100万DL記念-6
四方祭が始まった。
100万DLイベントが開始されたのである。
玄武は隠された麒麟銭を街中のあらゆる場所から探し出す指揮者を後目に、行動を起こしていた。
その行動の内容は没データ内にいるかもしれない青龍のサルベージ作業……もしくは、意図的なバグを引き起こし、実装状態にする非常に危険なものである。その改竄とも云える行為は最悪の場合、ゲーム内のあらゆる箇所に深刻なバグを引き起こすかもしれないと想定しながらも、玄武は止まることは出来ない。
まず手始めに玄武が起こした行動は、演舞の舞台裏である着替え室である。楽屋裏には麒麟児の衣装が置かれてあったのだが、アレが青龍に成り代わって厚顔無恥に舞を披露したムービー映像を思うと正直な話、苛立ちが募る。その感情も合わさって玄武はなるべく隠密になりながらその衣装を奪い、ひとけのない河川敷で全ての衣装を燃やすのであった。もしかしたらシナリオの強制力によって燃やすどころか破損することすらも出来ないのではないかと思われたが、豪華な造りをしている衣装であるものの布であることには変わりないので、意外にもアッサリと燃やすことが出来た。
まるで意地の悪いアイドルがライバルの衣装を燃やしているかのような感慨に襲われながらも、玄武は衣装が全て灰になるまでメラメラと燃える炎を鎮火させることはなかった。
ゲームの舞台設定上、燃え広がることはないだろうが、玄武は氷嚢を作って炎を消し去り、エリシオン本部……シリウスがいるであろうラボへ向かう。足早に階段を駆け上がり室内に到達したのだが、そこには頭を抱えている目的の人物の姿があった。
「シリウス、急ぎの要件が――」
……と、途中でその台詞が途切れてしまう。
ラボ内にシリウスの姿があるのだが、デスクの上に上半身を倒している。一見、研究に身を費やす所為で疲労のあまり眠りに落ちたのかと思われたが、そうではない。細かくその様子を観察すると、両手で頭を抱えながら呻き声を出している。新しい開発品、実験の一環で自分を実験体にしたのではないかと思ったが、そうではなかった。
「……玄武ちゃん……」
ラボの隅から弱々しい声がする。
玄武は発明途中の――指揮者の身を守る為に開発された、作りかけの小型ゴーレムクローンが破壊されている事実に眉を顰める。粉々になったゴーレムとは云えどもこれ以上損傷を与えないよう、細々とした部品を踏まないように気をつけながらロボの奥にいくと、ボロボロの状態になったアルマローズの姿があった。恐らく玄武の名を呼んだのは彼女だろう。
「どうした? 何があった? シリウスの様子も変だ」
「DLイベントが始まった途端、あの女がここを襲撃したんだよね……」
アルマローズは立つことも難しいのか、床に倒れた状態のまま云う。玄武は彼女の上半身を起き上がらせて、壁に寄りかからせた。
「……指揮者を探していたのか……それとも女史たちが目的だったのか分かんないけどさ、キズナがここを襲撃したの」
「キズナが? でもアイツには小型ゴーレムが常に監視している状態ではなかったのか?」
不審な動きをすれば、気絶するほどの電流を浴びせられる。
居場所の自由こそ好きなままに行動できるものの、その状態は牢屋に入れられ監禁されている状態と変わらない。
玄武は戸惑いながら、未だ苦悩の声を発するシリウスを視野に入れているとアルマローズはこの研究ラボで何が起きたのかを、出来る限り明瞭に口にするのであった。
「あの女……『強化イベント』を先に済ませたんだと思う。だから、これまで破壊できなかった身の回りのゴーレムを全て破壊して、ここに来たんだ。あの女の奥義にはどうしても指揮者の力が必要だから……」
「……強化イベント……」
そもそもこのDL記念イベントには青龍実装の期待が高まっているだけではなく、玄武自身のSSR昇格の予想がされていた。何せ配布キャラであるバードとタイガーはSSRなのに一人だけSRなのはおかしい。ならば強化イベントの対象は玄武になるだろうと……青龍の実装が前提であるが、プレイヤーたちがそう考えるのは極自然なことである。
