17. パノプティ
パノプテックについての基本スペックをおさらいしよう。
大元はただのカメラだ。
そこに『普見の神秘』を組み込んだものが『パノプテック』であり、普見カメラと称される。
機能は大元通りの『撮影機能』に、神秘によるプラスアルファが施されたもの。
視野拡大や障害透過。視覚域拡大なども含む。
つまり、人の目には見えないものも見える。
魔法や神秘、あるいは直接的に神々を視認できるようにもなるはずだ。
ちょうど今の私(と言うかアヴィちゃん)のように。
「何かが見えている……」
それは最初に考えた。
でも、ブラスさんが観客にも審査員にも見えない何かを使うとは思えなかった。
品評試合として、せめて審査員には見えなきゃまずいだろう。
だから『見えない何かがある』という可能性は低いと見たのだけれど……。
でももしブラスさんにさえ見えていないものがあの三人に見えているのなら。
「未来か、幻影……」
ビジョン。
たぶん隣界語。
慌てて記憶を漁ってみたら、神様や商人さんが何度か『今後の展望』みたいな意味合いで使っていた。
「俺にはビジョンが見えてる」とか「具体的なビジョンがない」とか。
不確かで目に見えない何か。それをビジョンと言うのだろうか。
そうなら『未来』も『幻影』も等しくビジョンと呼べる、かも知れない。
問題は、そんなものさえパノプテックが見れるのか、ということ。
可能性さえ可視化し見通すことが出来るのなら、それは透視や千里眼なんて比にならないほど強力な機能だ。
わくわくした。
もし、そんな能力をここまで隠していたのなら、本当に真鍮脳の戦略を上回ることができるんじゃないかって。
「ありゃあ水流操作だな。
こんなことまで出来るのかよ……ッ!」
ハンブルク選手が両目を開いて、すぐに顔を歪める。
それだけで『睥睨』が利かなかったのがわかる。
改めてモニターに映し出されたウィンディーネさんのスペックを確認する。
水の精霊モデル。魚人種に似た姿を持ち、耳や腰にヒレ、手足に水搔きを持つ、持たざる者ベースのマキニスさん。
特質すべきは下半身を鱗状の魔道具で包み込む『人魚形態』で、これは『水流操作』の魔道具である。
空気と違い液体は物質としての性質が色濃く、魔力も浸透しにくい。そのため、『水流操作』の魔道具であろうと操るのは難しく、範囲もかなり狭くなる。
それをサポートするのが『放水の魔道具』だ。
これはウィンディーネさんの魔力で水を作り放つ魔道具で、生み出された水は必然的にウィンディーネさんの魔力が通っている。
つまり、最もウィンディーネさんの『水流操作』でコントロールしやすい水なのである。
「だからって、これはあまりにあまりだろう……ッ!」
アマンニ選手が、切り札である『凍結の魔鏃』を放った。
しかしそれは空を切り、迷宮の壁を越えてどこかへと飛んでいってしまう。
水流。
それを操り、『海龍』を創り出す。
ウィンディーネ・ウェンディーグの『切り札』だ。
ただ、その切り札は、モニターには映らない。
私にも、観客や審査員にも、そしてブラスさんにさえも、見えていない。
操っている本人にすら見えない『海龍』が、普見神チームの三人を襲っていた。
『どっ、どういうことでしょう……?』
困惑した審査員が言う。
実況・解説どころじゃない。
誰の目から見ても、普見神チームの三人は何もないところで大立ち回りしているようにしか見えなかったのだから。
『クロエ様はどう思いますか?』
「えっ!?」
突然ブラスさんに話を振られた。
ブラスさんの視線だけでなく、会場中の目が私に向くのが感じられる。
あっ、モニターに私が映ってる! カメラとマイクまで向けられてる……ッ!?
「え、えーっと……」
ちょっと待って欲しい。
表層意識は完全に試合観戦者になっていたので、深層意識を引っ張って来なければ。
深層意識……つまり無意識は、直感的な理解と解釈に向くけれど、なにせ無意識なので言語化して出力するのにはちょっと時間が掛かるのだ。
でも、これは自分にとっても良いタイミングだった。
状況の整理だけでなく、『理屈』を度外視した視野を自己確認できる。
もう一度、今度は私の全てを費やして、現状を整理しよう。
「あれは――『幻覚』です」
三人は、『存在しないものを見た気になっている』だけ。
今ある情報の中では、その結論が妥当だ。
パノプテックで不可視を視認したのなら、その対象をブラスさんが認識していないのはおかしい。
それに三人が口にした『水流操作で生み出した海龍』が実在するとして、それが不可視である理由が不明。
更に言えば『海龍』が暴れているはずなのに三人も周囲も全く濡れていないし、破壊もされていない。
総合的に考えて、『海龍など存在しない』と見るのが一番妥当だろう。
「幻覚の切っ掛けは、たぶん、アルラウネさんだと思います。
例の『フレグランス』の説明にあった『鎮静効果』は、精神に影響を与えうると予想できます。
私は薬師見習いですから、その手の『薬』には覚えがありますしね」
花粉や香水など『媒体』が複数存在するのは、効果も複数存在するからだろう。
有毒ガスの中和と精神の安定化がセットになっているわけじゃない。それぞれの効果を持つ媒体を内蔵しているだけ。
ここからはただの想像だけど、その内蔵している幾つかの原料の中に、『幻覚作用』を持つものが含まれているのだろう。
『だ、だとしても! 一体いつ!?』
『メイヤ選手の『烈風』は『芳香』を完全に吹き飛ばしていました!
