↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒檀の魔女  作者: ラテオレ
ブレス・オブ・ブラス
PR
54/57

16. ビジョン


 ハンブルク選手が振り下ろしたメイスは、大きな音を立てて打ち付けられた。

 ただし、その音は水面を叩き付けた音であり、メイスはハーピーさんには届かずに減速し切っていた。


「無駄な足搔きを――ッ!」


『停滞した空気』は水に近い粘度を持ち、爆ぜた端から空気に戻る。

 弾け飛んだ勢いのまま風へと変じる『大気の水壁』は、メイスを受け止めた上でハンブルク選手を押しのけた。


 それを見たメイヤ選手がとっさに光の縄を引き、ハーピーさんを手繰り寄せようとする。

 しかし、その縄さえ『停滞した大気』に食い止められていた。


「最後の悪足搔き〰〰♪」


 ふふっ♪と悪戯っぽく笑う、ぼろぼろのハーピーさん。

 広げた両翼が生み出す全力の『停滞』は、大気を固体の域まで圧し固めていた。


 だけど――


「ダオランが居なけりゃ『それ』が通じると思ったかぁ?」


 ハンブルク選手がニヤリと笑い、細めていた双眸を見開いた。

 その眼に宿った神秘が、瞼と共に開帳される。


「――ぁ」


 カクン、とハーピーさんから力が抜けた。

 同時に『停滞』も解ける。

 その瞬間、ハンブルク選手がハーピーさんの両翼を打ち砕いていた。


 決着だ。

 しかし、ハンブルク選手のメイスは止まらない。

 両翼を叩き折った勢いのままに、何かを言おうとしたハーピーさんの喉まで突き潰したのだった。


 ゴキッ、と、鈍い破砕音が会場にまで届いた。


「っ!」


 私は絶句し、観客席からも悲鳴が上がる。

 あまりにも残虐な行為だ。

 ハーピーさんは口を二三度開閉し、何も言い残せずに倒れ込んだ。


『御静粛に! ハンブルク選手の行動には正当な理由があります!』


 あまりの惨劇に観客からヤジが飛ぶ、その一瞬前に、観客(と私)のリアクションを読んでいた審査員がフォローに立ち上がった。

 ブラスさんもモニターの半分を説明用画面に切り替えてサポートする。


『ハーピー選手の両翼はご覧いただいた通り強力な魔道具です。

 それと同じく、ハーピー選手の喉には別の強力な魔道具が搭載されていたのです』


『名を『ハーモニウス』という、特殊なスピーカーですな。

 これはどんな騒音の中でも声を届けるための災害救助用魔動機で、音をぶつけて音を消し、自分の声だけを届ける、隣界技術由来の魔道具であります』


 モニターには『音の逆位相』を利用した『音相殺』=『ノイズキャンセリング』の説明が映され、技術者たちが食い入るように見つめている。

 あの特徴的なビブラートは、一つの喉から複数の声を重ねて発していたからだったらしい。

 使用目的は災害時の混乱下でも避難誘導を適切に行うための物だとか。


『本来は救助用です。ですがハーピー選手は『空中遊泳』の魔法を『飛行用』に転用し、そして『飛行用』の魔道具を攻撃にも防御にも転用してみせました。

 この事から、両翼を破壊されたハーピー選手が『ハーモニウス』を使って何かを仕掛けてくると読むのは自然。

 なにせ普通に絶叫するだけで聴力を奪えますからね。反撃を封じるため、先んじて喉を潰したという流れでしょう』


『今まで使っていなかったのも油断を誘う作戦か、あるいは単に魔力(リソース)を両翼に充てていたからでしょうからねぇ。

 翼を折られ、あとは宝物を奪われるだけ、となれば、『最後の最後の悪足搔き』もあって当然です』


『あー! なるほど!

 つまり先程の「最後の悪足搔き」発言はブラフだった、と!』


 やりますねぇ!と盛り上がる審査員たち。

 彼らの解説のおかげで先程の攻撃は残虐なショーではないとわかり、私と観客席は落ち着きを取り戻していた。


 な、なるほど。まさかの音響兵器持ちだったとは。

 それなら、その情報を知っていて、なおかつこの土壇場で忘れずに対処したハンブルク選手を評価すべきだろう。

 危うく非難するところだった。ごめんなさい……ッ!


