玄武と青龍-1
私は死んだのだろうか……。
玄武はキズナの放つ光弾から解放され、無の空間に落ちる中、ぼんやりとそう考える。周囲を見渡せばそこに広がる光景は見たことのあるものであった。
はじまりの地。
冒頭ムービーが開始される以前、自分の形の輪郭さえもない透明人間だった頃に漂っていた空間である。確か最初、己の形を取り戻した時、情報室に赴きこのゲームの内容すべてを網羅したように思えるが、今更二度閲覧したところで何の意味もないような気がした。
玄武は地底にいる没エネミーを何となしに眺めながら、広大な空間を眺める。遠方にある壁らしき透明なタイルは白く輝き、少しの汚れもない。
玄武はキズナに対する悔しさを抱きながら、どうすることも出来なかった事実を認める。元の世界へ帰ろうと奮闘したところで、一体全体何が出来るのか……。所詮は意味もなく作られた産廃のキャラクターだと自嘲しながら、元の居場所へ戻る努力を怠り……行動さえせず、ふよふよと広大な空間の中で漂い続けるのであった。
「皆が優しくて口にしていないが、見苦しいと思っていた……か。シリウスも同様の考えだったのかな……」
キズナの言葉は単純に相手を傷付ける為に吐き出された言葉。そう真面目に受け取るべきではないものだと理解しながらも、自虐は止まらない。
「私は、死んだ。殺された……」
ゲームの舞台では殺害現場で、ガチャ石などの道具をはじめとした道具がリポップされているだろうと思いながら呟いた途端、「ほう、キャラクターにおける死とは何かね」と背後から声が響く。玄武は誰もいないと思い込んでいた空間に突如投げ出された声に驚きながら反射的に振り返ると、ユースティア……エリシオンの最高司令官をどこか彷彿とさせる姿をした人物が直立していた。
「玄武、お前は面白いことを云う。キャラクターが死んだなどと……我々はたとえ作中で死亡しようが、読み手が望めば活き活きとした様が描写される。中には生存IFなるものを描く連中の手によって、存在税なるものがある限り中々死ぬことはないのだよ」
「お前は……」
「フルトゥーナ。まあなんだ……このゲームの最終的なボスでも裏ボスでもなく、黒幕として作られたはずのキャラクターだよ。『反逆の螺旋 ~絆と共に歩む道~』……ゲーム内には情報も少したりとも出番のなかった、所謂……没キャラと云う奴だがね」
「……没キャラ」
「己はこれまでこのゲームがリリースされてから当初、一度本編のエンドを迎え、そしてなぜか再起動……プレイヤーがいないのに再走を与儀なくされた、全てのキャラクターの同行をこの世界の裏側で見ていた」
「ちょっと待て。情報量が多い……フルトゥーナと云ったか……あなたは、このゲームが一度終了するまでここにいたと云うのか。たったひとりで、まるで映画を見る観客のように人知れず存在し続けていたと……? ゲームが一度終わる前から?」
「そうなるな。お前たち他のキャラクターは再走することによって、再度本編が始まることによって自我を得たようだが、己はそれよりも随分前に自我を得ていた」
「……裏の世界とは?」
「この空間のことを指す。己が勝手に名付けているだけだが……呼称がないのは不便だからな。おかしな名前でも付けてしまったのかな?」
ここは、廃棄場だ。
没エネミーの墓場であり、探せば没案となったイベントや設定などを知ることが出来る。玄武たちがはじめて目覚めた情報室のある空間……確かに、これと云った呼称はなかったなと思いながら、フルトゥーナに対峙するのである。
いや、それよりも疑問なのが……。
「なぜお前は自我を得ている?」
玄武たちの解釈によれば、自我を得る理由はプレイヤーたちの『そうあれかし』が働いた結果だと推論されていた。しかしフルトゥーナ……かつては黒幕だと設定されたキャラクターは微塵たりとも情報が公開されていないのに、自我を得ている。プレイヤーは誰も知らない。その疑問はつきないものであったが、答えは案外あっさりとしたものであった。
