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黒檀の魔女  作者: ラテオレ
ブレス・オブ・ブラス
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46/50

8. 道を引く


「神は見ている!」


 市場へ向かう商人たちの頭上、陸橋に陣取った揃いのローブ姿の人たちが叫んでいる。

 ローブには『目』の意匠があちこちに描かれていて、ちょっと異形感がある。


「あれはなんですか?」


「宣伝ぴょん」


 腕の中でひときわ小さなマキニスさんが答えてくれる。

 ホビット・ラビットちゃん。平たく言うとウサギの着ぐるみを着た小人である。

 ただでさえ小人モチーフなのに2.5頭身のデフォルマキオン体なので、もはや片手乗りサイズだ。

 めちゃ可愛い。


「あれは普見神『アルゴセウス』の信徒たちぴょん。

『品評会』が近付くと、ああして宣伝する人たちも増えるんだぴょん」


「へー」


 普見神アルゴセウス。

 その名前は割と最近にも聞いた。

 マラドンナさんの加護で『灯の眼』が『灯の神眼』になってすぐ、その神を見掛けたからだ。


 アルゴセウス神は、巨神である。

 ベイベロニアには飛空艇ターミナルを含めた山のように高い構造物が存在するが、アルゴセウス神はそれよりも二回りほど大きい。

 山のように大きな都市の隣に、それ以上に大きい巨神が佇んでいるのだ。

 そりゃもうびっくりして、すぐシルキーちゃんに「あれなんですか!?」と確認したのだった。


 なお、シルキーちゃんに神は見えないので、口頭で説明した。

 と言ってもかなり特徴的な神で、山のような巨体だけでなく、その全身に無数の『目』が付いていたりする。

 それを告げただけでシルキーちゃんは「ああ」と全てを理解していた。


 普見神――遍くを見通す神――の名の通り、メインは巨体ではなく『無数の目』である。

 アルゴセウスの目は全てが同時に閉じることはなく、死角もなく、普見神の名に違わない千里眼を有している。

 そんな神の信徒が目だらけのローブを着ているのも、「神は見ている」と叫ぶのも、まあ当然のように思えた。


「結局、何の宣伝なんですか?」


 市場周りをパトロールしつつ耳を傾けてみたものの、聞こえてくるのはアルゴセウス神を称える言葉ばかり。

『品評会』への出品作の宣伝ではなく、ただの宣教活動になってしまっている。


「カメラぴょん」


「カメラ」


 それは……なんか、普通だ。


「作品名:普見義眼(パノプテック)、暗視にも透視にももってこいの万能カメラぴょん」


「え」


「アルゴセウス神の神秘を付与した『聖品』だから、とーぜん犯罪行為には使えないぴょん」


「ああ……びっくりしました」


 いくら便利でも流石にダメじゃない?と思ってしまった。

 そこは神、人に仇なす事には使えないらしい。


 詳細はわからないけど、商品名からして「普見神の目を増やす」という意図も感じられる。

 彼らは犯罪級に便利な製品を売って富を得たいのではなく、信仰し敬愛する神の力を増したいという思いがあるのかも知れない。

 もしかしたら「信徒になれば『普見義眼』が使えますよ」という金銭以外の取引かもしれないし。


 うーん。奥深い。


 頷きながら、今朝の市場パトロールを終える。

 だんだんと国の空気感が変わりつつある。

 わかりやすく暑苦しいあの熱量が、徐々に抑え込まれ始めた気がする。


 燃え盛る炎が、煮えたぎる溶岩になっていくような。

 熱量は変わらない。むしろ増している。

 にも関わらず、表面上はみんな大人しくなっているのだ。


 ちょっと不気味だなぁ……。

 私は、『品評会』が近付いてきている気配を肌で感じ始めていた。


 それと同時に、私の『御守り作り』ミッションの達成難易度が高いことを知る。


 あくまでも主目的は『導き』のヒントを探すこと。

 それは、『御守り作り』を通して職人たちと交流することでも見付けられる気がしていた。

 ただし、だからと言って警護を後回しにしたりはしない。一度引き受けた以上、警護依頼は最優先にしている。

 その前提は崩さず、私は副目的である『御守り作り』にも本腰を入れ始めた。


 ありがたいことにメイプル姉妹が『御守り作り』を引き受けてくれた。

 だけど、私が思うような簡単な話ではなかった。

 グリシアさんが『魔道具作り』に関してチラッと口にしていた通り、一つの作品は一人の手で作られるとは限らないのだ。


 ただのそれっぽい『御守り』が、気付けば『(こしらえ)』の作成になっていた。

 フィアンマさんが当初予定していた小袋型の御守りでは『御神髪(おみぐし)』が入りきらずに溢れてしまうので、何か別の形にしたかったのだけれど……私が「単分子ブレードに付けたい」と言ったのが広がり過ぎてしまった気がする。

