↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒檀の魔女  作者: ラテオレ
ブレス・オブ・ブラス
PR
52/57

14. ブレック・ブロック


 在界には大掛かりな遊戯が無い。

 隣界で言うスポーツも少なく、精々子どもが好き勝手に作って遊ぶ程度のゲームしか存在しない。

 雌雄を決する対戦は決闘と呼ばれ、多くは殺し合いを指す。


 今回は『品評試合』ではあるものの、比べるのは『防衛力』である。

 今まで私が受け持っていた警護。それをマキニスさんと普見教団で競うのだ。

 当然本気でやらねば意味が無く、かと言ってケガは避けたい案件だ。


 そこでこの対決のためにゲームが作られた。

 名前は『ブレック・ブロック』。

 ブレックは破壊や突破を意味し、ブロックは阻止や妨害を意味する。

 誰が考えたのか一発でわかるネーミングだった。


 ルールは簡単。

 特定のエリアの両端に各陣営の『宝物庫』を用意し、そこに相手陣営の『宝物』全てを収納すれば勝利。

 もちろん本物の宝物と宝物庫ではない。それに見立ててさえいればよく、木箱とコインとかで良いとのこと。


 今回は『品評会』でのデモンストレーションなので、試合時間を短くするために「相手の宝物庫から自分の宝物を取り出してはならない」というルールが追加されている。

 また、『怪我をさせる』などの一部の行為にペナルティが有り、良くて『警告』、悪質なら『退場』で参加選手が減ることになる。

 怪我の度合いでもペナルティは変化するが、一番わかりやすいのは『死なせた場合は敗北』だ。

 なおマキニスさんの場合は『小型真鍮脳の破損』を死と定義している。


 このゲームは味方の宝物を守りながら相手の宝物を奪う10対10のチーム戦。

 ゲームエリアには最初から『アームズ(防犯カメラ)』があるが、『普見の神秘有り・パノプテック有り』のルールなので、両チーム対等と見做している。


「どうなるんだろう……」


 舞台上からゲーム参加者が居なくなり、代わりに巨大なモニターが用意された。

 画面に映るのはゲームエリアの様子。このモニターはエリアの防犯カメラと繋いでいるようだ。

 これで観客たちも審査員たちもゲームの様子を観戦できる。

 もちろん私もモニターを穴が空くほどじっと見つめていた。


 両チームの司令塔はそれぞれ普見神と真鍮脳。

 ただし普見神はほぼ仲介役で、具体的な指示は出さないらしい。

 真鍮脳はいつも通り、マキニスさんたちとリアルタイム交信中だ。


 観光客の意見を拾える限り聞いてみた感じ、『普見教団有利』との意見がやや多い。

 このゲームのカギは宝物を守ることであり、そのための有効な手段は宝物を隠す事だと予想される。


 なにせエリアが広い。中央塔の一階分をまるまる競技用に改装してあり、巨大迷路じみているのだ。

 それらを壁もなにも透視で見通せてしまう普見教団が有利なのは当たり前だ。

 加えて普見教団はゲーム中にパノプテックを設置して『眼』を増やすことが出来る。


 対する真鍮脳チームは、全員同一存在だからチームプレイが超得意、という点でしか勝てていない。

 肝心のアームズはエルフちゃんやクーシーくんみたいな非戦闘用ボディばかり。ミスティークも無い。

 辛うじて有利なのは防犯カメラが最初から全域に設置されていることくらい。


 普通に考えれば、普見神チームが勝つと予想できてしまう。

 それでも真鍮脳チームなら……という声も根強く、ブラスさんの信用度の高さが見て取れた。


 しかし試合の結果に信用度は関係ない。

 ブラスさんが神に成るためにここまでのことを全て計画していたのだとしたら、もう少し何かあっても良いはずだが……しかし、何も出てこない。

 本当にこのまま試合が始まるのなら、ブラスさんはどうやって勝つつもりなんだろう。


 勝てる気がしない。

 そう考えてしまうと、そもそも『昇神の儀式』と見立てたのが間違いだったように思えてくる。

 だって一言もそんなこと言ってなかったし。


 とは言え負ければ統治者の座は追われるだろう。

 少なくとも評価はかなり下がる。魔道具としてそれは最悪『死』に繋がる。

 ならブラスさんは昇神云々は抜きにしても勝ちたいはずだ。


「うぅん……?」


 もしかしてさっき感じた『都合が良すぎる』は勘違い?

