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黒檀の魔女  作者: ラテオレ
ブレス・オブ・ブラス
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53/57

15. ショックウェイブ


 観客席がざわめき、審査員たちも言葉に詰まる。

 モニター上で分割された映像の半分が虹色の光を映し、中でもさっきまでパパラ・ニ選手が映っていた映像は真っ白になっていた。


『閃光対策としてエルフには魔道具を持たせています』


 ブラスさんが真っ白に染まったモニターを見上げながら語る。

 それに合わせてモニターの端に気品のあるメガネが映った。

 どうやらあれが閃光対策魔道具らしい。


『魔力効率は非常に悪いのですが、『見熱(サーマルグラス)』『遮光(サングラス)』など、幾つかの対策を仕込んだものです。

 目の性能差を活かした戦略は当然組み込んでくるであろうと予想していました』


 モニターには、メガネ型魔道具のレンズを通し、『熱を見る』『光を抑える』などの効果と実際の見え方が映し出されていた。

 常時発動ではないものの、防犯カメラにも搭載されている機能だ。


『ですが――』


 真っ白なモニターが、淡い七色に染まり、それもじきに消え始める。

 パパラ・ニ選手が放った閃光の魔法が消えた後、彼らがいた場所にはまだ四人が立っていた。


 ――いや。

 たった今、エルフちゃんが崩れ落ちた。


『――さすが、ボ・マオ選手。

 その『閃見』は、閃光に怯んだ一瞬を見逃してくれませんでしたか』


 ――オオオオォォオオッ!!


 悔しそうなブラスさんの笑顔。

 同時に、観客席が沸き立った。


「『当身』だ。その身体に効くかはわからなかったが――傷付けずに済んで良かった」


 ふう、と息を吐いたボ・マオ選手が、短い紐を取り出してエルフちゃんの手足を結ぶ。

 機能不全に陥ったエルフちゃんが再起動しても動けないようにするためだが、それでも他のマキニスさんに救出されかねないリスクを孕む。

 傷付ける覚悟を謳いながら傷付けない選択肢を最後まで残した、見事なスポーツマンシップだった。


『速いぃ! 『閃見』は『閃拳』も持ち合わせてるのかッ!』


『腹に一撃……掌底ですかね? マキニスの内部構造が不明な中で、鳩尾を狙ったのは英断ですね!』


『クビや顔面、胸部を狙わなかったのは万が一を忌避してか。だとすれば素晴らしい!』


 審査員たちも口々に絶賛する。

 彼らはボ・マオ選手の『ペナルティ覚悟』発言を聞いてから顔を顰めていた。

 意図してはいないだろうけれど、評価を一度落としてから上げる構図になっているみたいだ。


 きっと勝算はあったのだろう。

 エルフちゃんは華奢で繊細だ。

 動きの繊細さが、同時に機械としても繊細であると予測するのは無理じゃない。

 だとすれば例えお腹が急所じゃなくてもクリーンヒット一発でそのまま押し切れるくらいにはダメージが入ると読んでいたのかも知れない。

 それなら無理に『一撃決着』を狙う必要はない。『当身』で様子を見るという選択は、実に合理的だ。

 なので、バトルジャンキー冒険者審査員だけでなく、合理大好き商人審査員もボ・マオ選手を称賛し始めていた。


「マァオーッ!!」


「――っ!?」


 会場中のスピーカーから、パパラ・ニ選手の怒号が響いた。

 私は浸り過ぎた思考から顔を上げ、画面を見る。

 そこには、ブラウニーさんと切り結ぶパパラ・ニ選手の姿があった。


「何シテル! コッチ手伝エ!

 コイツ――ッ強過ギルヨッ!!」


「かかっ。あまり褒めてくれるな。照れるだろう?」


 にやりと笑う小老人。

 その穏やかな笑みに反して斬撃は苛烈そのもの。

 幾重にも重ねた複数の魔法を操るはずのパパラ・ニ選手が、その全てを防御に回してなお、押し込まれていた。


「うわ、はや」


 あまりの凄さについ「へら」と笑みが浮かんでしまった。

 あれ、本当に魔法も神秘も無いの? いや、ブラウニーさん自体が魔道具だけどさ。

 動きに無駄が無いのは当然なんだけど、動きの繋ぎ方が綺麗過ぎる。


 攻撃は相手の受け・避け・弾き・反らしの全てで次への繋ぎ方が変わる。

 おそらくあれは、真鍮脳の情報処理速度を活かした技術。

 ――いや、それともあれこそが『極まった剣技』なのだろうか。


「くそ……! 最強は伊達じゃないかッ!」


 エルフちゃんの拘束もそこそこに、ボ・マオ選手が戦線に復帰した。

 だというのに、ブラウニーさんの攻撃が止まらない。

 百眼と手数のパパラ・ニ選手、閃見と近接格闘術のボ・マオ選手。その得意技の全てを駆使してようやく互角という有様だ。


『……すっ、凄まじいッ! 格が違うぞブラウニー選手ぅ!!』


 審査員が言葉を絞り出し、観客席がブラウニーさん襲撃時以上に沸き立った。


「ドウシテ動ケル! オ前、見エテナイハズ!」


「なあに、簡単なこった。――剣士は『心』で見てるのさ」


 ――オオオォォォ!!


