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チュートリアル-4

 ここは……玄武のいた世界……とでも表現すべきだろうか。

 ゲームの概要欄が突如頭の中に流れ込んだ後、眼前に広がるのは本編では敵の襲来によって奪われた望郷の故郷の姿であった。ゲーム完走を迎えた玄武は過去を彷彿するにあたって、二度とこの懐かしい光景を見ることはないと覚悟を決め、指揮者――デフォルトネームのないプレイヤーの分身たる主人公――と共に旅立っていくのだが、確かにここは故郷や故里と云っても差し支えのない場所である。

 ここは異世界の己自身を吸収した、災害――ボスエネミーが来襲して焼野原になるのだが、その一助となるのが、指揮者であるプレイヤーたちである。玄武の故郷が二度と足を踏み入れることのできない災害跡地になるのだが、チュートリアルの説明をかねた初戦のようなものであるがゆえに、どうしても避けては通れない場面であった。

 指揮者――主人公――は異物たるエネミーによって自己を奪われ記憶喪失になった無個性系のそれであるのだが、チュートリアル終了……来るべき時がくれば、ヒロイン・キズナの手により、エネミーからドロップした非売品のアイテム、石が加工され指輪として渡される。

 奇特なことに主人公の寄る辺となるアイテムは、ヒロインを好ましく思っている輩からはエンゲージリングなどと二次創作で呼称されあだ名されている。その指輪は「奪われたあなたの残影」と云われ、主人公はそれを唯一のよすがとし、奪取された自己を完璧に取り戻す……といった内容が本編の大まかなあらすじである。

 そんなことよりも玄武にとって大事なのは……本編のあらすじよりも大切だったのは、故郷は今のところ健在と云う事実であった。一応このゲーム自体はサービス終了を迎えエンドを果たしているが、まるで新規プレイヤーがプレイしているかのような状態だ。故郷が災害に見舞われる地点に訪れていないが為に……そこまで話が進んでいないがゆえに健在なのかと思いながら、玄武は石畳を踏んで街中を駆け巡った。

 かつては、「将来はバーテンダーぐらいしかやれることはないな」と玄武のスキルを揶揄した店の前を疾走する。故郷……街の見た目は近代的な都市と一言に説明できるものであるが、この大都市はやがて、並行世界の異物による災害の恐ろしさを見せ場として活躍させるためか、直に潰される未来しか待っていない。四方祭に向けて復興するものの、とりあえずの見せ場として今は災害による蹂躙しか許されていない。

玄武は繁華街から下町の方へ赴き、一人暮らしである借家に戻った。ポケットから鍵を取り出しドアノブの鍵穴にガチャガチャと差し込んで開錠を認め乱暴に開いたのだが、そこに割かれるリソースはなかったのか、新居というより住むべき住民のない、小道具も家具も飾りもない部屋であった。

 自分はもしかすると最後まで未実装であったキャラクター、相棒たる『青龍』の存在がいるかもしれないという可能性、一縷の望みに胸を高鳴らせていたのだが、その室内が無人どころの騒ぎでなかったことから、結果的に落胆に終わった。半ばこの結果は無意識乍らに予想していたのか、膝から崩れ落ちて嘆きを表現するようなことはなかったが、それでも……その無情さに思うところはあった。

 玄武は嘆きか……それとも怒りで険しい表情を浮かべているのか判然としない中、白無地だらけの空間を見る。空き家のようなそれは白く半透明の壁が四角の空間を作っていた。小声で「青龍……」といつものように……まるで本編の焼き回しのように存在しない人名を呟きながら立ち竦むのである。

 私の知らない、私の相棒・青龍。

 一度本編はラストを迎えゲーム自体がサービス終了の本当の終わりとなった。数年ほど長く続いたリリースは概ね好評の成果をあげている。玄武がこうしてチュートリアルの大都市で目覚める前、情報室で『前作好評につき第二弾検討中』の文字をどこかで見、それがゆえに天から奇跡が許され、相棒・青龍との再会が許されたのだと思っていたのだが、どうやらそれは違うようであった。