 もしかすると今ブラスさんは普通に追い詰められてる?

 なんだかわからなくなってきた。


『もう間もなく試合を開始いたします』


 会場内のスピーカーからブラスさんの声がする。

 急遽実況解説役になった審査員の皆さんが、モニター前に横並びになって座っていた。

 さっきまでこのモニターで試合を観戦するというのが画期的だと絶賛していたが、それも落ち着いたらしい。

 確かに観覧用の望遠鏡要らずで、しかも現地の音や声まで聴けるというのは凄い。

 その分すごいコストが掛かっていそうだけど、そこにリソースを割けるのがベイベロニアならではって感じだ。


『えー。細かいルールの補足をしますと、武具等の持ち込みは可としています。

 ただし神秘は『普見神アルゴセウス』の神秘以外使用禁止。それ以外なら魔法も魔道具も使用可能です』


『加えてマキニスたちは個体差が激しいので、今回は『人型』に限らせてもらいました。

 最大がハーピー、最小がホビット。噂のウサギ組ですね』


『巨大な暴徒鎮圧用マキニスは死傷者が出かねないですからねー』


『そうっすねー。同じ理由で『パノプティタン』も会場で待機してますー』


 モニターの後ろで鎮座しているパノプティタンが手を軽く挙げて存在を示す。

 お互い最高戦力は投入できていないと言えるかもしれないが、有利なのはどちらだろう。

 機動力の価値に気付き調整していたマキニスさんたちか、それとも神官戦士を含む普見教団の十傑か。


『それでは最後に選手紹介とまいりましょう!』


 審査員の中でもノリノリな冒険者がマイク片手に立ち上がる。

 その宣言に合わせて、モニターには選手が一人一人アップで映し出された。


 普見神チーム

 ベルナッド・アーキュラス

 フォトン・バルナ

 メイヤ・マース・クォランタ

 ビロウ

 ハンブルク・ゼンブルクス

 パパラ・ニ・コロトゥク・トゥ

 キンドルフ

 アマンニ・ホームウィール

 ダオラン・ナムリ

 ボ・マオ


 真鍮脳チーム

 エルフ・パラメイド

 ドワーフ・ド・ワーフク

 ヒューマン・ヒューマイン

 クーシー・クーフー

 シルキー・エンヴィー

 ブラウニー・ルロウニー

 アルラウネ・キルニット

 ウンディーネ・ウェンディーグ

 ハーピー・バーニー

 ホビット・ラビット


 紹介された映像では、普見神チームが皆強そうなのに対し、真鍮脳チームがどうしても色物集団に見えた。

 衣装に拘りがあるから、と、ほとんど防具を身に付けていないのも良くない。

 武器も衣装に合った物をチョイスすると言っていた。


 ここまでは真鍮脳チームにも期待はされていたけど、こうまで空気感に差があると、気が抜けてしまう。

 実際に観客席からは真鍮脳チームに向かって「真面目にやれー!」とヤジが飛んだりもした。

 それに対するブラスさんの返答は、実に見事なものだった。


『ここはベイベロニア。技術と芸術と魔術の国。

 その長たる者が拘らずして、果たして王と言えましょうか』


 例え己の進退を掛けた試合だろうと、命を懸けた戦いであろうとも、己の意地を貫き通す。

 それは命を懸けて人生捧げた国民たちにとっては重く響く。

 この国民あってこの国王あり。まさしくベイベロニアを代表するに相応しい風格を備えた色物集団だった。


『さっすが我らが真鍮脳!

 しかしその拘りも敗れれば『負け犬の遠吠え』! 負けた時の言い訳でない事を祈りましょう!』


 審査員の一人が煽るように言葉を重ね、観客席がどっと笑い声で揺れる。

 一部の職人たちは苦笑いだけど、たぶん自分にも心当たりがあるのだろう。『拘り』を『言い訳』にしてしまった経験に。

 私もちくっと来ました。いてて。



『さあ! 今――試合開始ですッ!』



 ドォォオン!