 更に一段熱を増す会場。

 冒険者審査員たちまで一緒に雄叫びを上げていた。


『……一部審査員が職務放棄したので、再び私が説明します』


 ちょっと困ったような笑みを浮かべ、ブラスさんが解説役を買って出た。


『ブラウニー・ルロウニーが用いるのは『心眼』と呼ばれる剣士の奥義。

 目だけでなく、五感の全てで周囲を知覚する技術です』


 簡単に言ってのけるが、当然簡単なわけがない。

 呼吸や風、気温、足裏から伝わる振動、果ては何とも呼べない『気配』に至るまで。

 戦場に横たわる膨大でしかしほんのわずかな情報を統合し、まるで全て見えているかのように活かしきる。

 それが『心眼』。

『肉体の神秘』を持つ私でも完全には再現できない『神業』だ。


『長らく防犯カメラを利用したトリックだと疑われていた『心眼』ですが、まさかこの大舞台で真偽を明かされるとは思いませんでしたぁ!』


『パパラ・ニ選手が『閃光魔法』を解いた理由が読めましたね!

 第一にブラウニー選手には効かなかったから! そして第二に、『閃光魔法』を維持する余裕が無くなったから!』


 おそらくそれが正解だ。

 2対1でも余裕は無いし、徐々に押されてる。


 パパラ・ニ選手の20もの爪杖が、既に半分以上は欠けていた。

 そこから分かるのはブラウニーさんが無傷での無力化を試みているということ。

 そして、本気ならとっくに両断しているであろうということだ。


 この試合はあくまでも品評のための試合。

 ゲーム内容も『ベイベロニアの治安維持能力』を試すためのものだ。

 つまり相手選手は『犯罪者』であり、同時に『守るべき民』でもある、ということ。


『恐るべき強さ! そして、恐るべき覚悟!

 最強のマキニスに手加減を強いてまで『無傷制圧』を成そうと言うのか!』


 審査員が叫ぶ。

 もはや誰の目にもブラウニーさんの優勢は明らかだった。


『逆に、普見神チームは捨てたものが大きすぎる!

 まだ未遂とはいえ、ペナルティ覚悟発言。それだけでなく、目潰しまで!』


 審査員の一人が大きく息を吸う。

 あれは、おそらく『神』だ。


『普見神の教義は、『全て見よ』から始まる。見ることに重きを置き、見る力そのものを尊ぶ。

 普見神は全てを見渡すと同時に、全てから見えるようにとその巨身を持ち合わせているのだ』


 一方的に見るのではなく、双方向に見つめ合う。

 そうだ。彼らは『透視』の能力を持ちながら、しかし『盗み見』はしなかった。

 正々堂々と、馬鹿正直なくらい真っすぐに、『パノプテック』の能力を曝け出した。

 大きな反発があるとわかっていながら。


『見る力を持つ者、その力に価値を見出した者を『同志』と呼ぶ彼らだ。

 観客席の普見教徒の反応を見ても、『見る力を奪う』というのがどれほどの禁忌かはわかるだろう』


 神の審査員が言うと、モニターの一部に観客席が映し出された。

 その中には、目の意匠のローブを着た観客たちが、パパラ・ニ選手を睨みつけている姿が映っていた。


『彼らはもう退けないぞ! 禁忌を犯し、犠牲を良しとしたのだ!

 その『犠牲』の対価となる『勝利』を得られなければ、彼らはただ罪を犯しただけの愚者に成り果てる!

