表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒檀の魔女  作者: ラテオレ
ブレス・オブ・ブラス
PR
44/49

6. 神々は見ている


 ベイベロニア利用規約とは、神様たちが実験的に作ったルールである。

 当時急成長中だったベイベロニアで、協力者たちと共に作った新造区画で施行された。


 ベイベロニアはその当時『助け合い』から『競い合い』のフェーズに移行していた。

 商人たちの利権争いは文字通りの縄張り争いで、そのままではいずれどこぞの商会がベイベロニアの支配者になっていただろう。


 ところが、商人達がしのぎを削り合うベイベロニア中央区画を尻目に、実験的新造区画が急成長していったのだ。

 理由はもちろんベイベロニア利用規約。

 競い合いが高め合いではなく足の引っ張り合いでしかなかった中央区画と違い、新造区画ではルールを守ってみんな仲良く商売していたのだ。

 それは古き良きベイベロニアであり、それこそがベイベロニアのあるべき姿である。と、示し続けたという。

 そうして仲間が増えるごとに新造区画は広がり、そして豊かになった。


「当然、それを面白く思わない商人も多かったが、所詮は足を引っ張り合ってた烏合の衆だ。

 利用規約で相互支援関係や信頼関係を築いた新造区画の商人たちには敵わなかった。

 もちろん俺やニックたちも参戦して、物理的にも経済的にもボコボコにしてやったしな」


「えげつない……」


「悪徳商人の最後なんてそんなものだ。まともな国なら死罪も有り得る連中にやり直せる余地を残してやっただけで十二分だろう。

 それも温情ではなく、規約違反者の例として見せしめになってくれたことに対する対価だ」


「え、えげつない……」


 なんて言っているが、商戦圧勝の要因で一番大きかったのは「ベイベロニア利用規約が結果的に冒険者の待遇を改善したから」らしい。

 ベイベロニアは商人が集まって作った国だが、そこに集まる素材の大半は冒険者たちから買った品だ。

 足元ばっかり見て詐欺まがいの取引を持ち掛けてくる商人が大半だった当時、ルールまで作って冒険者側に不利益が無いよう講じていた新造区画は『御贔屓』にして当然だったのである。