 重く大きな太鼓の音がスピーカーから響く。

 同時に、両チームが動き出した。

 モニターは最大9画面に分割表示され、それぞれのカメラ映像を映し出している。


 スタート直後、注目するのは当然ながら自チームの『宝物』の扱いだ。

 置きっぱなしにしても良いことはないので持っていくのが妥当だが、だとして誰がどのように持っていくかが注目される。


 普見神チームは選手が集まり、人垣を作って『宝物』を回収。

 カメラからは誰が何を持っているかがわからない、ありきたりだが効果的な戦法だ。

 その後、3・3・4の3グループに分かれ、相手陣に向かって走り出した。


 対する真鍮脳チームも人垣を作って『宝物』を回収。

 そしてそれを何やら箱に入れているようだ。

 武具をほとんど持ち込まなかった代わりとばかりに、箱やらなにやら一見して用途のわからない魔道具を配分している。


『あれは何でしょう。箱が十個、それぞれのマキニスが手にしていますね』


『本来ならどの箱に『宝物』が入っているか分からなくする作戦だと思うのですが……。

 相手はよりにもよって普見神。この手の攪乱が効くとは思えませんねぇ』


『ん? いや、あれはどうですか?』


 真鍮脳チームの初動を見守っていた審査員の一人が、苦笑を取り止めてモニターを指差す。

 そこには背を向けたドワーフくん。

 足元の箱に、何かをせっせと張り付けている。


『あれは……箱、ですね』


『箱を箱に入れて、更にまた箱で覆ってる?』


『おいおいおい、ありゃあ――……』


 審査員と観客が注目する中、ドワーフくんがせっせと何かを組み上げ続ける。

 それは箱だ。

 それを入れる一回り大きな箱だ。

 それを入れる、更に一回り大きな箱だ。


 ひたすらに箱を一回り大きな箱に封入する作業を続けるドワーフくん。

 最初は謎の行動だったが、途中からは誰もがその意図に気付く。

 入れ子構造の宝箱。その意図は、


『でかぁぁあああい!! でかすぎんだろぉ!』


『ドワーフ選手、まさかまさかの大荒業!

 サイズと重量を爆増させて『宝物』を物理的に持っていけなくしてしまったぁー!!』


 審査員のツッコミに、観客席が堰を切ったように爆笑する。

 モニターの中で「良い仕事したわい」と額の汗を拭う満足げなドワーフくん。

 いやお前汗掻かねーだろ!なんてツッコミも飛んでいる。

 なお、宝箱はドワーフくんの身長の倍はあろうかという巨大立方体である。でっか。


『どうした真鍮脳チーム! 勝てぬと踏んでエンタメに舵を切ったかぁ!?』


『いやいや、実際あれは厄介ですよ?

 十中八九なんらかの魔道具でしょうからね。簡単には壊せないし動かせないでしょう。

 特に壊して中身を取り出すなら『宝物』まで破壊しないようにしなければなりません。普見神チームは笑えないんじゃないでしょうか』


『どうせ見破られるからってこんな手で来るとは、さすが真鍮脳。頭脳プレーが光ります!』


 審査員が真っ当に評価もしてくれているが、やはり絵面のインパクトが酷い。

 どうしても面白に寄ってしまう戦略に、観客たちはゲラゲラと笑っていた。


 良い空気だ。

 御前試合。クーデター。不穏な単語が脳裏をよぎる中で開始されたゲームだったが、開始直後のトンデモオペレーションによって観客の心に余裕が生まれている。

 やっぱり、真鍮脳は人の心をよく理解している。

 統治者として優れた資質を持っていると言えるが、残念ながら今試されているのはそこじゃない。


『作業を終えたドワーフ選手は、なんと箱を置いたまま敵陣へ向かいます!』


『他のマキニスも散開して敵陣へと向かっていますね。

 ばらばらに動く真鍮脳チームと、3グループにまとまって行動する普見神チーム。間もなく接敵です』


『ですが、……あー。逃げましたねぇ』


 最初に普見神チームとぶつかったのは、ホビットちゃんだ。

 あの小生意気な小人の小ウサギは、デフォルマキオンでなくても身長1mも無い。

 そんなちっちゃな子が単身で普見神の神官戦士たちに敵う筈も無く、かち合った瞬間に逃げ出していた。


『速い速い! まさに脱兎の如し!』


『選手データによるとホビット選手は小型ながら脚力に秀でたマキニス。

 前方への小刻みな跳躍により体格に見合わない超高速移動ができるそうです』


『上手いことカメラも使ってますねぇ。迫る魔の手を振り向きもせずに良く躱せています!』


「いや、おかしい……」


 きゃっ!きゃっ!と楽しそうな実況を聞きながら、考える。

 カメラを使えているのなら、鉢合わせる前に敵の存在に気付けたはず。

 わざと対面して逃げる『囮』?