 ――そんな奴らの神を統治者に迎えようなどとは誰も思わんだろう!』


 普見神チームは結果を求めるあまり、自分たちを追い込んでしまった。

 犠牲なんて簡単に受け入れてはならない。支払ったからには結果を出さなければならない。

 焦らずとも優位性は普見神チームにあったのに、『最強のマキニス』を前に判断を早まってしまっていた。

 一瞬で仲間を一人落とされたのが、二人を大きく動揺させたのかもしれない。


「もしそれも戦略のうちなら――」


 すごい、としか言いようがない。


 もし。もしも、その全てが計算通りなら。

 防犯カメラとリンクしているはずなのに敵と鉢合わせたホビットちゃん。あの時からもう、全部が仕込まれていたのだろう。

 普見神チームの三人は、あのウサギを追いかけてしまった時点で詰んでいたのだ。


「ナンデ効カナイ! コレモ! コレモ! ドウシテ全部見切ラレル!」


「そりゃあ切ってなんぼのサムライだからよ」


 心眼で見て、刀で切る。

 それを『見切り』なんて呼ぶのはブラウニーさんだけだろう。

 しかし、誰も笑えない。

 馬鹿げた理屈を押し通す、理屈以上に馬鹿げた強さが、誰にもそれを嗤わせない。


「――ッ!」


 そうして遂に、ブラウニーさんの刀がパパラ・ニ選手の首を捉えた。

 無論峰打ち。

 衝撃で一瞬意識が飛んだところに鞘で顎を打ち、意識を刈り取る。


「パパラ・ニ!」


「隙ありっぴょん!」


 ゴガンッ!


 ボ・マオ選手が壁に頭から突っ込んだ。

 そのままズルズルと崩れ落ち、地面に横たわる。


『決着ぅー!』


『最後は後ろからホビット選手の奇襲が炸裂!

 自慢の脚力を活かした渾身のドロップキックでしたぁ!』


 ――わぁぁぁあああ!!


「わぁーーーっ!」


 私も観客と一緒に歓声を上げる。

 すごいすごい! まだ試合は全然途中だけど、もう既に今日一番楽しい!


 ホビットちゃんの奇襲は、モニターに映っていた。

 エルフちゃんに庇われて逃げ延びた後、ホビットちゃんはエリア内をてってこてってこ駆け回り、何かをセットして回っていた。

 それが急に引き返してきたので、観客たちはなんだどうしたと見ていた次第である。


『視野拡大の『百眼』が落ちた途端、後ろからの奇襲!

 やはりマキニスと言えばこのチームワークですね!』


『ようやく下馬評通りの動きをしてくれましたねぇ。

 予想を裏切ることしかできないのかと思いましたよ』


 呆れた審査員の物言いに、観客も同意して笑いが起きていた。

 私はそれよりモニターの中が気になっていた。


 ホビットちゃんがパパラ・ニ選手とボ・マオ選手に手錠を掛けている間、ブラウニーさんが一歩も動かずに立っている。

 残心かとも思ったけど、既に刀も収めているのでそれも違う。

 そうしているうちにホビットちゃんの作業が終わり、ブラウニーさんに近付いていった。


「ジジイ、はしゃぎすぎぴょん」


「かか。歳は取りたくないものさな」


 短いやり取りの後、ブラウニーさんがホビットさんへ手錠を手渡す。

 おそらく各マキニスさんが持っているのだろう。

 それをホビットちゃんに全て渡すということは……。


『……稼動限界? まさか、寿命?』


 ぽつりと、審査員の一人が呟く。

 気付けばしんと静まり返っていた会場にどよめきが広がる。


 限界。

 寿命。

 それは、つまり……。

 ブラウニーさんの、肉体的な『死』だ。


『派手に動き過ぎたぁ!?』


『おいおいマジかよ! 最強格がこんな序盤で!?』


 審査員たちが阿鼻叫喚の大騒ぎ。

 観客席はそれ以上だ。

 中には涙を流している人も居た。


「嘘……」


 思いがけず、私もショックを受けていた。

 そして今更思い出す。

 マキニスさんは魔道具であり、それ故に、あまりにも寿命が短いのだと。


 大抵の道具には寿命がある。

 それは複雑で緻密になればなるほどに短命になる。

 ではマキニスさんの寿命とはどれほどだろう。

 メンテナンスと部品交換を繰り返したとして、何年生きられる?


 人もそうだ。

 隣界では進んだ医療により在界とは比較にならないほど長生きできるという。

 再生治療や人工器官など、まるで機械のように人体を入れ替える技術さえ存在するらしい。

 それでも、『脳』だけは代えが利かなかった。


 今回ブラウニーさんはボディーが摩耗し過ぎて再起不能に陥った。

 肉体の損失。でもまだ決定的な『死』ではない。

 デフォルマキオンのような別のボディーが有るかも知れないし。

 でも、今回はそうでも、いずれは『小型真鍮脳』も――……。


『――さあ! 大きな戦いが決着しました!

