが精々だろう。
なんて思っていると、案の定作動したスプリンクラーの放水を受けたベルナッド選手が、轟音と共に倒れ込んだ。
『な、何が起きたぁー!?』
『フレグランスによる昏倒か!?
いやしかしッ、あれは媒介が必須! マナリンクを繋いだだけでは使えません!』
騒ぐ審査員たち。
どよめきが広がる中、ベルナッド選手は地面に手をつき、何かを堪えているように見えた。
媒体が必須な『芳香の魔道具』は使えない。
他にも、魔道具によるサポートが無ければ制御しきれない魔法は使えないだろう。
そういった制限が無ければ、マナシルクによくある『衝撃吸収魔法』を大海嘯に付与して、ベルナッド選手の攻撃を押し返すことができたはずだ。
でもマナシルクは繊細で魔術的な組み合わせで織り成されたもので、そこから魔法だけ取り出すのは……――ん?
「……あ、そっか」
衝撃。
そうだ、衝撃だ。
天井から降り注ぐ雨。
あれに、『発勁機構』から引っ張ってきた『衝撃を生む魔法』が付与されているのだ。
「『発勁爆撃』!」
雨の勢いが急激に強まった。
叩き付けるような豪雨。その雨粒の一つ一つが、ベルナッド選手に『発勁』を叩き込む。
「ぬ、ぐ……ッ!」
歴戦の勇士も後頭部を守るように抱え、膝を付いていた。
そうか。あれなら魔道具による制御は要らない。『発勁機構』の大半は、使用者を衝撃から守るための反動軽減機構だから。
それどころか『最も魔力効率が良い』と言われる『衝撃発生魔法』は、今の魔力切れを警戒するシルキーちゃんにとっても都合が良い。
「このタイミングでこの『大技』……ッ!
どうやら『宝物』を見つけたみたいだなぁ!」
にやりと笑うベルナッド選手。
そのセリフを聞いて、私は気が付いた。
あの技、明らかに『宝物』を破壊しちゃうじゃん!
シルキーちゃんの決死の反撃に盛り上がった心が急に落ち込む。
だ、大丈夫なの? いや大丈夫じゃなきゃやらないだろうけど。
なんて考えて一人内心でわたわたしていると、審査員の一人がマイクを取った。
『ベルナッドの神秘は、奴の所持品も巨大化します。
ただし制限があり、主に『身に着けたもの』と『マナリンクを結んだもの』という条件があります。
だからあいつは武器や防具を持たないのですが、『衣類』に分類されるものなら装備しています』
急に何の話だろう、と思いながらモニターを見た。
たしかにベルナッド選手は徒手空拳で戦っている。身に着けた衣服やローブも巨大化しているから、もし武器も巨大化できるならもっと暴れられただろう。
その辺は『巨大化の神秘』ではなく『巨躯なる神秘』であるが故の弊害か。
『腰に付けたポーチを見て下さい』
言われて視線がベルナッド選手の腰に向かう。
ベルトに通すタイプのかなり小型の四角いポーチだ。
私も薬師見習いとしてお世話になったこともある、得意のアイテムを収納することに特化したポーチだとわかる。
『あれは冒険者なら誰でも知ってる、『ポーション・バッグ』です。
瓶入りの薬水を持ち運ぶため、『衝撃吸収の魔法』が付与された魔道具。
――おそらくあれに、普見神チームの『宝物』が入っています』
ポーチはおそらく防水加工。しかし、完全に浸水を防げるほどの密閉度はもたない。
度重なる水攻めでびしょ濡れになっているベルナッド選手だが、ポーチの中まで『流水』で探知されたのだろう。
『衝撃吸収の魔法』が付与されたポーチ。その耐久度は、きっとシルキーちゃんには手に取るようにわかるのだろう。
だから『衝撃の雨』を降らせた。
無差別爆撃は迷宮の壁も削り取るほどの火力だが、質量を持たない純粋な衝撃ゆえに『衝撃吸収』で完全封殺される。
これほどの爆撃でも『宝物』を破壊せずベルナッド選手だけを制圧できるのだ。
『ただ、うずくまったまま終わるほど、ベルナッドはやわな男じゃあありません!』
審査員が声を張る。
その言葉が届いたかのように、ベルナッド選手が動いた。
立ち上がったのではない。
足元の水と瓦礫を掬い取り、そのままシルキーちゃんに向かって放ったのだ。
「――ッ!」
当然シルキーちゃんは逃げる。
壁から飛び降り、遮蔽に身を隠す。が、圧倒的な質量がシルキーちゃんのすぐ隣の壁をぶち抜いていった。
喰らえばひとたまりもないと、会場の誰もが理解した。
だからこそ、『死』を避けねばならないこの試合ではあまりにもリスクが高い。
それを理解しているベルナッド選手は、先の一撃で瓦礫の威力を見せ付けた上で、次の攻撃を仕掛ける。
「パノプティだ!
