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そもそもガチャは引いたのか-6

 シリウスの依頼を受けた玄武は、街中に繰り出す。

 ブーケとシボラ、指揮者とキズナはチームを組み、はぐれた……仲間外れにされたと云うわけではないのだが必然的に一人になった玄武は単独行動を開始する。まあ……本編では中々出てこない上、イベントでもちょい役かつ忘れ去られた置物となっていたので、一人は云うほど悲しくない。非常に慣れたものである。

 キズナが指揮者に明るい声をかけて手をつなぎ去っていく中で、玄武はシボラとブーケの双方を見るのだが、この二人は恋人同士のような甘酸っぱい行動は起こしていない。あくまでパートナー。それ以上でもそれ以下でもない妥当なものであった。

「指揮者は大丈夫かねえ」

 異物の中から回収されて一月も経っていないんだろう――とシボラが云った言葉に玄武は答える。

「やたらと指揮者のことを心配しますね」

「含みのある云い方をするんじゃねえよ。俺は純粋かつ単純に心配しているだけだぜ。何せあの小僧は、本編では俺をエリシオンの檻から出してくれた恩人だからよぉ」

「ただの感謝による心配であると云うのなら、良いのですがね」

「二人共……何の話をしてるの?」

 ブーケは本気で二人の会話の意味が分からないのか、首を捻る。それは無理もない話だった。本来ならばシボラの存在は中盤あたりに登場する章ボス。スタート地点から間もない現在からすれば未来に相当する話だからだ。その事情を呑み込めないブーケの様子にシボラは内心笑いながら、「なんでもねえよ」と答えるのであった。

「なるほど……だから指揮者とブーケはそういう……なるほどねえ。油断も隙もあったもんじゃねえ」

「シボラ?」

「何でもねえよ、玄武。それよりも早くこのお使いを終わらせようぜ。今から楽しみで楽しみでたまらねえよ」

「本当に何なのだお前は……云っておくが、裏切るなよ」

 たとえ自我がなくとも、この人物は要注意人物だ。

 その事実を忘れていたというわけではないが、玄武はシッカリ釘を刺すように云うもシボラの方はニヤニヤと笑うのみだ。玄武は露骨な嫌悪感を出しながらも、異物索敵機のテスト実施を兼ねた異物からドロップするアイテム収集のため、その場から離れて動き出すのであった。

 玄武は正直なところ、ブーケに害が及ばないか心配ではあった。しかし、要注意人物を単独行動させるよりも遥かにマシだと云い聞かせ、シリウスが命じた仕事の内容を遂行していく。

 街中に滞在するも、この黒いキューブは異物が付近にいれば赤いシグナルを発するとの話であったのだが、うんともすんとも云わない。試作品ゆえ索敵効果が働いていないのか、もしくは玄武が探しているところには異物がいないのか不明だが、赤く光って危険信号を伝えることはなかったのである。

 他の方……指揮者にキズナ、ブーケ・シボラの方は異物を探し当て、遺骸を見付けたのだろうかと思った矢先、名前すらないモブ……風景の一部といって差し支えない無個性な人たちに異変が起きる。

 何事かと思って注視していると、突然の爆発音が轟いた。突如発生した爆風に吹き飛ばされないように地面を足で踏ん張り、砂埃が全て霧散するのを待つ。

 やがて視界が開けた頃、異変の起きた前方を確認しつつシリウスから渡されたキューブを見るのだが、何の異変もない。どうやら、異物による襲撃ではないらしい。何が起きたのか玄武は混乱している中、命の危険を察知したモブの群れが散り散りになっていく。玄武は押し寄せてくる人垣の津波に何とか逆らいながらその場に居残り、人群れの波が引いた中、前方を真っ直ぐ眺めるとそこには重力操作でビルを浮かせ暴れ回るブーケの姿があった。

 突然の仲間の乱暴な姿に唖然とする直前、玄武の方に向かって完全な操り人形と化したモブたちがなだれ込んでくる。玄武は背後から押し寄せてくる人間の質量に逆らうことも出来ず数人が圧し掛かる重みでアスファルトに臥せながら、暴れ回るブーケを注視してその瞳を見た。

「シボラ……あの野郎……!」

 ブーケの目はチョコレート色ではなく、淀んだ茶色に染まっている。それはシボラの奥義である属性、毒属性の洗脳効果を受けた証であった。現に玄武の上に覆い被さる数名のモブも同じような目の色をしており、シボラの手によって好きなままに操られていることは云う間でもない。

