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黒檀の魔女  作者: ラテオレ
ブレス・オブ・ブラス
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1. メイドイン


「物理法則を活かした技術、『科学』は、最終的にはかなりミクロの世界になる。

 分かりやすい構造の機械でも、歯車のサイズがコンマ数ミリ狂うだけで機能不全を起こす。

 だから『裏魔法』でほんの少し物理法則がズレたりブレたりするだけで、科学は途端に立ち行かなくなるんだ」


 複雑な機械ほど「まともに動くのか? いや動くはずがない」という思い込みは強くなる。

 それが『裏魔法』と成って機械の働きを阻害するのなら、在界に機械がほとんど無いのも納得だ。


「科学の神髄は、再現性にある。『同じ条件では同じ結果が保証される』からこそ、全ての研究は積み重なり、次へ次へと発展させることが出来る。

 しかしその前提が崩れるのなら、もはや科学は発展のしようもない。

 そしてそれは科学以外にも言えることだ」


 同じことをしても、同じようにならない。

 それは『教導』において非常に難しい問題だ。


 知識の継承は出来ても、その知識が正しいとは限らない。

 技術の継承も同じく。

 もし継承するのなら、『裏魔法』ごと、つまり『常識』や『思い込み』ごと継承しなければならない。


 即ち、『認識』の継承。

 それは、まるで『自我の複製』だ。

 シューデイルさんが自らを植え付けることを『継承』と呼んだのは、これらが原因なのかもしれない。


 ……いや、違うかな。

 あれは単に、エゴが強めなだけだった気がする。


「だから科学だけでなく、魔法もあんまり発展しないんですね……。

 魔法の前提や常識も、『裏魔法』で覆されてしまう。

 もしかしたら今では下火の魔法技術も、過去、前提が書き換わる前は栄華を誇っていたのかも知れませんね」


 フィアンマさんに習った魔法の基礎知識。そこにあった幾つもの魔法体系は、それぞれがとても魅力的だった。

 いずれも今では『どれが特別優れているわけではない』といった感じだけど、きっとそうじゃない時代もあったのだろう。


 呪文を詠唱するとか、魔法陣を描くとか、それぞれが魔法にとって必須と呼ばれていた時代があるのかも。

 その時に生まれた数々の技術と魔法は、今では再現が出来ないものも多いけれど、無駄ではないはずだ。

『裏魔法』で前提が覆ったとしても、既に習得し使いこなしている人まで『ある日急に使えなくなる』なんてことはないんだから。


『裏魔法』はほんの少しずつ世界を書き換えていく。

 でもそれは、個人の中の世界や魂まで書き換える力は持たない。

 ……未だ在るかどうかも分からない『裏魔法』だけれど、段々と、在るとしたらの姿が、その輪郭が、掴めて来ていた。


「――さて。そろそろ着くころだな」


 神様がそう言って、欄干の下を覗き込んだ。

 私も続いて覗き込むと、無数の建築物が重なって出来た『山』が眼下に広がっている。

 飛行船のほぼ真下に開けた場所が見えた。あそこがターミナルだろう。


 いつもの旅は歩きながら周囲を警戒しつつ採取も忘れないというマルチタスクな道程なので、今回は凄くリラックスできた。

 師匠は相変わらず薬の調合してたし、私も軽い筋トレをしていたけれど、でも普段とは比較にならないほど話に集中できたと思う。

 正直もっと二人と話していたかったけれど、そろそろ降りる支度をしよう。


『ようこそ、露天商国ベイベロニアへ――』


「わっ」


 ターミナルでは、拡声器を通したような声で歓迎のメッセージが流れている。

 観光都市でもなかなか見ない大掛かりな歓迎だけど、師匠と神様は聞こえていないかのようにスルーしていた。


 露天商国ベイベロニア。

 北方には人外魔境、南方には列強の国々。その中間に位置するこの国は、元々はただの中継地点だったという。


 北方の魔境に切り込み、人類最前線の活動拠点が築かれた後、この地には行商人たちの野営地が作られた。

 魔境は人が暮らせないほど危険な土地だけれど、その分お宝も多い。

