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寵愛メアリー・スー-8

「この星を襲った星の獣の残骸がないと思ったら、ティトノス……あやつ、自らが吸収しておったのか⁉」

 キズナが本編ムービーを開始すると同時に、突如話し合いの場から姿を忽然と消したティトノス。玄武とシリウスの二人は突然発生した不可解な出来事に驚いていると、教会付近から荒々しい物音が聞こえる。二人は誘われたように音の発生源に向かうと、ティトノスの渾身の一撃を塞いだ指揮者と、守られる立場になったキズナの二人がいる。

「退け、指揮者!」

 シリウスは、修羅場と云う言葉では片付けられない鬼気迫る状況を冷静に分析する。なぜティトノスの白銀の鎧が赤黒く染まっているのか……どうして彼の足元に黒い妖精らしき存在が踊っているのか。どうして彼の影だけが血管が脈動するように赤い線が迸っているのか……あらゆる要点をまとめ、考えられる答えは一つであった。

「シリウス、多分私と同じことを考えているのだと思うのだが、ティトノスは恐らくエオスを助ける為、未知の情報を持っているであろう次元の獣を吸収した。異物と同じことをしたのではないか? 確か本編では、この星を襲来した星の残骸が残っていたし、再利用したのだろう」

「……同意見じゃよ、玄武。次元の獣は幾つもの並行世界を渡り歩いた災害である可能性が高い。初めての吸収対象が、この並行世界の惑星は低かろう。未知の力を求めた……あやつはエオスが助かるための知識を欲して禁断の果実に手を出した、と云うわけか」

 異物の特性。

 並行世界の、優れたる存在や知識の吸収。

 その未知たる情報源の中に脚本の強制力を退く力があるかもしれない。

 次元の獣をソロ討伐したティトノスはその可能性にかけ、はるかに自分の容量……閾値を超える存在に食らいつき、全てを吸い取った。教会で何があったのか……キズナに敵意を、憎悪を向けている以上、どのようなことがあったのかを容易く想定した二人は、足早に問題の地へ向かうのだ。

 正直なところ、素直な心境としては愚かな結果を招いたであろうキズナのことはどうでも良かった。ティトノスの気が済むのであれば殺されても仕方がないと本気で思っていたのだが、彼女がこの物語のヒロイン……ストーリーの要である重要人物である以上、指揮者の為を思うならば助けなければならない局面である。

 指揮者がすべての記憶を取り戻すには……自分自身を会得するには、最悪なことに彼女の存在が必要不可欠であった。この状況を冷静に分析したシリウスは舌打ちと、キズナに対する唾棄を隠すことなく侮蔑した視線で睥睨するのである。

「やってくれたのう、キズナ……どうして教会に入ったのかおおよその見当はつく。おぬしのお気に入りであったティトノスに入れ込もうとして、本編ルートを迎えようとしたのじゃな」

『わたし……わたし……何が起こったのか、分からないの』

「猫を被るなしらばっくれるな。本編通りの台詞を吐きやがて」玄武は下らないものを見透かしながら云う。「自我のないキャラクターならまだしも、私たちは人格を得た存在だ。ドジでは済まない下手をうって、いつものようによしよしと励ましてもらえると思うな。悪くないと云ってくれるものだと勘違いしないでくれ。自我のあるキャラクターは本編通りの態度じゃいられない。ストーリーの再演において、誰もお前を庇わないよ」

「…………」

「はっ、同感じゃ」シリウスは鼻で笑う。「冒頭ムービーが始まる前、情報室で本編内容を確認していたが、貴様の運営による寵愛っぷりは最早醜悪の域にまである。守護ると云いながらいつも指揮者に守られ、なよなよしておった様は実に無様。聖女だの優等生だの肩書こそは立派じゃが実物はどうじゃ? お前ほど無能な存在は見たことがない。ブーケの方が余程ヒロインに相応しいぞ」

「…………」

「それともアレか、指揮者のために命も身体も張ったアルマローズの方が指揮者に相応しいとでも云っておくべきか? 新キャラの男に粉ばかりかけるおぬしと違って、ローズは一途じゃったものなぁ」

「あの女……!」

 アルマローズ。

 シリウスの煽り……とある女性キャラクターの名を聞いた瞬間、キズナは拳を強く固めた。プレイヤーからの好感度が高いだけではなく、いつも女性キャラクターを踏み台にしていた彼女であったが、そうできなかった事実が嫉妬に火をつけ、暗い炎を灯すのだ。

 アルマローズ。

 キズナの天敵。

 最高のヒロインとプレイヤーの中でそう認識され比較され続けた、運営の寵愛のみを受けるキズナとしては再び顔を合わせることがあるなら、即座に瞬殺することを密にこころに決めていた存在である。

