3. ニックネーム
「それでは、業務内容を説明させて頂きます」
サーバールーム……じゃなかった。
玉座の間を出て、マキニスさんが一礼してから話し始めた。
私も「お願いします」と一礼を返す。
仕事は警備と言われているものの、範囲も時間も対象も聞いていない。
ただ、私の事を知っているのなら、なんとなくの予想はつく。
「基本的にはクロエ様に全てをお任せします」
「はい……」
うん。予想通りの『丸投げ』である。
「と言うのも、警備任務はクロエ様にのみお任せするわけではないからです。
平時通り、私たちマキニスシリーズも警備にあたります」
そう言ってマキニスさんはただの丸投げでないことを説明し始めた。
私の役割は大まかな暴動鎮圧であり、細やかなケアや小競り合い程度はマキニスさんたちが対処する、とのこと。
これもまた想定通りだ。
だって私はこの国の法律を知らない。
それを丸暗記したからと言って、法務官の真似事が出来るわけじゃない。
だから、荒事を収めた後、職人たちをどうするのかは私では全く判断できないのだ。
例年は外部の警備担当を雇ってみたりマキニスさんの予備機を投入して人海戦術を取ってみたりしていたそうだ。
しかし職人たちの熱は年々増しており、手を尽くしてなお事故・事件への発展率は上昇し続けている。
当然事後処理も大変だし、そこの処理が遅れると『品評会』に影響が出てしまう。
以前、事情聴取のために拘束された職人が、早く作業に戻りたいからと言って大暴れしたこともあるらしい。
それはそう。
でもその処断はブレイズンさんの得意分野だと言う。
加えて、『品評会』の規模が大きくなり続けていることも問題となった。
職人だけでなく、商人や観光客も大幅に増加し、警備員を増やすことがそもそも無理になったのだった。
これ以上の混雑は、別の事故や事件を誘発してしまう、と。
そこで今回ブレイズンさんは『絶対的強者による警備』と、『それを参考にした次世代警備システムの構築』を提案した。
各商会や職人たちも警備問題には手を焼いており、効果的な策は何も浮かばなかった。
だからか、ブレイズンさんの提案、『次の策を練るためのデータ集め』を了承し、支援することにしたのだという。
皮肉にも先日の『継ぎ火事件』が私の能力を証明してくれた。
あの事件は、フィアンマさんを神域に至らせ、先に神域へ踏み込んだシューデイルさんを討ち果たした事件だ。
そしてその裏に『黒檀の魔女』の暗躍があった。
非公表のはずの情報がどこから流れたのかは知らないが、私への評価は二つ。
一つ、神域に至ったシューデイルであろうと、討つだけならば『黒檀の魔女』にとっては容易なことだった。
一つ、『黒檀の魔女』は最後まで被害者の救済を諦めず、成し遂げてみせた。
この評価によって、私はブレイズンさんが参考にするに相応しい『絶対的な警備員』として選ばれ、認められたのだ。
「以上の理由により、業務内容の一切をクロエ様に一任することとなりました。
私達がクロエ様に指示を出すのではなく、クロエ様に私たちを導いていただきたいのです。
勿論、私たちがクロエ様の真似をするというわけではありませんので、クロエ様はクロエ様のやり方で警備にあたって頂ければ問題ありません」
「は、はいっ!」
導き、と聞いて身構えてしまったが、マキニスさんが直ぐにフォローを入れてくれた。
私のやり方も能力も参考にはならなそうだけど、それは全部ブレイズンさんが考えること。
暗に、『わざと参考になりそうな動きをしなくても良い』とのフォローでもある。
「もちろん、私たちへの指示も承ります。
監視カメラの情報、国民からの情報、マキニスシリーズからの情報など。
全てはブレイズン・ブレインズに集約され、それはほとんど遅延なく私たちに下りてきます」
それは助かる。
移動や鎮圧は問題無くても、警備の要、情報収集が難だったから。
事後処理が得意だというのも、この情報処理能力ゆえだろう。
普通の警備員が問題を起こした人をどうかするには、各方面に連絡して返答を待たなければならない。
マキニスさんはマキニスシリーズでは手に負えなくなってきたと言っていたけど、現状すでにマキニスさん以外では手に負えないのでは?
