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黒檀の魔女  作者: ラテオレ
ブレス・オブ・ブラス
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47/49

9. 横糸と縦糸


 連日発生するトラブルは、マキニスさんの迅速な発見と連絡により、ほぼほぼ『未遂』で事を収めることができていた。


 当たり前なんだけど、ベイベロニアが平和なのはマキニスさんの功績が大きい。

 大きいと言うか、九割九分九厘はマキニスさんのおかげだ。

 今のところ私の力が絶対必要と言える問題が無いのである。


 マキニスさんたちの身体、『アームズ』も、日々進化を遂げているらしい。

 市場などの混雑エリア特化型や、裏路地などの入り組みエリア特化型など、局所対応型を幾つか導入している。

 これまでの「鎮圧用・警備用だからごつくてパワーがあるボディ」という分かりやすいものからはかなり多様化してきている。


 もともとパワーだけでは駄目だ、とは思っていたようだ。

 それで具体的にどんなボディを用いるかのアイディアソースとして私の姿が参考にされている。


 例えば、市場で私がよくやる『天井歩き』。

 これを参考にした市場活動用のアームズには『天井歩きギミック』が搭載されている。

 その補助として市場の梁には補強と改造が施され、『吊り上げ機構(クレーン)』が導入された。

 今はまだテスト中だが、既に市場でのマキニスさんの機動力は大幅に向上し、平時ではクレーンを使った運搬により作業効率まで改善しているらしい。素晴らしい成果だ。


 そんなわけで、『品評会』が近付くにつれ増え続けるトラブルも、それでもほぼ『未遂』で解決していた。

 最初期の不安もなんのその。順調そのものだ。

 このまま『無死者・無廃人』でフィニッシュできるんじゃないかと思えるくらいに。


 そんな折、遂に負傷者が発生した。


「……えっと……」


 呼ばれて駆け付けた現場では、ちょうど男性が張り倒されているところだった。

 張り倒した犯人を咄嗟に拘束したものの、直後に「張り倒された側も拘束して」と言われ、その場の計七人を拘束するに至る。

 その七人の内、犯人以外は全員見覚えのある目の意匠のローブを着ていた。


「通報によるとぉ、この信徒さんはしつこく布教してキレられて口論になってー。

 んでー、怒られ中にも謝んないで布教してたら引っ叩かれたんだってー」


「はぁ……」


 私の腕の中で、フリルとリボンでごちゃごちゃになったマキニスさんが語る。

 このマキニスさんは『ヒューマン・ヒューマイン』ちゃん。

 人間×地雷系ファッションをモデルとしたデフォルマキオンだ。


 黒やピンクを基調としてチェーンやチョーカーなどの拘束系アクセ、そしてリボンやフリルなどの少女系デザインを多数取り入れている。

 この詰め込み過ぎてゴチャゴチャしているのも特徴の一つだという。

 気だるげなヒューマンちゃんの態度も含めて、とても可愛い。


 対して、目の前の絵面はあんまり可愛くない。

 今黒檀の蔓で拘束されているのは七人。

 うち六人がフード姿のアルゴセウス神教徒で、そのうちの一人がビンタされて顔が腫れちゃってる人。

 残りの一人は、ビンタした人。がっしりした身体の職人だ。


 犯人は「カッとなった」と言い、既にだいぶ落ち着いている。イライラはしてるけど。

 今は七人全員の足の拘束を解き、横並びに立たせて事情聴取中だ。


 とりあえずフォスちゃんが心配そうにしているので、顔腫れ信徒さんに軟膏を塗っておく。

 種族は覆われぬ者『フェルマニース』の男性。それなら『ベティアラ草』と『ウェリンス樹液』から作った痛み止めが使える。

 肌に合わないと痒みが出る恐れはあるけど、深刻な副作用はない。

 ぬりぬり。


「おお、感謝しますぞ、『見る目有る者』よ!」


 顔腫れ信徒がニッコー!と良い笑顔で私に礼を言う。

 ……『見る目有る者』?


