玄武と青龍-4
合計全部で、三十枚。
賽銭箱に足りない分の麒麟銭を丁寧な所作で入れると、木箱から鈴の鳴るような音が響く。コインが全て箱に収められるのと同時に、四方祭の目玉、豪華な衣装に身を包んだ麒麟児たちの演舞ムービーが始まった。
たとえ運営の寵愛を一身に受けるキズナでさえも逆らうことのできない、台本の強制力は邪魔を一切許さないもので、異変を感じとり振り返ろうとした彼女は指一本動かすことも出来ない。ただ……己と云う主役が演舞ステージに立っていないのに、勝手に開始されるストーリー進行に驚きが隠せなかった。
驚愕に両目が見開かれるキズナの衣装が……分相応にも着込んだ衣装にモザイクとノイズが走り、いつもの服装へと変わっていく。元の姿へと戻っていく。キズナは心中で「何が起きているの?」と呟きながらモブ同様、演舞を見る為のマネキンと化す。
麒麟児の演舞は凄まじいものであった。
豪華な布がキラキラと舞い、遥か彼方の背後から打ちあがる花火を音頭に皆が激しく動く。やがて円陣を組んだかと思うと舞台の奥から現れた、『とある存在』を主役にしてその人垣が割れた。
もう一人は見慣れた存在。
そしてもう見慣れない存在。
玄武と青龍の両名だった。
青龍は没データの奥底からようやく相まみえた、相棒である玄武と共にこうしてゲームの表舞台に立っているのは夢ではないかと思いながらも、その現実を噛み締める。対して玄武は奇跡のような確率で出会えた相棒たる青龍の存在に、にわかに嬉し涙を滲ませながら演舞を続けるのであった。
最後の豪勢な打ち上げ花火を最後に、演舞の音楽が鳴り止み場がシン……とする中、沈黙の後、万雷の拍手と歓声が轟く中で青龍は懐の中に隠し持っていた閉ざされた鉄扇をキズナに向けた。
そして、云う。
『四神東方が一柱、蒼帝』
キズナは宣戦布告と同義の扇子の先を向けられてもなお、挑発的な笑いを出す。玄武と共に出現した存在がどのようなキャラクターなのか薄々感付きながらも、未知に対して必要以上に恐れるのではなく迎え撃つのであった。
「御大層な登場ね、『青龍』……そして玄武……殺したはずなのに戻ってくるなんて、懲りないのにも程がない?」
そもそも存在を抹消したのに、どういう理屈で戻ってこれたのよ。
キズナは当然の疑問を口にすると、「何、道具に置換されても使われていない六体目、七体目を触媒にして戻ってきただけだ」と極簡単にその理屈を説明するのであった。云う必要はなかったかもしれないが……。
「ふうん……つまり、ガチャ石のカケラを呼び水にして戻ってこれたってわけね? ふっざけるんじゃないわよ。玄武あんた、これまでガチャで何回出てきたと思ってんのよ。はー、これだから安いSRキャラは困るな」
「青龍と共に出てきた瞬間、SSRキャラに昇格されたがな」
「なんですって……」
キズナは信じられないものでも見るかのような目で、玄武を見る。彼女としては玄武専用の麒麟児の衣装を身に纏っているだけのように見えたが、衣装チェンジ……一目でわかる強化の証なのだと認識を改めながら、注意深く観察を怠らないのだ。この女、慢心する時こそあれども油断ならぬ状況の時、尋常ならざる奸計が働く様子であった。
「キズナ……運営に愛されたいとし子よ……貴様が物語を歪め続ける諸悪の根源であると云うのであれば、すぐさまそれを断ち、物語を正しい方向へ修正しよう」
「はっ、何を云うかと思えば青龍……あんたもどういう理屈で未実装キャラが実装されたと云うのよ……想像以上にイラつくものなのね。想定外の事態って奴は――!」
キズナは怒りの感情を隠しもせず、青龍に光弾を飛ばした。真っ直ぐ飛来するキズナの攻撃は風よりも早いそれであるが、青龍のパリィによって弾かれた。青龍は目を閉じた状態であったのにも関わらず、簡単に防がれてしまったのである。