 一度戦況を纏めてみましょう!』


 重い空気を打ち払うように、一際大きな声で実況が響く。

 ハッとして顔を上げれば、モニターにはエリア内の迷宮を駆け回る両チームの選手が映っていた。


 ……今は集中しよう。

 でなければ、『秘された真意』は読み取れない。

 この『都合の良い筋書き』の目的を見極めなくては。


『まずはホビット選手逃走劇から始まった激突のリザルトです!』


『普見神チーム、ボ・マオ選手、パパラ・ニ選手、フォトン選手、リタイア。

 全員軽傷、鉄製の手錠にて捕縛済みです』


『まだ味方に解放されれば戦線復帰の可能性もありますが、心身ともに大幅弱体化は免れないでしょう。

 特に大量の魔法をばら撒き続けたパパラ・ニ選手は魔力残量的にもキツそうです』


『対する真鍮脳チーム! エルフ選手、ブラウニー選手、リタイア!

 エルフ選手の拘束はホビット選手が解放済みです! しかし復帰の見込みがあるかは不明!』


『もう一人、ブラウニー選手は完全に停止しています。

 無理をし過ぎて機体の寿命を早めてしまったようです。

 それでもパパラ・ニ選手を落として見せたのは流石ですね』


 百眼と二十爪杖によりあらゆる局面に対応できる万能の魔法使い、パパラ・ニ選手。

 それを剣技のみで捻じ伏せたブラウニーさん。

 既に今試合ベストバウト確実だと観客席で盛り上がっていた。


 ボ・マオ選手とエルフちゃんも取り上げられていた。

 一瞬で関節を極めてボ・マオ選手を捕縛寸前まで持っていったエルフちゃん。

 一瞬で当身を叩き込んでエルフちゃんを気絶(シャットダウン)させたボ・マオ選手。

 この対戦カードもまた見て見たい。次はどっちが勝つだろうかと話題だ。


『しかし、終わってみれば2対3!

 奇襲で落としたフォトン選手を除けば、実質的には相討ちと同じです!』


『ただ、ボ・マオ選手が言っていたように真鍮脳チームには戦闘要員が少ないですからね。

 中でも最強のブラウニー選手を道連れに出来たのは大きいはずです!』


「そっか……」


 審査員が解説してくれて、観客たち、と言うか私もようやく事態が飲み込めた。

 真鍮脳チームにはエルフちゃんのような『護身術』レベルの持ち主が何人かいる。

 けど、純粋に戦闘が出来るのはブラウニーさんだけだ。

 加えて徹底的に怪我を避ける戦い方。その弱点を、他の普見神チームの選手も見ていただろう。


 つまり、今後は普見神チームに『ゴリ押し』という選択肢が生まれる。

 場合によっては試合の流れが一気に持っていかれかねない。

 ブラウニーさんが寿命を使い切ってでも無傷制圧を成し遂げたのは、美談でありながら、明確なリスクを伴っていた。


『普見神チームはパノプテックにより『宝物』の位置を把握できます。

 逆に真鍮脳チームは未だ『宝物』の位置を掴めておりません』


「あっ」


 忘れてた。その差も有るんだ。

 せっかく無力化した三人は『宝物』を持っていなかった。

 他の誰かが持っているのか、あるいはどこかに隠されたか。


 常に居場所を把握されている状況で、『宝物』を守りながら逃げ回り、相手の『宝物』を探し出して奪い去る。

 それは、なんというか……詰んでない?


『おお! このタイミングでようやく入り子宝箱が突破されました!

