12. 陰と光
露天商国ベイベロニア名物、『品評会』。
古くは商人たちの新商品発表会に起源を持つ、歴史ある催し。
新商品を持ち寄っては商人同士で「魅力的か」「価格帯は妥当か」「販路は確保できるか」「量産は可能か」などと意見を交換する。
それが広がり、定期開催化され、今でも続けられている。
特別な名を持たず、ただ『品評会』と呼ぶのも、特別な会ではないと示すためである。
品評による優劣とは、商品の指標。
商人が商品を売り出す前に、それが商いとして成立するレベルの品なのか否かを問う。
要は、商人が新商品に入れ込み過ぎて失敗しないように仲間内で売れるかどうか見てやろう、という仲間意識の表れなのである。
断じて、職人の人生を左右するものではない筈だった。
ましてや神々の威光を示す場などではない筈なのだ。
「思うようにはいかないものですね……」
熱狂は更なる熱狂を呼ぶ。
過熱していく『品評会』は、その名に反してあまりにも大きくなり過ぎた。
内容自体に大きな変更はない。
商人が持ち寄った新商品を仲間内で評価し合うのが過去の『発表会』。
今は、商人だけでなく職人が直接『新作』を持ち込み、幾人かの商人・職人・神が『審査員』となって品評する。
最終的に『最優秀作品』や『審査員特別賞』などで多少の優劣はつくが、そこは主目的ではない。
だから、今も昔も変わらず「持ち寄った物を品評する」ということしか行われていないのである。
ところが、あまりにも素晴らしい作品の数々がお披露目されるうちに、ただの『品評会』は注目され過ぎてしまった。
それをよく示しているのが、観光客の爆増である。
この観光客は主に三種類に分けられる。
一つは、新作・新商品好きの貴族や金持ち。
この『品評会』では発表された物を手に入れることなんてできないのに、わざわざ何日もかけてこの国を目指すほどの物好きだ。
あるいは比較的近所に住んでいて遠征可能な実力派冒険者たちも『物好き』グループだろう。
一つは、国外の商人たち。
彼らはベイベロニアを流行の発信源として注目しており、新技術も含め、『新しいもの』がすでに市場に出回っている『既製品』に大きな影響を与えると知っている。
なので、作品を見て、今後の市場の動きを予測して商いの方向性を決めようとしている。
作品の独占販売契約を取り付けようというのはごく一部だ。
一つは、国外の職人たち。
在界では生存自体が困難で、旅は危険極まりない。職人たちも大抵は生まれ故郷から大きく動くことはなく、その土地に根付いた職人として成長し、一生を終える。
しかしそれでは満足できない職人たちは、新たな可能性の扉を開くためにこの品評会を見に来るのだ。
おそらく観光客の中で最も熱量が高いのが彼らだろう。
私は職人たちの熱さをわかったつもりで全然わかっていなかった。
端的に言おう。
職人観光客、めっちゃくちゃ問題起こす。
「どうしてこんなことに……」
私は溜息を吐きながら観光客を黒檀で拘束していく。
一分に一人は問題を起こすペースで、私もほぼ通り魔的に問題児たちを取り押さえていった。
幸い観光客には冒険者のような戦闘用神秘持ちは少なく、極細黒檀網でどうにかできる場合がほとんどだった。
品評会当日。
いよいよ開催されるお祭りを前に、既に職人観光客は大盛り上がりだった。
と言うのも、観光客を見越して各商人や職人たちがアピール合戦を始めたからだ。
普段から飛行船ターミナルと各地を繋ぐ『観光メインストリート』はアピールが凄い。
しかし今日ばかりは普段の比ではなく、置かれた作品も『コンリンシャン』のお土産用コスメとは違い、とにかく『質』を見せ付ける最上級品ばかりだ。
なんなら非売品も滅茶苦茶多い。
当然そんなものを見せ付けられて黙っていられる職人観光客は少なく、「手に取らせてくれ」「素材を教えてくれ」「弟子にしてくれ」「非売品でも売ってくれ」と大騒ぎなのである。
「もういっそ『うわん』を解禁しちゃおうかな……」
げんなりするほどのトラブル発生頻度についボソッと呟いてしまう。
自主的禁忌指定魔法『うわん』は、私が使える技の中でも稀有な制圧力を持つ。
師匠の『大恐哮』と瞬間的には同等の効果を持つが、原理は真逆という面白スキルだ。
良くて失神、悪くてショック死、範囲は広大でほぼ無差別、という扱いにくすぎる代物なので、当然こんな場所では使わないけれど。
「クロエ様は随分お変わりになられたようですね」
飛び回る最中、肩の上でエルフちゃんがしみじみと言う。
初日ぶりのエルフちゃんは相変わらず楚々として可愛らしい。
「そうですか?」と聞き返しながら次の暴れん坊を制圧すると、エルフちゃんは目を伏せて頷いた。
「初日のトラブルでは、随分と心を痛めておりました。
やむを得ない事情があると知って、それでも何もできないことを苦しむように。
ですが今は、ただ淡々と職務を遂行なさっているようです」
たしかに。
私はいつからか、制圧対象の話を聞きすらしなくなった。
最初の頃はいちいち事情を聞いては心を痛めていたし、その痛みは今もちゃんと保持しているけれど。
理由は簡単だ。
私には警護の心得が身に付いたからだと思う。
「エルフちゃん、ギノさんを――初日に暴れた職人を許してくれた商人を覚えてますか?
