11. 一期一振
「出ぇたなッ! 『黒檀の魔女』よぉお!」
冒険者だろうか。
妙にがっしりした男性が雄叫びを上げて斧槌を構えていた。
斧槌。
実は刃物がほぼ通じない獣を相手にするならなかなか良い武器だ。
個人的に槍を使わないなら打撃で鼻か額を狙うのがセオリーだと思う。
筋肉に頼って必要以上に大きな得物を振り回さないのも好印象だ。
流石、ベイベロニアに足を運ぶような冒険者は違う。
そういった基本を押さえた上で、私の黒檀による拘束が効かないというのも強い。
おそらくは神秘か加護を受けて概念的な攻撃力を得ているのだろう。
「かっははは! どうした? 噂の『不可視の拘束魔法』は使わないのか!?
それとも『励起の神秘』の前には歯が立たないってかぁ!?」
楽しそうに煽る斧槌使い。
励起の神秘、ということは肉体の強化でも施しているのだろうか。
私の黒檀拘束は、かなり細長く伸ばした根で対象を覆って拘束する。
不可視と言われるのはそれだけ極細だからだ。
それ故に黒檀の拘束は脆い。
ただでさえ急成長で密度がスカスカなのに髪の毛より細くしているので、蜘蛛の糸より弱いのだ。
だから何らかの神秘や加護で『復元魔法』を上から捻じ伏せられると、あっさりバラバラに千切れてしまう。
きっとこの斧槌使いは私の拘束を破壊していることにも気付いていないだろう。
「喰らえぃ!」
ぶんっ!と振り下ろされた斧刃。
それを左手でぱしっと受け止めながら考える。
さてどうしよう。
「計画的犯行に、暴行未遂。委託業務ですが公務執行妨害も付きますね。
それなりに重めの罪状ですので、厳重注意では不足ですよね」
「え、ちょ……っ」
急にしおらしくなった斧槌使いが掴まれた武器を取り返そうと踏ん張っている。
離すと暴れそうなので当然離さない。
体重差的に私の方が振り回されそうなので、地面に黒檀の根を張って、ばっちり固定済みだ。
で、罰は、どうしようかな。
細かい裁量はマキニスさんに任せるとして、無力化しないと引き渡すのも難儀だ。
いや、待てよ?
たしか『励起の神』はディプロネシアで人気の神だったはず。
その神秘は様々な能力を向上させ、特に『自然治癒力の励起』は実質的な回復魔法として重宝するとか。
となれば、ちょっとダメージを与えても大丈夫のはず。
だったら無力化も簡単だ。
「反省しなさいっ」
バチィィン!
「ぼげろっ」
平手が頬に直撃し、斧槌使いがほぼ水平に吹っ飛んだ。
地面をゴロンゴロンと転がって、鼻血を流しながら痙攣している。
ちょっとやり過ぎた?
……いや、ギリギリ意識はある。
それに首も折れてないし脳も揺れてない。手加減は成功しているみたいだ。
「おおっ! すげー!」
「一撃かよ、強ッ」
「しかもビンタ……」
周囲がざわざわと騒ぎ始め、そのうち歓声まで上がり始める。
最近私の仕事ぶりが噂になっているらしく、特に荒事好きの冒険者たちに注目されているらしい。
もしかすると今回の斧槌使いも、私とやり合いたくて暴れたのかも知れない。
――大人気じゃん。
脳裏で神様がニヤニヤ笑う。
私の脳裏で言われると私が「私って大人気じゃん」って考えてるみたいだからやめて欲しい。
でも、最近は私の業務がベイベロニアの見世物化しているのは感じている。
マキニスさんはあえて私の存在をアピールし、「魔女の活動中は距離を空けて下さい」とお願いしている。
おかげで騒がれるようになったけど仕事自体はしやすくなった。
それはそれとして恥ずかしいのでさっさと退散するに限る。
――手でも振ってあげれば良いじゃん。ファンサ、ファンサ。
――いやですよぉ! 恥ずかしいです!
