100万DL記念-5
玄武は自身の諦めが悪いことを自負しながら、麒麟銭を街中に隠すことなく所持した状態を維持した。麒麟銭がすべて集め終わったあと麒麟児による舞が始まると云うのであれば、そもそもそれを開始させない、せめてもの抵抗を見せたのである。
玄武は今の気分を一切隠そうとしない暗い表情で、復興された都市部の繁華街を通り過ぎ、下町に降り立った。かつて……このゲームで自我がなかった頃、DL記念日前ではプレイヤーの手により麒麟銭を隠す様子が観測されていたように思うが、目的のブツを隠す気になれなかった。
往来のイベント内容ではDL記念日当日、このエリア……玄武の故郷を隅々まで探し回って麒麟銭を集めようと躍起になっていたプレイヤーが沢山いたように思える。隠し場所自体はそう難しくないところに隠されており、祭は恙無く行われ、演舞を見るのが本来の流れだ。コイン三〇枚収集した時点で、舞のイベントムービーが入り、その後バートとタイガーが配布されるのだが、このゲームはサービス終了してプレイヤーの存在が実在していないので妨害しても問題はないと玄武は考える。
麒麟銭を玄武が隠すことなく所持した状態はどのような展開を迎えるのか……単純にイベント延長か……それとも終了条件の達成を成し遂げられなかった指揮者はバードとタイガーの二人を正式に仲間に加えることが出来なくなるのか等、様々なことが考えられる。
「煩わしい……」
玄武は忌々しそうに言葉を出しながら、この世界で目覚めてはじめて訪れた場所に赴く。そこは青龍と一緒に生活していたと設定されている借家である。建物の外見は復興された建造物同様に、以前の状態に戻っていた。可能性のひとつとして……そもそもここまで災害の影響がなかったのかもしれないが、玄武は新品同然になった借家の扉の前に立って、じっとその板を眺めるのであった。このドアの新しい具合はイベントに向けてアップデートが行われたがゆえの結果だと推論される。
「青龍は……私の相棒さ。強いよ。とても強い。私と青龍、二人合わさると強力無比さ」
玄武はどこか虚ろな調子で、定型文を口にする。
青龍が存在しない以上、空しさしか感じない台本の台詞であったが、微かでも良い……相棒の存在を感じ取る為に思わず口にしたくなったのである。ドアノブをそっと回して中身を開くと、以前は殺風景な室内だったのに、家具や調度品の数々が置かれていることに少し驚く。これもイベントに向けたアップデートの影響なのだろうかと思いながら、丸椅子に腰かけた。
『隠すなら、ここだな』
「…………?」
訊き慣れない声がする。
玄武は誰もいないはずの狭い室内をグルリと見回した。空耳にしてはやたらとハッキリ聞こえた声に俯いた顔を上に上げ、つぶさに部屋中を見て回るも声を出した人物らしきものに相当するものはない。
何かのバグが起きているのか……終了したゲームに謎のアップデートが入っているがゆえの異常事態なのか……。玄武は立ち上がりかけた腰を下ろした瞬間、とある物が目に入った。
それは、麒麟児の衣装であった。
「――――」
なぜ、このような代物がここにあるのだと思いながら、その衣類を手に取る。もしかしたらプレイヤーの選択肢次第で指揮者は主演側に回っていた可能性があったのではないのかと思うのだが、それならば一度玄武の頼みが断られているのはおかしい。しかもその断わりの文句には、「選択肢がないように思える」と云った発言から考慮するに、指揮者はどう足掻いてもコイン集めの役割になるのは必須だと考えるのが妥当だ。
玄武は自分のと合わせて二着ある麒麟児の衣装を呆然と見つめながら、「もしかして」と可能性を導き出す。
「いるのか、青龍……」
「―――――」
答えは返ってこない。
室内の中に消えた……その放たれた呟きは一人で勝手に落ちたと云うよりも、受け止められながら黙したように思えるのだ。もしくは……返事を出すことが出来なかった。
気の所為かもしれない。気の迷いかもしれない。過ぎたる妄執が出す胡乱な考えかもしれないが、再度確認の為に玄武は呟かざる得なかった。
「そこにいるのか、青龍……?」
「――――」
またもや、沈黙。
だがしかし……どうしてだろうか。玄武にとってそれは、無言の肯定のように思えた。
そもそも、このDL記念のイベントでは青龍の実装が多く予想された催しだ。その証拠に朱雀と白虎の存在が配布として渡され、青龍の存在だけが欠けているのはどう考えてもおかしい。運営側に何かトラブルがあったのか、突如の路線変更が起きたのか分からないがついぞ青龍が最後まで姿を現すことすらなかったのだが、『当初の予定が青龍実装予定』だったのであれば、聴き慣れない声に説明がつくように思えた。
没データ。
エオスが死亡した時に禍々しい姿となったティトノス。
没案の姿。
もしも……万が一、青龍が何かしらの理由で没案と化し、廃棄データの裏側に潜んでいると云うのであれば、やり方次第で顕現は可能ではないだろうかと思うのである。青龍が没データ内にいる、そのサルベージ法をうまく画策することが出来れば、玄武は相棒と……望み続けた存在にようやくやっと邂逅することが出来るのだ。
「…………」
玄武は麒麟銭を一枚取り出して、じっと眺めた。タイガーの手により渡されたコインは全部で五枚だが、正体のない声の云う通り一枚だけこの部屋に隠すのに抵抗はない。三〇枚集め賽銭箱に奉納しなくては演舞へ移行しないと云うのであれば、手元から一枚失い、四枚隠し持っていても支障はないのだ。
玄武は部屋の中央にある何も置かれていないテーブルのど真ん中に麒麟銭の一枚を置いた。
これは青龍が、没データ内からこの世界に到達できる希望となれば良いのだがと思いながら、机上に置かれた麒麟銭を見詰めるのであった。その祈りのような願いは藁にも縋る一心で出来た執着の凝縮体であれども、気の所為や勘違い、間違いだの指摘されようが、こころの奥深くに粘着き決して取れないものとなった。
玄武はなぜか室内にある麒麟児の衣装を丁寧に畳んだ後、その部屋から出ていくのである。