 冒険者による贔屓とは、率先して新造区画の商人にばかり素材を売ること。

 それを横から買い付けるには、当然、新造区画以上の買い取り金が必要になった。

 新造区画の商人が冒険者にも嬉しい『適正レート』で取引するので、それを横から買い取ろうとすれば更に冒険者優位の取引をしなければならない。

 元々は『商人優位レート』でやってきた商人がいきなり『冒険者優位レート』に切り替えざるを得なくなり、その落差で一気に利益が消し飛んだ。

 結果として悪徳商人の財力は失われ、そうまでして手に入れた素材も他の商人との奪い合いになったという。


 ちなみにこの戦いは勧善懲悪とか友情の勝利とかではない。

 なんだかんだで一番儲けたのは、最初悪徳商人やって稼いだのち良いタイミングで新造区画に移った人だ。

 これが商才、これぞ商人である。


 最後まで足を引っ張り合った非才な商人たちは共倒れし、心を入れ替え改心したと言い張る商人たちはベイベロニア利用規約によってあくどい商売ができなくなった。

 そんな感じで悪徳商人たちは一掃され、その後、ベイベロニア全域にベイベロニア利用規約が適用されたのだ。

 ベイベロニア法の誕生である。


『そしてその頃に法務官として私『ブレイズン・ブレインズ』がお披露目されました。

 国と呼べるまでに成長したベイベロニアで複雑化した犯罪に対応すべく進化した、という体で、御父様の私的実験が実を結んだのです』


「法務官だったんですね」


 なるほど、似合いそう。

 前身の『ルール・ルーラー』とは違って、人の心の機微まで理解するブラスさんは人を裁くことも出来るのだろう。

 情状酌量の余地とか言う私にもよくわからない救済ルールも、ブラスさんなら正しく運用できるに違いない。


「そこからはブラスに足りないものを職人たちやら商人たちやらが付け足していってな。

 カメラやマイク、スピーカー。ここら辺の実装は早かったなー」


「ベイベロニアの街灯の半分くらいにはカメラとマイクが付いてて、その更に半分にはスピーカーも付いている。

 俺たちがターミナルに着いた頃にあった歓迎アナウンスもブラスによるものだ」


「あー! あれ! ブラスさんだったんですか!」


 私にとってはとても新鮮だった歓迎アナウンス。

 どうも隣界ではそこらじゅうで流れているのでごく自然に聞き流してしまうらしい。

 だから無反応だったのか……。


「そうして『導き』の実験も終えて、俺と相棒の悩みも解消したわけだ」


 複合実験は、こうして聞くと本当に様々な実験だったらしい。

 今更だが、このベイベロニアを足掛かりとして、商人さんは商人としての頭角を現していったらしい。

 私の故郷である名も無い村に足しげく通う行商人だった商人さん。

 それがいつの間にか世界的な大商人になっていた、と思っていたけど、その流れは私の前でも展開していたみたいだ。


「それからだな。ニックと一緒に思案するのではなく、喧嘩するようになったのは」


「同じ実験で違う答えを導き出したんだから仕方ないよなぁ?」


「仕方ないなら突っ掛かるな、受け入れろ。プロレスならお前たちだけでやってくれ」


「つれないこと言うなよ相棒」


 雑談に華を咲かせる師匠と神様。

 同じ口で話しているから傍目にはかなり激しい独り言なんだけど、当人たちは楽しそうだ。


 ニックさんを入れて三人は、同じ『導き』の実験を経て、別々の答えを出したという。

 それもきっとヒントだ。

 私にも私だけの答えがきっとあるのだろう。


 ……ところで、『プロレス』ってなに?


「お待たせしました、クロエ様。

 私は『シルキー・エンヴィー』と申します。以後お見知りおきを」


 話が一段落したのを見計らったかのように、新たなマキニスさんが現れた。

 今回も2.5頭身のデフォルマキオン。モデルは、えーっと。

 ……よくわかんない。


「シルキー? シルクの亡霊か」


 と、師匠が頷く。

 シルキー……知らない名前だ。

 説明を催促する意味で師匠を見るが、代わりにシルキーさん本人が「シルキーとは」と話し始めた。


「シルキーとは、隣界のとある伝承に語れる、旧家にあらわれし女の亡霊です。

 時に妖精と見紛うほど美しく、シルクのドレスを纏い、絹擦れの音を残す事から『絹の女(シルキー)』と呼ばれます」


「ほぇー」


 隣界には魔法が無い。物理法則は絶対である。……なんていう割に、隣界にはこの手のオカルトが沢山ある。

 科学が未発達で不思議なことが多かった頃の名残か、それともかつては隣界にも理外の存在が実在していたのか。興味が尽きない。


「衣装はシルク繋がりでシルクハットと燕尾服だな。ドレスとは打って変わって男装の麗人化しているのが面白い」


 ふんふん、と師匠――いや、神様が頷く。

 燕尾服。それでエンヴィーなのか。


「燕尾服はスマートな体形によく合う紳士服。

 今度、デフォルマキオンじゃないボディーで見せてもらうと良いよ」


 神様の提案に、シルキーさんが胸を反って控えめに頷く。

 へー、ジーンズみたいな感じかな? 楽しみっ!

 今はただ可愛いシルキーちゃんを抱っこして、にこにこする。


 さて、マキニスさんも交代したし、警備に戻ろう。

 まだ深夜で人気も無いけど、やれることがないわけじゃない。

 私は師匠とブラスさんに手を振って玉座の間を後にした。


「次はどこへ向かいますか?」


 尋ねるシルキーちゃん。

 深夜帯は二十四時間稼働の解体屋系を回ることが多いけど、ちょっと考える。


 この国には多くの神々が住んでいる。

 正確には、信徒が多いから注目されているって感じだ。

 神は概念であり物理的な『現在地』というのは存在しない。うちの神様が特殊なだけ。

 なのでこの国にも神が居たとして出会うことはないだろうと思っていたんだけど、思っていたよりも出くわすことにここ数日で気が付いた。

 メイプルの石切工房に常駐しているっぼいハニャニャン様しかり、作品を御神体として俗世に顕現している神がわりと居るのだ。

 本来なら信徒でもなきゃ見えないし触れられない神々にも、こういう形でなら接触できる。

 それなら直接『信徒の扱いについて』を聞けるかな、と思ったのだった。


「神々巡りをしたいと思います」


 神には睡眠なんてない。

 こんな夜中でも起きているはずだ。

 ただ、信徒たちが軒並み眠っている時間にわざわざ顕現しているのか、という問題がある。


 悩みながら歩いていると、腕の中のシルキーちゃんが控えめに手を挙げた。


「それでしたら、一つ提案があります。

 クロエ様が警護担当に就任してから今まで、神々やその代理の神官から問い合わせがありました。これはクロエ様に興味を持った神が居るという証左です。

 つまり、以上の神々はクロエ様が訪ねれば姿を現してくれるのではないでしょうか」


「おー! 良いですね!」


 問い合わせがあったのは初耳だけど、今まで何も言われなかったということは問題にはなっていなかったのかな?