脳裏で神様と言い合いつつ、次の現場へ向かう。
今日は師匠が倉庫に籠って『魔導義手』の研究中らしく、神様が私に付いてきてくれていた。
義手は職人から買い取ったもので、師匠は自分で類似品を作れないかと考えているようだ。
「ところで神様、少し聞いても良いですか?」
『何でも聞いてくれ』
腰元にぶら下げたスカルチャームがカタカタと話し出す。
これは近代型『ルール・ルーラー』で、神様が搭載(神降ろし)されている。
やっぱり脳内会話は苦手だと伝えたら、マキニスさんがデフォルマキオンの代わりに用意してくれた。
これを介してでも問題なくマキニスネットワークから連絡が入るらしい。
準備のために数日は肌身離さず持ち歩いてマナリンクを繋ぐ必要があったけど、それに見合う便利アイテムである。
「ネーミングについての相談なんですけど……」
大したことではないけれど、私は一度聞いてみることにした。
魔法的に『ネーミング』は大きな意味を持つ。
神様が持つ『以心伝心の権能』からも、名前が持つ『意味』や『意思』は重要だとわかる。
なので、以前よりネーミングには興味を持っていた。
「例えば神様が命名したブラスさんとかマキニスさんってどんな意味があるんですか?」
『ブラスはそのまんまだな。アームズ含め、わざと呼びにくい単語を選んではいるが』
「やっぱり……」
わざわざ音が似ている単語を使わなくても、隣界語は種類が膨大で、大抵同じ意味で呼びやすい単語が他にも存在する。
たぶん『武装と手足』もちゃんと混同しにくい呼び方があるはずだ。
『使っていない能力はどんどん退化していくからな。
呼びにくい名前、覚えにくい単語を普段から使っていれば、少しは脳の退化が抑えられるだろう』
「なるほど……?」
若干納得しかねるけれど、日々の鍛錬が大事だという意味ならわかる。
筋トレも一日サボると取り戻すのに三日掛かるなんて言うし、隣界人曰く『継続は力なり』とも言う。
私と師匠も『復元魔法』で筋肉の超再生を無効化してるのに、筋トレを欠かしたことはないし。
『マキニス・デアエクスは捩りだ。
元はデウス・エクス・マキナ。『機械仕掛けの神』って意味で、舞台とかで物語を都合よく解決してくれる存在を指す。
御都合主義そのものとして扱われるが、マキニスに関しては原義の『機械仕掛けの神』って意味だけ拝借してる』
「へぇー!」
マキニスさんにそんな意味が。
神と言うより神作品だけど、的外れだとは思わない。
「他に神様命名のものってありますか?」
『エヴォニーとかかな』
「? エヴォニーですか?」
エヴォニー。
隣界語で黒檀のことだ。
ただし神様の母国語ではなく、外国語だとか。
『黒檀は本来『Ebony』なんだが、そこに進化を意味する『evolution』を加えて『Evony』って造語を作った。
隣界の黒檀は魔力を吸収して成長するなんて性質は無かったからな。隣界のものより進化した黒檀って意味で名付けたんだ』
「へぇー」
『けど黒檀以外にも『隣界のものと同じ名前で別のもの』がどんどん出てきてさぁ。
いちいち名付けるのはすぐに辞めちゃったんだよ』
「へ、へぇ……」
神様が『例えば人間とかな』と言う。
人間が一種類しかいない隣界では、人間とは全てホモ・サピエンスを指す。
しかし『意思疎通の魔法』は隣界基準では明らかに人外の者も『人間』と意思翻訳されるのだ。
他にも『狼』と聞いて中型の魔獣だと想像していたら熊みたいなサイズのが出てきて驚いたりもしたそうだ。
隣界の狼は熊ほど大きな種類はいないらしい。
定義が違うなら同じ言葉に聞こえるのは何でなんだ、と頭を抱えたとかなんとか。
こういった微妙な齟齬が多く、隣界人は地味に困っているのだとか。
『意思疎通の魔法』も万能じゃないんだなぁ。
『未だに使ってる造語はエヴォニーくらいか? 派生形も多いしな。例えば『黒檀化』とか。
隣界では色の薄い黒檀を黒く塗って高級感を出す『ebonized』って技法がある。これに似て、相棒が使う全力の復元魔法は何でも真っ黒になるとこから、『黒檀化』と名付けた。
相棒は『黒檀の騎士』だし、ちょうど良いだろ?』
「なるほどー」
私の『エヴォニア』も『黒檀の女』って意味らしい。
黒檀のように強く美しく進化していって欲しいとの願いを込めて、とのことらしいけど、だとするとちょっと厳つい。
「実はそろそろ『単分子ブレードの拵』が完成するので、名前を付けたいと思ってまして」
『ふーん?』
拵が完成すれば、いよいよ単分子ブレードは日本刀になる。
いや日本製じゃないからそれっぽいだけだけど。
でもモデルは日本刀なんだから、それらしい名前を付けたいと思ったのだ。
『でもなぁ、刀の命名システムは複雑で参考にし難いぞ?
