4. ありふれた悲劇
以前、ベイベロニアに神様がやって来たのは、商人さんに連れられて、だったらしい。
実は私も来たことがあるらしいのだが、記憶にない。
当時は私もまだ小さく、加えてベイベロニア自体も幼かったからだ。
当時から幾つもの建物が重なり合っていたベイベロニア。
それが山を形成したのは、もちろん飛行船ターミナル建造のため。
元々見晴らしが良かったから発展したベイベロニアだったが、いつしかゴチャゴチャし過ぎて周囲が良く見えなくなっていた。
なので商人たちの間で監視塔を立てなきゃなぁと話していたところでターミナル建造案が出たらしい。
荒野に聳え立つ山の如き建造物。それ自体が監視塔の役割を果たしたのは言うまでもない。
さすが商人さん、商機の見極めも一流だ。
「で、抱えてた『導きへの悩み』を解消するために、ベイベロニアで『複合実験』を始めたんだ」
神様が師匠の口を借りてそう言った。
そもそも複合実験とは何なのか。その話も、聞けば単純だった。
まず当時のベイベロニアが抱えていた問題。
それは、商人が集まり過ぎて権力争いが始まってしまったこと。
商人なので利権争いだろうか。
とにかく、商人は自分が一番美味しい思いをしたくて争いが絶えなかったらしい。
商人同士が協力し合って作ったベイベロニアも、大きくなれば逆に争いの種になる。
悲しいが、悲しんでいる場合ではない。
商人さんはこの地の問題を解決し飛行船ネットワークの一大貿易地とすべく、神様に協力を仰いだのだ。
と言うわけで複合実験のうちの一つは、『ベイベロニア法』である。
争い合う商人達を『導く』べく、神様たちは乗り出したのだ。
どんな法が良いか、どうやって守らせるか、適切な罰は何か、などを実験するつもりだったらしい。
しかし当然ながらこの実験は協力者が不可欠で、良いものが出来たからと言って勝手に施行できるわけじゃない。
なので別の実験が必要になった。
神様たちが作ったベイベロニア法――正確には、その土台となった『ベイベロニア利用規約』――を商人たちに売り出す。
これは商人さんが上手いこと交渉したらしい。
協力者も募ることが出来て、最初はベイベロニア新造区画で実験的に施行したらしい。
ただ、ルールの穴を突こうとしたりする者も当然ながら出てくるわけで。
そこで次の実験、『導きの正確性確保』である。
この実験で生まれたのが、おそらく『ブレイズン・ブレインズ』の雛型なのだろう。
ルールを記憶させた魔道具を商人たちに渡すことで、ルールを守りやすくし、同時に違反への警告も可能となる。
ルールの解釈に悩んだ時には魔道具に尋ねるだけで細かな裁定が聞けるので、善良な商人にとっても安心を得られる神アイテムになった。
「当時商人たちに配ったのはルールを守らせるための『ルール・ルーラー』だ。
その次の段階『真鍮脳』の実験は、ベイベロニア法以外も色々と記憶させて『導き手』を作れないか、という発想から始まった。
前段階の『ルール・ルーラー』が良い仕事をしたのもあって、更に上を目指した形だな。
上手くいけばクロエに一つ持たせておくつもりだったんだが……」
「上手くいかなかったんですか?」
「ああ。行くわけがない。
なにせ『真鍮脳』に覚えさせる『導きの答え』を、俺たちは誰も見付けられていなかったのだから」
師匠が呆れたように息を吐く。
相変わらず自分に対してはどこまでも容赦がない。辛辣だ。
話を聞くに、実験は確実に成功しているように思える。
肝心の『導きの答え』や『ブレイズン・ブレインズ誕生秘話』は語られていないものの、現段階で複合実験がベイベロニアに与えた影響は計り知れない。
この国に人間のトップが居ないにも拘らず法治国家として安定しているのは、間違いなく『ベイベロニア利用規約』と『ルール・ルーラー』のおかげだ。
……うん、絶対そう。
身内贔屓で『保護者組』を偉人にしようとしているわけではない、はず。
「クロエさま」
と、手元で可愛い声がした。
視線を落とすと、私の両手に包まれた2.5頭身のメイド少女が私を見上げていた。
エルフさん(inデフォルマキオン)である。
「そろそろ職人たちが起床し、活動を開始しています。パトロールを始めませんか?」
「もうそんな時間ですか!」
それは大変だ。
みんなで話すのが楽しくて、つい玉座の間に居座ってしまっていた。
「それじゃあ別行動だな」
師匠もそう言って立ち上がった。
……身長3mはあろうかという長身筋肉美女が、ただ何気なく立ち上がる。
それだけであまりの神々しさに圧倒されてしまい、思わず息を呑んでしまった。
師匠と神様はターミナルを出てからしばらく別行動していた。
その理由は滞在準備のためだ。
今回は師匠も一般人として国中を見て回る。それなのに全身鎧姿というのは物々しいし人混みでは危ない。
そこで師匠は貸し倉庫に鎧や武器を置き、珍しく生身を晒しているのである。
『意思不通の呪い』は、意思を読み取ろうとすればするほどに『理解できないことへの恐怖と混乱』が生じる。
本来なら理解できるはずものが、何故か理解できない。その『何故か』が恐慌の原因になる。
それを避けるために師匠は全身鎧を着込み、極力『意思を読み取りにくい姿』を取っているのだ。
初めから意思を読み取れなくしておけば『分かるはずなのに分からない』という状態を避けられるという理屈らしい。
で、生身の師匠なんだけど、
これがもう本当に美人さん!