 図星ではなく地雷を踏み抜いたシリウスはキズナの相手をやめ、ティトノスを顧みる。本音としてはキズナは殺されても構わない……いや、今回のように相手の邪魔をし、皆から愛されてしかるべき存在など傲慢な考えを持っているというのなら死んでおくべきだと思うのだが、彼女は運営の寵愛を受けた存在である。だから後付け設定で……もしくは彼女の存在を好いてもらおうといらぬ努力をした結果なのか分からないが、指揮者の記憶を取り戻すのに必要不可欠なピースとなっていた。

 その上、ムービーがはじまれば脚本の強制力……エオスが死亡したことで軌道修正が図られたことが分かった現在、最悪なことに死なれては困る存在になっているのであった。キズナがもし死ねば――殺されればどのような因果の埋め合わせが起こるか分からない。このゲームそのものが破綻するか、現実世界で致命的な現象が起きるのか全くの未知数であったのである。

 だから、渋々と云うより嫌々ながらキズナを殺めようとするティトノスを止めなければならなかった。

「のう、ティトノスよ。おぬしの気持ちはわからんでもない。いつも運営に守られていたこの女のことじゃ。本編通りの内容が……何時もが罷り通ると思って愚行を招いたんじゃろうが、指揮者のことを思えば止めざるを得んよ」

「――――!」

 怨敵を庇うような発言を耳にして、殺気をあらわにした視線。限界まで緊張感が高まる中、玄武は横やりを入れた。

「シリウスは別にキズナのことを庇っているわけじゃない。指揮者のためを思っての発言だ。憎まれ役を買っているだけでしかない」

「この物語は終わっている! 指揮者に自我がないと云うのであれば、プレイヤーの観測がないのなら、あの女は死んでも構わないじゃないか!」

「確かにそうだが――!」

 玄武は怒鳴り声と共に横に突き飛ばされた指揮者を正面から受け止めた。こういった行動を見て思うのは、「やはり自我を得たとしてもキャラクターである以上、主人公のことを本能的に好いてしまうのだな」と云う感想である。ティトノスは突き飛ばす真似に出たが、あの殺気を考えれば剣で貫かれても何もおかしくはなかった。

 玄武は受け止めた指揮者をそっと丁寧に傍に置いた後、自身を庇う盾がなくなったキズナに向かって凶刃を振り下ろそうとするその一撃を、玄武の氷のガードで塞いだ。そして間髪入れずに注意を入れる。キズナに向かって「お前の為ではない!」と指さし叫ぶのだ。

「すべては指揮者の為だ! 自分自身を取り戻すためだ! そのためにお前が必要なだけで、本当はここで死んでほしいぐらいだぞ!」

「…………何よさっきから……わたしの命はどうでもいいって云うの……?」

「それはおぬしが踏み台にしてきた、女性キャラクターが云うべき言葉じゃろう。被害者ぶった言葉を吐いておらんで、現実を受け止めんか。公式でほぼ恋人同士寸前だったかどうか知らぬが、自我を持つティトノスは決してお前を愛さん。好感度はゼロどころかマイナスじゃ」

「うっるさいわね……! わたしはただ、プレイヤーたちが望んだ『そうあれかし』を……!」

「実際、一部を除いてプレイヤーたちによる評価は、批難轟轟だったじゃないか。『そうあれかし』を便利な言葉のように扱っているが、俺は指揮者を限界まで擦切らせて消費したのを忘れん。聖女だの何だの肩書に見合わん女だと思っているよ。お前は本編やイベントで一体どれほど慰められてもらった? 何度主人公に肯定してもらった? 守護ると云いながら逆に敵から庇ってもらった? 何回肉盾にした? そして……一体どれほど指揮者の肉体や精神に負荷がかかり、傷付いたものだと思っている? いや……思ってすらないだろう。なぜならお前は、指揮者は自分を飾り立てる道具にしか思っていないのだから」

 キズナは玄武の言葉に怒りのあまり、光の波及……攻撃を行う。

 だがそのヒステリックな行動はあらかじめ予見されていたのか、アッサリと躱されてしまう。ただの無意味な攻撃に終わった。

「皆さんが何の話をしているのか分からないのですが……ティトノスさんを止めないと……」

「指揮者……」

 キズナとは全くことなる、好感度の高い指揮者。

 プレイヤーに対する接待と云うわけではないが、キャラクターである以上、その本能に逆らえずどうしても何もかもを好意的な存在として受け取ってしまう。『そうあれかし』の効果と云うよりもそれは、指揮者の結末を知っているがゆえの反応であった。

 玄武は情報室で確認した本編の内容……指揮者の身体・精神諸共痛々しい姿になり、キズナに逆らえない様子はまさに奴隷と云っても差し支えなかった。鎖のついた首輪を嵌められボロ衣こそ着用していないが、比喩的にキズナは金属製の紐をリードする存在であったのだ。

