玄武と青龍-3
「なんだ、これは……」
玄武はフルトゥーナの手によって明瞭に映し出された、リアルプレイヤーたちの本音を目の当たりにして、戸惑いの声をあげる。自身が不遇を超えた不具合の状態のまま物語のエンドまで放置状態であった事実を認識して、視界がぐらつきそうだった。いや……それ以上に、なぜ玄武の相棒である青龍が未実装のままだったのかを正しく認知したのだ。その困惑した態度は、無理もないものであろう。
「これは何かと云われると、プレイヤーたちが署名を募り寵愛いとしさ故に歪められた物語の真の姿を見せろと活動する様子さね」
「……ほんとうのものがたり……」
「ご存じの通り、何度も繰り返すようだがキズナは作り手……しかも上層部たちからすれば、愛し愛され当然のキャラクターであり、他の存在を押し退けてまで出番を活躍させていた。ストーリーのほとんどがキズナの独壇場となってしまったがゆえに、実装予定のキャラクターの案が破棄されたり、本来あるべきはずの物語が歪められてしまったのだ。修復不可能なほどの傷を生じさせたストーリーだとプレイヤーは知り、怒る」
それは当然の感情であろう。
何せ今まで寵愛のごり押しに耐えて来たと云うのに、その雌伏の姿勢すら軽んじる実態は怒りを覚えずどうするか。
「正直なところ、なぜキズナが執拗に物語に出張っていたのか、それについては分からない。己の認知する話ではないのだが、この署名活動の影響か。サービス終了したはずのこのゲームは再走を始めるだけではなく、キャラに自我をも与えた。そして没案だと思われていたイレギュラーの発生こそが、本来あるべきストーリーの姿であったのだよ」
中でも顕著だったのが、ティトノスの闇落ち。
本来その展開が正式なものであったのだと、フルトゥーナは述べる。
だが実際に展開された本編の内容は彼がキズナの慰めを受けると云うもの。愛しい存在……エオスのことなんぞ忘れたかのように、膝で横たわる様子は寵愛の出しゃばりのはじまりとは云え、非常に顰蹙を買った。
「本来、あるべき姿……私が自我を得たのは……」
「根本にあるのは四方祭で青龍が実装され、SSR昇格する姿がプレイヤーに望まれていたからだろうね。皆が皆、君の推しとやらではなかっただろうが、その境遇に多くの同情を覚えさせていたのは確かだろう。多くのプレイヤーは、君が強化されるのを見たかったのだろうね」
何せ奥義なしの産廃とまで直喩されていたキャラクターだ。
青龍の実装で、その強さの真価を知りたいのはとても自然な心持ちだ。
「君には云うほどファンはいないが、語るべきほどアンチはいない。だけど……なんだろうね。中にはいたんじゃないかな」
「いた……とは……?」
「君をこころから愛したプレイヤー」
「…………」
「己はテキスト文としても一言もその存在のにおわせすらなかったし、言及も勿論なかった。だけど、こうして世界の裏側にいる以上……己の存在を作ってくれた創造主がいて、その存在を忘れていない以上、存在税は尽きず、生きているんだ。生きて、いるんだよ」
玄武以上に出番が、存在そのものが許されなかったと云うのに……非常に淋しいところではあるが、自我を得てこうして生きている。
ならば、その総数自体は少ないものだろうがゲーム本編に実装されていた玄武を愛していた人と云うものが、必ずいるはずだと保障の言葉を出すのであった。
「もし……私を愛してくれたプレイヤーがいたとして、架された宿命が歪められた物語の修復と云うのであるならば、表舞台に戻れるだろうか。私はキズナの手によってゲーム舞台から存在が消え、この世界の裏側とやらにいる。どうすれば、戻ることが出来るのか……」
玄武は苦悩の声を出しながら、名も知れぬプレイヤーのことを想った。
これまで己は欠陥品なのだと思い込み、脇役にすらなれない存在だと思い込んでいたのだが、それを否定するかのような『愛してくれた』数少ないプレイヤー。その人たちのことを考えれば、本来あるべき姿に戻りその健全な様子を見せることに意味があるのではないかと思うのであった。
「表舞台……ゲーム舞台に戻る方法か。正式な手段なら、指揮者がガチャを引けば戻ることができるがな。だがお前は初期実装キャラ……ガチャを引かずとも無料で配布されたSRランクのキャラクターだ。どうにかゲーム舞台の紐を手繰り寄せて自然の流れに身を任せれば簡単に戻れるだろうよ」
「確かに私は……はじめの一体はガチャから出た記憶がない。初期配置されたキャラクターであることは確かなのだろうが、どうすれば良いのか……」
「一言で換言するならば、使命を全うする。この一言につきるな」
「使命……」
「お前が自認していた通り、この歪められた物語を正すんだよ」
多くのプレイヤーが望んだ通り、望むべきことをすれば良い。
「だが……そう云われても私は既に表舞台から消えてしまった。物語を正すことが……使命を全うできない。指揮者のいる元へは戻れない。手をこまねることしか出来ないではないか……」
「手綱はある」
フルトゥーナはそう云って、玄武に手頃な大きさをした光る物を手渡した。重みのないそれは何らかのデータだと受け取った途端、瞬時に理解する。そうして望郷のような懐かしさを覚えると同時に、驚いたように目の前の人物を見るのであった。
フルトゥーナは、ただ笑っているばかり。
「もしや、これは……」
「隠し玉だ。そうして、玄武……お前を元の世界へ戻す手綱になることだろう。ただ願えば良い。思えばいい。ゲームの表舞台に立っている自分の存在を想像するだけでいい。さすれば、SRゆえガチャからよく排出されるお前……六体目、七体目のお前の身体の空きデータに最新のお前の情報がダウンロードされる。今のお前がインプットされるだろう」
六体目、七体目。
それは指揮者がガチャを引いていた時に出ていた、被り、だ。その肉体は時待たずしてガチャの欠片やAP道具等へど置換されたが、まだその道具が未使用な状態であれば、この世界の裏側から帰還して、そして……。
「礼を云う、フルトゥーナ。この恩義は決して忘れない……」
「礼など良い。己は己の為に行動しているだけに過ぎないのだからね」
「…………?」
「分からないか? 己は本来ラスボスではなく、その存在を唆した黒幕として実装予定のキャラだったんだよ。没案の中で燻り、落ちぶれ続けたものの、歪められた物語が本体あるべき形へと戻れば、自然と己は表舞台へ君臨することができる」
その言葉は希望に満ちたものであった。
フルトゥーナの台詞は物語の舞台、そして素材の一部に過ぎないが与えられた役割を全うできる未来を信じてやまないものであったのである。
玄武はすべての本編が、ストーリーが正しい形へ戻った時……再会を果たした時は相対する敵になるのだろうなと思いながらも、悪感情は露とも抱くことはなかった。
だから、別れの言葉は云わず、再会の約束を口にするのだ。
「では、『またな』。フルトゥーナ……お前との決着、楽しみにしている」
「ああ、『またな』。お前たちをどのようにして、悪役敵役として活躍できるかと思うと歓喜でこころが満たされるよ」
玄武は久しく訪れた安らぎの心地の中、フルトゥーナによって手渡された輝く物質を強く抱きしめる。
その途端だった……懐かしい声が響いたのは……。




