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寵愛メアリー・スー-2

 異物対策本部、エリシオン。

 その組織のトップに最高責任者である……昔は会社の経営をしていた名残か……社長と慕われる存在がいる。

 名は、ユースティア。

 電動車椅子に乗った若き青年で、秘書であるシスターズことオートマタを絶えず傍においているキャラクターであった。

 館内放送で指揮者の呼びつけをくらった時、付き添いとしてキズナが連れそった。ユースティアと云えば時には非道な面を見せるキャラクターで、自我の有無が確認されていない。不明のままであった。その為、呼び出しのアナウンスを聞いた直後、指揮者に同伴するキズナにシリウスの発明した人格判別機を持たせ、社長室に二人は入室するのである。

「お父さま!」

 社長室に足を踏み入れて早々、重厚な部屋の扉を開ける前は指揮者とまるで恋人同士のように腕組をしていたと云うのにも関わらず、素早い動作で打ち払いキズナはユースティアの前に出る。しかし、不用意に近付き過ぎないように秘書であるシスターズが前に出た。姉妹の……三つの人格を持つシスターズは丁寧な仕草でユースティアからキズナとの距離を取らせた。

 不意に接近したキズナであるが、シリウスから渡された器具が反応していない。この二つのキャラクターも人格のないものだと情報を得ながら、指揮者の少し後ろに立つのである。ちなみに「お父さま!」と叫んでいきなり飛びついたのは急接近を図って、機械の反応を見るためではないことを念記しておく。

「キズナさん……お父さまって、どういう事なの?」

 指揮者の真っ当な質問を受けたキズナは、とある夏イベントを思い出す。その中でユースティアがあまりにもバカンスである避暑地で父親じみた言動を行っていたことから、プレイヤー乃至二次創作者の中ではそのキャラクターの父性にあてられて、父親と認識され二次創作が盛んになったのは云う間でもない。

「ううん、血の繋がりもなく養子ですらないんだけど、お父さまはお父さまなの」

 指揮者は夏イベントを把握していないので、そのわけのわからない言動に正直困惑が隠しきれなかった。相変わらずキズナはどこかうっとりとした目で……自分が愛されていることを揺ぎ無く確信した視線で嘗め回すようにユースティアを見ているが、彼には自我がないため、嫌悪に身震いすることはない。反応することさえ出来なかったのだ。

『扨、指揮者……きみが呼び出されたのは云う間でもない。ああ……緊張することはない。何も尋問などとそういった乱暴な真似をするつもりはないのだから』

 脚本から逃れられないユースティアは台詞を述べながら、ゆったりと高級品である電動車椅子に背中を預ける。極上のソファのように作られた電動椅子は背凭れが柔らかな作りをしているだけではなく、長時間座り続ける苦痛をなるべく取り除いた特注品であった。

『シスターズ……三女の性格に切り替えたまえ。話をスムーズに行うため、手助けが欲しい。人格の切り替えに問題はないな?』

『…………』

 シスターズと呼ばれた秘書は静かに頷いてみせる。そうして懐から眼鏡を取り出して装着した後、まるで今意識が目覚めたと云わんばかりに部屋の周囲をキョロキョロと見回していた。

『三女、僕の話に不備がないか随時注意してほしい。今からこの者に説明を行う』

『同意しました。最高司令官』

「その人は一体……」

 オートマタと社長のやり取りは短いものであったが、さすがに指揮者は困惑を隠しきれなかった。俄かに説明の必要性を促すと、ユースティアは意思を汲み取って軽い説明をしてくれた。

『この秘書、シスターズは人間ではない』

「人じゃない……異物⁉」

『異物でもないな。所謂、役割に準じて性格を切り替えるオートマタで造り物の疑似人格だ。長女が僕の身の回りの世話、メイドさんのようなものだ。次女は護衛と戦闘要員。三女がサポート役と、それぞれ性格と機能が異なる』