 人類活動拠点では武具や薬が重宝されるが、そうでない装飾品の類いは南方の国々に流される。

 結果、この地の野営地は商人たちで賑わい、寄り合いの宿屋町になり、露店街になり、やがて地方都市へと発展していった。


 南方の国々の干渉を断ち、独立国家として成立したのは、割と最近のことだと言う。

 そんな背景もあって、国とは言うものの王は無く、トップにはただ一人の知恵者が君臨しているとか。


「わー……、すごい……っ!」


 だんだんと近付いてくる街並みを見下ろす。

 道中で聞いてはいたけど、思った以上に煩雑とした混沌の街だった。


 ベイベロニアは元々は野営地。

 なぜここが野営地になったかと言えば、見晴らしが良いからだ。

 建国前は荒野の中心であり、見晴らしが良く、敵襲への警戒が容易だったことから、自然と行商人が足を止める場所になったという。


 警戒は容易いものの、川も森も無い荒野は暮らすのには適さない。

 でもだからこそ他の獣たちも寄り付かない。

 商人にしてみれば、食料を用意する『コスト』と敵襲を警戒する『リスク』では、後者を避けるのが主流だったらしい。

 その辺りは荷物を極力減らす旅人や冒険者とは違うみたいだ。

 私がまだ寝食を必要としていた頃、野営地と言えば『森の中の川沿い』が鉄板だったからなー。


 荒野に宿小屋(ヒュッテ)を作ってみたり、行商人同士の市を開いてみたり、それが仮店舗や仮倉庫になっていったり。

 そうした遍歴を辿り、その時その時で思い付きで増築していったかのようにベイベロニアは発展した。

 それが国となった今でも変わらず、まるで無数の建築物をパズルのように組み上げた歪な山になっていた。


 大通りと思しき場所はまるで渓谷で、左右の建築物が高く積み上がり過ぎていてよく見えない。

 中心が山なら、大通りは中心へと向かう谷。そこに、幾つもの橋が渡されている。


 そこら中に工房があるらしく、建築物のあちこちから煙が上がっていて、一目では火事か蒸気か判断がつかないほどだ。

 なにより音。何かを削る甲高いノコギリ音。何かを叩くけたたましい打撃音。それらに負けじと張り上げられた商人と職人の怒号。

 まだうっすらと見えてきた程度だというのに、この国中が凄まじい熱量で動き続けていることを知らしめている。


 ようやく人影を視認できるようになって感じたのは、やっぱり『混沌』だった。

 貿易都市には多種族が集まるのは知っていたけれど、ベイベロニアは特に多種多様。

 雑多……いや、節操無しと言って良いレベルで色んな種族が暮らしている。


 ザルバトゥーレもかなりの数の種族が暮らしているけれど、ある程度の偏りはあった。

 フィアンマさんのような色白で線の細い人種が多数派、毛皮や爪牙を持つ人種は少数派、といった具合に。


 ベイベロニアには、むしろ『持たざる者』が少ない。

 隣界人がよく言う、いわゆる『獣人』が多く、それも統一性が無い。

 肉食獣に似た種族もいれば草食獣に似た種族もいる。

 全身が毛皮に覆われている『覆われし者』もいれば、耳と尻尾くらいにしか獣の要素が見えない『覆われぬ者』もいる。

 都市の在り方的に、家族単位で暮らしている人も少ないのかも知れない。だからか余計に種族がごちゃごちゃしている。


 流石に師匠と同じ『ドラウルグル』は居ないみたいだけど……。

 まあ、ドラウルグルは魔獣扱いされるのが常の戦闘種族だし、こんな文化的な国になんていないのが普通なのかな。

 でも稀に師匠と同サイズの人も居る。凄い。でかい。


 そうして。

 口を開けて眼下の街並みを眺めていると、飛行船が着陸完了したことを告げる汽笛が鳴り響いた。

 昇降口で待機していた乗客がぞろぞろと出ていき始め、私もその後ろに並ぶ。

 トラブルを避けるために『神降ろし』しっぱなしの師匠も一緒だ。


「降りるのはザルバニアが多いですね。ザルバトゥーレからの船だからだとは思いますけど……」


 あまり不躾にならない程度に周囲を見渡す。

 私の身長が低いせいであんまりよく見えないのだが、見える範囲には『持たざる者』ばかりだ。


「大半は観光やショッピングで、長期滞在はしないだろう。残って数人程度じゃないか?