 これでようやく『宝物』を入手しましたね!』


 モニターでは筋骨隆々の大男が大写しになっていた。

 その手には、何かの書類が握られている。


『いやー、あのド派手な神秘がちまちました開封作業に使われるのも面白かったですが、ちょいちょい挟まるトラップも面白かったですねー』


『どれも非殺傷のトラップでしたが、選手の反応を見る限り『催涙』と『悪臭』と『警報』でしたか。

 ベルナッド選手が途中でキレる度にキンドルフ選手とビロウ選手が必死で抑えるのが見どころでしたね!』


 観客が笑うが、私はちょっと笑えない。

 私は気持ち的には真鍮脳チーム寄りだからだ。

 流石に声を張って応援することはしないけど、やっぱり心配してしまう。


 忘れてはならないのは、これは『品評試合』だということ。

 現段階での肩入れはあまり良くない傾向だ。

 どちらに味方するかは品評を終えてからでなければ公平性に揺らぎが出てしまう。


「身内贔屓癖がこんなところで……っ」


 全てが計算づくかも?と疑いながらもブラスさんへの信用が崩れないのが我ながら幼稚っぽい。

 フィアンマさん、よくシューデイル先生に挑めたなぁ。

 やっぱりすごい。


 とは言え、その『計算づく』の限界も見え始めていた。


 私の予想では、ブラスさんはこの再品評を経て名実共に『神』に成ろうとしている。

 理由は不明。

 楽観的だけど『ベイベロニアのため』とかの可能性が高い。

 だって、神様が介入していないから。


 神様がブラスさんを野放しにしていることから、私の予想は三つ。

 一つはブラスさんの計画が神様の予測を上回っている可能性。

 一つはブラスさんが誰かを傷付けるような目的を持っていないという可能性。

 そして最後の一つは、全部私の思い違いで、昇神計画なんて存在しないという可能性だ。


 それも含めて、見極めなければ。

 そしてもう一つ、見極めなければならない。

 普見教団の主張の是非を。

 公平で公正な目を持って。


『今まで目立った動きのない普見神チーム残りの四人ですが、開幕からほぼずっとクーシー選手を追っています!』


『もともと犬人モデルのクーシー選手、四足歩行の方が普段の三倍速い!

 しかも防犯カメラの映像も使って上手いこと追撃を躱していますね!』


 モニターの中で走り回るクーシーくん。

 デフォルマキオンじゃないのに小柄で可愛い。

 そんなクーシーくんを追う四人のローブ姿は、取り囲もうとしているのか、ややばらけて追っている。


『アマンニ選手の『俯瞰の神秘』があるので条件は対等のはずですが、人数不利を覆してクーシー選手が逃げ続けています。これはいったい……?』


『あー。恐らく、視野の差ではなく、処理速度の差でしょう。

 皆さんもモニター右上のカメラ映像に注目してください。

 あれは天井からエリアを見下ろすまさに俯瞰映像ですが、どうです? あれを見て、『どうすればクーシー選手を追い詰められるか』がパッと思いつきますか?』


 商人審査員の言葉に、観客の目が俯瞰カメラに向く。

 上から見ると本当に迷路のようなエリア。その中を、各選手が走り回っている。

 私も少し考えてみたが、一瞬で「無理」の二文字が脳裏を支配した。


 そもそも現在地からクーシーくんまでの経路がパッと計算できない。

 なのにクーシーくんも自分も動き回るもんだから、常に情報を更新し続けなければならない。

 一部壁が崩れていたりするのは、おそらく普見神チームの誰かが壁を破壊して通り抜けたのだろう。

 ……私もあのやり方しちゃうかも。


『しかしその計算能力がありながら、ホビット選手は敵チームと鉢合わせました。

 あれは何かしらの意図があったと?』


『結果的には真鍮脳チームの方が多く相手を削っていますが、最強のカードを失っています。

 罠に誘い込むならまだしも、正直あのタイミングで鉢合わせた意味がわかりませんね』


 ううむ、と悩みだす審査員たち。ここでブラスさんに答えを求めないのは意地か何かだろうか。

 聞いた限り「警戒と防御に長けた『百眼』のパパラ・ニ選手が『宝物』持ちだと読んで仕掛けたのでは?」という予想が有力。


 私も近いことは考えたけど、でも最序盤で仕掛ける理由が見付からなかった。

 それこそ罠を仕掛けたり、人員を増やすべきでは?

 そういった疑問が解消されないのもあって、先程浮かんだ『精神的に追い込んで禁忌を犯させ、品評上で追い詰めたかった』という説が残り続けてしまう。

 その説であれば、最序盤だからこそ「なんとしてでもブラウニー選手を落としたい」と考えさせることができる。放置すればフォトン選手のように何人落とされるかわからないのだから。


 結果として、ゲームでの勝敗は普見神チームが有利となった。

 そして真逆に、品評の勝敗は真鍮脳チームが大きく優位に立ったと言える。

 犠牲を払い、結果を求める。……同じことをしたはずなのに、普見神と真鍮脳には大きな知略の差が表れている。


『動きがわかりやすいのは普見神チーム!

 ベルナッド選手たちは『宝物』獲得! 現在は自軍の宝物庫へと引き返している最中です!

 一度収納してしまえばもう取り返されませんからね。ヒューマン選手が仕掛けた罠も、ベルナッド選手の『巨躯なる神秘』であれば纏めて破壊できるでしょう!』


『この三人がおそらくは主力グループですね。

 他の四人グループはクーシー選手を追い続けていますが、こちらもそろそろ動きがありそうです!』


 モニターは二分割で両グループを大映しにする。

 真鍮脳チームが『宝物』奪還に挑むか、普見神チームが次の『宝物』を奪取するか。

 次の見どころはその二点だと示されていた。


「――来るぞッ!」


 モニターの中、隻眼の女戦士が叫ぶ。

 動いたのは――クーシーくんのところだ。

 ただし、状況を動かしたのはクーシーくんでも追いかける四人でもなく、急降下してきたハーピーさんだった。


「させんッ!」


 鋭く言い放ち、別の戦士が蹴りを放つ。

 その蹴りは、間にある二枚の壁を粉砕し、ハーピーさんの行く手を遮った。

『停滞』で水のようになった空気が盾になっていなければ、ハーピーさんは蹴り飛ばされていただろう。


『出ました! ダオラン・ナムリ選手の『長脚の神秘』!

