寵愛メアリー・スー-6
「君たち、冒頭ムービーが始まった時、身体が自由に動いたかい?」
それは……。
皆が思わず沈黙に徹した反応を見て、「やはり」とティトノスはとある確信を得るのであった。
「動けなかったんだね……?」
「その通りだ、ティトノス。操り人形と云うか何と云うか、強制的な脚本の力に一切逆らうことが出来なかった」
「ティトノス様、それは仕方のないことなんですよ。わたし達はキャラクター、この世界の物語の素材だからこそ、大筋の脚本に逆らうことはできません。ムービー外ではある程度、言葉の自由や行動に自由が利きますが、大まかな道筋には逆らうことが出来ないのです」
キズナは玄武の続く言葉を取りながら、そう述べる。
ティトノスは半ばキズナの言葉を無視しながら、「やはりムービー開始直後に時間停止の奥義を使ったのは正しかったか」と独白するのである。シリウスは聞き逃すことなく、その呟きに嘴を挟めた。
「ティトノスよ、どういうことなのか順序立てて話をせい。要領を得んわい」
「ああ、そうだったね。俺ばかりが納得することばかりで、頭が回らなかった。まず前提の話に戻ろうか。皆に再確認して欲しいことがあるんだけど、この新章の大まかなストーリー内容は何だったっけ?」
「まず、指揮者がエネミーに襲われてティトノスに守られる。それからエオスと合流した後、次元の獣が襲来。小賢しい次元の獣の手下によってエオスはほぼ不意打ちに近い形で死亡。それから、戦略をたてボスに挑む……と云った内容じゃったな」
シリウスは新章の内容を思い出しながら云う。ティトノスとエオスのストーリー内容は、初の死者が出たということもあって、鮮烈にその中身を覚えているらしかった。
「うん、それが大まかな脚本だ。だが俺は自我に目覚めてから直後、この先のストーリーがどうなるか知っていた。だから俺はエオスが死亡する未来を回避するために先んじて、この世界に紛れ込もうとしていた次元の獣を一人で撃破したんだ」
脚本の改竄だね。
罪深い所業かもしれないが、どうしても彼女を――エオスの死亡が認められなかったティトノスは躊躇することなく行動を起こしたのだと云う。
「ボスの単独撃破には成功した。この功績は物好きであるプレイヤーたちがよくやくやっていた行動を真似た結果なんだ。同じ氷属性の玄武の縛りプレイはよく参考になったよ。君、よく物好きなプレイヤーでは高難易度でソロ使用されていたからね」
「ああ……やはり、プレイヤーの影響を色濃く受けるのだな。『そうあれかし』以外にも……」玄武はどこか納得したように云う。「つまりティトノスお前は、現実のプレイヤーじみた真似をしたわけだ。最弱パーティでボスを倒すとか、奥義を使用しない縛りプレイ、ボス撃破のRTAみたいな……それと同じ行動を……」
「ああ、そうだよ。俺には自我が宿って、そして意思もある。リアルプレイヤーの戦闘スタイルを参考にしながら、次元の獣が現れた瞬間、時間停止の奥義を使って、ひたすら攻撃。時間停止が切れそうになったら、奥義延長の効果を持つ道具を使う」
「……ティトノス、お前の奥義は一方的に攻撃できる破格のものだが、奥義の延長はそううまくいくものだったのか? そんな使い方をすればゲームバランスが崩れる。運営はそうさせないよう調整していたように思えるが……奥義持続効果を持つアイテムは二回しか使えないのが鉄則だっただろう?」
時間停止がエネミーを倒すまで持続可能だなんて、壊れも良いところだ。だが、ティトノスが時間を凍らせた対象はボスエネミーそのものではなく、次元の獣が出現しようとした瞬間。脚本の強制力を持つムービーが始まり、時間停止の奥義は戦闘時を定めたのではなく、ムービーがはじまるコンマ一秒の刹那を狙った時間停止だった。それは戦闘時に含まれていないがゆえに永続の攻撃時間が可能な、裏技といっても過言ではないシステムの穴を突いた戦法だったのである。
「確かに、戦闘時に奥義持続効果を有するアイテムは二度しか使えない。それならば、戦闘以外に使えば良い。これはプレイヤーには決してできない、自我を持つキャラクターにしか許されない戦い方だ」
ティトノスは戦闘時間に入る直後、一方的な行動を行った。通常のプレイでは時間停止の奥義は攻撃よりも味方の立て直し……回復等が優先されるものであるが、キャラクターが自我を持てばこのような使い方が出来ると述べるのである。
「順番の踏み倒し……エリシオンのキミたちが来るよりも前に……そして次元の獣が手下を使ってエオスを襲うより前に全ての問題を解決した。解決したと……そう思っていた。だけど、彼女に会いに行こうとした瞬間、教会周辺には次元の獣である手下が『本編通り』集っていた。俺はあの建物に入ればムービーがはじまってエオスが死ぬことを察知して、教会全体の時間を凍らせた」
ティトノスはムービーの内容を否定し、開始することさえ許さず時を定めたのだと云う。
大元……諸悪の根源が既に死亡しているのにボスの手下がエオスを襲っている理由は、おそらく因果を捻じ曲げたことが原因にあるのだと推測される。残酷な話だがティトノスが踏むべき手段は、脚本通りのそれだった。改竄された現実ではない、本来のストーリーを迎えていれば、エリシオンの仲間と分担作業を行っていれば、ボス撃破と共に手下は同じように霧散しただろうに、時間狂わせの行動を起こしたが為に因果が狂っているのである。
