寵愛メアリー・スー-9
ティトノスが自分の獲物である氷の刃を振るうと同時に、雪原が割れる。大量の粉雪による煤煙の中、視界不全に陥ってしまった。玄武は可能な限り全方面に注意を向けるが、隙を狙って脇腹を蹴り飛ばされ白い地を転がるのである。あらかじめ攻撃がくることを予測していたお陰で、不意打ちでも防御は出来ていた。転がった姿勢から時待たずして数秒で立ち上がり、第二陣である氷の刃による突きの攻撃を避けることが出来たが、正直間一髪であったことは否めない。
強いな……。
流石SSR。しかも氷属性のティア表だけではなく全ての属性をぶちぬいて、プレイヤーの中で最上位に君臨し続けていただけのことはある。
その高い評価はティトノスの奥義『時間停止』によるものだが、その効果は破格のものである。一方的にエネミーをなぶり続けるのもよし、味方にバフをかける時間、そして回復等によりパーティの立て直しの隙などその使い方は様々であった。氷属性は通常攻撃に凍傷のスリップダメージと、相手の攻撃及びスキルチャージを遅延させる氷結など、何かと使い勝手の良い性能を持っているのだが、ティトノスは氷属性の真打ちと断言できるほど完成された存在なのだ。誰かが云ったか、恒常の星。
玄武も同じく通常攻撃に凍傷に氷結の効果を持っていたが、奥義の使用にどうしても青龍の存在を必要としているため、不遇を超えた不具合として最後まで存在し続けていた。どうやれば氷属性最強のティトノスを倒すことが出来るのだと思いながら、思案を巡らせるのである。
通常のプレイスタイル――真っ向勝負では勝つことは難しい――と、玄武は冷静な判断を下す。
「だが――私のことを使ってくれた縛りプレイが好きなプレイヤーのことを想えば、負ける気はしないな!」
玄武は己を鼓舞しながら、情報室で得た情報……ティトノスの基本性能、強みや弱点を思い出す。しかもそれだけではなく、現実の物好きなプレイヤーが自身をどう扱って操作していたのか戦闘スタイルを頭の中に入れながら、先程まで自分が転がっていた場所を突き刺していた剣を見る。氷の刃付近に蹴りをお見舞いすると確かな感触があった。攻撃がティトノスに直撃したのである。
玄武は通常攻撃で付与される遅延効果の氷結の効果からティトノスが脱さない内に、薙ぐような形で二回目の蹴りを食らわせ、にわかに大勢を崩しよろめいた。雪原のフィールド効果は氷属性の玄武の攻撃力上昇にも繋がっているようだ。まあ、それは相手も同じだが……。
例外所説ありつつも氷属性は基本優秀。
玄武はリアルプレイヤーの言葉を鵜呑みにしているわけではないが、励ましにしながら倒れ掛かったティトノスを地面に突き倒す。例外と所説云々は事実上奥義のない自分のこと指すのだろうと思いながらも、玄武は追撃をたゆまず行うのだ。空中の只中をチラチラと舞う粉雪を氷のナイフの形状に凍てつかせながら、地に倒れ伏しながらも刃を振るう一撃を阻止した。
作りたての氷のナイフはティトノスの持つ刃の一撃により容易く崩れてしまったが、攻撃を逸らすことには成功した。玄武は氷のナイフが砕けた後、ティトノスの手首そのものを掴むことで更なる追撃を阻止している。剣を振るうのを何とか止めている。拮抗状態を維持しながら玄武はティトノスの武装を確認すると、それはガチャ産の装備であることを認識するのであった。
ちなみにキャラのガチャを引いた際、初期装備として武器を装備しながら排出される。ティトノスが持つ武器は、云うほど強くはないが自身の属性にある程度マッチしたものである。
「アナライズ!」
戦闘に参加していないシリウスは、補助役として相応しい分析を行う。彼の主な仕事は分析による弱点の発見……及び、急所の割り出しだった。
「玄武、よう聞け! 通常のティトノスなら奥義ゲージが溜まった瞬間、勝負は一瞬で決着がつく! だが、奴はゲージを全て消費しており奥義が使えん! SRとSSRでは戦闘力の出力に差はあるじゃろうが、二人の状況はほぼ同じじゃ!」
「シリウス、次元の獣を吸収したティトノスの急所は⁉」
「通常の人間と変わらん!」
普通の人間と変わらない……?