 などと内省していると、モニター上の説明コーナーではハンブルク選手の神秘に関しても説明されていた。

 彼が持つのは『睥睨の神秘』。

 瞳の奥を覗き込めるほどの至近距離限定ではあるが、睨み付けた相手を威圧し、一時的なマヒ状態を引き起こす神秘だという。


『監視は、それだけで犯罪抑止効果もあるといいます。

 彼の持つ『睥睨』とは、そういった抑止力の表れなのでしょう』


 審査員の言葉に、私も内心で頷いた。

 目が合うだけで防犯になる、というのは商人さんからも聞いたことがある。だから商人は客の顔を見て挨拶すべきだ、と。


 そんな説明を聞いている内に、アマンニ選手がハーピーさんの宝物を回収していた。

 まだ宝物庫への納入があるとはいえ、これで宝物奪取数は2対0。

 真鍮脳側最後の一個はホビットちゃんが持っていて、今はそこにヒューマンちゃんとシルキーちゃんがフォローに向かっている。


 アマンニ選手たちは宝物納入か、それともこのままホビットちゃんを追うのか。

 猶予はない。

 アルラウネさんはすぐそばまで来ていた。


「――……」


 普見神チームの三人は目配せし、即座に隊列を組み直した。

 前にハンブルク選手、中衛にアマンニ選手、後衛はメイヤ選手。

 メイヤ選手は既に魔法の詠唱に入っている。


『どうやらアマンニ選手たちはアルラウネ選手をここで落とすことにしたようです!』


 実況が叫ぶ。

 審査員たちの反応はまちまちだが、私としては意外だった。

 ここまで宝物のみを狙った速攻戦術だったのに、ここに来て普見神チームはやり方を変えようというのだ。


 迎撃の利点は幾つかある。

 一番大きいのは三対一で挑めて各個撃破の形を取れること。

 それが成功すれば、その場のマキニス全員を捕縛し、復帰不可能に追い込めること。

 一石二鳥、千載一遇の好機と言える。


 ただしリスクももちろんある。

 ブラスさんが単身で送り込んだアルラウネさんが、あっさりやられてくれるとは思えないこと。

 時間を取られる上に、場合によっては宝物を取り返される可能性もあるということ、などなど。


 それでも普見神チームは迎撃を選択した。

 詰めの場面で計算外を残すより、より勝率の高い対戦カードを選んだのだ。


「――っ」


 息を呑む。

 私の頭では、もう、この試合の行方が読めなくなっていた。

 戦略では上を行く真鍮脳チーム。それでも優位を取り続ける普見神チーム。

 動ける選手の数も6対5で普見神チームがリードしている中、アルラウネさんが落とされれば一気に戦況が決定付けられるだろう。


 緊張の一瞬――。


 最後の曲がり角から顔を出したアルラウネさん。

 視線が交差するよりも早く、両者ともに動き出していた。


 先制は、――メイヤ選手だ。

 アルラウネさんがその樹木化した四肢を振るうより早く、メイヤ選手が掲げた槍を振り下ろした。


「『烈風』!」


 短く、明確な魔法名。

 穂先の軌跡に光の粒に似た『呪文』が浮かび、弾けた。

 刹那、その名に違わぬ烈風が吹き荒れ、アルラウネさんを壁際まで押し込んだ。


 殺傷力は無いが、それでも『致命的』な攻撃だ。

 アルラウネさんにとっての強烈な向かい風。

 大荷物で大きな身体のアルラウネさんには面の攻撃がよく通るのだ。


『これは、『フレグランス』対策かぁ!?』


 やるなー、なんて思っていたら、審査員がそう叫んでいた。

 なにそれ?と思ってモニター端を見れば、アルラウネさんのスペックが映される。


 木の精霊モデル。四肢を樹木を模した魔道具で覆い、鈍足で超重量ながらドワーフくん以上のパワーを持つ。

 専ら『樹脚』で根を張り、『樹腕』で枝を伸ばし、蔓をロープ代わりにして『吊り上げ機(クレーン)』として活躍している。

 加えて、全身に咲く『花』を模した魔道具からは、様々な効果を持つ『芳香(フレグランス)』が放出されるという。


『アルラウネ選手のフレグランスは、鍛冶場や実験場での切り札です!