全身バッキバキに鍛え上げられているのだけれど野生の肉食獣みたいに無駄が一切ない機能美も伴ったハイバランスで!
筋肉教上級神官にまで上り詰めたベリィちゃんが見惚れるほどのマッチョなの!
手も足もスラッと長くて、私とは真逆のタイトな服がギュッと肉体美を引き出してて……ッ!
私の魔女ルックは元になったアノールドさんの『マキシスカート』を動きやすさ重視で『ホットパンツ』に変えているんだけど、その素材である『デニム』は師匠の脚線美を彩る『ジーンズ』に心打たれて真似してたりします!
隣界ファッションはどうしてか私の心に刺さるものが多いけど、師匠は師匠の肉体込みでぶっ刺さってる。とても抜けそうにない。
師匠は『異界渡り』の際に美貌を差し出したという。
これは隣界日本が「ルッキズムに支配されている」というくらい容姿を重視する国だったからだ。
師匠は元から人の容姿に興味がなく、それでも幼少期より周囲に褒められることが多かった自分の見た目を『価値が高い』と認識していた。
なので自身の美貌を『トレード』に出せば良いものが手に入ると判断したらしい。
そうして美貌を捨て異世界で生き抜くための強靭な肉体を欲した師匠は、見事『人類最強種』の一角と呼ばれる『ドラウルグル』へと転生した。
ドラウルグルは明確に女性の方が強い種族である。
加えて、戦闘狂種族であるドラウルグルにとって『傷一つない玉の肌を持つ端正な容姿』とは臆病者の証として嘲笑され『最も醜悪な姿』と見なされる。
なので、美しさを差し出し強靭さを求めた師匠は、『最強にして絶世の美女』へと転生してしまったのだ。
控えめに言って、最高です。
ありがとう『トレード』、ありがとうアジュノール代行さん。
なお、『意思不通の呪い』のせいで姿をほぼ認識できなくなっているため、美女でも醜女でも大差なかった模様。
「眼福師匠とご一緒できないのは残念ですけど、仕方ないですよね……」
しょんぼりしながら私も立ち上がる。
手元にはエルフさん……いや、エルフちゃん。
こっちはこっちでかなりの眼福だから良いかぁ。なでなで。
『クロエ様』
玉座の間を出る時、ブレイズンさんが私を呼び止めた。
振り返ると、ブレイズンさんが私に抱っこされているエルフちゃんを見つめている。
『マキニスをニックネームで呼ぶようにしたというのは本当ですか?』
視線を上げ、私を見ながら訪ねるブレイズンさん。
そんなのは確認するまでもなく報告が上がっているはずだけど、私は頷いて「はい」と答えた。
わかり切っていてもあえて段取りを踏む。それが会話のキャッチボールだ。ブレイズンさんはそれを理解している。
それらを全部無視する『文脈ワープ』の使い手のお子さんとは思いないほど良い子だ。
『でしたら、私の事もニックネームで呼んで下さいませんか?』
「ブレイズンさんを?」
頷く、ことは出来ないから、代わりにゆっくり瞬きで頷くブレイズンさん。
『実は、『ブレイズン』という言葉には、『真鍮製』の他に、『厚かましい』『図々しい』という意味があります。
ブレイズンさん、と呼ばれる度、私は『恥知らずさん』と謗られている気になるのです』
「そっ、それはごめんなさいッ!」
とんでもない意味の名前だった。
思わず慌てて謝ってしまったが、明らかに名付けた神様が悪い。
それとも元ネタの『真鍮の頭』の時点で『ブレイズン・ヘッド』だから、仕方ないのかな?