だが実際のところ、このイベントでお出しされた内容は……炎上したその真実の姿を記載するならば、以下の内容になる。
『青龍が実装されなかっただけではなく、強化イベントはキズナが対象。イベントの目玉である演舞で、なぜか四方祭には無関係のはずのキズナが麒麟児に選ばれた』……と云うものであった。
運営のお気に入り、寵愛もここまでくれば炎上するのは当然のことで……実際、キズナの優遇っぷりに黙り込んでいたプレイヤー層まで、その影響の余波が響いた。寧ろ、この機をキッカケにキズナに対して完全アンチになる者さえ集まる始末で、イベント内容の全貌が明らかになった当時の騒ぎっぷりはこのゲーム内だけに収まらず、ソシャゲ界の炎上の歴史として刻銘と記録されているぐらいである。
このDL記念を境にユーザー離れが加速していき、キズナの寵愛っぷりの鑑賞に堪え切れるものだけが残る事態になってしまった。折角の100万人登録記念がユーザー離れと云う逆の効果を齎したのである。
「玄武ちゃん……あいつの強化内容知ってるよね? 女史はキズナの天敵として作られた存在だけど、アレには勝てなかったよ」
「キズナの奥義強化だな。確か内容は、『星の力を持つ者がパーティにいる場合、相手の奥義をコピーする。三つまでストック可能』……だったな」
「星の力に該当するのは、星そのものであるエオスちゃんに育てられたティトノスちゃんと、指揮者……」
キズナは「恋人同士寸前」だけが理由で、ティトノスの存在をほしいままにしようとしていたわけではない。彼女はやがては来るであろう自身の強化内容も合わさり、冷徹な利用と感情のなすがままの好意を向けていたのであった。利用価値とブランド品としての必要性と云ったところだろうか。
「キズナはさ、強化内容を受けて傍にあったドローン全てを破壊。それからシボラちゃんをボコボコにして、指揮者とシリウスちゃんがいたこのラボに来たの。キズナが指揮者と顔を合わせた途端、奥義が発動。シボラの奥義を利用して、シリウスを洗脳したの」
「洗脳だと……⁉」
「洗脳の内容は、『自我を失え』。恐らく、邪魔だと思ってたんじゃないかな。シリウスは便利な発明品とか作るけど、キズナのことを快く思ってはいない。逆転というか……一矢報われないために、有能の芽を摘んだんだと思うんだ」
「洗脳は解けないのか?」
「分からない……シボラちゃんは発動者の任意で解除が可能だと云っていたけど、これってつまりさ……キズナが自ら洗脳を解除しない限り、シリウスちゃんはずっとこのまま……」
「……。シボラは今どうしてる?」
「シリウスちゃんが洗脳を受けてる時、ラボから抜け出して女史に状況を教えてくれた。さすがは章ボスなだけあって抜け目ないよね。レベル1の状態なのに、ファインプレーだったと思うよ」
今頃シボラは医務室で治療を受けていることだろう。
ちなみに彼はアルマローズに異常の報せを発した後、同じく星の力を持つティトノスに同じ報告を行い、医務室に向かった。今後、ティトノスがどう動くか分からないが不用意な行動を起こすことはないだろう。
「女史はさ、これでも奮闘したつもりなんだよね。でもさ、洗脳効果で『動くな』って云われて一方的に嬲られた。シリウスちゃんと同じく自我を失う洗脳の命令を下さなかったのは、怨恨があるからだと思うの。正確には逆恨みかな。鬱憤でもいいかもだけど」
「逆恨み……」
「ホラ……女史って、コンセプト的にはキズナの天敵として作られたわけじゃん。そんでプレイヤーたちの中で、正ヒロインだって評価してくれた。その現実的で妥当な評価を知っているからなのかな……暴力の対象になったんだと思うんだよね」
恐らくアルマローズが『自我を失え』とシリウス同様の洗脳を受ける時があるとするならば、嬲りつくした後だ。あらゆる尊厳、凌辱を迎えた後であろう。女とすら使えなくなったと笑った後に、人格の消失を迎える。