 シボラ・カカオ、レアリティSSR、毒属性。

 彼の真骨頂にして奥義は他人を操る能力にある。章ボスで敵対した時、他者を完璧に使い潰さない程度に操りながら戦っていたのが、本編の内容である。「人材は宝」が口癖であったシボラは、「人間は適時メンテナンスを行えば労働の成果を上げる道具」と宣い敵対していたのだが、まさかこうも早く裏切り、本性を見せるとは思ってもみなかった。

 あまりにも早過ぎる悪性の暴露に対して悔しさのあまり地面を強く拳で殴りつけると、玄武の傍による者がいる。高らかに足音を立てて、堂々と道の中央を歩くその姿は本性をあらわにしたシボラであった。

「もうちょっと何か……こう、あるんじゃないのか!」

 玄武はなるべく優しく……しかし確かな力を込めて、自分の圧し掛かる数人分の重しから抜け出し、立ち上がる。

「ああん? 何があるって云うんだ。折角のチャンスなんだ。俺が今、動かなくちゃどうするって話だよ」

「お前……!」

「なあ、自我を得ていないキャラクターは実に良い労働力になると思わないか? 体力の上限もなく、病気や怪我の心配もなく、休み時間さえ必要のないメンテナンス不必要な最高の道具だ! 病院に行く必要も休憩時間すらいらない! そして自我もなく逆らうことさえない! こんな貴重で壊れない労働力、俺がどうして見逃すって云うんだい!」

「お前は自我を得てもなお変わらんな……いっそ安心したよ」

「そう褒めるなよ。お前も直に俺たちのどうぐ……じゃなかった。仲間として働かせてやるよぉ!」

 褒めてない。

 嫌味と皮肉が綯い交ぜになった唾棄そのものなのだが。

 玄武はそう云おうとした矢先、シボラは己の奥義を発揮する。属性は毒、効果は他者を操る洗脳能力を持つ。本編では人海戦術による雑魚エネミーの群れで随分疲弊した覚えがあるのだが、シボラが能力を発揮しているのにも関わらず玄武はその洗脳に引っ掛かることはなかった。

「ん……あれ? あぁ……だから無理なのか。今気づいた……」

 シボラは一人得心いったように頷いて見せるが、立ち上がってもなお玄武を押し付けるモブたちを振りほどき、思案した隙をついて顔面をぶん殴った。殴打した場所は頬ではない。顔面の中央、鼻である。

「てめえ……親にも殴られたことねえのに」

「それは意外だな」

「ああ、洗脳していたからな。ああだこうだ命令するし、靴磨きで得た小遣いを没収する親なんかいらねえ」

 そのクズは筋金入りである。

 よもや子供の頃からその片鱗ではなく、本性をむき出しにしていたとはさすがに予想を超える。しかも小遣い稼ぎで靴磨きをしていたと述べていた。小遣いをねだらず自ら率先して働くのはえらいことかもしれないが、その偉さは貧困による問題、児童労働云々のそれではない。シボラの親は裕福層、己らの子供に対し菓子やおもちゃが購入できるように適切な値段の小遣いを渡していたと玄武は思い出すのであった。ちなみにこの小話はミニストーリーで履修済みである。

「お前は本当に性根の性根までどうしようもないクズだな。他人を洗脳して奴隷にしている暇があったら、どうして意思のないはずのキャラクターが自我を得たのか……そのことについて考えるべきじゃないのか」

「んなことたぁどうでもいい。俺は俺を生み出した親……ライターとイラストレーターと云うんだったか? そいつらが『そうあれかし』と望んだ本能を全うしているだけに過ぎない。たとえ俺に自我がなくとも、異物特殊部隊エリシオンを乗っ取ろうと画策するのは揺ぎ無い事実だ。俺は生み出された使命に準じているだけしかない。キャラ設定を守ってるって奴だよ。現にお前は……相棒である青龍のことを探していたんじゃねえのか? きっとどこかにいるはずだと思って、絶対に探しただろう。てめえはてめえの役割を真っ当する。俺は俺の本能を優先する。それのどこに違いがあるって云うんだ」

「……確かに青龍の存在を探したのは認めよう。だがしかし……味方を……仲間を洗脳して周囲に迷惑をかけてまではやっていない」

「ほう」

 シボラは興味深そうなものを見る目で玄武を見ていた。チョコ味の飴玉……本編では確か大人を洗脳する薬物の入った菓子だ……を口の中でコロコロと転がしながら、目を笑わせるのである。

「周囲に迷惑をかけてまでやるつもりはない、か。その矜持、どこまで持つものかねえ」

「何が云いたい?」

「いやぁ……ただの予想だよ。思うに俺は……玄武、てめえは青龍と出会う為なら本編の内容を改変してまで出会う可能性があると思ってよ。それは異物と同じ、敵側の行動と同じじゃねえのか」

