7. 御守り
「クロエ嬢、連絡じゃぞい」
腕の中で、立派なお髭のちょんまげ老人が言う。
私は「おや?」と思い、足を止めた。
この子の名前は『ドワーフ・ド・ワーフク』くん。
マキニスさんのうちの一人で、モチーフは『和服姿のドワーフ』だ。
右腕を懐に突っ込み、左手で豊かな髭を撫でつけている姿が渋い。
デフォルマキオン(2.5頭身)でなければ、たぶんもっと渋いはず。
シルキーちゃんと同じく「なんでもデフォルメすれば良いってわけじゃないんだなー」と思いつつ、ドワーフくんを持ち上げる。
連絡役(通信機)であるマキニスさんは、基本的に事件が起きた時に連絡してくれる。
でもそれは急ぎの案件がほとんどなので、今みたいに落ち着いた調子で連絡を告げられるのは珍しい。
「先日会ってもらった娘っ子どもからじゃい。
メイプルの石切工房、覚えておるかいの?」
「はい、勿論です」
周囲からの期待に圧し潰され、悩み苦しんでいたグリシアさんのことだ。
相談主は妹のサラーサさんだから、二人とも悩んでいたと言えるだろう。
助言とも言えない私の我儘だけ伝えてそれっきりになっていたけれど、なにかあったのだろうか。
心配しているとドワーフくんが「時間がある時に顔出してくれとよう」と言い、私はこっくりと頷く。
その様子を見るに、少なくとも酷いことにはなっていない、と思いたい。
でも気になってしょうがないので、すぐに向かうことにした。
時刻は早朝、朝市の混雑も収まってきたところだ。
まだ寝てたり起きたばかりだったりで職人も商人も荒ぶりは控えめ。
うん、ちょうど良い。
さてはドワーフくん、連絡を伝えるタイミングを見計らってたな?
などと勘繰りながらメイプルの石切工房へやって来た。
相変わらずひと気のない寂しい商店エリアだが、前回と違って賑やかに見えた。
ここは職人が個人経営している店が多いエリア。
比重が職人寄りなので店舗経営はおざなり気味。
しかしその分職人の野心作が多く、マニア向けなエリアだと言われているらしい。
まあでもマニア向けはマニア向け。
閑散としていることに変わりない。
それが賑やかに見えるようになったのは、『神眼』のおかげだ。
「神々ってマニアが多いのかな……」
すっごい賑わってる。
結構な数の神が店頭を覗き込み、並んだ野心作を「善き哉」と褒めていた。
マラドンナさんが言っていた「人視点でものを見るためのお忍び降臨」とはこの事みたいだ。
人の目には映らないってだけで、全然忍んでる感じはしないけど。
しかし、あれだなー。
なんか嬉しい。
人目に付かない、誰にも見てもらえないこのエリアも、ちゃんと神々は見てくれているのだ。
「もにゃーも」
ほっこりしていると、メイプルの石切工房から尻尾の多い狐みたいな神様が出て行った。
それをハニャニャン様が手を振ってお見送りしている。
なるほど。ハニャニャン様は神だから、神々相手でも接客対応出来るんだ。
愛らしいだけではないとは、さすが神。
「こんにちはハニャニャン様」
「もにゃん」
挨拶すると、2cmほどジャンプして歓迎の意を示すまんまるハニワ。
かっ、可愛い……。でも陶器なんだからジャンプは控えて……。
「あー。いらっしゃいませー」
「あっ、こんにちはサラーサさん」
店の奥からよたよたとサラーサさんが現れた。
相変わらず怪しい足取りだ。ふらふらと言うか、ふわふわと言うか。
そして以前と同様、ハニャニャン様をひょいと抱き上げる。
……私より信仰対象との距離が近い人、初めてかも。
「あれー? ハニャ様、あんよが割れてるー?」
ハニャニャン様のおしりを抱きかかえながらサラーサさんが声を上げた。
よく見れば短くて丸っこいハニャニャン様の御神足に少しヒビが入っていた。
さっきのジャンプのせいだろうか。
柔らかなフォルムと動きではあるが、やはり陶器。衝撃には弱いみたいだ。
「もー。気を付けてくださいねー? ねーさまに怒られちゃいますよー」
言いつつ御神足を揉んだり撫でたりするサラーサさん。
すると、いつのまにかヒビが消えていた。
――刹那、背中に凄まじい冷や汗が流れて、即座にリセットした。
え?
