チュートリアル-6
「あなたのことは、わたしが守護るから……」
ボスエネミー消失後、スッカリ荒廃し瓦礫の山と化した大都市の中、暗雲は晴れ太陽の光がきざはしのように伸びていく。
恐らくこのシーンは……場面はムービーシーンの途中であるかのように思われるのだが、自由意思で行動さえもとれない中、ヒロイン・キズナはボスエネミーのいた場所を眺めながら、何か光る物があることに気付く。それは異物が残していった、指揮者の残り滓・残影。
残影とは、正しく影法師のように辛うじて残った個人の証明であった。主人公たる指揮者の今の状態は記憶や個人を人たらしめるあらゆる人間性が欠如した状態であるのだが、全てが並行世界の異物によって全てを奪われる直前にボスエネミーを倒した功績か、完全な抜け殻になることはなく残影が辛うじて残っていたのである。人間性の塊が……。
キズナは指揮者の残影を手に取りながら柔らかく握りしめるのである。
その様子をつぶさに見ていた玄武は、指揮者の生きた証を奪い取りたい衝動にかられながらも、以前のような……台詞も言葉も自由の利かない状態であることを呪うのであった。
すまない、指揮者……!
玄武はこころの中で深く謝辞を述べながら、異物を排除する特殊部隊の一員として集った仲間たちを、腕を組みながら静観している。本当ならばあの忌まわしい女から、指揮者の残影が指輪に加工され外せない呪いの装備となる前に打開策を思案するも、本編の傀儡状態となった今、どうすることもできないのであった。
『エリシオンに戻る必要があるよね~』
溌剌とした言葉を出すのは、戦闘要員の一名である女性キャラ・ブーケである。仕事が……任務が終えたと云わんばかりの態度で背伸びをしながら、大都市が崩壊した有様を眺める。その表情は多少悲し気なものを彩ったものであったが、まるで何でもないかのように振る舞うよう、わざと……意図的な大声を出すのである。
「ねえ~、シリえもん~。早く基地に帰ってシャワー浴びたいんだけど」
ブーケはまるで駄々を捏ねるかのような子供のような態度を出す。天真爛漫……とまではいかないが、この根の明るいキャラクターはプレイヤーの中では一種の清涼剤として働いていた。その上、非常にかわいらしくデザインされた見た目からそれ相応にファン層も獲得しており、SSRとして夏衣装をまとった別タイプのブーケが実装されたほどである。運営側からは集金の見込みがあると見做されて、リリース初年から水着枠兼イベントの主役を掴み取っていたのだ。
対してシリえもんと呼ばれた相手の正式な名前は、シリウス。
大まかにそのキャラクターを説明するならば、博士キャラと云うもので、よく二次創作においてはご都合展開の説明解説、そして解除法に便利に使われるキャラである。二次創作においてこういった便利キャラは、絶対に欠かすことのできない存在であった。
『シリえもんではなく、シリウスと云えと何度云ったら。しかしのう、早く帰りたいのは分かる』
『ワープ装置とか発明しないの? 戦闘以外の待機時間、エリシオンのラボでいつも発明ばかりしてるじゃん』
『わしは発明ではなく異物に対する研究をしておるのじゃがな。でもまあ発明もしているし……ワープ装置もないことはないのじゃがな。どこにしまっておいたかな』
シリウスはそう云いながら片手に所持していたボロボロのトランクを開く。そのトランクは文字通り四次元のような作りをしており、見た目以上に何でも入る。シリウス曰く容量……ではなく重量制限があるらしいのだが、トランクの中に入らないとパンクした様子は一度も見たことがなかった。事実上、中身の詰め込み具合は無制限と考えて構わないようであった。
『おうおう、あったぞ。転移装置。これがあれば、我が家であるエリシオンに戻ることができよう。しかしその前に、そこの者は大丈夫か?』
シリウスは転移装置だと云う手頃な大きさのボタン装置を出しながら流し目で、荒んだ荒地……ボスエネミーが出現した場所に横たわっている指揮者を見た。