私はあの時優しい人だな、くらいにしか思わなかったんですけど、あれがヒントだったんです」
「と、言いますと?」
「警護とは、誰かに寄り添う仕事ではありません!」
ふふーん!
自慢げにふんぞり返って見せる私。
こくこくと二度頷くエルフちゃん。
「と、言いますと?」
「突っ込んでくれないんですか!?」
悲しい。
あとなぜか恥ずかしい。
いや、でもボケたわけではないのだ。
わざと結論を先に言ってツッコミ待ちしたけど、そして滑ったけど、私は本当に「警護の仕事は寄り添うことじゃない」と考えている。
「ごほんっ――。
あの時、ギノさんを許せたのは、当事者であり被害者だった商人だけです。
他の誰がどれだけ寄り添おうとしても、どうにもなりませんでした」
「そうですね」
「そこで考えたんです。寄り添うための条件を。
被害者などの当事者はもちろん、あの場にいたギノさんの弟子たちみたいな関係者も寄り添えます。
あの場にいなくても、ギノさんの友人知人など、親しい人は寄り添えますね」
当たり前のことだ。
でも、私はちゃんと考えていなかった。
「では警護担当の私は寄り添えないのか?と言うと、まあ、ほぼ不可能ですね。
赤の他人ですし、事情も知りませんし、そもそも取り押さえる役で恨まれすらします」
この依頼中も怒鳴りつけられたのは一度や二度ではない。
涙ながらに「お前に俺の気持ちがわかるか」と食って掛かられたこともある。
その時に『意思疎通の魔法』を介して流れ込んできた『痛み』は、大切に保管している。
「でも私だからこそできる唯一無二の寄り添い方を見つけたんです。
それが『警護の心得』として身に付いているから、今の私は淡々と仕事をこなせるんですよ」
「はあ……」
小首を傾げるエルフちゃん。
ピンときてない可愛いエルフちゃんに、私はもう少し詳しく説明する。
そもそも警護とは何のためにあるのか。
なぜブラスさんは私に警護を依頼したのか。
答えは最初から示されていたのだ。
――職人を迅速かつ無傷で止めたい。
それこそが、警護者が出来る唯一無二の寄り添い方。
だから私は、ただひたすらに淡々とトラブルを制圧し続けることにした。
一見冷たいような、突き放したような考え方かも知れない。
でもこれは医者や薬師としての在り方にも通じると思っている。
守ることや癒すこと。
私の役割は『それだけ』であり、一人一人の想いや人生にまで寄り添うのは他人の役割ではない。
医者は人の生き方にまで口を挟まない。どう生きようが患者を癒す。それが医者の役割。
だから師匠と神様は『幸せにする方法』ではなく、『健康にする方法』を追い求める。
幸せになれるか否かは本人次第で、その力になれるのは傍にいる者だけ。
私たちは、誰かが自分の幸せを見失わず、追い求めていられるよう、心身の健康面でサポートすることを目指しているのだ。
では、問題を起こした人たちには誰が寄り添うのか。
寄り添ってくれる誰かはどこに居るのか。
その誰かと出会えるか否かは、彼ら次第としか言いようがない。
「私に出来ることは、暴走した彼らが引き返せるよう、傷が浅いうちに引き留めてあげることだけなんです」
それが警護の心得。
取り返しが付かなくなる前に止める。
それだけが私が彼らを想って出来ること。
「――あっ、でも、『寄り添ってくれそうな人』は紹介してるんですよ?