 いわゆる『飾り紐』とか『組紐』『下緒』とかを想像していたんだけどなぁ……。


 このスケールアップも予想外で、難易度を跳ね上げている要因だ。

 石細工の職人であるメイプル姉妹ではどうにもできない部分が多すぎるのだ。


 そこでグリシアさんから提案されたのが、他の職人への依頼だった。


 メイプル姉妹は『石飾り』や、『刻命の神秘』を用いたマナリンクのパス作りを担当する。

 それ以外の金属細工、木製細工、縫製細工、それぞれの職人が要る。

 (つば)(はばき)などの金属加工、柄木地(つかきじ)と鞘の木工、そして柄巻(つかまき)下緒(さげお)などの縫製。

 欲を言うなら、設計図も引ける人が欲しいとのこと。


 私としては、せっかくメイプル姉妹が引き受けてくれたんだから、なんとかベイベロニアを発つまでに加工をお願いしたい。

 もちろん誰でも良いわけではなく、一流の職人にお願いしたい。

 物がスケールアップしたのにつられ、欲もスケールアップしている。


 でも今は『品評会』前。

 たまたま手が空いていて私の依頼を受けてくれる一流の職人なんて、はたして都合よく見つかるのだろうか……。

 なんて考えていたけど、街中の熱気が溶岩化しているのを感じ、ますます不安になってきたのだった。


「グリシアさんの憧れの鍛冶職人が『品評会』不参加だと聞きましたけど……」


 ダルム製鉄所の大親方(所長)、『ギノ・ダルム』さん。

 越してきたばかりのメイプル姉妹と市場で出会い、姉妹に各市場に並ぶ物や商品追加の時間などを教えてくれたらしい。

 職人としてもかなりの腕で、偏屈ながら人情家なのもあり、姉妹からの信頼は厚い。

 金属と石材とで畑違いなのもあってそこまで密接な関わりは無いが、それでも姉妹は彼を尊敬し敬愛しているとのこと。


 そんなギノさんが『品評会』に参加しないのは意外で信じがたい。

 しかし、他の職人たちが『品評会』に向けて依頼受注を控えている中、ダルム製鉄所は隙間産業狙いでガンガン仕事を受けているらしい。

 そんな状態で『品評会』には参加しないだろう。するとしてもすでに作品は完成しているのだろう。との見立てだ。


 それならばとグリシアさんに仲介をお願いしたら、断られた。

 ギノ親方は人情家で義理堅い。

 だからこそ、依頼者が直接頭を下げに来ないのならどんな依頼も引き受けない。

 ……ということらしい。


 紹介状すら書いて貰えなかったのは予想外。

 依頼しに行って「なぜうちに依頼したいのか」と聞かれた時に絶対困る。

 どうしよう……。


「それなら心配ないぴょん」


 なんてホビットちゃんがウインクする。

 え、何この子。可愛い。


「クロエっちはダルム製鉄所には深夜にしか行ってないぴょん」


「はい。そうですね」


 記憶にあるのはかなり大きくて武骨で、看板すらない工場だ。

 製鉄所と言うだけあって炉をいくつか持っているタイプで、職人と言うより加工屋さんが営んでいると思っていた。


 在界はどの職もある程度広範囲の仕事をこなすのが一般的だし、たぶん『ダルム製鉄所』も『ダルム金属精製加工全般工房』くらいのニュアンスなのだろう。

 メイプル姉妹のお店も、彫像と陶器が主だったのに『石切工房』なんて、これまた加工屋っぽい名前だし。


「それじゃダメぴょん。

 ま、行けばわかるぴょーんっ」


「はあ」


 得意げな生意気子ウサギ。

 可愛いので撫でておく。

 ちょっと強めにぐりぐりと。


「やめるっぴょぉんんんんッ」


 そうしてじゃれ合っている内にダルム製鉄所に着いた。

「えーい仕事の邪魔だー失せやがれー!」と追い払われているフード姿の一団とすれ違う。

 こんなところでも宣伝してるのか。熱心だなぁ。


 まさか追い払われると思っていなかったのか、這々(ほうほう)(てい)で逃げ出す信徒たち。

 わかるよ。

 自分の神様ってすっごく素晴らしいからみんなもきっとそう思ってくれるはず、って思いますよね。