もっ、もしかして復元魔法……?
「じゃーん。『泥練りの神秘』ー」
「どろねり……?」
神秘。
……ああ、ハニャニャン様の?
なるほど陶芸神の『神秘』で割れた陶器を修復したってことか……。
あー、びっくりしたー!
サラーサさんが復元魔法使いかと思った!
いや復元魔法使いだからってどうってこともないんだけど、私や師匠が『アレ』だからつい『復元魔法』そのものを警戒してしまう。
なにを警戒しているのかと言うと、『物理的に無敵』という脅威を。
あと、私が復元魔法を使い続けていることがバレること。それは無尽蔵の魔力持ちなのがバレるのと同義だから。
サラーサさんが危険人物とは思えないので『無敵』でも問題ないが、無尽蔵バレはマズい。
「この神秘はですねー、ハニャ様を治してあげる他にもー、石や土の端材もリサイクルできるんですよー」
「へぇー!」
安心した私は、サラーサさんの言葉に素直に驚く。
詳しく聞くと、焼き固めた粘土(陶器)や一部の石材など、大別して『土』とされるものを自在に捏ね回せる力らしい。
よく捏ねて練り合わせることでバラバラになった破片をひと固まりにすることも出来るので、それを指して『リサイクル』と呼んでいるとのこと。
滅茶苦茶便利そう。
素材に掛かる費用は莫大だ。
売り物にならない失敗作はもちろん、必ず出る粉塵や破片などの端材もまたゴミになる。
それが高級素材・希少素材ともなれば、加工の練習にさえ気を遣う。
それを何度でも失敗出来てやり直せる『神秘』なんて、すごい。
芸術系の神々は『刻命』のように『よりよい物作り』に関わる神秘や加護を与えると思っていたけど、『泥練りの神秘』は芸術そのものには関係ない。
その利便性でサラーサさんの努力をしやすくしつつ、サラーサさんの作品自体には関与していない。
つまりサラーサさんがサラーサさんだけの力で芸術に挑戦できるということだ。
神が力を与えるのなら、それは人の作品と呼べるのか。
その疑念を振り払う、素晴らしい神秘だ。
「えー?」
と、そのようなことを熱弁してみたら、サラーサさんは首を傾げた。
……あれ?
「わたし、物作りにも『神秘』使ってますよー」
「そうなんですか?」
「ほら、これー」
店頭に並ぶ作品を一つ、ハニャニャン様に持ち上げさせるサラーサさん。
その作品は、太った犬のような見た目の陶器。
……いや、焼いてない? 滑らかに磨いて塗料を塗ってるけど、たぶん石材だ。
持たせてもらうと陶器とは重さが全然違うのもわかる。ハニャニャン様よく持てましたね。
「ねーさまは『彫刻家』でー、削り出しが基本ー。
でもわたしは逆の『塑造家』なんですよー。盛り足しが基本ー」
間延びした口調でのんびり説明してくれるサラーサさん。
制作法の違いから、彫刻家は硬い素材を扱い、塑造家は柔らかい素材を扱うらしい。
柔らかい素材も最終的には焼いたり乾かしたりして硬質化させるそうなのだが、サラーサさんは神秘を用いて硬いものでも形を変えられる。
陶器であれば焼いた後に手直ししたり、破損を修復したり。
硬さで有名な『バンクラック重輝石』で作った『水を飲むのがへたくそな猫』の石像は、南方諸国の大貴族に大層気に入られ、国営博物館に展示するとまで言われたのだとか。
いや、題材の方が気になって頭に入って来ないんだけど……。見たすぎる……。
「最近試してるのはですねー、これでーす」
言いながら作業着のポケットから丸い何かを取り出す。
それは何とも不思議な質感、不思議な模様の石だった。
「これはー、色んな石材を捏ねて混ぜ合わせた、まったく新しい石材なんですよー」
「へぇー!」
素人でもわかる。これはすごい!
