「響鳴の波紋」〜察〜
鬼頭さんのご先祖様が僕を間男と勘違いしたのかは知らないけど、悪い虫がつかないようにと近付く男の首根っこを押さえて睨みを利かす守護霊とか。
明治以降に亡くなったおじいちゃんが孫かひ孫かを思っての事だとしても、今も門の外で僕を待ち構えているだけに厄介な事情が増えたようにしか思えない。
「まあ守護霊とはいえ、今の悟にとっては疫病神みたいなものか……」
「“今の”って、鬼頭さんの事は女子として見てないし! これからも無いよ!」
さっき言いたかった台詞が考えなしに口をついて出た。これを鬼頭さんの守護霊が聞いていたなら開放される? とか思う僕の思考は甘かった。
「その言い方は女の子を傷付けるからね。二度と使わないこと!」
「え、そうなんだ……」
ドラマでも『男として見てない』て、女子は散々言ってるし、傷付くとまでは考てもみなかった。なら、今の台詞を守護霊が聞いていたなら余計に怒らせていそうだ。
と、なれば僕がするべき事は……
「姉ちゃん、友達です。って、何処で言えばいいの?」
「うん、それが難題でね。人と同じで想いを伝える方法なんて千差万別・十人十色な訳で、受け取り方も人それぞれだから……」
霊的な話ですらないなら大人と子供の話し合いに等しく、大人の悪知恵にやり込まれてしまいそうな気もして来るけど、霊となっても知恵は残るのか? という処に姉は解決策を見出していたようで。
「明日か明後日までは我慢だね。一応鬼頭さんの両親に確認してもらってるから、待つしかないよ」
何を確認しているのかを訊ねてみれば、『あのお寺に眠るご先祖様に、男女の付き合いにも頭の堅い武道家は居る?』と、玄関先で鬼頭さんと話していたのはそう言う話だったのかと記憶に重ねて理解も出来たが。
「何で武道家なの?」
「多分あれ道着だし。思念に照らした姿だとすれば……」
姉には凡その思念体が視えているようで、鬼頭さんに呼ばれた駐車場では視えなかったが、あの池に着いてスゥーと現れたらしく、鬼頭さんが僕の隣で心配しているのを見て影が薄くなり、それに応じて僕の首の痕も薄まったから問題無いと判断したと言う。
つまりは、鬼頭さんの態度次第で僕に対する見方も変わるという事。
「ちょ、なら僕にはどうする事も出来ないじゃん!」
「うん。だから、普段から友達としての一線を越えないようにするしかないよ」
普段からって、二人で居ても会話らしい会話もしてないし、今日も話したのって、理科得意かって訊いただけで返事も無く、僕の首の痕に気付いて姉を呼んでで、会話にすらなってないんだけど!
こんなの魔女狩りと変わらない。
死んだ相手に“人として”を問いても無駄なんだろうけど、僕は魔女でもないし間男でもない。何だかあの守護霊に恐怖よりも怒りが湧いて来たけど……んん?