『普見神チーム、逃げるウサギを追いかけるぅ!

 ってことはあの子が持ってる箱は『宝物』入り確定かぁ!?』


 あ、そっか。

 透視で箱の中身がわかるから囮の意味が無いんだ。

 きっと普見神チームは『宝物』しか狙わない。だとしたらばらけたのは悪手でしかない気がする。


 盤面が大きいと、前提すら時々すっぽ抜ける。

 知識が知識のままでは活かせないのはこういうところだ。

 一つ一つは単純な理屈なのに。


 見ているはずなのに見えていない。

 これが盲点。

 ……いや、私のは単なるど忘れか。


 一つ覚えては一つ抜け落ち、一つ思考すれば他は思考停止する。

 それを自覚し反省するたびに思う。

 真鍮脳の最も特筆すべき能力は、『知恵』でも『知識』でもない。

 無限の情報と無数の手足を完璧に支配下に置く、神懸った『情報処理能力』だと。


『さあっ! ウサギ追いは続きますが、全体を見ていきましょう!』


『まずは真鍮脳チームのエルフ選手、ホビット選手の方へ向かっていますね。

 おそらくはフォローのつもりでしょうか』


『普見神チームはベルナッド選手、ビロウ選手、キンドルフ選手。このグループはあのドデカ宝箱へ一直線です。

 選手データによればベルナッド選手は『巨躯なる神秘』を使えるとのこと。

 差し詰めこのグループは宝箱解体作業部隊と言ったところでしょうか』


『うっかり中身を破損しないよう、気を付けていただきたいですねー』


『いや陰湿過ぎるだろあの箱』


 かなり本気で毒づく審査員。

 会場は笑う人多数、陰湿戦法に素直に感心する人がぼちぼち居る。

 それぞれの観覧の姿勢が違うのがよくわかる。


『ばらけてエリア内の入り組んだ道を走っているマキニスが多いですね。

 目的がまだ読めない選手が多いですが、真鍮脳チーム、ハーピー選手は滞空中。

 上空から『パノプテック』の位置を確認していますね』


『ハーピー選手は両腕が翼、両足が猛禽の爪という、隣界の亜人種をモチーフとしています。

 その再現に用いられた両翼の魔道具は『ノーティカロアーナの天鱗』で編んだもの。

 鱗を羽毛に見立てて翼にするのも面白いですよねぇ』


 天鱗のノーティカロアーナ。

 空中を泳ぐ巨大魚の魔獣(魔魚?)だ。

 その鱗は触れた大気を『停滞』させ、疑似的に水のような重さを生むという。


 天鱗を用いた翼にはきっと同じ魔法が組み込まれている。

 モニターに映るハーピーさんが翼を大きく広げたまま浮いていられるのは、その翼の下の大気が『停滞』して、翼に押しのけられる速度が遅くなっているからだろう。

 なんとも面白い魔法だ。


『ノーティカロアーナ! あいつらの魔法って宙を泳ぐだけじゃなくて、防御にもなってんすよねー!

 一度なんも考えないで斬りつけたら、奴の周りの空気が「ばしゃんっ!」つってぶつかって!

 おかげで攻撃の威力も勢いも殺されて、そん隙に逃げられましたわー』


 冒険者であろう審査員がノーティカロアーナ狩猟失敗エピソードを披露する。

 観客席にはウケていたが、私としてはハーピーさんの衣装について説明して欲しい。

 あの……、あの、なに? 黒いウサギの耳とすんごく露出の多い肌着は……。

 なんだか色々ギリギリ過ぎるけど、あんなのモニターにでかでかと映しちゃって大丈夫? ハーピーさん恥ずかしくない?


『ハーピー選手の仕事は有効ですが、それでも選手一人割かなきゃいけないのが痛いですね。

 そうさせるのも、あえてカメラの死角にパノプテックを仕掛けている普見神チームの戦略の内でしょう』


『しかしいざとなればハーピー選手はパノプテックを破壊できるポジションです。

 この駆け引きによる有利不利は今後の展開次第ですね!』


『さて、同じく真鍮脳チーム、ヒューマン選手。

 こちらは敵陣にて魔道具を展開……って、相手宝物庫を封鎖する気か!?』


 モニターにでかでかと映し出されたヒューマンちゃんは、相手チームの空になった宝物庫に罠を仕掛けまくっていた。

 勝利条件が『宝物庫に相手チームの宝物全てを収納する』である以上、あそこを封鎖されては勝ちようがない。


『マジで容赦ないな真鍮脳チーム!