「それならマキニスさんと一緒に行動したいんですけど」
情報共有はなるべくリアルタイムで行いたい。
おそらく国中にマキニスさんたちが配置されているとは思うけれど、移動中含め、情報が遮断される瞬間はどうしても生まれてしまう。
出来ればマキニスさんのうち一人を連れまわしたい。もちろん高速移動時とかはちゃんと保護するから。
「実は私たちマキニスシリーズには、それぞれ『小型真鍮脳』が搭載されています。
これは所謂『個性』と呼ばれるものであり、『人格』としても機能します」
「はぁ……」
なんの話だろう。
もしかして、「ブレイズン的にはOKだけど個人的にNG」って言いたいのかな。
だとしたらちょっとショック。
「この『小型真鍮脳』――略して『小脳』により、私たちはボディの破損時やメンテナンス時にも思考を継続できるのです。
更に言えば、予備のボディを用いて活動を継続することも出来ます」
「えっと、……つまり?」
「つまり、私の『小脳』を『手のひらサイズの二頭身ボディ』に搭載することで、クロエ様が携帯可能になります。
どうぞ、マキニスネットワーク接続通信機としてご利用ください」
「すごぉい!」
一礼するマキニスさんに、私は感動して声を上げる。
って言うか手のひらサイズ二頭身ボディってなに? なんでそんなの有るの?
「隣界の『デフォルメフィギュア文化』の再現実験がこのような形で役に立つとは思いませんでした」
「あっ、そういう……。
いや隣界人もまさか二頭身のフィギュアに利便性なんて求めていなかったと思いますよ?」
たまーにあるけど、隣界の娯楽が在界で役に立つの、なんの因果なんだろう。
再現に協力したであろう職人さんも、この事態は想定していないだろうなー。
「フィギュアの正式名称は『デフォルマキオン』で、正確には2.5頭身のマキニスシリーズ用アタッチメントです。
用途はこれと言ってありませんが、ベイベロニアの職人たちの技術力と芸術性を示すシンボリック・モデルです。
あらゆる意味で最高級品の上、用途無しなので、このモデルのボディをもつマキニスは限られます」
「つまり?」
「稼働時間限界の問題解決のため、クロエ様に同行するマキニスは私以外の者も含めて数名用意します。
どうぞ、よろしくお願いします」
言って、今までで一番深々と頭を下げた。
「こちらこそよろしくお願いします!」
深々ー。
そっか、マキニスさんは可動時間に限界が有るんだ。
防犯カメラとか街灯と違って、独立して行動しているマキニスさんはその身体になにかしらの燃料を搭載しているはず。
隣界式の燃料・動力なら、電気か揮発油か、あるいは発条か。
魔道具ではメジャーな魔力式は、使用者が魔力操作しないといけないので、自律行動しているマキニスさんとは合わなそう。
うーん。サーバールームの様子から見ても、電気式かな? でも電気で魔道具って動くの?
まあ、科学も魔道具技術も考えたってわからないから置いておこう。
知識が足りない内は混乱が増すだけだ。
それより、ちょっと確認したいことができた。
「マキニスさんって、個体名は在りますか?」
「いえ、正式には存在しません」
と、ゆるく首を振るマキニスさん。
「かつて『ブレイズン・アームズ』の一号機は御父様から『マキニス・デアエクス』の名を賜りました。
しかし二号機以降は御父様の不在時に生産されたため、名を持ちません。
私を含め全アームズが名を求め、結果として『マキニス・デアエクス』はアームズ全員の名前となりました。
代わりに『ブレイズン・アームズ』は『真鍮の手足』や『真鍮の武装』を表す俗称、という位置づけになってしまいました」
「な、なるほど……」
そんな名前の取り合いが……。
いや、私も『エヴォニア』の名前を貰った時はすごく嬉しかったから、気持ちはわかるけど。
「ですが、喜んだのも束の間、私たちは個体ごと、『小脳』ごとの呼び分けができないことに気付きました。
しかし誰も『マキニス・デアエクス』の名前を譲らず、未だに膠着状態を保っています」
「ブレイズンさんってもしかしてあんまり賢くないんですか?」
思わずストレートに突っ込んでしまった。
よく考えたら『知恵の神』が造った『神造知能』であって、別に賢いとは言ってない気がする。
でもそこは人知を超えた知恵者であって欲しかった。
いや、機械が名前を取り合うなんて逆に高度な知性を持っていると言える、のかも?