玄武は疑問と違和感を抱きながら、ティトノスの手首を更に強く掴んで拘束を維持する。
「どう云うことだ、シリウス! 私たちはキャラクターなのだぞ! たとえ満身創痍になったとしても血の一滴も流れない非人間だ……自我、人間性を会得したといっても、急所がプレイヤーと変わらないのは、どうして……!」
そうだ。
中身はともかく、構造はキャラクターの域を脱していない……はずだった。
「わしも最初、怪訝に思ったわ。だが、解析を進めることによって分かった。最初はティトノスが次元の獣を逆吸収した影響かと思ったが、そうではない。描写じゃ! ムービーでエオスは肉体を貫かれて死んだ。事実上の行動停止……人々の『そうあれかし』が作用しておるのと云うのであれば、身体の方も人間らしくなっておるのじゃろう」
そもそもキャラクターの死とは何か。
通常攻撃では生傷を一切負うことはなく、死亡シーンのムービーでは運営が流血描写を忌避する、全年齢たるR指定。このゲームは過度な残酷描写を控えていたように思うが……。
「二次創作でも何でも良い! ゲーム内のイベントやムービーでも変わらん! 運営やプレイヤーが普通の人間のようにわしらキャラクターを扱うと云うのであれば、『そうあれかし』が働く。実際、わしらには食べ物なんぞ口にしたことはないのに好物があったり、食したような描写が存在した。自室には入浴の必要がないのにシャワー室がある。そう云った細やかな描写が、人間性を色濃く反映しておるのじゃろう」
「便利だな、『そうあれかし』と云うのは……!」
まるで万能の言葉ではないか。
だがそれは、人間らしさが求められるものであるがゆえの、決して魔法の呪文ではない。現にすべてのキャラクターは、シボラのように飴玉を口にする描写は確かにあれども食事等を一切必要としていないからであった。
「自我……精神面だけに限らず、肉体面に人間性が宿るのは単なる弱体化のソレじゃが……真似事模倣であっても人間らしい肉体を得ていると云うのであれば、何も相手の体力を全て削り切ることで、『倒す』ことができるわけではない。他にも手段があると云うわけじゃ!」
「手段とは……っ!」
「顎でも頭部でもどこでも良い! 人体上の急所を狙えと云っておるのじゃ! 強打すれば脳震盪でも起こそう」
……玄武がティトノスに唯一勝り、優位性がある部分を述べるのならば、その精神性である。
相手は狂暴化した錯乱状態。ゲームの仕様上におけるデバフ等の状態異常ではなく、感情の爆発……バグめいた挙動を怒っている暴走状態に過ぎない。その証拠として、ティトノスの攻撃は非常に単調で直情的で捻りがない。自我があると云うのに、知恵と云う名の恩恵を半ば失っているのであった。
玄武はシリウスの言葉から得た情報を整理する。
相手の急所は人間と変わらない、普通のキャラクターとは変異した『そうあれかし』の影響を受けた副産物。
SRとSSRでは力の差こそあれども、属性は互いに同じ氷で、しかも奥義の使用不可と来ている。その上、パワーの増した状態ではあるが通常の状態異常ではない、デハフではなくバグの悪影響を受けているものと来た。精神的な優位性はこちらにあると云うわけである。
玄武は自分を愛用してくれた縛りプレイヤーのことを思い出しながら、ティトノスの手首を掴んでいる逆の片手で氷の礫を作った。その礫は熱に……炎属性に弱いものの鋼鉄の強度に匹敵するものである。玄武は小粒の礫を数個作った瞬間、それらすべてをティトノスの顎に向けて飛来させるのである。
「――――!」
玄武は本来、徒手空拳で戦う戦闘スタイルだ。近接戦を主にした武闘家のそれであるのだが、氷の礫の飛来は殴る蹴るの通常のプレイスキルではありえない攻撃法にティトノスは虚を突かれる。
この攻撃法は、縛りプレイを好むプレイヤーの戦い方が参考になっている。玄武は超接近戦キャラであるからこそ遠距離ボスとの相性は最悪であった。そこで生み出された戦い方は、水属性の出す水を凍結させて殴る蹴るの殴打や蹴り技で投げつけるといった戦闘スタイルであった。投擲にも等しい氷塊の一撃は、一手間必要ではあるものの手の届かない敵に非常に有効だったのである。
ティトノスは初めて見る戦い方に、精神的な揺さぶりがかけられた。狂乱状態であるがゆえ理性から程遠いが、完全に精神のすべてを狂乱に委ねていると云うわけではない。意表を突くにも等しい戦法に動揺しながら……しかし、彼を攻略の要とし必要としていたプレイヤーは多い。玄武同様……現実世界のプレイヤーたちの遊び方……経験値による反射速度は凄まじいものであった。
ティトノスが自我のないキャラクターの状態であったなら、急所を狙う氷の礫を避けることが出来ず直撃していただろうが、空気を切り裂く投擲の音を耳にした瞬間、剣を持つ片手を塞いでいた玄武の腕を強烈な力のみのパワースタイルで打ち払い拘束を解き、礫を剣の腹で防いだのだ。ティトノスは急所を狙う一撃から身を守ることは出来たものの、瞬時に投擲された氷の礫の勢いは凄まじいものであった。何せこの一撃は、ボスエネミーに攻撃を加える手段が参考になっている。
強く握っていたはずの剣が頭上を舞い、手元から離れる。剣で防御できた代わりに獲物を失った無防備の状態の中、玄武はそのチャンスを決して逃すことなく、ティトノスの腹部に掌底を決めた。その掌底は内部破壊を目的とした、通常の打撃攻撃とは異なる特殊攻撃である。
「――――!」
腹部を中心にして、内臓全体が衝撃で揺れ動く不快感。掌底の効果……内部攻撃を目的にした一撃は、吐き気を催すものであった。胃から胃酸じみたものがこみ上げる中、ティトノスは奥歯を強く噛み締める。礫を剣で塞いだ衝撃で獲物を失い、そして腹部に内部破壊の掌底により大きく背後へ身体が傾いた。このままでは重力の流れに従って、背中から雪原に倒れ無防備な姿をさらしてしまうことだろう。
玄武は無言のまま上空からクルクルと回転しながら落ちて来るティトノスの剣をキャッチして、地を蹴った。彼が大きく目を見開く中、前方の視界から玄武の姿が消え、背後に回る。ティトノスの凄まじい反射速度で振り返るよりも前に、その後頭部にみねうちを決め意識を手放させるのであった。
血は、出なかった。




