寵愛メアリー・スー-5
基底現実から異なる別の世界とは、人類の選択肢によって枝分かれした並行世界である。
玄武は目をゆっくり開くと眼前に広がるのは、どこまでも広がる銀世界。柔らかな太陽光を浴びて自ら輝く雪の草原であった。遠方に城じみた教会らしき建造物と針葉樹の群れがあり、森の中では荒々しい肉食動物が息を潜めていた。
ここが本章の舞台、異世界である。
玄武は皆が無事並行世界に渡航成功したことを確かめる為に周囲を見渡すと、指揮者、シリウス、キズナの皆が五体満足の状態で存在しており、何事も危険なく世界を渡り歩いたことに安堵する。並行世界の渡航行為は、人物と時と場合によっては肉体の欠損や消失といった現象が度々報告されており、渡航成功率が100パーセントである証左オールグリーンが断言されても、油断のならないものであった。
なぜそのような現象が起きるのか……それは異世界に赴くと云う行為自体が、別次元を渡り歩いた次元の獣と似たような存在になるからである。別世界の介入はどれほど善なる行為が目的であったとしても、現状の状態は『異物』と変わりないからであった。世界が、『異物』を拒む意思があれば支障が生じるのである。
エリシオンとは異なった寒気にキズナは「凍えますね」と我が身を抱きしめる中、雪を踏みしめる音がする。見ればそこにいるのは、銀世界よりも遥かに映える銀色の頭髪をした鎧甲冑の青年がいたのである。
『星の王子様……』
指揮者はその姿を認めてすぐ、口にした。星の王子様と呼ばれた銀髪の彼――ティトノスは二度目になるその反応が少しだけおかしかったのか、少しだけ笑った。しかしその笑みはすぐに消え、暗い表情になる。
「玄武、シリウス、キズナ、それに指揮者……久しぶりとでも云うべきなのかな?」
どういった挨拶の言葉が相応しいのか言葉に迷っていると述べると、「どれでも良いじゃろう」とシリウスは云う。それはどうでもいいと云う意味ではなく、久し振りもまたその逆も適しているのでこだわる必要はないと暗に告げるのであった。
「まず事情を説明するが、ティトノスよ。わし、玄武、キズナには自我はあるが指揮者にはない。星の王子様と云ったように、思わず本編たる脚本に沿った二度目の行動を起こすじゃろうが、そこは大目に見てはくれぬじゃろうか?」
ちなみに主人公がティトノスを見て、「星の王子様」と云ったのはその第一印象から来た言葉である。本編ではエネミーに襲われた指揮者を助け、思わず呟いた……といった流れであった。
「指揮者――主人公に自由意思はないのかい? だとしたら、どうして俺たちは……」
自我を得てしまったのか――と皆が抱いた疑問を口にし悩むも、その問題は些事としてすぐさま片付けられてしまう。
「こちらの状況を説明するなら、エオスには自我はなかった。どうやらこの星で俺だけが自我に目覚めたことになる」
「なんと……星の命は自我を得ておらぬのか……こちら側の介入を拒絶したからてっきりあるものじゃと思っておったぞ」
並行世界における地球の命、エオス。
それはエリシオンの世界における星の命と同様に、人型の鋳型を創造して人に紛れて生活している存在であった。不老不死のような様を見せることから、この世界の人々から魔女だの何だの呼ばれており、煩わしいことが嫌いだったのかひとけのないところで暮らしている。
ティトノスとの関係は森に捨てられた赤ん坊を拾い育て上げたと云うものであり、両者の関係は親子でありながら、どこか恋人同士のような……教えを乞う師匠でありながら守られるべき女性であり、弟子でありながらも守護者たる一人の騎士のような、一言では語りつくせない関係である。複雑とまではいかないが、互いが互いを必要としている、非常に深い仲であった。
エオスはティトノスの師と云う立ち位置であるがために、可能な限りの教育と知識を注ぎ込んで、単純な物理的な強さだけなら人型の状態であるエオスよりも遥かに強い。教育による影響か、『星の力』なる特異な能力を持っていた。この星の力は、地球に密接な関係を持つ人のみが持つ強烈な力だ。
ティトノスはエオスより強い……と述べたが、地球の命そのものが人間に混じって生活するために作り上げた人形よりは強いだけの話であって、彼自身がこの惑星よりはるかに凌駕する力を得ているわけではないことを、一応断っておく。
だがしかし……なぜだろう……シリウスは短い対面の中、ティトノスの中に非常に強烈な力を感じるのだ。星の力とは違う、異質な力をシリウスは分析しようとした。
彼の異様な強さに疑問を抱きつつも一旦保留にし、話を進める。
「私たちはこの星を……エオスを脅かす次元の獣を討伐しに来たのだが、まだ現れていないのか?」
「次元の獣か……それは俺が既にソロ討伐したよ、玄武」
まさかの報告、ボスエネミーの打倒に皆は驚きが隠せなかった。
確か、ティトノスのカタログスペックは玄武と同じ氷属性と、呪の二つを併せ持つ。そしてその上、奥義が時間停止。呪と氷、二つの属性の合わせ技であるハイスペックで玄武とは上位互換以上の強さを有していた。正直、比較するのもおこがましい。
どうやら話を聞く限り、ティトノスは星の命を脅かす次元の獣が現れた瞬間、時間停止の奥義を発揮し、一方的な攻撃を行い撃退したようである。
「次元の獣はもうおらぬと云うのか……問題は解決したと云うことか。それならば何故、この星は滅亡に瀕している状態なのじゃ? 敵はおらぬのじゃろう? それとも新たに……わしらと同じように自我を得た次元の獣が襲来しているとでも云うのか?」
「それは違うよ、博士。今回の滅亡に関して述べるなら、次元の獣は関係ない。もっと別の問題がエオスを襲っているんだ」
それはどうしようもなく避けられないこと。
ティトノスはキャラクターである自分自身を呪いながら、「約束があるんだが……」と云う。
「約束があるんだが……あの教会には足を踏み入れないでほしい。絶対に入らないで欲しい」
「どうしてですか?」
「俺の奥義の効果、時間停止は知っているよね。あの教会全体に時間停止の奥義を発動した。エオスをあの場に繋ぎとめて、時間そのものを凍てつかせている。キャラクターには逆らえないムービーが始まらないようにね」
「それってどういう……」
「詳しい説明は後だ。とりあえずあの教会に足を踏み入れない。これだけは、魂を誓って守って欲しい」
「守りますわ」
キズナな慈悲深そうな表情で約束の言葉を口にする。キズナの言葉に連なったわけではないが、皆はしかと頷いた。指揮者は自我のない、新章の内容を知らない半ば部外者じみた立ち位置でありながらも、「あの建物には入りません」と約束を明言するのである。