 周辺各国から同じようにやってきては数人残る。それを繰り返して多種族国家になったんだろう」


「職人は一芸が求められると言う。ともすれば、『持たざる者』より得手不得手がはっきりした種族が多いのも頷ける」


「確かに。ザルバトゥーレでも職人通りでは多種族が多かったような……」


 逆に騎士団関係の施設はザルバニアばかりだった。

 軍として動かす関係上、統制のための統一を図っているのだろう。

 神様が昔「鋳型に嵌めるのが軍隊」とも言っていた。


 騎士団の剣術も、重心はおろか手足の形さえ違う他種族に教えるのは難しいだろうし。

 装備も量産する都合上、サイズ違いはともかく、デザインから変えなきゃいけないのは避けたいだろうし。

 個々の得手不得手を均して均一にする育成方針を『鋳型に嵌める』と称するなら、最初からある程度『鋳型』に近い能力や種族を選ぶのも当然だ。

 それは、少数派の種族からは差別だと取られかねないけど、私は仕方ないと思ってしまう。


 ん? そうなると、逆に職人が多種族になるのは自然なのかも?

 得手不得手を無視しても、多様化の点で多種族の職人が居るのは良いことだ。

 それに種族特有の問題は同種にしか分からない部分もあるし。


「この混沌の街も、なるべくしてこうなっているんですねぇ」


 思わず感心してしまう。

 初めは「どうしてこんな歪な国に?」と思っていても、紐解いてみれば歪さなんてどこにもない。ごく自然にこうなったのだと分かる。


 それはベイベロニアに限らず、ザルバトゥーレの三党議会も、フォストレア教皇国の信仰腐敗もそうだ。

 なにそれ不思議、有り得ない、と思った事でも、知ってしまえば大抵腑に落ちる。

 旅を続け、街や国に辿り着くたびに、私は私が想像も計算も出来なかった新しい常識(あたりまえ)に出会っている。


「ようこそ、クロエ・エヴォニア様」


 一人でうんうん頷きながらターミナルに降り立つと、前方から声がした。

 顔を上げると、そこには不思議な服を身に纏った女の子が立っている。


「混沌の街の案内役、マキニス・デアエクスと申します。どうぞ、以後お見知りおきを」


 スカートの両裾をついと持ち上げ、深々と礼をする女の子――マキニスさん。

 混沌の街……聞かれていたらしい。

 ちょびっと恥ずかしい。


「ようこそ、タカシロ・ツカサ様」


 私が照れている間に、マキニスさんは別方向にも一礼していた。

 そこには人ごみに引っ掛かってちょっと遅れていた師匠が立っていて、「ああ」と簡素に応じている。


「不調は無いか?」


「はい。総員、心身ともに健康です」


「そうか」


 軽い問答の後、頷く師匠。

 師匠は優しいけど、正面から気遣うことは少ない。

 それは『呪い』のせいでもあるのだが、元々『尋ねる』より『察する』を良しとする性分だからだ。


 そんな師匠がわざわざ正面から体調を気遣うなんて……どんな関係なんだろう?


 ちらりとマキニスさんを見る。

 目を伏せるように浅く一礼し、微笑むマキニスさん。

 その姿は可憐で、特に衣装が目を引いた。


 真黒なワンピースタイプのドレス。

 それに、純白のエプロンを纏った衣装。

 カラーやカフスも白。随所のフリルも白。リボンや飾り紐は群青でアクセントを取っている。


 これは、……もしかして、いわゆる『メイド服』では……?


