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黒檀の魔女  作者: ラテオレ
ブレス・オブ・ブラス
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51/57

13. デウス・エクス・マキナ


「うぅ……」


 痛む胸を押さえる。

 鼓動が速い。汗が止まらない。

 心は胸の中に在ると謳った詩人は、正しかったのかもしれない。


『品評会』も終盤に差し掛かり、予定表(プログラム)は『新技術発表』に移行している。

 これは作品としての完成度ではなく、むしろ未完成度とも言える『発展性・応用性』を評価する部門だ。

 この部門の良いところは、やいやい言われるのが大前提なので、傷付いて暴れ出す発表者がほぼいないということ。


 なので、私は今のうちにさっきまで『意思疎通の魔法』越しに叩き付けられていた『発表者の精神的苦痛』を復元していた。

 痛い。胃と胸がギューッとなる。

 夢の舞台で全否定された(と受け取ってしまった)発表者たちの痛みと苦しみは想像を絶していた。


「大丈夫ですか?」


 エルフちゃんが心配して声を掛けてくれる。

 アヴィちゃんも『貴婦人』の細腕でぎゅっと抱きしめてくれている。

 フォスちゃんも髪飾りの中でおろおろしていた。

 私が自分で勝手に苦しんでるんだから気にしなくて良いのに……みんな優しいなぁ。


「――よし。噛み締めました」


 冷や汗が引き、寒さを感じ始めたところで復元魔法を再開する。

 メンタルリセット&キープ。コンディションリセット&キープ。

 これでいつも通り、『覚悟の復元』でのダメージ以外は絶好調だ。


 この、すん……と落ち着く瞬間に、いつも考える。

 もう既に私には『人の心』なんて無いんじゃないかと。

 まあ、本当に無かったら傷付くこともないから『無』ではないと思うけど。


「落ち着いたところで、いよいよです」


 エルフちゃんがそう言うと、控室に居た一団がぞろぞろと出て行った。

 発表者は最大十名まで登壇できる。共同制作での代表者選出で揉めないようにとのルールだ。

 これまでも複数人は何度もあったけど、上限いっぱいだったのは今出て行った一団だけ。


 アルゴセウス普見教団。


 正式名はついさっき知ったけど、何度か関わりがあった相手だ。

 彼らが控室入りするまで『普見カメラ』の存在を忘れていて、そう言えば参加者だった……!となった。

 ちなみに、観客席にも結構な数の信徒が居るのは確認している。なんでそれを見た時に思い出さなかったんだか。


 普見教団の教義は、『全て見よ』から始まる。

 多くは道徳的な教義であり、同時に強く監視下に置くことを肯定する内容だった。


 私が気になったのは、普見教にとって監視とは『導く』ためのものだということ。


 在界には山ほどいる無教養な人たち。特に荒んだ環境で育った人は、思考回路自体が一般人とは異なる。

 それを一から教育し、社会の一員として迎えるための導きとして、全てを監視下に置くのだという。


 あるいは孤児などの孤立した存在に対しても、この監視は大きな意味を持つ。

 私自身、両親の死後は独りきりで生きていたので、『不幸にも孤立し、どうしようもなくなってしまう人』が居るのはわかる。

 それを決して見逃さず、そして見捨てず、必ず助け出すという意味ではかなりの善性を感じるのも確かだ。


 このような極端なまでの監視社会を是とする思想を『パノプティ』と呼び、彼ら教徒はそれを受け入れている。


 興味深いのは、この完全常時監視システムは『ルール・ルーラー』によく似ているということ。

 ここまでの段階では監視と指導にだけ触れているので、そっくりそのまま同じだと言っても良い。

 違うのはそこから先、『強制力』についてだ。


 普見神アルゴセウスは、ベイベロニアの中央塔より背が高い、山のような巨神である。

 それこそが戒律の守護者としての『強制力』の表れであり、彼の神が戦闘面でも信仰されていることを示す。

 ルール・ルーラーは警告と通報くらいしか出来ないのに対し、アルゴセウスは監視者にして制圧者でもある。

 私とマキニスさんのタッグを一柱で完結しているようなものだ。


「普見カメラにも制圧機能って付いてるんですかね?」