 なんか、それ、なんでか上手くいかないんですよね。

 なんででしょうね。


「あ」


 布教失敗して敗走する信徒たちにシンパシーを感じている間に、彼らを追い払った職人が製鉄所に引っ込んでしまった。

 声を掛けたかったのに。


 メイプルの石切工房でも思ったのだけれど、今まさに仕事中の人に声を掛けるのは気が引ける。

 私は復元魔法で『過集中状態』を復元・維持できるけど、それが出来るようにまず『過集中状態』に自力で到達するのが本当に難しかった。

 その経験があるから、目の前の作業に集中している人に横から声を掛けて集中を途切れさせてしまうのが非常に申し訳ないのだ。


 しかたない。

 幸い、ここは従業員が多い工房。

 掃除とか片付けとか、物作り以外の仕事をしている人を狙って声を掛けてみよう。


 そんなことを考えつつ、顔を上げて製鉄所に入ろうとした。

 ――そこで、足が止まった。


 ダルム製鉄所は看板すらない武骨な工房。

 けど、それは深夜だったからだろう。

 店を閉める時には看板や暖簾を片付けるなんてことはよくある話だ。


 今は開店時間。

 前回見た時には出ていなかった看板が掲げられていた。

 私は、その看板から、目が離せなくなっていた。



 ――『聖剣』――



 そう、思った。

 実際のところはわからない。

 ただ、掲げられた一振りの剣は、どんな不浄をも焼き払うほどの神々しさを湛えていた。


「ギノっちは職人気質で一本気。腕は作品で語るぴょん。

 だからダルム製鉄所の看板には、ギノっち会心の一作がそのまま掲げられてるぴょん」


 ホビットちゃんが得意げに語りだす。

 ダルム製鉄所の看板は、俗に『聖剣ギノダルム』と謳われている。

 その一振りがギノという職人の実力を示し、それを見て技量のほどが分からない客に用は無いと言い切る潔さも併せ持つ。


 私は武具に疎い。

 私も、師匠も、神様も、誰もまともな武具を持っていないことも影響している。

 だって、大抵の武具より黒檀の方が強くて便利なんだもん。


 師匠は黒檀を自分で加工して鎧と剣にしている。

 神様は手ぶら。

 私は黒檀の種子を自在に成長させて武具としている。弓とか腕とか。

 結果として世の武具たちをどうしても黒檀未満として見ていた私が、にも関わらず武具に心奪われたのは、これで二回目だった。


「すごい――」


 形状は普通の両手剣だ。

 幅と厚みからして斬り払いタイプ。

 長めの柄には鍔側と中ほど、柄頭側にそれぞれ厚みが設けられている。


 刀身の装飾も素晴らしい。

 鎬地(しのぎじ)に貼り合わされた金属は、それ自体が華美な彫刻となっている。

 それも私の見識では何がどうなっているのかわからないくらい複数の金属を掛け合わせた物だ。


 それだけ見ればただの美術品だけど、よく研がれた刃とその形状、柄の作りから、実用想定なのがすぐ分かる。

 ともすれば華美な装飾にも意味があることが察せられ、複雑な意匠がどんな力を秘めているのかと興味が尽きない。


 この剣が本当に神の祝福を受けた聖剣なのかはわからない。

 でも、『灯の神眼』には神と同等の物に見えた。

 もしかするとあまりの傑作故にそれを見た人たちの信仰を集めてしまっているのかも知れない。

 少なくともこの製鉄所の職人たちはこの剣に憧れ、鎚を振るっているのだろう。


「あれ、お客さんかい?」


 私がぼけーっと看板を見上げていると、それに気付いた職人が一人中から出てきてくれた。

 私は「はい」と頷き、大親方に会いたいと伝える。

 ラッキーだ。


「ギノ親方なら奥に居るよ。案内するから付いてきて」


 まだ若い『覆われぬ者』の職人さんが、汗を拭いながら奥を示す。

 ――いや、この人たぶん、『覆われる者』だ。

 どうも熱の籠る職場に適合するため毛を刈っているらしい。

 鼻先や眼の周りなどの剃り残しが不自然で少し目立つ。