「そちらはアダンヴァールですな? 『灯の眼』を持つ魔獣! うむ、実に素晴らしいですな!

 そしてそんな『見る力』に価値を見出されたあなた! あなたもまた素晴らしき『見る目有る者』ですな!」


 ですですですな! と、信徒たちが盛り上がる。

 すごく仲良さそうで微笑ましい。でも反省してないように見えてちょっと不安。


 なるほど。『見る目有る者』の定義がわかった。

 彼らは崇める神が普見神『アルゴセウス』だから、見る力に価値を見出す人を同志扱いしているのだろう。


 ちらっとビンタした人を見る。……うんざりした顔だ。

 よく見ると、その目は右が赤く、左が黒い。

 あれ? ギノさんと同じ色だ。


「彼もまた『見る目有る者』なのですよ」


「鍛冶神『ウィポン・ダイタラス』、その信徒ですな。

 彼の神は隻眼にして隻脚の神。与え給う加護は『火と鉄の眼』でありますな」


「どんな火にも焼けぬ両目は、それぞれ光と闇を見通せると謳われております。

 つまり彼は『見る力』を持つ『見る目有る者』なのでありましょうぞ」


「なるほどぉ」


 わいわいと楽し気に話す信徒たち。

 単純に自分たちと同じ『見る力の神』の信徒に親近感を覚えてしつこく話しかけたってことなのだろうか。


「故に、彼には我らが普見神アルゴセウス様への『宗旨替え』を薦めたのでありますなぁ!」


 ドカッ!