まるで絵の具を足し合わせるように作られた石材。
着色するか自然の色を活かすかしかなかった石材に生まれた第三の選択肢。
しかも捏ね方や練り方で模様も多彩、自由自在だ。
「わたしはハニャ様に手伝ってもらってー、好きな作品を作るのが好きなんですー」
ハニャニャン様を抱きしめ、笑顔で左右に揺れるサラーサさん。
腕の中ではハニャニャン様も「もにゃんにゃ」とご満悦だ。
人と神の棲み分け、みたいな話を聞いたからか、ちょっと誤解していた。
マラドンナさんはそれだけじゃなく、互いが踏み込み合える『共存』を示していたのに。
神が神秘を授ければ、人はそれを自由意志の下で行使する。
神に出来るのは与えることと取り上げることだけ。どう使うか、あるいは使わないかは、人の意思に委ねられている。
私が想像した「神の力が介在しない、芸術家の力だけで作り上げた作品」は尊いものだろう。
でも、サラーサさんのような「神の力を用いて、普通じゃ作れないものを作り上げる」というのも尊いはずだ。
芸術家にとっては『神秘』でさえも『素材』や『道具』と同じ、芸術を表現するための一要素に過ぎないのだと、改めて認識した。
……ちょっと言い方悪くて不敬だけど。
「人と神の関係も色々ですねぇ」
はー、と感嘆の息を吐いてサラーサさんとハニャニャン様を見る。
私の視線に気づいた二人は、「でしょー」「もにゃー」と笑って頬を摺り寄せ合った。
くっっっそ可愛い。
――私も、もっと与えられた恩恵に甘えても良いのだろうか。
神様がくれた『意思疎通の神秘』。
フォスちゃんがくれた『御分霊』。
フィアンマさんがくれた『火の髪』。
それらは、いずれもあまり使えていないし、試せてもいない。
やっぱり神秘やそれに類するものとしておいそれと利用して良いとは思えないのだった。
アヴィちゃんやスライミーズみたいにある程度意思疎通できたり、黒檀みたいにうっすら意思が読めるなら良いんだけど……。
あと『肉体の神秘』も使うのを恐れ多いとは思わない。私の肉体だし。
私の保有する神秘は使うたびに神に許可を取るわけじゃない。
一部の神のように祈りを捧げることで神への許可取りをするシステムは、神様に「めんどい」って断られた。
まあ……神様以外も聞く意味ないくらいあっさり許可出しそうだしなぁ。
特にフォスちゃん。
神と人の距離感がどうとかって言って目の前の怪我人をスルー出来る子じゃない。
「良いこと聞かせてもらいました」
期せずして人と神との新しい関係性を知ることが出来た。
妄想したり予想したりするのと、実際に築かれた関係性に触れるのとでは、得られるものが全然違う。
私はサラーサさんとハニャニャン様に深々と礼をする。
鼻先にドワーフくんのちょんまげが触れて、くすぐったかった。
「あら? 賑やかだと思ったら、クロエ様でしたか。
ようこそ、いらっしゃいませ」
店の奥からグリシアさんが現れる。
物腰は前と同じく柔らかいが、今日は表情も幾分柔らかくなっていた。
その顔を見ただけで胸のつかえが取れた気がした。
「どうですか? グリシアさん。調子は戻りましたか?」
本来ならここまで直接的に訊かない方が良いのだろうが、たぶん大丈夫だろう。
顔色や表情、それにわざわざ私を呼び出した理由を考えれば、訊かなくても答えはわかる。
乗り越えた。
いや、『背負い直した』のだろう。
予想を肯定するように、グリシアさんは「はい」と答えて頷き、言葉を続けた。
「実は、しばらく仕事をお休みしようかと思いまして」
「あれーっ!?」
予想の斜め上だった!