 彼もこの『看板』に魅せられたのだろうか。

 それを作れるようになるのなら、自分がどれだけ不格好になろうとも構わない、と。

 考えながら、彼の後についていく。

 ……が、足が止まる。


「あの、すいません。もうちょっと看板見ていっても良いですか?」


「――ッハハハ! 良いよ、好きに見てってよ」


 若い職人に笑われてしまった。

 恥ずかしいけど、でも嘲笑ではないようで、むしろ誇らしさを感じる微笑みを浮かべていた。


「ついでに持たせてもらったりしませんか? 重さが気になって……」


「それはダメ」


 キッパリと断られてしまった。

 腕の中で「あたりまえぴょん」と呆れてる生意気子ウサギを強めに撫でる。


 仕方ないので観察もそこそこに、後ろ髪を引かれつつ製鉄所に入る。

 所内は凄まじい熱気で満たされていて、常人なら立っているだけで倒れてしまいそうだ。

 炉の熱は煙突を通して外へ逃がされているはずだけど、それでも「炉以外は涼しくても良い」とはならず、わざわざ熱を逃がさないように空調がコントロールされている。

 正確な気流はわからないけど、少なくとも開けっ放しの出入り口から直接炉の方へ外気が吹き込まないようにはなっているようだ。


 つまり奥に行くほど熱い。


「……あんた、熱くないの?」


「え? あはは……加護が有るので」


 ふーん、と言いながらまた汗を拭う若職人さん。

 今更だけど、涼むために出入り口付近まで来てたんだろう。

 引き返させてしまったのがちょっと申し訳ない。


 私は高熱による悪影響を復元魔法で抑え込んでいるので汗すら掻かないけど、痛覚同様、熱さ自体はちゃんと感じている。

 つい先日焼かれまくったので感覚としてわかる。製鉄所の奥の気温は火傷しかねないほどに熱い。

 試しに一息吸い込んでみたら肺が焼けかけた。呼吸不要で良かったー。


「大親方! 客っす!」


 若職人さんが叫ぶ。

 大親方は更に奥に居るのか、と思ったが、若職人さんのすぐ目の前で椅子に座っていた人が立ち上がる。

 熱にばかり気を取られていたが、鉄を叩く音も凄まじい所内では叫ばなければ聞こえないのだろう。


 立ち上がり、振り返った大親方は、私の顔を見て眉間に皺を寄せた。

 仕事の邪魔をしたから。――では、ない。

 理由は私にもよく分かった。

 そして私の顔も引き攣ってしまっていた。


 ダルム製鉄所の大親方、ギノ・ダルム。

 聖剣と謳われるほどの剣を打つ腕を持ち、しかし『品評会』には参加しない。

 そんな謎の超一流の鍛冶職人。


 彼は、――警護依頼の初日に取り押さえた、あの親方さんだった。


 まじかー……。

 なぜ『品評会』に出ないのか、その理由まではっきりとわかってしまった。

 希少鉱物『ペンドライト鉱石』の確保に失敗したからだ。


 看板からもわかる通り、ものすごい拘りの強い職人なのだろう。

 ペンドライト鉱石が手に入らないなら別の素材で別の物を、なんて出来なかったんだと察せてしまう。


「テメぇ……」


 ギノさんがゆっくりと私に近付いてくる。

 紅い右眼と黒い左眼が揃って私を睨みつける。


「どうした。あの商人が今んなって訴えたのか?」


「あ、いえっ」


 掛けられた言葉を咄嗟に否定する。

 敵意も怒気も無いのは『意思疎通の魔法』で分かっているけれど、圧がある。

 いや、私の側に気後れがあるからだろう。


 あの場で言っていた言葉はちゃんと本心だった。

 ただ、私が苦しむギノさんを押さえつけて諦めさせたという思いがあるだけ。

 事実じゃないけど、そう感じてしまっているのだ。


「じゃあなんだってんだ」


 ふんと鼻を鳴らすギノさん。

 変な空気になっているのを察したのか、若職人さんも不思議そうな顔をしている。

 私がまごついている間に周囲の職人たちも私に気付き、「あ! あの時の……!」なんて声まで聞こえてきた。


 もじもじしてたって仕方ない。

 ――『エエイ・ママヨ』!