 服装以外に拘りは無いのかぁーっ!?』


 あまりにも外道な戦法と審査員のツッコミに、会場がまた爆笑に包まれていた。


『いや、ゲスいですけどメチャクチャ上手いっすよ、これ!

 散開したのは『宝物』隠しだろうって心理的ブラフで釣って、ヒューマン選手を敵陣宝物庫まで素通しさせた!

 ヒューマン選手が『宝物』を持っていないと見抜けてしまうからこそ普見神チームが引っ掛かる!』


『普見神チームは今更ヒューマン選手の悪行に気付いたようですが、全員自陣から離れてますからねぇ。

 これは帰った時に罠解除って言う余計な手間が増えましたよぉ?』


『そして手間取ってる間は真鍮脳チームにとって『宝物』奪還チャンスになる、と。

 で、一仕事終えたヒューマン選手はカメラに向かってポーズしてるって言うね!

 なんだっけあれ、『ピースサイン』? ヒューマン選手はファンサービスがお上手ですねぇ!』


 審査員が笑いながらも引いている。

 馬鹿げているがあまりにもぶっ刺さった作戦の数々。

 まだ不利を覆したわけでもないのに、会場には期待と興味が渦を巻き始めていた。

 あとヒューマンちゃんのファンが「マインちゃーん!!」と絶叫してる。ここだけ違う熱狂に包まれていた。


「すっごい……!」


 デウス・エクス・マキナ。

 都合の良い展開が続きすぎている。


 普見神チーム有利、真鍮脳チームはネタ枠。

 そんな下馬評を覆す様々な奇策。

 でもまだ序盤、仕込みの段階。試合が動けばあれらがどう機能するかはわからない。


「楽しい……!」


 これは正しく『エンタメ』だ。

 聞いたことしかないけど、スポーツ観戦ってこんな感じなのだろうか。

 不利と有利の押し引きが続く。どちらが勝ってもおかしくない。

 本来なら『ベイベロニアの今後を決める大事な一戦』なのに、見ている人たちは全員前のめりに楽しんでいた。


 ブラスさんはどこまで仕組んでいたのだろう。

 そしてどんな結末を思い描いているのだろう。

 私の予想が当たっていて、ブラスさんが神に成ろうとしているのが事実なら、それはいったいどうしてだろう。


 考えるまでもない。

 デウス・エクス・マキナだ。

 ブラスさんは、どこまでも『ベイベロニアにとって都合の良い神』になろうとしている。

 この国という舞台の装置へと。

 この国を守り導く統治者として、その責務を果たすために。


 恐るべき情報処理能力を駆使し、未来予知に思えるほどの計画を組み立てながら、

 その心根は、どこまでも善良そのもの。

 それはまるで神様、シノノミヤ・サギリの神のようだった。


「……ちょっと悔しいッ」


 私だって信徒で、娘みたいなものなのに!

 私ももっと神様に似たいぞー!