ほらこれ!」
肩に乗るエルフちゃんへ、外套の袖に忍ばせた『名刺』を渡す。
そこには『ベイベロニア生活相談課』、通称『真鍮脳のお悩み相談窓口』のことが書かれている。
「詳しくはお近くのマキニスまで!」の決め台詞つきだ。
これをブラスさんに貰ってからは黒檀拘束のついでに一枚置いて行っているのだ。
赤の他人じゃ寄り添えない。
でも、真鍮脳はきっと違う。
きっと誰よりも親身になって話を聞いてくれる。
それだけの信頼を、私はあの『神造知能』に抱いていた。
「なるほど。これのおかげもあって最近『ブレイズン・ブレインズ』の評価が高まっているのですね」
「そうなんですか?」
「はい。『品評会』前後は例年なら評価が下がり始めるのです。
様々な不満が統治者である『ブレイズン・ブレインズ』へ向かうためだと考えられます」
「へー」
そっかぁ。
でも、評価されているのは私が名刺を配っているからじゃない。
ブラスさんがちゃんと窓口を用意し、ずっと国民に寄り添おうと努力し思考し続けてきたからだと思う。
でなければブラスさんも「お前に俺の気持ちがわかるか」と言われるだけで、評価が上がったりなんかしないだろう。
「ところで、気付いておられますか?」
「? なににですか?」
街灯を足場にして飛びながら訊く。
エルフちゃんは視線を落とし、観光客たちを眺めていた。
つられて私も観光客を見渡してみる。
さっきから『飛行船ターミナル』と『観光メインストリート』ばかり行き来している。
その割には、未だに私を見ている人たちが多い印象だ。
いい加減見慣れてきて、私よりベイベロニアの作品群に注目しだすと思っていたんだけど……?
「……もしかして」
ふと、注目の理由に思い当たる。
『拵』だ。
先日遂に完成した『拵』。
鞘に柄木地、更には刀身まで少し手を加えた今の『単分子ブレード』は、一振りの芸術品である。
職人観光客たちが私が通るたびに見上げてくるのも頷けるほどの傑作だった。
「私もその『太刀』が原因だと考えます。
随分と素晴らしい『業物』を得られたようで」
「そうですよね! 素晴らしいですよね!
業物の中の業物、『大業物』を超えた『神業物』――いや! 『大神業物』です!」
テンションが上がって鞘ごと刀を掲げて見せると、足元で職人たちが一斉に「おぉー!」と声を上げた。
やっぱりこの刀にみんな注目していたらしい。
「……クロエ様は、御自身以外は高く評価しますね」
「そうですか?」
身内贔屓はよくするけれど、それはちゃんと自覚している。
今回の刀については贔屓抜きで正当な評価だと思うんだけど……。
芸術面を抜いて実用性だけ見ても、『概念を焼き切れる刀』なんて、神剣の類いでしょ?
もちろん美しさもすごい。
アヴィちゃんの『灯の眼』越しにこの刀を見たマラドンナさんがすっごい興奮していたくらいだ。
魅了の女神をも魅了するんだから、それはもう凄いでしょ。
「見て下さいよこの鞘!
師匠が削り出した黒檀をベースに、サラーサさんが塗装してくれたんです!」
サラーサさんは塑造家で、かなり手広く物作りを嗜んでいる。
特に好きなのが陶芸で、着彩技術もそこで磨いたものだという。
こと立体物に色を乗せることに関しては専門家と言って良い。
そんなサラーサさん渾身の一作は、黒檀を彩る幾層の『ファイアパターン』だ。
鯉口から溢れ出すように描かれた炎の意匠は、熱を得ると更に鮮やかに発色し、冷めると元に戻る。
これも焼き入れで色を出す陶芸着彩技法の応用だとか。そのために『加熱発色・放熱退色』の特性を持つレア染料まで使ってくれている。
貴重な素材と稀有な技術を惜しみなく注ぎ込んだ一品。
これだけで既に一枚の名画に値する。
「そして鯉口と下緒飾り!