「ねえ……玄武ちゃん、このままじゃあの女、本編以上に好き勝手に暴れそうだよ。指揮者の力を消費してさ……女史的にはもうあんな姿見たくない。あの女の引き立て役になって消費され続け、擦り切れた姿はもう二度と……どうにかならないかなぁ」
「この暴走の一因は私にあるかもしれない」
「玄武ちゃん……?」
「このイベントで青龍の存在が没データ内にあって、実装が可能なんじゃないかと高望みをした。その為にやってはならない行動をしたかもしれないんだ」
「玄武ちゃんはどうしても、青龍ちゃんに会いたいんだね」
それは悪くないよ。
アルマローズは慰めるような言葉を出すが、苦痛しか感じなかった。
玄武は気負うような態度でいたものの、DL記念における抵抗の行動には何の意味もなかった。何せこの行動の全ての原因は、キズナの自我が齎した結果であるからだ。麒麟銭を隠し持っていることも、そして衣装を燃やしたことも全く関係のないものであった。バタフライエフェクトすら発生していないのである。
ただし……悪しき箇所があるとするならば、このDL記念はどういったものなのか知っていただろうに対策をしなかったこと。その一言に尽きる。
玄武は青龍がこの世界に現れるかもしれない願望に憑りつかれるあまり、強化イベントの方を疎かにしていた。シリウスは念の為を思って、ラボ内に指揮者を誘っていたのだが、まさか当の問題たる本人が真正面から来るとは思っていなかった。その二つの要素がキズナの暴走を許してしまったのだ。大きな隙を生み出してしまったのである。
「ともかく、あの女の暴走を止めないと。キズナが奥義を使うと云うことは、星の力を消費しているということだ。指揮者の力を利用している」
玄武は取り返しのつかない事態になる前に対処しなくてはいけないと考え、シリウス・アルマローズの二人を一旦医務室へ移送した。その際、先んじて医務室で治療を受けていたシボラに洗脳の持続時間について質問したのだが、「本人が解除したいと思わなきゃどうにもならねえ。任意だよ任意」と自らの力を説明するのである。希望としては、タイムリミットによる効果切れを期待していたのだが、その淡い希望は容易く脆く砕け散った。
「アルマローズ、喋るのも苦痛だと思うがキズナがどこへ行ったのか分かるか?」
「エリシオンの本拠地にはいないと思う。多分だけど……四方祭に参加しているんじゃないかな。バードとタイガーの奥義を狙っていると思うよ。洗脳と、あの二人の能力があれば超強化を受けたのも同義だから」
バードの奥義、パーティに白虎がいる場合のみ、発動可能。相手の強化状態を剥奪し、味方全体に付与する。デメリットとして、あらゆる回復行為は受け付けない
タイガーの奥義、パーティに朱雀がいる場合のみ、発動可能。味方全体の状態異常を治癒することが可能。デメリットとして、あらゆる回復行為は受け付けない。
「タイガーとバードを洗脳して指揮者同様支配下に置くことができれば、事実上無敵……と云うわけか」
「それだけじゃないよ、強化内容は攻撃力アップや体力の上限アップもあったでしょ……基本的なスペックもかなりのものになってる。タイガーとバードがいなくても、指揮者の奥義『あらゆるキャラクターをブースト可能』……二人もそうだけど、指揮者からも離すことも考えなきゃだよ」
「破格の性能だな」玄武は唾棄した。「さすが寵愛。アイツがいなきゃ攻略できないよう徹底的に仕組んできたと云うわけだな。そりゃユーザー離れも起きる」
「奥義の内容もなんかいやらしいよね。彼女らしいと云うか……奥義のコピーにストック。いつもマウントを取ったりすり寄ったりする彼女の言動がそのまま現れたみたい」
アルマローズにしては非常に珍しい陰口だ。
玄武は少し驚きつつも「そうだな」と頷きながら、キズナがいそうな場所を頭の中で考えるのであった。