前衛のハンブルク選手だけならまだしも、三人が三人とも幻覚作用を受けるようなシーンは無かったと思われますが!?』
ブラスさんの後ろから、審査員たちが前のめりに質問を飛ばしてきた。
その勢いにちょっと気圧されつつ、笑顔で誤魔化して予想を続ける。
「いつ、と言うのなら、『停滞×発勁』の直後だと予想します」
そこ以外は私には考えられなかった。
だけど、審査員と観客たちはそれすら考えられないらしく、「は?」という顔をしていた。
「えーっと、覚えてませんか? ハンブルク選手がダオラン選手との連携で言った言葉を。
停滞した空気の壁をダオラン選手が蹴破って、暴風が吹き荒れたあと、ハンブルク選手は『風穴が空いた』と言ったんです」
風穴。
この場合は、大気が爆散した後に残った『真空』を指す。
それは周囲の大気を吸い込み、ハンブルク選手は空気と一緒に吸い込まれることで一気に加速した。
「『停滞×発勁』でも、『風穴』は空いていたんです。
余りにも大きくて、周囲一帯の空気を引き寄せるだけの大きな穴が」
それはきっと、アルラウネさんの元にも届いていた。
そしてそこに、『幻覚の芳香』を乗せていた。
こんなものは推理とは呼べない。
ただの消去法。
でも、行き着いてしまえば他の全てのピースが噛み合うのだ。
「アルラウネさんが単身で三人に挑んだのは、あの場でなるべく足止めし、『芳香』を吸い込んでもらうためでしょう。
幻覚なんて強力な効果を一気に吸い込ませてはブラスさんの『無傷制圧』に支障が出るかも知れませんから、きっと弱い薬を長時間吸い込ませることで『過剰摂取』を回避したんだと思います。
これは想像ですが、花や樹液はブラフで、あの長く息を吐く喋り方が『芳香』だったんじゃないかと思います。あれなら凍結後も自然に周囲に放出し続けられますし、任意でいつでもストップできます。マキニスさんには本来、呼吸は必要ないはずですから」
……合ってるかな?
ちらっとブラスさんを見ると、ゆっくり瞬きをしていた。玉座の間でも見せてくれた『首肯』の代替アクションだ。
ちょっとホッとしつつ、解説を続ける。
「幻覚は脳が見せる幻。普見神チームの『目』がいくら良くても無意味です。
それどころか普見神チームは目に絶対の自信があるからこそ、『幻覚』を疑えない。
先程審査員の方も言っていましたが、『猜疑心が必要ない』なんて性質を持つほどに盲信しているのですから」
見たものを疑わない普見神の信徒にとって、幻覚は天敵だ。
なまじ『どんな幻も見破れる』なんて謳っていただけに、惑わされる可能性にさえ思い至らないだろう。
実際には『目』と『脳』は全くの別物なのに、そこがすっぽりと抜け落ちている。
これぞ『盲点』だと、きっと神様は言うだろう。
あとは単純。
誰かが見た幻覚を、メイヤ選手の『心通眼の神秘』が共有してしまう。
三人ともが同じものを見ていると勘違いし、それ故にますます事実に気付けない。
「と言うわけで、今あの三人は、幻と戦っているのだと予想します。
見て下さい。別行動中のベルナッド選手たちも足を止めて何か話しています。きっとアマンニ選手たちの異常をパノプテック越しに見ているんじゃないかと」
私がそう言うと、モニターではベルナッド選手たちが大映しになった。
同時に流れ出した三人の会話音声は、予想通りアマンニ選手たちを心配する内容だった。
様子を見に行くか捨て置くかで揉めている。
『――大正解です、クロエ様』
にっこりと笑顔を作るブラスさん。
限界まで細めた目の奥できらめくカメラのレンズがちょっと怖い。
そんなギラギラに闘志を滾らせなくても、私には真鍮脳の戦略を上回れるだけの知略はありませんって。
でも、やったぁ! 正解だ!
だいぶついてけない感があったから、意外と追いすがれていたのが素直に嬉しい!
『幻覚を見せているのは、有毒ガス『アイヴィアル664』の中和用媒体『ヘクロタム・コリカ』です。
元となる魔法草『ヘクロタム』は、僅かながら幻覚作用を持ちます。
これを濃縮し、魔道具により効果を強めて散布したのが『幻惑の芳香』です』
滔々と説明するブラスさん。
その背後のモニターにも『フレアグラス・フレグランス』の説明が映されていた。
『flare glasses fragrance』……どういう意味だろう。
軽く言っているけど、ヘクロタムはかつて黒魔術に用いられた強力な『幻覚の魔法草』だ。
黒魔術では『幻覚』を『幻想』と呼び、それを新たな魔法の源泉にしたという。授業ではあえてやらなかった、『禁断の発想法』である。
今のヘクロタムは全然幻覚見ないらしいので大した問題は無いらしいけれど。
たしか、ヘクロタムばかり食べた草食獣がちょっと様子がおかしくなる程度、だったかな?