マルファスさん考案の『特別な機構』まで搭載してます!」
名画に額縁、というわけじゃないけど、金具も鞘に相応しい至高の逸品だ。
各種金具を付け、下緒代わりのベルトに繋ぐ。
ベルトももちろんデュマさんたち縫製商会が用意してくれた。
デュマさんは下緒を編んでみたかったそうだが、私が刀を腰で佩かず肩に掛けているせいでご遠慮いただいた。
そもそも下緒が正しいのかもよくわからないのだ。
在界では『日本刀』への理解が進んでおらず、『太刀』と『打刀』の違いも曖昧だ。
下緒も佩緒も差がわからず、当然、正式な拵の形式は理解できていない。
もしかすると私の刀は隣界人に、あるいは隣界大好き黒鉄さんにさえ笑われるものかも知れない。
でも、それでも良い。
それならそれで、私はこの刀を『在界刀』あるいは『ベイベロニア・ブレイド』として認識するだけだ。
「……クロエ様が自慢し始めたからか、騒動が減りましたね」
「えっ? 何でですか?」
「注目を集めすぎて、店頭商品に夢中になる人が減っています。
代わりに店主たちにも睨まれていますが……」
「……わぁ」
飛び回りながら足元を見る。
足元では職人観光客たちが「もっと見せろ」「抜いて見せろ」と騒いでいる。
その向こう、店のカウンターの向こうからは、商人たちの恨めしい瞳がギラついていた。
ちなみに店番してた職人たちは身を乗り出して観光客と同じことを言っていた。
「騒動は収束傾向です。あとはマキニス警護部隊に任せ、『品評会』会場に向かいましょう」
「そうですねっ」
期せずして騒動を抑えた私は、満足して鞘を提げ直す。
『品評会』はもう始まっているはずだ。
開会式では審査員の紹介やこれまでの優秀作品の振り返りなど、それはそれで盛り上がる内容になっている。
名のある職人や商人、冒険者や神が審査員として紹介される度、会場が沸き立つらしい。
振り返りでも毎回参加できているわけではない観光客は熱狂し、そして今回はそこから更に進んだ技術や芸術が見られるのだろうと期待する。
まだ私が会場入りしていないのは、外の方が騒動が多いからだ。
開会式中はマキニスさんたちが参加者を案内している。
この段階では特にトラブルらしいものは無く、開会式中も同じだ。
トラブルが増えるのは、作品発表が始まってから。
「よいしょっと」
会場は飛行船ターミナルがある中央塔の高層エリアで、巨大な円形闘技場みたいになっている。
隣界でもこの形状は闘技場として古くから現代に至るまで存在しているという。
やっぱり理に適ったものは世界が違っても共通するんだなー、なんて思いつつ、私は開いた天井から会場内へと飛び込んだ。
開会式はそろそろ終わるころか。
スピーカーを通してマキニスさんが話しているのを聞きながら、邪魔にならないよう隅の方へ降り立つ。
「発表予定の作品に悪さを働く方も居ます。
少しパトロールをお願いできますか?」
「承知しました!」
するりと音も無く舞台裏へともぐりこむ。
実は音速超過の復元魔法は『音』を消し去れるのだ。
復元により体内の異物を消し去れるのと同じで、自身の発する音や自身に反響する音を広がるより早く復元で消し去ってしまえるのである。
神様は「究極の吸音材じゃん」と言っていた。
吸音材が何かは知らないけど、言葉のニュアンス的には間違っていないと思う。
ちなみに師匠の鎧がガチャガチャと音を立てないのは、木製だからではなく、復元魔法で音を殺しているからである。
わざわざ音を殺しているのは、動く音さえも『意思を伝えるもの』となり、『意思不通の呪い』を宿してしまうから。
知れば知るほど難儀な呪いである。
……ん?
いや、『黒檀化』しているなら自然と音殺しになっちゃうのかな?