隣界でも結局愛称が一番広く使われたりするくらいだ。
というかそもそも日本語がややこし過ぎてあんまりお勧めできないんだよなぁ』
「たまに聞きますね。日本語って隣界でも世界トップクラスに難しいとか」
『あー。そんなの比べること自体がムズイんだけど、よく聞くなぁ。
第一に文字数が多すぎる。
日本語はひらがな50音、カタカナ50音、漢字3000種、までが基本。
極まると漢字は50000種ほどあるらしいし、漢字ごとに複数の読み方と意味がある』
「うわぁ……」
知恵の神が母国語の文字数を「らしい」って言ってるのが、もう……。
母国語の読み書きさえできない私からすると異次元過ぎる。
後半の難解さはちょっと想像できないけど、覚えなきゃいけない文字が3000以上って時点でヤバイ。
『例えば『心』『感情』『精神』は全部違う漢字で違う読みだがだいたい同じ意味だ』
「なんで!?」
『にも関わらず日本人は全員これらを使い分けているし使いこなしている』
「どうやって!?」
ちょっと理解が及ばない。
脳裏に浮かんだ漢字も、そもそも文字として複雑すぎる。
これで一文字? 本当に? 『情』と『精』って似てるけど間違えないの?
『日本らしい刀の名前を付けたいなら、一番それらしくて簡単なのは、有名どころから名前を拝借するって案だな。
三日月宗近とか妙法村正とか、その辺を捩ればそれらしくはなるだろう』
そういえば妙法村正には倶利伽羅剣が刻まれていて、それには倶利伽羅竜王が炎と化して剣に巻き付いているらしい。フィアンマちゃんの炎髪を使った単分子ブレードに似てるんじゃないか?と神様が語る。
こんな感じで、いつもだらだらと隣界知識を披露してくれる神様。
こういう雑学を覚えるのがなんだかんだで一番楽しいと言っていた。私もそう思う。
それはそれとして脳裏に浮かんだ名刀の名前が難し過ぎて眩暈がした。
特に倶利伽羅剣。
日本人って本当にこんな文字を使ってるの……?
『書体も豊富だぞぉー?
ほれ隷書体。こっちが楷書体。そんで行書体、草書体、篆書体ーっと』
「うわぁぁああっ!?」
脳裏の『倶利伽羅』が様々な形へと変化していく。
なにこれなにこれ!?
どうなってるの!? これ全部同じ文字!? 全部ちゃんと読めるの!?
「もっ……もう少しさっぱりした文字とか無いんですか……?」
ぐったりした声で尋ねると、神様がケラケラ笑うのを止めて考える。
ほんとに意地悪なんだから……。
『んー、そうだな。
俺が好きなさっぱり名刀なら『一期一振』かな』
脳裏に浮かぶ文字。
一期一振。
二文字目と四文字目は難しいけど、『一』がさっぱりしてる。
いや、さっぱりし過ぎている。
漢字は一文字で複数の読みと意味を持つ。
正確には一つの意味を複数解釈できるとのことだけれど、とりあえずそんな感じ。
音に文字を当てた『ひらがな』『カタカナ』は一文字=一音で、意味は持たない。
だからすごく単純で、私も何度か見て「形がシンプルかつ整っていて読み易い」と思っていた。
なのに、この『一』という漢字は、どんな『ひらがな』『カタカナ』より簡単だった。
『読み方の話するか?』
「頭爆発しそうなので結構です」
絶対ふざけた数の読み方があるんだ、あの『一』って漢字。
日本人ってみんな神様みたいに意地悪なの?