「姉ちゃん、守護霊って、お墓に居るの? それとも僕の背後にも普段から居るの?」
だって、首を掴まれた時は門の中から現れたように視えたし、姉の話でも寺の敷地に入ってから現れたって事は、守護霊は寺の中に居たって事になる。
それが僕に着いて来てしまったのなら、守護霊とはいえお寺に帰さないとだ。
「おっ! よく気付いたね。そお、あの守護霊は寺から抜け出して来たんだよ。で、ソコが今回の謎解きの肝となる理由!」
なんだろう。この出汁にされたような感じ、僕の体験した脅威をまだ誰にも話していないせいかも知れないけど、首の痕をとてつもなく軽い話としてあしらわれているのは間違いない。
嬉々として語り始めた姉の推論には、図書館で調べた確たる証拠も備わってはいるけど、どうして事を鎮めるでもなく僕の味わった脅威を断片として扱う話になるのか。
【祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり】
姉が春先に復習していた平家物語の一節を何でか僕が浮かべる今、ノートパソコンで調べた意味に『なんじゃそりゃ』を言っていた姉だけに、神の仕いであるなら尚更に弟の気持ちなんて分かる筈もないんだろうけど。
むしろ、神の御業に兵どもが夢の跡として気付けば僕まで葬り去られていそうで、神の仕いである姉が怖ろしくもさえ思えて来る。
そんな姉が図書館で調べていたのは、江戸時代の刑場と寺の成り立ち。語られる真相にも謎を解く極意は多角的視点なのだと頷けるものだった。
見た目とは異なり予想以上に歴史が浅く、あのお寺は明治の頃に建立されたもので、元は収監を主としていた奉行所の跡地だと言う。
更に驚かされるのは、隣に建つ警察署こそは刑場跡地で、晒し首の置かれた場所が寺の駐車場の辺りにあり、明治の頃に建立された際には駐車場は無く庭木に囲まれ供養塔が置かれていた。
実は、明治政府が奉行所跡地だからと警察署を置いたものの、実際に建てられた場所は刑場跡地で、創設直後から警察署員の間で妙な噂が絶えず、頭を可笑しくした署員が銃を乱射して人を撃つなどの事件が頻発。
地元の自警団との確執に至る言語道断な事態ともなり、警察署の位置は変えずも、祟りを理由に奉行所跡地に寺と供養塔を置く事となった。
姉曰く、この寺が建てられたのは明治政府が神仏分離令を発して数年後の一八七一年、時同じくしてキリスト教を警戒する明治政府が翌一八七二年に仏教保護を言い始めた頃でもあり、明治政府が寺を建てる事自体が由々しき話だと言う。
キリスト教の脅威に対抗するにも、神仏分離令により神道と仏教の対立が国民までも分断していたから政府が意思統一に仏教保護を言い出した。と、書かれているものは多くあるが、本当はコレも理由の一つとしてあったのではないかと疑いを向けているようだ。
神の記憶に照らして歴史の理解も容易となっているからか、姉は楽しそうに話しているけど、僕には何を言っているのかさっぱりだ。
三上先生が社会科の弱い姉を慮って神の御業を与えたようにさえ思えてしまう今日のコレにも、問題を解決しようとするなら歴史を知らなければ辿り着かないのかも知れないな。
などと、話も漫ろに考えていた訳だけど、ここまでの話は姉が調べた結果であって、寺の闇でも謎解きでもないと気付き問いを向けようとした僕に向け、姉は調べに見付けた寺の名前の妙を語り始めた。
「仦毎寺って名前も公園と同じで元の名前とは違うんだよ。戦前までは侮悔寺って書かれていたのに、【部首】と【へん】を重ねて別の字に変えるとか、この寺の住職マジであざといわあぁぁ」
死刑囚を斬首して葬ったが故の名に、武士が侮辱に晒され武家の家紋に濁点を伴い、悔い改める事に武下となる無碍が者の落ちた墓地、そうした意に侮悔寺と名付けられたが、戦後の復興に紛れて改名されている。
今は仦毎寺となっているが、元は侮るを悔いろを云う寺の名残りなのだから、何が具現化しても可笑しくないようにさえ思えてしまう。
図書館で姉が読んでいた『拷問実記・市中引き回し刑場奉行所集』によれば、鈴ヶ森刑場跡に見られるような首洗い井戸は無いが、思い起こせば、あの池も手水舎から流れ落ちて水路を伝う御手洗池で、手水舎が元の首洗いの井戸だった可能性も無くはない。
ネットで地図を見ると今も警察署の東側には熊爪川が流れており、川原で血を流していた刑場も多くある事から川の水を使った可能性を浮かべてしまうが、姉が言うには元の熊爪川は農業用水だから血を垂れ流す事は無いだろうとの事。