だとしたら「わざわざ」というより「たまたま」だ。
一挙両得。『黒檀化』って便利。
「さて……」
舞台裏、控室。
ここには『品評会』で発表される作品と、その関係者が控えている。
『品評会』は大規模になってから発表順を作品のカテゴリによって大別していて、今は『美術品』カテゴリの発表中だ。
作品と作者ではなく関係者がセットなのは、作品紹介を商人が受け持つ場合もあるからだ。
ベイベロニア縫製商会の作品が発表された時にはマルファスさんが登壇して営業トークを繰り広げたこともあるという。
そう聞けば、「ギノさんは作品の良さを言葉で表すのも苦手そうだなぁ」と思ってつい苦笑してしまう。
エルフちゃんが言ってた『腕が良ければ大成するというわけではない』という言葉がじんわりと心に浸透していた。
「ここからでも舞台は見えますね」
会場はほぼ真円の建物で、観客席は三日月型、舞台から見て上りの階段状になっている。
舞台も円形で、舞台と観客席の間には一段低い間が開いている。
空から見れば円が一方向に偏った三重丸に見える構造だ。
私は、舞台の端っこ、袖と呼ばれる部分に居る。
ここなら舞台の上だけでなく観客席の八割は見えるし、見えない所もマキニスさんたちがちゃんと見てるので問題は無い。
重要なのは、何かあった時にすぐ対応できる距離かどうかだ。
「舞台に黒檀の根を張っておく、ってのはアリですか?」
「警護上は最高の案ですが、根を感知できる存在からは不審がられ、よくない影響が出ます」
「なるほど……」
まあ、たしかに。
舞台の床一面に得体の知れない植物の根が張っているなんて、気付いた人は絶対ビックリするだろう。
事前に「そうします」とブラスさんから発表があったなら行けたかもしれないが、思いつくのがちょっと遅かった。
しょうがないから代案として『黒檀の種』を増やして手数を確保しておこう。
ブラスさんといえば、今は何と『ブレイズン・ブレインズ』が舞台上に居る。
審査員席の端に、あの淡い金色の胸像が置かれていた。
各種のケーブルを限界まで延長してようやく出てこられたらしく、エルフちゃんいわく、開会式での特別審査員発表の時は国民を大いに驚かせたらしい。
本体は玉座の間の機械群だけど、メイン端末の胸像でさえあんまり人前に出て来られない。
もしかすると国民がブラスさんの姿(胸像だけど)を見ること自体が珍しいのかな?
だとしたら驚くのも無理はないかも。
「おっ」
わぁ! と、歓声が上がった。
なんだなんだと舞台を見る。
ちょうど今、作品がお披露目されたところのようだ。
ネックレスだろうか。
幾重にも複雑に折り重なったチェーンに、色とりどりの宝石が連なっている。
アヴィちゃんの『灯の眼』と『肉体の神秘』での視力強化でよく見ると、連なる宝石がそれぞれ色を変えて輝いているようだ。
ほぇー。
すごい。どうなってるんだろう?
などと考えつつ、背後で不正を働こうとした人を黒檀網で取り押さえた。
「――ッ!? な、なんだ!?」
動けないままに藻掻く、……えーと、職人かな?
片手に小ぶりのハンマーを持っている。
その人の前で私と同じようにぼーっと舞台を見ていた人が危機に気付いて慌てだしていた。
危なかった。
いや、言うほど危険はないんだけど、やっぱりこういう『炙り出し』みたいな方法は事故が怖い。
「隙を突いてきますねぇ……」
それはそうか。
『品評会』で批判されれば関係者が暴れる可能性が高い。
逆に評価されれば盛り上がっている隙に不正を働く人が多い。
ブラスさんからの提案で『わざと目を離し犯行を誘発する』というのを試してみたけど、こうもすぐさま引っ掛かるとは。
私としては目を光らせて犯行自体を完全に抑止してしまえば良いと思うんだけど、それはちょっと技術的に難しいらしい。
可能だとしても今度はプライベートが完全消失する監視社会になる。
今回に関しても、私が目を光らせた結果、目の届かないところで犯行に及ばれるケースを警戒したのだ。