少なくとも悪意はなかったと思うけど……。
『なので、同じ意味ながらよりカジュアルな『ブラス・ブレーン』というニックネームを名乗らせて頂いています。
よろしければクロエ様も私の事は『ブラス』とお呼び下さい』
「はい!」
もちろん。
流石に『恥知らずさん』なんて呼べない。
そう呼ぶ側が恥知らずさんだ。
と言うか隣界語って難し過ぎませんか?
なんで『真鍮製』と『恥知らず』が同じ言葉なの?
聞く限り『ブレイズン』は隣界では比較的わかりやすい『英語』っぽい。
師匠たちの母国語は更に難解極まってて、日本人もなぜ使いこなせているのかわからない言語だと聞いたことがある。
私、『意思疎通の魔法』が無かったら、未だに師匠たちと会話できてなかったかもしれない……。
「俺もブラスと呼んで良いか?」
『はい、勿論です』
私が異世界言語の難易度に恐れをなしていると、師匠とブラスさんが和やかに会話していた。
この二人はきっと『意思疎通の魔法』無しでも会話できるんだろうな。
いいなぁー。
「クロエさま、そろそろ……」
「あっ、ごめんなさい!」
エルフちゃんのしずしずとした声で我に返る。
そうだ、もう国民が起き出しているんだった。
私は師匠(と神様)とブラスさんに一礼して、玉座の間を飛び出した。
途端、昇りかけの朝日が目に入り、カンカンと鉄を叩く音が聞こえてくる。
「えっと、夜のうちに組んだパトロール・ルートは……」
玉座の間がある塔上層部から街へと向かって飛び降り、記憶を復元する。
早朝一番に人が集まるのは、市場だ。
まずは国のあちこちにある市場を見て回り、開場直後の混乱が問題へと発展していないかをチェックする。
魔獣などの生物由来の素材は昼夜問わず運び込まれ、解体までは進められる。
そうしないと傷んだり腐ったりするからで、それらの処理が終われば直ちにダメになるようなことはない。
そこで市場では納入された素材の類いを倉庫で寝かせ、夜間の取引を停止している。
そうでもしないと商人たちが寝ずに市場に張り込むようになってしまうからだとか。
開場してからも商品の追加は決まった時間にしか行われず、それにより張り込み・居座りを回避している。
代わりに、開場時と商品追加時はかなりの混雑が発生するのだ。
「もう市場は開き始めてますね」
自由落下中に、外套の袖を広げる。
袖を通さず羽織っているだけなのに袖を広げられるのは、もちろん黒檀を操っているからだ。
その黒檀を薄い板状へと変形させ、『黒檀の翼』を作る。これで滑空も思いのままだ。
上空から見下ろす混沌の街は、早朝にも関わらず既に騒がしい。
まだ点いたままの街灯の下を、商人や職人と思しき人たちが足早に通り過ぎる。
工房エリアの煙突たちからは煙が上り始めていて、炉に火が入ったことがわかる。
夜通し稼働していた解体屋や加工屋辺りも夜間と違って騒音を気にせずガンガンとけたたましくなっていた。
まだ起きていないのは、商店の方だろうか。
「よいしょっとー!」
ずざーッ!と勢いよく市場前の広場に降り立つ。
なるべく端っこに着地したけど、その様子を目撃した商人が驚いていた。
なんかごめんなさい。
市場は全て国営で、素材の希少度と材質である程度分けられている。
そう聞くと国が流通を独占しているように聞こえるが、市場以外の素材売買は特に禁止されていない。
国営の市場と、解体・加工業者は、素材レートの安定化と信頼できる取引の担保が目的である。
私は詳しくないので何のことかよくわかないこともあるのだが、
全てを商人に任せてしまうとどうしても商人優位の取引が増えてしまい、更には商談や相場に疎い職人や冒険者が詐欺紛いの買い叩きに遭ってしまうのだとか。
そこで「安くは無いが、高くも無い」という国営市場レートを用意することで、職人や冒険者にも分かりやすい基準が提供できるという。