 と、神様に教えてもらった勇気の呪文を心の中で唱え、口を開いた。


「実は、ギノさんにお願いしたいことがあるんです。

 ――が! その前に! これを見て下さい!」


 肩から提げた腰元の日本刀を、鞘ごと外してずいと前に突き出す。


 残念ながら間に合わせの拵はパッと見でも粗悪品だとわかる。

 なので集まってきた弟子たちでさえ「なんだそれ」という呆れ顔だ。


 しかし拵は間に合わせでも、中身は違う。

 いや中身も師匠と神様のお遊びで悪ふざけの産物なんだけど、まあ作られた経緯はどうでもいい。


 重要なのは、私がその中身を、彼の『聖剣ギノダルム』に匹敵する大業物だと確信しているということ。


「……抜いて見せろ」


 冷笑に満ちた空間で、ギノさんだけは真剣に私を、刀を見つめていた。

 さすが大親方。

 私はにこっと笑った。


 ギノさんを正面から見据え、突き出した日本刀の柄を空いた手で握る。

 ゆっくりと、ほんの少しずつ、柄を握る手に力を込めた。


 ――……。


 音もなく、鞘から柄が離れる。

 その、鞘と、柄の間。

 そこには、なにも存在しなかった。


「――あ?」


 ギノさんの顔が疑念に歪む。

 だが、ギノさん以外の職人全員が息を呑んだ。

 さっきの冷笑とは真逆の反応だ。今度はギノさんだけがわかっていない。


 私はそのまま柄を上げ切り、鞘を引いて、見えない刀身を顕わにする。

 そして、手首を捻って、刀を正面から横向きに変えた。


 途端、そこに『闇』が生まれた。


 正確には、一切の照り返しが無い『暗黒色の刀身』がある。

 しかし黒過ぎて距離感さえ測れないそれは、まるで空間を切り取ったかのような強烈な違和感を叩きつけてくる。

 それを見て、周囲に遅れてギノさんも言葉を詰まらせた。


 周りが全員沈黙する中、私は手首を返して刀をゆっくりと回す。

 その刀身を、刃を、職人それぞれが真正面から見られるように、じっくりと。


 これは、『単分子ブレード』だ。

 師匠の復元魔法の極致『黒檀化(エヴォナイズ)』で圧し固めた、厚さおおよそ1nm(ナノメートル)の刃。

 髪の毛の10万分の1程度の厚み、という、在界人では想像もできないミクロの世界の体現者である。


 それは当然ながら肉眼で捉えられるような厚みではなく、この刃を向けられた者は、その事実にさえ気づけない。

 ……と言うのは流石に大げさで、実際には目が左右にある以上、完全に真正面に据えることは出来ないと言われている。

 しかし抜刀時のギノさんの反応を見るに「ほぼ見えない」とは言えるようだ。

 真正面にいたギノさんにだけ見えず、他の弟子たちからは『暗黒色の刀身』が見えて息を呑んだ、ということ。


 ちなみに刀身が闇色なのは『黒檀化』の影響だ。