「憐れなものよな」
青龍はそう云いながら、睥睨するような眼でキズナを見下ろす。鉄扇を広げ、口元を隠す。同情を超え、見下すどころの話ではない。いっそキズナの醜態に憐れさのあまり涙さえ流しそうな青龍の様子に、一本……キズナの血管がブチリと切れた。
「なんでわたしの攻撃が塞がれた……!」
「何故? 分からんのか、貴様は。玄武の奥義は『青龍がパーティにいる場合のみ、敵・味方全体の攻撃が必中になりパリィ及びカウンター攻撃を味方に付与。デメリットとして、あらゆる回復行為は受け付けない』。玄武と俺がいる時点で、お前と敵対している時点でその条件は満たしているのだよ」
「…………」
「そして、俺の奥義の効果は――」
青龍は麒麟児の衣装の衣擦れの音を立て、一息でキズナの元へ跳躍する。キズナが反応できないその一瞬を狙って――いや、狙わずとも玄武の奥義の効果で必中になる以上――避けようのない一撃が容赦なく、鉄扇がキズナの頬を直撃した。
「――俺の奥義の効果は、『玄武がパーティにいる場合のみ、味方全体の通常攻撃がブースト状態になる。デメリットとして、あらゆる回復行為は受け付けない』……俺の真価を発揮するには玄武の存在が必要不可欠だが、支障はない。シナジーは抜群と云う奴であろう」
嫌な攻撃……クリティカルや防御ダウンなどの入った攻撃はパリィで防ぎ、通常攻撃が迎え撃つものならば、カウンターで迎撃すれば良い。玄武、朱雀、白虎、青龍、このキャラクター全員にあらゆる回復が不可能と云うデメリットこそあれども、その性能は破格のものであった。
「…………」
「そこな指揮者……おぬしに人格がないことは分かっておるが、いつまでキズナの背後で消耗品のように立っている」
キズナが哀れにも地面に倒れ伏す中、モブの人込みに紛れ込んでいた指揮者に向けて青龍が語り掛ける。
「……自分は、キズナさんを……」
「俺らと違って、自我がないゆえの悲劇か。歪められた本編、脚本で消費された前例には逆らえぬと云うのだな」
「…………」
「指揮者の奥義、『あらゆるキャラクターをブーストすることができる』。対してキズナはその能力を搾取といっても差し支えないほど一方的に使っておるようだが、顔面蒼白、息も絶え絶え。奥義の使用、供給を止めたとしても誰も責めんぞ」
「あんた何? 出てきたばかりの新参が鬱陶しいわね。指揮者の能力はわたしに使われる為にあるの! わたしが最強のためにいるの! シボラから洗脳、タイガーから状態異常回復、バードからストックした強化状態の剥奪。この三つがあれば、わたしは誰にも負けないんだから!」
指揮者はあらゆるキャラクターの能力をブーストすることが出来る。
そして朱雀……バードの強化剥奪の能力も合わさって、キズナ自身に玄武と青龍がいることで使える奥義、カウンターとパリィの能力は正確には能力向上の効果を有していないがため剥奪することは出来ないが、洗脳・状態異常回復・強化剥奪の三つを兼ね備えている彼女は確かに非常に手ごわいものであろう。
キズナは頬を拭いながら、ゆらりと立ち上がる。モブの命なんか蟻よりも価値がないと云わんばかりに、指揮者のブーストの力を使って四方八方、周囲へ光弾を放った。その攻撃の最中、指揮者が一方的に消費されるがあまり苦痛に両膝をつき、光弾が直撃するも構う様子はない。青龍は玄武の前に立ち光弾をパリィで防ぎながら、顔を顰めさせるのであった。
「何と云う女だ。人を消耗品、道具のようにしか思ってないなんぞ……下劣極まる」
「指揮者……!」