「困り果てた私たちは隣界文化に答えを求め、『ニック・ネーム』に行き着きました」
「ニック……商人さんですか?」
ニック・ネームは商人さんの名前だ。
偽名らしいからあえてずっと商人さんと呼んでいるけど、師匠や神様はよくニックと呼んでいる。
まあ確かに商人さんなら隣界文化に詳しいか。隣界人だし。
「……『ニック・ネーム』とは、『あだ名』のことです、クロエ様」
「――……えっ」
マキニスさんが、少し居心地が悪そうに私を見る。
……知らなかった。
偽名で、ニック・ネーム。
そのまんまなんだ……。
そう言えば師匠も神様も名前の由来とかを訊いていなかった。
よく雑談とかもしてたから一度くらい訊いても良いのに。
そういう私は説明されてもわからなそうだから訊いていなかった。
でも、そっか。
隣界人なら訊かなくてもわかるくらい偽名であることもその由来も明確だったんだ。
商人さん……もしかして保護者組三人の中で一番ネーミングセンスないの……?
「話を戻しますが、私たちは『マキニス・デアエクス』という本名とは別に、それぞれに『あだ名』を付けることにしました。
在界では家名すら珍しいので『あだ名』文化は薄く、『称号』『二つ名』の方がよく広まっています。
なので『あだ名』の付け方も隣界文化を参考にし、『命名サイクル』構築しました」
「サイクル! どんな法則ですか?」
「ずばり、『そのまま』です」
「そっ」
そのまま。
まさかみんな『ニック・ネーム』……なわけないか。結局区別付かないし。
だとすると……。
「それって、『一号機ちゃん』『二号機くん』みたいな……?」
「流石にそこまでではありません」
両掌をこちらに向けて首を振るマキニスさん。
よ、良かった。隣界文化の良くないところに影響されてるかと思った。
「私たちのボディにはモデルが有り、これ自体が『隣界文化の再現実験』の一環となっています。
私であれば、ファンタジーの定番種族『エルフ』と、創作界隈の定番衣装『メイド服』ですね。
そこから『種族名』・『衣装名』という命名法則に則り、私の『あだ名』は『エルフ・パラメイド』になりました」
「へぇー! エルフだったんですか!」
それに、『パラメイド』ということは『パーラーメイド』?
やっぱりメイド服だったんだ!
何度見ても可愛い!
漆黒と純白のハイコントラストは現代日本で流行った『創作メイド服』らしいけど、大発明だと思う。
きっと本場のメイドさんも「この服着たい」ってなるはずだ。
種族名の『エルフ』は、言われた通り『異世界ファンタジーの代表的な異種族』だったはず。
師匠の容姿についての話が盛り上がった時に出てきた名前だ。
元を辿れば神話や伝承に行き着く『エルフ』も、多くの創作で取り上げられ、日本に渡って定着するころには原型とかけ離れていたという。
聞いた話では、『エルフ』は不老長命かつ美形の種族。森に暮らし、自然を愛し、弓や魔法を得意とする。
美形であり弓の名手とあって、高身長かつ引き締まった肉体美を持つ。白馬のような気高さや逞しさを『美しさ』として見られていた。
ただし、森の妖精としての側面が強く出ると、人よりもはるかに小さな姿でも登場したりする。
それが日本に渡ると『日本人好みの美形』に姿を変え、永遠に若くて美しい少女、とされたらしい。
すらりとした長身美女に始まり、だんだんと少女的愛らしさを持つようになり、最終的に『耳がとんがった色白美少女』という属性に落ち着いた。
それはいくら何でも俗物的過ぎると思う人も多く、元のイメージを残したエルフを『ハイエルフ』とか『ハイファンタジーのエルフ』と言って切り分けたりもしているらしい。
なお、男性のエルフはあまり幼いイメージを持たれなかったらしい。
厳つさはなく、スマートな男性、あるいは中性的な男性として描かれ、いずれにせよ美しいとされた。
ただし、『エルフの長老』という、見るからに老人の姿の男性エルフもよく描かれると言う。
……なんで?
