100万DL記念-7
麒麟銭が賽銭箱へ投げ入れられる小気味いい音が鳴り響く。
金属と云うより鈴が鳴るような音を耳にしながら玄武は、不快さを隠しきれない表情で演舞台の前に立つキズナと、まるで犬のように引きずりまわされた指揮者を見るのであった。
第一の不快、それは全て燃やしたはずの麒麟児の衣装を身に着けている事。
第二の不快、首輪に鉄の鎖が繋がれボロ服こそ着用していないものの、キズナが洗脳等の力を使用することにより憔悴した様子の指揮者に一向に構うことなく、好き勝手に振る舞っていること。キャラクターの本能、主人公を好いてしまう本質を無視して奴隷のようにこき使っているのであった。
第三の不快、幼馴染……旧知であるバードとタイガーが既にキズナの魔の手により洗脳に落ちている点であった。
「なぜ、お前が麒麟児の衣装を着ている? そして皆を洗脳から解放しろ」
「あー、なんか来たと思ったら玄武じゃん。この服? 豪華で素敵でしょ、わたしにピッタリ。なんか四方祭にはコインを集める必要があるらしくて、探してる時に偶然この衣装を見付けたんだよね。記憶の中でもイベントで踊った記憶があるし、無論わたしの物でしょと思って着てるだけ。あなたには関係なくってよ?」
「その衣装は青龍のものだ‼」
玄武にしては珍しく感情をあらわにしながら、不快の数を重ねるキズナに向かって怒鳴り声を発していた。キズナは「産廃が何か云ってる」と、非常にどうでも良さそうな態度で流された。
「お前の衣装は私が燃やした! 本来のイベント内容ではお前が急遽麒麟児に選ばれ、この場で衣装を着るのが流れであったろうが! その衣装は私と青龍が生活していた自室にあったものだ! お前が身に纏うべき衣装ではない! お前の衣装は灰になっている!」
「確かに拾ったものだけど……未実装のキャラの話をされても、ねえ……? あんたがどんだけ執着しているのか分からないけど、ソレは捨てたら? 皆は優しいから口に出してないだけだと思うんだけど、正直青龍青龍青龍って……見苦しいよ?」
「――――」
相手を鼻で嘲笑う、とても安い挑発。
通常の玄武ならば怒り心頭の状態であっても、辛うじて冷静でいれたはずだ。だが今回ばかりはどうしても見逃すことが出来ない。聞き逃すことは不可能だった。稚児にも劣る挑発的な言葉を受けて、武力行使を開始したのであった。
玄武は「見苦しい」と云われた途端、踏みしめていた地を蹴ってキズナの元へ跳躍した。そして二、三度殴打を加えるのだが、殴っても手ごたえがない。キズナはすでにバードとタイガーの奥義をストックしているのか、通常攻撃に乗るはずのスピードダウンをはじめとしたデバフが通用しない。
キズナは指揮者の力でブーストの影響……極限まで防御力を高め、ダメージなど一切感じていないのにも関わらず、わざとらしく「いてて」と云いながら、虫でも追い払うかのような粗雑な仕草で玄武を追い払った。攻撃力もブーストされているのか、軽く相手を突き飛ばす程度の力でも、その身体は軽々しく飛び、モブの群れの中に突っ込んだ。
「……ぐっ……」
人垣が割れ、悲鳴が聞こえる中、玄武は地に手をつきキズナを睨みながら見上げた。ブースト状態を維持し続けるそれは指揮者を強化パーツ乃至道具の消耗品ぐらいにしか認識しておらず、ますます怒りが募る。本編以上の消費が行われている事実に、脳の血管が切れそうだ。心臓が大きく脈打ち、血液が沸騰しそうだった。
「ちょっと指揮者―、ブースト効果切れそうなんだけど。わたしが良いと云うまで維持してろって云ったわよね?」
「でも……キズナさん、もう限界で……意識が朦朧として……」
「意識が保てないなら回復薬飲めって云ったよね? 犬でも分かるよ、そんなこと。あんた、犬以下なわけ?」
「回復薬は……もう……ないです。タイガーさんに使ったので最後でした」
「タイガーの奥義って、『デバフを受け付けない』だっけ? 氷属性って通常攻撃に行動阻害のデバフが入るんだけど、相手はあの玄武だしね……まぁ、いいか。作中最底辺の産・廃。上位互換は幾らでもいる。なんで存在しているのか分からないキャラクター。ラスボスの攻略に必須だったわたしと違って、別にいなくても良いもんね」
調子に乗ってキャラキャラとキズナが笑う背後で、指揮者が身に着ける指輪が光った。キズナが指揮者の力を一方的に簒奪する度に煌めく様子から、その石は力の源であることが察知できる。
キズナに対するプレイヤーの好感度が底まで低くなかった時期、その指輪はエンゲージリングと呼ばれていたが、今ではもう外せない呪いの装備の呼称が一般的なものとなっている。実際その指輪は外せないのだろう。指揮者は力だけではなく生命力さえ寄生虫に吸い取られながら、両膝をつくのである。キズナは振り返ることすらなかった。キャラクターの本能、主人公への好意が純粋な好感ではなく、道具として好きとでも云うかのような……。
彼女が異性として好きなのがティトノスで、道具として好ましいのが指揮者と云うことであろう。その様子をサマザマと見て、ひとりのキャラクターとして玄武は憤慨する。
「それにしても玄武ね……どうしようっかな。洗脳すべきかどうか。わたしの手駒にするか、どうか。いてもいなくてもどっちでも良い存在は、対応に困るわ。相手がブーケなら、ムカつくところもあるし、排除なんだけど……」