俺は、『見る目ある者』を傷つける罪を負う!
死んでくれるなよ? シルキー・エンヴィー!!」
今度の瓦礫は、長々と宙を舞った。
先の『浴びせかけ』とは違い、今度の『放り投げ』は、着弾までに猶予がある。
猶予があるということは、シルキーちゃんは身を守れる。
身を守る、責務が生ずる。
『ここに来て、またもペナルティーの押し付け合い!
あえて防御可能・回避不可能な攻撃を仕掛けることで、最小限のペナルティーで確実に戦闘不能まで追い込む心算だぁー!』
会場が沸き立つ。
もはや卑怯だ卑劣だなどとは誰も口にしない。
そんな次元はとっくに超えて、両者は正々堂々裏をかく。
「それでは私も、あなたを傷付ける咎を負いましょう!」
シルキーちゃんも負けてはいない。
相変わらず息も絶え絶えだが、シルクのスカーフを頭に被って逃げ続ける。
その最中、足元の水を槍状にしてベルナッド選手へと放つ。
雨粒でさえ無視できないほどの衝撃だ。
あの槍は、隣界でいうところの『ミサイル』のような火力でベルナッド選手を吹っ飛ばすだろう。
当然それは警戒され、ベルナッド選手が『ミサイル』に瓦礫を投げ付けて相殺した。
案の定『発勁』で爆発四散する水と瓦礫。
余波と共に飛来する粉塵にベルナッド選手が目を細めると、その隙に『流水』が試合会場の端を流れていった。
『あれは――拘束されたビロウ選手とキンドルフ選手!?』
流されていく二人。
ベルナッド選手がそれに気付くも、既に手が届く距離ではない。
そして、二人は流されるままに、――真鍮脳チームの宝物庫へと、放り込まれたのだった。
甲高いファンファーレが響き渡る。
モニター上には、『0対2』のデカデカエフェクトが踊り、花火が上がっていた。
緊張感が緩むコミカルな演出だったが、そうだ、そもそもこれは『ゲーム』なのだ。
『試合終盤ッ! 両チームの選手がもう一人ずつしか残っていない状況で!
よ・う・や・く! っ初得点だぁあああ!!』
わあああああああ!!
審査員の熱がこもった実況に、ややポカンとしていた観客が一斉に声を上げた。
私も小さいなりに声を張る。うおー!