『さあ、ここまでは真鍮脳チームのイカれた戦法が目を引きましたが――。

 しかし普見神チームの強みはここからです。

 真っ当にやれば順当に勝つのが普見神チームですからね』


『現にホビット選手は逃げの一手です。人数差もありますが、特に直接戦闘では差が歴然ですからね』


 逃げ回る半泣きのホビットちゃんが映し出される。

 追いかけているのは揃いのローブを着た三人組だ。


『見方を変えれば一体で三人を引き付けられているとも言えますが、しかし限界ですね。

 神官拳闘士のボ・マオ選手、前へ出ます!』


 三人組の中、特に小柄な神官が駆け出した。

 しかもホビットちゃんが滞空中の、もう加速も方向転換も出来ない瞬間を狙って。


 ――上手い。


 拳闘士、つまり肉弾戦のプロ。

 至近距離で殴り合う彼らは、思考よりも早く最適な動きを実現する、脊髄反射の支配者だ。


 ほんの一瞬で距離を詰めるボ・マオ選手。

 風圧でまくり上げられたローブの下からは、体躯に見合わない引き絞られた肉体美の女の子が顕わになった。

 そしてその女の子は弓を引くように拳を振りかぶっている。


「失礼致します――」


 そこへ、ホビットちゃんを庇ってエルフちゃんが飛び込んだ。

 フォローが間に合ったけど、これは良いのを貰ってしまう。


 と、思った瞬間。

 ――ボ・マオ選手が地面に組み伏せられていた。


『……っな』


『何が起きたぁーッ!?』


 一呼吸おいて、会場中で歓声が上がる。


 モニターでは『再放送(リプレイ)』が流れ始めた。

 割って入ったエルフちゃんがボ・マオ選手の突き出した拳を掴み、その勢いを利用してくるりと回る。

 それだけで飽き足らず、掴んだ手を後ろに回し、肩の関節を決めて地面に引き倒していた。


 流れが綺麗かつ完璧すぎて、極められたボ・マオ選手当人まで困惑している様子が映し出される。


『説明しましょう』


 ここぞとばかりに解説に入るブラスさん。

 なぜか拍手が巻き起こる。


『エルフ・パラメイドはより完璧なメイドに成るべく、誰よりも繊細で緻密なボディ・コントロールが可能な特製アームズです。

 その機体性能と隣界の対人格闘術『合気』『柔道』などの知識をインストールし、『家政婦式護身術』を完成させています。

 初お披露目となりましたが、上手く機能したようで何よりです』


 説明と同時に、モニターには『家政婦式護身術』の基礎が掲載される。

 相手の力を利用し、相手を制する。守りの術、守備の制圧術だ。

 見た目からして非力なはずのエルフちゃんが筋肉質なボ・マオ選手を引き倒せたのも、『相手の力を利用』したからだろう。


『さすがマキニス! 拘りは衣装だけでなく、その機体にも注がれていたぁ!』


『本人のというよりは職人たちの拘りですかね。執念すら感じます』


 それは私も感じる。

 どう見てもエルフちゃんのボディーは異常だ。

 未だに人工物だと信じられない。


 なんて考えている内に、エルフちゃんが組み伏せたボ・マオ選手を解放して飛び退いた。

 他の神官たちからの攻撃を避けた形だ。


『これは所謂『背に腹』案件ですね!』


 審査員がマイクを握る。


『怪我をさせることはペナルティだと説明しましたが、ゲームに影響するのは重傷以上からです!

 打撲・擦り傷程度の軽傷なら不問、ある程度ダメージを与えても『審査が厳しくなる』のが妥当。

 つまり、ここでチームメイトを捕縛されるより、ペナルティ覚悟で攻撃した方がマシだと判断したのでしょう!』


 隣界人曰く、背に腹は代えられない。

 よくわからないワードセンスがウケ、地味に在界でも使われている言葉だ。


『ここでボ・マオ選手が拘束され実質リタイアするよりは、という奴ですね』


『逆に言えば、ボ・マオ選手が物理的に拘束可能な選手であるということでもあります』


 普見教団側は『普見神の神秘』を使える。

 これは暗視や遠視の神秘だけでなく、巨神や番人に由来する『攻撃的な神秘』も含まれる。

 なので、拘束したところで神秘で破壊して脱出できる人が多いのだ。

 これも普見神チームが有利だと言われる所以の一つである。


『戦闘力も機動力も高いボ・マオ選手はここで拘束してしまいたかったでしょうが、そこまでは許してくれません!

 真鍮脳チームも全てが思い通りとはいかないかぁー?』


『とはいえホビット選手は逃げ延び、1対3の状況!

 エルフ選手の護衛術が対群戦闘まで可能なのかは疑問です!』


 審査員の状況説明とシンクロして、モニター内では立ち上がったボ・マオ選手が他の神官と合流。

 裾をついと持ち上げるエルフちゃんと向き合い、神官たち三人が構えを取る。


「パパラ・ニ、支援を頼む! この女はウチが止める!」


 ボ・マオ選手が叫び、その両眼に神秘を宿した。

 あれは選手紹介のデータ通りなら『閃見の神秘』。平たく言えば『動体視力超強化の神秘』だ。


「二度とウチの拳は捕らせない……ッ!