 ちょっとそこだけが気になった。

 エルフちゃんもこくりと頷き、同意を示す。


 見ている限り、普見カメラは想定通りの性能だった。

 もちろん予想通りに素晴らしいという意味だ。


 正式製品名は『普見義眼(パノプテック)』。

 普見神の義眼、あるいはパノプティに基づいて作られたパノプティのための魔道具、という意味らしい。


 魔道具ではあるものの、要は『普見の神秘』である。

 聖水などの神秘を付与されたものは『神具』や『聖品』などと呼ばれていて、わりとどの宗教でも存在する。

 中でも『パノプテック』のように神秘を機構に組み込んだ魔道具は『神秘宝(ミスティーク)』と定義される……らしい。


 フィアンマさんの授業でも聞いた話だけど、在界は各国の繋がりが薄いせいで固有名詞が広まりにくい。

 人とか花とかどこにでもあるものはともかく、新たに発見され定義された物の名前なんかは、驚くほど認知されにくい。

 広まったと思ったら定義に多少の差異が……というのもよくある話。「聖水みたいなものはわりとよくある」と言いながら呼び名が定まっていないのが良い例だ。


『神秘宝(ミスティーク)』もきっと他国じゃ通じないことの方が多いだろうし、私みたいに『神秘』を特別視して無駄遣いを避ける思想の人からは「神秘を道具扱いするなんて!」と反発する人も多そうだ。

 現に私もちょっと普見カメラに対して「いいの? それ」と思っているが、他ならぬ普見神が認めているのなら良いのだろう。


 そう言えば普見神の教義には『神を崇めよ』みたいな定番の文言が無い。

 重要なのは人々の監視とそれによる平和と幸福の実現であり、神さえもそのための一装置として割り切っているのかも知れない。

 だとしたら初めて見るタイプ、『自らを人類救済装置として扱う神』なのかも。

 マラドンナさんの「ただの救済装置にならないために」という在り方と真っ向から相反する、極限の自己犠牲。

 これはこれですごい。


「……制圧機能は無かったですね」


 注目していたが、それらしい機能は説明されなかった。

 けれど、想像以上の機能は幾つも発表された。


 まず普見義眼『パノプテック』とは、既存のカメラに『普見の神秘』を組み込んだミスティークである。

 その機能の大部分は『普見の神秘』に依存するので、舞台での説明もほぼ神秘の説明だった。

 曰く、『普見の神秘』は千里を見通す。これはカメラの撮影可能範囲と拡大範囲の話。

 曰く、『普見の神秘』は万象を見据える。これはカメラの可視域の話で、人では見えない色や光、そして神々をも捉えられる。

 曰く、『普見の神秘』は欺瞞を見破る。これはカメラの特殊機能。幻覚などを無効化出来る。あくまで映像に限った話で、言葉の欺瞞は見抜けない。


 これらの神秘はそれぞれが影響し合い、効果を高め合う。

 一番分かりやすくて強力なのが『見通す』と『見破る』の組み合わせだ。

 これはカメラの視界を遮る障害物を『真実を覆い隠す欺瞞』として解釈し、その先を見ることが出来るようになるという。

 つまり『透視』である。


「まあまあまあ落ち着いてください皆皆様!」


「大丈夫! 大丈夫ですとも!」


「これなるは普見神の授け給うた『ミスティーク』! プライバシーの侵害や、ましてや犯罪行為になど利用されることはありません!」


 当然ながら『広範囲透視カメラ』なんていう作品には観客席からブーイングが飛ぶ。

 それを一生懸命落ち着かせようとしているが、まあ、なかなか納得してもらえないだろう。

 それどころか「普段からあいつらは俺たちの秘密を覗いてたんじゃないか」「私の裸も見られてたってこと? ヤダぁ!」なんて憶測も飛び交っている。


 神が間に挟まると言っても、所詮は信仰もしていない他所の神だ。信用は得難いだろう。

 信徒たちは神が見守ってくれているという状態には慣れっこだが、それはあくまで自分の神に対してだけ、心を開いて受け入れているのである。

 私だって神様以外の誰かに裸を見られたり心を覗かれたりするのは嫌だ。というか神様相手でもちょっと恥ずかしい。

 それを許せるのは師匠と商人さんとアヴィちゃんとフォスちゃんとフィアンマさんと、あと黒檀くらいだろう。

 ……うん。意外と多かった。


「まあまあまあお聞きください皆皆様!」


「確かに! 我々とあなた方では思想が違います!