どうしても欲しい素材が有るならレート以上のお金か条件を積まなければならない。
それが商人・職人・冒険者の全てに同条件が課されることで、公平性をキープしているのだとか。
ほへー。
そんなわけで、市場、特に夜間到着の素材が並ぶ朝市は、大人気なのだ。
商人は商品の仕入れに来るし、職人も適正レートで素材を買い付けたい時には自分で仕入れに来る。
開場一番に人が殺到するのは当然ながらレア物市場。特に入荷情報が掴みづらい生物由来の素材だ。
獣の素材、魔獣の素材、モンスターの素材。
いずれも並ぶが、特にマナリンク技術確立以降の魔獣素材は目が飛び出るほどの高値が付いたりもするという。
「混んではいますけど、問題は起きてなさそうですね」
毎回混むけど、商品が無い日も多い。それがレア物市場。
今朝は特に良いものが無かったのか、既に去っていく商人が多い。
それなら私も次の市場に移動しよう。
踵の黒檀ヒールを伸ばして飛び上がり、黒檀ウィングで滑空する。
地上をマッハ移動すると大災害を引き起こしてしまうが、このジャンプなら安全かつ高速で移動できる。
商人さんの『エアウォーク』ほどの自由度はないけど、十分だ。
次もレア物で生物系、ただし植物由来の素材市場だ。
魔花や魔樹などの魔法植物はもちろん、普通の植物も多いと聞いている。
というのも、そもそものベイベロニアが荒野の中心に有るので、植物がほとんど育たないのだ。
他の市場が『素材』なのに、植物系は『食材』としての価値がかなり大きく取り上げられている。
レア物市場でも高級食材が有ったりするが、当然『希少な薬草』なんてものもある。
あと、職人の国、芸術の国に相応しい、『香料』や『染料』として価値が高い植物なんてものも並ぶ。
市場は同じ建物ながら、一応『食材市場』と『素材市場』は分かれているらしい。
商品数が少ないレア物だけがそうであって、量が多い大市場ではちゃんと建物も別だ。
個人的には一番気になっている市場。
希少な薬草とか有ったら思わず買ってしまうかも知れない。
あるかな……わくわく……そわそわ……。
「クロエさま」
「はいっすみませんっ!」
抱っこしてたエルフちゃんの声にびっくりして背筋が伸び切る。
ちょっと寄り道しようとしたのがバレたのだろうか。
「希少鉱物市場で問題が発生しました」
「――……ッ」
翼を開いて空中でブレーキを掛ける。
レア物鉱物市場は、今いる位置からターミナルがある塔を挟んで反対側だ。
翼で空気を叩いて無理矢理高度を上げ、再度滑空を開始する。
「内容は?」
「確認中です。
現在は商人に掴みかかっていた職人を止めるため、現地のマキニスが介入しようとしています。
ですが混雑が盾となり、割り込むだけで苦労しています」
「わかりました」
喧嘩か強盗か。
その辺はエルフちゃんたちマキニスシリーズが聞いてくれるだろう。
私の仕事は鎮圧だ。
市場に到着すると、外までざわついている。
聞いてた通り人混みが凄いので、天井を歩いていくことにした。
夜の間に梁の強度とか調べといて良かった。
問題が起きている場所は、聞かなくてもすぐにわかった。
でっかい鎧型のマキニスさんが集まっているから。
あれは警備用のボディで、2mくらいのサイズ。
初めて見た時も思ったけど、制圧力ばかり気にし過ぎて混雑に対応できていないのは致命的だと思う……。
「失礼、警備員です! 一度手を止めて下さい!」
そんな大きなマキニスさんの肩に飛び降り、自己紹介。
同時に踵から黒檀の根を伸ばして暴れていた職人さんを雁字搦めにした。
「うッ!? 動けねぇ……ッ!」
職人は拳を振り上げた状態で動けなくなった。
ぎりぎりセーフだったっぽい。
マキニスさんの肩から降りながら周囲を確認する。
職人に襟を掴まれている困惑と怒気が混ざった顔の商人、職人の周囲で慌てている他の職人たち。
それ以外は野次馬かな?