更に言えばヘクロタムの幻覚作用は有鱗種には効かないはず。
ハンブルク選手が幻覚を見ていたのは、『心通眼』で共有した情報を幻視していたのだろう。
この辺は『意思共有の魔法』にも同じリスクがありそうなので、あとでフィアンマさんにも共有しておきたい。
『――さ、流石! 『黒檀の魔女』ぉ!』
「えっ」
ついゲームのことを忘れてブラスさんの話を聞いていたら、突然審査員の一人が声を上げた。
な、なんの話?
『審査員の誰も気付けなかった戦略を、易々と看破してみせた!
さすが安全神話の立役者! 『黒檀の魔女』の名は伊達ではありませんッ!』
あ、その話か。
もうすっかり終わったつもりになっていた。
審査員の煽りに乗って、観客席のボルテージも跳ね上がる。
う、うーん……。嬉しいけど、その数倍は恥ずかしい。
神様の言う通り、ファンサの一つでも覚えておけば良かったかな?
「さすが『見る目ある者』!」
「さすがですなぁー!」
「ですぞー!!」
なぜか普見教団側も大盛り上がりだ。
えっと、……なんで?
とりあえず手でも振っておこう。
って、よく見たら私が取り押さえたことある人たち!
なおさらなんで!?
そうして。
会場が盛り上がっている内に、モニターの中で三人は同時に倒れ込んでいた。
どうやら幻に大技でも受けたらしい。
あれだけ派手で格好良い大立ち回りを繰り広げた戦士たちは、最後には成す術もなく自滅したのだった。
これで、戦局はまた傾いた。
残り選手は普見神チーム3名、真鍮脳チーム4名。
数的優位はまだ真鍮脳側にある。
しかし、その優位は今この瞬間にも吹き飛びかけていた。
『ああーっと! ホビット選手、追い込まれているーッ!?』
審査員が叫ぶ。
モニターの中では、ホビットちゃんが迷宮内を疾走していた。
追いかけるのは普見神チーム最後の三人。
ベルナッド・アーキュラス選手。
キンドルフ選手。
ビロウ選手。
審査員曰く、普見神チームの主力。
とはいえ、そう簡単にホビットちゃんは捕まらない。
迷宮を俯瞰するカメラとブラスさんの演算能力、そしてホビットちゃん自身の走力が有るからだ。
跳ねるように走るホビットちゃんの走法は、クーシーくんの『発勁』と似ている。
魔力消費が極端に少ない『衝撃の魔道具』は、攻撃用でないならクーシーくん以上に長持ちするだろう。
それ以外に何も持たないホビットちゃんだからこそ、開幕から今まで逃げ続けていられるのだ。
だが、ホビットちゃんは追い付かれた。
主力チームが速いんじゃない。
ホビットちゃんが遅いのでもない。
ただ、双方の相性の問題だ。
「悪いねぇ、ウサギさん」
穏やかそうな初老の男性――キンドルフ選手が呟き、片目を閉じてウィンクする。
その瞬間、ホビットちゃんの目の前には『鉄の壁』が出現し、逃走を阻む。
ホビットちゃんは大慌てで目の前の壁を蹴り、空中で身を捻ってターンした。
『危うし、ホビット選手ー!』
『即時ターンで引き返して逃げ続けてはいますが、ターンのたびに普見神主力部隊との距離が縮んでいくぅ!』
危うい、どころじゃない。
これはもう逃げきれないだろう。
キンドルフ選手の持つ『鉄壁の神秘』は、その名と見た映像の通り、『鉄の壁』を出現させる神秘だ。
持続時間は短いが強度は抜群。
あまり大きな壁を連続で生み出すことは出来ないらしいが、それでも確実にホビットちゃんを追い込んでいく。
『ホビット選手も逃げながらなんとか他味方選手と合流しようとしますが、それをビロウ選手が許さない!
彼女の『慧眼の神秘』が真鍮脳の思惑を看破し、ホビット選手を孤立させたまま追い込んでいきます!』
『焦って壁を飛び越えようものなら、ベルナッド選手の『巨躯なる神秘』で捕まるぞぉ!