背負い直したと思った『期待』をまさか下ろしているとは。
「受けていた仕事は先日納品を終えました。
以後、『品評会』含め、外向きの制作活動は休止いたします」
「だっ、大丈夫なんですか……?」
「はい。幸い、多忙だった分だけ収入も多かったので」
にっこり笑うグリシアさん。
うーん。それなら良いんだけど……。
「……妹のおかげで、吹っ切れたんです」
と、照れくさそうに言う。
「自慢の妹が、わたくしを『自慢の姉だ』と言うんです。
ならきっと、わたくしは素晴らしい姉なのだろうと。
どれだけスランプに陥り、自信を失っていても、妹のことだけは疑えませんから」
「……そうですね」
私もだ。
私も、自分を少しもすごいと思えたことはない。
でもそれは飽くまで自己評価。
そんなすごくない私の自己評価が、師匠や神様の言葉より信じられるはずがないのだ。
それに――
フォスちゃんと、フィアンマさん。
あの二人も私を信じ、命さえも託してくれた。
自分を信じられなくても、信じられるものがある。
その言葉は、まるで救いのようで、私の中にも確かに存在していた。
「それに、わたくしの神『マリオン様』や、サァラの神『ハニ・ニャスカ・ニャスピ様』も、人に何かを求めない神です。
芸術への信仰を寄る辺に生まれた『教義』を持たない神ですから」
「ハニャ様はですねー、『土が好きな人』が好きなんですよー。
だから、教義も戒律もないんですー」
姉妹がそう言って笑い合う。
マリオン・ミラテピア神は、古い時代の彫刻家『ガルラング・ミラテピア』が生み出した女神だ。
元はガルラングが自分で彫った女性の石像に恋をしたのが始まり。
愛するあまり「どうか命よ宿っておくれ」と祈り続けて鑿を打ち、やがてそれは実現する。
命を宿した石像は『マリオン』という名を付けられ、ガルラングと生涯を共にした。
彼の死後、石像からは魂が抜けて動かなくなってしまった。
しかしそれ以来、ガルラングのように石像を愛してやまない彫刻家の下に現れる女神になったという。
……と、ドワーフくんが説明してくれた。
その伝説にある通り、女神はグリシアさんの下に現れ、神秘さえ授けた。
だが、『人に愛され、愛に応えた女神』でしかないマリオン神は、人に愛以外を求めない。
初めからグリシアさんが背負うべき『期待』は無かったとも言えるし、あるいは「彫刻を愛してさえいればヘタクソでも良し!」とも言える。
ちなみにハニャニャン様も似た感じだ。
とある部族の人たちが「良い土人形が出来た! かわいい! やったー!」と言って踊っていたら、いつのまにかその土人形も一緒に踊っていたという。
それが『ハニ・ニャスカ・ニャスピ(土像・可愛い・歓喜)』である。
そんなハニャニャン様とサラーサさんの馴れ初めは、幼いサラーサさんが『ピカピカの泥団子』を作って喜んでいたら泥団子にハニャニャン様が宿り、一緒に飛び跳ねて喜んでくれたとか。
陶芸の神というか、泥んこ遊びの神みたい……。
「教義が無い、ですか」
「はい。少なくとも今のマリオン様は、ただ彫刻家の憧れとして信仰されることが多いです。
救って欲しい、と言う信徒もいなければ、ましてや神秘を授けて欲しい、と言う信徒もいないでしょう」
なるほど。そうすると『刻命の神秘』はかなり珍しいのだろう。
前例の有無はわからないけれど、それなりに『秘授者』が多いのならグリシアさんに依頼が集中することもなかったはず。
とは言え『彫像に命を吹き込む』という伝説になぞらえたような神秘は、マリオン神同様に憧れられるに足る神秘だろう。
今後は依頼だけでなく、入信者も殺到しそうだ。
そうすれば邪まな者、神秘で金儲けすることしか考えていない者などを弾くために、マリオン神なり既存の信徒たちなりで『教義』を作らなければならなくなるかもしれない。
マラドンナさん曰く、教義は人が神に救われるために守らなければいけないルールであり、同時に神が人を救うために守っているルールでもある。
私は各宗教がどうやって教義を決めているのかを知らない。うちの神様も教義作らないし。
ハニャニャン様の接客で救われる命はあるけれど、おそらくハニャニャン様ご自身の趣味や気まぐれでの行動であり、あれを教義化するのは難しそうだ、とも思う。
「ところで」
話が逸れてしまっていたのを、少し咳払いして引き戻す。
とは言え少し気まずい話題だ。
改めてグリシアさんとサラーサさんを見る。
サラーサさんは以前と同じふにゃふにゃだ。
グリシアさんは以前よりずっと柔らかな表情になり、どこかサラーサさんと似た空気を纏っている。
こうしてみると姉妹だなぁと実感する。
「これから、どうするんですか?」
ちょっとした不安。
それを払拭するための確認だ。
吹っ切れた、というのは、必ずしも良いことではない。
気持ちが途切れてしまったとも解釈できる。
場合によっては情熱さえ冷めてしまい、「もう田舎に帰ります」と言い出しかねない。
個人的な感傷ではあるものの、私はその結末が嫌だった。
「――サァラのお手伝いをします」
ふ、と微笑んで、グリシアさんが答える。
私は自分でも驚くくらいにホッとした。
「と言うのも、わたくしの仕事が増えた分、妹には手伝いや雑務を全部任せていましたから。
聞けば最近は創作活動ができていないと。
それなら今度はわたくしがサァラを手伝い、支えていこうかと思ったんです」
そうしているうちに創作意欲も戻るでしょう、と、グリシアさんが笑う。
その隣でサラーサさんもにこにこしていた。
「ねーさまとまた『第二のハニャ様作っちゃおう!』作戦の続きができますー。
たのしみですー。ねー?」
「にゃんにゃも」
サラーサさんに手を引かれ、その膝の上で踊るハニャニャン様。
記憶を保存しておかなきゃ。
「そういえば、『刻命の神秘』を授かった時は大喜びでしたわね。
作戦の成功がぐっと近づいたーって」
そんなことも忘れていたなんて、と、恥ずかしそうにするグリシアさん。
第二のハニャニャン様とは、言葉通りの『神産み』ではないのだろう。
たぶん、「ひとりでに踊り出す石像を作ろう!」っていう牧歌的なそれだと思う。
それが実現出来たらすごいなぁ。
ハニャニャン様から見れば眷属にあたるのかな?