 有毒ガスを中和し、周囲の混乱を鎮静化する。アルラウネ選手は、ハーピー選手同様、災害時の救援用マキニスです!』


「毒の中和……!」


 凄い。と、素直に感心してしまった。

 癒しの魔法が封じられたこの世界では、解毒の魔法も使えない。

 その制限を上手いこと回避しているのだというのが直ぐに察せられる。


 芳香という概念で大気中に魔法を散布し、毒を除去する。

 花を模しているなら芳香は花粉媒体だろうか。それならただ魔法を漂わせるよりも長時間効果を維持できる。

 発案者が誰かは知らないけれど、素晴らしい概念利用法だ。


 が、それを逆手に取ったのが普見神チームだ。


 魔法を物質に込めて散布する形式は、長持ちする代わりに、物質としての特性がそのまま弱点ともなる。

 今回で言うなら、『風』は天敵と言って良い。

 ただの魔法だけなら風に流されるなんてことはなかったのに、フレグランスはあっさりと散らされてしまっていた。


 大きな身体も小さな花粉も、どちらも風が天敵という皮肉。

 メイヤ選手は的確に弱点を突いたということらしい。


「あらぁーーー?」


 アルラウネさんが困ったように微笑む。

 その眼前には、既にハンブルク選手が迫っていた。


『睥睨の神秘』による、一瞬の硬直。

 からの、メイスでの殴打。

 ペナルティを避けて四肢ではなく『花』を狙った一撃が、甲高い破砕音を響かせる。


 あれだけリアルな木と花に見えても、実際は魔道具。

 打ち付けられて粉々になった花は舞い散らずに飛散した。

 それと同時に、勢いよく『樹液』も飛び散っていた。


「ッ!? ――チッ!」


 ハンブルク選手が軽く舌打ちして後退る。

 寸でのところで樹液を回避したようだ。


『あれは樹液――ではなく! フレグランス原液!』


『アルラウネ選手の『芳香の魔道具』は香水と花粉を空中に散布する仕掛け!

 花を砕かれて飛び散ったのはおそらく『香水』でしょう!』


 香り自体は香水にもあると審査員は説明するが、しかし『花』を通さずに漏れ出した原液に魔法が作用しているかは未知数らしい。

 その答えはブラスさんなら知っているだろうけど、審査員が知らない非公開情報である以上、ハンブルク選手も知らないはず。

 警戒して攻撃の手を止めたのは間違っていないはずだ。


 間違ってはいない。

 それでも、退いた隙を逃す手はない。

 ハンブルク選手が引き、『睥睨』が解けたアルラウネさんは、思い切り両腕を振り回した。


 彼女の四肢は樹木である。

 より正確に言えば、腕は『枝』を、脚は『根』を束ねたもの。

 その腕をぶん回せば、束ねた枝が大きくしなり、鞭のように敵を打つ。


「そぉーーーれっ!」


「――ッ!」


 アマンニ選手が何かを叫んだ。

 が、その声は強烈な破裂音により掻き消された。


 あの聞き覚えがあり過ぎる乾いた爆音は、『音速超過』による『ソニックブーム』だ。

 鞭の先端は容易く音速を超えると聞くけれど、まさかそれを散々鈍足さを見せ付けたアルラウネさんが聞かせてくれるとは。


『鎧袖一触ぅーッ!!』


『凄まじい怪力! アルラウネ選手、明らかに武器ではないはずの『樹腕』で三人を一掃したぁ!』


『さすがに全員ガードしているが、緊張感が跳ね上がりましたッ!

 押せ押せムードから一転、普見神チームが動きを止めてしまいました!』


 私が感動している間にも、会場や審査員は大盛り上がりだ。

 それはそうだろう。力回せに振り回しただけの暴れ鞭が、その威力と質量だけで三人纏めて押しのけたのだから。

 こんな荒業、他のマキニスが立っていたら絶対に使えなかっただろう。

 ……いや、倒れていても危なかったんじゃないかな。大丈夫? クーシーくんとか当たってない?