既にそれだけ距離を詰められてるっつー事実! 普見神チーム主力部隊は連携にも全く隙がなぁぁあい!』
審査員の実況に熱がこもるほどに、観客たちも熱を上げる。
「キンドルフ。次はここだ」
「はいよ、っと」
ビロウ選手がキンドルフ選手が広げた地図に指をさす。
それを受けたキンドルフ選手は再び片目を閉じ、『鉄の壁』を出現させる。
策謀に長けた『慧眼の神秘』は、試合が長引くほどに脅威となる。
物事の真相を見抜くその洞察力は、情報が増えるほどに鋭さを増していくのだ。
ベルナッド選手が『入り子宝箱』を慎重に解体している間、他の二人は何もせずに待っていたわけじゃない。
常に戦場を見つめ続け、マキニスさんたちの動きを観察し続けていたのだ。
各機体の速力。内臓魔道具と所持魔道具。各地に設置された魔道具。
そうして積み上がった情報が、今、ホビットちゃんを追い詰めている。
「無理無理無理ッぴょーぉん!」
大騒ぎするホビットちゃん。
その涙でぐしゃぐしゃな顔が、『鉄の壁』にぶつかった。
『追い込んだぁ! 袋小路だぁーッ!』
徹底的な進路妨害と分断により、とうとうホビットちゃんが追い詰められる。
左右に壁、正面には『鉄の壁』、後ろには追い付いた主力チーム。
「手古摺らせてくれたな」
ベルナッド選手が前に出る。
全身を覆うローブでは覆い隠せないほどに筋骨隆々な大男。
小人モデルのホビットちゃんと向き合うと、その体躯がいっそう大きく見えた。
ベルナッド選手の言葉は、ホビットちゃん自身ではなく、ホビットちゃんを通してブラスさんへと向けた言葉だろう。
ドワーフくんが『入れ子宝箱』に封印した『宝物』を回収した後、普見神主力チームは『宝物』を持ち帰ろうと移動していた。
それが今の今まで叶わなかったのは、ヒューマンちゃんとシルキーちゃんがトラップを仕掛けて回っていたからだ。
主力チームとまともにやり合わず、確実に足止めする。
それなら戦闘力で大きく劣る二人でも時間稼ぎができる。
あえて行きではなく帰りを狙ったのは、『宝物』の存在が足枷になるからだ。
『宝物』は勝利条件そのもの。
意図的に破壊することはゲームの敗北を意味し、たとえ意図せず破損させたとしても大きなペナルティが入る。
だからマキニスさんたちは『見え見えの罠』を配置し、「強引に突破しようとすれば『宝物』に被害が出るかもしれない」という圧を掛けて主力チームに遠回りを強いていた。
しかしその結果、ホビットちゃんが狙われることになる。
ほとんど奇襲だ。
アマンニ選手たちが倒れ、その場に真鍮脳チームの『宝物』が置き去りになっていた。
にもかかわらず、主力チームはそっちの浮いた『宝物』よりホビットちゃんの『宝物』を狙ったのだ。
罠も、主力チームの帰路を塞ぐばかりでホビットちゃんへの進行経路まではカバーしていなかった。
それもあってあっと言う間にホビットちゃんに接近した主力チームは、例の『鉄の壁』でホビットちゃんを追い詰めていったのだ。
『ホビット選手、さすがに詰んだか? それともこの窮地も抜け出せるのか!?』
「こうなったらやってやるっぴょぉーん!」
審査員の実況に合わせるように、半泣きのホビットちゃんが精いっぱいの『足ダン(スタンピング)』で威嚇する。
もちろんそんなもので主力チームは動じない。
山のような大男、ベルナッド選手が飛び掛かり、その脇を女騎士然としたビロウ選手が追走する。
「行くっぴょおん!」
跳躍。
ベルナッド選手の顔面目掛けて飛び掛かる決死のホビットちゃん。
脳裏に過るのはボ・マオ選手を一撃で沈めたドロップキックだ。
「ブラフだ」
しかしビロウ選手は短く言い放つ。
なにが、なんて考える暇もなかった。
その言葉とほとんど同時に、ホビットちゃんが自分の『宝物』を蹴っ飛ばしたのだった。
思えば、真鍮脳チームの『宝物』は全て箱に入れていた。
視界を遮ることが出来ない以上、攪乱効果はない。だとすれば、ただの『宝物』を保護するための箱だったのだろう。
そしてその保護容器が、ここに来て効果を発揮し、『宝物』単身での壁越え戦線離脱を可能にした。
だが、それは失敗に終わる。
『巨躯なる神秘』。
文字通り自分の身体を巨大化させる神秘。
伸ばした手が『鉄の壁』の向こうへと飛んでいく『宝物』を掴み取る。
その隙を狙ってベルナッド選手の顎を蹴り上げようとするホビットちゃん。
しかし悪戯ウサギの眼前に『鉄の柱』が生え、二度目の顔面強打に見舞われた。
「最後まで油断ならないな」
そう溜息混じりに呟いて、ビロウ選手がレイピアを抜いた。
しなる細剣がホビット選手の両足を斬り飛ばす。
ホビットちゃん愛用のウサギの着ぐるみの両足、『跳躍の魔道具』を。
そして最後に、ホビットちゃんのうさ耳を引っ掴んだ。
ぐったりしたホビットちゃんは、抵抗できないまま捕らえられてしまうのだった。
『決着ッ! 決着です!』
『ここは大番狂わせもなく、普見神主力部隊がその圧倒的実力差を見せ付けました!』
湧き上がる観客席。
特に今まで予想外の反撃を受け続けてきた普見教団が爆発的な歓声を上げている。
本来であれば当然の結果だが、真鍮脳はここまで常に番狂わせを見せてきた。