 次元の獣、異物。

 その存在は並行世界にいる、優秀な己自身を吸収し飛躍的な進歩を遂げる敵の名前だ。

 並行世界の自分自身の吸収行動したエネミーは、スペックオーバーした姿で帰還する。他世界から吸収した知恵で劣等感に悩まされたキャラは思うがまま好き勝手な様を描くのだが、並行世界から吸収した知恵の中に未来の技術や技能が含まれている場合もある。他の世界から吸収した未知の知恵や技術を世界中に漏洩する行為は、正当な歴史的進歩の手段を踏まない改竄行為であった。もしくは、本来その発明を行うべきであった正当な歴史の偉人を根底から抹消するという簒奪とも云えよう。

 端的に述べて基底世界より進歩した並行世界の知識の氾濫は、原始人にありったけの拳銃と弾丸を渡すのに等しい。その悪影響は……たとえ幼児でも如何程のものか充分に想像できるだろう。

「この街全体を見下ろすようにでんと構えているエリシオン……実に見事な建造物だ。街周辺には異物による襲撃に備えてか不可視のバリアが張られ、街中は実に盛んで営んでいる。地熱によるエネルギーをうまく利用した、実に効率の良い、街そのものが一つの戦艦とも云える戦闘防衛都市は俺が夢を叶えるのに実に相応しい……それこそ、咽喉から手が出るほどに欲しいもんだ」

 異物対策本部、エリシオン。

 その本拠地の外見は街の姿をしている。

 シボラが述べた通り、地熱と風力の力を利用して町中に電力を走らせ、この世界で有数の都市部として栄えていた。殊に特筆すべきは、この街は来るべき時がくれば、海上を泳ぐ戦艦のように非常に強力な武装が施されている点であろう。その他にも今はその戦力の片鱗さえも見せていないが、非常時になれば街中のあらゆるところから隠された兵器群が姿を出すことであろう。確かに一つの武装戦艦といっても過言ではない。

「とんでもねえお宝だ。こいつがあれば、俺はこれから先食うのに困らないってわけだ。これから意思も自我も何もねえ木偶当然の人々を洗脳して、他世界の優れた知恵や知識を吸収し世界中に万遍なく普及させる。果たしてこの世界はどんな進化を遂げるかねえ、ハハハハ!」

「お前が一から組織を作ってやろうとは思わんのか……」

「効率が悪いじゃねえか。既存のものを分捕った方が話が早い、それだけだ。俺は実にシンプルな人間なんでな。それに、俺の御眼鏡に敵うモノがすでに存在しているのに新たに作れだと? 馬鹿云え。車輪の再発明をする気にはならねえよ」

 それにしてもこれから忙しくなる。

 沢山の人を洗脳して休む間もなくこき使い、邪魔者は排除する。

 ああ、忙しい忙しい……と、シボラは自身の輝かしい未来に微塵も疑いもなく突き進んでいく様子であった。

「俺も洗脳するのか……全力で抵抗させてもらうぞ」

「あん? 指揮者やブーケはともかく、お前のような……プレイヤーに何と云われていたかな……産廃に用はねえよ。邪魔者は早々に消しておくぜ」

 産廃。

 あまりにも酷過ぎる罵倒の言葉であったが、否定のしようがない。

 何度も述べるが、玄武には相棒たる青龍が実装されてないがゆえに奥義は無に等しく、インフレについていくための強化も来なかったのだから。

「じゃあな、哀れな片翼。お前との日々は――って、そんなもんはなかったな!」

 シボラはそう云いながら鞭を打ち振るう。その風切る音が発生するよりも前に玄武は攻撃範囲外に大きく後ろに跳躍した。玄武はシボラの武器を見て、本編ではあの鞭を洗脳した大人に容赦なく振るっていることを思い出すのである。

「おいおい、避けるなよ。ただ肉をえぐって骨が砕けるだけだ。存分に鞭を振るって満身創痍になったあと、ナイフで一刺し。優しく殺してやるからよ。介錯って奴だ」

「御免被るな」

 ……それにしても分が悪い、と玄武は思う。

 キャラクターにはそれぞれ剣や弓、乗り物といった様々な固有の武器を有している。その武器には独自の間合いとでも述べようか、当たり範囲と云うものがあった。要は近中距離か遠距離、そして範囲攻撃の各々に分かれている。

 シボラの場合は範囲攻撃のそれで攻撃と同時にエネミーに混乱の状態異常を付与する。混乱の効果は想定外の動き。中でも顕著なのが、同士討ち等の効果を有した、非常に毒属性らしいものであった。

