マンハッタンの少女①
いつも、読んでいただきありがとうございます。木原式部です。
この「ピアニスト桜井百合による謎解き小曲集」は、ここからお送りする第三章で完結予定です。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。
今でも、僕はその時の夢を見る。
夢の中に出て来る僕は幼く、最初はいつも泣いていた。
泣いているのも仕方ない。僕は大好きな母親を亡くしたのだから。
父親も生まれて間もない僕の妹を抱きしめながら泣いている。いつもは気丈な父親が泣く姿を、僕は初めて見た。
母親が亡くなってから数年後、僕はネットで母親を見つけた。正確には母親にそっくりな人物を描いた絵を見つけたのだ。
絵になった母親は、生前いつも僕に向けてくれていたような笑顔を見せている。僕は時間があれば、その絵が載っているサイトを眺めるようになった。
そんな僕の姿を父親は知っていたのだろう。父親は絵を購入し、その年の僕の誕生日にプレゼントしてくれると約束した。
誕生日にその絵と対面した時、僕は本当に嬉しかった。心の底から自然と笑顔があふれ出たことを思い出す。
でも、僕の笑顔は続かなかった。
誰かがその絵を盗んでしまったのだ。
僕の顔から笑顔が消え、再び目から涙があふれて来た。
そんな僕に百合はこう言ってくれた。
「パパが絵を取り戻してくれるから。パパがダメでも、私が絶対に取り戻してみせるから」
*
達也が目を開けると、そこには自室の窓から見えるいつもの風景が広がっていた。
(――夢か)
未だにあの時の夢を見る。小学校の時だ。自分の誕生日に母親の絵が盗まれてしまった時の夢だ。
達也が小学校1年生の時、母親の桃恵が亡くなった。今から17年前の話だ。
桃恵は達也の妹の菜々を身ごもっていたが、その時に病気が発覚した。妹を出産してから治療に専念しようとしたが、出産後、呆気なく亡くなってしまったのだ。
母親が大好きだった達也は毎日のように泣いた。そして、母親を心の底から愛していた父親の顕も泣いていた。父親が泣く姿を、達也は初めて見た。
母親が亡くなってから4年ほど経ったある日、達也はネットで母親そっくりの人物を描いた絵を見つけた。
エイデン・モーガンという、主にアメリカのニューヨーク州で活躍していた著名な画家の作品だ。モーガンはすでに故人だったが未発表の作品が見つかり、その中に桃恵にそっくりな人物を描いた絵があったのだ。
桃恵の叔父である湊人は、ニューヨークで売れない画家をしていた。湊人の勤めていた画廊は、モーガンのほとんどの絵を扱っていた。独身時代の桃恵がニューヨークに湊人を尋ねた時、モーガンが桃恵をモデルにして描いた絵ではないかと予想された。
ニューヨークのマンハッタン、多分ハドソン川沿いだろう。若い頃の桃恵が川の風景をバックに笑顔を見せている。
絵のタイトルは「マンハッタンの少女」だったと思う。
達也は時間があると、そのネットの写真を眺めるようになった。父親の顕は達也が写真を見ていることに気づいていたのだろう。絵を購入し、その年の達也の誕生日に絵をプレゼントしてくれると約束してくれた。顕も亡き妻をモデルにした絵がほしいと思ったのだろう。
顕は桃恵の絵と一緒にもう一枚、モーガンの絵を購入していた。桃恵の絵と同じニューヨークのマンハッタンの川沿いを描いたものだが、桃恵がいない風景のみのバージョンだ。
誕生日に桃恵の絵と対面した達也は、本当にうれししそうな笑顔を見せた。
その日、達也は自分の家でささやかな誕生日会をした。誕生日会に呼ばれていた百合も「良かったね」と声をかけてくれた。無表情ながら、絵をもらった達也がうれしそうなのを喜んでいるようだった。
しかし、達也の笑顔は長く続かなかった。
誕生日会も終盤に差し掛かった頃、突然部屋が暗くなる。次に辺りが明るくなった時には、絵は跡形もなく消えていた。
部屋の隅には忘れ去られたように、顕が一緒に買った風景のみのバージョンの絵が飾られていた。幸い、この絵は盗まれなかったのだ。
風景画の前で涙を流す達也に向かって、百合は言った。
「パパが絵を取り戻してくれるから。パパがダメでも、私が絶対に取り戻してみせるから」
(――母さんの絵、一体どこへ行ったんだろう?)
父親は多分、警察に届けたのだろう。探偵である栄一も探してくれたはずだ。しかし、17年経った今でも、桃恵の絵は行方不明のままだ。
達也の知っている限り、栄一が手掛けて未解決の案件は桃恵の絵の行方だけではないだろうか。
もちろん、達也は今での「あの絵が戻って来てほしい」とは思っている。しかし、半分諦めていた。有名な画家エイデン・モーガンの未発表作品だ。ほしいと思う人は世界中にいるだろう。きっと裏でオークションにかけられて、今頃は世界のどこかの富豪の屋敷に飾られているのかもしれない。
(――百合はあの時の言葉、覚えているのかな?)
百合も絵が盗まれたことは覚えているだろうが、「私が絶対に取り戻してみせるから」という言葉は忘れているかもしれない。きっと泣いている自分を慰めてくれるために言ってくれたのだろう。
やっぱり、百合は優しい。無表情で言動はクールだが、いつも自分や栄一や仕事の依頼人のことを考えて行動している。
しかし、百合は一人で抱えているものが多いのではないか、と心配になることもある。
あの中津川の件もそうだ。百合はもしかすると、中津川のことで重大な何かを抱え込んでいるのかもしれない。
達也は昨日、「覆面作家・柏木林太郎の正体が自分だと中津川にバレてしまったかもしれない」時のことを思い出した。