「じぃーーー……」
エルフさんを見れば、現代日本版エルフがモデルなのがよく分かる。
だってまず可愛いし、身長も私よりちょっと高いくらいだ。
なにより、弓を引けるような身体つきをしていない。
メイド服越しにも分かる細腕である。
耳が長く尖っているのも近代に定着したイメージ、だったかな?
最初は少し尖った形状をしているだけの、日本語では『悪魔耳』や『魔族耳』と呼ばれるような耳だったらしい。
――などと『エルフ』の知識を持っていながら、初見でエルフさんが『エルフ』だと気付けなかったのが今になって悔しくなってきた。
これが『導き』の不足。
そして、これが『真鍮脳』の隣界知識。
ちょっとうらやましい……ッ!
「それでは、少し歩きながら国内の簡単な案内をさせて頂きます」
「よろしくお願いします、エルフさん!」
早速教えてもらったニックネームで呼ぶと、エルフさんは目を細めて微笑んだ。
うわー可愛いー。
ズルいくらい可愛い。
それから始まったエルフさんの案内は、とても分かりやすかった。
まずはベイベロニアの周辺地理。
北方の魔境とそれに面した人類最前線基地。
周囲の荒野と、南方諸国。
魔境というのは人類が支配下に置くことが出来ていない過酷な土地のこと。
気候や地形、あるいは生息する魔獣や動植物の関係で、魔境は生まれる。
ベイベロニアの北方に広がる魔境は主に魔獣や魔物の関係で人類が支配できずにいた。
そこに切り込み、人類の活動拠点が築かれたのが何百年も昔のこと。
その活動拠点を要塞化し、都市国家へと発展させたのが、『ディプロネシア』という国である。
この国は『冒険者の国』とも呼ばれ、魔境に挑み、素材を持ち帰ることでそれを特産品として売買し、栄えている。
しかしそれは決して順調な道のりではなかった。
そもそもディプロネシアがそれ以上魔境深部へ進行せずに国を築いたのは、過去の進行時に魔物に敗れて追い返されたからである。
魔境の奥には手が付けられない凶悪な魔物が棲んでいる。下手に刺激すればせっかく築いた前線基地が全て破壊されかねない。
だからディプロネシアは進行を取り止め、防衛に専念したのだった。
その当時の進行し過ぎによる手痛い反撃は、前線基地だけでなく、補給経路も破壊した。
前線と連絡が取れず、補給経路さえ次々と破壊されて追い返されていくうちに、やがて南方諸国は魔境からの完全撤退を指示した。
結果として、南方諸国は、魔境と呼ばれた大森林と、その手前に広がる荒れ果てた荒野、両方から引き上げてしまった。
その後、南方諸国がかつての前線基地であるディプロネシアの健在を知ったのは、ディプロネシアが地方都市化し、魔境産の素材を輸出し始めてからである。
驚いた南方諸国は荒野を制圧し、貿易路を自国の支配下に置いて国交優位を取ろうとした。
しかしその時には既に商人たちがベイベロニアの原型である露店街を構築しており、更にディプロネシアの後ろ盾まで得ていたのだった。
これにより、南方諸国は荒野にさえ進行できなくなった。
ディプロネシアとしてもかつて自分たちを見捨てて調査隊の一つも寄越さなかった南方諸国を恨んでいたのだろう。
そして南方諸国は諸国で、ディプロネシアとの貿易権を巡って対立を始めたのだった。
謝罪もそこそこに打算的な擦り寄りと醜い争いを見せられたディプロネシアは、ますます南方諸国との国交貿易を拒んだという。
そうして南方諸国が荒野の手前で隣国と睨み合いをしている間にベイベロニアは都市国家となった。
そしてそのままディプロネシアの後ろ盾がなくとも南方諸国と渡り合えるほどに成長した。
それどころか、魔境の素材が大量に持ち込まれる上に政治的な制限を受けないベイベロニアは『創作者の聖地』として栄えることになった。
それを助けたのは言うまでもなく、ザルバトゥーレの飛行船を中心とした空輸貿易ネットワークの登場である。
つまり、ニック・ネーム率いる『リベンジャー総合商会』が関わっているということ。
……私の『保護者組』は、国を滅ぼすどころか建国を助けることさえできるのかと、背筋が寒くなる。
