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余りある夏夜の佳き追憶  作者: 静夏夜
2026夏『音』
22/30

「響鳴の波紋」〜集〜


「で、何があったの?」


 オカメは僕をからかうのに飽きたのか、それとも天然な姉を慕うからこその目線反らしか、戸惑う一人を端に置き捨て話を進め、姉の調べる理由が好奇心とも知らずに鬼頭さん(グリーン)は問いに応えようと、ポスターに怯えていた理由を語り始めた。


「うん、カヨ姉が居るならいっか。ちょっと奇妙なモノに出会(デクワ)しちゃってさ……」


 昨年末、家族で行った仦毎寺(ミョウゴトデラ)鬼頭さん(グリーン)(ミドリ)さん)は奇妙な現象を目撃し、とてつもない悍ましさを感じたと言う。



 両親とお焚き上げの列に並ぶ中、翠さん(グリーン)は列の左方に墓石や卒塔婆(ソトウバ)(お墓に立てられている板札)が見える景色を嫌がり逆を向き、除夜の鐘を聴きながら眠気を堪え、特に拘りが有るとは思えない中庭の岩や木をぼんやりと眺めていたらしい。


 ふと、中庭の奥で火明かり薄れる壁際の一角に、妙な違和感を覚えて凝視するも何も無く、気のせいかと思い目を離し、周囲を見回してみるが誰も其処を見ていないし気にもしていない事から、思い過ごしと理解して済ませようとしていた。


 とはいえ、寺の敷地で子供が観たい物などある筈も無く、お焚き上げに並ぶ子供は少なく知り合いが居る可能性も低いとなれば、何となしに其処の辺りをボーッと眺め続ける他になく、そうして暫く眺めていると時折に壁際の暗影が揺らいでいるような気がして、目を凝らして見るが何も無い。


 列の進みに伴い壁の見える角度も徐々に変わり行く中、列の前方で燃え盛るお焚き上げの炎が明るさを増すと、周囲の明るさに乗じて壁際の暗影は余計に暗く、壁そのものは見えなくなる。


 お焚き上げを済ませた両親が娘を思い、列を戻るに墓地とは逆の方を歩く道すがら、それはハッキリと浮かび上がったと言う。


 列の隣を歩いて気になっていた壁際を間近に見る中、最初に違和感を覚えた辺りに来たと気付いた直後、壁際の暗影が空間を歪めて波を打ち、手前に植えられた低木の枝葉をすら飲み込むように暗影が激しく揺らぎ始めた。


 まさかの事に驚いた翠さん(グリーン)は立ち尽くし、歩く振動で自身の目が揺らいでいる可能性をも排除した状態で尚、波打つ壁際の暗影から何かが迫り来るような恐怖を感じ、(オノノ)きに肩を(スボ)めた所で両親から声をかけられそちらを向いた。


 娘の顔を見た両親は、何を見て怯えているのかと壁際を確認するが判らない様子で、少し考え答えを導き出したのか、お焚き上げの炎の揺らぎに影が動いて見えただけだろうと伝えて諭す。

 翠さん(グリーン)は一応に理解を示した素振りで、その場を去る事のみを急いだと言う。


 無論、翠さん(グリーン)は目にしたそれが炎の揺らぎなどとは思っていない。

 明らかに違うモノとの認識があるからこそ、盆踊りの告知ポスターを観た昨日にも、写っていた寺の景色にあの日感じた恐怖までもが記憶に浮かび、見ているだけで思わず慄いてしまった。


 と、いう事らしい。



「何ていうか、こう、手を伸ばした人達が暗影の向こう側からコッチに向かって抜け出そうとしてて、ゴムとかビニールの幕が波打ってる。みたいな……」



 聞いた限りで考えると、波打つ暗影はあの世とこの世の境界か何かで、暗影で悪霊みたいなモノが境界を破り出ようとしている光景を浮かべてみると、そんなモノを見たなら怯えてしまうのも分かる気がする。