『一期は一生に一度って意味だ。一振りは太刀のことだな。
刀匠が一生にただ一度だけ打った一振りってことで『一期一振』の名で呼ばれてるって話だ』
「おー。なんかロマンチックですね」
さっぱりした名前でも、意味するところはかなりしっかりしていた。
神様が好きだというのもわかる。私も好きになってしまった。
そうして神様から隣界知識を引き出しつつ、メイプルの石切工房に到着する。
店番のハニャニャン様は今日も元気に愛想を振りまいていた。
可愛いなぁー、もー。
「もにゃーも、ももー」
「ハニャニャン様こんにちはーっ」
『お邪魔します』
おお。ハニャニャン様が神様にも手を振ってる。
普段は誰にも見えていない神様が認識されていてコミュニケーションを取れているのが凄く新鮮だ。
「せっかくですし、ハニャニャン様と話してますか?」
『それも良いなぁ。めっちゃ可愛いし』
しゃがみ込んでハニャニャン様と交流を始める神様。
師匠いわく、隣界人はみだりに異性の容姿を褒めないらしい。(特に男性)
なんでもそれ自体が『性的加害』になり得るからだそうで、その心配がない動物相手だと急に可愛いを連呼しだす男性が一定数存在するらしい。
神様もそうだというのを最近知った。
うーん。
すんごいデレデレしてる……。
なんだろう、赤ちゃんと戯れてるお父さんみたいな。
平和過ぎて些細なことにまで過敏になった隣界人。
その結果が可愛いものを可愛いと言えない世界だというのはちょっと可哀想だ。
と言うか、私は平和な世界ってもっと平和ボケしてのんびりしてると思ってたんだけど……。
神様曰く、「平和過ぎて鈍る」→「鈍って弱くなったのでちょっとしたことで大ダメージ」→「ちょっとしたことを気にする」という流れだとか。
これも平和ゆえの退化。進化という名の弱体化ゆえだ、と。
生きることで精いっぱいな在界人は、生きてるだけで幸せそうで羨ましい、なんて言われたりもしていた。
その言葉の意味がなんとなくわかったのは、旅の途中で大きな都市に赴いてからだ。
生きることが簡単になると、人は生きること以外のことで悩みだす。
逆に言えば、大きな悩みは小さな悩みを駆逐するのだ。
……そう言えば昔、師匠と神様の雑談の中で、「全人類を幸福にするなら全人類を一度地獄に浸らせてから引き上げるフライヤー形式が一番手っ取り早い」という悍ましい話を聞いた気がする。
師匠が「二度揚げもアリだな」なんて珍しく笑っていたので冗談なんだとわかったけど、でも効率化を極めるとそうなるのだろうか。
『幸福とは』について悩むのは、私にはまだ早い気がした。
「あーダメだ。悪いクロエちゃん、俺はここに残るわ」
本格的にメロメロになってしまった神様が言う。
ダメになり過ぎてルール・ルーラー越しに喋るのすらやめてしまっている。
気持ちはわかる。可愛いもんね、ハニャニャン様。
仕方ないので私はハニャニャン様に手を振り、一人で店の二階に向かう。
以前グリシアさんの相談を受けた部屋だ。
今にして思えばあれは相談ではなくただの愚痴だったけれど、結果良ければ概ね善し。
「こんにちはー」
応接室には、既に職人たちが勢揃いしていた。
見る人が見れば壮観だろう光景だが、私にはすごくほんわかした空間に見える。
個性的な職人たちなのにわいわい話している姿は大家族のようだ。
「おう来たか、魔女さんよ」
ギノさんが声を掛けてくれたので、そちらに寄る。
隣のサラーサさんはいつも通りのふにゃふにゃだが、髪がいつもよりボサボサだ。
徹夜でもしてたのかな?
「見ろよ魔女さん。このペンドライト鉱石の破片、こいつがサラーサに掛かればこうだ」
「わっ。綺麗な珠ですね」
自慢げにギノさんが翳したのは、球状の宝石だ。
いや、ペンドライト鉱石は宝石じゃなかったっけ。
金や銀なんかと同じで、磨けば光るタイプの石なのかな?
「綺麗なだけじゃねえ。そもそもゴミにしかならん端材を捏ね合わせて使える素材に戻せるってのが規格外だ」
「でもー色々余計なのも入ってるよー?」
「そいつは捏ねる前に精査すりゃあ良い。
そもそも鉱石なんて不純物ありきだ。そいつの含有量で色も輝きも変わる代物だからな」
ただ純度を上げれば良いってもんじゃないと力説するギノさん。
さすが炉を持つ工場の主。
鉱石のことはよく知らないけど、薬効と同じかな? 濃ければ毒、薄ければ無。時に強過ぎる薬効を抑えるために別の薬草を混ぜ込んで中和・緩和したりもするのが薬草学だ。
もしかすると、この宝石みたいなペンドライト鉱石はダルム製鉄所のオリジナルなのかもしれない。
とにかく大したもんだとギノさんがサラーサさんの頭を撫でる。
ますますボサボサ頭になるサラーサさんだが、「えへー」と嬉しそうだ。
「習作やら失敗作やら、上手いこと素材を分別できれば、サラーサが捏ねて再利用できるようにしてくれる。
こいつはすげぇ事だぞ。時々で良いから力を貸してもらえねぇかと話してたとこだ。
しかし纏まらなくてなぁ」
「いいですね!