「どうして、そんなことを。人を雇えば良いじゃないですか?」

『ご尤もな質問だ。だが僕は用心深い。人のことを易々と信用できない。それに人を雇うよりも、こちらの方が安上がりだ』

 ユースティアはそう云いながら不自由な足を撫でた。痛みがあったわけではない。癖……なのだろう。

『たとえどんな雑務であったとしても、自分の身の回りに関することは完全に預けることのできない猜疑心の塊だ。だから人間ではなく、裏切る可能性の低いオートマタを秘書として使っているんだ』

 たとえオートマタでも裏切る可能性が低いと述べた。

 なるほど……確かにその猜疑心は非常に強力なものであろう。ユースティアはシスターズに一定の信用はおいているものの、信頼はしていない。こころのどこかで裏切る可能性も視野に入れているということであった。

 「わたしは、信用して欲しいなー」

キズナは小声でポツリと呟くが、ここは自我のないキャラクターたちの集まりだ。脚本にはない言葉には反応できないのか、何の波紋も広がらない。本来は知恵ある……人格のある者としてキズナは指揮者やユースティア、シスターズのことを注意深く観察しなければいけないのに、重要なことは頭の片隅に退けている。

『シスターズは所詮オートマタ、道具でしかない。信頼はしていないが、その機能だけは信用しているよ』

 シスターズたる秘書は下手に人間の形をしている所為か、道具だと認定しそう認識し続けるのはどこか酷ではないかと指揮者は思った。だがしかし、半信半疑と述べたか……基本的に人のことは半分しか信用できないと述べていたが、本当は全幅の信頼を置きたい名残りらしさがあった。本当に他者を疑ってかかっているのであれば、オートマタという機械とは云えども人型の存在を傍使えにさせないはずだ。指揮者は、ユースティアは無意識だろうが本当はこころのどこかで、一人ぐらい信用を置きたい人物が欲しいのではないかとそう思うのである。初対面ゆえ口にすることはなかったが……。

「それで自分を呼び出した用件と云うのは……?」

『指揮者、君の話はよく聞いているよ。異物の中に完全に取り込まれてもなお、記憶喪失程度の損傷しかない……異物に吸収された人……本来は奇跡的に生還しても廃人となってもおかしくはないだろうに、なぜ未だなお人間たらしめているのか。エリシオンの研究員たちが挙って君の身体のことを調べ上げたいと非常に強い興味を抱いている』

 ごくり。

 生唾の呑み込む音が聞こえた。

 ユースティアの言葉に指揮者は「まさか研究室送りにさせられるのではないだろうか」と緊張感を高めたが、結果的に云えばそれは相手を脅すだけの言葉でしかなかった。彼本人からしては冗談にもならないタチの悪い雑談であったのだろう。

『まあそんなことよりもだ……指揮者、君が異物に関する情報をどれぐらい認識しているのか、テストらしきものをしたいのだが構わないか?』

「はい……」

『テストと云ってもそう緊張するようなものではない。ちょっとした質疑応答と、解答欄に間違いや勘違いがあれば訂正解説するだけの話に過ぎない。次の任務のために、初手でつまずくような知識不足がないかチェックするだけだ。そう身構えるな。僕はいくら半信半疑のタチを持っているとは云っても、半分は信用しているのだからね』

 だがしかし、もう半分は疑っているのだが。

 ユースティアはそう云いながらサポートを命じたシスターズから、ディスプレイを受け取って、操作盤に触れる。日常の仕事が雑務であるのか手慣れた仕草であった。

『扨、指揮者……そもそも、異物とは何かね?』

「並行世界から訪れる、次元の獣です。未来の知識や優れた自分を吸収して、元の世界で歴史の歪みを作る存在。その閾値を超えればモンスターとなり、自我を失って人々を襲うと聞きました」

『模範解答だな。その問いは一般市民でも答えられる。異物撃退総本山の大将として、言及を付け加えると云うのであれば、次元の獣はその獣が元居た世界を滅ぼし、次元を渡り歩いて猛威を振るっている存在。云うなれば、星の破壊者だ』