そうなる前に対処できる範囲で犯行に走ってくれた方が良い、と。
でもそれってわざと犯罪者を生み出してるみたいで気分が良くないんだよなぁ……。
うう……隣界人曰く『背に腹は代えられない』かぁ……。
「くそっ! 離せ――ッんぐ! ……ッ! ……ッッッ!!」
未だに藻掻き続ける職人の口を黒檀の蔓で閉じさせて固定する。
私はなるべく事を荒立てないよう周囲に愛想笑いを振りまく。
そのままじりじりと捕らえた職人を連れて壁際に移動した。
「――……ッ!」
「ぅ……」
口も動きも封じた分、捕らえた職人の眼が何よりも雄弁に語りかけてくる。
その怒りと憎しみと、やり切れない底無しの悲しみを。
彼を止めた私には、彼を慰めることはできない。
出来るのはこのぐちゃぐちゃの激情を受け止めることだけ。
そのために、勝手な解釈を挟まないよう自分の心を殺して、『意思疎通の魔法』に集中する。
とは言え、それも長くは続かない。
マキニスさんは会場内にもかなり多めに配置されている。この控室にも当然いるので、すぐに引き渡した。
ただその短い時間でも彼の長く苦しんだ分だけの痛みは感じられた。
……引き摺られるように連行されていく職人は、見えなくなるまでなんとも胸を刺すような顔をしていた。
「……憎悪」
職人から私に向けられた感情、ではない。
彼の表情、視線、ハンマーを握りしめた手からさえ、憎悪が滲んでいた。
複雑な心境ではあったけれど、『意思』として最も強く表れていたのは『憎悪による破壊の意思』だった。
警護の心得を習得したと言っておきながら、つい考えてしまう。
彼は何故犯行に及んだのだろう、と。
控室に入れたということは発表待ちの職人のはず。
なら実力不足で『品評会』を憎んでいるような逆恨みタイプじゃないはずだ。
酷評されて逆恨みするなら発表後のはずだし。
一番あり得そうなのが特定の職人や商人、または作品を恨んでいるパターン。
でもあの職人は私に拘束されてからずっと私ばかりを睨んでいた。
周囲にばらまいていた憎悪も、どこか一点に向いている感じはしなかったのだ。
「過去の遺恨です」
と、悩む私にエルフちゃんが言う。
「彼は親友である兄弟子を亡くしています。
原因は前回の『品評会』で、酷評された兄弟子が自ら命を絶ったからですね」
自死。
それを選んでしまう職人の存在は聞いていた。
幸い私が警護を受けている今は発生していないが、もし発生するならこれからだろう。
「『品評会』に参加が決定した時の笑顔、舞台に上がる時の眼差し、全て終わってからの落ち込みようの全てが目に焼き付いて離れない。
彼は、そう言って『ブレイズン・ブレインズ』に『品評会』の廃止を願い出ました。
あえなく退けられましたが、彼はどうしても『品評会』を終わらせたかったのでしょう」
こんな方法では何も変わらなかったと思いますが、と、エルフちゃんが淡々と言う。
冷たく突き放しているようでいて、ほんのり下がった眉尻が『憂い』を見せていた。
「生半可な批評は『品評会』の趣旨から逸脱し、その優しさでかえって人のプライドを傷つける結果になりかねません。
そもそも現在の『品評会』運営陣は事前審査を設けており、『批評するに値しない作品』には参加権を与えません。
酷評されたということは、それだけ期待されているということなのです」
エルフちゃんの説明に、私はうんうんと頷く。
それはその通りだと思うし、きっと参加者もそれはわかっているとも思う。
でなければ『品評会』での酷評は公開処刑と同じだとして国中から非難されているはずだ。
かつて『品評会』に何度も参加したことのあるデュマさんも言っていた。
荒削りの新技術をお披露目し、酷評を受け、問題点の洗い出しを手伝ってもらうこともあると。
それは『発表会』だったころから続く『品評会』の意義でもある。