 ――と、良い笑顔の信徒が一人、横合いから蹴り飛ばされて転がった。

 もちろん蹴っ飛ばしたのはビンタした人だ。

 私はあわててビンタ&キックの犯人を他六人から引き離す。


 な、なるほど。こんな感じで布教されたのか。

 それはムカつくだろうなあ。


 彼らにしてみれば『見る力』に価値を感じているのならその最上位たる『普見神』に鞍替えした方が良いとの理屈なんだろう。

 その理屈は正しい。けど、そもそも相手が『見る力』を最優先していなければ成り立たない理論だ。


 鍛冶神を信仰しているビンタの人は、当然ながら『見る力』が欲しいだけじゃない。

 教義とか神そのものとか、なにかしらに惹かれて信仰し、信徒になったはずだ。

 それを神秘目当てだと断じられるのは、信仰心の否定でしかない。

 加えて改宗まで勧められているのが追撃になっている。


 それは信仰者にとって最大限の侮辱である。

 私でもたぶんムッとする。


「そっちの人は慰謝料払ってねー。

 信徒さんも迷惑料払って即時解散ー。

 慰謝料と迷惑料で相殺にしとくからぁ、もうもめちゃダメよー」


 ヒューマンちゃんが仕切り、七人を納得させて解放する。

 信徒たちはイマイチわかって無さそうだったけど、これは価値観の違いが大きいからなぁ。

 宗教家を改心させるのは、それこそ『改宗させる』くらい難しい問題なのだ。


「悪質な布教行為の厳罰化、進めなきゃねー」


「そうですね」


 だりー。なんて言いながら髪をいじるヒューマンちゃん。

 私は、ちらちらとこちらを見てくる信徒たちから目を逸らし、歩き出した。

 隙を見せたら私にも布教してきそうだからなぁ。


「あの手の迷惑布教はたまにあるんだけどねぇ、普段はみんな聞き流してんの。

 でも『品評会』前はピリピリしてっからさー。スルー出来なくなっちゃう人もいんのよー」


「ああ、これも『品評会』絡みではあるんですね」


 ピリピリしていて精神的に余裕がない。

 普段は「そういう無神経な奴らだ」と相手にしないようにしている人も、思いがけずカチンと来てしまったりするのだろう。

 だというのに、今はアルゴセウス神の信徒たちが製品宣伝もかねて布教に力を入れている。

 ……これは今後ますますトラブりそうだなぁ。


「それだけじゃないよー。例年『品評会』三日前からが特に酷いからねー。

 ちょー根詰め中の職人が寝なさすぎで錯乱すっからさー」


「えぇー?」


「しかもぉ、『品評会』に参加できなかった職人が不満爆発させんのもこれからさ」


「わぁー……」


 そうか、それも有るのか。

 ギノさんみたいに切り替えられる人ばかりじゃない。

 どうしても『品評会』という晴れ舞台へ向かう人を妬ましく思う者も居るだろう。


『品評会』まではまだ二週間ほどある。だというのにこの事件発生数。

 そろそろトラブルも昼夜問わずになってくるかもなぁ。


「――と、言うわけで。これからベイベロニア縫製商会に向かいます」


 ふんすと鼻を鳴らす。

 ぱちぱちと手を叩いて「いーじゃん」と肯定してくれるヒューマンちゃん。


 忙しくなる前に、そして製作期間を確保するために、少し積極的に行動しなくては。

 もともと『御守り作り』は出来たらいいなってくらいの軽い目標だったけど、メイプル姉妹とギノさんの協力を得られることになった以上、優先順位はかなり引き上げられた。

 あんなに腕の良い、そして人も良い職人たちがオーダーメイドを引き受けてくれるなんて話はそうそうない。それに、あの人たちの気持ちも無駄にしたくない。


 そんな気持ちでやって来たベイベロニア縫製商会は、通りや市場からも離れた郊外にある、すごく大きな会社だった。


 ベイベロニア縫製商会とは、ベイベロニアに幾つもある縫製関係の商人組合だ。

 あえて『組合』ではなく『商会』と名乗るのは、一つの会社として強固に連携するという意思表示。

 創設時に中心となった商会も自分の名前を意図的に消し去り、『ベイベロニア』の名を用いることで、中立公平であることを示している。

 時に国営と勘違いされたり本当に一個の商会だと誤解されることもあるが、今のところメリットの方が大きいらしい。


 私がやって来たのは縫製商会の『本部』と呼ばれる場所。

 広い敷地の大半は素材と製品の倉庫で、一部は商品として展示されてもいる。滅茶苦茶高いらしいけど。

 でもここが倉庫じゃなく本部と呼ばれているのは、商会の全ての情報を管理している事務所があるからだ。


「ようこそいらっしゃいました、クロエ様」


 本部に入ると、直ぐに男性が話しかけてきた。

 覆われぬ者――いや、持たざる者の青年だ。


「初めまして、マルファスさん」


 私が手を差し出すと、少し間を置いて、マルファスさんが手を差し出した。

 握手。

 ……つい何も考えずにやってしまったが、もしかしてベイベロニアでは一般的じゃない?

 だとしたらマルファスさんが『握手』を知っていて良かった。


 マルファス・ククロック。

 ギノさんに言われた通り、胡散臭い笑顔の商人。

 専門は『営業』で、職人でもなければ一般的な商人とも少しずれた交渉術の専門家だ。


 交渉下手なギノさんがつい「胡散臭い」と称してしまうのも頷ける。

 私は商人さんから「交渉時にどんな顔すればいいのか、って真面目に考えても、結局は愛想笑いになっちゃうのよ」と教えてもらっているので、この胡散臭い笑顔が『相手を不快にしないための定番の表情』だとわかる。

 でも優れた商人は顧客に合わせられるとも言うので、この愛想笑いもその内私好みに調整されるだろう。


「『真鍮脳』から話は聞いてます。うちの生産部名誉顧問に話があるとか」


「ええ、はい」


 にこりと笑う。

 なんの話?