 対して玄武は氷属性で、氷結によるスリップダメージと凍結によるスキルチャージ等の動作遅延の効果、基本的な氷属性の効果しかもっていない。攻撃範囲も徒手空拳である為か接近戦が主で、遠距離はともかくとして範囲攻撃のシボラとは相性の悪いものである。しかも相手は本編では、章ボスであった。カタログスペックは相手の方が上であるが、だからといって勝算がないわけではない。

「おぉらよっ!」

 鞭が――毒の一閃が縦横無尽に振り回される。

 シボラの範囲攻撃外に玄武は避けながら、ブーケが破壊したビルの一部……瓦礫であるそれを盾代わりにしてその背後に隠れた。そして手元にあった手頃なサイズの大きさをした礫を拾い、凍らせる。礫の表面が全て氷に覆われると、それには氷の突起……あらゆる箇所に棘がついた物体へと変わるのだ。玄武は手の平の冷たさを自覚しながら、氷の投擲物を放つのである。

「小賢しい! ただの石っころならまだしも氷の棘で負傷させるつもりか⁉ ギリギリで避けたつもりでも掠っただけでも傷がつく。完全に撃ち落とさなきゃならねえ手間を増えさせやがって。鈍器と刃物のそれぞれの特性を兼ね備えたブツを投げて寄越すたぁ、やっぱてめえはいらねえよ。そんな知恵のある独自の戦い方、自我があるから出来るってもんだ。いかにも人間らしい特性……木偶のキャラクターには絶対できねえ!」

 シボラは、玄武のスキルや攻撃特性ではなく、氷属性そのものを利用して戦っている事実を認識しながら、鞭で氷の礫を叩き落とした。自身に向かって……殊に頭部を狙って全力で投擲されるものである以上、受け身になることは許されない。撃ち落とすのが正解だ。しかも、石の投擲は非常に地味なものだが、合戦において弓矢以上に重宝されたどこでも拾える武器だ。頭の……当たり所が悪ければ、たった一撃で意識が飛ぶ。それは敗北に繋がる大きな隙であった。

 シボラは玄武が隠れた大きな瓦礫を鞭で打ち付ける。破壊されそうな気配を感じ取った玄武は盾代わりにしていた大きな瓦礫の表面も礫の投擲と同じように、表面を凍てつかせるのだ。棘こそないものの、裸の状態より防御力はあがった。その様子を見て、シボラは舌打ちをする。

「ちっ、ネズミみてえにコソコソ隠れて出てこねえと云うなら考えがあるぜ。俺の可愛い洗脳人形、モブ共ぉ! 突撃しろ!」

 シボラは忌々しそうに、そして物事がスムーズにいかない苛立ちを全く隠しもせず、まるで合図を出すかのように地面を強く踏んだ。その瞬間、洗脳済みのモブたちが現れる。街中に配置された台詞すらないその人形たちは玄武の方へ猛ダッシュをし、氷の壁にぶつかることも厭わず突進してくるのであった。

 活きの良いゾンビアタックのような光景に玄武は息を呑んだその瞬間、氷の盾を横合いから通過したモブたちの手が伸び服を掴む。玄武はたたらを踏んで外に引っ張り出そうとする木偶に逆らおうとしたものの、想像よりも力が強くとうとうシボラの前に引きずりだされた。

「良い子だ、俺の可愛いお人形さんたち。そのまま玄武を羽交い絞めにして、抑え付けていろ」

 シボラは嫌な感じの……勝利を確信した笑みを浮かべながら、大きく腕を動かして腕を振るった。それとほぼ同時に鳴るのは風を切る鞭の音。玄武は咄嗟に自分の周囲に、大気中の水分を凍らせてドーム状のガードを作る。鞭は氷の盾を打ち据えていた時と同じように、その氷のガードに弾かれた。

 シボラが舌打ちをする中、玄武は自分を掴みにかかる洗脳されたモブたちの手足を氷で封じる。その縛めは足枷と手錠となり、地面に縫い付けることに成功した。玄武はシボラの洗脳人形全てが動けない事実をしかと認めた瞬間、氷の守りを自ら突き破って地を蹴り前方へ突き進む。

 シボラは鞭の範囲攻撃を行うが、玄武がその武器があたる寸前、氷によるガードを再び行い、とうとう相手の間合いに侵入した。そしてシボラの真横を通り過ぎた瞬間、一瞬にして首から下のほぼ全身、胸部、両腕、腰部、両足を含めた全身を凍てつかせ、氷像と化すのである。

 勝負は一瞬でついた。

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