因果の狂い、事実の補強……それをより分かり易く解説するのであれば、ボスが倒されたのならば、それよりも前にエオスが死亡した脚本が必要とされた。因果を……物事の順序を埋め合わせる為に、脚本は非常に強い強制力を以て、事実を正そうとしているわけである。皮肉なことにボスが死んだことによって脚本は整合性を強め、エオスを殺した事実を絶対的に必要としているのだ。
正直……先手をうったつもりが、それは何よりも最悪な悪手であった。
ティトノスはその事実を……己の愚行を悔やみながら拳を強く握る。
「結局……俺たちは人格を得たものの、脚本から大きく外れた行動は許されない。事変の改竄は許されない。特にムービー内容は改変が効かない。皆一様に脚本の操り人形となるんだ」
でもだからと云って、母親でもあり恋人でもあるような……師にして守るべき女性であるエオスの命を諦めることは出来ない。
ティトノスは懊悩に唸りながら、そう云うのである。
「だから……打開策、彼女を救う方法が見付かるまでは決して教会に足を踏み入れないで欲しい。時間を凍らせたと云っても、第三者……殊にエリシオンのキャラクターが不用意に接触すれば、物語は進み、そして恐らく……脚本通り、彼女はムービー中、死ぬ」
「だから、物語の進行を危惧して、我々の介入を阻止しておったのか。確かにあのムービー中、手下に気絶されたキズナ……エオスを助けようと奮闘していた指揮者がいたものの……結局はどうすることも出来なかったのじゃからな」
「あの時、次元の獣の手下に遅れを取らなければ、わたしが皆を守護ることは出来ていたと思います」
キズナは、悲し『そうな』表情でそう云う。
その呟きを玄武は無表情で見ていた。
「正直、俺たちが介入するべき問題はボスエネミーの存在なんかじゃなくて、脚本の改竄……もしくは空白化にあると思う」
「改竄ならまだしも空白じゃと? おぬし、それは……指揮者が人格を取り戻さない未来を意味しているのではあるまいか?」
「そもそもこのゲームは、ストーリーは終わった物語だ。『そうあれかし』……キャラクターの本能に従って、設定に忠実でいたいのならそれで良いと思う。だが俺は、それでも……現実世界のプレイヤーの思念を受けてか、エオスと共に笑い合うIFの未来を描いてみたい。絵空事じみた、子供のような空想だと云われようとも二次創作で幸せな姿が幾つも描かれた。紡がれた。このゲームはエンドを迎えている以上、残されたキャラクターは希望に縋っても良いはずだ。不運を退け、幸福を掴んでも良いはずだ! IFを実現させて何が悪い!」
「でも、ティトノス様……それは敵であったエネミーと同じ行動原理なのではありませんか? お二人が笑い合い慈しみ合うその未来はわたしも望ましいものだと思いますが、そのような行動を起こせば、このゲームにどのような余波が広がるのか分かったものではありません」
「優等生の言葉が聞きたいわけじゃないんだよ!」
ティトノスは我慢の限界を超したのか、キズナの頬を力強く打つ。
乾いた音が響く中、誰も動かなかった。
「出ていけ、キズナ! お前の顔は見たくない! お前はあのムービー中気絶していたが……そもそもエオスが死んだのは、お前の身を守ったからじゃないか! お前がいなければ死ぬことはなかったのかもしれないのだぞ!」
「――――っ!」
拒絶に満ち満ちた言葉に、キズナは両目の縁に涙を浮かべる。打たれた頬を押さえながら、反論したいことを呑み込むが、その内容は事実を指摘したティトノスを責める言葉でも、人間らしい感情の発露ではなかった。気絶して守られた失態の指摘に言葉が詰まったのではなく、まるで恥をかかされた叱責、そしてティトノスが恨みがましいと睨み付ける目に、誤解だの弁解を許さない絶対さがあったからである。
何も云えない。
キズナは涙を数滴流しながら、「ひどいじゃないですかぁ……!」と蚊の泣くような声を出して、その場から立ち去る。事情をあまり深く認知できない木偶人形の指揮者は「キズナさん!」と心配のあまり、その後ろ姿を追いかけるのである。
「……指揮者はいつも、あぁなのか……」
「そうじゃな。自我がない以上、脚本には逆らえぬようじゃ。そのまま接すれば、共依存……ボロ雑巾のようになると云うのに。わしはそうならぬよう注意を払っているが、どうしたものか」
「寵愛……」
これまで黙ってみていた玄武はポツリと言葉を出す。
あまりにも『適切』な言葉に一同は俯いた。
「玄武……そう云えばお前も被害者か。青龍が実装されると多くのプレイヤーが期待したDL記念……あのイベントは彼女の独壇場になったが、本来は……」
「云うな、ティトノス。傷口が広がる」
「……悪かった」
数分間、長い沈黙がその場を支配する。
黙した時間に痺れを切らして耐えられなくなったと云うわけではないが、シリウスは「脚本の改竄とは何をするつもりなのじゃ」と話を戻す。
話を振り戻された本人、ティトノスは「分からない。分からないが目覚める前、透明な空間で情報室らしき場所があった。そこに戻れば本編の改竄ができるんじゃないかと思うんだ」と、静かに答える。
透明な空間に情報室。
玄武はティトノスも同じ場所を経由して目覚めたのだなと思いながら、キズナと指揮者の遠ざかる足音を耳にするのである。
二人はどこへ向かっているのだろうか?