 その上で好意的な神をピックアップしてくれるなら、話を聞ける可能性はグッと高くなる。


 シルキーちゃんの提案に乗っかる旨を伝えて、お願いした。

 ちょっと間を置いて本体(ブラスさん)と交信した後、シルキーちゃんが彼方へと指をさす。


「あちらです。

 中央塔屋内商業スペース、通称『お土産エリア』の『コンリンシャン』へ向かってください」


「『コンリンシャン』……えっと、小物屋さんでしたっけ?」


 お土産エリアは出店みたいな小さい店舗しかない。

 観光客がほぼ確実に通るエリアなので人気過ぎて一店舗当たりのスペースをかなり制限しているとのこと。

 その中では帰り際に手に取ってもらえるように荷物にならない小物類を扱う商店が多い。『コンリンシャン』もその一つだ。


 しかしながら小物類は手に取ってみないと良さがわかりにくく、パッと見て回って地形を頭に入れただけの私は『コンリンシャン』が何を扱っていたのかの記憶が無い。

 復元できないってことは見てもいないってことで、ガチで記憶が無いのだ。


「『コンリンシャン』は美容品販売店ですね。

 本来ならば高級品であるコスメを安価で入手できることで人気です。

 ただし、希少素材を用いた実験的な商品なので、ケアに必須の継続使用が困難であるという問題が指摘されています」


「それなら観光客に売るんじゃなくて量産化を受け持ってくれる商人さんと契約した方が良いんじゃ?」


「その通りです。なので、こちらの店舗では商人に卸したものの余りをサンプル価格で販売しているようです」


「なるほどぉ」


 ちゃんと流通も意識した上で、お客さんに安価で提供しつつテスター兼広告塔になってもらおうという話かな?

 よほど商品に自信がなければできない戦略だ。


 しかし、コスメ、化粧品かぁ。

 興味がないわけじゃない。あれも薬だし。

 ただ、そこに私に友好的な神が居る、というのがピンとこない。


 まさか私の『不老不死』に興味があるわけじゃないだろうし……。

 私の復元魔法は飽くまで復元だ。若作りは出来ても、可愛くも美人にもなれない。


 扱う薬も方向性が違い過ぎてイマイチ参考にならないんじゃないかな。

 それとも健康と美容を両立したコスメ開発のための知識が欲しいのかな?