眩い光弾が全て止み、周囲に白煙が立つ頃、周囲の環境は様変わりしていた。麒麟銭を治める賽銭箱も、麒麟児の衣装を身に纏って踊る演舞の舞台も、モブの人垣も何もかも消失して、キズナの広範囲攻撃によってあらわになった大地が姿を見せている。モブたちは恐らく、玄武が裏の世界へ消えたのと同様姿を晦ませたのか、ロスト……攻撃に耐えられる造りをしていなかった為に消失したことが想定された。
玄武は、キズナの背後で光弾をまともに受けボロボロになっている指揮者に駆け寄ろうとした。しかし一歩踏み出した矢先、青龍で駆け寄るのを阻止するかのように腕で前方を防ぐのである。
「青龍、どいてくれ! このままじゃ指揮者が……っ!」
「何も邪魔立てしておるわけではない。よく、見ろ……あの者、意識が――自我が芽生えたようだぞ」
「え――?」
玄武は驚きながら、改めて指揮者を見る。
相変わらず女性特有のヒステリックさを出すキズナであったが、その言葉をよく聞くと「ブーストの奥義を出せ」と云うものであった。指揮者はもう一度だけなら、奥義を出す余力は辛うじてあるものの、キズナに力添えするような雰囲気、そして気配はなかった。指揮者はキズナの光弾をまともに受けた痛みで身体を震わせながらも、大声で叫ぶのである。それは拒否の言葉だった。
「嫌だ――! もう、嫌だ! 自分は――『僕』はもう、あんたに消費されたくない! あんたの道具じゃない! 利用される消耗品じゃない! 力なんか、貸したくない!」
「指揮者ァ……」
キズナは調教したと思い込んでいた犬が命令を聞かなくなったこと……その事実に対して、乱暴に指揮者の胸元を掴むが、頑なにその首は縦に動くことはなかった。全力で拒否してキズナを突き飛ばすのである。彼女はたたらを踏みながら後ろに下がり、かつてシリウスが渡した道具……人格判別機が光るのを見て、乱暴に踏み下し破壊するのであった。
「どいつも――こいつも、わたしの邪魔をして――! わたしはただプレイヤーが望んだ『そうあれかし』の本能に従っているだけじゃない! ふざけるな!」
「ひっ――」
指揮者は鬼気迫るキズナの剣幕に息を吸い込むものの、脅しには屈しなかった。ブーストの奥義の恩恵を与えることはなかったのである。
「『そうあれかし』と云うが、それは多くのプレイヤーが望んだことか、キズナ?」
指揮者に自我が芽生え対応を拒否された彼女の様子がおかしかったのか、大笑いする青龍の隣から玄武は話しかける。キズナは一人の正論の言葉と、一人の大笑いする態度を見て、歯ぎしりをした。目は血走り見開かれ、尋常ならざる表情を浮かべている。
「なによ――あんただって、玄武貴様お前だって、『そうあれかし』がないからいつまで経っても産廃だったんだろうが!」
「私はSSRに昇格したと述べたんだがな。それこそプレイヤーが望んだ結果だ……お前と違って、本来あるべき姿を手に入れただけだよ」
そして、青龍も……。
皆が実装を予想して……しかしその予想は外れ、炎上した『事実』がある。その事実の根底……四方祭の有り方は、ティトノスが闇落ちする筋書き同様、正しい道筋を辿ったのだ。その脚本の修正の力には、プレイヤーたちの祈りと願いが詰まっている。
「あああああああああ!」
キズナは女性らしからぬ咆哮をあげながら、地を蹴って青龍に飛び掛かった。彼女としては……玄武のSSR昇格以上に特に許せなかったのは、青龍の実装そのもの。キズナからすればイラストレーターによりデザインされ、声優の声により自由に言葉を操れるその様が、まるでこれから先、己の思い通りにいかない様を予言しているような感じがして、一層不快極まる存在だったのだ。
彼女は光弾ではなく、力任せの拳を振り上げ青龍に直撃させたものの、息をつく暇すらなく、ブーストの乗ったカウンターが返ってくる。キズナはゴロゴロと地面を転がりながら地に擦れ、その綺麗な衣服を砂埃に汚させるのであった。




