10. 黒檀の騎士と魔女
私には苦手なことがある。
もともとはただの個性と言うか、神様は長所と呼んでくれた『共感性』だった。
私はこの共感性が高く、特に『苦痛』に対しては敏感だった。
昔から怪我だらけの村人を見ては震えていた。
でもそれは子どもだからこその怖がりだと思っていた。
たぶん、それは間違っていなかったと思う。
痛そうな怪我を見ると顔を顰める。誰にでもある、そんな共感性。
私はそれでちょっと動悸が激しくなるくらい共感性が高いらしい。
他人と比べようがないので実感は無いのだけれど。
それが明確に『苦手』になったのは、『意思疎通の魔法』を鍛え始めてから。
ただでさえ高い共感性を魔法で強化したようなものだ。
そのせいで、他人が苦痛を感じて呻いたり悶えたりするたびに私も苦しむのだった。
師匠は『フィジカル・エンパス』のようだと言っていた。
ざっくり言うと『共感性痛覚』のようなもので、それも個性や能力の一種らしい。
私は魔法のせいでほぼ自滅なんだけど、それを更に復元魔法で押さえつけている。
私としては、他者の痛みがわかるのはとても良いことだと思う。
だから『意思疎通の魔法』は継続するし、復元魔法も精神安定に留め、苦痛を完全に感じないようにはしない。
どちらかと言うと元からある共感性が邪魔なのだ。
これに関しては実際に他者の痛みを感じ取っているのではなく、『痛そう』という想像でしかないからだ。
勝手な想像で「私も痛い」って感じるのがなんとも邪魔くさい。
神様は長所だと言ってくれたけど、本当に?
なんか「あなたの苦しみ、わかってますよ。私も一緒に苦しんでますよ」みたいな押しつけがましさがあって恥ずかしいんだけど……。
そんなわけで、私は怪我人や病人が苦手だ。
だからこそどうにかしたいと強く願う。
うん、やっぱりこれは必要な能力なんだと思う。
「なんだけど……」
残念ながらこの能力、活用できないことがある。
むしろ弱点にしかならない場面。
それが『戦闘』と、『狩猟』だ。
魔女ムーブで他者を攻撃する、なんてことをしたこともあるけど、あれはきつかった……。
できれば二度とやりたくない。
必要だと思えば、躊躇ってはいられないけど。
そう、必要。
飲食不要な私にはあまり縁が無い狩猟も、人の営みの中では当然必要になる。
私がこの国にきて一番きついのは、そうして狩られた獣や魔獣の死骸をよく見かけるということなのだ。
「しんどい……」
陽も沈んでかなり経った深夜帯、私は路上で項垂れていた。
原因はまさに魔獣の死骸だ。
ついさっき解体施設でトラブルがあったと聞いて駆け付け、それを見てしまったのである。
ことが済んで『素材』になっているのなら、まだ気持ちがマシ。
今回は血抜きも済んでない新鮮な死体で、加えてその腹から人の死骸がゴロゴロ出てきた状態だった。
トラブルと言うのはその腹から出た死骸についてで、魔獣を持ち込んだ冒険者がその死骸(の装備など)の所有権を主張したからだ。
魔獣の多くはディプロネシアの魔境に生息する。少なくともベイベロニア近辺の荒野には見当たらない。
なのに冒険者が現地ではなくベイベロニアまで持ってきて売ろうとするのは、向こうだと買い叩かれる可能性が高いからだ。
ディプロネシアは王侯貴族が強い権力を持ち、彼らは冒険者の足元を見る。過去には足元どころか冒険者自身を底辺として見下していたが、その頃から未だに抜け出し切れていない。
つまり昔のベイベロニアの悪徳商人と同じだ。
だから、冒険者たちがレア素材をより高く売るために遠征する、というのもわかる。
しかし今回はただ高く売りたかっただけでなく、冒険者が魔獣の腹の中に金目の物が有るとわかった上でベイベロニアに持ち込んだ可能性が高い。
ディプロネシアではそういった遺品はギルドに回収され、然るべき相手へと返却される。
相手がいない、あるいは見つからない場合のみ、冒険者の取り分として戻ってくるというルールだ。
これを嫌い、魔獣の腹を自分たちで暴いて金目の物を懐に入れてから解体施設に持ち込む者もいるくらいで、ディプロネシアでは長く問題視されている。
当然それはベイベロニアでも同じだ。腹が割かれていた時点でそれが戦闘による傷だろうが何だろうがギルドへの報告義務が生じる。
今回は私が六人組の冒険者を全員拘束し、河岸を変えても違法は違法だと伝えたのち、解放する。
一応未遂だったことと怪我人がいなかったことで、罰金刑とギルドへの報告で済ますこととなった。