 玄武はなぜか自我……エゴを獲得してスタート地点に戻されその待望の存在を……せめて……せめて一目でも良いから……どこか切ないような感情を抱きながら舞い戻っているのに、どこにもいない。理由も分からぬまま会得した自我だが、本編の焼き回しをするのが宿命なのだろうかと思い知らされながら、憂鬱な気分が重く沈殿していく。

 やはり実装されなかった存在はたとえ物語のはじまりに戻ったとしても出会うことがないのかと思った矢先に目に入るものがある。

 それは……設定上では相棒である青龍から貰い受けた形見のようなモノ……ロケットペンダントが目に入った。首元からぶら下がる装飾品を見て、いっそ全てを諦めようか……実装しないものは実在しないのだからと思うのだが、そのペンダントに触れた途端、玄武はゲームのキャラクターだと云うのに人間のような反応が出た。

 落涙。

 涙を流した。

 頬を伝う雫は色のない透明で、このスケルトンな空間とは異なる本物の涙の色。玄武はエゴを習得すると同時に人間と遜色のない感情らしきものを得ているのだなと思い乍ら、ペンダントを強く握りしめ、僅かに嗚咽を零した。

 その人間性の発露は喜怒哀楽のそれだけに収まらず、実に諦めの悪い雑草根性を宿していたものだ。

 諦められない、諦めることができない。

 逢いたい、一目で良いから出会いたい。

 相棒、青龍と出会いたい……。

 ……諦観から程遠い、いっそ執着のような感情をこころの中で強く熱く昂らせながら、袖で頬を伝う涙を乱暴に拭う。どうして玄武にスタート地点、本編の再走と云う奇跡が許されたのか分からないが、何か理由が、使命のようなものがあるのだと思う。それは理屈でも何でもない幼稚な思い込みのように思われるが、玄武の悲しみが深くなり、流れる涙の量が多くなるにつれ、どこか背中を押すような……人情に溢れたとても暖かい見えない手が優しく背中をさすっているように思われた。

「――――っ!」

 一際高い声で鳴くと、その背中を摩る暖かい手はとても熱量のある熱気のあるものへと変わった。いきなりの高温に困惑するよりも前に走馬灯みたく、玄武の脳内を駆け巡るものがある。コンマ一秒の刹那にも満たない時間、じっくり眺めることも出来ない膨大な映像が脳裏を過ぎったのだ。

 唾棄。罵倒。ペン。署名。キズナ。ディスプレイ。ゲームタイトル。怒りの表情。スマートフォン。名知れぬ人間の指先。打鍵するキーボード。タイトル画面。

 それら上記のものが刹那刹那に移り変わり、混然一体となっていく。一秒にも満たない内に、あっと云う間に通り過ぎて行った風景、景色、その様子はゲーム内では決してあり得ない、実にリアルティのあるものだった。実に生々しい……生きた人間だけに見ることが許された風景が……幾多数多の現実世界を生きる人間の視線の先にあるものが、どういう理屈か分からぬが玄武の頭を撫で通り過ぎていくのだ。

 まるで、負けるな……そして、挫けるな……と鼓舞するそれは玄武の涙を止めるのに、十分なものだった。

「誰かが……プレイヤーが、私を応援してくれているのか……」

 何が、どれを……。

 どれが、何を……。

 理由は分からないが……理屈もない不明であるが、激しい走馬灯のショックで自然と涙は止まっていた。現実世界のわけの分からぬ風景が脳裏を過ぎった……それは無数の人間が見ている先のものを仮想世界のキャラクターに見せつけるものに他ならぬものであるが、玄武の気分としては声援を受けたように落ち着き、冷静さと……そして何より、安心感を得ていた。

「変えなきゃいけないんだ」

 刹那に通り過ぎた光景を見て、感じた感想。心臓を引き裂き暖かい血糊を浴びて得た呟きは、何かの変異。

 それは一体何を指すものなのか分からないまま、玄武は決意を固めたようにペンタンドから手を放して虚無空間の出入り口である扉を――外を――空を見上げた瞬間、そこに広がっていたのは快晴な青空ではなく、暗澹たる黒い空であった。

 ボスエネミーの襲来、チュートリアルの開始の狼煙。

 その合図を目撃した玄武は、自らの意思と足で走り出した。

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