 視線をヒューマンちゃんに落とすと、親指を突き上げた拳を示す。

 いわゆる『サムズアップ』、隣界で「イイネ!」とか「オッケー!」的な意味で使われている。

 それを知らないらしいマルファスさんはちょっと不思議そうにしていた。


 どうやらマキニスさんが手を回してくれていたらしい。

 ギノさんと違って、こちらは直接交渉しか受け付けないタイプではない。

 むしろ直接話すのが困難な引退済みの職人が相手なのだから、根回しくらいは考えるべきだった。

 こういう「一つ知識を得るとその知識ばかりで考えてしまう」というのは私の欠点だ。なかなか直らないのが恥ずかしい。

 昔師匠に聞いた「子どもは覚えたての言葉を使いたがる」と相まって、余計に恥ずかしいのだ。


 話の流れから察するに、『生産部名誉顧問』というのがギノさんの言っていた『デュマ』という人なのだろう。

 名誉顧問という役職からも、引退してなお影響力のある職人なのだとわかる。


「時にクロエ様、そちらの地雷系ファッションのお方はどちら様でしょうか?」


「はい? あ、ヒューマンちゃんのことですか?

 マキニス・デアエクスの一人、ヒューマン・ヒューマインちゃんです」


 さすが営業とはいえ服飾関係。

 隣界ファッションである地雷系を一目で看破するとは。

 私でさえ「隣界には『地雷系』と呼ばれるファッションがある」としか知らず、ヒューマンちゃんに会って初めて「へーこれが『地雷系』かー可愛いねぇ」となったのに。


「なるほど、すばらしい。

 さすが真鍮脳の手足、よくわかっていらっしゃる」


 私はマルファスさんを見直したんだけど、マルファスさんはブラスさんを見直したらしい。

 確かに、マキニスさんの服装は数ある隣界ファッションの中でもかなり独特でハイセンスなものが多い。

 神様の手を離れてから二号機以降のマキニスさんが作られた、という経緯なので、どんな衣装にするかはほぼブラスさんが決めていると見ていいだろう。

 良いセンスだ。わかっていらっしゃる。


「ところで、『地雷系』ってなんなんですか?」


「地雷系とは『愛らしい』と『毒々しい』を掛け合わせたファッションですね。黒とピンクを中心にしたカラーリングにチェーン・チョーカーなど束縛を連想するアクセを合わせます」


「ほー。なるほ」


「これらは『病み』『ダーク』のイメージであり、この辺りが『地雷系』の『地雷』に由来します。では『地雷』とは何かと言うと、これは踏めば爆発する危険極まりないトラップでして、転じて踏み込めば爆発する心のナイーブな部分を地雷と言います。類語には『逆鱗』がありますね。うっかり相手を怒らせてしまった、触れてはならない部分に触れてしまった、という時に『地雷を踏んだ』と表現するそうです」


「ちょ、マルファスさん?」


「更に更に転じまして、心の地雷がやたらと多いとても繊細な女性を『地雷女』と呼ぶそうです。その繊細さたるや、情緒がまるで安定せず、常に『癇癪と憂鬱(ヒステリック・ブルー)』を行き来する存在であるとされます。数少ない精神安定剤が『推し(主にイケメン)』と『可愛い』であり、その病んだ精神と可愛いもの好きが融合して『地雷系ファッション』が生まれました。下地には死を連想する『ゴシック』と少女的可憐さである『ロリータ』を掛け合わせた『ゴスロリ』が存在すると言われています。『地雷系』が定着する以前は『ゴスロリ』こそが地雷女の定番ファッションとされることもあり、そこから『病み系』へと変移したのちに『地雷系』が独立しました。しかし本質的には何も変わらず、明確な歴史と区分を持つ『ゴスロリ』と違い、『病み系』『地雷系』は病み女や地雷女が好むファッションというだけです。流行りが変われば指し示すものも変わるであろう、儚いジャンルですね。なお、『地雷女』も『地雷系ファッション』もかなり高純度の悪口なのですが、当の本人たちが『地雷系』を進んで自称するため、蔑称ではなく愛称として親しまれているようです。口癖は「マジ病む」です」