 安全と秘密、どちらが大事かの天秤は各々で違うでしょうとも!」


「しかしながらベイベロニアでは既に! 国民監視網が敷かれております!」


 お。

 話の流れが変わった。

 このままアピールタイムが終わって品評に移るのかと思ったけど、なんとか踏ん張ったようだ。


 観客席からのブーイングは一時的に収まり、観客は周囲の人と話し始める。

 外部の人には馴染みがないみたいだが、確かにこの国にはあちこちに監視の目があるのは事実だ。


「街灯の一部には防犯カメラが設置され、人型魔道具『マキニス・デアエクス』にも同様のカメラが内蔵されています!

 それらの情報は全て統治者『ブレイズン・ブレインズ』の下へ集約され、情報処理され、国家の安全と運営のために利用されています!

 我々が紹介した『パノプテック』と何が違いますか!?」


 いや、全く違う。

 致命的に違うのは『思想』と『透視能力』だ。

 特に思想は重要で、神が教義に則る以上、法よりも教義を優先することは目に見えている。

 ブラスさんは統治者だが魔道具であり、法を逸脱することは絶対にない。


 と、思うのだけれど……。

 意外と響いているのか、観客席からは「たしかに……」なんて声まで聞こえてきた。

 えぇ……?


 神様はよく知能や知力にも個人差があると言っていた。

 身体能力などと違って比べたり把握したりが難しいが、脳だって身体の一部なんだからそこに明確な差が生まれるのは当然だと。

 しかし見えにくい事実は忘れ去られることが多い。


 その最たる例が、「話せば誰とでもわかり合えるはずだ」という理想論である。

 話す知力はあっても相手を理解する知能がない、という可能性を忘れ去ってしまっている妄言だ。

 もはや価値観の押し付けという暴力に等しく、『最もわかり合う気がない人間の暴論』と言って良い。

 本当に話し合うだけでわかり合えるのならどんなに嬉しいことか……。


 で、今起きてるのはその真逆。

 冷静に考えれば間違いだとわかる程度の言説を、考えてもわからない人達が鵜呑みにしてしまっている。

 わかり合えないはずの人たちが何故かわかり合った気になってしまっているのだった。


 私も知力が高いわけではない。所詮無教養な村娘である。

 しょっちゅう「たしかに」とか「なるほど」とか言っている。

 でも、さすがに今回のは何かおかしいと気付けるレベルだ。


 観客は観光客から地元民までみんな教養がある。

 少なくとも私みたいな田舎出身で文字の読み書きもできないレベルの人はいない。

 冒険者のごく一部がぎりぎり私に近いくらい。

 だから観客の知力が私より低いとは思えないんだけど、何が原因なんだろう……?


「勢いで場を呑む話術ですね。『一理あれば合理』と思える人の錯覚を利用したものです。

 観光客からは『ブレイズン・ブレインズ』の実態が掴めないのも錯覚に拍車を掛けています」


「なるほど」


 あ、早速言ってしまった。

 でもエルフちゃんの話はかなり納得できる理屈だ。

『パノプテック』と普見神をよく知らないから拒絶してしまうように、ブラスさんをよく知らない人から見れば『似たようなもの』と感じてしまうのかも知れない。

 であればそれは知力の問題ではなく視点の問題だ。見えてる情報が違えば出せる答えも異なって当然である。


「勉強になりますっ」


 ありがたや、とエルフちゃんを拝む。

 それに対し、スカートの裾をついと持ち上げて一礼するエルフちゃん。

 優雅だぁ……。


 舞台に視線を戻すと、話は更に過熱していた。

 ブレイズン・ブレインズとは如何なる物か、そしてその監視網とはどう構築されているのか、など。

 気付けばブラスさんのことばかり熱心に話している。


 それらは布石だ。

 観客がブラスさんのことを知り、その功績を知り、評価を新たにする。

 最近上がっている評価に加え、僭越ながら私が警護担当を請け負うことで『安全神話』まで生まれているという。

 魔道具でありながら統治者となり、そして神話を紡ぐに至ったブラスさん。その話を全て、本題の切っ掛けとして普見教団は語って聞かせた。


「我々は『ブレイズン・ブレインズ』を高く評価しています!