「あらーーー。かわされちゃいましたーーー」


 アルラウネさんがまたも困ったように微笑む。

 そして腕を振るう。

 枝を模してはいるが、実際には魔道具である。怪力を発揮するために強靭な作りをしたそれは、本物の樹木よりも重くて硬い。

 受け損ねれば、大ダメージ必至。

 こうなると距離を取ったことが大間違いに思えてくる。


「『烈風』!」


 ここに来てメイヤ選手が再度風を放つ。

 しかし今度は相性が悪い。空気を引き裂く樹腕の鞭は、風で抑え込むのは難しいはずだ。


 ただ、それ以外には未だ有効。

 烈風を見てから気が付いたのだけれど、『鞭』として振るわれたせいでアルラウネさんの腕の花が砕け、あちこちに『香水』がぶちまけられていたのだ。

 未だに香水の効果は未知数。目の前の暴力だけでなく、搦手にまで気を付けなければならない。


『さぁすが『アルラウネ・キルニット』!

『キル』とは隣界語で『殺す』の意! ニットを着た殺し屋、アルラウネ選手! 多勢に無勢もなんのその!』


「そんな物騒な由来なんだ……」


 私の上着と同じ『縦セタ』を着ているから『ニット』なのは分かっていたけど、『キル』の由来は知らなかった。

 私のと違って背中がほとんど丸出しだから『前半分ニット』って意味だと思ってた。


『なお、キルニット本来の意味は『性的魅力が強過ぎて初心な男性を殺しかねないニット服』だそうです』


『あー。『○○を殺すセーター』でしたっけ。

 観客席の男性陣が無事であることを祈ります』


「そ、そんな由来なんだ……」


 まるまるが何の伏字かわからないけど、バニーに比べて直球過ぎない?

