チュートリアル-5
黒い雲が渦巻く。
台風の如き勢いで大都市を――故郷を滅ぼしたボスエネミーから電磁波らしき、落雷が縦横無尽に迸る。空がすがく。
玄武は災害の再来を目撃して、まるで事の中心がどこか……行くべき場所、赴くべきところがどこか分かっているかのように自然と足が動き出す。暗雲の出現によって吹き飛ばされた看板が真横を勢い良く通り過ぎる中、地面に亀裂が走り、或いはなぎ倒されたビルの欠片と思わしき硝子の入り混じった瓦礫を跳躍しながら飛び越え、駆け出すのだ。
異物。
それは並行世界の己自身を呑み込んだ、天災。
基底現実とは異なる分岐を辿った自分自身を呑み込んで変異を遂げた敵――もしもの可能性を腹の中に収めた悪性なる存在。
Aの世界では凡人で、枝分かれしたBの世界では別人のように優秀だったかもしれない、可能性の集約。今の自分自身を否定するように優れた……もしくは優しい存在を吸収した可能性の獣は理性の閾値を超えると、このように暴れ出す。
自分自身をひとり取り込むだけでも大変なものなのに、限界や限度を知らずいくつもの自分自身を取り込んだ者は、必ず天災となって暴虐の限りをつくすのだ。そう……まるで、劣っていた自分の殻を過去として脱ぎ捨て、自らの力を誇示するかのように。
暴走するそれは封じるか、破壊するしかの二つしか止める手段はない。それがゆえに戦闘能力を持つ者たちは、その災害に立ち向かうエキスパートであった。
『特殊部隊、いろは隊隊長・玄武、現着。今から異物の排除を開始します』
出す言葉が……喋る発音が、台詞の全てライターが執筆した文章となっている。
玄武自身の意思から出たものではない、まるで操り人形のような発話。自我を習得した玄武であるが、内心意思を持った者にのみ許される驚愕に見舞われながら、続きの台詞を述べる。
『四神北方が一柱、玄冬』
またしても操られて出た言葉。何者かが憑依して玄武自身を突き動かしていると述べたいところであるが、自我を得たこと事態が憑依のそれではないかと思わなくもない。勝手に舞台の台詞を云わされていることに反発心のような心情を抱きながらも、玄武は手を前方にかざす。すると目の前に分厚い氷が現れ、周囲を凍てつかせ氷結させていくのである。まるで冬将軍だ。
ボスエネミーの周辺に群がった雑魚敵を氷像にして蹴り飛ばす。全身が凍り付くことによって脆くなった雑魚敵の身体は粉々に砕け、アスファルトに転がる。それは玄武の氷属性を顕著に現した、本編のゲーム内容では冒頭ムービーにあたる映像の一部であった。
この世界は……主人公――指揮者――の仲間となるキャラクターと、そしてエネミーである敵には属性、そして奥義があった。
属性は火、水、土、風、氷、雷、圧、毒、魔、福のいずれかが存在しており、必ず一つは所持している基本的なものである。この物語がリリースされるにつれ、二属性を持つ者が現れるようにもなるのだが、それは俗に複合タイプと呼ばれるものであった。玄武は初期実装キャラで強化の恩恵を何一つ受けていない置物であるがゆえ、一つだけの属性となっており、タイプ変更や追加を受けることはなかった。
端的に述べて玄武は、通常攻撃で相手にスリップダメージを与える凍傷と、スピードダウンたるデバフを付与する氷結の効果を併せ持つ、氷属性として基本的な性能しかなかった。
チュートリアルのガチャで出会える分類としては割と器用な方であるが奥義の効果が無意味に等しいものであるがゆえ、世間からはハズレ扱いされているが通常攻撃のそれだけならば、雑魚敵の一掃はそう難しいものではない。
まあ……玄武のそれは氷属性ならば基本性能のソレであり、上位互換のキャラクターが次々に追加されていった事は云う間でもない。氷属性の上位層、人権キャラの中には時間停止と即死のスキルを持つ者さえ現れた始末だ。ティア表ではいつも最下位で、そしていつもの立ち位置だ。
ちなみに玄武の奥義の方は、『青龍がパーティにいる場合のみ、全ての敵・味方の攻撃が必中になりパリィ及びカウンターを味方全員に付与。デメリットとして、あらゆる回復行為は受け付けない』と云うものであり、デメリットがデメリットになっていない一見破格の性能のように思える。
何せ嫌らしい効果を兼ね備えた攻撃(防御ダウン)などの攻撃はパリィでいなし、受けた攻撃は自動的にカウンターを必ず飛ばすことが可能だからであった。カタログスペックだけみるならば、初期キャラにしては破格の性能であろう。
しかし、何度も繰り返すようだが……玄武の相方である青龍は、『実装されていない』。それがゆえ、通常攻撃だけしか出来ない奥義なしのキャラとして……サービス終了までその状態を不遇にも維持してきたのである。
ファンに限らず、果たして青龍の属性や奥義は一体どういうものであったのかプレイヤー同士のコミュニティで予想されることがあるのだが、その掲示板の内容は公式が答えを出さない為、未だ不明のままで終わってしまったのである。
玄武のレアリティはSR。
属性は、氷。
通常攻撃に、凍傷と氷結効果。
そして奥義は、無に等しい。
通常攻撃だけが売りの不遇キャラ。
それが相棒なき玄武の全てであった。
「口が勝手に動く……!」
ライターの手により傀儡状態で台詞を述べる状況から、自分自身の操作を取り戻した玄武はようやく己自身の言葉を呟くことが出来た。暗雲の中、凄まじい雷鳴と暴風が吹きすさぶ中、雑魚敵を次々に掃討しながら、事の中心であるボスエネミーの場所まで到達するのである。
そこには……ヒロイン・キズナが、祈るような姿勢から後光を受けながら両手を広げ、ボスエネミーを見上げているトドメのシーンであった。
とある事情により作中最強の性能を初期から持つ彼女が、福の属性である光の波紋を放つと同時にボスエネミーは霧散し、とある置き土産を残す。
それは自分自身を並行世界の己から、記憶もろとも全てを奪われた主人公――指揮者の姿であった。