ブーケは『そうだった!』と大都市がたった数分で廃墟と化した瓦礫の街になった様に内心ではショックを受けていたのか、忘れていたものを思い出したように声を出す。そして足早に指揮者の元へと駆け寄り、慎重に……しかし丁寧に優しく身体をゆすぶりながら声をかける。さすが、ファンコミュニティ内では真のヒロインと呼ばれるだけあって、怪我人を大きく動かさない最低限の救助の心得があるようであった。
ブーケなら任せても大丈夫かと玄武は思いながら本編の内容の通りに、足を動かす。
『どういう理屈か分からぬが、巨大異物の胎の中から出て来たようじゃ。通常、異物に食われたものは時待たずして……一瞬で溶かされ吸収されてしまうと云うのに、肉体が残っているとは何事じゃ』
異物は、並行世界の優れた自分を吸収する。
もしくは、枝分かれした世界で好ましく思わない存在を抹消する、次元を超越する生き物。
かつて仲間内では神を気取った愚者だと唾棄していた者がいたように思えるが、それが誰だったか思い出す前に、目覚めの兆候である悪夢に魘されるような声を聞いた。指揮者の声であった。
『目覚めたようだよ!』
『ほう、目覚めたか。たとえ肉体が残っておっても、死んでいても不思議ではなかろうに意識さえあるとな。これは大変貴重なサンプルじゃろうて。ぜひ、究明したいものじゃ』
『シリウス、悪癖が出ている』
ようやく玄武の声が出た。
とはいってもそれは、本編の台詞の内容であるのが悲しいところだが……。
『むう……まあ、玄武の云うことも分かる。究明より大事なことがあるからのう……人権とか倫理とか、な……。のう、そこの者よ……不便だから名前を教えてはくれまいか?』
『な……まえ』
ゲームシステムではプレイヤー視点だと、ようやくここで指揮者に個人の名前を付けることが出来る。その名づけは他者を不快にさせない、公序良俗に反しないものであるならば、何でもオッケーであった。
玄武はプレイヤーが名付けた名前ではなく、指揮者の本当の名前は何だろうかとどこか期待していたが、「わからない、何もわからない……」と呟くばかりで埒が明かなかった。その様子を見ていたブーケとシリウスは困惑に顔を見合わせるも、ボスエネミーにトドメの一撃たる光の波紋を放ったキズナが口を開く。
「自分の名前が分からないと云うのなら、今は〝指揮者〟と呼ぶのはどうかしら?」
この、展開……台詞は台本になかった。
玄武は半ば瞠目しながら慈愛の『ような』微笑みを浮かべるキズナを見ながら、本編から外れた言動をする彼女を見る。ストーリーの内容に沿うならプレイヤーが名付けた名を聞いた後、『聞き慣れない響きね……指揮者と呼んでいいかしら?』の台詞で、主人公の呼び名が決定される。玄武は本編が終了した影響でプレイヤーが名付けられなかったが為に、なるべく台本の内容をなぞりながらも、どこかオリジナルの展開を迎えようとしているのではないかと思った。軌道修正……とでも云うべきか……。
『ほう、指揮者か。キズナよ……わしもそれに倣おうかのう』
シリウスは台本から逸れも外れもしない台詞を出しながら、若干のイレギュラーがありながらも、約束されたストーリー進行が図られたようである。
『大丈夫か、指揮者』
玄武は軌道修正が働いた作用か……傀儡に徹しながらもその心配は本物であった。指揮者に手を伸ばして立ち上がらせる。そしてシリウスが転移装置の準備を行う中で思うことは、サービス終了しエンドを迎えた物語……プレイヤーなきストーリー上、多少のオリジナルの展開を迎えることが有ると云うことであった。
指揮者を操作するプレイヤーたる物語の読者が存在しない以上、選択肢のある返事や展開はどのような事態になるのだろうかと思いながら、それは本編に沿った内容にするべきか……それとも自我を会得した以上、例え皆の敵になってもあり得ないIFの展開を……相棒との再会を望む自身のように為すがままの選択をすべきなのか、正しい判断は分からなかった。
そもそも相棒たる青龍と再会云々を抜きにして、実在しているかどうかを検討しなければいけない。
玄武はいっそ、この会得した自我は青龍に逢いたいと思慕を募らせるだけで邪魔な物になっているのではないかと薄ら思いながら、皆の基地……或いは家であるエリシオンに帰還するワープ装置の光に包まれた。