重要なのは、真鍮脳チームの『宝物』も宝物庫に戻ったということ。
地味にフリーのままだった『宝物』も水流で回収していた。
ゲームの流れ自体は変わらない。
ベルナッド選手がシルキーちゃんを倒せば、結局は『宝物』全部回収されて負ける。
逆にシルキーちゃんがベルナッド選手を倒せれば最後の『宝物』も回収し、完全試合で幕が閉じる。
わざわざ魔力を使ってまで『宝物』を移動させたのは、『宝物』の保護が理由か。
ポーション・バッグの中の『宝物』はともかく、他の『宝物』は爆撃で破損する可能性が高い。
真鍮脳チームの『宝物』は全て箱に入っているけれど、衝撃は中まで響くから厄介なのだ。もしかするとあの箱も耐衝撃加工かも知れないけど。
でも。
こうしている間にも、シルキーちゃんは削れていく。
舞台を整えている間に、既にかなりボロボロになっている。
今更だが、普段被っているシルクハットは冷却効果も備えていたのだろう。
水冷で必死に頭を冷やしているシルキーちゃんだが、蒸気が上がり始めていた。
加えて瓦礫の雨による身体へのダメージ。防御と回避のために駆動系にも負荷が掛かっているはずだ。
有体に言って、限界が近い。
そしてそれはベルナッド選手もだ。
爆撃を受け続け、なおも健在な大怪獣。
それでも彼に余裕はなく、顔色はどんどんと青ざめていく。
大海嘯を凌ぎ、爆撃をも耐え忍ぶ、驚異の戦闘力。
だからこそ、そんな『神秘』を使い続けたままで、平気なはずがない。
信仰に殉じ神意を汲む敬虔なる大神官であっても、無制限に『神秘』を使い続けることはできないのだ。
否応なく、決着はつく。
もう間も無く。
だから、その前に、両者は動く。
「おおおぉッ!!」
ベルナッド選手が瓦礫を天井に叩き付けた。
スプリンクラーが破壊される。
悪手だ。
あれでは破損した水道管から更に水が噴き出すことになる。
だが、『発勁』を付与できる水は『魔力の通う水』であり、つまりは『魔法で作られた水』である。
ならばスプリンクラーは水道管とは繋がっていないはず。その読みが正しいと、爆撃から解放されたベルナッド選手が示していた。
対するシルキーちゃんも、瓦礫の雨が途絶えた時間で次の手を組み上げる。
水流で引き寄せたハーピーさんのボディーを、絹糸で応急修理し始めた。
砕かれた両翼。『停滞の魔法』が宿る、魔魚『ノーティカロアーナの天鱗』だ。
そうだ。『水流』と『停滞』を掛け合わせれば、強力な拘束魔法になる。
一度クッションに使っていたが、あれしか使わないのはおかしいと思っていた。その理由が、破損状況のせいなのだろう。ハンブルク選手の判断は正しかったのだ。
さすがに『巨躯なる神秘』には敵わないが、時間稼ぎは出来る。
それに『神秘』が尽きて人間大に戻れば確実に捕縛できるだろう。
シルキーちゃんの応急処置が間に合うか、解放されたベルナッド選手の攻撃が間に合うか。
息を呑んだ、その刹那。
「悪いが、これで終わりだ」
――ベルナッド選手が、にやりと笑った。
直後、再び瓦礫が投げ放たれる。
初回と同じ、凄まじい破壊力の投擲だ。
遂にシルキーちゃんを殺す気で、と思うより早く、瓦礫があらぬ方向へ投げられたことに気付く。
瓦礫は、普見神チームの自陣近く、誰も何もない場所へ落下した。
被害ゼロ。
強いて言うなら、ちょっと壁や床が破損したくらい。
審査員含め、会場の全員が動きを止めていた。
もれなく全員、「なんで?」と顔に疑問符を浮かべている。
その疑問は、直ぐに困惑へと変化した。
――シルキーちゃんが、倒れたのだ。
突然、糸が切れた人形のように。
前触れも何もない。
ベルナッド選手を横目で見ながら応急処置を終えた、その直後。
絹糸を噛み切ったその姿のまま、床に倒れ、もう瞬きすらしていない。
『……もう何度目かわかりませんが、言わせてください。
ッ何が起きたんだぁーーッ!!?』
審査員の絶叫で、静まり返った会場がパニックを起こした。
意味不明なことは今まで何度もあった。
しかし今回は群を抜いて意味不明だ。
私もきっと、『事前知識』が無ければ、同じように混乱していただろう。
「『小型真鍮脳』は、『脳』の形をしていない。そうだな?」
ベルナッド選手が『神秘』を解き、縮みながら語る。
