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ピアニスト桜井百合による謎解き小曲集  作者: 木原式部
第三章亡き王女のためのパヴァーヌ
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恋をするなら③

「――あっ」


 達也は思わず声を上げる。百合が絵を裏返そうとした時、絵の描いてあるキャンバスが異様に厚いことに気づいたのだ。

 

 いや、キャンバスが厚いのではない。キャンバスが二枚重ねになっているのだ。どうも「マンハッタン」の絵の裏に、同じ大きさのキャンバスが重ねられているらしい。


 百合は「マンハッタン」の絵の後ろに隠れていたキャンバスを、ラウンジ「リリア」にいる皆に見せた。


「あっ」


 今度は達也だけでなく中津川も声を上げた。


「マンハッタン」の絵に二枚重ねになって隠されていたのは、ずっと探していたあの「マンハッタンの少女」の絵だった。


 まさか、こんな近くにあったなんて。


 達也は久々に再会した「マンハッタンの少女」の絵の美しさと意外な場所から出て来たショックで、しばらくぼんやりした。そして、次に我に返った時、百合が脚立を登る前の栄一と顕の会話を思い出した。


 栄一は百合が絵を外そうとした時に焦っていたし、顕は百合に駆け寄ろうとしている栄一を引き留めた。


(――栄一さんも父さんも、「マンハッタンの少女」の絵が「マンハッタン」の絵に重なって隠されていることを知っていたんだ!?)


「マンハッタンの少女」の絵を目の前に突き付けられた栄一は肩を落とすと、百合に向かって頭を下げた。


「済まない、百合。黙っていて」


 百合は父親が頭を下げる様子を見て、軽く頷いた。


「いいの。私こそごめんなさい。私、わかっていたの。事情があってパパは絵を知らない振りしているって。でも、私に真実を話してくれなかったのが、どうしても許せなかったの」


「百合ちゃん、それは私が悪い」


 栄一の肩を持つように、顕が親子の会話に入ってくる。「この絵の存在を世間から消したかったのは私だ。どうしても、この絵の存在を世間から隠しておきたかったんだ」


「隠しておきたかった?」


 やはり、この「マンハッタンの少女」の絵には何かしらの秘密が隠されているのだ。達也は百合を見た。百合は再び小さく頷くと、顕に向かって話し始めた。


「この『マンハッタンの少女』の絵について、いろいろと考えました。どうして、パパも西村のおじ様もこの絵を『知らない』と言うのか。どうして、この絵が盗まれて世間から隠されてしまったのか。そして、この絵にはどんな秘密が隠されているのか。


 つまり、この『マンハッタンの少女』、描いたのはエイデン・モーガンではないんですよね?」


 百合の言葉に達也は目を見開いた。顕は大きく頷く。


「そうだ」


「この絵は達也のお母さん、西村のおじ様の奥様である桃恵さんの叔父さん、澤田湊人さんが描いたものですよね?」


 顕は再び頷いた。意外な真実を知った達也は、思わず百合の腕を掴んだ。


「百合、それって、どういうこと? この絵、エイデン・モーガンじゃなくて湊人さんが描いたものだって、本当なの?」


 百合は混乱している達也をなだめるように、無表情を少しゆがませた。


「順を追って説明するから、聞いてくれる? でも、これはあくまでも私の推測で事実とは違う部分があるかもしれないけれども、きっと私の考えたことで合っていると思う。


 まず、エイデン・モーガンは天才的な画家ではあったものの、何かしらの理由で絵が描けなくなった。エイデンは中年期に事故に遭って、2年のブランクがあったから、その時ね。


 事故で手に致命的なケガを負って2年かけて治療を施したけど、もう前のように絵が描けなくなった。


 そこで、湊人さんが代わりにエイデンの絵を描くことになった。湊人さんが勤めていた画廊はエイデンの絵を専門に扱っていたから、このままエイデンが引退するのは金銭的にも惜しいと思ったんでしょう。もちろん、周りには『エイデンは事故から無事に復活した』と言って。


 湊人さんの絵の実力がどれほどかはわからないけど、美大を出ていたし画家になりたくてニューヨークまで行ったくらいの人だから、少なくとも素晴らしい絵を描けるくらいの技術はあったんじゃないのかしら?」


「その通りだ。湊人君は素晴らしい絵描きだった。しかし、画家として大成するには、その、オリジナリティというものが少なかったようだ。


 画風は意識したわけではないがエイデン・モーガンに似ていて、美大の頃から模写が天才的に上手かったらしい」


 顕の言葉に百合は軽く頷いた。


「エイデン・モーガンの作風が事故以降に少し変わったと言われたのも、湊人さんが代わりに絵を描いていたからでしょうね。評論家は『事故と言う試練がエイデンの才能をますます開花させた』と書いているけど。


 湊人さんが頻繁に日本に帰ってこられたのも、エイデンのゴーストライターをやっていたからじゃないのかな? 湊人さんは画廊で働いている収入だけでなく、エイデンの代わりに絵を描くことで金銭を得ていたはず。エイデンの絵は高額で取引されていたから、多少はその恩恵を与っていたんでしょう。


 湊人さんは完ぺきにエイデンのゴーストライターに徹していた。桃恵さんは『湊人おじさんはあまり絵を描かなくなったみたい』と言っていたみたいだけど、それは自作の絵を描くと、エイデンとタッチが似ていると怪しまれるのを恐れたからね。


 今まで湊人さんがゴーストライターだと気づいた人間はほとんどいないはず。でも、湊人さんはこの『マンハッタンの少女』でエイデンが絶対に書けないモチーフを描いてしまっているの。


 ラヴェルが『亡き王女のためのパヴァーヌ』に無意識に自分の好きなものを入れて、記憶障害になってから『すごくきれいな曲だね』と反応したくらい無意識に。


 そして、それがパパや西村のおじ様がこの絵の存在を隠そうとした理由」


「それって、どういうこと?」


 達也の問いに、百合は「マンハッタンの少女」の絵の桃恵を指さした。

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