ようやく普見教団が誇る神官戦士たちの面目躍如といったところなのだろう。
そもそもここまで渡り合えていること自体が大金星なのだ。
少なくとも下馬評通りなら3対3になること自体考えられなかった。
それでもここまで食い下がり、そしてようやく敗北らしい敗北を喫した真鍮脳チーム。
しかし、さっきの『幻惑の芳香』があるだけに、まだ期待してしまう。
逆転の一手を。
「あと一つ!」
ベルナッド選手が吼える。
元から大きかった身体は、神秘を開帳した今、ゆうに身長4mは超えていた。
その巨体で、ダオラン選手のように壁を蹴破った。
ホビットちゃんを追いかけるうちに、主力チームはトラップゾーンを大きく外れている。
あとは真っすぐ自陣に帰るだけでトラップゾーンを丸ごと迂回できてしまうだろう。
更に最悪なのが、帰路の途中に最後の『宝物』があるということ。
今にして思えば、ウィンディーネさんがアマンニ選手たちに向かって移動していたのは、『宝物』を回収するためだったのだろう。
ただ、例の鈍足のせいで、間に合うかが微妙だ。
間に合ったとして『放水の魔道具』が設置されている場所からは離れている。手持ちが幾つかあったとして、『人魚形態』を出せるかどうか……。
「まじだる」
ぼそっと声が聞こえた。
モニターには、リボンとチェーンでゴテゴテに着飾ったミニスカドレスの女の子。
レンガを括りつけたかのような超極厚底ブーツで壁を飛び越えた。
あれは、間違いなくヒューマンちゃんだ。
相変わらずのダウナー発言ながらも、仕事はきっちりこなす有能タイプ。
今も壁の上を凄まじい勢いで走っている。
『一歩遅かったが、ここでヒューマン選手が到着ぅ!
しかし非戦闘員で罠特化の彼女が太刀打ちできる相手じゃないぞぉー!?』
審査員が拳を握って実況するが、言葉とは裏腹に期待の感情が漏れていた。
観客席も同様にざわつき、そして一部からは「マインちゃーん!」の声が飛ぶ。
「無視するか?」
「いや、何か企んでいる気配だ」
歩を進めようとするベルナッド選手を制止し、走ってきたヒューマンちゃんと向き合うビロウ選手。
隣のキンドルフ選手が「分かれるかい?」と問うも、ビロウ選手はそれにも首を振った。
「――なんだ、この気配は」
不穏な空気が流れる。
ビロウ選手は『慧眼の神秘』を有している。
おそらく今も使っているのだろう。
真相を見抜く神秘は、今目の前にいるヒューマンちゃんの企みを全て見通すはず。
なのに、ビロウ選手は固まっていた。
「もしかして、――情報過多?」
なんとなく感じたことを口にする。
その瞬間、審査員がみんなこっちに振り向いた。
『『黒檀の魔女』様! 今なんと? もしやビロウ選手の硬直に心当たりが!?』
「えっ、あの、はいっ」
ビックリした。
ゲームに集中し過ぎて聞こえてなかったけど、もしかして審査員たちでも原因不明だったのかな。
それで私が適当なことを言ったから衆目を集めてしまったっぽい?
……審査員と観客席から上がる感嘆の声を聞くに、合ってるっぽい。
『どういうことでしょうか!?
キャパオーバーとは!? いったいどんな現象なんですか!?』
ぐ、グイグイ来る……!
ちょっと怖いし恥ずかしいけど、不用意に発言した私のせいだ。
頑張って答えよう。それで、もう独り言言わないようにしよう。
「『キャパオーバー』とは隣界語の『容量超過』の略です。
この場合は、『慧眼の神秘』で得られた情報があまりに膨大過ぎてビロウ選手の脳では処理しきれなくなったんじゃないか、という予想です」
なんとか噛み砕いて説明を試みる。
人の脳は処理速度や記憶容量に限界がある。
いくら『慧眼の神秘』で真相を見抜いたとしても、その真相という名の情報がビロウ選手の脳に入りきらないほど膨大であればどうなるか……。
『キャパオーバー』は、元々は私がブラスさんと出会った時に起こしていた現象だ。
なぜか『意思疎通の魔法』が通じにくいブラスさんたち。その理由をあれこれ考えた結果、『読み取った意思が多すぎる』という結論に至った。
尋常じゃない超高速並列思考を常時展開しているブラスさんは、無数の意思を同時に有しているのと同じ状態らしく、それをそのまま『意思疎通の魔法』で読み取ると情報過多につきノイズが酷くなる、って感じ。
「本来『真相』が脳容量をオーバーするなんてことは起こりえません。
ですが、今ビロウ選手は、ヒューマンちゃっ……選手に、直接『慧眼』を使ってしまいました。
そうなるとヒューマン選手を通してブレイズン・ブレインズの企み全てを看破することになり、神造知能が処理し続けている膨大な情報量と間接的にアクセスした結果、脳の処理異常が起きたのではないかと」
うう。
自分で説明しておいてなんだけど、わかりにくい。
そもそも在界には情報処理なんて言葉が広まっていないのだ。
そういうのは大きな国の立派な官僚くらいしかやってない。
案の定、審査員も観客もぽかんとして、ごく一部の人だけ眉間に皺を寄せて必死に理解しようと足掻いている。
「えーっと、ですね。ヒューマンちゃんはブラスさんと、ブラスさんは国中の機械と繋がっていますよね?