「己が自我を得ている理由か? お前たちはプレイヤーの『そうあれかし』の影響がなければ自我を会得することは出来ぬと思っているようだが、正確にはそれは違う。ほらいるだろう……プレイヤー以外にも『そうあれかし』を望む人間が。キズナが醜悪な寵愛キャラクターになったのと同様に、己の役割は黒幕として活躍することなく閉ざされてしまったが、己を愛してくれた人はいた。創造主がいる限り……覚えてくれている限り、己は死ぬことはない」
「……それは、もしや……」
「作り手。運営側の人間だよ。ただの設定、没案だけならば己は会話することも姿を保つことすら出来なかった。だが現に己は、イラストレーターの手により確かな姿を得、声優の力により発話が可能だ」
隠し玉として用意されていた存在だが、表に出ることは歪みの影響で出ることは適わなかったが。
フルトゥーナはどこか憂いを帯びた表情で云う。
「ここは裏の世界で、己は運営が愛してくれた没キャラ。簡潔に今の状況をまとめるとこうなるな。他に何か疑問はあるか?」
「ゲーム内で起きていたことを映画のように鑑賞していたと述べていたが……存在税と云ったか。その考え方はアルマローズが云っていたことだ。どこでその独特な考えを知ったのだ?」
「己は再走する、プレイヤーなき状態でも常に表舞台を鑑賞していたと述べていたのだがね? 遊び手のいない、一度はエンドを迎えたゲームでやることがないから、表舞台で何が起きているのか常に見ていた。まあ……暇潰しのつもりだったのだが……まさか客人がやってくるとはな」
この事態は想定していなかった。
本来ならば玄武は体力ゲージが0の状態となり、エオス同様機能停止に陥るはずであった。しかし、キズナが本編以上に好き勝手をやっている影響か、バグらしき事態が発生したのだと、フルトゥーナは述べる。
「反逆の螺旋、このゲームにおける最大の寵愛キャラ・キズナ。己はそいつの悪影響たる煽りをモロに受けて、出番さえもらえなかったのだがね。あー、出番欲しかったな。運営側の寵愛反対派も頑張ってたみたいだけど、悲願は達成せず、だ」
「悪影響……?」
「端的に述べれば、己がやるべきこと、出番をすべて奪われてしまったと云うわけだよ。青龍と同等にね。現にその事実が露見してか現実世界のプレイヤーたちは、大変憤っているようだよ」
これは寵愛によって歪められた物語だ。
エオスが死ぬことで闇落ちしたティトノスの没案も、DL記念で出番を丸ごと奪われ実装しなかった青龍の存在、そしてフルトゥーナの存在そのものを合わせて、取り返しのつかない歪みが生じている。
脚本の強制力。
シナリオは寵愛のない……本来あるべき姿、統合性を取り戻す為、キャラクターたちに暗躍して欲しいと自我を与えた側面がある。
フルトゥーナはプレイヤーたちの祈りや願い以上に確固たる論調でそう云いながら、なぜ自我が芽生えたのかを、その問題に手を伸ばすのであった。
「キズナによって……キズナを寵愛する運営によって歪められたストーリーを正す為に、人格が与えられたのか……」
「そう考える方が堅実だと己は思うのだがね。まあ、論より証拠だ。実際、『見てみたら』分かる」
フルトゥーナはそう云いながら、玄武に向かって手を伸ばす。その途端、いつもの頭痛を覚える玄武であるが、自身の頭の中に流れて来る情報量はこれまでと比較して緩やかで……。
キズナ、スマホ、キーボードを打鍵する指、名も知らぬプレイヤー……前々から認知していた情報が脳を撫でた瞬間、パッと視界が開けた。ノイズ混じりの雑多な情報量の洪水が開けて見えるのは、パソコンのディスプレイだった。
その液晶に記されていた内容とは……。