 巨神の脚を借りる神秘は本来長距離移動に秀でた神秘なのですが、今回は完全に攻撃転用しています!』


『高所を取るという使い方も出来ますが、そこは同グループのアマンニ選手が『俯瞰の神秘』で代替しています!』


 審査員が解説している間にも状況が移り変わる。


 ハーピーさんはクーシーくんを救出しようとしていたのだろう。

 しかし行く手を遮られ、一度回避行動をとったあと、クーシーくんのそばに着地していた。

 そのままクーシーくんを連れて飛び立たないのは、『停滞』の翼では急上昇ができないからか。


 その隙を好機とみて、ある程度散っていた周囲の四人が一気に距離を詰めてくる。

 邪魔になる壁はダオラン選手の『長脚』が蹴破っていった。


「これはもぉームリかなー」


 クーシーくんが「へっへっへっ」と息を荒くして言う。

 口調はいつも通りだが余裕はない。

 今までずっと四人を相手に逃げ回っていたのだ。地形を利用していたとしても、体力(エネルギー)的に限界だろう。


「ムリね〰〰♪

『宝物』は預かるわ〰〰♪」


「お、おお……」


 モニターから聞こえたハーピーさんの声に、思わず声が漏れた。

 すごいビブラートだ。声が二重に聞こえるのに、なぜか綺麗だと感じられる。

 言ってる内容はなかなかに容赦がないが。


 クーシーさんは『宝物』の入った小箱をハーピーさんの豊満な胸元にしまい込む。

 なんちゅうところに……。

 ただでさえちょっと捲れたらお胸丸出しになりそうなんだから、そんなところにしまわないで、せめてウェストポーチとか使って欲しい。


『おっとこれはサービスシーンでしょうか。カメラさんもっと寄って下さい』


 審査員の一人が前のめりで言うと、隣の女性審査員に後頭部を引っ叩かれた。

 観客席で笑いが起こる中、一部からは「そうだー! 寄れ! 大映しにしろー!」とヤジが飛ぶ。

 制圧対象かもしれない。黒檀準備しておこう。


『まあまあ。ハーピー選手の衣装は『バニーガール』モチーフだそうなので、多少のお色気要素は許してください』


『バニーガールというのは隣界でちょっとセクシーな衣装で接客を行う女の子だそうです。

 ただしセクシーなサービスをするとは限りません。マキニスとはいえ、『お触り厳禁』ですよ!』


 なるほど、それであんなに露出が……。

 名前の意味は『ウサギ』の愛称だそうで、ウサギが多産で性欲旺盛だからセクシーのシンボルらしい。

 ホビットちゃんと『ウサギ組』と言われていた理由がわかったけど、子ウサギと雌ウサギでイメージがガラッと変わるんだなぁ。


 ――なんて。

 お色気と衣装談議に気を取られている内に、追いかけてきた四人が到着していた。


 色黒で屈強な『覆われぬ者』の戦士、ダオラン選手。

 トカゲの頭をした有鱗種の戦士、ハンブルク選手。

 爛々とした瞳でマキニスさんたちを見据えるダオラン選手は、円盾と幅広直剣を構える。

 ハンブルク選手は目を糸のように細め、長柄のメイスを錫杖のように掲げる。


「油断するなよ」


 二人の戦士を前に、中衛のアマンニ選手が注意を促す。

『俯瞰の神秘』で戦況を見通す、このグループのリーダー役だろうか。

 更にアマンニ選手の後ろにはメイヤ選手が控え、長槍を構える。あの距離で槍……おそらくは魔道具か杖か、遠距離攻撃ができるものだろう。


『追い詰められた真鍮脳チームの二人! 『宝物』はパスしたものの、ハーピー選手が飛び立つ隙はありません!』


『かと言って、ハーピー選手は機体構造上、走って逃げるのがかなりの不得手です!