実際に酷評された作品が後日改良されて登場したり、そのヒントを『品評会』を通じて各方面から教えて貰えたり、という話も多いらしい。
それでも。
夢の舞台で自信作が酷評された、という事実は、感情をぐちゃぐちゃにしてしまう。
大切な批評を、心が受け付けなくなってしまうのだ。
「苦しいですね……」
「本当にね……」
ふう、と溜息を吐く私に、マラドンナさんが同じく溜息を吐いて寄り添う。
私と違って溜息さえ魅惑的なのが流石だ。
「――って、マラドンナさん?」
ごく自然に話に混ざっている女神。「ハァイ♪」じゃないんですよ。
神々も千差万別だと言うけれど、この国は特に距離近めの神が多い気がする。
「どうしたんですか?」
「なんでもないわ。アヴィゲイルちゃん越しにあの子が見えたから、ちょっと寄っただけよ」
「なるほど……?」
神は信徒を見ている。それは概念的な繋がりを指し、フォスちゃんが私の過去や痛みを共有できたのもこの繋がりのおかげだ。
マラドンナさんが加護を与えたことでアヴィちゃんと概念的な繋がりができ、二人は今視覚を共有している状態らしい。
つまり私とも視覚共有していることになる。
そして、「あの子」というのは、たぶんさっきの職人のこと。
その時点でなんとなく、あの職人が何者かわかった気がした。
「死んだ子も、今のあの子も、元は私の信徒なの」
元、と強調するように、マラドンナさんが語る。
その表情は笑顔なのにどこか寂しい。
「神は教義に則って人を救う。だから信徒しか救えない。
なのに、あの子たちは私に顔向けできないからって信仰を捨てるのよ」
来る者拒まず、去る者追わず。
あらゆる宗教の基本構造。
それが神が人を救えない一因になっていると、マラドンナさんが示していた。
「教義に『自死とは最も魅力を損なう行い』って入れてもね、それで踏みとどまってくれる子ばかりじゃないの。
自分や誰かをどうしても許せず、信仰を捨ててでも凶行に至ってしまうのよ。
――まあ、それもまた、人の魅力なのだけれど」
言葉とは裏腹に、マラドンナさんの笑顔は寂しそうなままだ。
何故神は人を救わないのか、という問いはよく聞くが、何故人は神に救わせてくれないのかはなかなか聞かない。
だけど、私はマラドンナさんの気持ちがわかる。
手を差し伸べても、決してその手を取ってくれない人たちが居る。
そんな時、どんな神であろうと、どれだけの権能を持っていようとも、ただただ無力なのだ。
「でも! 今の子は『魅力的』じゃないわねぇー。
あの子、兄弟子が自死を選んだ理由を知っていて『品評会』を攻撃したのよ?
完全に自分の感情に振り回されてるわ。それで自分の信念も愛情も踏みにじってるって気付いてるのかしら?」
と、悲しそうな笑顔をやめてぷりぷり怒り出すマラドンナさん。
言い足りないのか、「あの子は復讐を選ばなかったのに! そこはすっごく魅力的じゃないの!」と吼える。
まだちょっと無理してる感があるけど、笑顔よりこっちの方がホッとする。
「良い? クロエちゃん。職人たちの多くはね、命懸けで創作してるの。
命懸けなのに道が途絶えてもいないうちに自ら死ぬのは違うじゃない?
でもね、感情に引きずられ、道を外れてしまうくらいなら、自ら命を絶ってでも道の上に居たい。――そう願う子もいるのよ」
ただ苦しいから死んで楽になろうとしてるわけじゃない。
その苦しみが大切な何かを歪めたり穢したりする前に、自分で自分を止めただけ。
職人として生き、職人のまま死にたいから。
「その覚悟を、知っておいて欲しいの」
彼らは哀れな末路を迎えたわけじゃない。
誇り高くも最期まで職人であり続けただけなのだ。
……詭弁かもしれないけれど、それでもその言葉は、最大限に死者を尊重した言葉だった。
たとえもう信徒ではなくても、マラドンナさんは彼らをちゃんと愛しているのだ。
「私ってば、ガラにもなくしんみりさせちゃったわね。
私はもう行くけれど、あの子の作品だけでも見てあげてね?