「マジ病むー」


「ふおわあぁぁああ本物だぁぁああああ!!」


「落ち着いてください、作り物(ニセモノ)です」


「そうでした」


 スン……となるマルファスさん。

 テンションの乱高下がヤバイ。

 この人も地雷なんじゃないのかな。


「キモ」


「こらっ!」


 率直な感想を述べるヒューマンちゃんを窘める。


 隣界には『オタク』と呼ばれる特定分野に特化した趣味人が居るらしい。

 その深い見識を言葉として出力するにあたり、まるで言語を圧縮するかのように早口になるという。

 マルファスさんも隣界ファッションに魅せられすぎて『オタク』に成ったのかも知れない。


「さて、着きました。

 デュマ顧問はこちらでお待ちです」


 そうこうしている内に、マルファスさんの脚が止まる。

 まさか道中の会話がほぼ一人語りで占められるとは思わなかった。

 そして、案内された先がどう見ても民家なのにも驚いた。


 一応本部の建物内なのだけれど、細い通路の最奥にあるのは民家の壁と玄関だ。

 木で骨組みを造り、石と土を積み上げて壁にした、そこそこ手の込んだ作りの家。

 詳細はわからないけど、ずいぶんと古いようにも見える。


「ここはデュマ顧問の自宅なのです。

 かつてベイベロニア繁栄期にその神業を振るった紡ぎ手、その終生の棲み処がこちらです。

 意地でもこの家を手放さないと駄々をこねるもので、縫製商会に取り込む形で残されています」


「はあ。なるほど……」


 昔から住んでいた家。

 思い出も多いのだろう。

 引っ越さないのはわかるけど、取り込まれるのは許せるの?