 この国で最も『見る目ある者』であり、我々に最も近しい者であると!」


「しかし! 悲しいかな、魔道具では限界があるのです!」


「ですが我々なら! 普見神であれば! 彼の『ブレイズン・アームズ』に勝る『アルゴセウス・ミスティーク』を用意できます!」


 声を大にして宣言すると、普見教団は誰かに手を挙げて合図を送った。

 すると、舞台の床が割れ、その下から何かがせり上がってくる。


 あれは大型作品発表用の昇降機だ。

 控室を通れない巨大な物、運ぶのが難儀な重たい物などを、直接舞台に上げるための装置だ。

 舞台下は第二控室のようになっているが、作品とマキニスさんしか入れないようになっている。

 なので、私も最低限のチェックともしもの時の通路の確認だけして、今日は一度も入っていない。

 だからあそこから出てくる作品は全て初見だ。


「おおー……」


 それは、すごい大きな神像だった。

 一目でアルゴセウス神を象ったとわかる。

 裸身の筋肉質な巨体には、全身に無数の目が付いている。


 初見は初見でも、昇降機にギリギリ収まるサイズの巨大作品も初めてだった。

 しかもそれで「膝を抱えて縮こまっている」という状態である。


 あれが『アームズ』を上回るという『アルゴセウス・ミスティーク』らしい。

 サイズだけ見ると、警護のためにも小回り・機動力が重要だと学んだマキニスさんに一歩遅れを取っている気はする。

 それに、神秘以外は人工物だとしても、マキニスさんたちのような技術力を感じない。一見して『人の形に似せた全身鎧』みたいなフォルムだからだ。


 エルフちゃんの滑らかで柔らかな肌をもちもちすればわかる。

 この継ぎ目のない『肌』がどれだけの技術で支えられているか。

 大きさといい、全身鎧型といい、どうも雑な部分が目立つ。


 ただ、マキニスさんが持ち得ない『戦闘力』や『防衛力』に関しては、間違いなく上を行く。

 あれは『御神体』と『神秘宝』の融合。

 例えるのなら、あれはアルゴセウス神の『化身』である。


「ご覧ください! 我らが普見神の宿りしこの偉容を!」


「その巨体故に今回は挨拶だけお願いしていますが、もちろん巨神にして番人たる戦闘力は折り紙付きです!」


「先ずは我々の『ミスティーク』が、『アームズ』に不足している国家防衛力を補完し得る存在だとご理解いただきたい!」


 うずくまっていた化身が立ち上がり、吹き抜けの天井から身体の半分近くがはみ出した。

 全身の目が開き、周囲を見渡しながら、少し下に向けてかざした掌を観客席へ向ける。皇族の民衆向けパフォーマンスみたいだ。あれで手を振るのと同じ意味だったはず。


 あれだけブーイングが飛び交っていた観客席も、一度落ち着き、今はまた歓声を上げている。

 いや、あれは確かに凄い。

 何かと危険の多い在界において、目に見えて強いとわかる『化身』はそれだけで信仰を集められるだろう。


 気を良くした普見教団も再び胸を張って作品を紹介し始める。

 彼の化身は決戦兵器『パノプティタン』。その巨体から国内の警護には向かないが、ドラゴンの襲撃にも対応できると豪語する。

 全身には百個もの『パノプテック』を搭載し、無数の目を持つアルゴセウス神本来の権能を可能な限り引き出せるという。


「如何ですか! 我々は既に『ブレイズン・アームズ』が持ち得ない『眼』と『力』を有しています!」


「その上、これらを基にして小型化を進めれば、『マキニス・デアエクス』同様のミスティークも作れるようになるでしょう!」


「我々はこのミスティーク技術とパノプティの理念に基づいた『ブレイズン・ブレインズ』に代わる次世代管理システム『全展望監視網(パノプティクス)』を発表します!」


「そして! どんな事象も見逃さず、どんな人間も見捨てない! 完璧で究極の『全展望監視国家(パノプティコン)』を目指しましょう!」


 観客が沸き立ち、歓声が起こる。

 しかし、喝采は起きなかった。

 勢いに押され、熱に当てられた観客たちでさえ、最後の一歩を踏み出せない。


 全ては普見神の管理下に置かれる。


 確かに透視を含め「全てが筒抜けになる」というのは気持ちの良いものではない。

 だが、この国の人にとって神は身近な存在で、いつも誰かが見守っているというのは当たり前でもある。

 ならば『パノプティクス』は素晴らしいものだと言えるはずなのに、観客たちは漠然とした不安を拭えないでいた。