 私としても心の健康のために『瘡痕隠し』の勉強はしたいけど……うーん。


 なんて考えている間に到着した。


 お土産エリアは塔の内部。高所かつ屋内なので、途中からは徒歩だ。

 けど深夜帯なのもあって全店閉まっている。その上防犯のためにエリアごと閉鎖されていて、人影一つ見当たらない。


 シルキーちゃんが開けてくれた非常用出入り口を通って、コンリンシャンを目指す。

 お店は直ぐに見つかった。

 が、勿論閉まっているし、誰もいない。


「ここに神が?」


 聞くと、シルキーちゃんが頷いた。

 そして閉まっている店舗の鍵を開けて中に通してくれる。

 ふむ……。


 ハニャニャン様のことを考えると、信徒が丹精込めて作った作品が『信仰』を宿しているのは予想できる。

 信仰が宿ったものは神の影響を受けやすく、神の力を高めやすい。

 代表的なのが『聖印』や『神像』などのシンボル。更に大きい代表格が『教会』だ。

 特定の神の力を高める場所は『聖域』と呼ばれ、建物の枠を超えて土地レベルの広範囲になると『聖地』と呼ばれる。


 ここだけ聞くとレベルの高い話に聞こえるが、実際はもっと身近だ。

 例えばハニャニャン様はどこかの部族の神だと聞いたけど、十人前後の部族でも信仰が篤ければ『神』を創り出し、『聖地』を築ける。

 そうじゃないと少数部族の神なんて存在しようがないしね。


「――うん。『聖域』ですね」


 ジッと店舗を眺めて、呟いた。

 鍵やエリア閉鎖の隔壁に頼り、商品が置きっぱなしになっている店内。

 その商品一つ一つが信仰を宿している、と思う。

 更に店舗の天井付近に置かれた聖印。隣界知識にある『神棚』に近しいそれは、『聖域』の核になっている。


 神はどこにでもいる。

 でも、会える場所は限られる。

 ここに案内されたということは、そういうことだろう。


「作法がわからないので、私なりに――っと」


 二度頭を下げ、二度手を打ち鳴らし、最後にもう一度深く礼をする。

 二拝二拍手一拝。

 巫女システム――『神降ろしの魔法』の開発初期に習った、隣界神道の神への御挨拶だ。

 本職の神主はもっと細かいらしいけど……そもそもうちの神様が適当なので、二拍手だけで普通に呼び出せてしまう。

 今回は他所の神様なので最低限失礼の無い形を意識する。


 そんな意思が通じたのか、下げたままの私の頭の上で声がした。

 どこかで聞いた、甘くとろけるような声が。


「――久しぶりねぇ、クロエちゃん?」


「ッこの声は!」


 艶めく漆黒の御神髪(おみぐし)に、惹き立て華やぐ桜色の隠色(インナーカラー)