飽くまでも『真鍮脳』および『小型真鍮脳』は被造物である。
外見と違い、内蔵されるその機械は、名前通りの見た目に拘る必要はない。
大元である真鍮脳をデザインしたのが隣界人である神様なのだから、その形も隣界式によりやすい。
玉座の間がサーバールームだった時点で私には想像がついていた。
『真鍮脳』の形態は、たぶん、『チップ』かなにかだろう、と。
在界人には見慣れない形態。
それに気付けたのは、ベルナッド選手が、そして普見神チームが『宝物』を回収したからだ。
普見神チームの『宝物』に『パノプテックの設計図』が含まれていたように、真鍮脳チームの『宝物』には『真鍮脳に関する設計図』が含まれていた。
その中にあった『真鍮脳』の実際の姿を、この試合中に発見していたということだろう。
だから気付いた。
シルキーちゃんの『小型真鍮脳』が、
天井に引っ掛かったままの『シルクハット』に内蔵されていることに。
「透視したところでそれが何かわからなかったが、ここに来てようやく思い至った。あれが『脳』だと。
天井に絹糸を結ぶだけなら先のように『ボタン』を使えば良い。なのに初手でシルクハットを使ったのは、『糸が切れたシルクハットは用済み』と誤認させ、『脳』を安全圏に逃がすための物だな?」
ベルナッド選手が見上げた先、天井には、シルクハットが揺れている。
その下には、何かが時折、キラキラと光を反射していた。
「しかし実際には視認性最悪の絹糸でまだ繋がっていた。
そしてその糸こそがマキニスのボディーを動かし、大海嘯や発勁爆撃を引き起こしていた。
脳が焼き切れる、なんてのもただの演技だった。……いや。それは本当か」
ベルナッド選手が背を向ける。
その背後、天井にぶら下がったままのシルクハットからは、僅かに蒸気があがっていた。
絹で編まれた亡霊、シルキー・エンヴィー。
その本体と思われた男装の麗人は、文字通り糸の切れた人形であり、脱ぎ捨てられた衣装であった。
「敵ながら天晴だ」
賛辞を送り、戦士が立ち去る。
とどめを刺さないのは、刺す理由が無いからだろう。
配管を辿ればシルクハットはまたマナリンクを結べるかもしれない。
しかし、配管は、床下や天井裏と同じく『試合会場の内外』が『グレー』なもの。意図して利用することは『黒』となる。
ダメージは甚大。神秘は尽きた。
しかし敵は一掃された。
あとは、『宝物』を回収し、自陣の宝物庫へ納入するだけだ。
『――け』
『ッ決着ぅううう!!』
審査員が声を上げた。
ブラスさんが目を伏せ、観客は立ちあがって腕を振る。
特に普見教団の信徒たちは涙を流して喜び、神官たちの健闘を称えていた。
「すごい戦いだった……」
私は、ほあー、と息を吐く。
胸にあるのは、溢れんばかりの尊敬の念。
それは全選手二十名それぞれに対してのものだ。
全員が必死だった。
時に決死の覚悟まで見せた。
私には、その知略と覚悟、戦いに挑んだ在り方全てが輝いて見えたのだ。
会場は拍手の音が鳴りやまない。
足を引きずるようにして進むベルナッド選手がモニターに大映しになっている。
モニターの端では、倒れてしまった選手一人一人が順に映し出されていた。
一人一人。
本当に丁寧に、選手紹介されていく。
普見神チームの選手は経歴や現職、得意な武器や授かった神秘など。
真鍮脳チームはマキニスさんたちのスペックや内蔵魔道具、加えて、開発に関わった職人たちの名前まで挙げられている。
素晴らしい結末だった。
これは『パノプテック』と、それを活かした『パノプティコン計画』の評価に大きく加点されるだろう。
もちろん丸ごと採用されるなんてことはないだろうけれど、これから始まるであろう統治者選挙で普見神がかなり優位になるはずだ。
健全なるクーデター。
この品評試合は、永遠とも思える真鍮脳による統治に、より良い変化を齎す世代交代があるのだと示した。
時に永遠とは停止を指すが、この国の永遠とは、永い発展と成長を指すのだと。
ああ、なんて御都合主義。
――でも、私はもっと都合の良い結末が見たい。
息を吸う。
私には必要のない呼吸を、意図的に引き起こす。
声量控えめな私は、喉が焼けるほどの全力でなければ響かせられないから。
『裏技』は破られた。
だから、二つ目の『裏技』を。
「エルフちゃーーーんっ!!