「ああ、あんたが止めてくれたのか!」
「すまない、うちの親方が焦っちまって……!」
と、職人たちが私に寄ってきた。
どうも私が拘束したのが親方で、周囲の職人たちは弟子たちということらしい。
聞けば、親方が欲しかった鉱石が市場に卸されていたものの、買い付けることが出来なかったらしい。
そこで購入した商人に直接取引して欲しいと頼んだものの、断られ、怒ってしまった、と。
希少な素材はいつ手に入るかわからない。
今は『品評会』が近いのもあって、職人たちは希少素材の確保に血眼になっている。
この親方さんも、迫る『品評会』と確保できない希少素材に気が逸り、つい手が出てしまったのだろう。
弟子たちが必死に説明してどうにか許してくれと懇願してくるあたり、元々はこんな暴力沙汰を起こす人じゃないことも伝わってくる。
とは言え、ルールはルールだ。
「状況を把握しました」
エルフちゃんが言う。
弟子たちや商人の話だけでなく、市場の職員や周囲の目撃者に聞いた話も統合したのだろう。
ものすごく有能だ。
「親方様は希少鉱物『ペンドライト鉱石』の購入権を得られず、購入者と直接交渉したものの譲って貰えなかった。
これに腹を立て、恐喝に等しい暴力行為に出てしまった、という話のようです」
ここまでは弟子たちに聞いた通りだ。
見れば弟子たちも頷いている。
「この鉱石は次回『品評会』に提出予定の作品の主たる素材になるはずでした。
しかしもう猶予が無い現在でも練習分どころか必要最低分さえ確保できておらず、既に『品評会』の参加は絶望的。
弟子の実力を世に示し、その背を押したかった親方様は追い詰められてしまっていた、と」
「そうなんです!」
「親方は俺らのことを思って――!」
「うるせえ! オメェらは黙ってろ!」
庇おうとする弟子たちを親方が一喝する。
それを見ていた商人は、怒気は収まったようだけど困惑は変わらずだった。
「そっちの事情も分かるけどね。こっちにも同じような事情が有るんだ。
私がただ稼ぎたいだけの商人なら君たちに譲っている。そうじゃないから譲れないとわかって欲しいね」
「……ああ。わかってるよ。悪かった……」
親方は商人に向かって項垂れるようにして頭を下げた。
それを見てもう大丈夫そうだと拘束を解く。
襟を掴まれたまま拘束してしまったので一緒に動けなくなっていた商人が一息吐いた。
「私はこの素材を届けなくてはならない。
君たちの事情も気持ちもわかるから訴えはしないが、弟子が大切ならもう暴走したりしないようにね」
「ああ、すまねえ。恩に着る」
去っていく商人に、親方が深々と頭を下げた。
その顔には、申し訳なさと、そして諦観が浮かんでいた。
「あんたらも、すまねぇな。止めてくれて助かった」
顔を上げた親方が私とエルフちゃんにまで頭を下げてくる。
私は慌てて手を振って「大丈夫です!」と返し、エルフちゃんは微笑んで首を振っていた。
親方は弟子たちにまで謝り、彼らはとぼとぼと去っていった。
その様子から、きっと彼らの『品評会』参加への道が途絶えたのだと察せられた。
問題自体は割とあっさり収まったけど、これは……。
「職人とは、腕だけでは大成しません」
エルフちゃんが言う。
「あの親方様は非常に高い技術を持っていますが、商才、特に交渉術に欠けています。
職人には多い『頑固者』タイプなのですが、結果としてコネクションを持っておらず、素材の確保に難儀しているのです」
「なるほど……」
同じ職人には理解者がいても、客や取引相手には煙がられてしまう。
素材と一緒に持ち込まれる製作依頼ならまだしも、自分で素材を大量に用意しなければならない『品評会』ではかなり苦しい弱点になってしまうようだ。
「職人はプロです。自らの腕を売り込み、協力を得るのもまた必要な事。
特定の商会との専属契約や、パトロンからの出資、冒険者とのタッグなど、取れる手段は様々です。
それらを重視せず、ただ物作りに打ち込んでいたのなら、それは彼らの知識と努力の不足です」
彼らの結末は悲劇であっても理不尽ではない。
エルフちゃんは、暗にそう語っていた。
厳しい世界だ。
当たり前だけど、腕が有れば評価される、なんて甘い世界じゃないのだ。
その腕を示し、顧客を獲得しなければならない。
それがわかっているから先程の親方も『品評会』に出たかったのだろうけれど、現実は『品評会』に参加する以前から腕を示さなければならなかったということ。
あるいは、コネが無い分、もっとお金と時間を掛けなければならない。
「クロエさまが気にすることではないのです」
エルフちゃんはそう話を結んだ。
親方たちを自業自得だと突き放したのは、私をフォローするためらしい。
優しい魔道具さんである。
でも。
フォローのための言葉とはいえ、それは紛れもない事実なのだ。
彼らはただやりたい事だけをやっていた。
命を懸け、人生を捧げ、物作りだけを極めていた。
しかしそれだけでは駄目なのだと現実が突き付けられてしまった。
きっと、私も同じなのだろう。
「これは、思ったより……」
きつい仕事になりそうだ。
と、じくじく痛む胸を抑え、朝市の喧騒に目を細めた。