 でも、たしかに、角度によってはハーピーさん以上に危うい衣装なんだよね、アルラウネさん……。


 姿だけなら半裸の美女。艶めく樹皮色の肌とウェーブ掛かった深緑の長髪も魅力的。

 しかしただのセクシー担当かと思いきや、役割は災害救助で最新鋭重機(モンスターマシン)という。

 その桁外れのパワーがワイヤーケーブルを振り回しているというだけで人類から見れば脅威以外の何ものでもない。


 とはいえ、普見神チームはいずれも神官戦士だ。

 重機のようなアルラウネさんが相手だとしても、真っ当にやり合って負けるはずもない。


「ッシャア!」


 ギイィン!と、鉄と鉄が擦れ合う音が響く。

 ハンブルク選手がアルラウネさんの片腕をメイスで抑え込んだ音だ。


「上手い!」


 鞭は先端こそ音速を超え、とんでもない破壊力を生じるが、根元は全く大したことはない。

 前衛のハンブルク選手が最も安全に鞭を止められるのだ。

 根本付近は枝分かれが少なく、抑えやすいというのもポイントだ。


 とはいえまだ片腕。

 残りがうねり、飛んでくる。その前に、アマンニ選手が矢を放った。


 射籠手(いごて)。

 アマンニ選手の左腕に装備された、スリングショット付きの籠手型サブウェポン。

 ベイベロニアで出回っている絡繰り武装の一つだ。


 強度は凡。張力は低。威力も低。

 弾数・連射力にも問題アリ。

 それらのあらゆる問題を「サブウェポンとしてここぞと言う時に一撃見舞うためだけの運用」と割り切ることで、ようやく輝くピーキーさ。


 アマンニ選手は、ここを、ここぞと読んでいた。


 魔法を宿す鉱物。そこから削り出した鏃(やじり)、すなわち『魔鏃(まぞく)』。

 この一矢一金に値する超高級矢を用いることで、威力と効果の低さをカバーする。

 重要なのは、魔鏃に込められた魔法の効果だ。


「凍てつけ――」


 バキ、と。

 枯れ枝を踏み折るような音がした。


 魔鏃が貫いたのは、アルラウネさんの左肩。

 そこから吹き出るはずの樹液も、疑似血液も、全てが凍り付いていた。


「あ、ら、ぁ、……?」


 パキバキと焚き木が爆ぜる音がする。

 それは、魔鏃から広がる冷気がアルラウネさんの肌に霜を降ろす音。

 黒い木々が白く染まっていく、季節外れの冬景色。


 たったの一射。

 それが、致命的な損傷を与えているのは傍目にも明白だった。


「今日この日のために考えていたんだ。

 あなた方マキニス・デアエクスを無傷で捕らえる方法を」


 隻眼の女戦士が、第二の矢を番える。

 真っ青な宝石にしか見えないそれは、リーサルウェポンとしてアルラウネさんへと向けられた。


「我等が同志、神秘宝(ミスティーク)開発部門の連中が考えてくれたんだ。

 答えは、『凍結』。

 排熱機構を持ちながら発熱機構を持たない精密魔動機であるあなた方は、凍り付いても死なない代わりに、自力では溶かすこともできない。

 ――そうだろう?」


「……あー、たー、りぃーーー」


 微笑み合うアマンニ選手とアルラウネさん。

 次の瞬間には、鞭と矢が交差していた。

 凍り付いた肩をむりやり動かして放ったアルラウネさんの一撃は、メイヤ選手の放った光の弾に弾かれる。

 対して『凍結の魔鏃』は、アルラウネさんの胸元に突き刺さっていた。


「切る心算は無かった『切り札』だ。その武功への賞賛として受け取って欲しい」


 アマンニ選手の言葉に、アルラウネさんが困ったように微笑み、そのまま真っ白に凍てついた。

 それ以上は指一本、花弁一枚動かせず、アルラウネさんは機能停止したのだった。


 気付けば静まり返っていた会場が、決着を見届けて大いに沸き上がる。

 審査員たちまで歓声を上げていた。

 私も一泊遅れて拳を掲げて声を上げた。


「アッマァーンニぃ!!」


 その瞬間、ハンブルク選手からは怒声が飛んでいた。

 ……メチャクチャびっくりした。


 観客はなんだなんだ?と歓声を取り止めてモニターに注目する。

 肩をビクつかせ視線を向けるアマンニ選手。どうやら彼女の方はなんで怒られているかわかっているらしい。


「そこら中に真鍮脳のマイクが有るから発言には気ぃ付けろって言われてただろぉが!

 真鍮脳が聞いたことは他のマキニスにも筒抜けになんだぞ!?

 切り札切るだけでも審議もんだっつーのに、狙いまで教えてどおすんだよ!」


 ああー……。と、会場中で納得の声が漏れた。

 試合のエリアに仕掛けられているアームズはカメラだけではない。元々試合用のフロアではないので、街中と同じようにマイクやスピーカーも点在しているのだ。

 会場のモニターから現地の音声が聞こえるということは、マイクが彼らの声を拾っているということでもある。


 確かにハンブルク選手の言い分は正しい。

 敵を倒したからといって油断し、情報を垂れ流してはいけないのだ。


「まあまあ、ハンさん。アマちゃんは甘ちゃんだから」


「メイヤ……それは言わないでくれと何度も……」


「何度も言われるようなことしてっからだろぉが!」


「うっ。……すまない」


 勝ち残った三人が話しながらマキニスさんたちに手錠を掛けていく。

 その緊張感のないほっこりした空気感にあてられ、会場では笑顔がこぼれていた。

 ただ、そんな会話をしながらも三人はしっかりドワーフくんにまで手錠を掛けた。復帰対策は一先ず十分だろう。


『いやぁ素晴らしい決着でした!

 アマンニ選手が女戦士としての矜持を見せた結果、お叱りを受けてしまいましたが、それもまた普見神チームですね!』


『彼らは仲間や同志など気に入った相手にはかなりフレンドリーですからね。

 普見神の監視下にあるが故に、余計な猜疑心は持たずともよい。それが彼らの人懐っこさに繋がっています』


『良くも悪くも明け透けなんですよねぇ。

 多少困ったところはあるものの、友人としては本当に気の良い奴らなんですよ』


 仲睦まじい普見神チームを眺めながら審査員たちも談笑する。

 私を含む普見教団のことをよく知らない観客は、そんな話にも「なるほど」と頷いていた。


 そういえば私が出会った普見教徒も悪意を感じないかなり無邪気な人たちだった。

 悪意がないけどとても失礼ではあったので、それは確かに困ったさんかも知れない。


『ところで、実際のところ凍結は弱点なんですか? ブレイズン・ブレインズさん!』


『弱点ではありませんが、無傷での確保を目的とするなら最適解に近いですね。

 各種機体内液が凍結すれば凝固膨張により内部破損を引き起こす場合があり、それとは別に電気系統がショートを起こす可能性もあります。

 ですが、致命的な損壊や小型真鍮脳破損の可能性がほぼゼロというのは素晴らしいです』


『なるほどぉ、なに言ってんのか全然分かりませんが有効らしいです!』


 審査員がぶん投げてしまった。

 私もなに言ってるのかわかんなかったから解説して欲しかったのに……。


 観客から笑い声が上がる中、モニターの端に詳しい解説が表示されていた。

 流石ブラスさん。私は解説見てもわかんなかったから『記憶』だけして諦めたけど、商人や開発系の職人たちは真剣な顔で食い入るように見つめていた。


『しかしながら、大勢は決したと言って良いでしょう!』


 審査員の一人が、ゲームの進行を纏めてくれる。

 合わせてモニターには各種データが表示された。


『この局面での脱落は、普見神チームが一人、真鍮脳チームが四人!