 けど、どうして翠さん(グリーン)には視えて他の人には視えなかったのか、その差に何が有るのかも判らない僕には答えなんか出せる筈もない。

 一先ず考えを巡らした所で期待を寄せて姉を見る。と、僕の何を試していたのかは判らないけど、姉は僕を見守り続けていたようだ。


 僕と視線が合ったと同時に笑みを向けて肯き、絶対に理解していないと判る理解を示した姉は、既に鬼頭さん(グリーン)が見た謎さえも解くと決めていた事を物語る。


「うん、面白くなって来た!」


 皆の神妙な面持ちを斬り裂く”恐ろしカヨ“がそこに居た。


 左に居るけど右腕になると伝えたオカメは、隣で姉をヨイショしてお伴をする気満々だ。鬼頭さん(グリーン)は”恐ろしカヨ“が真相究明を引き受けたと理解したのか、早期解決を見込んで時期尚早に感謝を述べる。


「よし、波打つ暗影の正体も暴くよ!」


 煌めく瞳に何を宿しているのかなんて誰の目にも明らかなのに、図書館慣れした囁き声は傲慢なのに謙虚に思えてややこしい。


 傍目には音を消された人形劇みたいで、勝手な台詞を想像しながら観劇すればオペラみたいで面白そうな気もするけれど、この惨劇の中には僕の役も割り当てられている上、危うさを感じているのは僕だけみたい。


 あんなにも怯えていた鬼頭さん(グリーン)は姉の力に触れたせいか、麻痺したように恐怖に対する感覚までもが和らいでいる。

 勿論そうなる事を願ってはいたけれど、余りにも簡単に忘れるその様は、姉の力に依存し過ぎているような気がしてならない。


 何だか違和感を覚えてしまう程に、姉もオカメも鬼頭さん(グリーン)も楽観視しているような気がして、一人蚊帳の外に置かれた僕が余計な心配をしているのかも判らないけど、軽視していると感じる度に波打つ暗影が強大で恐ろしいモノに思えてしまう。


 今日までの姉なら、対峙する前から凡その謎を解いていたのに、僕が鬼頭さん(グリーン)の話を姉に黙っていたから、今回はまだ解けていないモノと対峙する事になってしまった。

 皆の前で強がる姉に不安を募らせるしか出来ない僕は、姉が知っておくべき情報に穴を開けてしまった後悔からか、僕の心に開いた穴から波打つ暗影が這い出てくるようなその感覚に心が押し潰されそうだ。


 前向きな女子三人に慎重さを忘れずにいてもらう為にも、僕がブレーキ役にならないと。

 荒御魂(アラミタマ)を鎮める気概で顔を上げたのに、女子三人を相手に僕一人が敵う筈もなかった。



「では私、佳余様がそちらの本を読み終わるまでに、自転車を取りに行って参ります!」


「気を付けてね。序でにお昼も食べて来なよ。あと、飲み物とか熱中症対策も忘れずに!」


「え、お昼……お優しい言葉を、ありがとうございます」


 令嬢気取りで席を立ったオカメがエントランスに向かうのを見送りながら、頬を右の拳に肘をテーブルにとしていた僕は、ふと気付く。


〈あ、文香(フミカ)さんもスカートだったんだ……〉


 オカメが去って尚も無気力にエントランスを眺めていると、隣で鬼頭さん(グリーン)が姉との会話に予想外の話を口にし始め、僕は焦りに振り返る。


「カヨ姉が一緒なら、私も行こうかな」


「無理する事ないよ。今日は寺の中を観るだけだし」


「うん。でも、アレを見た場所だけでも伝えないと!」


 いつから寺へ行く話になっていたのか、僕が知らない内に随分と話は進んでいたようで、ブレーキ役も何も、既にアクセル全開じゃないか!