寺の名を変更した理由を考れば、坊主が金の亡者になったという檀家の話にも合点は行く。ただ、明治に建立された寺が過去を隠してまで土地を切り売りする理由が分からない。
そこにあの泉公園の問題が絡んで来ると姉は言う。
「あの住職が勝手に売った寺の土地は泉公園だけじゃなく、平成になってからは切り売りされ捲ってるみたいだね」
市町村合併の混乱に乗じて火事場泥棒的に寺が土地を切り売りしていたのは、航空写真を見ても判っていたと言い、警察署の周囲も様変わりしている上、寺の所有する林が民家やマンションに変わっていたり、そもそもの墓地の地形が変わってもいた。
警察署の裏には、犯罪的な不安が少ないという理屈で大学の学生寮が建てられるも、やはり学生の間で奇怪な噂が多く残されてもいて、昭和後期に大学の移転に伴い学生寮は解体されている。
また、その跡地に建ったホテルは葬儀で訪れる親族に長らく使われていたようだが、数年前に閉館して今は更地となっていた。
「悟は現地視察してみて、何か変だなって思う所は無かった?」
姉が現地視察と称している今日の事にも、お寺の駐車場で姉とオカメが何をしていたのかなど、話を聞いた今なら問うまでもない話で、あれは供養塔の痕跡を探していたに違いない。
航空写真からの視点に重ね見ていた姉が何を見て変だと思うのか、それを僕に当てる事など出来る筈がない。けれども、あの時感じた妙な違和感が姉のソレと繋がる気がして話そうとするも、うまく言語化出来るようなものでもない。
とりあえずに言語化出来る方から話す事にした。
「駐車場の広さ。どう見ても多過ぎる」
「そお、先ずはそこだよね。それが檀家さん達が怒っていた理由の一つで、地権者と所有者の曖昧な関係に例の宗教法人法が絡んでるみたいでさ……」
ぽかんとした顔をする僕を察したか、姉は話を噛み砕いて説明してくれてはいるけど、それでも話半分だ。
姉が聞き耳を立てて知り得た話では、寺の敷地は当たり前に宗教法人法の下にあると思われていたが、住職が地価高騰の不動産バブルに墓地の増幅を目論見て区画整理をしようと弁護士に相談した所、とんでもない事実に直面した。
実は、土地の権利書が警察署に有ると判り国の所有物との認識が出て来たらしく、警察の土地ともなれば蠢く影も大きくなり、警察庁や公安委員会が動く前にと、警察署を統括する市長や知事までもが利権の含みに顔を出す。
当然の如く裁判沙汰になりかけていた中、とある権力者が口利きをして寺の土地を宗教法人法の鞘に納め、その権力者と関係の深い宗教団体が出資者となって現れ、今回は土地の切り売りに手を出して来た。
という流れで話を知らぬ檀家が住職とモメていたようで、どうやら権力者は『いずれは寺の東側を駐車場にし、後には押収物保管所とする予定だ』として話を通していたらしく、何故に警察署が土地を買うかの理由もそこにある。
詰まる話が、あのお寺は刑に処された者の供養に警察署が建立したもので、警察署こそが刑場跡地の土地の権利を持っていた。
ところが寺の住職がバブルに欲を出そうと土地の権利書に手を出した事で、利欲と権力の渦に巻き込まれるも、鶴の一声により互いの欲を満たす仲となり、過去を改竄して利益を得ようと切り売りしていた事が今日になって檀家にバレた。
ある意味、隠された歴史の事実を紐解いてはいるんだろうけど、まさか盆踊りが切っ掛けで檀家にバレるとは思ってもみなかったようだ。
開催の許可取りや自治会や商店街やと協力を求めるのに奔走していた檀家の下に、委託した主催者から会場経費に関する通知が届き、駐車場の使用料金や設営費等と共に、何の相談もなく今年で最後などと書かれていれば怒るも当然。
更にその説明で、関係のない宗派の宗教団体や警察署やが利益を得る土地の切り売りの話を聞かされたなら……
確かに寺の闇は深そうだ。
「あそこの盆踊り、今年が二回目なんだって」
「そりゃ知らない訳だよ……」
難しい話が多過ぎて、明日になったら僕が憶えているのは盆踊りの話だけかもしれないな。とか思っていたのに、姉の瞳はココからが本番とでも言いた気で、明日への不安を植え付けて余計な事まで掘り返す。
「明日もお昼に図書館行くからね。私の予想が正しければ、って、それは明日のお楽しみ! 外の堅物も連れて行かないとだから今日は早く寝ないと」
「忘れかけてたのに、姉ちゃんのせいで思い出しちゃったじゃん!」
これから暗くなるのに外が気になる十九時前、寺の闇と共に陰る世界は未だこの世とあの世の境界線上に謎を残していたのに、僕は今日起きていた事にも気付いてすらいなかった。
■あとがき
▼備考
*1
本連載の「公園に潜むもの」に掲載されている内容を含む事物を指す名詞。