うわぁ、見てみたい。
「んー。でもそうなると、私のお願いはちょっとお邪魔ですね……」
「お願い、ですか?」
頷いて、外套の袖から小箱を取り出す。
その中には、フィアンマさんの髪が入っていた。
髪を一つまみ持ち上げると、それは揺らめいて『火』に変じ、グリシアさんが息を呑む間に『髪』へと戻る。
『物質化した炎』で出来たフィアンマさんの髪は、魂の結び付きを通じ、私の意思に応じて『炎』と『髪』のどちらにも変じられるのだ。
ザルバトゥーレを発つ際にフィアンマさんから貰った髪は、元々は隣界日本の『御守り』を意識していたらしい。
小さな御守り袋に、髪を数本入れ、懐に入れておく。そういった想いの籠った物だと。
けど私が話を聞く前にバッサリ髪を切ってしまったため、フィアンマさんからも結構な量の髪を貰ってしまった。
これでは御守り袋には入らない……。
そこで、この国で「この髪自体を御守りに加工してもらおう」と思いついたのである。
で、グリシアさんが小物も作っていると見聞きして、お願いできないかなぁなんて思ったんだけど。
さすがにタイミングが悪い。
せめて良い職人さんを紹介してもらえれば嬉しいな。
「それは、……少し見せていただいても良いですか?」
「はい、もちろん!」
フィアンマさんの髪を箱ごと渡す。
グリシアさんがまじまじと鑑定している間に、私が「実は依頼したかったんですよー」などの事情を話す。
でもグリシアさん、隣のサラーサさんも、髪に夢中で生返事である。
「完全にただの髪ですね……。
火に変じるのにはなにか条件が?」
「意思を伝えるだけですね。
触れてマナリンク越しに伝えても良いですし、たぶん声に込めた意思にも反応すると思います」
試しに指でちょんと触れ、火に変える。
熱を持たない火にしたので箱も燃えないしグリシアさんも火傷しない。
温度の上下限は私のイメージにも依存するらしいのだけれど、件の「使うのが恐れ多い」という精神的なブレーキのせいで実験は出来ていない。
「すごいですね……!