 行動可能な選手数が6対4! 宝物奪取数は2対0!』


『これは戦況がかなり傾きましたねぇー!』


 審査員のまとめに、観客席は悲喜交々だ。

 盛り上がる人もいれば、「マジかー」と微妙なリアクションの人もいる。

 私は後者だ。


 公平な目で見る心算ではいるけれど、それはそれとして個人としては真鍮脳チーム推しなのだ。

 それは選手の呼称にも表れてしまっている。


 とは言え、普見神チームにも応援の気持ちは向けている。

 彼らは必死だ。

 やっていることが実質クーデターだとも考えたけど、でもゲーム内容からしてブラスさんと事前に打ち合わせしていたのは確実で、それならさすがにクーデターとまでは言えなくなってきた。


 ただ最も強烈なインパクトを与えただけ。今のところ誰にも何も迷惑を掛けていない。

 全てがルールの範疇で、ブラスさんとの打ち合わせ通りだ。

 だからこそ警護役の私に出る幕がないのだ。


 私は『努力は報われるべき』とはちっとも思わないけれど、それでも懸命な彼らを応援したい気持ちはある。

 だから、不思議なことに、今の戦況を見て「マジかー」の気持ちも「よしよし!」の気持ちも併せ持っているのだった。


「ここからどうなるのかな……?」


 先の戦いの影響は大きい。

 一人落ちて三体落とした、という数の問題だけでなく、これまで常に戦略的には上を行っていた真鍮脳チームを明確に打ち負かしたから。

 知略だけでは覆せない結果もあるのだと改めて示すことになっただろう。


 でも、うっすらと疑問は残る。

 本当にこれで終わりなのかと。


 あれほど相手を手玉に取ってきた真鍮脳チームが、今回はほぼ真正面から衝突して敗北している。

 正面切っての戦闘でも思いのほか強かったけれど、でも差は歴然だったと言って良い。

 リザルトだけ見れば酷い有様だ。普見神チームは一人気絶したものの残り三人にはほとんどダメージが無い。無傷制圧を目指すにあたってのリスクが顕在化してしまっている。

 制圧し損ねれば、敵は無傷のまま残る、というリスクが。


 だからこそ、違和感がある。

 惜敗ではなく、大敗であることに。


「――来ているな」


 アマンニ選手が呟いた。

 その言葉に三人が目配せし、手元の魔道具(おそらくパノプテックの端末)を操作する。


 改めてメイヤ選手の『心通眼の神秘』が強いと感じる。

 アマンニ選手の『俯瞰の神秘』や、パノプテックから得た情報を、メイヤ選手を通して統合できるのだ。

 カメラが多いと「どのカメラを見ているのか」が各人でバラバラになってしまうはずだけど、メイヤ選手がいるだけでそれらが一瞬で共有されるのだ。


 ゲームとはいえ、時間の使い方が重要な戦闘時ではかなり強力な神秘と言える。

 ……その事に審査員が触れてくれないことがちょっと残念だ。


 まあ一分一秒の時間効率は戦闘職に就いている人にしか理解しにくい概念だろうし、仕方ないかなぁ。

 その代わり、審査員たちは別のことで盛り上がっているようだ。


『どういうことでしょう……?』


 審査員の一人が首をかしげる。

 理由は簡単だ。話を聞けばすぐにわかる。

 アマンニ選手が「来ている」と言ったにも関わらず、三人に向かっているものは何もなかったから。


 敵も味方も、あるいは何かしらの魔道具さえも、三人には接近していない。

 ただ、モニターに映像を送っているカメラはブラスさんのアームズであり、ミスティークではない。

 もしかするとパノプテックでなければ見えない『不可視の何か』が接近しているのか?というのが審査員たちの盛り上がりポイントだった。


「でもそれはおかしい……」


 ここまで観客を意識して解説してきたブラスさんが、『敵チームには見えて観客や審査員には見えない何か』を使うとは思えない。

 観客に見せたくない何かでもなければ、そんなものを使う理由がない。


 しかし普見神チームの三人には何かが確実に見えているらしく、少し悩んだのち、ダオラン選手をその場に残して走り出していた。


「あれはおそらく、ウィンディーネだ……!」


 アマンニ選手が声にした。