「というのも、デュマ顧問は御年90歳。

 種族の平均寿命が70前後であることを考えればかなりの御高齢。いつ何があっても不思議ではないのです。

 それ故に無理を言って何時でもお傍に駆けつけられるようにさせて頂いているのです」


「なるほど!」


 納得。

 老いも病も末期となれば自宅療養になるのが在界の基本だ。

 そのお世話をするのに四六時中傍にいるというのも難しく、次善策として『いつでも駆け付けられるようにしておく』というのはとても合理的だと思う。


 ただ、そうまでして商会が一職人の世話役を買って出るのはよくわからない。

 普通世話役は家族が務めるものだ。

 名誉顧問という立場はあるものの、一線を退いた職人相手にする待遇としては破格過ぎる。


 もしかして……。


 ふと、ギノさんの言葉を思い出す。

 マルファスさんは、あの直接交渉しか認めないギノさんがわざわざ名指しした相手だ。ただの口利き役とは考えにくい。

 そしてこの、デュマさんに対する謎の待遇。


「デュマ顧問、クロエ様をお連れしました」


「はいはい。どうぞぉ」


 案内され、通されたのは、民家のリビング。

 そう広くはない一室の隅、火の入っていない暖炉の前に、一人の老婆が椅子に揺られていた。


 優しい声、穏やかな微笑み。

 雰囲気こそ違うものの、見覚えのある目元や眉の形。

 傍目にはただただ穏やかな老婆の姿なのに、その手元で縫い上げられるハンカチの刺繡がパッと見で分かるほどの神性を湛えていた。


「彼女はデュマ・ククロック。私の曾祖母です」


「初めまして、クロエさん」


 マルファスさんに紹介され、デュマさんが頭を下げる。

 慌てて私も頭を下げて自己紹介をすると、「座ったままでごめんなさいね」なんて言って笑った。

 たぶん、初対面で慌ててしまうという恥ずかしい姿を、デュマさんは自分の非礼を詫びる形でフォローしてくれたのだ。

 お互い恥ずかしいわねぇ、お互い様だから気に病まないでね、という大人な話術である。

 ……『意思疎通の魔法』ごしに思いやりの気持ちが伝わって来なければ察することも出来なかったくらいの自然さだった。


 デュマさんが優しくて人間出来てるおばあちゃんなのはわかったし、同時にやっぱりマルファスさんの親族なのもわかった。

 そして手元の刺繍だけでも、今なお素晴らしい腕を持つのもよくわかる。

 だからこそ、依頼を受けてもらえるかどうかで今更緊張してきてしまった。


「デュマさん、まず、こちらを見ていただきたいです」


「はいはい。ちょっとお借りするわね」


 私が差し出した『単分子ブレード』と『フィアンマさんの髪』をデュマさんが受け取る。

 座ったまま、そして目を伏せたまま。

 そのまま目を開けず指先で鞘や髪に触れるのを見て、目が見えないのだと気が付いた。


「――ミケロ・デア・テイニス――キクロ・ケルタ・マシルク――ノルニア・モイルニア・アトラケス・ポラス――」


「ん……」


 祝詞だ。

 デュマさんが鞘と髪に触れたままゆっくりと詠唱する。

『意思疎通の魔法』がデュマさんの意思を読み取れないということは、その言葉が私に聞かせる気が無いということ。

 己が神にだけ捧げる祈りの言葉なのだろう。


 こそっとヒューマンちゃんに訊くと、デュマさんは『縫子の神』の信徒らしい。

 縫子の神は縫製神。名はミケロ・デア・テイニス。

 偶然の横糸と必然の縦糸を織り成し人生を紡ぎ出す。その在り方から『時の神』とも呼ばれる大神だとか。


「あら……良い物ね。たくさんの想いと物語に彩られている……。

 特に『御神髪』の方は、強い絆を感じられるわ……」


 すり、と髪を指先で撫でながら、デュマさんが言う。

 神秘か加護で素材の『過去』を読み取ったのだろうか。

 ミケロ神が『時の神』と呼ばれるのも、未来を紡ぐだけでなく、過去を紐解けるからだというし。

 よくない秘密を抱えている身としてはそわっとしてしまう。


「あの、それで依頼をお願いしたく……」


「ええ。もちろんお受けしますよ」


 恐る恐る切り出すと、デュマさんは笑顔で頷いた。


「うちのマル坊たちがお世話になっていますもの。

 こんなおいぼれで良ければ手伝わせてくださいね」


「あっ、ありがとうございます!」


 勢い良く頭を下げてから疑問が湧く。

 マル坊?


「マル坊は私のことです」


「マルファスさんのことでしたか」


 立派な成人男性だけど、デュマさんから見るとお坊ちゃんらしい。

 まあ曾孫だし、子ども扱いするなと言う方が無理なのかな?