 幾重にも翻りはためく真っ赤なドレス。

 繊細緻密な金の装飾が時折星のごとく瞬き目を奪う。

 それらを束ねるは自信に満ち溢れた笑顔のレディ。

 美を以て箔と成し、神威を纏い放つ麗しの女神。


 彼女は、性を問わず、齢を問わず、老若男女を魅了した伝説の娼婦。

 英雄的非業の死の先に、魅了された人々の祈りによって再臨した『魅了の女神』。


 その名は、マラドンナ。

 マラドンナ・キャンタマリア。

 万事を愛し、万象に愛された女神である。


「――マラ様!」


「ッちょ、こらっ! その呼び方はやめなさいっ」


 妖艶で美しいマラドンナさんの笑顔が、一瞬でむすっと拗ねたものに変わる。

 この変化が可愛すぎてつい略称で呼んでしまう。

 バッチバチに炸裂してる目力が「キリッ!」から「しゅんっ」に変わるのが良き良き。


 ちなみに『マラ様』呼びを嫌がるのは、隣界に伝わる煩悩の悪魔『マーラ』と被るからだ。

 ただでさえ『魅了』が良くないことと思われがちなのもあり、マラドンナさんはいつもの余裕を崩すくらいに気にしている。

 神様に『マーラ』について聞いた時、顔真っ赤にしてたからなぁ。

 私にはまだ早いということで詳細は聞かせてもらえなかったけど、名前被りもしたくないくらい酷い悪魔みたい。


「ごめんなさい……えへへ。

 でも、そっか。私のこと気にして下さっていた神様ってマラドンナさんのことだったんですね?」


 もうっ!と一度怒気を吐いてから再び笑顔に戻るマラドンナさん。

 私の言葉にこくりと頷いて、頬に手を当てしなと身を捩る。


「こんなところで警備員してるって聞いたんですもの。

 クロエちゃんの目的には合わないでしょう? なにかやむを得ない事情があったんじゃないかと思ったのよ」


 優しい。

 私の事情を気にして調べ、問題ないと判明したなら何も言わず引く。

 こういう自然な気遣いも魅力のうちだ。


 マラドンナさんと出会ったのはずいぶん昔で、しかもここからはかなりの遠方だ。

 それでもマラドンナさんは変わらず、マラドンナさんのままだった。


 神様は「元が人間だと神に成っても人の枠から抜け出しにくいが、その分、信仰で左右されにくくなる」と言っていた。

 マラドンナさんは死者の復活、あるいは死者に対するイメージの具現なのだが、これだけブレないのなら『イメージ』ではなくちゃんとした『復活』だったのかも知れない。

 もしそうなら、ちょっと嬉しい。なんでかはわかんないけど。


「そうだ、マラドンナさんっ。ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」


「あら、なぁに? 何でも訊いてごらんなさい?」


 お姉さんぶるマラドンナさん。

 その愛らしくも頼もしい姿に魅了されつつ、お言葉に甘えることにした。


 聞きたいことは、人と神の関係についてだ。


 なぜ神々は人を救おうとしないのか。

 その理屈は知っているし、理解も出来ている。納得も……うん、ちゃんと出来てるはずだ。

 でも、実際のところ、神が人の営みにどこまで手出しするかは神によりけりなのである。


 だからこそ、不満が出てしまう。

 救う気が無いのか。それとも救おうとしてくれているのか。

 明確な基準が無いからこそ人は信じすぎてしまったり、信じることが出来なくなったりしてしまう。


「そうねぇ」


 私の疑問に、マラドンナさんは天井を見上げて口をへの字に結んだ。

 そんな表情さえユーモラスで魅力的だった。


「クロエちゃんの神様ならきっと『明確な線引き』の危うさを説いてくれるでしょう。

 私から他の『神様視点での考え方』を教えてあげれば良いのかしら?」


「――っ! はい! お願いします!」


 私は勢い良く頭を下げた。

 下げ過ぎて腕の中のシルキーちゃんにぶつかりそうになる。

 そんな様子を見て「ふふっ」と笑う声が聞こえた。


 マラドンナさんはあらゆる意味で魅力的だ。

 容姿や性格もさることながら、理知的で弁も立つ。

 知恵の巫女ながらまだまだ愚昧な私にもわかるように噛み砕いて話してくれるはず。


「どれだけ力を貸すのか。それは神によって違い、それは教義によって示される。

 あと何の神なのかも重要ね。どれだけ教義に従順だったとしても、どんな厄災からでも守ってもらえるわけじゃないわ」


「ふむふむ……」


 話し始めたマラドンナさんからは笑顔が薄れる。

 目は今まで通りパッチリしていて『真剣』という感じはしないが、『真面目』ではある。


 話の方もまだ冒頭だが納得できる内容だ。

 神の示す教義と、神の持つ権能。この二つによって信徒が受けるものが変わる。

 例えばマラドンナさんなら信徒を魅力的にすることは出来ても飢えや渇きは癒せない、って感じ。

 教義に関しても同じだろう。どれだけ正しく適切に準じているかで得られる恩恵が変わる。

 どちらも当然と言えば当然だ。


「そこに『明示』を避ける意味でわざと『曖昧』や『例外』を組み込むの。

 そうねぇ……クロエちゃんは私の教義、覚えてるかしら?」


「もちろんです。

『汝、魅了たれ。然して汝、魅了なれ』ですよね?」


「流石ね!」


 マラドンナさんがとびきりのスマイルでウインクする。

 わーっ! 心臓が撃ち抜かれるッ!


「多神教では複数の神が一つの『教義』の下に人を見守っているわ。それだけ教義は複雑で、加護も神秘も多岐にわたるの。

 私みたいな一神教は『教義』もシンプルで、「これにだけ気を付けてね」って程度なのがほとんど。

 もちろん強大な神なら一神教でも複雑で絶対的な『教義』が有ったりするけどねぇ」


「明示を避けているのに複雑な教義を作るんですか?」


「そうよ? だから教義の解釈の違いで宗派がわかれたりするの。

 最悪、神自身が宗派に沿って分裂したりもするわ。神の原点は信仰だものね」


「なるほどぉ」


 つまり教義の解釈に『間違い』はない。

 どんな解釈でも、篤く信仰することで神の方が合わせてしまうからだ。


 でも、それで良いの?

 神が示した教義には、明示していないだけで正解が、込められたはずの真意があるはずだ。

 それを歪められ、自分自身が歪められてしまうなんて……。


「それで良いのよ」


 マラドンナさんが頷く。


「それが人と神の関係なの。

 神が一方的に人を救い導くのではなく、人が神を好きに造り扱うのでもない。

 互いが互いの領域に踏み込めるからこそ、私たちは『神』で、あなたたちは『人』で居られるのよ」


 上下はあれど、対等であり続ける。

 そうでなければ、人が『愛玩動物』になるか、神が『救済装置』になってしまう。

 そう断じるマラドンナさんの声には揺るがない覚悟が秘められていた。


 ……私は、その関係が崩れていた教団を知っている。

 フォストレア教。

 あれは教皇が神にとって代わり、神の力を人の都合で振りかざしていた。

 教皇国全体に言えることだが、特に教皇に関しては、「生まれた時から人として生きることは出来ない運命だった」と言えるだろう。


 人を人で居させるために、神は神としてリスクを背負う。

 そのせいで信徒を見殺しにしてしまう時が来たとしても、そのせいで自我が書き換えられ別物に堕とされようとも。

 それが神々の背負う責任と業、なのだろう。


「もちろん、教義の解釈を間違ってる子には色々言いたいのよ?

 リスク云々じゃなくて、勿体ないし可哀そうなのよ。

 懸命に祈り、献身的に尽くしても、解釈が間違っていては救ってあげることは出来ないの」


 はぁー、と長く熱っぽい溜息を吐くマラドンナさん。

 そりゃただでさえ世話好きお節介お姉さんみたいなマラドンナさんだから、要領の悪い子には手や口を出したくもなるだろう。

 でも、マラドンナさんの教義ってそこまで間違いやすくもないんだけど……?


