寵愛メアリー・スー-1
「わたし、玄武さん、シリウス博士、シボラさん……人格があるキャラクターは、今のところこの四人なんですね」
場所は、異物特殊部隊の本拠地であるエリシオンのとある一角の部屋にて。
玄武、キズナ、シリウス、シボラの四人が集い深刻な顔で話し合いがなされていた。議会のテーマは人格があるキャラクターについてであることは、嫌でも分かるだろう。
「…………」
シボラによる洗脳事件が終わった後、人格がないと判明したブーケを医務室に預け、安静に暫しの間させていた。洗脳による後遺症等を心配していた玄武であるが、一時的に意識を失っていただけで主治医の話によれば問題はないらしい。半日も経てば目が覚める、とのことだった。その言葉通り現にブーケは「あれ? あたしシリえもんに頼まれて異物探しをしていたよね」と洗脳される前後の記憶を失った状態で目覚め、予後の心配を見せないほど元気な状態を見せた。
ブーケの容態についてほっとすると同時に、シボラは――本編でもそうだったが――エリシオンを乗っ取る発言をまたしても撤回していない以上、要注意人物だと判断して先手を打っておいた。その対策とは章ボスとしてやっかいな立ち位置にいた本来のシボラの性能を考えるとレベル1状態のままの方が皆の為だと思い、人格云々の話は伏せてキズナと共に行動をしていた指揮者にレベルを上げないよう意見を述べたのである。
それは警告や忠告でもない単純な対策の話であったが、話をおおよそ呑み込んだ指揮者はその案を呑んだ。そして勝手に周回して得られる素材を無断で使われないように、厳重に保管庫の戸締りをして鍵をしたのである。そしてシリウスの提案により、レベル1では到底敵わない倉庫番たるオートマタを配置している。対策は出来る限りやっているのだ。
玄武は厄介なキャラクターが仲間に加わったものだと思いながら、密談の話し合いに設けられた場の中、皆の中央に位置するテーブルを何気なく見る。そこにあるのはシリウスの発明品である、実際の説明とは中身が詐称された異物索敵器。それは人格のあるキャラクターに反応してか、常に淡い白い光を発していた。はじめて手渡された時の状況が再現されているのである。
「博士はいつから人格を得ていましたの? わたしは指揮者と出会った時……守護ると云った時に意識が覚醒したのですけど、そんな素振りはちっとも見えませんでした」
「それについては私も同意です。冒頭ムービーでは台詞の再演……言葉が制限されていましたが、まさか人格があるとは……」
「俺はこの発明品を渡された時に違和感と云うか、シリウスに人格があることは薄々感付いてたぜ。まあ正確には索敵器を皆に渡して光った瞬間だが……ちなみに俺はガチャで出て来た時、意識が宿った」
「皆、各々のタイミングで意識が芽生えたのじゃな。意識と云うより、本来あり得ぬ人格か。実はわし……冒頭ムービー……物語が始まる前から意識があったのじゃよ」
それはもしや、玄武と同じでは……?
シリウスの話を待機して待っていると、彼は状況を述べる。
「人格が宿って意識が覚醒した瞬間、周りは虚無の空間じゃった。半透明な不思議な空間でなぁ……没キャラと云うのか? それらしいものや本編のストーリーであるテキスト内容を網羅したのじゃよ。なんじゃ……このゲームの物語は綺麗にラストを飾ったではないか……二重の意味でやることがないと思っておったのじゃが、気付いたら場面が転調してムービー内に巻き込まれておってのぉ。驚いたわい」
「つまりほぼ最初から……と云うわけですか……」
「そうじゃ。隠しておったのは、ホレ……自我があるなど世迷言を云えばどんな影響を及ぼすか分からぬゆえな? 悪影響があっては駄目じゃし、しかし野放しにして良い問題なのかとラボに戻ってから懇々と悩むこと数日。他に自我に目覚めた者がおらぬか調べるため、このデバイスを発明したのじゃよ。正直、コソコソ身辺調査をする真似は良くないことじゃと思ったのじゃが、キャラクターが自我……命を得るなぞ前代未聞じゃろ? どうしたら良いのか分からなかった」
シリウスはそう云いながら素直に謝罪する。
キズナは微笑……のように見える表情を浮かべながら、「そんなことはないですよ」と励ましのような言葉を出した。
「シリウス博士は悪影響等を考慮してくださったのでしょう。慎重なのは良いことだと思います」