 こうなると姉を動かしているのが僕だけではないように思えて、責任逃れじゃないけど少し気持ちが楽になる。甘えている訳では無いのに甘えているようにも感じてしまう妙な感覚は、楽になった気持ちを抑えつけているようで、背筋を伸ばしたい気持ちには救いと思える。


 気持ちが楽になったら僕の心配も無駄に思えて来るけれど、姉は他人のお昼までもを気にするくせに、自分の心配は忘れていそうで、やっぱり何処か危うさを感じてしまう。


「そっか、じゃあ、とりあえずコレ読んじゃうね」


 鬼頭さん(グリーン)の帯同を認めたのかも判らない返事だけど、姉の手にする本のタイトルを目にした僕は、それまでとは全く異なる内容だろう本と知ればこそ、既に解くべきが何かをまでは突き止めていると気付かされ、確証を求める姉の姿に知らずしらずにこれまでと変わらぬ安堵感に包まれていた。


 勿論、鬼頭さん(グリーン)にはそれが何かも判らないとは思うけど、敢えては言わず、僕は姉を信じると決めた事を思い出し、空想科学小説の続きを読もうと席を立つ。


 オカメが置き捨てた小説を手にして戻った僕を見て理解したのか、鬼頭さん(グリーン)も本を探しに席を立ち、少し厚めの本を手にして戻ると、既に途中まで読んでいたのか頁を捲り、半分より少し多い位の所から読み始める。


 姉は何度か席を立っては数冊程度をペラペラと捲り、ノートに書き出しまた閉じるを繰り返す中、どれ程の時が過ぎたのか、オカメが探検隊みたいなパンツルックで戻って来たけど、姉は未だに調べ物中と見るや、そのまま本を探しに奥へと向かう。


 少し物足りなさを感じているのは、図書館だけど同級生が二人も居るのにクダラナイ話も騒ぐも出来ずで、せめてキヨ兄が居れば少しは違う筈だけど、姉と二人の時とは違って落ち着かない。


 ふと、エントランスで同年代に思える背丈の人が手を挙げたような気がして、視線を向けてみたけど既に外へ向かって歩き出していた。

 でも、その後ろ姿に何の疑いもなく家野君(イエロー)と断定していた僕は、どうして目を合わせる事なく逃げるようにして去って行くのかなどと、視線を右へと向けた途端に考えるまでも無いなと気付かされる。


 だって、僕の周りには鬼頭さん(グリーン)とオカメと”恐ろしカヨ“が座っているのだから、見た瞬間に男子なら逃げたくなるのは当然だ。


 そう理解した途端に見捨てられた感じがして、家野君(イエロー)が恨めしくもさえ思えてくる。違うとは知るも、手を上げたように見えたそれが『じゃあね〜頑張って〜』と、無下に突き放された気がして悔しさが募る中、突如として鬼頭さん(グリーン)が立ち上がる。


「あ、私もお昼食べて来る」


 姉の調べ物がまだ終わらないと見たのか、鬼頭(キトウ)家の昼時が今頃なのかも判らないけど、メモ帳みたいな物に頁ナンバーを書き込み本を閉じると、急ぎ棚へと戻し出て行く後ろ姿が何処か楽しそうで、昨日の今日とは思えない。


 やっぱり姉の力に触れて可笑しくなっているのかも知れないなと、浮かれた様子を見送る僕の視界を(サエギ)るように、陽炎(カゲロウ)が外の世界を歪ませていた。


 自動ドアが開いたと同時に館内にまで響き渡る蝉の声、あの玉虫色の蝉を脳裏に浮かべた途端に波打つ暗影と陽炎が重なり見えて、それが答えとでも言いた気な思考が姉に伝えろと言わんばかりで、誰かに言わされているような感覚が僕の口を黙らせる。


 だって、姉が今手にしている本のタイトルは『拷問実記・市中引き回し刑場奉行所集』なんてもの。

 何が書かれているのかも判らないけど、その前に見ていた本のタイトルともかけ離れていて、既成の概念に囚われない姉の思考に付いていける筈もなく、僕の考えなんて的外れに終わるのが目に見えている。


 心配して考えを巡らしていた僕の思考の全てが杞憂に終わりそうで、楽観視しているようにも映る女子三人と同じ方向を見ている方が心の健康にはよさそうだ。


 空想科学小説に視線を戻す午後の調べに、夏空は窓の汚れを白く浮かべて青さを増した。


 

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― 新着の感想 ―
鬼頭さんが見て怯えていたもの…彼女自身の口から話があって、少し詳しく分かってきましたね。謎解きへと意気込むカヨとオカメに対して、慎重さも忘れずにブレーキ役にならねばという悟の気持ちが伝わってきました。…
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