「なんだと……キズナ、お前……まさかブーケを……」
「早とちりするなよ、気持ち悪い。『まだ』手を出していないわよ。アルマローズほど苛立つ存在じゃないし、排除は可能性の一つだって。大丈夫大丈夫。わたしの踏み台にあれほど最適な女はいないし、一応温存しといてあげるから」
「…………」
玄武は呼吸を整え、ゆっくりと立ち上がる。
キズナは現在、その効果は切れかかっているものの全能力向上のブーストの効果を受けた状態だ。うまい具合、その強化の切れ目を狙えれば勝ち目があると算段をつける。闇落ちしたティトノスを相手にした時と同様に、現実のプレイヤーが強敵かつ通常ならば勝ち目のない戦いでどのような方法で勝利していたのか……その情報と経験値を参考に相手に挑むのだ。
幸いなことに、自我を得たキャラクターは人間っぽい身体を有するようになった。相手を打倒打破する上において、体力を全て削りきることが勝利の条件ではない。ティトノスの後頭部を強打して気絶させた時と同じように、人体上の急所を狙えば良いだけ……。
玄武は両手の拳に力を入れながら、臨戦態勢に入る。
今度こそは感情に任せない、冷静な姿勢を務めながら。
キズナはあくまで敵対するつもりの玄武の様子を見て、鼻で笑う。そしてまるで思考を読み取ったかのように、こう云うのであった。
「あんた、現実のプレイヤーの戦闘プレイを経験値にしてわたしに挑むつもりでしょう? 縛りプレイが好きな、わけのわからない物好きがよくあんたを利用していたもんね。その経験値、情報……冷静に判断して、驚異だわ。あんたに対する評価を改めてあげる。正確に評価してあげる」
「なぜ、そのことを……」
「端的に述べて、現実世界でのプレイヤーの戦い方を参考にして戦っているのはあんただけじゃないってこと。わたしも別に指揮者の能力、そして強化内容に胡坐をかいているわけじゃないわ」
タイガーとバード。
二人の奥義をストックする際、戦闘になったしね――と、キズナは云う。
「配布キャラのわりに奮闘していたと思うわ。実際、危ないところもあったしね。判断ミスしてたら負けていたかもしれない」
その言葉は冗談ではなく、真面目さと真剣さから来るものであった。
「そしてあんたも要注意点がある。指揮者にガチャで引かせたSSR武器があるんだけど、あんたと武器で戦うのは鬼門も良いところなのよね」
ねえ……と、キズナは尋ねるように云う。
「あんた自分の拳……攻撃力が通じないと判断したら、相手の武器を使って倒そうとか考えていたでしょ?」
図星。
だが、玄武はそれを極力悟られないように沈黙する。動揺さえ見せない完全な静に対してキズナはどう思ったのか……単純に念の為を考慮して、武器が奪われないよう最上位の獲物を仕舞うのであった。
「玄武と戦う時は奪えない武器でやる……相手に対して自分の攻撃力が敵わないのなら、主武装を奪えばいい。わたしがもしもあんたの立場なら、きっと同じことをするんでしょうね」
そこで放たれる光の光弾。
奪取したくても手に取れない武器を目の前に、玄武は素直な回避行動を見せるのであった。
「あっはは、やっぱりそうなのね!」
キズナは自分の考えが大当たりだったことが嬉しかったのか大笑いし、ブースト効果の乗った光弾を連射し続けた。
「くっ――――」
玄武は目にも止まらぬ速さ、最高速度で放たれる光弾に避けることも出来なかった。ただ防御の構えをとってやり過ごしているが、それはいたずらに体力を消耗するだけでしかない。どうにか成す術がないか、現実のプレイヤーの扱い方を模索するもそのすべては玄武がアタッカーとなる環境が揃った仲間の編成が前提だった。それがゆえ、防御する腕の骨がひしゃげるのではないかと思う苦痛に襲われながら、どうにかして倒れないように地に踏ん張る。倒れようでもしようものなら、瞬く間に瞬殺されそうだった。
一方的な防戦の中、玄武の身体に異変が起きる。それは全身にノイズが走り、故障のような様子を見せていたのであった。キズナは「消えかかってるじゃん!」と笑いながら云い、攻撃を一切緩めない。いやそれどころか、より一層激しくなっていくのであった。
「身体中に走ってるノイズって奴、見覚えがあるわ。5凸……上限まで重ねられたキャラクターは他の道具に置換される! ガチャ石の欠片とかにね。一体のキャラクターにつき五枚以上重ねられた、不要な六枚目は砕かれるのよね!」
このゲームはキャラクターの被りに対する対処は、道具への置換がシステムとして搭載されていた。一つのキャラクターにつきその上限は五枚程度であるが、その数を超えると自然と任意の素材へと置換される。その現象が玄武の身の上で起きているのであった。
玄武はノイズの範囲が身体中に回りきる前に氷の礫を作って、それをキズナに向けて投擲した。絶え間なく行われる攻撃に隙を見出したのではなく、光弾を食らう苦痛を堪えながらどうにか出来たお手製の石礫である。それをキズナの頭部に向けて渾身の力を込めて投げつけたのであるが、当たったかどうか……直撃の有無を確認するよりも一瞬前に玄武の身体は完全に打ち砕かれてしまった。