 神様が気まぐれで授けてくれる隣界知識。その中に、『メイド』なる存在がある。

 一言で言えば『家事使用人』のこと。

 ただし、隣界日本では、かなり特別な存在として扱われている。


 元々日本には『主に尽くす』という忠誠の精神が尊ばれる文化がある。

 そこに深々と突き刺さったのが異国のメイド文化らしい。

 日本人好みの忠誠心と、異国情緒あふれる制服姿。古き良き精神と新鮮で可憐な姿の融合。

 かくしてメイドは日本人の心をわしづかみにしたらしい。


(なお、神様曰く、「メイド文化は実際よりかなり脚色されて広まっているだろうけど」とのこと)


 特に、客人を迎え接客対応業務を行うメイドは、他業種のメイドより一段華やかな制服で人気だとか。

 主人や客人より目立たないための地味な色合い。肌の露出も極力少なく、所作も小さく、とにかく目立たない。

 それでいて、可憐なのである。

 誇る花でなく、添える花。その奥ゆかしさまでも日本人好みであり、それはもう大層愛されたという。


 メイドの髪飾りの中でも特に象徴的だという『ホワイトブリム』も装着しているし、マキニスさんは間違いなくメイドだ。

 初めて見た。めちゃくちゃ可愛い……!


 もちろんマキニスさん本人も可愛い。

 長く尖った耳以外は『持たざる者』で、特徴らしいものは何も無いけど、とにかく均整がとれていて綺麗で可愛らしい。

 耳も横向きにピンと伸びたタイプだ。幼少期から髪を耳に掛けているとこうなりやすいらしい。可愛い。


「気に入ってくれたみたいだな。手配した甲斐があった」


 そう言って神様が笑う。

 師匠の隣に立っているのは、神降ろし中だからだろう。

 わざわざメイドを手配してくれる辺り、神様らしい。


 と言うか、なんでメイド?

 隣界の服がなんでここに?

 これも『複合実験』とやらの影響なのだろうか。と、考えながらも、神様に頷いて返す。


 ――うん。

 私の心にも『メイド』が深々と突き刺さりました。

 魔女服より先に出会っていたなら、メイド服の方を「これ着たいです!」って駄々こねていたかもしれない。


「クロエ様」


「はいっ」


 マキニスさんに声を掛けられ、ハッとする。

 神様は信徒にしか見えない。傍から見たら今の私は虚空に向かって頷いている変な人だ。

 慌てて笑顔を作ってマキニスさんに向き直った。


「そちらに――」


 す、と右手を師匠のやや横へ向けるマキニスさん。


「――シノノミヤ・サギリ御父様がいらっしゃるのですか?」


 そして、そう尋ねた。

 やっぱり見えていないらしい。


「はい、ここに――」


 と答えようとして、直ぐに固まった。


 ……今、なんて?


 念のために記憶を復元する。

 ――『シノノミヤ・サギリ御父様』――

 間違いなく、マキニスさんはそう言った。


「お、とう、さま……?」


「ああ、そうだ」


 固まったままの私に、師匠が肯定する。

 私の首が音速超過で師匠へと振り向いた。


 どっ。

 ッど、どどどどどういうこと!!?


 え? 私が子どもの頃に?

 でも神様は神様だから、えっと、だから、化身!?

 いや眷属!?

 子神? 子神って何? 神の子? 神の子って何?


「産んだんですか!?

 私以外の子どもをッ!!?」


「落ち着け」


 亜音速で後頭部をひっぱたかれた。

 綺麗に縦37回転を決めて着地する。

 し、死んだかと思った……。


「子供と言っても遺伝子的な繋がりは無い。それに実際に親友が生んだのはマキニスの『大元』の方だ」


「おっ、おおもと……?」


「親友が考案し、開発指揮を執ったのは『真鍮脳(ブレイズン・ブレインズ)』という魔道具だ。

 その遠隔操作端末であるマキニスシリーズにとっては、親友は『父親』と呼ぶに相応しいだろう」


 淡々と。

 師匠が、衝撃の事実をばら撒き続ける。


 魔道具の生みの親。

 魔道具の遠隔操作端末。

 遠隔操作端末の大元である魔道具の生みの親が、神様。

 えっと、えんかくそうさたんまつ、って何? 誰のこと?


 それを飲み込めないうちに、マキニスさんはもう一度礼をした。


 その姿は、紛れもなく人間の物。

 可憐で愛らしい、ただの人間。

 そう、整い過ぎている、ということ以外は。


「改めまして、私はマキニス・デアエクス。

 この国の管理者にして支配者たる『ブレイズン・ブレインズ』の遠隔操作端末『アームズ』。

 ……平たく言うと、『人型魔道具(コミュニケーションツール)』です」












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