頑張れぇーーーッ!!!」
声が、響き渡る。
万雷の拍手を、喝采を掻き分けて。
場違いで見当違いな言葉が、未だ紹介されない選手の名を呼ぶ。
同時に。
大映しのモニターで、ベルナッド選手が突然振り返った。
「失礼致します」
そこには。
2.5頭身の、とっても愛らしい美少女メイドが立っていた。
「――ッ!」
振り返りざまに放たれた拳が、エルフちゃんの長い耳を掠めた。
小さな掌が添えられ、それだけでベルナッド選手の拳が逸らされる。
そして、受け流されていく。
「『微・発勁』――プラス『停滞』」
「ぐ――」
ベルナッド選手が体勢を崩すが、受け身が取れない。
防御すらも遅い。
衣服に染み込んだ水が、『停滞』により動きを阻害しているのがわかる。
『巨躯なる神秘』を使えば振り解ける。
さっきから使い過ぎているが、後一度、無理にでも発動すれば――
「――ッ」
「『電気ショック』」
電撃が迸り、ベルナッド選手が思考ごと硬直する。
宝物庫に最短で向かうために未使用の罠が残っているエリアに踏み込んだ弊害が出た。
それを後悔し、リカバリーする暇はない。
「『ラビット・フット』」
バキッ!
と、小気味よい音共にベルナッド選手の顎先が蹴り抜かれた。
ベルナッド選手の瞳と脳がぶれる。
そして――、
彼は意識を失い、そのまま倒れ込んだのだった。
「……以上、『全武装解放版家政婦式護身術』でした」
愛らしいメイドが、スカートの裾を持ち上げてぺこりと頭を下げる。
その後ろに、倒れ伏した最強の神官戦士を添えて。
――そうそう、これこれ。
これこそが『御都合主義』。
エルフちゃんが私から取り上げて会場のステージに持って行った『デフォルマキオン・エルフちゃん』。
それは、そのまま持ち去られ、試合会場の隅っこに置かれていた。
それが『大海嘯』によりエリア全域に広がった水を介してエルフちゃん本体と繋がり、動けない本体に代わって動き出したのだ。
広がった水をいつまでも消えないように維持していた理由が、エルフちゃんのマナリンク維持のため。
そして何度も『大海嘯』を起こしたのは、パノプテックの角度をこっそり弄って死角を作り出すため。
ドワーフくんの『仕込み』は、この時のためにあったのだ。
『クロエ様の言う通り、裏技は二つ必要でした。
さすがの慧眼ですね』
「えっへへー」
そう言って微笑むブラスさんに、私は照れ笑いを返す。
慧眼は知恵の瞳。
神秘によらない私の知恵。
それを示せて、謙遜より知恵の神官としての嬉しさが勝ってしまった。
そうして、
観客全員があまりの出来事に口を開けて固まったままの中、エルフちゃんはベルナッド選手から回収した『宝物』を宝物庫へと運び終えた。
二度目のファンファーレと、『0対3』、そして『試合終了!』の文字。
ド派手な祝福の音楽が、無音の会場にけたたましく響き渡る。
私は一人、凍り付いた会場の中で拍手を送ったのだった。