希少鉱石のリサイクルだからやっぱり価格が高いとかですか?」
「合ってるが逆だ」
ギノさんが不思議なことを言ってサラーサさんを顎で示した。
「ギノさんに恩返しできるならー、喜んでー」
「見ろ。このバカタレはこれしか言わん」
……なるほど?
価格設定が問題だというのは合ってるけど、高過ぎるんじゃなくて安過ぎるという話っぽい。
まあ、サラーサさんはギノさんにお世話になってたらしいし、本人は鉱石を捏ねてるだけで土でも希少鉱石でも労力は変わらないだろうしなぁ。安売りしちゃう気持ちはわかる。
「職人が職人の手を借りるのにタダってわけにはいかねーんだよ。
良いから受け取れ。今回の試しに付き合わせた分だ」
「やだー」
「こいつッ!」
ギノさんとサラーサさんが依頼と報酬について揉め始めた。
なんともほっこりする空間だ。
職人は仕事人。広義で言うなら商人だ。
……とはわかっていても、もうタダで良いんじゃない?と思ってしまう私。
それでたまにギノさんがサラーサさんにお小遣いあげれば良いよ。
その後も私そっちのけでほのぼのと揉め続けるギノさんとサラーサさん。
撫でまわされてどんどん髪がボサボサにされていくサラーサさんを眺めているのも楽しいけれど、他の職人にも挨拶しなくてはとその場を離れる。
部屋の反対側に視線をやれば、そちらではデュマさんとグリシアさんが話している。
その後ろではマルファスさんも立っていた。
「おや、クロエ様。お久しぶりです」
そちらに向かうと、マルファスさんが気付いて礼をする。
続いてデュマさんとグリシアさんも私に気付き、皆で会釈し合う。
「こんにちは!」
「あら元気ねぇ。こんにちはぁ」
「こんにちは、クロエ様。大活躍だと聞いていますが、お加減はいかがですか?」
「すこぶる元気です!」
力こぶを作って見せる。
「うん……」
苦笑を浮かべるグリシアさん。
ほんのり神秘開帳してみたのだけれど誰にも通じず、「細い」と心配されてしまった。
それは仕方がない。この細腕に『肉体の神秘』によってマッチョ百人力のパワーが秘められているなんて、筋肉教徒でもなきゃ見抜けやしないのだ。
ちなみに、私と同じく『肉体の神秘』を有し『超高密度筋骨格』を持つ師匠は、私と違って尋常ならざるマッチョ・オブ・マッチョだ。
つまり師匠は一騎当千、値千筋のマッチョである。
勝てるわけがない。
「そちらはどうですか?」
私が訊くと、デュマさんとグリシアさんが顔を見合わせて微笑む。
おや? なんか良い雰囲気?