「そのような歴史を経て、今ではこの国は『混沌の街』となっています」
「ほぇー」
間抜けな顔で相槌を打つ。
マキニスさんの話は、同時に街並みや人々を指し示すので分かりやすいのだ。
例えば『広すぎる中央大通り』は、かつてあまりにも巨大な魔獣が運び込まれたことに由来すると言う。
その通りに沿って『査定屋』『解体屋』『買取屋』『加工屋』そして『配達屋』が並んでいるらしい。
もちろん店は一つずつじゃない。ターミナルから見下ろしたように、あらゆる店が縦にも横にも連なっている。
冒険者が魔獣を仕留めたなら、この通りを歩くだけで買い取り手が我先にと声を掛けてくる。そんな場所だ。
行き交う人々も、多種多様。
商人と冒険者だけでなく、素材を直接仕入れたい職人たちもうろうろしている。
大通りも凄まじい混雑ぶりだけれど、他の通りも目的別にそれぞれ濃ゆい世界があるとかなんとか。
少し観察してみてわかるのは、この場のみんなが必死だということ。
冒険者はわざわざ自力で素材を持ち込むだけあって、『高く売りたい』というだけではないように見える。
職人もさっき言った通り。付け加えるなら、生の素材や冒険者を見て、何らかのインスピレーションを得ようとしているようにも見える。
一番必死なのは商人だろうか。ベイベロニア在住の商人だけでなく南方諸国からのお使いも多く、素材の取り合いが戦争じみている。
魔境産の素材は供給量が不安定なので、レアな素材は見つけ次第に何としてでも確保したいのだろう。そりゃあ熱気が凄まじくもなるよね。
「持ち込みが多い『通り』は商人たちの戦場ですが、加工場や鍛冶場の多い工業地帯は職人たちの戦場です。
名のある職人に武具を作ってもらおうと、金や素材を握りしめて訪れる冒険者たちも多いですね。
逆にここでは仲介役である商人が邪魔者扱いされるため、あまり商人を見かけません」
「ふむふむ」
「商店の多いエリアでは国内で作られた作品の販売が主ですが、中には工房と販売店がセットになった個人経営の店もあります。
駆け出しの職人は作品を一般客に売りつつ、商人などに営業を掛けて大口依頼を得ようとします。
露店から始まったベイベロニアでは、あるべき姿とも言えますね」
「ほうほう」
説明を聞きながら商店エリアを歩くと、たしかにこじんまりとした店の奥から金物を叩く音が聞こえたりもする。
パッと見はやる気の無いお店だけど、店頭に誰もいないのがむしろやる気の証明なのか……。
販売方面に重きを置く場合はもっとターミナルに近い位置に店を構えるそうだ。
国は熱気に包まれている。
その混沌は、私程度の異物には見向きもしない。
たまに向けられる視線は、今までよく感じていた「何者だ?」と探るようなものではない。
どちらかと言うと、「あの装備はなんだ?」「誰の作品だ?」「どんな効果が?」「よく見たい」「解体して研究したい」という視線が多い。
私個人には誰も興味無さそう。
そしてそれは私も同じかもしれない。
初めの興味は『職人』にあった。
申し訳ないけれど、品評会を前に問題を起こすのは職人ばかりだとも考えていた。
しかしそれは『大通り』の時点で違うと察した。商人も大概命懸けだったから。
国を見て回って見ると、職人だけでなく商人も気になりだしたし、それ以上に『作品』が気になって仕方がなかった。
命懸けで作り上げた作品。それが武器であれ、道具であれ、あるいは美術品であれ、それぞれがそれぞれの輝きを放っていたのだ。
大通りを抜けて加工屋を見て回り、個人商店をいくつも通り過ぎた頃には、私はすっかり作品しか見なくなっていたのだった。
「あっ、この髪飾り、可愛い!」
もはや目的とも依頼とも関係ないウィンドウショッピングを楽しんでいた。
アクセサリーショップだろうか? 彫刻と宝石を組み合わせた繊細な石細工だ。
パッと見はただただ綺麗なのだけれど、細工の中に時折現れる丸っこいデザインの動物意匠が愛らしい。
こっちは太ったネコかな。
あっちは太ったイヌかも。
丸い。
可愛い……。
「もにゃ」
「わ、可愛い!