 私は、素晴らしいプレゼンだったと思う。

 このパノプティタンが私の故郷に居てくれたら『若き竜』も撃退してくれたかもしれないし、天涯孤独になった私を救いあげてくれたと思う。

 それだけ多くの悲劇を防げる素晴らしいシステムだ。


 ただ、私は普見神に救われることは望まない。

 商人さんの手を取らなかったように、私は『救い』を求めなかった。

 そしてそれはこの国の人たちもきっと同じだ。

 今になって、より強く私とこの国の職人たちはよく似ていると感じていた。


「さて、そろそろ出番じゃの」


 と、背後でそんな声が聞こえる。

 振り向けば豊かな髭を蓄えた男性が居た。

 小柄ながらがっしりした身体つきに、それを覆う和柄の和服。

 なにより特徴的な『ちょんまげ』を持つのは、間違いない、ドワーフくんだ。


「久しぶりじゃの、クロエ嬢」


「お久しぶりです! そっちのボディでは初めてですね!」


 思った通りに渋い! 格好良い!

 2.5頭身のデフォルマキオンでは省略されていた顔の皺が、より人としての深みを感じさせた。

 丸太みたいな手足もこっちの方がごつさがよくわかる。


「ところで肩に担いでいるのは……」


「うむ、エルフ嬢じゃぞい」


「私です」


 私の問いに、ドワーフくんとエルフちゃんが答える。

 エルフちゃんは私の肩の上に居るが、ドワーフくんが担いでいるのは私が初めに会った方のボディだ。


「実は小型真鍮脳は通常モデルの方に搭載しています。

 こちらのデフォルマキオンは現在遠隔操作中なのですが、感覚混線を避けるために片方を休止させています」


「そんなことも出来るんですねぇ」


 感覚混線というのは初めて聞いたけど、なんとなく理解できる。

 神様でさえ『御分霊』はおろか私と師匠での『二人同時神降ろし』が難しいくらい、自我の分裂は問題が多いという。

 おそらくエルフちゃんが言う感覚混線もこれに近いのだろう。

 もしかするとブラスさんがマキニスさんたちに小脳を与えているのも、『個性』を与えることで『自我の分裂』を避けるためかもしれない。


「私たちはこのあと出番がありますので、少し席を外します」


「何かあれば『ルール・ルーラー』で連絡するからのう」


 その言葉を最後に、小さいエルフちゃんがすやぁと眠りにつく。

 入れ替わるようにしてドワーフくんに担がれていたエルフちゃんが目を覚まし、地面に降り立った。

 おねんねしたちっちゃい可愛いエルフちゃんに関しては、エルフちゃん本人が持っていってしまった。

 置いてって欲しい、とは言えなかった。

 どっちも自分の身体だもんね。残念。


 控室を出て行ったドワーフくんとエルフちゃんは、舞台の端で待機している。

 その後に他のマキニスさんたちもぞろぞろと続いて、一列に並んだ。

 あ、クーシーくんだ。ヒューマンちゃんとホビットちゃんも居る。

 通常ボディも可愛いなぁ。手を振っとこう。


 ん、あれ?

 てっきり『品評会』の閉会式で司会進行でもするのかと思ったんだけど、どうも空気がおかしい。

 まだ普見教団も舞台にいるし、マキニスさん多過ぎだし、そもそも品評が開始されてもいない。

 ようやくパノプテックのアピールタイムが終わったくらいのはずだ。


 どういうことだろう、と成り行きを見守っていると、普見教団の一人が声を上げた。


「納得できないのも、信用できないのも、無理はありません!

 我々には実績がなく、対する『ブレイズン・ブレインズ』は今『安全神話』を紡いでいるのだから!」


「であれば、我々は示しましょう!

 これもまた『品評』のためのアピールであり、同時に『ブレイズン・ブレインズ』の『再品評』であります!」


 会場の空気が一変した。

 国民が一様に緊張し、それを感じ取った観光客が動揺する。

 いずれにしてもさっきまでの『品評会』らしい空気感からは逸脱していた。


 ――真鍮脳の再品評。


 それは彼らが安全神話に挑むということであり、同時にクーデターとも取れる。

 ここに至って普見教団は『大言壮語ばかりの発表者』ではなく『史上最高傑作に挑む挑戦者』になったのだ。


「ベイベロニア法に則り、我々は『統治者』に対してその資格を問う!

 これは国民の権利であり、正当な主張である!」


「そして我々は提案する!