 フォトンは『長腕』を準備しといて! 向こうの数少ない直接戦闘要員だ、ここで確実に『捕縛』しよう!」


「了解ダ」


「りょ――ッ」


 打合せ直後、最後尾のローブが揺れて、倒れ込む。

 突然のことに、エルフちゃんを警戒したまま半身で振り返る二人の神官。

 そこには、日本刀を携えた和服の小人が立っていた。


 ドワーフくん、ではない。

 あれはたしか――ブラウニー・ルロウニーさん。


「安心せい。峰打ちじゃ」


 ――オオオオオォォオッ!!


 ニカッと笑う初老の小人に、何故か会場が盛り上がりを見せた。


『来ました! ブラウニー選手!

 冒険者界隈では話題沸騰中のマキニス最高戦力です!』


「さ、最高戦力?」


 見た感じはドワーフくんより小さい。体格的にも。

 確かに神官を音も無く沈めたのは見事だけど、何者……?


『ブラウニー選手はあらゆる剣技をインストールした戦闘用マキニスです!

 膨大な知識と弛まぬ鍛錬が有れば魔道具でも『一廉の剣客』たり得るのか、という実験の結晶ですね!』


『特別な神秘も魔法も、なんなら腕力さえ特別ではなく、ただただ技量と研鑽のみで完成した剣豪。

 剣技に重きを置く冒険者の憧れの的ですよ!』


 なるほど、道理で。

 審査員の冒険者も大盛り上がりだ。


「一番会いたくない奴に……ッ」


「イツノ間ニ、ドコカラ来タ」


 ブラウニーさんの顔を見た途端、露骨にボ・マオ選手とパパラ・ニ選手の警戒心がエルフちゃんから離れる。

 それだけ危険だと認識されているのだろう。


「なあに、同僚に運んでもろうたのさ。おぬしらが目を離した隙にのう」


 かか、と笑うブラウニーさん。

 彼が指差す方向は斜め上。そっちには、ハーピーさんが漂っている。


 なるほど、運んでもらったとは、投げ飛ばしてもらったということか。

 おそらくハーピーさんは見た目的に脚力に秀でたアームズだ。加えて滞空中。

 彼女に向かって跳躍し、掴んで投げ飛ばしてもらえば、最短経路かつ最速で音も無く急接近できる。

 パノプテックの監視を掻い潜るには文字通り『目を離した隙』を突かなければならないはずだが、それが出来るのもブラウニーさんの技量なのだろう。


 ……あの移動法、私の『天井歩き』や『黒檀滑空』のオマージュ?

 なんて、自意識過剰かな? えへへ……。


「――パパラ・ニ! 支援要請は撤回する! 全力で迎え撃て!

 この二人はここで何としても沈める! ペナルティを負ってでもそれだけの価値が有る!」


「了解。マカセテ」


 ボ・マオ選手の指示に従い、パパラ・ニ選手がブラウニーさんと相対するように前へ出た。

 ローブを下から跳ね上げて構えたのは、四本の腕。その先に並ぶ二十本の指の全てに呪文が刻まれた爪型魔道具『爪杖』が備わっている。


 四腕二脚の覆われぬ者、滑らかな黒い肌を持つ辺境の部族『トゥタクル族』。

 おそらくは彼らが持つ独特な魔法体系を会得した神官魔法使いが彼女、パパラ・ニ選手だ。

 学校の図書館で得た知識だから何がどう独特なのかはよくわからないけど、すごい!


「『百眼の神秘』、御開眼」


 呟きと共に、パパラ・ニ選手の周囲に目の文様が浮かび上がる。

 あれは百個の視界を得る視覚拡張の神秘。

 艶やかな黒肌に描かれた呪術的文様も含め、彼女は無数の魔法を幾重にも織り交ぜて操る『呪術師』だという。


「善き哉。どれ、その伸びすぎた爪を切ってやろうかの」


「今一度お相手願います」


「上等! 『閃見』のボ・マオ! 参るッ!」


「『百眼』パパラ・ニ・コロトゥク・トゥ。踊ルヨ」


 二人と二体がそれぞれに向かい合い、睨み合う。

 真っ先に動いたのはパパラ・ニ選手。

 その四腕が同時に指を鳴らし、乾いた音と共に『七色の閃光』が迸る。


 初手、目潰し。


 自分たちには『パノプテック』が有るからこそ成立する、暴力的な光の奔流での戦闘。

 知恵を持つのは真鍮脳だけではない。

 その事実を見せ付けるかのような開幕に、会場は大いに沸き立つのであった。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。