「普段、わたくしは石材を中心に彫刻をしています。
ですが今回は大半が金属金具への彫刻。加えて、『御神髪』を通す溝や穴を彫らねばならず……」
「設計図だけじゃわからないからってわざわざ訪ねてくれたのよねぇ」
「はい……」
厚かましいお願いですが、と前置きして、グリシアさんはデュマさんの仕事を見学させてもらったのだとか。
それで実際に金具と糸がどう結びつくのか、溝や穴がどう活用されるのかを学んだらしい。
グリシアさんは彫金の仕事は専門外なので、ギノさんとも話し、職場見学や別の彫金師を紹介してもらったりしていた。
私は「グリシアさんなら出来る!」なんて根拠も無く信じていたのだけれど、実際には初めて尽くしでてんてこ舞いだったらしい。
「マルファスさんにもお世話になりました。
こんな忙しい時期に見学させてもらえたのは、マルファスさんが手を回してくれたおかげです」
「いえいえ。グリシアさんが学ぶのなら縫製商会御用達の彫金師が適任だと思ったまでです。
それに、見ただけではわからない設計図を用意したのは私です。この程度のお膳立ては当然ですよ」
なるほど。
話を聞くに、グリシアさんは彫金を学ぶために彫金師の下で修業していたようだ。
妹のサラーサさんはギノさんの方にお世話になり、金具作成の手伝いをしていたらしい。
例の神秘は『新たな合金精製法』として話題になったようだが、そのための均一な練り込み、形成、加工法など、課題は多かったようだ。
サラーサさんはほぼ弟子入りのような形で修業を付けて貰っていたとか。
さっきはギノさんがサラーサさんを絶賛していたので活躍したのかと思っていたけれど、比率で言うと真逆っぽい。
メイプル姉妹は二人ともまだ新米だ。やはり与えるものより学ぶことの方が多いのだろう。
石切工房で二人きりのままなら広がることのなかった知見と、得られなかった技術。
それらが姉妹の今後にどんな価値を発揮するのか。それが今から少し楽しみだった。
少なくとも製鉄所での修業はサラーサさんのオリジナル素材作りに大いに役立つはずだしね。
「一通り基礎を学ばせて頂いたあと、改めてデュマ様と一緒に作業させて頂きました。
それにしても、まさかあのデュマ様と一緒に仕事ができるなんて思いませんでした……」
嬉しそうだけど緊張した面持ちでグリシアさんが言う。
そっか、グリシアさんからしてみれば突然伝説の職人と組むことになったのか。
あんまり職人界隈に詳しくない私と違い、デュマさんのことを知っていたグリシアさんにとって、デュマさんとのチームアップは寝耳に水どころの騒ぎじゃなかっただろう。
ギノさんの時点で緊張していただろうに、悪いことをした。
「グリシアさんは凄く丁寧で、責任感も強いのよ。
拵の仕上げは全部この子の仕事なの」
と、デュマさんに絶賛されるグリシアさん。
一瞬で真っ赤に茹で上がり、あわあわ言い出す姿が可愛い。
「グリシア様の『刻命の神秘』は、唯一『黒檀』を加工できたんです。
それもあって、組み立て含む最後の調整は全てお任せしてしまいました」
「そうだったんですか……!」
そっか。それは盲点だった。
神秘を宿した工具でなら、『黒檀化』されている素材でも加工できるのだろう。
正直「師匠の鞘と柄木地は誰にも加工できないだろうなー」と思ってた。
身内贔屓の思考停止だ。恥ずかしいっ。
「ち、ちがうんです……!」
流石に耐え切れなかったのか、グリシアさんが真っ赤な顔のまま一生懸命謙遜を始める。
「凄いのは神秘であり神様であって、わたくしなんて……」
「おう、それだと儂が神秘頼りの能無しに最後の仕上げを任せる阿呆みたいだな?」
「ギノ様……っ!」
謙遜するグリシアさんを、横合いからギノさんが嫌味で黙らせてしまう。
縮こまるグリシアさんにサラーサさんが抱き着き、「自慢のねーさまなのー」と言うと、妹を否定できない姉は、真っ赤な顔のままとうとう涙目になりつつ胸を張るしかなくなったのだった。
可愛い……じゃなくて、可哀想に。
でも、謙遜はともかく、卑下は良くない。
私でも職人が自分の腕に自信を持つことの大切さはわかる。
グリシアさんがプレッシャーに押し潰されかけていたのも、こういった自信の無さが原因なのだろう。
「……少しずつでも変わっていけると良いわねぇ」
と、私の考えていることがわかったのか、デュマさんが小声で私に話しかける。
もちろん私は頷いた。
謙虚なのは良いことだけど、せめて重圧をはねのける芯の強さはあるべきかな?と思う。
「私も変わらないとねぇ」
「デュマさんもですか?」
それは意外だ。
超が付くほどの大ベテランであるデュマさんは、完成した職人だと思っていた。