『パノプティクス』と『ブレイズン・ブレインズ』のどちらがこの国の支配者に相応しいか、『品評試合』をもって決することを!」


「さあ、『ブレイズン・ブレインズ』よ! 我々の提案と挑戦を受けるか否か、答え給え!」


 品評試合。

 それを聞いて、私は「え……?」と思わず動揺の声を漏らした。

 作品の性能を試すデモンストレーションの一種だが、これは実質的に『クーデター』だ。


 私と同様に、観客席からはどよめきの声が漏れていた。

 ほんの数秒前、普見教団が『挑戦者』になった時には感心した声も多かったのに、度を越えていきなり『反逆者』になられては困惑もするだろう。


『ブレイズン・ブレインズ』の再品評は、彼を『魔道具』として扱った上での挑戦。

 しかし『ブレイズン・ブレインズ』を『統治者』として扱った上での挑戦は、即ち『反逆』だ。

 挑戦を拡大解釈して「クーデターとも取れる」と評したのとはわけが違う。


 明確に、普見教団はブラスさんに成り代わろうとしている。

 次世代システムを謳ったことからも、これは正当な世代交代だと主張しているのだろう。

 法に則ったのも正当性を強調するためだ。


 主張は『現体制のアップデート』であり、反逆とは程遠い。

 だが、そのために統治者まで挿げ替えるというのは、いくらなんでも行き過ぎだ。

 ただのアップデートであるのなら、「我等の作品をベイベロニアの治安維持に役立ててくれ」と提案するだけで良いはずなんだから。


 当然、こんな話に正当性はないし、少なくとも今ここで挑戦を受ける必要はない。

 統治者としての資格を問われたからと言って、即座に応じなければならないという法は無い。

 むしろ然るべき場でもっと慎重に審議されるべきものである。


 だけど、ブラスさんは微笑む。


「受けて立ちましょう」


 ――おおぉぉおおおおおっ!!!


 歓声が上がった。

 熱が爆ぜ、会場はヒートアップする。

 そんな中、待機していたマキニスさんたちが出て行って、ブラスさんの前に整列した。


 どんな思惑があったのかはわからない。

 ただ、この対決は最初から決まっていたのだろう。


 普見教団の発表順と、スタンバイしていたマキニスさんたち。

 そして、今まさに発表された対戦ルール。

 全てが「たった今決まったことではない」と示していた。


「此度の『品評会』、最後の作品は『ブレイズン・ブレインズ』。

 皆様ご存じ、露天商国ベイベロニアの統治者たる『神造知能』です。

 今作に限り、特別審査員の席は観客席の皆様へとお譲りします。

 どうぞその目で『私』を見定めて下さいませ」


 堂々とした名乗り上げの最後に、登壇した十体のマキニスさんが深々と礼をする。

 合図も無しに一糸乱れぬ統制を見せた現統治者たちの姿に、観客たちは大盛り上がりだ。


 なのに、私は何故か寒気を感じていた。

 目は惹きつけられたまま。舞台に釘付けになっている。

 だというのに、心だけがどこか醒めていて、まるで俯瞰する第三者のように舞台を眺めていた。


「これは……」


 熱狂する民衆。

 向かい合う神の使徒と機械たち。

 ルールを定めた正式で正当な決闘。


 ――これは、まるで『昇神の儀式』だ。


 主に『神の試練』に見られる形式。

 試練に挑み成し遂げた者を『神域到達者』として認め、神々の仲間として迎え入れる儀式。

 ブラスさんは今、『品評試合』を通して『神』へと至ろうとしているのだ。


 長年かけて積み上げてきた信頼。

 警護依頼を通して紡がれた『安全神話』。

 熱狂により高まった信仰が集中し聖地化した『品評会』会場。

 多くの人と神が見守る言い訳不要の御前試合。


 全てが、

 何もかもが、

 あまりにも整い過ぎている。


 この展開はいつから仕組まれていた?

 私が依頼を受けてから?

 それともベイベロニアに来ると決まった時から?


 私は私の意思の下で行動した。

 依頼を受けてくれと言われた以外は全て自由意志で行動の選択をしてきた。

 そのはずなのに、あまりにもブラスさんに都合の良い展開になっている。


「デウス・エクス・マキナ」


 それは、『機械仕掛けの神』を意味する言葉。

 同時にそれは、『ご都合主義な舞台装置』を意味し――


 ――『都合の良い展開』そのものを指す。












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