寵愛メアリー・スー-7
「待ってください、キズナさん!」
「うるさい、黙れ! 所詮、自我のない木偶風情が!」
わたしは王子様に強烈な拒絶を受けたのだぞ――とキズナはどこまでも自分本位な怒りの中、雪野原を歩んでいく。あの目、敵を見るようなあの目線。どうにかして、あの敵愾心に満ち溢れた感情を撤去しなくてはならないと思うのである。
「そもそもなんでよ! 本編ではわたしとティトノス様はほぼ恋人扱いだったじゃない! なんであんな敵意むき出しなのよ!」
わけが分からない。
脚本と違う大きな相違、好感度。
本来ならば全ての女性キャラクターは踏み台で、男キャラは全員好意を向けていたではないか。あのド外道のシボラでさえも、エリシオンで仲間になったあと特別扱いしていたのに、どうして毎度毎度無視されたり嫌味を聞かされなければならないのか。
それが彼女には分からなかった。
「わたしの存在がみんなの喜び、わたしの言葉がみんなの幸福、特別な存在! 本編でもイベントでもそうだったのに、どうしてみんな邪魔そうにわたしを扱うのよ! あんなに善くしてくれたじゃない。わたしの発言や行動を肯定するのが義務だったじゃない! おかしいおかしいおかしい。この脚本は狂っている!」
「キズナさん……?」
ぶつぶつ。
爪を噛みながら独り言を云う彼女の様子に、指揮者はたじろいた。妄執さえ混じった鬼気迫る表情は、卑しい女そのものの顔であったからだ。いつもは柔和そうなで慈悲深そうな表情を絶えず浮かべている。
だがしかし、『そうな』……そのように見えるだけでその本性は全くの別。主人公の自我がないことに本音を云う今の姿こそが、真実の姿であった。
「ティトノス様は男共の中でもお気に入りの存在だったのに……どうしてあんな……! ああもう苛々する! 慰めの言葉も考えてきたのに、どうして! どうにかして名誉挽回しないとわたしの存在が落ちる! あの女よりもわたしの方が良いってティトノス様に認めてもらうにはどうしたら……」
そこでふと……キズナは思い出したように、人知れず淋しい場所に建設された教会を見る。そこにはイベントムービーが始まる前に、ティトノスの時間さえも凍てつかせる強烈な氷と呪いの相乗効果によって、時間停止していた。外部の者は……殊にストーリーの進行になりそうなエリシオンの人たちが入らないように強く云っていたのだが……。
「そうだわ……わたしが彼女を助ければ……いや、助けなくてもいいんだ。本編では慰めることができた。わたしと公式でほぼCPが成立していた。脚本の強制力があると云うなら、軌道修正の力で元に戻すことができる。歪んだこの状況から、脱することが出来るんだわ! そもそも前提がズレてたのよ。あの女が死ぬ、そしてわたしが慰める流れに入らないといけなかったのだわ。因果関係でそうならなかったのね。ルートに入ってなかったのよ」
「キズナさん……さっきから一体何を……」
「ねえ、指揮者……あの教会に行きましょう! わたし、解決策を見付けちゃったの」
「え⁉ 本当ですか」
解決策。
それは彼女にとっての……彼女にだけ都合の良いそれであるが、指揮者は気付くことはない。もしも玄武、シリウス、シボラの自我のあるキャラクターがいれば、間髪いれずに阻止の言葉と行動を起こしていたことであろう。だがしかし、今この場で誰も彼女を止める人はいない。
キズナは指揮者と共に近寄るなと云われていた教会に向かう。彼女は指揮者の傍から一歩離れて、「まるで本編の再演ね」と独り言を述べた後、その扉を開くよう頼み込むのであった。
「さあ、指揮者。この教会の扉を開いて」
「え……でも、ここは何があっても開いちゃいけないって約束したんじゃあ……」
「解決策を見つけたのよ。事は急を要するわ。話し合いをして許可を得る時間なんてないの。あのね指揮者……ティトノス様の時間停止の魔法は半ば解けかかっているの」
無論、嘘である。
しかし切迫した『ような』雰囲気で指揮者に頼み込むキズナの言葉に、指揮者はごくりと生唾を呑んだ。本当なら今すぐにでも皆の元へ戻って話し合い、許可と承諾、理解を得た後、扉を開くべきだろうと思うのだがキズナがそうさせない。指揮者からみれば必死な様子に『見える』キズナの言葉によって躊躇いが生まれ、本来やるべき行動が疎かになった。
しかし……打開……解決策がどんなものなのか聞いていないことを思い出した指揮者はそのことについて言及するが、「急いでいるのよ!」と急かす彼女によって言葉が遮られてしまう。