 一瞬、モニター越しに視線が合う。たぶんアマンニ選手がカメラを見上げたのだろう。

 ちょっと不格好だけど、これは『揺さぶり』だろうか。


 カメラやマイクで情報が筒抜け。だから沈黙が鉄板。

 だけどブラスさんがやっているように『ブラフ』や『フェイク』で相手を振り回すという手もある。


 ただしアマンニ選手の言葉がわざと声に出した情報だというのはブラスさんもわかっている。

 だからこの際アマンニ選手の演技力はどうでも良い。

 その言葉の裏の真意さえ隠し通せるのであれば。


「ウィンディーネ……」


 私にはアマンニ選手の真意がパッと読めたりはしない。

 だからまず、言葉の意味から拾うことにした。


『ウィンディーネ選手……?

 かなり距離が離れていますが……いや、たしかに三人に向かっていますね』


『ああ、たしかに。

 しかしウィンディーネ選手はアルラウネ選手以上に歩行が苦手なマキニスです。

 到着までにかなりの時間を要しますよ?』


 審査員もアマンニ選手の言葉を拾うが、疑問の声が出ている。

 モニター上にはウィンディーネ選手のスペックが公開されているが、思い切り『水中活動用』と書かれていた。

 そりゃ足が遅いわけだ。せめて水陸両用じゃないと。


 でも、距離もあって鈍足なウィンディーネさんを、三人は警戒している。

 さすがにこんなのはブラフじゃないだろう。何のための揺さぶりなのかもわからない。

 けど他の二人も頷き、隊列を保ったまま移動していた。


『どういうことでしょう?

 ウィンディーネ選手が何かをしている、というより、むしろ何かを終えたように見えますが』


『そうですねぇ。開幕からずっとやっていた魔道具の設置が終わったところでしょうか』


 そういえば、ウィンディーネさんはずっと一人でうろうろしていた。

 審査員の誰も触れなかったのもあって、私も結構意識から外れていた。

 なにをしていたのだろう、という疑問には、直ぐに審査員が答えてくれる。


『ウィンディーネ選手が設置していたのは、『放水の魔道具』です』


『火災時に使われているものですね。強力ですが使い捨てで、単価もものすごく高い。

 この手の魔道具は乾燥地帯では飛ぶように売れますが気を失うほど高価です』


『水中活動用マキニスであるウィンディーネ選手にとっては必須級の魔道具ですからね。

 今まで触れていませんでしたが、ウィンディーネ選手を知っている方なら想像がついていたでしょう。

 彼女がいる付近は後に水没し、彼女の独壇場になると』


 審査員の言葉で、観客のリアクションは二分された。

 私は残念ながら「へー! そうなんだ!」という初見リアクション側だ。


『しかしだからこそ意味不明です。

 水場でなければ戦えないウィンディーネ選手は、最後の宝物を守るために動くと思っていました。

 ホビット選手と合流するために移動するならともかく、なぜ三人の方に?』


 モニターを眺めていてもわからない。

 ウィンディーネさんは三人へ向かっているし、三人もウィンディーネさんへ近付いている。

 でも距離はかなりある。わざわざ向かう理由がない。

 それどころか、さっきの話を聞く限り、たとえ距離が近かったとしても自分たちからウィンディーネさんに近付くのはリスクが大きすぎる。


『いったい彼らには何が見えているのでしょう……?』


 審査員がたまらずブラスさんに話を振った。

 ブラスさんはいつも通りの笑顔のまま、「さあ?」と返す。

 首が動けば傾げていたのだろうという軽さで、あっさりと。


 ブラスさんでもわからない?

 そうなると、もはや誰にもわからないのでは?


 私も必死に考えるものの、全然何も思いつかない。

 そんな中、ブラスさんが小さく呟くように言葉を吐いた。


『きっと、『未来(ビジョン)』か『幻影(ビジョン)』かの、いずれかを見ているのでしょう』


 ……その言葉は、

 同音異義語と呼ばれるややこしい言い回しは、


 知恵の神『シノノミヤ・サギリ』を彷彿とさせる、『匂わせ』だった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。