と言うか、引退しているくらいだし、変化を望んでいないのだとばかり……。
「最近になって『隣界ファッション』って言うのが齎されて、色んな技術も確立されたのよ。
それを見て、少しだけ引退してしまったことを寂しく思っていたのよ。
置いて行かれる、取り残されていく、って感じてねぇ」
そう言って、言葉通りに寂しそうな顔をするデュマさん。
後ろで聞いているマルファスさんも悲しそうな顔をしている。
「今回のお仕事はね、グリシアさんのおかげもあって、すっごく楽しかったのよ。
だから、余計に、ね。
でももうこの歳でしょ? いつ倒れるかわからないもの。仕事を引き受けるなんてそうそう出来ないわ」
職人として、受けた仕事には責任を持ちたい。
例え自分が死んだからと言って、途中で投げ出したりはしたくない。
デュマさんの薄く開いた目の奥の、白く濁りながらも意思の籠った瞳が、そう言っていた。
今回の依頼を受けてくれたのは、物が凄く小さいからだろう。
隣界ファッションやそこから流入した製法技術は、小物向けではない、衣装向けの技術ばかりだ。
新技術に触れてみようにも、服を一着仕立てるのが容易でないことは想像に難くない。
老い先短く、職人としての衰えも感じている。
ならば今から新しいことを始めるのは他者を巻き込み迷惑を掛けかねない、と。
それはわかる。
わかる、けど……。
「別に、良いんじゃないですか?」
と、正直な気持ちが零れてしまった。
「だって、若くても事故で依頼の達成が不可能になることなんてよくありますよね。
特にギノさんのところは色々と危ないので、不慮の事故を踏まえれば碌に依頼も受けられないです」
「それはそうだけどねぇ」
私の言葉に渋るデュマさん。
それもそうだろう。デュマさんは正しい。
でも私は、正しくない理屈をそれでも聞いて欲しくて口にした。
「大事なのは、『事故を恐れて行動しない事』じゃありません。『事故に備えて行動する事』です。
デュマさんにはマルファスさんや縫製商会のみんなが居るじゃないですか。
もしもの時は後を任せて、デュマさんの好きなように生きれば良いと思います」
人間誰しもいずれ死ぬ。
でも、そろそろ死ぬからってやりたいことも我慢してしまうなら、それじゃあただ死ぬのを待つだけの余生になってしまう。
そんな悲しい人生の最後なんて、私は嫌だ。
だからこれは私の我儘。
きっと世の中には「年寄りは大人しくしてくれ。気が気じゃないし邪魔くさい」と言う人も多いだろう。
けれど、私は死ぬまで生き生きしていて欲しいのだ。
死を受け入れ、その日まで惰性で生きることの虚しさは知っている。
周囲にさえ「可哀想だけど仕方ない」と諦められることの切なさを知っている。
そしてそれは、神様と出会って全てがひっくり返ってから、初めて実感できた気持ちだった。
「そうですよデュマ顧問!」
ぽかんとした顔のデュマさんの後ろで、マルファスさんが声を上げた。
「我々が支援します! いえ、させて下さい!
今回の件でも見聞きしたでしょう? 皆、あなたの役に立ちたいと心から願っているんです!
だから誰も彼も笑顔で無茶を引き受けてくれたんじゃありませんか!」
マルファスさんは子どものような顔で、デュマさんに語り掛ける。
いつもの一歩引いて立っているのではなく、わざわざデュマさんの前にしゃがみ込んで。
「生涯現役、良いじゃないですか! 普段の刺繍と何も変わりませんよ!
ぜひ戻ってきてください!
そして、……僕にまた、絵を教えて下さいっ!」
マルファスさんがデュマさんの手を両手で握る。
提案は、いつの間にか懇願になっていた。
そっか。マルファスさんはデュマさんに憧れたんだ。
縫製技術じゃなくてデザインの方ではあったけど、憧れの職人であることに変わりはない。
営業職から脱し、今一度デザインの仕事を務めたマルファスさんにとって、今一番傍にいて欲しい人のはずだ。
もちろん、そんなことを抜きにしても、憧れの職人が復活するってだけで嬉しいだろう。
「……そうねぇ。
マル坊にはまだまだ教えたいこともあるものねぇ」
「僕もですよ!
聞いて欲しい新技術や、見て欲しい新デザインが、山ほどあるんですから!」
引退されては困ります!と、力強い声が響く。
気付けばグリシアさんも頷いていて、ギノさんとサラーサさんも笑顔でこちらを見守っていた。
もちろん私もニコニコだ。
「それじゃ、お言葉に甘えて……。
あと少し、もう少しだけ、この命が尽きるまで――」
デュマさんが照れくさそうに微笑む。
その場の全員が笑顔で復帰を喜んだ。
そんな職人たちの後ろで、神々も微笑んでいるのが見えた。