 光が反射する暇も無く復元しているため暗闇そのものに見える、という仮説を立ててはいるものの、師匠は「そこまでの復元速度ではない」と言っている。

 調べる術が在界には存在しないので、とりあえず『黒檀化』は黒くなる、としている。(黒くなるから『黒檀化』と名付けたらしい)


「――……それは、なんだ?」


 あ、復帰した。

 結構長いことフリーズしていたけれど、ようやく動き出したギノさんが問いを投げる。

 それを皮切りに周囲の職人たちもざわめきだした。


「これはですね、『単分子ブレード』と呼ばれる、物理的に最高の鋭さを持つ刃です。

 あの『聖剣ギノダルム』に勝るとも劣らない『大業物』です」


「――あ?」


 ビキ。

 と、何かに致命的な亀裂が入る音がした。


 こ、こわい……っ!

 でもこれでギノさんの委縮は取れた。


 単分子ブレードは私が初めて惚れ込んだ武具。何から何まで規格外だからこそ、その道のプロがドン引きして混乱するのもよく分かる。

 けど、私はギノさんに依頼したいのだ。

 素材に負けて縮こまってしまっては困る。

 たとえ国宝であっても臆せず鎚を振るってこそだと思うから。


「寄越せ」


 静かにぶち切れるギノさんに、必死に涼しげな顔を作って刀を渡す。

 もちろん鞘ごと。


 ギノさんは受け取った刀をすらりと抜いて、その時点で一度顔を歪める。

 次いで廃材置き場の鉄塊を持ってきて足元に転がし、スカッと両断した。ここでも顔を歪めた。


 そんな調子で色んな素材を持ってきては切り、都度顔を歪めていく。

 不純物を除いた最高純度の鋼材を、葉野菜みたいにトントン刻み始めた頃には、もう顔面が歪み過ぎてモンスターみたいになっていた。


「どうなってんだぁ!!」


 最終的にモンスターフェイスから怒号が飛び出す。

 周囲の職人たちはもう興味津々を通り過ぎてビビり散らかしていた。


「薄すぎて重みもねぇ。刀の命の『しなり』もねぇ。じゃ切れ味はクソかと思えば全部包丁みてぇに刻みやがる。

 そもそもクソ硬ぇのは何なんだ? 折れ・曲がり・欠けもねぇし、鎚で叩いてもビクともしねぇ。

 しかもこいつだけじゃねぇだろ。鞘の内側、そこだけはこいつじゃ切れなかったぞ」


 ぶち切れつつも冷静に鑑定していくギノさん。

 そう、鞘の内側にも『黒檀化』が施されている。

 そうじゃないと鞘を真っ二つにしちゃうから。


「その辺は秘密です」


 笑顔で正面からシャットアウトすると、ギノさんは名状しがたい顔になった。

 顔、かな? 元に戻るのか心配になってきた。


「まあ見て分かる通り、この刀身は『聖剣ギノダルム』に匹敵します。

 つまりギノさんに匹敵する職人の技術の粋が詰まっているわけです。

 それをおいそれとは明かせません」


「――チッ!