そんな温情すらも嫌がり、六人それぞれ無罪を主張し騒ぎ出すので、マキニスさんが酷く難儀していた。
で、話がまとまり彼らを解放するまでの間、私はずーっと新鮮な死体の傍に立っていたわけで……。
「しんどすぎる……」
おんなじ弱音が何度も口を突いて出る。
それでも、『今まさに苦しんでいる生き物』ではなく『物言わぬ骸』だったからマシな方だ。
その分、死者を悼むでもなくお金にばかり執着する冒険者たちに気分が悪くなったけど。
……でも、彼らには彼らの事情があるのだろう。
死を軽んじたりしないよう、今はメンタルリセットを控えているが、そうするとこれだけ長引いてしまう。
メンタルリセットやモチベキープって本当に便利なんだなぁ、と実感しつつ、その危うさも再確認する。
あんまり頼り過ぎて『共感性』どころか『人間性』まで失わないようにしないと……。
「落ち着いたか?」
隣に長身の美女が並ぶ。
その逞しく大きな掌が私の背中をゆっくりと撫でてくれていた。
「はい、師匠。なんとか……」
えへ、と力なく笑う。
情けない姿を見せるのは恥ずかしいけど、それはそれとして師匠に優しくされるのは嬉しい。
いい歳して甘えん坊が直らないのは、復元魔法のせい、ということにしておこう。
「しかし、いつ見ても自他の差が激しいな。
自分の痛みに対してはここまでじゃないだろう」
「そうですか?」
私は私の痛みをそこそこ早めにリセットしている。
完全無痛化すると諸々の支障が出るので、あくまで早めに。
同じく痛みに慣れないようにも復元を調整している。
これは感覚の鈍化や危機感の消失を避けるために必要なんだけど、おかげで私は痛いのがちゃんと怖い。
師匠やフォスちゃんに言われてるように『自分の痛みには無頓着』ってわけじゃない。
その証拠が、『覚悟の復元』の副作用だ。
これは心の痛みや苦しみをあえて復元し続けることで忘却や怠慢を封じるためのもの。
当然滅茶苦茶に痛い。ので、私は常に泣きそうになっている。
フィアンマさんに泣き虫だと思われてしまうくらいに涙もろいのも、私が泣き出す一歩手前の状態をキープしているせいだ。
元々の私は、人形みたいに感情が乏しいとまで言われていた。
当時の神様には「絶望を受け入れてしまった顔」と評されるくらいに。
「ふむ……」
師匠が視線を横に逸らす。
常に正面向きの師匠が取るこのレアポーズは、思考に集中している時の仕草だ。
ただの会話で見ることのない集中モードは、たぶん、神様との脳内会話のためのものだろう。
表層的な思考は言語を用いる。
そのため、『神降ろし』中は、神様と脳内で会話できるのだ。
自分の脳内でのセリフに他者が返事をするという経験は、ちょっと言語化できない奇妙な感覚だったりする。
なのであんまりやらない。
「……そうか。伝えていなかったか」
と、師匠が頷いて私を見下ろす。
小柄な私の倍近くある師匠は、隣に立つと見上げる首がほぼ直角に曲がる。
その首に『幽世の貴婦人』の細腕がしがみ付いて帽子を支える。
「昔、クロエが隠れて『復元魔法』の練習をしていて、それを俺たちに見つかった時のことを覚えているか?」
「え? えっと、……はいぃ」
バツが悪い。
かなり昔の話だけど、私が初めて二人に怒られた日のことだ。
まだ記憶を復元できるようになる前だから曖昧だけれど、印象的だったので覚えている。
元々私は師匠の『復元魔法』を教えてもらえなかった。
理由は言うまでもなく、危険だから。
でも私はどうしても覚えたかった。二人の旅のお荷物でいたくなかったから。
どうせ教えてもらえないであろうことを察していた私は、隠れて習得することにした。
当時はまだ『神降ろし』も開発前で、出会ってから間もなかったのもあり、私が何を考えているかは神様でも見破れなかったようだ。
私はただ良い子のフリを続けて、二人の会話を盗み聞きし続け、『復元魔法』のヒントを探っていた。
と言っても師匠の言葉はわからなかったから、神様の言葉しかヒントが無かったけど。
ものすごく危険。
失敗したらすぐに死んじゃう。
そんな話の中で基本的な理屈の他、『魂の複写』や『オールリセット』、それに髪や爪を用いる練習法を聞けた。
私は『安全な練習法』と聞いて早速試し、早速失敗し、髪の毛が灰みたいに崩れ去るのを見て初めて『復元魔法』の危うさを実感したのだった。
「そして髪の毛での『復元魔法』が成功して、何度も練習して、遂に『オールリセット』も成功して……。
これで『部分復元』の失敗も『オールリセット』で治せるってなって、じゃあいよいよ指の先で『部分復元』を試そう!