『訂正。星の破壊者の規模を持つ異物は、数少ない存在です』

 シスターズは補足を入れる。

「破壊者……」

『そう、元の住処で暴れ回り破壊して星の全てを壊したか……もしくはこの世界と同じく異物撃退組織なるものがあって、その世界から追い出されたのかは不明だが、次元を超越して何の前触れもなく現れる。その規模は一個人の狭い範囲から、都市部を壊滅させるに至る大規模にまで及び大小様々な爪痕を残すのだよ』

「並行世界のエリシオン……」

『僕の組織が総本家だと断言するつもりはないがね。そりゃぁ、あるだろう。別の分岐を辿った世界とは云えども、同じような異物に対処する組織が。果たしてこの世界のエリシオンが他の世界と比べて文明的にどれほどの強さを持っているのか不明だが、強いものであってほしいものだ』

「きっと強いと思いますよ。世界から弾かれた次元の獣が彷徨いこの世界に来ている可能性がある……と云っていましたが、これまでエリシオンはその獣に対処し続けているんですよね? きっと強くて優れているから時折、来るんだと思います」

『そうさな。そうだと良いが……それにしても、君を胎の中に収めていた雷雲迸らせ暗雲と共に現れた次元の獣は、エリシオンの認識からすれば、中規模の敵だ。もしかしたら次元の獣の群れの中では弱い方に認定されるかもしれないが、地球規模の敵は幸いなことに来ていない』

「地球規模、ですか……」

『異物は別に人間に限った話じゃないと云うことだよ。たとえば、星……惑星そのものが意思を以て、他の優れた並行世界を吸収する。星が星を吸収する。その事例は幾つか観測されている』

「どういうことなんですか?」

 さすがに指揮者は困惑を隠しきれなかった。ユースティアはその反応を想定していたかのように、スラスラと解説の言葉を述べるのである。

『いきなり話が飛ぶようで悪いが、生き物は人間、動植物のそれに限った話ではない。地球そのものが生き物のひとつだ』

「生物……」

『大地に蔓を伸ばした植物は体毛で、地上に繁栄している生き物は顕微鏡を覗くことでやっと認識できる微生物。地球と云う非常に大きな生命体からすれば、地表の生き物なんてその程度の認識でしかない』

「…………」

『そして他の惑星からすれば、水の惑星の異名を持つ地球は実に魅力的な果実であるらしい。地球に最も近かったと云われる、運河の名残り……かつては水があったと思しき火星からすれば起死回生を図れるチャンスそのものでね。ご近所に瑞々しくも若々しい生物がいたらその若さを吸い取って、再び生物として君臨する……などとったバッドエンドを迎えた惑星規模の異物――惑星規模の次元の獣が存在する』

 いきなり大スケールの話に指揮者は唖然とした。

 認識としては異物によるトラブルは、人間同士でしか発生しない出来事だと思い込んでいたからである。

『火星が地球を乗っ取る……それだけに限らず、地球が他の地球を吸収するなんてケースもある』

「なんでですか。同じ惑星じゃないですか……」

『先程のケース……老いさらばえた老人のようになった火星が若人たる地球を吸収する若返りとは異なって、並行世界の地球は何も同じ文明レベルを誇っていると云うわけではない』

 これは地球に住ませてもらっている矮小な微生物による解釈でしかないのだが――と、ユースティアは断わりの言葉を入れた。

『どのような行動原理があって、地球が地球を吸収するといった行動に繋がっているのか完全に解明できていないが、観測されたケースでは紀元前の文明レベルを持つ地球が、中世期にあたる文明レベルの地球を捕食した事例が確認された。並行世界のすべてはほぼ同時期に生まれた星でありながらも、人類が選択した判断によってはその様相が異なる。例えばすぐ横隣りの枝分かれした並行世界は、同じスタート、地球の年齢は同じだと云うのに我々よりも遥か先を行く。数百年も進歩した世界であったのだよ』