 現場にはドワーフ選手とアルラウネ選手が向かっていますが、両者鈍足! 果たして間に合うのか!』


「間に合わせない! 詰めるぞ!」


 審査員の言葉に呼応するかのように叫び、全員が動き出した。

 一気に間合いを詰めて攻撃できるダオラン選手の『長脚』前蹴りが飛び、それをハーピーさんの『停滞』空気壁が受け止める。

 波が崖に叩き付けられたような破砕音が響き、砕け散った空気が突風に変じて吹き荒れた。


「良いぜぇダオラン! 『風穴』が空いたじゃねぇか!」


 糸目のハンブルク選手がにたりと笑い、真空状態になった前方へと走り込む。

 空気が爆ぜて無くなれば、そこに新たな空気が流れ込む。

 それを追い風にして、ハンブルク選手が疾走し距離を詰めた。


 ハーピーさんがメイスの間合いに入るや否や、思い切り突き出した。

 翼狙い。

『停滞』を使えなくして、確実に勝負を決めるつもりだ。


 ガキィンッ!


 だが、メイスは弾かれ、跳ね上げられた。

 それを成したのは――クーシーくんの、キック!?


「穴があれば頭を突っ込む。イヌの性(さが)だよねぇー」


 息も絶え絶えの子犬が屈託のない顔で笑って見せた。

 合わせてハンブルク選手も、「そぉーだったなぁ!」と言って笑う。


『よぉーやく出ました! クーシー選手の『発勁機構』!』


 歓声と共に、審査員が声を上げる。

『はっけい』? なにそれ? と思うと同時に、モニター端にクーシーくんの可愛い肉球が映し出された。

 その下に、『発勁機構』の字幕入り。

 わぁ! あれ漢字だ! 何度見てもすっごい字だぁ……!


『『発勁機構』は鍛冶師界隈で一時話題になった魔道具です!

 仕組みは簡単、ただ『衝撃を生じる魔法』が組み込まれただけの魔道具です!』


『業界で期待された鍛冶への利用は『重さの不足』で叶いませんでしたが……、しかし、攻撃用としてはこの通り!

 打撃と組み合わせることで凄まじい効果を発揮しております!』


 説明している間にも、ハンブルク選手とクーシーくんが殴り合っていた。

 ハンブルク選手の振り回すメイスを、時に躱し、時に『発勁』で逸らし、クーシーくんが耐え忍ぶ。


『衝撃』は、発生させるだけで完全に効果を発揮する稀有な概念。なので、『維持コスト』も『操作コスト』も掛からない。

 数ある魔法の中で『最も消費魔力が少ない魔法』だという。

 今の疲れ切ったクーシーくんでも使えているのが良い例だ。


 ただし、『衝撃』は反動も大きい。

 魔道具内部に衝撃吸収機構があるのだろうが、それでもクーシーくんは『発勁』を放つたびによろめいていた。

 特にハンブルク選手が『発勁』を受け流すようになってからは、何度も転びかけている。


 そうこうしている内にハーピーさんが逃げられれば良かったのだが、こちらはこちらで『長脚蹴り』の対処で精いっぱいだ。

 逆に、手数に余裕がある普見神チームは精神的にも余裕がある。


「――ダオラン、あちらだ! 右斜め後方!」


「応ッ!」


 アマンニ選手の指示で、ダオラン選手が『長脚蹴り』を放った。

 右斜め後方、誰もいない壁。その先に、ドワーフくんが走ってきていた。


「ぬうッ!?」


 カメラ越しに見えてはいたのだろう、咄嗟に盾のようなものを構えたドワーフくん。

 しかし『長脚蹴り』は壁をぶち抜いて瓦礫と共にドワーフくんを吹っ飛ばした。

 思い切り床に叩き付けられ、ドワーフくんが動かなくなる。


『これはまずいか!?』


 審査員が叫ぶ。

 しかし、これはチャンスでもある。

 ダオラン選手の『長脚蹴り』が止まったその一瞬で、ハーピーさんが両翼を振り上げた。


 その瞬間、メイヤ選手以外の三人が真上に飛び上がった。

 一瞬、審査員も言葉を止める。

 おそらくその瞬間、事態を把握できていたのはゲームの参加者、それもメイヤ選手とクーシーくんだけだろう。


「――『縛輪の魔法』!」


 メイヤ選手が突き付けるように構えた槍の穂先から、『横一文字の光』が放たれた。

 それは跳躍した三人の下を飛び、クーシーくんに直撃。その勢いでハーピーさんを巻き込んで『横一文字の光』が絡みつき、二人纏めて縛る『光の輪』になった。


『メイヤ選手! 一瞬の隙を突いてマキニス二体を捕縛したぁー!』


 審査員が叫び、状況を整理し始めた。

 壁越しの攻撃で不意を突かれたドワーフくんが倒れ、その隙に逃げようとしたハーピーさんが逆に隙を突かれて捕縛された。

 捕縛と言ってもクーシーくんとハーピーさんがひとまとめにされただけ。手足は動く。

 それでも、『光の輪』に繋がる『光の紐』をメイヤ選手が握っているため飛んで逃げるのは難しい。クーシーくんもさすがにもう立ち回れない。


 もう一人向かっていたはずのマキニスさん、アルラウネさんは、まだ到着しない。

 ただでさえ足が遅いらしいモデルの機体に魔道具運搬係をさせているからか、全然移動できていない。


『これはメイヤ選手の『心通眼の神秘』が刺さりましたねぇ!』


『『目配せ』や『読唇』などの神秘を掛け合わせた『目だけで意思疎通できる神秘』!