目が数万、耳が数千、手足が数百。すべて同時に操作中です。
それは、例えるなら、ベイベロニア国民全員を相手に『慧眼』を使ったようなものなんですよ」
人差し指をゆらゆらと揺らしながら言葉を紡ぐ。
『慧眼』で企みを看破する、と言うのは簡単だが、実際に『どの程度の企みを看破するのか』は問題だ。
夕飯の献立。
明日の予定。
今後の計画。
未来の展望。
千年の野望。
何を企みとし、何処までを看破するのか。
慧眼の視野と視力の問題は、当の本人にしかわからない。
ただし、想像に難くない。
迷宮の地図と同じだ。
いや、それの何千倍も複雑で立体的で変動し続ける地図だろうか。
そんなもの、誰が一目で理解できると言うのだろう。
神の目を借りただけの、人の身でありながら。
「なので、ビロウ選手の脳は『慧眼』を使った時点で破裂確定。
でしたが、見た感じそうなってはいないので、『普見神の加護』で脳が破裂しないレベルまで情報量が制限されているんだと思います。
でもそのせいで『企みが大量にある』というところで『慧眼』が止まってしまったんです」
仕方ないのでちょっと言い方を変えてみる。
例えは適当だけど、なんとなく理解できればそれで良い。
あと後半はただの予想だ。
『つまり――『大量の企みがある』というのだけは知ってしまったから迂闊に動けなくなった?』
「あ、そうです! そんな感じです!」
通じたっぽい!
眉間に皺をよせていた審査員の何人かが『情報の咀嚼』を始めていた。
「あまりに情報が曖昧過ぎるから、今も必死に『慧眼』で見抜こうとしているんじゃないですかね?
ほら、どんどん顔色が悪くなってます!」
モニターに映るビロウ選手は、凛とした女騎士で、すごい美人さんだ。
でもその顔がさっきまでと明らかに違い、苦悶の表情を浮かべている。
「ビロウ君――」
「動くなキンドルフ! こいつ、なにかおかしい……ッ!」
事態を飲み込めないキンドルフ選手を語気強めに制止する。
ビロウ選手は明らかに狼狽していた。
ヒューマンちゃんは何もしていないのに。
『なるほどぉ! 黒檀の魔女様の解説のおかげでわかってきました!
これはつまり、『信仰心』が試されているのです!』
「え?」
そうなの?
なんで?
あとなんで様付?
『ビロウ選手は『慧眼の神秘』で企みを看破しようとしました。
しかしそれは、結果的に失敗したわけです。
その原因は魔女様が解説して下さった通り『ビロウ選手の脳容量の問題』だと思われますが、ビロウ選手本人はそれに気付けていません』
『つまりビロウ選手視点では『慧眼の神秘』が通じないという事実しか認識できないわけです!
普通に考えれば『神秘が破られた』としか考えられませんが、しかしそれを認めることは己が神の敗北を認めるということ!
そう簡単に受け入れられるものではありません!』
『完全に足を止めてまで看破を試みているのも、『慧眼』による看破を完遂し、信仰を守るためだと思われます』
……なるほど。
アマンニ選手たちが幻覚を疑えないのを『神秘』を盲信するが故の弱点だと思っていたけれど、『神秘』を疑うこと自体が信徒にとっての致命的な弱点なんだ。
神を信じることが信仰ならば、神を疑うことは信仰の喪失と同義。
私は『知恵の神』の信徒なので疑うことも信仰のうちだけれど、普通はそうじゃないのだ。
神意を理解するのは熱心な信徒であっても難しい。
ビロウ選手が『慧眼の神秘』で看破できないことを神ではなく自分のせいだと認識することもそう。
更に、情報が曖昧なのは普見神の配慮、というところまで理解できるかと言えば、無理な話だろう。
私だって『意思疎通の魔法』の不調が『キャパオーバー』だと気付いたのは二日目の朝だ。
それを『意思疎通の魔法』を弱めにすることで解決したのが同日昼ごろ。つまり丸一日悩んだことになる。
私の発想力基準なので不正確だけど、ビロウ選手も今この場で原因と解決策を思い付くのは難しいはず。
どの神も信徒に『権能』の全てを預けたりしない。
だから『神秘』に不足が生じたとして、イコール『神の力不足』ではない。
そこを履き違えてしまうと、ビロウ選手のような心理的窮地に陥ってしまうのだ。
「おいビロウ! 何でも良いから早くしろ!」
ベルナッド選手が叫ぶ。
よく見ればこちらの顔色も良くない。
たぶん神秘を使いっぱなしにしているからだろう。
神を信仰するが故に神秘を軽く扱えない。それもまた信徒ゆえの弱点だ。
これ以上もたつけば、ベルナッド選手は『神秘』を解除して休まねばならず、ウィンディーネさんは『宝物』を回収する。
