玄武と青龍-6
「青龍さん、勝負はつきました。これ以上、彼女を追撃しないで下さい!」
「指揮者、お前……」
青龍はキズナに殴られた箇所を撫でながら、呆れた言葉を隠すこともできなかった。
「自我を得たと云うのに、その女を庇いたてすると云うのか? まるで共依存の関係だな……」
「確かにそうかもしれません。共依存……否定はできません」
「それに指揮者、本来の物語……お前はキズナの消耗品として物語の最後まで身を費やした。自我を会得したのなら、どういう仕打ちを過去本編で受けたのか分かっているだろうに。愚かだな」
「……?」
指揮者の疑問顔。
それを見て玄武は「まさか」と思い、念のためを思って聞くのであった。
「指揮者、ひとつ聞きたいことがあるのだが……お前、『記憶喪失』はどうした? 過去の自分は何者でどういう存在だったのか、思い出したか?」
「? いいえ……僕はゲームにおけるキャラクター、プレイヤーの分身である主人公であることは分かっていますが、自分の正体は知りません」
「どういう事だ、玄武……」
どこか青龍の焦った声。
自我を得たものは本編の内容を知ることが……未来の出来事を認知することが出来るのではないかと思ったが、その疑問に答えるのは玄武ではなく、今まで部外者であったとある研究員の一言。
「指揮者は己をゲームのキャラクターだと分かりつつも、記憶喪失状態。自分は未だ何者か分かっておらぬ。なあに、答えは簡単じゃよ。わしらは情報室で本編の内容を認知し、ゲームの表舞台に立った。情報室で物語の全てを読破していない以上、指揮者はゲームのキャラクターと云う自認はあったとしても、ストーリー全部を知ることはできなんだ」
「シリウス!」
玄武は研究ラボで見た、『自我を忘れろ』の洗脳効果を受け苦しんでいた時とは打って変わっていつもの調子を取り戻したシリウスの姿を見て、驚きの声を上げる。
どうやってシボラの奥義を悪用しその洗脳下から逃れることが出来たのか疑問に思ったのだが、彼女の「いーらない」と云う言葉は洗脳の奥義を捨てる言葉と同義だった。キズナがブースト効果の奥義を入れ替える形で手に入れた瞬間、シリウスの『自我を失え』の洗脳効果は綺麗サッパリ消えたのであろう。訊ねてみると、いきなり洗脳の効果が切れたと答えが返ってきたことから、その予想は大方当たっている。
「キズナも思い切ったことをしてくれたものじゃのう。よもや直接このような横暴な真似に出るとは想定しておらんかったわい」
「シリウス、指揮者に自我が……」
「それは分かっておるわい。人格判別機には盗聴の機能も備え付けておっての。念の為の保険であったが……わしは洗脳が解けると同時に、指揮者に自我が芽生えたことを知ったのじゃ」
シリウスはそう云いながら、キズナが腹いせに破壊した人格判別機を見る。粉々となったそれはもう使い物にならないだろうが、予想外の働きを見せてくれた。機器はひしゃげながらも極小の盗聴器は壊れてなかったのである。
「指揮者に自我……しかして、己の正体は知らぬ。このアンバランスの状態は、やはり情報室でストーリーの全部を知る必要があろうて。しかしどうやったら指揮者をあの場所へ連れ出すことが出来るのか。わしの頭脳を以てしても分からぬものじゃ」
シリウスは困ったように云いながら、青龍を見る。
おぬしが玄武の相棒じゃな……と、まるで旧知に対するような態度で仲間を受け入れたのである。
「シリウス、情報室のことだが……このゲームには没データが蠢く墓場らしき場所がある。そこに黒幕を名乗る存在がいて、どうにかそいつとコンタクトを取れば、指揮者を情報室に案内できるかもしれない」
「没データか。なるほど……ティトノスみたいな闇落ちした没案が……」
「そこには本来あるべきはずの物語が詰まった、宝の倉庫なんだ。キズナの寵愛によって歪められた物語を正すために私たちは……」
プレイヤーたちが多く望んだ物語の修正を望んでいるがゆえに、自我を得たのかもしれない。
玄武はそう付け加えると、シリウスは頭を抱える。
「問題は山積みじゃ。とりあえずキズナはかつてシボラがエリシオンで幽閉。隔離施設に閉じ込め……いや、それだけでは不安じゃな。レベルを1に戻しておくべきか……そのためには新しい素材が必要じゃし、道具が全て集まるには少々時間がかかる」
「シリウス、一度強化されたキャラクターのレベルを戻すことが出来るのか?」
「おう。わしは博士キャラじゃしの。『そうあれかし』が作用すると云うのであれば、それぐらい出来よう」
便利なキャラクターだ。
青龍はそう呟きながら、大の字になって青空を仰ぎ見た。
蒼天だった。