「それにしても何故俺たちは自我を得たのかねえ」シボラはキズナを無視して嘆息しながら云う。「俺は召喚されて直後、野望を達成するチャンスじゃねえか! もしも神様ってもんがいるなら感謝するぜと意気揚々だったんだが、どうやら俺がエリシオンを掌握するのは難しいみたいだしな。レベルアップ素材がある保管庫の警備レベルからして、てめえら……そんなに俺に信用がねえのかよ」
『ない』
玄武、シリウス、キズナの三名は同時に答えた。息を合わせたようにピッタリだ。
「……シボラの云うことは尤もじゃ。なぜわしらが自我を得たのか。世の中……どうやら現実世界にはAIやロボット等、こころなきものがこころを得る王道たるストーリーが一定数の人間にウケているようじゃが……わしらはそういうのとはちょっと違かろう? キャラクターと云うのは人に奉仕するロボットではなく、一種のアイドルと云ったものに近い。希望に胸をうち、時には感動に涙する……理不尽に憤慨することもあれば、絶望を望まれる場合もある。物語そのものに必要不可欠な材料なんじゃ」
人のこころを満足させる消耗品たる消費物。
シボラは研究員の一名として、感情を一切交えない第三者の物云いをする。
反論は、誰からもなかった。皆そもそもが前提としてキャラクターである以上、心得ているからであろう。自分がキャラクターであることにショックは受けないのだ。何故なら、最初から人ではないから。
「キャラクターにはAIやロボットなんかと違って、印象……イメージらしき好感度が如実にある。まあ一種の人権らしきものじゃな……ソレがあるがゆえ、人工知能とは異なりキャラ崩壊や解釈違いに人間はちとうるさい。キャラクターとAI等の差異を明確に述べるならこの点じゃろうて」
「世の中とか、現実世界と博士は云いましたがその知識はどこで得ました?」
「このゲームの世界に顕現する前じゃ。情報室らしき部屋があってのう。そこで現実世界の人間のことやプレイヤーのことを知った。そしてわしらがどう扱われ、認識されているのかもな。わしらは二次創作なるもので盛んにその姿が描かれておったようじゃ。これはキャラクター冥利に尽きる話なのかのう?」
「……そうですか」
玄武はシリウスの云う、情報室でリアルの世界の……人間のことを知ったと述べた。その件については玄武自身も同じであるが、時折、膨大な情報が脳を揺さぶることはないのかと思うのである。あの情報は非常に断片的だが……本編終了後、現実世界の人間たちが何かしらの行動……もしくは活動らしきものを行っていたように思う。このリアルタイムの情報取得は自身だけに起きていることなのだろうかと考えながら……しかし、玄武は口に出すことはできなかった。
「わしらが人格を得た理由じゃが、異物索敵機発明当初、指揮者に原因があると見ておった。しかし調査デバイスに直に触れた指揮者の反応は無反応。ブーケと同じく、自我を得ておらん」
「なぜでしょう? 主人公は、最もプレイヤーの影響を受ける存在でしょう? わたしを特別に思ってくださらないし、モブでも誰にでも平等過ぎるし……指揮者に人格がないのは、かなりの不自然ですよね」
「……。キズナの云う通り、指揮者はプレイヤーの分身……最も人間の影響を受ける存在じゃ。選択肢の有無、受け答え、反応、判断……全てが現実を生きる人間のものとなる。指揮者に一プレイヤーの意識が宿っておるのなら、理屈抜きの考えじゃがわしらに自我が芽生えたことがストンと腑に落ちるのじゃが、そうではない。思うに、指揮者もまた……キャラクターのひとりとして扱われている。それが原因じゃないかのう」
主人公はあくまでプレイヤーの意思を反映させた分身だが、人間そのものではない。
「シボラの話ではないが、イメ損のないキャラクター性の設定を守った……『そうあれかし』と望まれていた影響が強く出ておるんじゃなかろうかと思うのじゃ。声優……なるものが不祥事を起こせば、キャラクターに罪はないと騒ぐ人間が一定数おるじゃろう? やはりキャラクターにはAIやロボットと違って人権らしきものはあるんじゃよ」
「えっと……それはつまり……?」
「う~ん、どう説明したら良いものか。あくまでも仮説じゃが、我々キャラクターは人間の影響を色濃く受ける存在じゃないかと思う。のう……玄武よ、お前は自我に目覚めてから、最初に思ったのは何じゃ?」