「そうだわ!

 クロエちゃん、ちょっと私の信徒たちにお説教してくれない?」


 ねっ?と上目遣いで可愛くおねだりするマラドンナさん。

 頭上でふわふわしてたのにわざわざ地面すれすれまで降りてきてのこれである。

 あざとい。

 だが可愛い……ッ!


「……お説教って、何を言えば良いんですか?」


 メンタルリセットで赤面と動悸を平常に戻しつつ、マラドンナさんから目を逸らして聞く。

 私が魅了に抵抗できるからってぽんぽん魅了しないで欲しい。


「簡単よぉ。さっきの『教義』の意味をちゃんと伝えてあげて欲しいの。

 信じようとしなければ『神降ろし』を使ってくれていいわ。私が直接叱るから」


「うーん、それなら……」


 話も聞かせてもらったし、人助けと神助けが出来るなら否やは無い。

 ただ信徒でもない私がお説教しに行くのがちょっと気まずいだけで。


 信徒でも神の声が聞こえない、神の存在を感じない、というのはざらにあるらしい。

 私は私の神様があんな感じなのでピンとこないけど、普通は「感じられないから信じるしかない」みたいな状況だとか。

 私が神様以外の神でも感じ取りやすく、会話できたりするのは、『巫女』だからだろう。


 八百万の神々が住まう国、日本。

 そこに伝わる『巫女』をモチーフに在界で再構築した『巫女システム』は、全ての神を信じる『万神教徒』である。

 信じるだけで崇め奉るとは限らないが、接点を持ちやすいというのがマラドンナさんとの関係からもよく分かる。


 巫女は神の代弁者。

『神降ろしの魔法』もその職能から生まれた魔法。

 なら、マラドンナさんの力になれるのは当然であり、巫女として果たすべき義務のようにも思える。


 ……うん。

 だから、警備任務すっぽかすわけじゃないからね! シルキーちゃん!

 アイコンタクトを飛ばすと、気付いたシルキーちゃんがちっちゃなお手手で「ちょっとだけですよ?」と示してくれた。かわよ。


「そうだ!

 せっかくだから、手伝ってくれたお礼にこの国滞在中の期間限定で『加護』を授けてあげるわね!」


 えっ?

 急に手を叩いて宣言する魅了の女神。


「えっと……」


「大丈夫よぉ、ちゃんと役に立つ『加護』にするからぁ」


「どうやってですか!?」


 魅了の加護。

 もちろん効果は『魅力的になる』だろう。

 でも魅力的になってどうするの!?


「知ってるでしょ、クロエちゃん。

 魅力的って言うのは、『性的魅力』に限らないの。

 例えばクロエちゃんの『強さ』だって人々を『魅了』しうる素敵なチャームポイントでしょ?」


 にっこり笑うマラドンナさん。

 確かにそうだけど……これ以上強くなる必要あるのかな。

 それとも、もっと別の魅力をアップしてくれるのかな?

 だとしても、どこを強化すれば役に立つのかわからない。


「むむ……」


 頭を捻って悩んでいると、聡明なマラドンナさんは「まだまだね」と言いたげな顔で胸を反らした。

 なんだとう! 神とはいえ、よくも知恵の神官を馬鹿にしたなぁ!

 なんて憤ってると、腕の中でシルキーちゃんも「仕方のない人ですね」みたいな顔でやれやれしてた。

 なっ、なんだとう!? え、嘘でしょ!?


 いやっ、シルキーさんは神様の被造物。私より賢いのは当然。

 ……いややっぱり悔しい!


 大丈夫、ちょっと思いつかなかっただけ。

 思い付かないなら師匠式総当たり。

 そう私は知恵の神官にして黒檀の弟子。

 とにかく魅力アップして嬉しいものを考えよう。


 一番使ってる黒檀。

 ……は、無いかな。今でも全然本気出してないし。

 使ってすらいないスライミーズとかも同文。


 使ってて能力の不足を感じるものは無い。

 これからが不安なのは対応の遅れとかだけど、私の能力でどうにかなる?


「あっ! もしかして『意思疎通の魔法』を強化してマキニスさんと『意思共有』するとかですか!?

 いやぁ、マキニスさんって魔道具だからか上手く『意思疎通』が働かなくって困ってたんですよぉー」


「ハイ残念、違いまーす」


「違いましたぁ!!?」


 これだ!って感じだったのに!