更にはシルキーちゃんの合流ももうすぐだ。
それがわかっているからか、ヒューマンちゃんは全力で駆け抜けて、ビロウ選手の隣で仁王立ちする。
威風堂々。
ちょっと乱れたリボンと髪を整えながら、いつもの半目でニッと笑う。
「はいはーい、顔出しNGでーす。よろ」
と、ヒューマンちゃんが片手のひらで両目を隠す。
その指示を受けて、モニターの映像が別方向へ向いてしまった。
ちょうどヒューマンちゃんの鼻から上が映らないよう、下向きに。
「ッ……何をする気だ!」
ビロウ選手の警戒度が跳ね上がる。
それはそうだろう。ただでさえ『慧眼』が見通せない『計略』に狼狽えているのに、目の前で敵が怪しげな行動をとっているのだから。
師匠の『意思不通の呪い』と同じだ。
意思が読み取れない行動は、読み解こうと足掻くほどに混乱と恐怖を生む。
だから、選択を誤った。
視覚情報が多いのなら目を細めれば良かったのに。
ビロウ選手は、より鮮明に見つめようとして目を見開いてしまった。
「神よ! 『慧眼』を我が眼にッ!」
叫び、ローブから取り出したのは、パノプテックの操作端末。
『慧眼』で足りないのなら、更に『眼』を増やす。
それが『百の目を持つ巨神』の信徒として、信仰を捨てずに取れる選択肢。
――そんなもの、真鍮脳が先読みできないわけがないのに。
「が――……ッ!?」
ビロウ選手が硬直し、視線が泳ぐ。
その様子を見て、ヒューマンちゃんは笑う。
何かが起こった。それだけを察したキンドルフ選手が、倒れそうになったビロウ選手を背後から支えた。
「なに、を……ッ」
「んー?」
わなわなと唇を震わせるビロウ選手。
対するヒューマンちゃんの口元は、にやにやと歪んでいた。
「そっちのハンブルク・ゼンブルクス選手の『睥睨』と同じだよ。
あーしもさぁ、普段は目ぇ合わせないよーに半目で過ごしてんの。
わかるぅ? 世の中にはさぁ、『見ちゃいけないもん』ってのがあるって、こ・と♪」
にぃ、と、ヒューマンちゃんの笑みが濃くなる。
きっとカメラに映らないところで、ヒューマンちゃんは双眸を見開いているのだろう。
キンドルフ選手が顔ごと目を逸らし、動けなくなったままのビロウ選手の目を手で覆っていた。
気付けば、モニター端にいつも通りにマキニスのスペックが映し出されている。
ヒューマン・ヒューマイン。隣界人モデル。
機密情報保護特化マキニス。
その最大の特徴は、もしもの時に機密ごと焼き尽くす自爆プログラムであり、そしてその手前に配された侵入者を焼き尽くす『ファイアウォール』こそが彼女の代名詞。
曰く、踏み込めば火傷じゃ済まない『地雷女』と。
「『深遠を覗く時』――ってのは古いか。んじゃま、シンプルに。
――ジロジロ見てんじゃねーよっ、えっち!」
カメラの位置が戻り、悪戯っぽい煽り顔で「あっかんべー」するヒューマンちゃんが大写しになった。
ファンサでウィンク付きだ。めっちゃ可愛い。
当然会場も爆発的に沸き上がったのだった。
『なんとなんとぉ! 一番の罠は『自分自身』だったヒューマン選手ぅ!』
『見ることに特化したパノプテックを逆利用した、情報の逆流!
一体何を見せたら歴戦の猛者が眩暈を起こすんだぁーっ!?』
盛り上がる会場の空気をよそに、私はモニターを見つめていた。
ヒューマンちゃんの両目、魔道具『アイズ・アビス』。
内容は『心通眼の神秘』と同じ『視線を介した情報の共有 (アイ・コンタクト)』なのだけれど、発動条件が『ばっちり目と目が合うこと』と、かなり厳しい。
なんと言うか、神様の子らしいなぁ。
神様が昔言ってた「法治って基本カウンター狙いだから」を体現する魔道具の使い方だと思う。
私は自主的に封印しちゃったけど、『うわん』も同じ原理だし。
『ちなみに、本当に何を見せたんですか?』
『大したものではありませんよ。
私が防ぐことのできなかった『ありふれた悲劇』の数々です。
統治者として直視すべき問題ですからね、気の早い『引き継ぎ』のようなものです』
にっこり笑うブラスさん。
ありふれた悲劇って、私が警護初日で味わったギノさんの悲劇みたいなやつかな。
単体でもかなり心にくるのを纏めてぶつけたのかぁ。えぐぅ。
それでも直接的な『惨劇』の記録なんかは渡してないだろうから、温情と言える。
……言えてしまうのが、この国の怖さだ。
「キンドルフッ!!」
ブラスさんの発言で静まり返った会場に、突如ベルナッド選手の大声が響き渡った。
その声で、場の空気に飲まれていたキンドルフ選手が顔を上げる。
「その女は俺がやる! お前はビロウを連れて『宝物』を取りに行け!」
「わかった……!