 これをパノプテック越しに使って『自分の目を合わせなくても意思疎通ができる』と応用して見せた!

 すばらしい戦術です!』


『真鍮脳側は事前情報から予測できなかったのか!?

 知略戦でも敗北を喫するのか――ッ!』


 審査員と観客が盛り上がり騒ぎ出す。

 言葉を介さず意思疎通ができる。それを隠すためにわざと『俯瞰』のアマンニ選手が声で指示を出していた。

 それに引っ掛かって、最後の連携を見抜けなかった。


 ありうる話だ。

 私ならたぶん引っ掛かる。

 だけど、ブラスさんに限っては、ありえない。


 いい加減に読めてきた。

 ブラスさんがこの程度を読み違えるなんてありえない。

 ありえないから、次の一手が来る。


 なにが来る?

 この状況で使える手は、アルラウネさんの魔道具か?

 でも距離がある。少なくともダオラン選手の『長脚』の射程外だ。

 距離だけでなく壁もある。援護はきっと間に合わない。


 それでもブラスさんが率いるデウス・エクス・マキナなら。

 どうとでも都合の良い展開を引き寄せる。


「――ほら、やっぱり」


 思わず笑みがこぼれた。

 モニターに映るのは、両翼を前方に構えたハーピーさん。

 そしてハーピーさんの胸の前で両手両足を伸ばすクーシーくん。


「『停滞』〰〰♪」


「『発勁』ぃー!」


 両翼からは全力の『停滞魔法』。

 四肢からは全力の『衝撃魔法』。

 水のように重くなった空気に、四重の衝撃波がぶつかり、大瀑布が生まれた。


 瞬間的な大気の津波。

 矛盾する概念の融合が、普見神チームの四人を飲み込んだ。


 直前に気付き防御姿勢を取った四人は、それでも押し流され、壁や床に叩き付けられた。

 たとえ『閃見』や『俯瞰』があろうともどうしようもない圧倒的質量攻撃は、皮肉にも『長脚』で津波を蹴破ろうとしたダオラン選手に最も大きなダメージを与えたのだった。


『ああっ! これは酷い!

 的を大きくしたせいで逆にぶっ飛ばされてしまいましたダオラン選手ぅ!』


『姿勢を低くして堪えようとしたハンブルク選手が一番の軽傷ですが、しかし床に叩き付けられて転がりました!』


『大きなケガはないものの、四人ともかなりのダメージ……ダオラン選手は起き上がれない!

 ノックアウト! 気絶です!』


 ものすごい反撃だった。

 あのほぼ詰み状態から一人落とすなんて……。


 でも真鍮脳チームも無傷じゃない。

 まずクーシーくん。全てのエネルギーを使い切ったのか、ぐったりしている。リタイア同然だろう。

 ハーピーさんも、吹っ飛ばしたメイヤ選手と『光の紐』で繋がっていたため、引っ張られて思い切り転ばされている。

 一緒に繋がれていたクーシーくんはハーピーさんのお胸の下敷きだ。


 一番大きいのは、メイヤ選手が落ちず、かつ『光の紐』を手放さなかったこと。

 これでは逃げられない。


「アルラウネさんは……?」


 ――ダメだ、まだ遠い。

 背負った魔道具を捨てて急げば、なんて考えたが、アルラウネさんは元々足が遅いモデルらしいので焼け石に水なのだろう。

 そもそも武器も何もない状態でフォローに入ったとして、被害が拡大するだけだ。


 うう、やきもきするぅ!


 アルラウネさんが交戦現場へ向かっているのは何か意味があるからだと思う。

 けど同じく向かっていたドワーフくんがあっさり瓦礫の下敷きにされたから、どこまで計算できているのかが読めていない。

 もしかしてさっきの大技が最後の一手だった……?

 などと考えている内に、普見神チームが立ち上がり体勢を整えていた。


 一人落ちても残り三人。

 対してほぼ無力化されたハーピーさんは、立ち上がれず、半身を起こすので精いっぱいだ。


 そんなハーピーさんに向かって、ハンブルク選手がメイスを振り上げた。







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