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ピアニスト桜井百合による謎解き小曲集  作者: 木原式部
第二章 2つのラプソディ
50/100

暗い影⑤

「達也、今日、ずいぶん頑張るのね」


「えっ?」


 百合から出てきたのは意外な言葉だった。


「だって、指輪を探している時だって、ほとんど休憩なしで探していたじゃない。今だって絶対に疲れているのに、防犯カメラの映像見ると言っても大人しく頷いたし」


「そんなことないよ。いつも頑張っているつもりだけど」


 いつも頑張っているのは本当だ。確かに今日は「百合にあきれられないように」といつも以上に頑張ってはいるが。


「そう? ――まあ、とにかく防犯カメラの映像を見ようか」


 百合は達也から視線を反らすと、高畑からもらったUSBメモリをノートパソコンに差し込んだ。


 達也は百合の鋭い指摘にどきどきしながら、百合には自分が頑張っている「謎」は解けなかったんだな、と悟った。


 それと同時に、やはり百合は自分を幼馴染としてしか思っていないのだろう、ということも痛感した。


 もし百合が自分に何かしら特別な感情があれば、なぜ自分が頑張ろうとしているのかわかりそうなものだ。


 達也は苦い表情をすると、それをごまかすように紅茶を一口飲んだ。


 それでも、百合に「ずいぶん頑張るのね」と言わせることができた。これは百合に頼ってもらえるような男になるための、大きな一歩を踏み出せたのかもしれない。


 達也はティーカップを手に持ちながら、百合のノートパソコンをのぞき込む。そこにはイリーナ・ホテルのロビーの映像が映っていた。


 これから生け花のデモンストレーションを行うのだろう。今ある生け花を撤去しているところだった。


 映像は生け花を正面にして映っているので、美優子の話と左右が一致するのはありがたい。


 美優子の言った通り、ロビーにはかなりの人が集まっている。


 防犯カメラの映像だ、それほど画素数は高くないが、大体の人物の顔は特定できるくらいには鮮明だった。


 ロビーの生け花がすべて撤去されて少し経つと、集まっていた人々が一斉に拍手をし始めた。


 画面の右から和服を着た中年女性が登場する。彼女がこれからロビーで生け花を生ける華道家なのだろう。美優子とタイプは違うが、同じく日本人的な美しさのある女性だった。


 華道家の登場と同じタイミングで、画面の左側に和服の女性が入り込んでくる。後ろ姿だが、この椿柄の着物には見覚えがあった。


「あっ、これ、美優子さん」


 達也がパソコンの画面を指さすと、百合は頷いた。


「そうね、美優子さんの話の通り、生け花の左側に映ってる」


 そのまましばらくは華道家の女性が生け花をしている映像が映っていた。美優子はさっきの場所から動かない。


 映像を少し早送りしながら見ていると、ある場面で百合が映像を一時停止した。


「どうしたの?」


 百合はなぜ映像を止めたのだろうか。達也が不思議に思っていると、百合は画像の右端に映っている人物二人を指さした。


 百合の指さした先には、男性と男性よりも年上の女性が並んで映っている。


 周りがかなり混んでいて人々が密着して立っているため、この二人が他人同士なのか連れなのかはわからない。


 この二人も生け花のデモンストレーションを見学に来た客なのだろう。


「何? この二人?」


 達也にはこの男女と他の見物人の違いがわからなかった。


「男性は美優子さんの旦那さんの笠原水人さん」


「えっ? そうなんだ。じゃあ、隣に立っている女性はもしかして」


「美優子さんが言っていた、水人さんと一緒にいた女性ね」


 百合が映像を再生する。百合の言葉を聞いてから映像を見ると、確かにその男女は他の見物人よりも距離が近く、時々一言二言会話を交わしているようだった。


 やがて、映像の左端にいた美優子の姿が見えなくなった。


 夫と女性が一緒にいるのを見つけて、右側にあるエレベーターに向かって行ってしまったのだろう。美優子から聞いた話の通りだ。


 美優子の夫である水人と連れの女性は、相変わらず生け花のデモンストレーションから目を離さない。美優子の話の通り、夫と女性は美優子の存在には気づかなかったらしい。


 百合はここで映像を一時停止した。


「なるほどね」


 百合が何かを察したように頷く。


「何かわかったの? 不審な人物が映っていたとか?」


 映像を見たところ、達也には不審な人物は何も映っていないように見えた。集まっている人たちは生け花のデモンストレーションに夢中のようだし、時々通り過ぎるホテルのスタッフや一般客も怪しい動きをしている人物はいない。


「ううん。今のところ、不審な人物は何も映ってなかった。でも、ここまで映像を見て、わかったこととわからないことがある」


「何?」


「まず、わかったこと。高畑さんは水人さんが不倫していることを知っている」


「えっ? そうなの? でも、この映像を見てどうしてそんなことがわかったの?」


「私が高畑さんに『不審な人物とか気になる人物は映っていましたか?』と訊いたの、覚えている?」


「うん」


 達也は百合と高畑の会話を思い出した。


 百合がUSBメモリを見せながら「例えば、不審な人物とか気になる人物は映っていましたか?」と高畑に訊いた時、高畑は紅茶を注ぐ手元を乱した。その後、高畑は「私が気になるようなものは、特に映ってなかったです」と答えていた。

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