「私ども縫製商会は、クロエ様になんどもお世話になっています。

 クロエ様にその気がなくとも、そしてただ真鍮脳の依頼をこなしていただけだとしても、助けられたならばそれは恩であり、返さないまでも報いるべきだと考えます」


「律儀なんですね」


「商人ですので」


 にっこり笑うマルファスさん。

 不思議と今度は胡散臭さを感じなかった。


「ギノ坊も止めてあげたって聞いたしねえ」


「あ、ギノさんも子ども扱いなんですね……」


 この辺の年相応の扱いはちょっと難しい。

 師匠と神様が年齢を超越しているから。


 考えてみるとあの二人は同郷同世代の親友同士だけど生きた時間に二百年の差が有るんだよね。

 異界渡り先の時代がズレていたせいだけど。その割に再会した瞬間から親友続行してる気がする。

 これは二人が特別なのか、二百年も生きてて本質が全くブレなかった師匠がおかしいのか……。


「それで、マル坊。あんたはこの仕事をどう見るね?」


「はい、なにがでしょうか?」


 私が『年の差』という概念を理解しようと試みていると、デュマさんとマルファスさんが何やら小声で会話をしている。

 刀、鞘、そして髪。それぞれが特異なものに見えるのだろう。二人はああでもないこうでもないと語り合っている。

 実際に特別なのはフィアンマさんの髪だけで、刀と鞘は師匠の魔法が特別なんだけど。


「ふむ……」


 一通り語り合って、マルファスさんが身体を起こす。

 ずっとデュマさんに合わせて前屈みだったから、ポキ、と小気味良い音がした。


「これは、『設計図』が必要ですね」


 そう言うマルファスさんに、デュマさんが頷いた。


 それは、メイプル姉妹も言っていた。

 けど「できれば」程度の話だったはず。


「いえ、残念ながらそう簡単にはいかないでしょう」


 首を傾げる私に、マルファスさんが説明してくれた。

 重要なのは製作工程である。

 設計図の有無で取れる工程が変わるらしい。


「設計図が無い場合、職人から職人への『作品リレー方式』になります。

 職人Aが作った物を職人Bに渡し、職人Bが手を加えたのち、職人Cへ渡す……といった感じですね。

 メイプル嬢もこの工程で仕事をしていたようですから、こちらをイメージしていたのでしょう」


 確かに、グリシアさんは魔道具作りの工程をそんな感じで話していた。

 私は頷きつつ続きを待つ。


「もちろんこの工程でも作品は作れます。

 しかし、リレー方式ではどうしても全体的なまとまりに欠けてしまうのです」


 職人たちが各々思い思いに作業するので、それぞれの得意に合わせて尖っていく。

 それはそれで特色が出て独創的な作品になるらしいが、今回ばかりはそれがよろしくない。

 私が依頼した拵の要は、『炎髪』だからだ。


「職人たちが好き勝手作った作品では、この『御神髪』の能力を十全に引き出せない可能性が高いのです」


 これはいわば魔道具だ。

 しかも単純な『加護』レベルの効果ではなく、『魔法』や『神秘』に類するレベルの魔道具。

 それこそアダンヴァールの『灯の眼』のように、適切な加工と特別な工程を必要とする。


 だから設計図が要る。

 どのようにして『御神髪』の性能を引き出し、単分子ブレードに伝えるのか。

 私がギノさんの前でやって見せた『火の刃』をより迅速かつ高火力で実現するにはどうすれば良いのか。

 それらを職人それぞれに任せるのではなく、緻密に計算し設計する必要があるのだ。


「もちろん職人たちはいずれも一流ですから、なんやかんやと傑作を作り上げるでしょう。

 尖らせ過ぎず、個性の喧嘩を避け、一個の作品として綺麗にまとめ上げてくれます」


 だから、『必要』とは言ったものの、無いなら無いで構わないと言う。

 ただ、勿体ない。

 そうして出来上がるものは、『無難な傑作』に留まってしまうから。


 設計図も無く、職人たちがお互いに遠慮し歩み寄る形で作った作品。

 それは一流の料理人たちに野菜を洗って刻んだだけのサラダを作らせるのと同じだ。

 無難で失敗がなく素材も活かせているし美味しいが、挑戦も、革新も、料理人それぞれの持ち味もない。


 設計図とは叩き台であり、手綱である。

 職人たちは『設計図』さえ押さえておけば、あとは自由に創作できるのである。

 それに一本軸が通っていれば歩み寄りだって容易になるし、持ち味だって出せるだろう。


 あと、『リレー方式』と違って全職人が同時に作業に入れるというのも嬉しい。

 少ない時間でバトンを渡すより、じっくり作業に打ち込める方が良いだろう。

 もちろんより長く働いた分の対価は私が用意することになるけど、問題無し。


「そこで、クロエ様。一つ提案がございます」


「はい、なんでしょう?」


 にこぉ、と笑うマルファスさん。

 すっごい胡散臭い。営業担当、セールスマンの顔だ。

 ――でも、その仮面の下に緊張が透けて見え、細めた目の奥には情熱が燃えていた。


「私に、『設計図』を描かせていただけませんか?」


 ……勢いで「はい!」と答えそうになったが、少し、思考が混乱した。

 あれ? 聞き間違えた?