 ……そりゃそうだ。聞いた儂が野暮だった」


 おお、落ち着いた。

 顔も元のしかめっ面まで復元した。凄い。


 一流の職人で拘りが強いだけあって、職人の『秘技』に理解があって良かった。

 あとサラッと『聖剣ギノダルムに匹敵する』を飲み込んでくれたのも助かった。

 大見得切った手前、ここで一定以上の同意が得られなければ詰んでいた。


 返された刀を受け取り、鞘だけ肩に掛け直す。

 右手に単分子ブレードを持って、左手で箱を取り出した。


「この刀は刀身こそ一流ですが、他は三流以下の間に合わせです。

 そこでギノさんには『拵』の制作をお願いしたいんです。

 が、そこに一つ、使って欲しい素材が有るんです」


 言って、箱からフィアンマさんの髪を取り出した。

 それを刀を持つ手に重ねる。


「この髪は、私の意思一つで『炎』にも『髪』にも自在に変化させられます」


 手の中で髪が炎に変じる。


「私の構想では、こんな感じで、炎を刃に纏わせたいんです」


 手の中に生じた火が、形だけ髪の毛に戻る。

 その細長い糸状の火が滑るように刀身へ向かい、刃の部分をなぞるようにして切っ先まで流れていく。


 そのままでは火の方が刃より10万倍も分厚くなってしまうので、火を刃に染み込ませた。

 フィアンマさんの髪は『概念』だ。うっかり単分子ブレードの『黒檀化』を焼き切ってしまわないように気を付けて……と。

 ――よし。『刃先だけ紅い黒刀』から、『緋色の刃紋を持つ黒刀』に変わった。

 厚みは据え置き1nm (たぶん)。上手く馴染んでくれたようだ。


「ギノさんが指摘した通り、重さもしなりも無いこの刃は摩擦による切断力を確保できません。

 大抵の物は硬さと鋭さで圧し切れますが、それが通じなかった時にそれでも押し切るための威力が不足しているんです。

 なので、代わりに直接『熱』を纏わせて切断力を確保しよう、という策ですね」


 本来なら重さと圧力で摩擦を確保するのを、直接熱を帯びさせて摩擦の代わりにする。そしてその気になれば溶断も可能という構想だ。

 語りながら、ギノさんが持ってきたスクラップの破片を、刃の上にひょいひょいと投げ付ける。

 刃が立っているか否かに関わらず、刃に触れたものがズバズバと切れていった。


 ちなみにこれは切断力の過剰強化よりも重要な役割がある。

 フィアンマさんという概念を纏わせることで、『概念への攻撃』が可能になるのだ。

 つまり『概念すら切れる刃』と言うこと。

 これは熱い。色んな意味で。


「……」


 一人内心でニコニコしていると、気付けばギノさんの顔が無くなっていた。

 正確には、皺が無い。

 なんでかすっごいキョトンとした顔をしている。


 他の職人さんをチラッと見る。

 ……フリーズしてる。

 えー、っと……?


「あっ、それとですね。

 実はメイプルの石切工房のお二人にも依頼しているんです。

 合作、ということになってしまいますが、先方は是非とも言っているのでギノさんさえ良ければ――」


「受ける」


 お。

 復帰したギノさんが即断した。


「だが、こんな代物、儂とメイプル姉妹じゃどうにもならん。

 最低でももう二人、その道を究めた職人が要る」


「あ、それはグリシアさんも言ってました!」


 やったー!と喜びながら頷く。

 やっぱりフィアンマさんの髪って職人視点でもすごく魅力的なのかな?

 先に単分子ブレード見せて不慣れなりに必死で煽ったりもしてみたけど、髪を見せた方が早かったかも!


「髪の方、こっちは儂の知り合いに良い腕の奴がいる。

 悔しいが、畑違いだとしても儂より遥かに腕の立つ職人だ」


 ギノさんがそう言って、私が喜んでいる内に書いていたメモをくれた。

 読めない。

 ので、『意思疎通の神秘』で無理矢理意味だけ拾う。


 ベイベロニア縫製商会

 営業 胡散臭い男 マルファス


「営業?」


 悪口に関しては触れず、疑問を口にする。

 縫製商会なのは『髪』を『糸』と見做せば理解できる。

 けど、職人じゃなくて営業?


