玄武と青龍-5
「いーらない」
キズナは鉄扇で攻撃を受けた部位を押さえながら、ゆらりと幽鬼のように立ち上がる。指揮者の奥義の恩恵、ブースト効果のなくなった彼女に残された能力のストック効果は、洗脳と状態異常回復、強化効果の簒奪であるが、その中で不要と判断されたのがシボラの奥義であった。
洗脳の効果を捨てたキズナは、玄武の『パリィ及びカウンター』の能力をそのストックの中に交換する形で入れ替えた。
そして強化簒奪の効果により青龍の『ブースト効果』を取り入れ、力・防御・素早さ・体力をはじめとした諸々の能力向上を図るのである。青龍は冷静に今のキズナの状態を察知して、舌打ちをした。
「ブースト、パリィ・カウンター。あの女、我々と同じ土俵に立ったぞ。能力をコピー……ストックする能力、厄介だな」
「分かってる、青龍……ここから先はただの殴り合いになる」
遠距離攻撃、光弾がくればパリィで弾けば良い。
だが、素の攻撃力が高まったキズナの攻撃は、こちらが攻撃するためにも一度正面から受けなくてはカウンターが成立しない。こちらのカウンター無しにしても、キズナが応戦する以上迎え撃たなくてはならなかった。
「俺らの能力を取り込んだ以上、回復不可はあちらとて同じ事――!」
「あっはははははははは! 楽しいわね、これ!」
青龍のブースト状態による興奮状態。
指揮者のブーストの効果は120パーセントであったが、差別化の為か青龍のブーストのパーセンテージは180にも上る。その60パーセントの違いが、キズナを異様に熱の籠った興奮に陥らせるのだ。それは通常攻撃が遠距離型で、慣れない接近戦にさせる欠陥だと気付きもせずに……。
「――――」
キズナは哄笑をあげながら、青龍に殴りかかった。腹部を殴打する結果となった瞬間、すぐさまカウンターが返ってくる。通常ならばこの条件反射のように返ってくる反撃に対して脅威を感じ距離を取るのが普通であるが、キズナは自動的に返って来た攻撃に頬を殴られたと云うのに、怯みさえも見せず更なる殴打を繰り返す。青龍は人体上の弱点を狙った攻撃は鉄扇でパリィして、キズナとは正反対に冷静な防御と攻撃を行うのであった。
殴る。パリィ。蹴り。ヒット。自動迎撃。パリィ。パリィ。殴打。鉄扇。横殴り。足払い。ヒット。パリィ。心臓殴打。カウンター。パリィ…………。
この戦いは、どこか異様だった。
青龍は冷静にクリティカルや攻撃が向上した攻撃をパリィでいなしていると云うのに、キズナ……彼女は自らの意思で一切パリィ行為を行わない。青龍の攻撃がヒットし返ってくるカウンターのみが炸裂しているのである。そのカウンターもパリィで防御が可能なのにキズナはそれすらも行わないのであった。
玄武は攻撃を真っ向から受けるキズナに対して危機感……何か隠し玉があるのではないかと危惧を覚え応戦に加わろうとするが、一歩足を踏み出すより前に地を踏みにじった音で察知したのか鉄扇でキズナのこめかみを殴りながら、青龍が叫ぶ。背後すら振り替えずに、こう云うのであった。
「玄武――お前は見ていろ!」
「なぜ……奥義の特性で回復行為は一切受け付けないのだぞ! それなら、二人で一気呵成に――」
「これは俺の戦いでもあるからだよ」
青龍は比較的攻撃の軽いキズナの殴打を受けて、カウンターを返す。キズナは大地に轍を残しながら、後ろに吹き飛ばされた。口元から血が溢れているが、目はブーストの興奮により痛みを感じていないのか、笑っているのである。ブーストと云うよりも、ついでにカウンター可能なバーサーク状態に陥っているように見えた。
「俺の戦いって……青龍……」
「だって、そうだろ! 本来俺が演舞で登場すべき華々しいムービーシーンを乗っ取ってこの女が、本編で真打ち登場の如く舞台に立ったのだ。それから幾星霜、俺らの造り手である創造主が俺を実装しようと計画を立てても、全てが水泡に帰した」
ハッキリ云って個人的な恨みがある。
それは人を殺すほど深い怨恨ではなかったが、文字通り一発殴らなくては気が済まないといった模様で……。青龍は玄武に対して、『これ』は個人的な戦いも意味しているから手を出すなと云うのである。
「実践経験もなしに……」
「何を云っている。俺はスーパーハイパーウルトラアルティメット極悪最強国土無双東方無敗常勝キングだぞ。ネタであってもプレイヤーによる祈りや願いの効果はあることだろう」
「青龍……」
「冗談だ。そうキツイ反応をするな。だがな、数多くのプレイヤーの経験値が知識の中に入っていることは確かだ。世界の裏側……没案として埋葬された世界でも、生きた人間の声は届いていた。全てが万全とまではいかないが、大まかにこの女がどう云う戦闘スタイルなのか知っている」
キズナは本来、遠距離攻撃を主軸とした防御型だ。
しかし強化された奥義、他者の技能をストックする性質上、上澄みとして扱われていたのだが吸収した性能がブースト、強化剥奪、状態異常回復といった種明かしをされているので、そう恐るべきものではないと云うのである。