魔力要らずで、二種概念の完全融合。これは新概念――『御神体』です!」
静かに興奮するグリシアさん。
御神体には『神が宿ったから神の身体』という場合と、『文字通り神の肉体』の二種類がある。
この場合、フィアンマさんの髪は後者にあたる。
ちなみにフィアンマさんは『フィアンマ・フィオロオウラ・フェルマ』という概念。
個であり全である概念は『竜』と同じだ。
ということは『御神体』ではなく『御竜体』だろうか。そんな言葉聞いたことないけど。
でも竜の素材はとんでもない効果を持つとかなんとか。
フィアンマさんも素材としてさえ天才的かもしれない。
わくわく。
「どう? サァラ」
「うんー。神話級素材ー」
「もにゃにゃにゃ」
レア素材が集うベイベロニアにおいてさえ滅多にお目に掛かれない『御竜体』。
そこらの魔獣素材とは一線を画すであろう、ということが二人の反応からもよく分かる。
私は薬草くらいしか鑑定できないから正直「そんなにすごいの?」となり始めている。
「クロエ様。これは『御守り』にしたいとおっしゃってましたか?」
「あ、はいっ! そうです!」
急に話を振られてつっかえる。
どんな御守りを? と聞かれたので、思い描いていたのを何とか言葉にしていった。
隣界日本の伝統工芸『組紐』。
糸の代わりにフィアンマさんの髪を編み上げた『炎髪の組紐』を用いて、なにかアクセサリーを作って欲しいと思っていた。
もちろんそのまま柄糸に使っても良い。
フィアンマさんの髪は全体が金で毛先が緋色。それだけで編んでもほぼ単色になってしまう。
アクセサリーとして、よりフィアンマさんの髪の綺麗さを誇示するためにも、装飾部分はとても大事だ。
その装飾は、メイプルの石切工房の商品みたいに可愛く綺麗なものだと良いなぁ――などと考えた次第である。
「私にはこの刀が有るので、この柄頭に付けられる物が良いかなぁ、なんて……」
単分子ブレードを鞘ごと軽く持ち上げる。
それをじっと見るメイプル姉妹。
……さっきからずっと真顔で、何故か空気が重い。
「刀……その美術品の如き存在感。緻密で繊細な技術の結晶。
間違いなく、隣界伝来の『日本刀』ですね」
「は、はい」
さすがに詳しい。
在界にも『黒鉄の騎士』を始めとした日本刀マニアがけっこう居るらしい。
それだけにベイベロニアの職人ともなれば当然のように知っているのだろう。
武器である刀は、消耗品であり、実用品だ。
だから、切れ味の追求のために生産性を捨てて何度も何度も鍛え続けるのは、明らかな異常だった。
素人から見ても全く理に適っていない。量産品とも言われる『数打ち』でさえ「これならまあ……」とはならない手間が掛かっていた。
それに加えて、見目の美しさである。
鞘や柄、鍔などの『拵』と呼ばれる外装部分は、持ち主の階級や美意識を示す、まさに芸術品。
かつての日本では刀と拵、その一振りだけで、持ち主の命と誇り、魂の全てを表していた。
それだけに、通りすがりに鞘がぶつかるだけで「斬り捨てて構わないほどの侮辱」と見做されるという。
……そこはちょっと、短気すぎて怖い。
「クロエさまー、それ見せてもらっても良いですかー?」
「刀ですか? 良いですけど、抜くときは気を付けて下さいね?
絶対に刀身には触らないでください。危ないので」
肩に掛けていたベルトを外し、単分子ブレードを鞘ごとサラーサさんへ渡す。
危なっかしいからかグリシアさんも一緒に手を伸ばして、二人で受け取った。
単分子ブレードは名前通り単分子で構成された刀身を持つ刀だ。
神様と師匠が思い付きの冗談半分で作った一品。拵こそそれらしくしてあるけど、いわゆるネタ武器である。
ともあれ在界ではまず聞かない『単分子の刀身』は、それだけで職人の目を飛び出させるものだろう。
案の定、二人は刀身を見て色めき立っていた。
日本刀には石材を用いた部分は無い。
それは単分子ブレードも同じなので、正直メイプル姉妹にはそこまで魅力的に映らないと思っていた。
でも、さっきから真顔かつ爛々とした瞳で『御竜体』と刀を見ている二人は、どうみてもガチだ。
このお店の商品も動物モチーフが多いし、石にしか興味が無いって考えるほうがおかしいのかな。
私はちょこちょここの手の思い違いをしてしまう。恥ずかしい。
「クロエさまー?」
一人で勝手に恥じらっていると、サラーサさんが私を呼ぶ。
顔を上げると姉妹二人と目が合った。
「クロエ様。この『御守り』、わたくし達に作らせていただけませんか?」
「えっ? 良いんですか?」
それは願ったり叶ったりだ。
でも、せっかくの休暇、せっかくの姉妹の時間を奪うのは、心苦しい。
そんな逡巡を知ってか知らずか、姉妹は揃って笑顔で頷いた。
そんな、
そんなキラキラした瞳で見つめられたら、
「いやでもだって」なんて返せない。
「それじゃあ……よろしく、お願いします」
気圧される形で呟くと、姉妹は飛び上がって喜んだ。
手を合わせて盛り上がる姉妹、その膝の上に納まったハニャニャン様。
その空洞の瞳と目が合うと、ハニャニャン様はぺこりと頭を下げたのだった。