「…………」
本当に良いのか、この判断は正しいものなのか。
指揮者は非常に強い悩みを抱くも、教会の扉に手をかける。そして一枚壁のような木製の扉をぐっと圧し力を掛けたところで、首を振るのだ。
「キズナさん、急ぐ気持ちはわかるけどやっぱりみんなと話し合いをした方が良いと思う」
「うんその気持ちはわかるわたしも是非そうしたいところなんだけどね」キズナは苛立ちを隠すことなく早口で捲くし立てる。「急ぐって云っているじゃない、分からないかなぁ⁉」
面倒臭い。
キズナは教会の扉を開いた責任の所在を指揮者に擦り付けるつもりで、その戸口を開くように命令を下していた。だが躊躇する様子を見て煩わしさを感じたキズナは、半ば強行突破で指揮者の背後に回り、体重を圧した。いくら女性一人分の軽い体重でも、突進に近い背後からの体当たりは不意打ちも相まって木製の扉をグッと強くおしてしまう。指揮者は半ばまろびかけながら前方に手をついたのだが、その衝撃で教会の扉は開かれてしまった。
『ほう、貴様は指揮者……非常に珍しい魂の色をしておる。異物の胎の中に吸われてしまったと聞いておったが、なるほど、そうか……そうであれば、そうであるのならば確かに記憶喪失程度の損壊に留めよう。お前はあまりにも情報量が多すぎる』
ティトノスの手によって順序狂いが生じたものの、この脚本の台詞、ムービー突入の本編の再演が始まった。
本来の流れは指揮者がティトノスに救われ、エオスと出会い彼女が死に、そして次元の獣を撃破する流れであった。本編の正史と述べるべきか、既に先んじて倒された次元の獣の因果的な埋め合わせをするために、エオスの死を絶対に必要にした異様な強制力を持つ本編が開始されたのである。
この行動、発言、すべては自我を得たキャラクターでも逆らうことができないムービー内容。
エオスと呼ばれていた女性は指先に止まった氷の蝶を教会の奥へ飛ばしながら、指揮者のことをまるでわかったように云う。脚本に巻き込まれた指揮者は扉の開閉の問題を忘れたかのように、『どういうことですか』と脚本の内容をなぞるのであった。
『なに……同情心だ。己のことを忘れてしまった自身は辛かろう。かつて妾も、そう努めようとしたことがあるが、何も知らぬ子供の状態に戻るにはなぁ……』
『それって、魔女だの何だの云われて迫害されていた過去が関係しているのですか?』
『随分とズケズケと聞くものだ。まあしかし、否定の言葉は持たんよ。妾のことを魔女だと恐れる愚民共から逃げ、記憶を封印し子供の姿にでも偽ろうかとした直後、森の中に捨てられた赤子がおった。人間の愚昧にほとほと呆れながらもな、どうしても見殺しにすることなんぞ出来なかった』
『その引き取った赤子と云うのが、ティトノスなんですね……』
指揮者はそう云いながら教会の中央に佇むエオスに接近する。キズナも同じように背後に連なっていた。
『妾のことは、愚かだと思うか指揮者?』
『いいえ……俺の周りは、みんなは……優しく、魔女だの何だの追い立てるような真似は受けていませんが、もしもあなたと同じ状況に立たされたのなら、やっぱり赤子を見捨てることはできませんよ』
『あの子は強く育った。星の命である妾が育てた所為か……祝福……とでも述べようか。普通の人の何倍よりも強い。指揮者……お前と同じく、星の力を持っている』
『助けてもらった時のことを思い出します。あの姿は……騎士の振る舞いは王子様のようでした』
『王子か……甲冑なんぞを着て騎士ごっこに興じておるが、男の子は何時まで経っても丁度良い棒切れを剣に見立てる冒険が好きなようだ。あれもその類であろう。妾を守ると云いながら、その役割を楽しんでいるんだよ』
妾は守られる姫ではない。
エオスは苦笑……笑いながら云った時、キズナの足元に黒いシミのようなものが生じる。それは最初影のように濃度の低い黒色であったが、一瞬で泥沼のような濃いものへと変貌する。そして、まるで砂鉄が磁石のあとを追うように鋭い触手の形になったかと思うとキズナに向かって、刺突の様を見せるのだ。
脇腹を狙い、斜め下から心臓を穿つ一撃は棒立ちになった『ムービー中のキズナ』を願っている。彼女は微笑しながら、突っ立っている。そんな中、キズナを吹き飛ばすものがいた。それはエオスであった。
『きゃっ』
