恋をするなら⑤
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13年前。達也の誕生日会が数日後に迫ったある日。
栄一は西村財閥の本部を訪れていた。栄一は顕が見せてくれた「マンハッタンの少女」の絵を眺めながら感嘆の声を上げた。
「素晴らしい絵だ。それにこの女性、本当に桃恵さんそっくりだな」
有名な画家エイデン・モーガンの遺作が見つかり、その絵を2点買い取ったことは顕から聞いていた。実際に間近で見ると、絵画に疎い栄一ですら思わずうっとりしてしまうほどの素晴らしい絵だ。
それに絵の中で笑顔を見せる女性、この女性はどう見ても顕の妻の桃恵だ。
桃恵はとても美しい女性で顕に愛されていた。4年前に夭折し、お葬式に妻の葵と呼ばれた時は涙を流してしまったものだ。栄一はその時のことを思い出し、目を細めてしまった。
「達也がネットで見つけたんだ。誕生日プレゼントに贈ると約束してしまった。まあ、私もほしいと思ったんだが。
絵のモデルは多分、桃恵で間違いない。桃恵の叔父さんの湊人さんが、エイデン・モーガンの絵を扱っていた画廊に勤めていたんだ。
桃恵は湊人さんに会いにニューヨークへ良く出かけていたし、その時にエイデンがモデルにして描いたんだろう」
「じゃあ、桃恵さんがモデルかどうか、その湊人さんに訊いてみたらどうだろう?」
「それが、その湊人さんも数年前に亡くなってしまったんだ。エイデンが亡くなった翌年だったかな? 画廊のオーナーもモデルが誰か知らないけど、達也や私が桃恵と思うんだから、まあ桃恵だろう」
栄一はもう一度、「マンハッタンの少女」の絵を見た。
栄一の目は絵の中で桃恵がつけているネックレスで止まる。
このカトレアの花をかたどったネックレス、見覚えがあった。
栄一には昔からの知り合いで宝石商がいた。何かの話題でその宝石商の話をした時、桃恵が「ネックレスのクリーニングをお願いしたい」と言ったことがある。その時のネックレスと同じだ。
そのネックレスは桃恵の祖母の形見だと言っていた。大切なものだが、10代の頃に発症した金属アレルギーのせいで身に着けられない。ずっとしまってあるが、最近くすんできてしまったからキレイにしたいとのことだった。
(――アレルギー?)
栄一はもう一度、絵の中で桃恵が身に着けているネックレスを見た。
この絵は「マンハッタンの少女」とは書いてあるが、二十歳過ぎの桃恵をモデルにした絵だろう。そうすると、なぜ桃恵はこのネックレスをつけているのだろうか。
身に着けられないアクセサリーを持ってニューヨークまで行かないだろうし、大体桃恵がこのネックレスを持っているとエイデンはどうして知っているのだろうか。
もしかして、レプリカだろうか。
いや、宝石商が「レプリカを作りましょうか?」と提案したが、桃恵は「このネックレスはこの世に一つでいい」と断っていたはずだ。
「栄一、どうした?」
親友が神妙な表情をしているのに気づいたのだろう。顕が話しかけてくる。栄一は「いや、何でもない」と首を横に振った。
(――考え過ぎか)
職業柄、何でも深く考えてしまうのは癖だ。しかし、栄一はこのカトレアのネックレスが妙に引っ掛かった。
その時、部屋のドアがノックされ、秘書が入ってきた。
「どうした?」
「お客様がいらっしゃっています。別のお客様が来ているとお話ししたのですが、どうしてもお会いしたいとおっしゃっていて」
「客? 誰だろう。名前は?」
「中津川様とおっしゃっていました。奥様の遠い親戚だそうです」
「中津川? ああ、確かそういう珍しい苗字の親戚がいたな。何の用事だと言っていた?」
「はい、先日お買い求めになったエイデン・モーガンの絵についてお話ししたいことがあると言っていました」
「絵?」
顕は怪訝そうな表情をしたが、栄一は自分の身体に電気のようなものが走るのを感じた。
さっき絵を見て感じた引っ掛かりといい、絵について話したいことがある人物が来たことといい、この絵には何かあるのかもしれない。
「顕、俺はかまわない。その親戚の話、聞いた方がいいかもしれない」
栄一が言うと、顕はますます怪訝そうな表情を見せた。
「どうしたんだ? 栄一」
「ちょっと気になることがあるんだ。できれば、俺も一緒に親戚の話を聞いてもいいか?」