――ってタイミングで、バレたんですよね……」
それはもうしこたま怒られた。
最悪『オールリセット』の時点で死んでいたかもしれないのだから当然だ。
今の私なら、当時の二人がどれだけ肝を冷やしたかが想像できる。
「実際には、クロエは実験を開始していた」
「えっ?」
「俺たちが気付いた時には、クロエは『部分復元』に失敗して死に掛けている状態だったからな。
その記憶が無いのは、『オールリセット』で実験前に完全復元したからだろう」
「どうりで……」
あまりにタイミングが良かった二人の登場の理由がわかった。
そして、私が想像した以上に肝を冷やしたであろうことも判明した。
「し、死に掛けていたんですか……?」
「ああ」
『部分復元』は確かに死を招く。
しかしそれを遅延するための『部分復元』だ。
それなのに死に掛けていたということは、私は失敗した後も『オールリセット』せずに粘っていたということだ。
「もしかして、痛みのあまり『オールリセット』が使えなくなっていたり?」
「いいや。気絶でもしていれば危うかったが、あれはそうではなかった」
師匠が当時を思い出してか、顔を顰める。
うおぉ、美人の不快顔……迫力が凄い。
「『オールリセット』は完全復元。記憶さえ元に戻り、折角の知識や経験も失われる。
クロエはあの時、失敗の経験や手応えを失うことを嫌ったのだろう。
俺たちが見つけた時には、既に肘から先の全てを『部分復元』で作り直し続けていた」
「う――」
肘から先。
その言葉が示すのは、私の失敗回数だ。
指先から始めた『部分復元』が失敗した場合、その周囲はぐちゃぐちゃになる。
だからそれより少し手前から『部分復元』を掛け直さなければならない。
指先から、指一本。
指一本から、手の半分。
手の半分から、手首の先全部。
そうやって何度も何度も繰り返して『部分復元のコツ』を掴もうとして、私は『オールリセット』を掛けずに粘っていたらしい。
「今のクロエなら解るだろう。それが如何に危険で、死の間際に立っていたかを」
わかる。
痛いほど、よく分かっている。
身体は繋がっている。
たとえ『部分復元』の失敗で破壊されるのがごく一部だとしても、その『破壊』が全身と繋がっているのだ。
この場合特に重要なのは、『血管』だ。
復元魔法の失敗で『破壊された血液』が、復元部分から血管を通って正常な部位にまで流れ込む。
それは心臓を通って全身に送り込まれ、内側から肉体を破壊する。
今の私から見れば、当時の私が生きていられたのが奇跡だとよくわかる。
血液の復元度合いによっては一分も経たずに脳が破壊されていた可能性だってあるのだ。
最初の失敗の時点で既に致命傷を負っていたのは明らかで、きっと私はそれに気付いていなかった。
無事に『オールリセット』を発動できたのも含めて、幾つもの奇跡が重なったとしか考えられない。
「どうだ、クロエ。今の話を聞いてもなお、自分は『痛いのは怖い』と言えるか?」
「……言えません」
我ながら異常だ。
言い訳も思いつかない。
「あの時、俺たちはクロエが既に手遅れなのが直ぐにわかった。
とは言え打つ手なんて無い。出来たことは、「今直ぐ『オールリセット』しなければ死んでしまう」と伝えることだけだった」
その言葉を聞いて、私は素直に『オールリセット』を使ったという。
そして記憶も経験も失われ、私は「いざ実験!というタイミングで二人にバレた」という状況に陥った。
今の話を聞いて、ようやく私は、二人があれだけ怒りながらも『復元魔法』の使い方を教えてくれた理由を理解できたのだった。
「教えないわけにはいかないだろう。放っておけば何時また実験するかわからないからな……。
それならば教えてしまって、使えるようになった方が遥かに安全だ。
『オールリセット』を使えという指示に素直に従った、という前例も有ったしな」
長くて重い溜息を吐く師匠。