エオスの手によって吹き飛ばされたキズナは床を転がる中、内心ニヤリと笑って脚本通り動くムービー映像に満足感を感じた。映像の内容を再演しているだけでしかないのだが、彼女はわざとらしく顔を上げ、エオスの方を見ると彼女は地面から生えた触手――この星を襲おうとしていた次元の獣の手下である触手が、キズナを突き飛ばし庇ったエオスの心臓を綺麗に穿っていた。
エ オスは最後に指揮者を見て『小僧』と呟いた直後、ドタバタと金属音と共にこの教会に足を踏み入れるものがある。それはムービー映像、強制的な本編の再演に巻き込まれたティトノスが半ばワープする形でこの場に乱入したのであった。
ティトノスはキズナを罵倒するよりも前に、脚本通り愛しい存在であるエオスに近寄り、黒と赤色の入り混じった禍々しい触手をその大剣で切り伏せる。それから、まだ体温のあるエオスの身体を抱きしめ泣き叫ぶのであった。その激しい感情は、いきなりの不意打ちで愛しい者が死んだからではない。この場に立ち入らないことを約束したのにも関わらず、愚行を招いて取り返しのつかない事態になったことを怒り苦しみ嘆いているのであった。
「ああああああああ!」
エオスの死。
問題のムービーが終わった時、ティトノスは両膝をつきながら亡骸を強く抱きしめる。心臓を貫いた触手の一撃は即死そのものであり、いかな治癒や医療を施したとしても蘇ることはないだろう。この星が新しいエオスの肉体を作ったとしても、これまでの記憶は継続されない。事実上の死であった。
彼の慟哭が教会中に響く中、キズナは悲し『そうな』表情を浮かべて、怒りと嘆きの感情をむき出しにしたティトノスの傍に寄るのである。
「ティトノス様、悲しまないで」
「あああ! ああああぁあああ!!」
「わたし、止めたんですけど……指揮者が解決策があるからって云って……わたしもそれを信じて――「うるさい黙れ!!」
ティトノスはキズナの茶番を全て見透かしているのか、その言葉に一切惑わされることはなかった。血のような……黒く酸化したような紅涙を流しながら、死の温度、熱の下がり始めたエオスの柔らかい身体を抱きしめるのである。じきがくれば、死後硬直が始まることであろう。
「エオス、エオス……俺の……俺の愛しい人……どうして、どうして……この死は避けられたものかもしれないのに……何故、何故だ! どうしてだキズナ! どうしてお前は教会に立ち入った‼」
「違います! すべて指揮者が――」
「嘘をつくな! 指揮者がそんなことをするはずがない! あいつは約束してくれた! だがお前は、嘘を吐く売女のお前は違うだろう! お前が唆したんだ!」
「どうしてそんなひどいことを云うんですか⁉ わたしとあなたは本編ではあんなに仲が良かったじゃないですか! まるで恋人同士のような……」
「運営の寵愛を一身に受けた事実の歪曲なんぞ知らん! お前はそんなくだらない物語の再演のために俺からエオスを奪ったのか⁉」
訊いているだけでこちらの身を切り裂くような、慟哭が響く。
ティトノスはエオスの身体を抱きしめながら、周囲にこの星を襲撃しようとした手下共を呼び起こす。その手下は――本来敵である次元の獣の手下を操れる理由は、ティトノスが持つ『異様な力』に関係していた。率直に述べてボスエネミーを倒した後、その遺骸を吸収したのである。
彼のソロ討伐、そうして逆に次元の獣を吸収したその膂力は凄まじく、そして悍ましいものであった。ティトノスの周囲に赤黒い丸みを帯びたシルエットの人型をした妖精らしきものが踊っている。その妖精らが何事かを口ずさみ手足を動かすと同時に、ティトノスが身に纏っていた白銀の甲冑に変化が起きる。そして鎧だけではなく、彼自身の影も赤黒く染まっていた。
エオスを抱きしめ膝をついた足から徐々に赤黒い色が這い上がってくる。ティトノスの影はまるで意思を得たかのように立体的になり、頭上から覆い被さった。彼自身の影がドーム状に全てを覆われ、そして数秒で霧散した後、そこにいるのは闇に落ちた星の王子の姿であった。
「なにあれ……」キズナのゴミでも見るような目。「キモっ」
ティトノスはエオスに氷の棺でも作るようにその全身を凍てつかせる。次元の獣の力の入り混じったその氷の強度は凄まじく、鉄よりも遥かに硬いものだろう。
ティトノスは氷の棺に安置させられたエオスを自身の影の中に匿い、そして鎧特有の金属音を立てて剣を手に取る。そして首を動かしてキズナを睨み付けた後、咆哮と共に全力で襲い掛かるのであった。
それは怨敵に対する振る舞いそのものであった。
憎しみしか、ない。