「せ・い・か・い・はぁ……その帽子っ!

 アダンヴァールの『灯の眼』よ!」


「えぇーっ!」


 意外ッ!

 と言うか、……意味ある?


 アダンヴァールの『灯の眼』は暗闇を見通す魔法だ。

 マナリンクを通じて私にも『灯の眼』の効果はばっちり得られている。

 今現在だって締め切って真っ暗なお土産エリアの中を一切の明かりもなく行動できているし、なんら問題ない。

 黒檀同様、特に不足もないものをパワーアップしても魅力的にはならないような?


「甘いわね」


「甘いですね」


「上下から言わないで……」


 稀有な挟み撃ちに戸惑いながら聞く姿勢を取る。

 改めて考えても効果無さそうなんだけどなぁ。


「いーい? クロエちゃん。

 私は『魅了の女神』で、その権能はずばり『魅力アップ』よ!」


「はいぃ……存じ上げておりますぅ……」


「『灯の眼』の魅力は、何と言っても『見えないものを見る』っていうトンデモ加減よね。

 これだけの暗闇なら夜目が利く獣でも前が見えなくなるものよ。

 ところが『灯の眼』は光も無いのに視覚情報を獲得できる。ほら、とんでもないでしょ?」


「そうですね……」


 規格外なのはその通りだと思う。

 アダンヴァールのアヴィちゃんは、生前からそれはもう強かった。

 当時の私では命を奪うことでしか止められなかったくらいだ。


 でも、それだけに『灯の眼』の完成度は高い。

 光を用いない視覚情報の獲得、という意味不明なことをしているので、対暗闇の鉄板である『灯り』と違って目立たないし、『夜目』と違って光に強い。


 光に強いと言えば、『灯の眼』は真っ暗闇だけでなく、閃光の中でも目が見える。

 視覚情報の全てを『灯の眼』に頼り切っているアダンヴァールにとって眼球は視覚情報を受け取るための受信器であり、光を受容する必要がないからだ。

 つまり、アダンヴァールはものすごく目が良い魔獣と言われているが、実は逆で、目がまったく見えていないのである。


 魔女帽にアダンヴァールの眼球が付いてないのに『灯の眼』を使えるのも、元々目で見ていないから、とも言える。

 だからと言って全盲になるというのはかなり思い切った進化だと思うけど。


 もはや魔獣を越えてモンスター級に歪なのだけれど、こんな『灯の眼』に一体どんなパワーアップの余地があるというのだろうか。


「ま、単純な能力強化は必要ないわよね。

 でも魅力は一方向に伸びているわけではないのよ?

 一言に見る能力と言っても、遠くを見る力、近くを見る力、距離を見る力、動きを見る力……なんて具合に色んな魅力が詰まっているんだから」


「なるほどです!」


 でも『灯の眼』にはいずれも要らない。

 それらが必要なのは私の脳の方だから。

 視力と言うか、情報処理能力?


「と、言うわけでぇ……。

『見えないものを見る力』の魅力をアップして、『神が見える力』にしてあげるわね?」


「へあ」


 変な声が出た。


「この国は神が多いから、見えると便利でしょ?

 見えれば話しかけることも出来るし、向こうが拒絶しなければ会話もできるかも知れないわ」


 なんて、マラドンナさんは簡単に言う。


 神はどこにでも居て、どこにも居ない。

 概念なので個人のように現在地なんてものを持たないからだ。


 しかし、うちの神様のように信徒の前に姿を見せることはある。

 そういった降臨中・顕現中の神は特定の人からしか見えないのだが、実は他の神からも見えているらしい。


「信徒の前に現れる以外にも、人の目線で世界を見るときなんかにお忍び降臨したりするものなのよ」


「お忍び降臨……」


「だから意外と色んな神に出会えると思うわよ?」


 ものは試し、と気軽に『加護』を与えてくれるマラドンナさん。

 その加護の与え方が『投げキッス』なのがなんとも、らしい。


 いつもの『灯の眼』で見る光景はそのままだ。

 でも、……あたりを、……見回して、……みると。

 ……いる。

 そこら中に、色んな姿の神っぽいなにがしかが。


「あはは……」


 私が見えてることに気付いたり目が合ったりした神々が時折気さくに手を振ったりしてくれるので、振り返す。

 一部手じゃないなんかよく分かんない器官を振ってる神もいる。

 失礼ですけど、神だよね? モンスターじゃないよね?