ご、ごめんなさい……。
記憶にないとはいえ、まさかそこまでの面倒をおかけしていたとは……。
「そういった経緯があるから、俺も親友もクロエを止めようとはしない。止められないとわかってしまったからな。
だから最近は悩むことが増えて嬉しいくらいだ。友人も出来た。価値観の広がりも感じられる。
それは医者や薬師を抜きにしても、人として良いことだと思うぞ」
師匠は単分子ナイフを手にそう言って笑う。
美人の微笑の破壊力は凄まじい。
私も自覚し始めていたけれど、師匠たちも私に『普通とは何か』の価値観を学ぶ機会を作ってくれていたらしい。
思えば、旅を通して様々な価値観に触れていながら、それ以上は踏み込もうとしていなかった。
私は私で、他人は他人。その一線を引く意味はあるけれど、それを言い訳にして他人やその価値観を知ろうとしていなかったのは怠慢だと思う。
師匠も望んで『意思不通の呪い』を受け入れている。
それは医者として患者へのメンタルケアやホスピタリティを投げ捨てる決断だ。
でも前提として、師匠は患者の気持ちを理解しているし、一方的に知ることは今でも出来る。
結果として師匠は他者に寄り添おうとはしない。
それは寄り添っても理解されないからであって、同時に寄り添わずとも相手を理解できるからである。
後者の価値に気付かずただ上辺だけ真似ていた私は、今更『普通の価値観』を学び直しているのである。
「……よし」
フッ、と師匠が息を吐く。
黒檀の木屑が舞って、人気のない道端に散った。
師匠が今作っているのは、『黒檀製の鞘』だ。
私の単分子ブレードは師匠の『黒檀化』が掛けられており、これは同じ復元魔法ながら私のそれを圧倒している。
なので鞘にも師匠の『黒檀化』を施してもらわないと、単分子ブレードは鞘でも服でも私自身でも全部傷付けてしまう。
そんな事情なので最初から木材加工職人をお願いする相手は決まっていたのだ。
今は師匠の作業を見ながらまったり雑談タイムである。
もちろん呼び出しが掛かればすぐに飛んでいくけれど。
「あとは柄か。こっちはすぐ終わりそうだな」
設計図を見て、師匠がナイフの刃を拭く。
マルファスさんが徹夜で書き上げてくれた設計図には、ただの『拵』とは一線を画す機能が付いていた。
師匠はそれを一瞥して「面白いな」と言っていた。
神様は「良いじゃん」と言ってはしゃぎ、隣界知識を披露してくれた。
さすがマルファスさん。オタク気質は職人気質に勝るとも劣らないと証明してくれた。
しかし今目を引くのは、設計図より師匠のナイフだ。
すっごく久しぶりに見た、『単分子ナイフ』である。
こちらは私の単分子ブレードとは違い、師匠が真面目に作った一品。
ただし刃だけでなく柄まで単一の素材で作られている上にすごく小さいので、正直こちらの方が悪ふざけの産物っぽい。
でも、これは本当に凄いものなのだ。
名前は無いが、師匠はこれを『メス』と呼ぶ。
本来は外科手術に用いるらしいのだけれど、師匠はメス一本で黒檀の加工全てをこなしている。
そう、全て。
師匠の巨体を覆う全身鎧から片手大剣から、全てを。
「手慣れてますねぇ」
すいすいと音も無く黒檀が加工されていく。
私が黒檀を無加工で使うのに対し、師匠は出会う以前からちゃんと加工している。
これには私と師匠の性格差が出ていた。
師匠は黒檀に魔力を与えて育て、用途に合わせて削るタイプ。
私は復元魔法で黒檀の表面を覆い、用途に合わせて成長させるタイプ。
ちょうどメイプル姉妹の『彫刻』と『塑造』に似ている。
空気を復元魔法で固定できれば『鋳造』に似たタイプの運用も出来るのだけれど、それはマナリンク範囲の関係で私も師匠も出来なかった。
「やはり俺にはこのやり方が性に合うのだろう。
おかげで『黒檀化』も出来たことだしな」
「加工することが関係しているんですか?」
『黒檀化』は復元魔法の極致だ。