「……大衆に愛されたい。人に愛されたい。いやそれよりも……相棒……青龍に出会いたい……」
「それは意思のない木偶の時分、自我のないキャラクターであった時から繰り返し述べていた言動の再現か? 自分はそう云うキャラクターだから、とりあえずそう云っておくか……みたいな」
「いや、違う。こころからの願いだ」
「ふむ。じゃあ、そのこころはどこで得たのじゃ?」
「…………」
分からない。
答えられなかった。そもそも答えられているのなら、なぜ自我を得たのか……この話になっていないだろう。
「わしらキャラクターは、正確にはこころを得たのではなく、プレイヤーたる人々の『そうあれかし』の影響を強く受け、バグじみた挙動を行っているのではないかと思う。わしは二次創作では発明キャラだからその影響をうまく利用して本編にはない、異物索敵機を開発した。玄武は相棒に逢いたいと望まれていたから青龍を探しておる。シボラは特にその本能に忠実じゃったな。エリシオンを社長から奪いたい願望を持ち、問題行動を起こした」
「そしてわたしは……指揮者との祝福が望まれているのですね」
「茶々入れるなよ、聖女サマ。今は真面目な話をしているんだぜ」
シボラは嫌悪を隠すことなく云う。
もう本性を出している以上、表面上繕った態度に戻る気はないらしい。召喚当時の口調から大違いだ。
「……中でも特殊なのは、主人公たる指揮者じゃろうて。プレイヤーが感情移入しやすいように記憶喪失設定であった。その自我を極限まで薄めた状態は、プレイヤー自身が指揮者と己と重ねた一種の仮想体験じみた『夢』を見た状態じゃったんじゃろう。だがしかし、物語終盤に進むにつれ、指揮者イコール自己投影の派閥よりも、一個のキャラクターとして記憶を取り戻すよう応援していた勢力が多かったように思う」
指揮者は自分と重なり合わせる憑依体ではなく、ゲームのキャラクターとして取り扱う勢力がストーリー進行するにつれて増えていった。
それはゲーム内で顕現する前、シリウスと同様玄武も同じ感想を抱いていた。
「そのキャラクターに自己投影……自分自身だと重ねわせるのに、そのキャラの性格は非常に邪魔なものとなる。だから、指揮者は記憶喪失の設定じゃったのじゃ」
「傀儡には意思はいらねえからな」
シボラが嘴を挟んだ。
上記の台詞だが、大人をこき使っていた洗脳キャラとしてこれ以上、説得力のある言葉はあるだろうか?
「だがプレイヤーの多くは……二次創作の大半は指揮者を自分と重ね合わせた自己投影キャラじゃなく、奪われた自我を取り戻す奮闘すべきキャラクターとして多くの認識を受けていた。『そうあれかし』……プレイヤーの大半が主人公に望んだ願望は憑依と云う乗っ取りではなく、物語の当初の目的を果たすこと……奪われた自我を取り戻す大円団を望まれていた。だから……初期状態と云うべきか、それともバグを受けていない状態と述べるべきか判別できぬが、指揮者はスタート地点に戻ったこの物語の再走の上において、自我の習得に目覚めなかったのだと、推論することができる」
シリウスは一通りの見解、仮説を述べた後、「一番の問題は……」と次のテーマに移行する。
「一番の問題はわしらに自我の云々が目覚めた理由ではなく、再び物語をはじめるかどうかにあるのだと思う」
「ストーリーの再スタート……」
「本編を進めるかどうかの問題ですね。わたしは進めるべきだと思います。なんとなくですが、自我に芽生えた理由もそこにあるような気がするんですよね」
「俺は反対だ」
半ばキズナの言葉を遮るようなシボラの声。皆は彼を注視した。
「物語終盤……それほど事細かく記憶してねえ朧気であやふやな状態だが、物語を進めるにつれて主人公の消費性は深刻なものになった。見ていられねえ共依存だったぜ。俺たちはキャラクターだ。主人公である指揮者を本能的に好意的に受け止める『そうあれかし』の影響を受けている。だが、それを度外視してもなお……ストーリーの進行にはどうしても賛成できない」
あんな摩耗して擦り切れてボロボロの状態なんて、見れたものじゃない。
そのような境遇に陥ることなく、停滞した今の序盤の状態を維持した方が良いのではないか。
シボラは自他共に認めるクズキャラであるが、その意見は玄武も賛成だった。シリウスは「とりあえず様子見じゃな」と中立の立場を維持するのであった。