「そいつに言伝を頼めって話だ。

 用があんのはとっくの昔に引退してる『デュマ』って職人の方だ」


「なるほど」


 心の中でポンと手を打つ。

 引退した職人。それは盲点だった。


 ベイベロニアは職人と商人の国。工業地帯であり商業施設である。

 なので、イマイチ人が暮らしているイメージが薄い。

 もちろん暮らしている人はいるんだけど、大体の人は住居と職場がくっついているのだ。

 あと生活品売り場とかも裏路地とかにあってビックリするほど目立たない。配達サービス利用者も多いので店内も基本ガラガラだ。


 そんな感じで、人が暮らしている印象が薄いものの、ともあれちゃんと国民は寝食を営んでいる。

 その中には引退した職人がいてもおかしくない。

 現役しか存在しないならそれは『出稼ぎの国』ですしね。

 ……いや、世界のどこかにはそんな国も有るかも知れないけど……。


「どうして急に仕事受けるって言ったぴょん?」


「あっ!」


 メモと箱を外套にしまっていると、ホビットちゃんがギノさんに話しかけていた。

 内容がちょっと繊細で焦る。

 案の定ギノさんがまた渋い顔をするが、溜息を吐いてから「あんたらは知ってるから言うが……」と続けた。


「弟子共のためだ」


 赤と黒の瞳が揺れる。


「儂は、鍛冶師の腕を磨くことしか考えて来なかった。

 だが素材の確保にも苦労するようになって思い知った。経験も積めずに上を目指せるわけもないだろってな」


 とつとつと語るギノさんの半生は、予想していた通りのものだった。

 偏屈で職人気質、鍛冶師は打った武器で語る。そんな格好良い生き様を貫いてきた。

 当然簡単なことではなかった。それでもなんとかやってこれた。しかしここにきて限界を感じた。

 それが、「レア素材を確保しなければレア素材を打つ練習は出来ない」ということ。


 努力の人であったギノさんは努力さえままならないことに苦しみ、ベイベロニアにやってくる。

 ここならばレア素材が手に入ると。

 実際に故郷よりかは明らかにレア素材が容易に入手できたし、依頼も増えたという。

 だから、また同じやり方を続けてしまった。


 その結果が、先日の事件だ。


「弟子だからって、儂の過ちまで真似る必要はねぇだろ?

 気位だけが一丁前で仕事は選り好みしてばかり。やりてぇことしかしねぇなら、そりゃ『趣味』とどう違ぇんだっつー話だ」


 職人は、文字通り『職』あってこそ。

 物作りの腕前だけが『職人』の評価じゃない。

 もちろん腕の安売りは良くないが、仕事・商売である以上、双方の歩み寄りが無いのはよろしくない。

 それではかつてのベイベロニアで蔓延していた商人たちによる不平等な取引と変わらない。


 しかし、最近勤しんでいる隙間産業は、需要に応えてると言える。

 どちらかと言えば依頼者優位の取引だろう。


 本来ならギノさんのプライド的に受ける気のしない仕事ばかりのはず。

 でも仕事の選り好みをして依頼者の顰蹙を買った結果が、孤立だ。

 自分だけなら良かったかもしれない。むしろ孤高であることさえ職人としての箔だと思っている人も居る。


 でも、そんな考えは弟子まで巻き込むことになった。

 それは簡単には解決できない根深い問題だと思い知り、思わず暴走するほど動揺したのだろう。


 そして、ギノさんは安い仕事も受けるようになった。

 職人としてまず最低限の信頼を得るために。

 それがきっと弟子たちの未来に繋がると信じて。


「この仕事もそうだ。

 儂が全力で腕を振るう。それも、誰かと一緒に一つの作品を作り上げるために。

 ――そいつぁきっと、弟子には一番の勉強になる。

 こいつらは、儂の腕に惚れて弟子になったんだからな」


 ふん、と鼻を鳴らして笑う。

 そんなギノさんには、もう動揺も諦観も無い。

 ただ弟子を導く、大親方の威容だけがあった。


 腕一本でのし上がったギノさん。

 なら、弟子にもただ技術だけを伝授するという手もあっただろう。

 でもギノさんは自分のやり方を変えてまで弟子のために行動した。


 誰かの手を引いて道を歩くのが『導き』ならば、

 後続のために道を引くのもまた『導き』だという。


 私はギノさんにつられて笑う。

 私は、彼に『導く者』の理想を垣間見たのだった。












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