そっちはちゃんと兄弟子の遺志を継いだ、とっても魅力的な作品だから」
もう一度、今度は無理なく笑顔を作り、ウィンクを投げかけるマラドンナさん。
ふられた手に手を振り返していると、すぅっと透けて『神眼』でも捉えられなくなった。
――その後すぐに発表された彼の『作品』は、息を呑むほどに美しいブレスレットだった。
彼は、よくある『発表直前のトラブル』で登壇辞退として扱われた。
作品があって発表者はいない。しかし発表辞退はしていない。
そんな時などに活躍する代理発表用マキニスさんが、舞台で作品の説明をする。
絶賛はされない。
それどころか粗を探すようにあれも駄目これも駄目と審査員たちがケチを付ける。
ただ、それはいずれも期待の裏返し。
その証拠に、審査員たちは誰もが楽しげで、時折「惜しいっ」とか「ここがもう少し……」とか「どうしてこんなとこで手を抜いたッ」なんて言葉が漏れていた。
ショックを受け、悪感情に曇った眼では、審査員たちの言葉や表情が全て悪いように捉えられてしまうのだろう。
それはわかるが、一観客として冷静に眺める限り、彼らには一抹の悪意も無かった。
かといって特別な善意も無い。ただ真っ当に、公平公正に批評する。
彼らもまた、『審査員』という名の仕事人なのだ。
もし彼がこれらの言葉を聞いていたなら、どう感じただろう。
……彼の激情を復元してみても、彼自身ではない私には、その先はわからなかった。
「すごいですね……」
ふと、そんな言葉が零れた。
私は職人じゃない。
科学などの積み重ねも苦手だ。
知恵の神の信徒ながら、私は私を賢いとは思っていない。
だからだろう。
私は職人と自分を似てるとはいまいち思えていなかった。
あと、単純に『品評会』の作品の凄さは私には理解できないと思っていた。
あまりにも凄すぎて、凄いとしかわからない。
凄いという実感や納得が伴わない。
なんとなく凄いんだろうなー、って感じ。
でも、こうして実際の『品評会』を見ていると、思いのほか楽しかったのだ。
まず、審査員たちが作品のことをかなり詳しく説明してくれる。
観光客には素人も多いからなのか、専門用語を避けて解説してくれるのだ。
その上で素晴らしい点や惜しい点を熱量たっぷりに話してくれる。
審査員を務める人たちの立場から独特な誉め言葉があるのも面白かった。
職人審査員は「悔しい」「腹立つ」などの苛々したような発言が全部誉め言葉の裏返し。
商人だと「売れない」「値段が付けられない」という特別を表す誉め言葉がある。
神々は超然としているかと思えば、子どものようによくはしゃぐ。
冒険者審査員も同じだけど、実用重視な評価をしがちだ。
――ああ、なるほど。
職人も商人も、みんなが『品評会』を目指す気持ちがわかってきた。
私も今、『新生・単分子ブレード』を出品し、批評してもらいたくて仕方ない。
私が作ったわけじゃないけど、だからこそ私の自慢の一作を。
どれだけ言葉を尽くして絶賛されるだろう。どれだけ目を丸くして驚いてくれるだろう。それとももしかして酷評されてしまうのだろうか。そしたら私もムッとしてしまうかも。
あるはずもないそんな瞬間に思いを馳せ、ついつい顔がほころんでしまう。
舞台上の発表者たちの反応も様々だ。
評価され、神々に認められ、涙を流して喜ぶ職人たち。
酷評の悔しさに拳を震わせ、その場でリベンジを誓う商人たち。
そんな一喜一憂のドラマも観客たちは余さず全てを見守っている。
もちろん勢い余って暴れ出す人は私が即捕縛して即退場だ。
それも三人目を過ぎた頃には、歓声が上がるようになってしまった。
捕り物は見世物じゃないんですよ? お客様。
『品評会』は、晴れ舞台なのだ。
そこに纏わる多すぎるほどの苦しみと憎しみを見てきた私でも、そればかりは否定できない。
全ての苦難がこの日の幸福へ繋がっていたと、そう思えるだけの栄光があった。
栄光が眩いからこそ、その影は深く広く色濃くなる。
ギノさんのように、腕一本では栄光への道を歩めない。
マルファスさんのように、コネと行動力という脚だけあっても、栄光への壁は乗り越えられない。
メイプル姉妹のように、心が幼過ぎれば、栄光に向かって進むことも出来ないだろう。
デュマさんのように、ただ生まれた時代という運に栄光を阻まれることさえある。
それでも。
この『栄光』は、『幸福』は、在るべきだ。
たとえ数千の職人が苦しむことになったとしても、その先に『栄光』があり、そして更にその先には『万人の幸福』が在るのだから。
「それは、私の理想。
そうあって欲しいと願う夢」
暗闇の中で足掻き続ける苦しみは、きっといつか日の目を見て、そしてそれは誰かを幸せにするだろう。
そう信じて、ただただ苦しみの中に身を置いた。
それはまさしく、私が歩むと決めた道と同じ。
即ち、『栄光』とは、道の先に在る光。
目指すべき先を示す、『導き』たる極星の輝き。
それを理解した時、私の中に『導き』に対する答えが生まれた。
『導き』は、『導き』でしかない。
その導きに従うのも、背くのも、歩むのも止まるのも、全ては自分の意思だった。
ならば『正しい導き』とは、ただ、「歩む者を手伝うこと」だけだ。
ならば『栄光』もまた正しい『導き』。
『品評会』は陰を生む光ではない。
陰の中でもがく者の頭上に差す光なのだ。