対象である黒檀が加工してあることに何か意味があるのだろうか。
もしかして復元魔法の魔法陣や魔法刻印なんてものが有るのかな……と思ったけど、私の単分子ブレードにはそんなものは見当たらない。
「逆だな。
加工してあるから『黒檀化』出来るのではなく、加工せずに用いるから『黒檀化』出来ないんだ」
師匠が作業の手を止めず、淡々と言う。
……逆。
その発想は、ありそうでなかった。
黒檀を加工せずに用いる場合、復元魔法は部分的になる。
と言うのも、復元は黒檀の成長を阻害してしまうからだ。
また、黒檀の急成長に『黒檀の魂』が追い付かない場合、復元魔法も追い付かず、ただ滅茶苦茶に急成長させるだけで終わってしまう。
この問題を解決するために、私は黒檀を常日頃から急成長と種子化を繰り返して『魂』にそれらを適応させている。
師匠の黒檀は、基本的に成長しない。
常に無尽蔵の魔力を注がれてはいるけれど、それは復元魔法で閉じ込められている。
黒檀の急成長を使う時は、マッハ移動の時か、剣の射程を伸ばす時くらいだろうか。
ここに『黒檀化』の可否の差があるのなら、どこだろう。
復元魔法の話なのだから、復元魔法の差に着目すべきだ。
師匠と私、加工と無加工、そこに施す復元魔法の差。と、言えば……。
……もしかして、『部分復元』と『完全復元』?
急成長を阻害しないよう、私の復元魔法は黒檀の表面にのみ掛けられる。
攻撃に用いる時でさえ、「先端を復元魔法で固定し、根元を成長させて先端を押し出す」という手法を用いる。
それも、根元と先端の復元差により断裂しないよう、繊細なコントロールで、だ。
対して師匠の黒檀は基本的に復元しっぱなし。
成長もしないし種にも戻さない。
つまり、全力全開の『オールリセット』と言える。
なるほど、だから『黒檀化』をただの復元魔法だと言うんだ。
実際にただの復元魔法なんだと思う。
ただ、持てる全てを復元速度に注ぎ込んだ『全身全霊全速力の復元魔法』だというだけで。
「師匠って、自分自身には『黒檀化』使えますか?」
「いいや、今は未だ使えない」
――やっぱり!
頭の中でパズルのピースがばちっと嵌まった音がした。
そうか、だから鎧。
服じゃダメなんだ。
服――つまり布などの柔らかい素材は変形する。
復元魔法はそれさえ復元し、連続復元は変形を固定する。
結果、服はどんな物体よりも固くなり、着用者の一切の動きを封じてしまう。
じゃあ鎧ならどうだろう?
鎧は元々変形しない。だから関節部に隙間があり、その隙間を覆うように幾つもの鎧が重なり合っている。
チェインメイルがわかりやすい。あれは服のように靡くし翻るけれど、それを構築する鎖の一つ一つは不変の金属だ。
『完全復元の常時使用』の形状固定という弱点を、固定したまま動かせる鎧に用いるという発想。
それ自体は全く突飛ではない。むしろ真っ先に思い付くべきもの。
私がまず『部分復元』ありきで復元魔法を習得し、使い始めたからこそ飛び越えてしまったアイデアだ。
まさに復元魔法の極致。
黒檀の名を冠するに相応しい、師匠だけの究極魔法。
……学校の授業で、私の復元魔法を『究極魔法』として披露したことが急に恥ずかしくなってきた。
「わっ、私も! 私もやりたいです!」
私は体中をバタバタと叩いて『黒檀化』の練習台を探す。
柔らかいものはダメ。黒檀もダメ。オーブ入りポットが有るけど、これは最初から師匠の『黒檀化』付与済み。
硬い物は『知恵の聖印』と『十字架の髪飾り』だけど、流石に神性を宿すもので実験はしたくない。
妖刀『生作り』と『生殺し』もちょっと怖い。
復元魔法は掛けてるけど、もし実験中に破損したら特異性が喪失するかも知れないし。
えっと、あとは、あとは……。
薬関係も怖いからパス……。
壊れてダメにしても大丈夫なもの……えぇー? そんなの持ち歩いてないよぉ……!