 シボラは召喚して間もなくキズナの存在を見て、同類のにおいがすると述べていたが他者を自身が満足する道具にする点において、確かにそうである。いや、男をアクセサリーやスターテスにする女特有のその行動は、皆……キャラクターの皆に好かれる指揮者の横ではなく支配的な上に立つことで、最高級のブランド品としてキズナは消費していたのだ。いざという……少しでも批難を受けそうな場合、その存在をあらゆる盾にして……。

 それゆえ、運営の寵愛。

 プレイヤーの間では下駄を履かせる描写を、ノルマを超えてカルマとまで云われている始末である。

「エオス、エオス……エオス!」

 ティトノスは闇の染まったその色合いを強く出しながら、愛しい存在の名を呼ぶ。自ら闇の中に転がり落ちるように深く染まっていく様は、狂気すら感じた。指揮者がエネミーから助けてもらった時に思わず呟いた、「星の王子様」のあだ名が似合わないほど、正反対な姿へとなっていく。

「……玄武、わしの記憶の中ではティトノスは非常に強い精神性を持っていたのではなかったか? あれほど闇に染まっていく姿……それを間近に見ておるが信じられん。どういうことなのじゃ?」

 本来のキャラクター性が重要視されるのであれば、慟哭に嘆き悲しむことこそあれども闇に落ち、変貌した様子など見せないはずだ。寧ろ、その悲しみさえ乗り越えて指揮者とはまた異なった光の存在として君臨していたはずである。

 だのに……ソロ討伐……次元の獣を逆に取り込んだ影響か……いや、例えその悪影響があったとしても斯様に堕ちることなどありえない。そもそも本編の内容で次元の獣を逆に吸収しても道を違えた善なる存在はいた。そちらの方では明らかなパワーアップの恩恵を受けながらも、ティトノスのように闇に染まることなぞ無かったのである。

「自我があるからか? キャラクターにはあり得ぬバグじみた自己の習得……その挙動があやつをああさせておるのか……いや、しかし……」

「没案」

 玄武はポツリと呟く。

 自我が目覚めてゲーム舞台に立つ前、情報室で垣間見た閲覧内容を必死にかき集めるのであった。

「……私はシリウス同様、情報室らしきところで本編の内容を見た。そこで自分はどういう扱われ方をされ、戦い方、スキルがあるのかを確認したのだが、それ以外にも得た情報がある。その閲覧した内容には、キャラクターの初期案や没案などの情報も詰まっていた」

「つまり――」シリウスも情報室で入手した内容に心当たりがあるのか云う。「ティトノスはエオスが死亡した場合、本編では闇落ちする初期想定があったと……」

「没データの中にはシリウス……お前がマッドサイエンティストになって指揮者に反逆する裏切りのデータもあったぞ」

「なんと――それは……わしの性格上、やってしまいそうじゃのう。と云うか、機会があればやるじゃろうな。シボラのこともやいやい云えんわい」

 それにしても……と玄武はキズナを足蹴にする形でティトノスの攻撃から庇いながら、ふと思う。

 本編内容は――殊にムービー内容が顕著であるが――非常に強い強制力と本来あるべき形として軌道修正を図る。だがしかし、没案の内容ならば現在闇落ちしているティトノスのように改竄を加えることが可能という、新たな事実の発見した。

 ちなみにシリウスの裏切りの初期案についてだが、彼の休暇服及び親睦イベントで半ばにおわせのような伏線が張られている。運営が博士キャラは貴重だと判断して内容を変えたのか分からないが、本編では最後まで裏切ることはなかった。シリウスはあらかじめそう云うキャラクターとして作られており、可能性としては低いもののこれから先、離反の可能性は否定できない。

「ふっ――」

 玄武の遥か後ろで乱暴な所作で吹き飛ばされたキズナが、何事か喚く声が聞こえる。玄武はその訴えを聞き逃しながら、ティトノスの振るう刃を何とか塞いでいた。フィールドは雪原。氷属性の玄武としては有利なものであるが、ティトノスもまた同じ氷属性。しかも上位互換と云う言葉では片付けられない、デバフ……動作速度やスキルチャージに遅延効果を齎すのではなく、時間停止の奥義を持っている。

 ティトノスは次元の獣をソロ討伐したように奥義をいつ使ってもおかしくはなかったが、教会全体を覆う形で時間停止の奥義を消費していた所為か、その力を使うことが出来ないようであった。この情報は朗報であることは確かなのだが、正直な話、それでも勝てるかどうか怪しいところがある。

 何せティトノスはシボラと違って、ガチャから出てきていない。スターテスがレベル1と云う初期化になっていないのだ。推測されるレベルとしては上限まで引き上げられ、その上、次元の獣の力による黒き恩恵を受けている。精神状態は錯乱……と云うよりも狂乱じみているが、その強さに一切の衰えはなかった。

「…………」

 玄武はティトノスの持つ氷の刃を見詰めながら、現実のプレイヤーが自身をどうやって操作していたのか……記憶を発掘するのである。

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