 信仰って奥深いなぁ……。


「って、良いんですか!? これ!」


「なにが?」


「これって『神眼』ですよね!? こんなにぱぱっと簡単に、神官どころか信徒でもない私にッ!」


 神々を見ることができる眼は、神々の目に等しい。

 つまり『神眼』だ。

 さすがに『概念』を視覚的に捉えることも、あるいは視覚以外の何かで知覚することも出来ないけれど。


「いーのよぉ。クロエちゃんは信徒じゃなくても信じてくれてるし、教義も理解してて、従ってくれてもいるんだから。

 まあ教義に従ってるのはたまたまだけど? でもほぼ信徒でしょ、こんなの」


 今まで何も与えていなかったのが悪いくらいだわ、なんてマラドンナさんが笑う。

 いやでも信徒じゃ……。


「はい、教義暗唱っ!」


「わわ、『汝、魅了たれ。然して汝、魅了なれ』!」


「その真義は!?」


「自らにとって魅力的でありなさい! そしてより魅力的になりなさい!」


「よろしい! せいかいっ! ご褒美にちゅーしてあげちゃうわ!」


「わぁぁーっ!? 結構ですぅ!」


 むちゅーっと急接近してきたマラドンナさんの顔を、フォスちゃんを降ろした両手で押しのける。

 こんなことに使ってゴメンねフォスちゃん……。

「生まれて初めてちゅー拒まれた……」ってショック受けてるマラドンナさんは一発ビンタしても良かったかもしれない。

 反省してください。


「真面目な話ね?」


 辛うじて立ち直ったマラドンナさんが仕切り直す。

 目尻の涙は見なかったふりをしよう。


「うちの子、信徒たちがね? ベイベロニアの工房で商品開発に勤しんでいるのだけれど……。

 それが、勤しみ過ぎて徹夜続きなのよ……困った子たちだわぁ」


 はぁーっ、と艶っぽく吐息を漏らす。

 ふむ。それは良くない。

 非常ーーーっに、良くない。


 徹夜は健康を大きく損なう。

 日常的な徹夜は永続的に健康を損なう。

 特に幼少期の慢性的な寝不足は成長異常の他、目の下のクマが一生モノになるとか。


 化粧品開発に携わっておきながら徹夜? それでは化粧のノリも悪くなってしまうのに。

 それともお客さんが魅力的になればそれで良いとでも?

 残念ながら、マラドンナさんはそんな自己犠牲的な神じゃない。


 まず自らの魅力を保持すること。

 その上で更なる魅力を追求すること。

 それが魅了の女神マラドンナ・キャンタマリアの教え。


 そこには他者への施しも慈しみもない。

 生前のマラドンナさんが老若男女を魅了するに至った英雄的とさえ謳われる慈愛の精神は、全て「私は、ひとに優しい私を魅力的だと感じる」という感性の下に築かれている。


「だいたいねぇ、不摂生で不健康なあの子たちが勧めるコスメなんて誰が欲しがるのよ。

 そういうのは魅力的な店員が勧めてこそでしょう? あら私もこんな店員さんみたいになりたいわぁ――って!

 そういう意味でもまずは自分からなのよ! 商品開発なんて『自分磨き道具の自作』で良いの、販売なんてお裾分けの気持ちでね?」


 このように、信徒に怒りをぶつけ続ける無慈悲な女神こそがマラドンナさんである。

 あなたが教義を曖昧にしたから起きた悲劇でしょうに。

 神として受け入れるって言ってませんでした?


 しかし、なるほど。

 あんなに短い教義のどこを解釈違い起こしたかと思えば、まさかの一文目。

 自らの、という文言が無いから抜けていた?

 いやいや、この場合『魅力的であれ』が繰り返されてるのが問題かな。

『前文と後文でそれぞれ別の意味』ではなく、『同じ意味を繰り返すことで強調している』と解釈されたのかも。

 結果、『更なる魅力』を求めるあまり、『今の魅力』を犠牲にしてしまっている、と。


「深刻ですね」


 むむん、と唸り、腕を組む。

 厳格なる師匠のポーズ。


「そうでしょう? だからこれから工房に乗り込みましょう!」


「良いですね、そうしましょう。聞くにどうせこんな深夜でも起きているのでしょうし!」


 俄然やる気がわいてきた。

 無人で真っ暗闇なお土産エリアでは、色んな神々が「いいぞいいぞー」と応援してくれている。


 ただ、腕の中の麗人だけは、「やれやれ」なんて苦笑しているのだった。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