師匠の真似して黒檀のナイフを一本作っておく?
でも意思疎通が出来始めた今、黒檀を削り出すのに妙な抵抗が……。
「クロエ」
いつまでもバタバタしていると、鬱陶しかったのか、師匠が手を止めてこちらを見る。
「お前は『黒檀化』より優先すべきことがあるんじゃないのか?」
「う……」
有る。
正確には優先すべきと言うほどではないけれど、黒檀化以上に研究しているものが。
黒檀繋がりでは『黒檀との意思疎通』がそうだ。
最近感じ始めた黒檀との精神的な繋がり。それが気のせいじゃないのなら、色んな可能性を感じる。
現状ではどうしても黒檀は道具扱いだ。でも意思疎通できれば共生出来るかも。
そのためにも、意思疎通の魔法を今後も強化していきたい。
意思疎通と言えば、『以心伝心の権能』。
神様の授けてくれた『意思疎通の神秘』と私の魔法とで『意思疎通』の重ね掛けが出来る。
それがどれほどの力を持つのかは試してみたい。
差し当たってはセルフ禁忌指定魔法『うわん』と、あと人語を解さないタイプの神との意思疎通チャレンジ。
「俺はクロエの黒檀使いには可能性を感じている。
本来黒檀には存在しない『蔓』さえ生み出した時には驚いたものだ」
「あ、あれは……」
恥ずかしながら、私は黒檀に蔓が無いとは知らなかった。
でも根や枝を選んで成長させる要領で想像してみたら、なんか上手くいったのである。
思えばその時点で既に黒檀が私の意思に応えてくれていたのだと思う。
「俺は黒檀と意思疎通は出来ない。『呪い』も有り、一方的な支配下に置いているだけだ。
俺にとって黒檀は加工が容易な魔道具であり、黒檀からは俺の存在すら認識出来ていないだろう」
「それは、そうかも……?」
『意思不通の呪い』の例外は、魔力と神様だけ。
師匠がマナリンクを通じて黒檀の魔力に意思を伝えることは出来ても、黒檀自体は師匠の意思は汲み取れない。
黒檀を加工して使っているのもあり、もはや生物としては扱っていないのは理解できる。
つまりそれは、共生関係を築けないということも。
わかりにくいけれど、それは決して口にはしないけれど、私は師匠の『後悔』を感じた。
きっとこの人はその『後悔』を『覚悟』に変えてしまうのだろうけれど。
「よし。出来たぞ」
師匠が手元の木切れを持ち上げる。
刀の柄になる『柄木地』のはずだけど、バラバラだと何が何だかわからない。
逆に鞘の方は丸っとそのままなので分かりやすい。
それらを再度チェックしつつ、私に手渡してくる。
あれ、『黒檀化』は?と思ったら、なぜか私が受け取った手の上で魔法を掛けていた。
鞘の中が真っ黒に、それ以外も復元魔法で覆われる。
念のためなのか、ずいぶん時間を掛けて魔法を編みこんでいる。
ふと、師匠が今『神降ろし』中だと気が付いた。
気が付いたというか、気付かされた。
師匠から手渡された鞘と柄木地。
師匠の手と、鞘と柄木地と、私の手が重なっている。
そこに掛けられた魔法、込められた意思が、神様越しに伝わってきていた。
クロエを助けてやって欲しい。
どうか、よろしく頼む。
……黒檀への願い。あるいは祈りのような言葉。
今なら『呪い』を『神降ろし』で回避できるからと、懸命に師匠が意思を込めていた。
それがどういうわけか私にまで伝わってきてしまっていた。
これは神様の粋な計らい、あるいは余計なお世話だろう。
私は師匠に勘付かれないように、零れそうな涙を復元魔法で掻き消す。
代わりに、にっこりと笑顔を作った。
「……よし、完成だ。良い物が出来るといいな」
「はいっ! 師匠が手伝ってくれたんですから、絶対にすっごいものが出来ますよ!」
飛び跳ねて喜ぶ私に、師匠はほんのわずかに微笑んだ。
大きな掌が跳ねる私を「落ち着け」と抑え込み、そのまま少し、撫でてくれる。
やっぱり、師匠はひどく優しい。
その優しさが誰にも伝わらないことが、どうしようもなく寂しいと思ってしまった。