「私たち」とか「縫製商会に」とかならわかる。

「描かせて」ではなく、「任せて」でも意味が通じる。

 でも、『私に』+『描かせて』となると、ちょっとよくわからない。


「えっと、マルファスさんって、設計士なんですか?」


 てっきりマルファスさんは商人としてこの依頼に興味を持ったんだと思った。

 いや、デュマさんの曾孫なら職人でもおかしくはないんだけど、でもその場合は縫製職人のはずだ。


「マル坊はね、昔から絵を描くのが好きだったんですよ」


 そう言って、デュマさんがテーブルに置いていた古めかしいスケッチブックを差し出した。

 受け取り、開いてみると、いくつもの華やかな衣装が描かれている。

 ただし、途中から急に子供の落書きみたいにへにょへにょな絵になった。


「最初のはデュマ顧問のデザイン画です。

 そしてその下手な絵が、当時まだ幼かった私が描いたものですね」


「なるほど……!」


 マルファスさんはデュマさんの制作した服ではなく、デザイン画の方に興味を持ったらしい。

 それでこのスケッチブックを貰い、自分でも描いてみたのだと言う。

 スケッチブックを読み進めていくと絵もどんどん上達していき、素材や縫い留め方など、専門的な情報まで書きこまれ始めた。


「初めて私の絵から服を仕立ててもらった時は、ものすごく感動したのを覚えています。

 それから私は、デザイナーの道へ進みたいと強く願うようになったのです」


 マルファスさんは恥ずかしそうに、だけどとても良い笑顔でそう言った。


 ……では、なぜ今は営業職なのか。

 それは聞かなくてもなんとなくわかる。

 いや、わからなくとも聞くべきではないと理解している。


 ただ確実に言えることは、マルファスさんには商才があるということ。

 デュマさんの引退後のポストは、マルファスさんが用意したという。

 こんなに大きな商会でそんなわがままが通ったのは、デュマさんの実績だけでなく、マルファスさんの能力があってこそだろう。


 そしてその商才は、ただの営業マンとしての才能に留まらないはずだ。

 おそらくはデザイナーとしての才能、『全体を見通し、完成形を導き出す』という能力を持っているのだろう。

 もしかすると、マルファスさんも『時の神』に愛されているのだろうか。

 あるいは思わず『才能』だと見間違うほどの『努力』を重ねてきたのかも知れない。


 過去も能力もわからない。予想は出来ても事実は不明だ。

 でも、マルファスさんが『オタク』だということはわかっている。

 たったそれだけで、私は彼の申し出を聞いた時、困惑以上にわくわくを感じていた。


 オタクは職人気質と違い、プライドやストイックさを重視しない。

 その代わり、オタク気質な人はとにかく『好き』に全力だ。

 全力過ぎて好きなこと以外が全部疎かになっているくらいに。


 隣界人曰く、「好きこそ物の上手なれ」。

 誇りも拘りも努力も才能も、『好き』の一言で踏み越える。

 オタクを超えられるのはオタクだけだと言わしめるほど、その熱量は職人に決して引けを取らないのである。


 だから私はわくわくした。

 期待してしまったのだ。

 マルファスさんがオタク全開でデザインした『拵』は、いったいどんな姿になるんだろう! ――と。


「それなら、ぜひ! よろしくお願いしますっ!」


 私は衝動のままに、マルファスさんの右手を両手で握る。

 一瞬驚いたマルファスさんが、私の両手に自分の左手を重ねて握った。

 両手でがっしりと握手を交わし、私たちは真っすぐに向き合う。


「お任せください! 必ずや最高の作品を描いてみせます!」


 そう言って笑うマルファスさんの顔は、真剣で――

 ――と思った途端、胡散臭い営業スマイルになった。


 ……これが、『職業病』……。

 それは付ける薬の無い病。

 最悪のタイミングで発症する、悲しき営業マンの性を見たのだった。












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