「あの女は今、光弾にブースト効果を乗せて距離を取る本来の遠距離戦法ではなく、俺と同じ接近戦と云う土俵に立っている。俺のタイプが玄武と同じ近接型である以上、遠くからの攻撃は一方的な防戦にならざる得なかったであろうが、好機は訪れた」
端的に述べて、キズナは本来の戦い方をしていない。
玄武は「青龍には実戦経験がない」と述べるが、それはある意味キズナも同じであった。彼女はブーストする興奮のあまり光弾を放つ特技を忘れて、わざわざこちらの攻撃範囲、手の届く距離にまで丁寧に接近してくれているのだ。
これ以上ないチャンスと云えば、そうであろう。
致命的で愚かな選択。
そう彼女を揶揄するのは簡単であるが、このゲーム史上最大のブースト効果を持つ副作用か……それとも自我を有している影響が作用したのか不明だが、彼女は荒々しい狂乱の渦に呑まれ、徒手空拳で相手を打ち倒そうと躍起になっているのである。殴った感触を快感にさえ変えさせているバーサーク状態はイレギュラー……彼女からすれば本来実装する予定などなかった不確定要素たる青龍を暴力で排除することによって確かな安心感を得る為に、素手での攻撃に切り替えたのであった。
「死ね!」
キズナは血の飛沫を出しながら、青龍に向けて叫ぶ。目は爛々と輝き、殴られてもなお立ち上がり血に飢えた様子は、たとえ醜悪な本性を出したとしてもキズナは絶対やらない肉弾戦の誘いだ。
何が血肉湧き躍らせるのか……よもや、自身のブースト効果にはキズナなどの例外なく異様な興奮状態に陥るものなのかと若干の危惧を覚えるのであった。ブースト効果は乱用して良いものではないかと思いながら、思い切り上げられた踵落としをパリィする。そして瞬時に大きくがら空きとなった脇腹に、蹴りをご丁寧に返すのだ。キズナから自動的に返って来たカウンターを青龍は防ぐことはできなかったが、そう大きい致命的なダメージはない。
最終的にこの戦いはHPの削り合いになるであろうが、今のところ青龍の体力ゲージは三分の一も削れていなかった。キズナは防御型であると同時に体力タンクであるのだが、その体力の数値は半分ほどまで削れてしまっている。自らの攻撃とカウンターに頼り過ぎた弊害が如実にキズナを苦しめているのだ。
互いの攻撃が必中になり、攻撃を繰り出せばカウンターが飛ぶ激戦の中、玄武はそっと指揮者の傍による。キズナのブースト援助要請を『自らの意思で拒絶した』彼は、この戦いを固唾を呑んで見守っていた。声にこそ出していないが、今まで指揮者が道具のように消費されていた事実からして、打倒を妥当に望んでいることは云う間でもなく……。
キズナが青龍に向けて攻撃する。だがその一撃は防がれ……そして、自動的に飛んできたカウンターをモロに受けながらも彼女は倒れない。青龍は肩で息をする彼女の横っ面を殴り、今度はキズナの方から飛んできたカウンターをいなした。
この攻撃の応酬が何度も幾度となく行われている内に、キズナの体力はピンチ状態の赤を示した。キズナは次の一撃で倒れることを気絶しかけた朦朧とした意識の中、辛うじて悟ったのか攻撃力向上のアイテム薬品を飲み干し、青龍に真っ向から対峙する。虫の息の状態……フラフラになりながらもその闘魂は燃え尽きることはない。
「良かろう。たったの一撃だ。一度攻撃してしまえば、お前は終いだ女。次の一撃は躱すこともいなすことも避けることもなく、真っ向から受けて見せよう」
舐めプとも取れる発言。
それが気に障ったのか……それとも逆に気に入ったのか分からないが、キズナは腹を抱えて笑う。そう数秒も続かない短い笑い声であったが、笑気を収めた彼女はいつになく真剣な顔をして拳を構えた。その様子を見た青龍は同じように、構えの姿勢を取るのである。
「…………」
「…………」
お互い、動向を探り合う無言の時間。
先に動いた方が負けか……遅れを取った方が敗北するか……。
張り詰められた緊張感の中、一陣の風が吹き――そして、二人は同時に動き出した。コンマ一秒の差異もない同時に、お互いの方向へ向けて直進したのである。
『――――‼』
双方の拳が顔面に飛ぶ。
キズナは右頬を――青龍は左眼球下に当たる部位を殴られながら、お互いが攻撃の衝撃を緩和することが出来ずに吹き飛んだ。
青龍は地に手を突き吹き飛ばされる威力を殺しながら、辛うじて立ち上がる。体力のゲージは赤一色であった。キズナに攻撃すると同時に追撃のように決められたカウンターと、そうして道具を使ってまで攻撃力を向上させた二つの相乗効果が致命的な効果を齎していたのであった。
対してキズナの方は受け身の態勢を取ることも出来ないまま、ゴロゴロと地面を転がって突っ伏す。仰向けになった彼女は口の周りが赤く吐血で染め上げられているだけではなく、白目を見てダウンしていた。キズナの方も青龍同様、攻撃を行った途端に自動的に返って来たカウンターと純粋な拳の力がのせられ、意識を失ったのであった。
「勝った……」
玄武は明らかな勝敗の様子を呆然と呟いていると、真横にいた指揮者が立ち上がり、キズナの前方に立った。そして両腕を広げる。
指揮者はキズナをこれ以上攻撃されないように、庇っているのであった。