彼女の目を見るなよ? ベルナッド君!」
「いいや、見る」
一度神秘を解き、元の体躯に戻ったベルナッド選手がキンドルフ選手と入れ替わる。
キンドルフ選手は崩れた壁の向こうへ。
ベルナッド選手はヒューマンちゃんの前へ。
「……そうかい。そうだよな」
忠告を跳ね退けたベルナッド選手の背中を見て、キンドルフ選手が頷いた。
そして、もう何も言わずに走り出していた。
――全て見よ。
どれだけ見たくないものでも、どんな見てはならないものであっても、向き合わなければならない。
深淵だろうが太陽だろうが、彼らは目を背けることを許されていない。
「これもまた『パノプティ』だ」
「ん? 普見の教義だっけ?」
「『普見の心得』だ」
ベルナッド選手とヒューマンちゃんが向き合う。
すぐにはぶつからず、むしろ悠長に会話まで始める二人。
ベルナッド選手はシルキーちゃんが来る前にヒューマンちゃんを倒したいだろうに、横目でカメラを確認した後、再び口を開いて話し出す。
「番人は監視を是としない。
番人は暴力を是としない。
全ては平和と安寧を守護するための『必要悪』だ」
「『監視下』って犠牲を他人に強いるのが『必要悪』だってぇ?
ちょっと自己チューすぎない?」
「そうとも。だがそれは本意ではない。
もしも誰もが健全に生きる『平和』が訪れたのならば、監視も暴力も意味を成さなくなる。
我々はいずれ『平和』を成し、その輪から外れた『唯一の犠牲者』となるのが夢なのだ」
ベルナッド選手は、真っ直ぐにヒューマンちゃんを見つめて言い切った。
平和な世界の番人とは、無用の長物でしかない。
ただ人々を見守り続け、ゆっくりと朽ちていくだけの人生。
彼らはそうなることを望んでいる。
「かっけーじゃん」
ヒューマンちゃんが微笑んだ。
さっきとは違う、嘲りも悪戯心もない、正面からの賛辞だった。
「でも、あーしらなら犠牲者は『ブレイズン・ブレインズ』ただ一機で済むんだけど?」
「同じだろうが。
我々信徒は真鍮脳にとっての『手足』に過ぎん。犠牲になるのは普見神ただ一柱のみ。
それとも『信徒(我々)』や『手足』も犠牲者に数えてみるか?」
「似たもの同士ってことね、把握」
堂々とした返しに、ヒューマンちゃんが頷く。
そう、真鍮脳と普見神は似ているのだ。
それはゲーム開始前にも言われていたことだ。
だからこそ品評試合が成り立つとも言える。
教義と法治という根本的な差異はあるが、あえてそこに目を瞑るのなら、問題は『性能差』になる。
どちらがより国を守れるのか。
どちらがよりベイベロニアに相応しいのか。
それを見定めるための試合がこの『ブレック・ブロック』である。
審査員たちは、ベルナッド選手の言葉を受けて、普見教団の在り方についても解説し始めた。
ここまでの戦いでも語られてきた普見教団の教義や、『価値観』。
何も知らなかった観客たちもこの試合を通して普見神や信徒たちの想いを理解し始めている。
最初に「犠牲もやむなし」と言ったボ・マオ選手。
しかし彼女は言葉とは裏腹に最小限のダメージでエルフちゃんを落とした。
彼ら普見教団にとっての『犠牲』とは何か。
それを、ベルナッド選手が纏めてくれた。
今は未だ払わなければならない犠牲。
監視も暴力も良しとはせず、悪と断じた上で必要とする。
そしてその悪を担うのは普見教団であり、彼らは最終的に彼らだけを犠牲者にしたいと言った。
ここで真鍮脳と普見神の違いがようやく見えてくる。
真鍮脳は理想を追い求め、今以上の犠牲や代償を決して払おうとしない。
普見神は現実を直視し、犠牲や代償を払ってでもより多くを得ようとしている。
過酷な在界では生きるだけでも大変な国や土地が多い。
そんな中で芸術や技術を高めようと思うのなら、多少の犠牲や代償は支払うべきかもしれない。
少なくとも、この国の外を知っている人たちにとっては、普見神側の現実的な提案の方がより信用できると思えるだろう。
希望とは不安だ。
真鍮脳がどこまでも無傷制圧に拘る限り、観客たちは考える。
もし、その拘りのせいで悲劇が起きたらどうするのだろう、と。
普見神チームは『悩み』を打ち明けている。
最悪の場合は『犠牲』を厭わないと明示している。
その上で必死に足掻き、戦っている。
その姿と言葉の全てが、彼らへの信用へと繋がっていくのだ。
明け透けも善し悪しだと言われていた。
今は、その透けて見える本心が観客の心に響いていた。
パパラ・ニ選手が目潰し戦法を取ったとき、普見神チームは教義を捨てて勝利を取ったと思った。
けど、裏を返せば教義より無傷制圧を、つまり犯罪者とはいえ国民の無事を優先したと言える。
事実、普見神チームはここまでの戦いでも『魔道具』などの最小限しか破壊していない。
観客席から、「がんばれ」と呟き声が聞こえてきた。
気持ちはよくわかる。
普見神チームはどうしても応援したくなってしまう。
それでも、このゲームの勝者はどちらかのみ。
普見神アルゴセウスか。
あるいは、真鍮脳ブレイズン・ブレインズか。
ベイベロニアは選ばなければならないのだ。
『理想』と『現実』の、そのどちらかを。