この子は喋る人形? モチーフはなにかなぁ」
とある店の奥からポテポテと歩いてきた丸っこい人形の頭を撫でる。
二頭身でつるっとしたボディー。土色の肌には凸凹で表した模様。
一番の特徴は目と口が空洞になっているということ。
神様から授かった隣界知識『ハニワ』に見えなくもない。
「もにゃーも」
「え、嬉しそう。可愛いぃ~」
横揺れしながら目を細める人形。
あんまり可愛いのでもっともっと撫でておいた。
「そちらは陶芸神『ハニ・ニャスカ・ニャスピ』様ですね。
化身……いえ、御神体がいらっしゃると言うことは、店主は腕の良い陶芸家なのでしょう。
店舗の従業員情報を取得しますか?」
そこまでは大丈夫です、と、エルフさんに首を振って示す。
店の奥からは微かにコッコッと石を削るような音がしているし、邪魔しちゃ悪い。
陶芸神かぁ。
芸術の神だよね? 居るとは思ってたけど、御神体まであって歩き回っているとは。
きっと他の神々も職人たちと一緒に切磋琢磨しているんだろう。
ばいばーい、と手を振って陶芸神と別れる。
最後まで可愛かった。
御神体は神が宿る身体。
芸術の神が芸術作品を神体に選ぶのは分かりやすい。
信徒からすればそれはとても名誉なことだろう。
自分の作品に自分が崇拝する神が宿り、姿を現してくれるなんて、私なら卒倒するかも知れない。
でも、そんな作品を作れる職人も、個人商店でひっそりしているのか……。
「芸術の才があっても、商才があるとは限りません。
また、腕は立つが気性に難あり、という職人も多いです」
「神技があろうと、イコール大人気で大繁盛、とはならないんですね」
そりゃそうだよね、とは思うものの、同時に勿体無いとも思ってしまう。
今のお店もせめて観光客が多い場所に店を構えれば、ハニ様の愛くるしさで大人気になると思うのになぁ。
「ちなみに、ハニ様ってどんな神なんですか?」
「とある部族の地母神です。
彼らは土器を愛する部族で、ハニ・ニャスカ・ニャスピは母なる大地の恵みである『粘土』そのもの。転じて、陶器の神、陶芸神と謳われます。
概念から生まれた神なので、人間ほどはっきりとした自我や価値観を持ちません。
ただ陶芸品を愛し、それ故にあの店の店番を務めているのでしょう」
「なるほど」
番人(神)、と言うには頼りない姿だったけど。
でも可愛い理由もよく分かった。たぶん、職人の趣味なのだろう。
「愛称は『ハニャニャン』です」
「ハニャニャン……」
いや、部族の趣味があれだったのかも……。
地母神なんだよね? 子どもとかペットじゃないよね?
どんな信仰の仕方をしていたんだろう……。
「多くの神々が住まうこの国では、『品評会』を通して神の威光を知らしめたいという職人も居ます。
逆に、自分の作品が評価されなければ、神の顔に泥を塗るとも考えてしまうようです」
「それは、敬虔な信徒ほど熱くなりすぎてしまいそうですね」
「はい。ですが、神々はそういった信徒たちのある種の暴走を諫めません。
神々は、信徒に教えを説き、導くことはあっても、その命の使い方や人生の行き先まで強制することはないのです」
「信徒が悲劇に見舞われても、ですか?」
「はい」
頷くエルフさん。
破滅するとわかっていて、それでも信徒を止めない神。
それは神としての愛なのだが、それを冷たいとか無責任だとか思ってしまうのが人の業なのだろう。
「難しいですね……」
命より大切なものが有る。
そう言って聞かない人を、止める理屈なんて無い。
例え神であろうとも、その生き様を否定することは出来ない。
それでも死んでほしくない。
出来れば傷付いてさえ欲しくない。
私は、今日一日国を見て回って、より強くそう思った。
そのためにも、私は明日からの警護任務を完ぺきにこなさなければ。
そう、覚悟を新たにして、私は次のエリアへ足を運んだ。
次のエリアも、それはもう、素晴らしい作品で溢れていたのだった。