「……そんなに違うんですか」

『人類の選択肢によって、異なる。探せばあるだろうな……幾多数多の並行世界の中に未だ人類が誕生しておらず、恐竜が跋扈する絶滅しなかった世界も。その緑豊かで豊潤な世界は弱者でもある。進歩した世界が資材の枯渇に喘ぎ苦しんだ他地球によっては、緑を求めてその弱者を吸収することさえもある。地表の外敵になるであろう生物を殲滅した後にな……』

 その地球は年老いた火星のようになる前に、生存戦略の一環として惑星を呑み込んだと云うわけだ。

『だが指揮者、注意してほしいのは地球が並行世界の地球を吸収する――だなんてことは非常に稀なレアケースだ。非常に珍しいイレギュラー。基本的にそういったことは起こらないと考えた方が良い。だが、重大な一例として知識の中に入れておけ』

「はい、わかりました。でも疑問なのですが……エリシオンは……この世界は並行世界を観測できる力を、技術があると云うわけですか?」

 そうじゃなきゃ認識することはできませんよね。

 指揮者が疑問を口にすると、ユースティアは少しだけ笑った。

『地球は我々人類の想定を超える生き物だ。指揮者、この世界にはな……人間の真似事をしている地球そのものがいるのだぞ? 実際、市井の中で人並みに暮らしている。人間の形を象ってな』

「え……それってどういう……?」

 一種の生命体である地球が、人間に紛れて暮らしている。

 それならば……この星は命が無いのではないか。人間が住めるべき土地が消失しているのではないかと疑問を思ったが、それはどうやら考え過ぎらしい。

『なあに、地球にとって新たな生命体……自分が人間の真似事をして暮らすことが出来る身体を用意することぐらいわけないさ。人間がオートマタを作れるように、地球に自分専用の疑似肉体を創造するのは簡単だ。一体この地球上でどれほどの生物が生まれ、絶滅してきたのだと思う?』

 虫、鳥、犬、人。

 一体どれほど膨大な数の生命体が生まれ、そして死んで来たのか。

 地球にとって生命創造なぞ片手間で出来ると、ユースティアは云う。

『現在この世界における地球は、人間に対して好意的と云うか好奇心があると云うべきか……エリシオンの都市部で好き勝手に暮らしているさ』

「良いんですか、それ……」

『支障ない……と云うよりも、生命創造と死のサイクル以外に何の力もない存在だからな。やっていることは神と同等だが、次元の獣に襲われないように守ってもらっているのが現状だ』

「自分からみれば生命創造は本当に凄い事なのですが……」

『それ否定しないし出来ないが……。それよりも、お前はエリシオンが並行世界の観測云々について述べたが、より正確に説明すると、この世界の地球そのものから教えてもらった……と云った方が正しい。並行世界の地球同士にリンクがあるのか、何かしらの手段で他地球のことを知る術があるのか分からんが、通達があってな……我々は望遠鏡らしきものを使って、他の世界の状況を直接覗き見ているわけじゃないんだ』

「でも、よく信じられましたね。そんなこと」

 下手をすれば狂人の戯言ではないか。

 胡乱どころの騒ぎではない。

『最初の方は信じられなかった。何を云っているんだこの輩は……といった印象だったが、実際、他の惑星に次元を超えて飛ばされ、食い殺された無残な並行世界の惑星の有様を見れば、どれほど疑り深い人間でも信じざる得ない。あんな人知を超えた真似事ができる存在があるとするならば、もう……』

 過去に何事があったのか分からないが、半信半疑のユースティアでさえ事実として呑み込むことしかできなかった。現物を目の当たりにして信じざる得なかった、とそう述べるのだ。

『我々に接触した星の擬人化は、他並行世界に渡るパスポート……技術を提供してそれから去った。こちらからは積極的に介入していないが、いざと云う時、何かあればあちらから接触してくるだろう。基本的に放置と云う方針をとっている』

「相手は上位存在ですからね。その方が、穏便なのでしょうね」

『そうだな……』

 そこでユースティアはどこか感慨深そうに呟くのだ。

『それにしても……もしもこの世で神なるものが存在していると云うのなら、地球そのものが神といっても過言ではないかもしれん。あの嬰児を育てる存在は、実に神々しかった』


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